swordian saga   作:佐谷莢

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 ハイデルベルグ、王城お隣、詰め所へ殴りこみ。
 原作(PS版)ではスタン視線だったにつき、詰め所の地下にある牢屋へ放り込まれてルーティとおしゃべりしているところでリオンに電撃を食らい、合流を果たします。
 今回のハイライトは、ついについに明らかになったマリーの過去。
 緊迫した空気の中ですが、マリーにとっては大事な人との再会の時です。
 しかし、様々な感情を置き去りに。
 歯車は止まることを知らず、神の眼を巡る冒険は佳境へと差し掛かってゆきます。


第九十九夜——真実は、やはり残酷だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見張り兵士が完全に熟睡しているのを確かめ、フィオレはずんずんと詰め所へ歩み寄った。

 

「余韻の奇跡って何かの喩えですか?」

 

 少なくとも、フィオレの知る言葉でそんな熟語はない。

 フィリアを見やるも、彼女もまた首を振るばかりだ。

 

「わたくしも初めて聞きましたわ。ファンダリア独特の言葉でしょうか」

「知らないのかね? セインガルドの『隻眼の歌姫』が奏でるという、睡魔をけしかけ負傷を癒すなど、他者に強く影響を与える旋律。人はそれを余韻の奇跡、と呼んでいると耳にしたのだが」

「初耳です」

 

 余韻の奇跡とは、なんだか豪勢な名称がついたものだ。

 

「フィ、フィオレさんが隻眼の歌姫!? わたし一度だけですけど、聞いたことがあります。結構前にジェノスの路上で演奏していらっしゃいましたよね!?」

「ありゃ、いたんですか。まったく気づきませんでした」

 

 どうでもいいので、チェルシーの困惑はスルー。

 しゃべりながらも詰め所前へ到達、そのまま何の準備もなく扉を蹴り開ける。

 兵士たちの注目を浴びた瞬間、フィオレは再び譜歌を使った。

 

「其の荒ぶる心に、安らかな深淵を──」

 ♪ Toe Rey Ze Qlor Luo Toe Ze──

 

 武器を交えることなく詰め所一階を制圧し、くるりとリオンへ視線を向ける。

 

「三人の居場所は……」

『三人とも、地下に幽閉されている』

 

 明らかにリオンではないその声に見やれば、室内の端に三人から徴収したと思しき荷物、武装──ソーディアンが転がっていた。

 ただ、マリーの武器はあってもあの短剣がどこにもない。

 

『三人の様子は?』

『一応無傷よ。抵抗はしなかったから……でも、彼女の様子が』

「マリーのことですね。錯乱していなければいいのですが」

 

 錯乱というか、記憶の混乱というか。

 三人の荷を回収し、壁にかけられている鍵の束を取り上げて、仮眠室の隅にある階段で地下へと下る。

 薄暗い地下へ降りていくと、小さな話し声が聞こえた。

 

「だれかさんのせいで、前にもこんなことがあったな、って」

「なっ、何言ってんのよ! あ、あれは、ほら、あたしのせいじゃないわよ!」

 

 そういえば、彼らが投獄されたのはこれが初めてではない。

 からかうようなスタンの声音も、慌てるようなルーティの様子も、普段なかなか聞けるものではなかった。

 

「せっかくあのクソガキを下したと思ったら、フィオレがしゃしゃり出てきて。真打登場って言いたいのはわかるけど、カッコつけるのも大概にしなさいって、きゃっ!」

「そりゃ悪ぅございましたね」

 

 いわれのない悪口雑言に軽い電撃をお見舞いし、ルーティに悲鳴を上げさせてから階段を降りきる。

 そこは完膚なきまでに牢獄で、二人はそれぞれ檻にブチこまれていた。

 

「フィオレさん、皆!」

「助けにきてやったと思えばこれか。まったく呑気な連中だ」

 

 ボヤくリオンの手に識別札が同一の鍵を手渡す。

 リオンにはスタンの、フィリアにはルーティの鍵を渡して部屋を見回すも、マリーの姿はどこにも見当たらなかった。

 

「大丈夫だったようだな?」

「心配しましたわ」

「一時はどうなるかと思いましたけど、やっぱりスタンさんは運のいい人なんですね」

 

 口々に声をかける傍ら、二人の荷物とソーディアンを渡す。

 その間にも、牢獄に据えられた寝台に潜り込んでいないか、眼を皿のようにして探すもやはりマリーの姿がない。

 

「でも、どうしてここが?」

「お前ら、額のものを忘れてるんじゃないのか?」

「あ、そうか……それで」

 

 スタンはバンダナ、ルーティは前髪で隠しているためチェルシーは首を傾げているが、ウッドロウは何かを悟ったようだ。

 特に尋ねるようなこともしない。

 

「ところで、マリーの姿が見あたりませんが」

「そうだわ! マリーがダリスとかいうのに連れて行かれちゃったのよ!」

「そうだった!」

 

 確かに呑気な連中だとフィオレは思った。

 しかし。

 

「外に出た気配はなかったな……」

『ディムロス、アトワイト。何か知りませんか?』

『外に出ていないのは確かだ。兵士の出入りしかなかったからな』

『そういえば、彼女がしきりに何かを話している声を聞いたような……』

「ということは、上ですわね」

 

 短剣を見たダリスの反応から、それに関しての尋問か何かか。

 しかし、マリーの見目はけして悪くない、どころではないのだ。悪質な捕虜虐待の危険性がないわけではない。

 無言のうちに示し合わせて、移動する。忍び足で、それを得意とするフィオレはあっという間に二階へ到達していた。

 

「──くれぐれも静かに来てくださいね」

 

 足音で一階の兵士たちが目を醒ますから、ではない。

 二階にいるダリスとかいうのに気付かれ、マリーが人質に取られないためだ。

 あの様子では、剣を突きつけられたところで彼女が抵抗するかもわからない。よしんば抵抗したところで、危険なのは変わりない。

 幸いなことに二階は廊下部分と室内が壁で完全に区切られており、フィオレが二階部分へ侵入したことに気付いたのは誰一人いなかった。

 そもそも、二階部分は現在ダリスとマリーの二人きりであるようだ。

 壁と扉で区切られているにつき、くぐもったような話声がする。

 タイミングを見て突入しようとフィオレが扉に張り付き、ほんの僅か扉を開くと、会話がこちらまで洩れてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリスはマリーの持っていた短剣について問い質そうとしたところ、「自分はダリスの妻だからだ」とはっきり言い切っている。

 しかしダリスは、「自分の妻はすでに亡くなっている」ときっぱり言い切った。

 つまりあの短剣は、ダリス自身が奥方に贈ったもの、更に形見のようなものだったということなのだろうか。

 真実はどうあれ、話しぶりからしてマリーは記憶を取り戻し、あの民家の家人が自分を捕らえた軍人であると確信しているようだ。

 しかしダリスは、それを頑として認めない。

 その冷たい否定がマリーの心を傷つけないわけがないのに、彼女は冷静に、どこまでも辛抱強く対話を試みていた。

 

「ダリス、何もかも忘れてしまったのか?」

 

 第三者の視点からしても、ダリスの対応はそうとしか思えない。

 切なげに訴えるマリーの声音はフィオレすらも動揺させているのに、あの男は何も感じないというのだろうか。

 

「忘れてなどいない。俺はずっと、グレバム様に仕えてきた」

 

 ダリスの言葉には、そこかしこに矛盾が組み込まれていた。

 グレバムはセインガルドにあるストレイライズ神殿の大司祭だ。ファンダリアにいるダリスとは、まるで接点がない。

 妙な洗脳でもされたのだろうか、それを指摘するのは簡単なのに、マリーはそれをしなかった。

 おそらくは……矛盾を指摘して正気づかせるより、まず記憶を取り戻してほしい、と願っているのだろう。

 彼を見て、すべてを思い出した。その言葉は事実であろうから。

 

 やがて、四苦八苦しながらも慣れない忍び足で二階へ到達した一同の気配が近づいてくる。

 階段まで迎えに行き、唇に人差し指を当てたまま再び扉前に張り付いた。

 揶揄交じりに取り戻した記憶とやらを語れ、というダリス相手に、マリーの独白が続く。

 

 ──話は十年以上も昔に遡る。

 

 その頃、ファンダリアは動乱の渦中にあり、そのためにサイリルには自警団が組まれていたそうだ。

 そんな折、ティルソの森にて大きな戦いがあった後。

 自警団に属し歩哨任務に当たっていたダリスは、当時敗残兵であったマリーを保護し、自宅に匿ったようなのだ。

 

 嘘を信じ込ませるには、多少の事実を混ぜると効果的であるらしい。

 事実か否かはさておいて、ダリスの記憶もところどころマリーの言葉に即している部分があった。

 しかし、やはり本筋が異なるためなのか発生する矛盾を、ダリスは認めようとしない。

 しかも、矛盾を見つけたことで情緒不安定に陥りかけているらしく、マリーに暴言を浴びせて威嚇すら始めている。

 それに対し、マリーは毅然と言葉を重ねていった。

 その暴言や揶揄に、何も思わないわけがないだろうに。

 

 その四年後、ウッドロウの父であるイザークによってファンダリアの動乱は鎮められた。

 人々が待ち望んだ平穏ではあったが、自分の居場所を見失いかけていたマリーは半ば自暴自棄になっていたのだという。

 

「ダリス、お前の掛けてくれた言葉……あの言葉は、心に染みた……」

 

 そこで、おそらくはダリスと夫婦の契りを結んだのだろう。

 語る彼女の言葉の端々は、わずかに鼻声だった。

 その後四年間を夫婦として過ごすも、現在から二年前悲劇に見舞われる。

 サイリルの街が何者かに襲撃され、防戦に加わった者はことごとく殺されたそうだ。

 最後に残ったのは、彼ら二人のみ。

 

「状況は絶望的だったけど、不思議と怖くはなかった。私はお前と一緒だったから、怖くなかったんだ。一緒、だったから……」

 

 その後は、予想通り。

 彼はマリーひとりを逃がし、そこで離れ離れとなったのだという。

 結局記憶がどうこういう話はフィオレの理解の範疇を超えるものだったが、そんなことはもうどうでもよかった。

 その先の話を冷静に聞いていられなかったから、である。

 湧き上がってきたのは、見当違いにも程がある……ドス黒い感情だった。

 

 護るべき人と愛する男を天秤にかけた。

 最愛の人に幾度も剣を向け、押しつぶされてしまいそうな苦しみ、悲しみを嫌というほど思い知り、敗北した、というのに。

 自分一人を逃がしたことをつらい、と訴えたマリーに、憎しみすら感じる。

 気持ちは分かるといっていたが、それだけ愛されていたということを彼女は気付いているのか。

 

 ……違う。彼女が憎いのではない。

 

 唐突に気付いたその事実に、フィオレは足元が崩れるような感覚を覚えた。

 土壇場で護られたマリーが。

 再び愛する男と再会できたマリーが。

 妬ましい、のだ。

 

「……フィオレ?」

 

 唐突に今の自分の名を呼ばれ、息を呑む。

 ちら、と振り返ればいぶかしげな顔をしたルーティが小首を傾げていた。

 

「どうかした? さっきからなんか、様子が変だけど」

「い、いえ……」

 

 何もない、と続けようとして、ふと耳を傾ける。

 ひっきりなしに呼吸をするような、独特の息遣い。これは……

 

「どうした、終わりか?」

 

 間違いようもなく、それはマリーのすすり泣きだった。

 しかし、ダリスはそれを見てもただ続きを促すばかり。

 あの野郎は……彼女の涙を見ても、何も思わないというのか! 

 

「ああ、これで全てだ……」

「残念だが……俺は知らないことだ」

 

 その一言を聞いたが最後。フィオレは言葉もなく扉を蹴飛ばした。

 荒々しく開かれた扉に、中にいた二人がもちろん注視するも気にするような精神状態にない。

 フィオレは注目を浴びながらつかつかと、椅子にふんぞりかえるダリスへと歩み寄った。

 

「フィオレ?」

「な、なんだ貴様……」

「……この」

 

 侵入者であることは百も承知だろうに、登場の仕方があまりに唐突過ぎてそこまで気が回っていないのだろう。

 今頃になって冷静にそんなことを考えつつ、フィオレはグッ、と拳を握った。

 

「大馬鹿野郎がっ!!」

 

 振りかぶった拳がダリスの顔面へ迫る。

 フィオレ自身の怒りのせいで標準が狂ったのだろう、拳は顔面でなく頬に突き刺さった。

 

「ガッ!」

 

 当然のことながら、ダリスは椅子から転げ落ちた。

 そのまま頭を床に打ち付けたらしく、両手で頭を抱えてうずくまる。

 

「ダリス!」

「すみません、マリー。でも泣くまで()らせてください」

「待ってくれ、フィオレ。そんなことをしたら、ダリスが変な性癖に目覚めてしまう!」

「心配するところはそこじゃないでしょーが! あんな勢いで泣くまでなんて、その前に顔の形変わっちゃうわよ……」

 

 実に冷静な突っ込みをするルーティではあったが、ただいま頭のゆだっているフィオレに常識は通じなかった。

 

「女を泣かせて平気な野郎ほど、タコ殴りにしてやりたい輩はいないのです」

「……ま、それには同意するけどね」

 

 フィオレの一撃をもろに受けたダリスが、頭を抑えながらもゆっくり起き上がる。

 しかし、その様子はどう見てもおかしい。

 

「なんだ……この記憶は……」

「ダリス?」

「まさか、フィオレが殴った衝撃で記憶が戻ったのか?」

 

 フィオレ個人としては、マリーの説得がやっと効いてきたと思いたい。

 侵入者が更に増えたわけだが、ダリスはそれどころではないようだ。

 

「何か……懐かしい響き……うおぉぉ……あ、頭が……」

「ダリス、しっかりしろ!」

 

 頭を抱えて悶絶するダリスに、とうとうマリーが駆け寄る。

 ダリスは、それにも頓着していない。

 

「私は……誰だ……」

「た、隊長!」

 

 そこへ飛んできたのは、先程まで門前でのびていたであろう兵士らである。

 一人が侵入者そっちのけで駆け寄るも、やはりダリスは気にしていない。

 

「くそっ、わからん……」

「まずいぞ、マインドコントロールが!」

 

 マインドコントロール──洗脳!? 

 すぐさま兵士を締め上げて事情を吐かせようとするよりも早く。

 

「ダリス隊長。あなた様のお力で、こいつらを始末してください!」

 

 兵士の一人が、自己を見失いかけているダリスに新たな思い込みの材料を与えてしまったのである。

 わかっていてやったのだろうが、なんて余計なことを──

 

「マリー! そいつから離れて!」

「隊……長……? ……そうだ! 俺の名はダリス。グレバム様の忠実な部下だ!」

 

 そうこうしている内に再洗脳が完了してしまう。

 やっと、侵入者一同に目を向けたダリスは、部下に目を向けて高らかに宣言した。

 

「よし、お前たち、やるぞ!」

「へい!」

 

 その間に、フィオレはとっととダリスから距離を取って机の上のものを手に取っている。

 先程の警告をまったく聞いていなかったらしいマリーは、無手のまま彼にすがりついた。

 

「やめろ、ダリス!」

「うるさ……!」

 

 その彼女に、ダリスが拳を振り上げる。拳が彼女を捉えるよりも早く、フィオレはマリーを引き剥がした。

 そのまま、拳を突き出したダリスの眼前に短剣をつきつける。

 

「あ……」

 

 マリーを目にしても態度を変えなかった彼は、この短剣を目にして始めて心を乱された。

 困惑したように気勢が殺がれたところで、短剣を振りかぶり柄頭で顎を殴りつける。

 動揺に、何の防御もできなかったダリスは。実にあっけなく、床に伏した。

 

「た、隊長っ!」

「……さぁーて、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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