一応一般人であるチェルシーを戦力として数えるわけにはいきません。
ここから先は、ソーディアンマスターズ(内一人はまだ)+フィオレというパーティ編成で。
ハイデルベルグ外れにて戦線離脱したマリーを見送り、一同はウッドロウの案内で件の地下通路へ向かっていた。
「それで、どうして初めからこの通路を使おうと提案してくださらなかったので?」
「始めはそのつもりだった。氷の大河を遡った先はすぐその洞窟へ到達できたからな。だがサイリルから向かったのであれば方向から分かる通り、真逆の位置だ。それならばハイデルベルグの中の様子を知りたかったのでな」
つまり、あのアクシデントのせいでここまで手間取ることになったということか。マリーの記憶も戻ったから、結果的には良かったことなのだろうが。
洞窟に扮した地下通路は、入り口の付近こそ本物の洞窟だった。
すぐ行き止まりである辺り、知らない者は熊の住処か何かとでも思うだろう。
しかし、ウッドロウがとある壁の窪みを探ると、一部の岩が自動的に滑って本来の道を示した。
一同が通過したのを見届けて、ウッドロウが再び岩に模した扉を操作する。
どのような仕掛けなのか、するするっと音もなく扉は元の位置へと稼動した。
「ここまでくれば、大丈夫だろう」
「ウッドロウ様、ここは?」
「昔の王が作った地下通路だ。王城に繋がっている」
「じゃあ、この通路をたどっていけば……」
勿論王城にたどり着ける仕組みであるはずだ。
力強く頷いたウッドロウだったが、何故か言葉を濁らせた。
「だがひとつ問題がな……」
「城から出るのは楽でも、侵入者防止に罠満載とか?」
「私もここを通るのは初めてだから、その可能性がないわけではない。あと、噂では幽霊が出るらしいんだ……」
妙におどろおどろしい声でそんなことをのたまわれ。
フィオレは思わず吹き出してしまった。
「フィオレさん! 吹き出すなんてそんな、幽霊に聞かれたらどうするんですか!」
「……噂。秘密であるはずの地下通路にまつわる、噂?」
その手の話が苦手であるらしいフィリアが苦言を呈するも、フィオレにとってはあまりにも馬鹿らしい一言である。
その矛盾に気付いたのだろう。ウッドロウは意表をつかれたような顔をしていた。
「それで殿下。その噂の出所はどこですか?」
「……考えてみれば、昔私が地下通路の存在を教えられて直後、聞かされた噂話だったからな。幼い私が興味本位で立ち入ったりしないよう、躾の一環だったのか……」
彼が今、御歳いくつであるかフィオレは知らない。だが、成人していることだけは確実だろう。そんな大昔の噂を今でも信じているとは、何というか、意外と純真だ。
とある王族に育てられた少女のことを思い出す。彼女は血筋こそ王族のものではなかったが、王室にて隔離培養されたせいで人を滅多に疑わない=疑わずに済む性格になってしまった。
彼のこれも、世間のしがらみを知らずに成人した結果なのだろう。
さておき、噂は躾のための作り話だろうとの推測が浸透しかけて、フィリアがほっと一息ついた。
ところが。
「では、幽霊はいないのですね。安心しました……」
「そこに居るのは誰じゃ?」
「きゃぁーっ!」
突如として聞きなれない男の声が地下通路に響く。
それを聞きつけ、フィリアは瞬く間に恐慌状態へと陥った。
「ゆっ、ゆ、幽霊がっ、で、で、出ましたわぁーっ!」
「落ち着くんだフィリア!」
一足早くフィリアが騒いだためだろう。
その見事な混乱っぷりから、一同はそれをなだめるのに手一杯で混乱の感染はしていない。
フィリアを一同に任せて、ウッドロウは持っていたカンテラを通路の奥へとかざした。
「グレバムの手の者かっ!」
「その声は、ウッドロウ様っ!」
グレバム軍に属する者ならば、彼に敬称などつけたりはしないはず。ということは。
軍靴が地面を叩く音がして、暗がりの奥からやはり明かりを携えた男が現われた。
年の頃は壮年手前か。
姿格好がファンダリア軍兵士と同じものであり、防寒用のまふまふした帽子のせいでウッドロウさえも誰なのかわからなかった様子である。
「何者だ!?」
「は、これは失礼を。ダーゼンであります」
帽子を取り、深々と一礼をする。
白い髭を称えた柔和な面持ちは、どこかで見覚えがあった。
ウッドロウの無事に安堵するダーゼンに、彼もまた警戒心を解いている。
「ダーゼンか。どうしてここに」
「襲撃時の混乱に乗じ、城下の民を引き連れて逃げ込んだ次第であります。緊急時はまず民の避難を優先させよとの、父王様のお言葉に従いました」
「そうか。ご苦労だった。ともかく、無事で何よりだ」
「このような場所で立ち話もなんです。何もありませんが、とりあえず奥へ……」
思いもよらない味方の存在に、ウッドロウも胸を撫で下ろしたのだろう。
そのまま先導するダーゼンについていこうとしたところで、リオンが小さく囁きかけた。
「おい、信用できるのか?」
「我が父に忠誠を誓った男だ。十分信頼に足る」
「ふん、わかるものか」
ウッドロウにとってはそうなのかもしれないが、初対面であるこちらには何とも伝わりづらいことだ。
疑わしげなリオンに、チェルシーが抗議した。
「ダーゼンさんはウッドロウ様の教育係でもあった方ですよ? 間違いありません」
「なるほど。殿下はあの方から、幽霊云々を吹き込まれたんですね」
そうでなければ、この地下通路の存在を知っていることに疑問を抱かねばならない。
表向き平然としているが、若干耳を赤くしているウッドロウについて、地下通路を行く。
非常時の備蓄資材置き場も兼ねているのか、地下通路の割にいくつも部屋が点在し、着の身着のまま即席のストーブに身を寄せ合っている人々がそこかしこにいた。
かなりの大人数ではあるが、ハイデルベルグの本来の住民数には遠く及ばない。
「狭苦しいところですが、こちらへ」
一同が通されたのも、住民らに貸し与えられている毛布や食料などを備蓄した場所だった。それぞれが床や木箱などに腰を落ち着ける。
まず口を開いたのは、ダーゼンだった。
「殿下、こちらの方々は……」
「グレバム討伐に、セインガルドより派遣された者たちだ」
事情を知るウッドロウが、これまでの経緯を簡潔にダーゼンへと説明する。
そこで彼は、フィオレらに視線を送った。
「お二人には見覚えがありますぞ。隻眼の歌姫に、その護衛の客員剣士……セインガルドはこんな若輩者らに任せるほど、人不足なのか」
「……おい」
「この年代の方は、とにかく年功序列でしかものを考えませんからねえ。ところで、イザーク王はどちらに? 一応ご挨拶しておきたいのですが」
ダーゼンとしては、客員剣士はともかくなぜ隻眼の歌姫などと、戦いに関係なさそうな人材が派遣されてきたのは不思議でしょうがないのだろう。
青筋を浮かべるリオンを制してそれを問いかければ、彼は音を立てて固まった。
「へ、陛下は、その「なるほど、そうですか。主君を護ることすら叶わなかった人間に、『こんな』呼ばわりされる謂れはありません」
フィオレはともかくリオンは間違いなく若輩だ。それは否定のしようがない。
瞬く間に顔を曇らせたウッドロウの顔色に気付いたのだろう。
慌てふためくダーゼンをさておいて、フィオレは立ち上がった。
「さて、そろそろ行きましょうか。あまり相手に時間を与えるのもなんですし……」
「無礼な! イザーク王の崩御を耳にして、何の一言もないのか!」
「この度はご愁傷様でございます。急な襲撃だったとはいえ、御身の守護すらできなかった家来に囲まれていた賢王のご冥福をお祈りしましょう」
見当違いな怒声を放つダーゼンを皮肉で黙らせ、フィオレはうつむきがちになっているウッドロウを見た。
「王太子殿下……いいえ、陛下。我々の王城侵入を、どうか許してください」
「フィオレくん、それは……」
「慣れない暮らしを強いられた民を勇気付けるのも、王の務めだと愚考します。そして、肉親を亡くしたと聞いたばかりのあなたを戦場へ引きずり込むほど、戦力が足りないわけではありません」
正確に言うならウッドロウのためというより、一同のための提案だ。
精神的に動揺している彼を無理に同行させれば、足を引っ張られるのはこちらである。
「チェルシー、陛下の傍についててあげてください。別に構いませんよね」
「いや、その必要はない」
チェルシーが返事をするよりも、ウッドロウは立ち上がった。
きちんと顔が上がっているものの、その目はわずかに潤んでいる。
「ダーゼンの非礼と共に、腑抜けた顔をさらしたことを詫びよう。父のことなら、落ち延びたそのときから覚悟はしていたのだから」
「ウッドロウ様……」
「だが、チェルシーはここに残った方がいい。これから先は、私もかばってあげられるかわからないからな」
自分なら大丈夫だと言い張るチェルシーだが、他の誰でもないウッドロウからここに残るよう説得されて。彼を慕う少女が従わないわけにはいかなかった。
とうとうウッドロウの説得に応じたチェルシーだが、膨れつつも釘刺しを忘れていない。
「フィオレさん! ウッドロウ様に怪我なんてさせたら。ファンダリアが黙ってませんからねっ!」
「はいはい」
ダーゼンはそんな連中に謝罪などいらないとほざき、チェルシーはウッドロウへしきりにエールを送る。
一同に出立を促したところで、再びダーゼンは苦言を呈してきた。
「ウッドロウ様、よもや隻眼の歌姫がイザーク様の御落胤であるとお思いではございませんか? 例えそれが事実だったとしても、セインガルド王に媚を売るような王族の面汚しに……」
「控えよ、ダーゼン! 根拠もない噂を振りかざし、あまつさえ私の協力者を侮辱するか。恥を知れ!」
とうとうウッドロウの怒声が轟き、ダーゼンどころかチェルシーすらも身を竦ませている。
百獣の王たる獅子の咆哮にも似たそれは、びりびりと鼓膜を震わせた。
すでに部屋を出ているフィオレに詳細はわかりかねるが、相当な怒気が伺える。
それから二言、三言を告げたウッドロウが部屋より退出した。
彼はバツが悪そうにフィオレを見やっている。
「重ね重ね、身内の非礼を詫びよう。本当に済まなかった」
「……あなたに謝られても困りますよ。私が軽蔑したいのはこの国でもあなたでもなくて、あなたの教育係であったという人なのですから」
深々と、潔く頭を下げるウッドロウを前にしてフォローを言わないわけにはいかない。
その対応をしている最中、仲間たちの反応はどこまでもシビアなものだった。
「王子様に恩売ったどころか、王様に頭まで下げさせたわよ……」
「おそらくこういった逸話が歪められて、不名誉な噂が流れるのではないでしょうか」
故に彼自身へのフォローはしても、先程の発言を許す、と繕うようなことは言わない。
なんだかんだでチェルシーをダーゼンへ預けた一同は、地下通路入り口付近を通過して王城を目指した。
途中、ダーゼンと同じような衣装をまとった兵士がウッドロウに対して敬礼を示す。
「ダーゼン殿より通達されております。この先は歴代の王たちが侵入者防止に仕掛けた罠が多数仕掛けられておりますので、重々お気をつけください」
何でも、住民を引き連れて避難した際調べた結果、この通路の先から凍りついた床やら落とし穴などの罠が確認されたらしい。
そのため、兵士がこうして一般人の進入を防いでいるのだという。
「ご武運を……」
兵士に見送られて地下通路を進むも、氷の大河を遡る際に氷上の滑走技術をどうにか身につけた一同にとってはそれほど恐ろしい仕掛けではない。
ときおりスタンが壁にぶつかるという喜劇を迎えつつ、一同は順調に進軍していった。
ところが。
「あの石像、今にも動き出しそうですね」
フィオレが指したのは、床一面が凍りついている部屋の、中央だった。
石像の向こうには扉があり、いかにも守護者然とした雰囲気がある。
フィオレの言葉に、微妙な雰囲気が漂った。
「あれを置いたのはお城の人間でしょ。グレバムじゃあるまいし、モンスターを侵入者除けにするなんて無理じゃない?」
「ルーティさん。石像型のモンスターは古来より、人が製造し操ることを可能とした種類が多いですわ」
「もし動き出したら厄介ですね。あんな滑る床の上に立っているんじゃ……」
確かに、ゴーレムという剣の通じない相手であっても、後衛たちの詠唱を邪魔させないために盾役、というか気を逸らす役は必須だ。
前衛がそれを引き受けるのが常であるが、スケートをしつつ回避というのは慣れている人間が適役である。
この中で上級者であるのはウッドロウだけだが、必ずミスをするのが人間である。
攻撃を散らすのがたった一人では危険この上ない。
「……では、私とウッドロウ、リオンが前へ出ましょう。ルーティは攻撃しなくていいです。私たちの誰かが怪我をした時に備えてください。スタンとフィリアが後衛で晶術を使い、前衛三人が攻撃を散らす」
フィオレもリオンもけして上級者ではないが、未だあちこちにぶつかるスタン、ときおり危なっかしくバランスを崩すルーティよりはずっとマシだ。
まずは本当に守護者かどうか、そして移動をするか否かをフィオレが確かめに滑る。
守護者であっても、扉の前から動かなければ離れた場所で一斉に晶術を放てば問題はない。
しかしそうも都合よく物事は運ばれず、ゴーレムはフィオレの接近を感知してギコギコと関節を鳴らし始めた。
ゴーレムの表面から煙にも似た空気の流れを見つけて、警告を発する。
「このゴーレム、氷か何かで作製されているみたいです。攻撃を受けることはおろか、触れても危険ですね。それと後衛、晶術は火焔を用いてください!」
「わかりましたわ。クレメンテ!」
『フィリア、足元に気をつけるんじゃぞ』
「ディムロス、行くぞ!」
『ぬかるなよ、スタン!』
「あたしは待機しとくわ。誰かが怪我したら回復に専念するからね」
『ルーティ、そう言いながらサーチガルドしないで』
もしかしたら氷に似た全然違う素材で作られているのかもしれないが、警告するにこしたことはない。
幸い、前衛は誰一人としてゴーレムに捕まることなく、後衛たちの晶術連打でゴーレムは巨大なオブジェと化した。
「これで何とか通れそうだな」
「……まあ、仮に動いたとしても、この質量なら起き上がれませんよね」
「もう黙れ。お前が言うと全部が現実になる」
フィオレ及び一同は預かり知らぬことですが。
ダーゼンさんの本名はダーゼン・ビーグランといい、彼の息子はファンダリア軍に在籍しています。(息子さん名称未設定は、オリジナルキャラクター)
フィオレ、リオンともファンダリア探訪記前編にて面識有り。しかしこの回のごたごたでビーグランが所属していた隊は解体されました。
構成面子の大半が軍籍剥奪の上強制労働を課されており、ビーグランは唯一人「自首を促した」ということで軍籍剥奪を免れましたが、ファンダリア僻地へと飛ばされています。
そのためこの騒ぎとは無縁の状態ですが、勿論ダーゼンさんはこのことを良く思っていません。出世の道からは間違いなく外されてしまいましたからね。
特にフィオレのことは、イザーク王の
偉い人でなくても、隠し子なんて汚点ですよね。当然いい印象はありません。
それをいいことに、ウッドロウをたぶらかそうとしているとも勘ぐっています。
加えて一同と出会うまでは、飛行竜が襲いかかってきた=セインガルドが敵、君主イザーク王の仇! という構図になっていました。
以上のことから、割と悪意に満ちているダーゼンさんの言動も致し方ないことなのです。
作中では悪印象かもしれませんが、彼はいい人なのですよ?
話しかけたらHPTP全部回復してくれる、一同にとってとても都合のいい人。