この時計塔は、十八年後に飛行竜の激突を受けて大破します(ネタバレ)
凍りついた床にて侵入者を阻むアイスゴーレムを退け、一同は扉を潜り抜けた。
そのまま道なりに進み、唐突に現われた梯子を上った先にて。
フィオレはとうとう、偏頭痛を引き起こした。
「……なんで、王族の避難経路が地下牢に」
「地下通路だからな。玉座の真下には作れなかったのだろう」
囚人が気付いたらどうするつもりだったのだろうか。
苦言を呈すると、ウッドロウは困ったように微笑んでいる。
「一番隅の牢屋が頻繁に使用されるほど、ハイデルベルグの治安は悪くないからな……」
「それにしたって、緊急時に玉座からこんなにも離れているところに作らなくたっていい気がするわ」
「捕らえられた王族が、一番奥の汚い牢屋に収監されることを想定したのかもしれませんけどね」
なんにせよ、出た先が牢屋であることは少々問題だった。
何故なら、牢屋の鍵というのは扉が閉まっただけで施錠されるものだからである。
「開錠しないと出れないではありませんか」
「別に構わないだろう、そのくらい」
「私ができなかったら、どうなさるおつもりで?」
ぶつくさ呟きつつ、針金を取り出して手探りで扉に据えられた鍵穴に押し込む。
奇妙な体勢で開錠作業に没頭することしばし、どうにか扉を開くことはできた。
今後、これは錠前として機能しないだろうが、今は黙っていればわからない。とにかく解錠に成功はしたのだ。
安堵の吐息をつき、扉を押して牢屋から出る。
「誰もいませんわ……」
「グレバムに逆らって捕まった人間がいないのか、あるいは、いたけどその場で処断されたか……前者であることが望ましいですね」
牢獄内は見事なまでにもぬけの殻だった。
一同が王城へ侵入したことを知る者がいないのは大変望ましいが、最もな理由を考えるとぞっとする。
「……行こう。直接グレバムを叩くんだ」
「はい!」
肝心のグレバムの居場所だが、まずは玉座にふんぞりかえっていないかと謁見の間へ赴く。
牢獄のかび臭い空気から解放されて少し、ファンダリア城の長い廊下を歩いていても兵士はおろか、人影すらも見当たらない。
「おそらく、正面突破を予想して兵士をエントランスに集中させているんだろう」
ウッドロウの予想は正しく、エントランスへと続く扉の向こうから大勢の人の気配が感じられる。
耳を澄ませば会話すら聞こえてくることから、あまり緊張感は伺えない。
「ちゃんと相手の裏をかけているといいのですが」
「この分なら大丈夫でしょ。問題は、グレバムがこっちに気付いていきなり神の眼を使ったりしないか、よ。一度に何匹ものモンスターけしかけられたら、ジリ貧決定だしね」
ルーティの言い分は最もだ。隠密行動ができるに越したことはない。
ウッドロウの案内により、一同は十分警戒をしつつ謁見の間へと到達した。
しかし。
「もぬけの殻……か」
「考えてみればここの玉座、それほど広くありませんでしたね。直径六メートルもの神の眼を持ち込んだら身動きがとれなくなってしまいます」
地下室などに神の眼を隠していないことは確信できる。
これまで一切、左手の甲に張り付いたレンズに反応はなかったからだ。
ということは、相手はおそらく神の眼を傍に置いている。
そのことを踏まえて、ウッドロウへ尋ねた。
「この城内にて、一番広い場所はどこですか?」
「……私が知る限りでは、時計塔頂上だな。あそこには、父より先先代が国中の技師を総動員して作らせたという巨大な時計が設置されていてね」
温暖な気候のセインガルドなどでは、太陽の位置を見れば大体の時刻が分かるため、庶民には普及していない。
時計に類するものなどは、リオンや王城に出入りする身分の人々が携帯している程度だ。
かくいうフィオレも、ヒューゴ氏から持たされた懐中時計をひとつ所持している。
しかし、一年の半分以上が雪に覆われているこの大陸では、天気の良くない日が続くことなど当たり前。もちろん太陽をしばらく見ることができなくなるため、時間感覚が狂ってしまうことすらあるらしい。
さりとて、時計は嗜好品の一種だ。そのため、ファンダリアの国民全員が必ず所持できるものではない。
それを嘆いた先先代が、せめてハイデルベルクの住民には、と巨大な時計を掲げる時計塔を設置したのだという。
「ハイデルベルグの人々がいつでも確認できるようにと巨大な時計を作ったがいいが、そのメンテナンスをするためのスペースもかなり広大なんだ。時計塔自体が王城に隣接しているため、ハイデルベルグを一望することもできる」
「まさに高みの見物って奴ね……可能性大じゃない」
「そうですわ。トウケイ城の時だって、天守閣にいましたもの」
確かに、可能性がないわけではない。
そして、一度足を踏み入れたことがあるだけでこの王城にけして詳しくないフィオレやリオンには、反論する理由もなかった。
「何とかと煙は高いところを好むとは、よく言ったものだな」
「行ってみましょう。その時計塔やらへの道を教えてください」
「こっちだ」
玉座にこびりついている血痕から意図的に眼をそらし、裏手へ移動した彼について歩けばそこには左右に扉が設置されている。
向かって右側の扉に手を掛けたウッドロウだったが、扉が開くことはなかった。
「鍵?」
「フィオレさん、開けられますか?」
いぶかしがるウッドロウをさておき、スタンの求めに応じて扉前に跪く。
しかし、フィオレは鍵を一瞥しただけで針金すら取り出すことなく立ち上がった。
「どうかなさいましたか?」
「──鍵穴が埋められてます。違うルートを探すしかなさそうですね」
隠密行動中でさえなければ扉を破壊するのだが。今強硬手段を取ろうものなら、グレバムに感づかれる危険性が非常に高い。
しかし、フィオレの言葉を聞いたウッドロウの表情は実に渋いものだった。
「だが、違う道など……」
「時計塔のメンテナンスに入る技師たちが、謁見の間をわざわざ通るとは思えません。必ず他に、道があるはずです」
そう断言して、フィオレは指先に小さな譜陣を発生させた。
音素が集まる気配と共に、透けるような繊細な羽が風もなくたなびく。
やがてフィオレの指先には、たおやかな蒼い蝶がしがみついていた。
無言のまま、蝶を操り扉の向こうへ移動させる。
ただいま生み出した蝶は、空蝉なる秘術を駆使したものだ。
自分で視認できない箇所を探索するのはシルフィスティアに頼むことだが、これまで彼女の視界を借りてきてひとつの結論が出た。
それは、視界を借りる対象である風が自由奔放すぎて、細かいところまで
考えてみれば当たり前だ。風自身、何かを見て判断するという行為は必要のないことなのだから。あるいはフィオレの頭……認識能力に問題があるだけか。
ともかく、誰か、何かを探すだけなら十分な効力を発揮する風の探索はこの場合使えない。
今はもうひとつの経路を探すため、じっくり
扉の向こうで再構成された蝶を操り、様々な箇所を巡らせる。
残念ながら扉の向こうにこそ、別経路を発見することはできなかったが、階段を昇った先に違う道を発見した。
そちらへ蝶を移動させる。すると、次なる扉は城外……時計塔に属するだろう場所に繋がっていた。
昇降装置や吊り篭式の移動装置が備えられていることから、やはりメンテナンス技師用の移動手段があることが伺える。
時計塔を抜けた先は再び城内へと通じており、フィオレはその経路が現在隠されているところまで突き止めた。
「フィオレさん?」
「こっちです」
迷いなく、来た道を引き返し始めたフィオレの後を、一同がぞろぞろと続く。
蝶の視界から自分の姿を確認したフィオレは、再び蒼い蝶を扉の向こう側へ引っ込めた。
「この壁に隠し扉があります」
「隠し扉?」
懐疑的なルーティの言葉などまるで聞かず、手近な壁を見やる。
これまで歩んできた道のりにおいて松明は欠かさず灯されていたというのに、なぜかここだけは消されていた。
もしかしたら、何かを隠すためここ周辺の明かりを故意に消したのかもしれない。
その可能性がないわけではないため、フィオレはウッドロウに声をかけた。
「ウッドロウ。ソーサラーリングとやらで、明かりを灯してほしいのですが」
「心得た」
雪かきを通り越して放火ができるソーサラーリングに、たかだか松明に火をつけられないわけがない。
それを見越して頼んだことだったが、それは予想外の結果に繋がった。
ウッドロウがソーサラーリングを用いて明かりを灯した途端。それまで壁だとばかり思っていた箇所に、扉が出現したのである。
「な!?」
「本当だ、隠し扉が!」
「先に続いていますわ」
驚くフィオレを尻目に、スタンやフィリアは無邪気に道ができたことを喜んでいる。
それだけではすまないのが後の面々だ。
「フィオレ、何でわかったのよ?」
「そもそもこれは、どんな仕掛けなんだ?」
「……えーと。松明に明かりを灯せば、隠されていた扉が暴かれる。そういった類の、幻術なのではないかと」
扉があり向こうに道が続いていたことこそわかっているが、よもやこんな仕掛けとは。
モリュウ城やトウケイ城の仕掛けを思い出して憂鬱になりながら、フィリアの後に続く。
再会した蝶を回収、
壁にずらりと並ぶ灯された松明の中で、火が消えているものにソーサラーリングをかざせば、どういった仕掛けなのか扉の鍵が解除される。
そのような調子で好調に進んでいた一同であったが、先程蝶の視界で見つけた時計塔内部を見て、もちろん彼らも唖然とした。
「ウッドロウさん、ここは……」
「時計塔、だろうな。内部にはめ込みきれない歯車があるところを見るに、ここもメンテナンス対象なのだろう」
とはいえども、ここを自力で登るなどと技師たちが望むはずがない。一直線で上まで行ける道があるはずだ。
フィオレは先程眼をつけておいた昇降機を一同に指差した。
「さて皆、あれに乗っていただきましょうか。多分上まで一気にいけるはずです」
「だが、作動レバーは離れているぞ。これでは一緒に移動ができない」
「私がレバーを操作して、それから徒歩で移動します」
真っ先に危険を訴えるフィリアに、守護者の加護があるから平気だ、などと適当に嘯いて。フィオレは一同が乗り込んだ昇降機の、レバーを作動させた。
それからすぐに、徒歩での移動を開始する。
突き出た足場を歩き、歯車に挟まれないよう身をかがめ、タイミングよく次の歯車へ移動。
進行方向とは逆に回転するそれの上を走り、メンテナンス技師の取り付けたものだろうか、垂らされた鎖製の梯子を上り。
昇降機で一直線に上階まで上り詰めた彼らにやっと追いついた時、フィオレは自分が乗ろうとする吊り篭が動かないことを知った。
「フィオレさん、どうしたんですか?」
「これ、滑車が凍りついてるみたいなんです。動きません」
試しに籠を蹴ってみるも、ピクリとも反応しない。
時間はかかるが別の道を探そうかと、思い始めたところで。
「フィオレくん!」
ウッドロウに呼ばれたかと思えば、何かが顔面に飛来する。
受け取ってよく見れば、それは中央に緋色の石が埋め込まれた指環だった。
「ソーサラーリング?」
「それを使って、滑車の氷を溶かしたまえ」
中指に装着しようとして、フリーサイズの指環がずるりと滑る。おそらくこの緋色の石から熱線が放たれるだろうことを考えると、危険極まりない。
仕方がなく人差し指に通し、親指と中指で固定するようにしてからレンズを取り出す。
緋色の石の裏側にある、地金に取り付けられた突起を押し込むと、レンズが割れると同時に熱線が発生した。
熱線は滑車に命中し、吊り篭式の移動装置が何事もなかったように動き始める。
「お待ちしていましたわ」
「お待たせしました。しかしこれ、便利ですね」
ソーサラーリングを取り外し、まじまじと見やる。
レンズ一枚の消費で、一瞬にして炎が発生するのは画期的である。
「だったら、この旅が終わったあとで購入するんだな」
「いや、今は改良型しか……雪かきが可能程度の熱線なのでしょう? レンズ消費があっても、私にはこっちのほうが魅力的です」
ヒューゴ氏に言えば、改良前のタイプが残っているかもしれない。
そんなことを話しながら、ウッドロウにリングを返そうとしたその時。
「それなら、それを差し上げようか。私には、もう必要のないものだからな」
「え?」
どういう意味なのか聞き返そうとして、唐突に気付く。
彼がソーサラーリングを手にしていたのは、一重に放浪の旅を繰り返していたから──ファンダリアの王子として、民の生活を直に知るべく旅することを許されていたから。
イザーク王が崩御した瞬間、彼は王子ではなくなった。
だからもう、旅の供としてソーサラーリングは必要なくなるどころか、旅そのものもできなくなるだろう。
「よろしいのですか? 思い出の品でしょうに」
「いや、構わない。ただ……叶うならば、引き換えに我が部下の非礼を許してほしい」
抜け目ない。フィオレが彼を許していないことを、心に留めていたのか。
一国の王からそれを言われて、フィオレは小さく肩をすくめた。
「そうまで言われてしまっては、許さざるをえません。ありがとうウッドロウ、大切にしますね」
微笑をたたえて、儀礼的な辞儀を披露する。いつかの夜会にて、初めてウッドロウと言葉を交わした際にも見せたものだ。
それに笑顔で返したウッドロウではあったが、その際彼は何かを呟いた。
「……できれば、違う指輪も受け取ってほしいものだが……」
「何か?」
「いや、気にすることはない。まずはグレバムを、倒すことに集中しよう」
「……そうですね」
上部まで上りつめ、扉を開く。
再び城内へと戻ってきた一同が進むのは、あとほんの僅かな距離だった。