swordian saga   作:佐谷莢

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 時計塔最上階、なう。
 とうとう、本丸グレバムの元へ到達。
 第一部、神の眼を巡る冒険。最終戦です。


第百三夜——刻まれる時の音~Shall We Dance?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱い。

 極寒の地であるファンダリアにて、ありえぬ感覚を左の手に宿しながらフィオレは足を進めていた。

 一歩足を進めるごとに、熱さが増していくような気さえする。

 手甲をとれば、おそらく一目瞭然だろう。神の眼が近くにある。

 そして──長きに渡るこの探索行に、ようやく終止符が打たれるのだ。

 

「カルバレイスではさっくり逃げられ、フィッツガルドでは替え玉掴まされ、アクアヴェイルでは後一歩のところで逃げられ……考えてみると、裏をかかれてばっかりでしたね」

「……お前、どうしてこの局面でそんな情けないことを次々挙げられるんだ?」

「事実です。受け入れることでちょっと成長できますよ。背は伸びませんけどね」

 

 道なりに進みながらも、緊張感漂う雰囲気を壊したのはフィオレだった。

 コンプレックスを刺激され、彼は当然憤慨している。

 

「お前といいルーティといい、どうしても僕を怒らせたいようだな……」

「この旅を通して少しは成長してくださった御様子で。それがわかれば私は満足です」

 

 何故なら今での彼なら、そんなことを抜かす前に怒り出していただろうから。

 様々な人々と出会い、別れ。様々な局面に直面し、それをどうにかして進んできた。

 彼と同じように、自分自身も成長していればいいな、とフィオレは思っている。最も、この旅で一番成長したのはスタンとフィリアペアだと確信しているが。

 不吉なことを口にすれば、現実になる危険性がないわけではないのなら。ならば前向きな望みを口にするべきだと思える。

 たとえ望みを言葉にすれば、叶わなくなると言われていたとしても。

 

「終わりにしましょうか。グレバムに制裁を下し、神の眼をあるべき場所へ」

 

 何気なく放たれた言葉に、一同が力強く頷いている。

 奇しくも詰め所前にて、兵士長が兵士らをまとめていた時のことを思い出す。

 僅かながらの苦笑を浮かべたその時。

 ウッドロウの声、そして左手の甲のレンズが、フィオレを現実へ引き戻した。

 

「その階段を昇った先が……頂上、だ」

 

 おそらく屋外なのだろう。冷たい風が吹き込む階段の先に、グレバムと神の眼が待ち受けている。

 ひとつ息をついて、フィオレは階段に足を乗せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──階段を昇りきった先、時計塔頂上。

 おそらくはこの真上に、ハイデルベルグを一望する巨大な時計が設置されているのだろう。

 その時計を調整するためのものか、一同が踏みしめる床にも巨大な時計が埋め込まれていた。

 一同が対峙するその先に、トウケイ領にて発見した法衣姿の男──グレバムが立っている。

 その手には、長大な刀身を備えた剣を手にしていた。

 刀身の付け根に備えた丸い飾りといい、その古めかしい意匠といい。間違いなくソーディアン・イクティノスだろう。

 

『イクティノス!』

『久しいな、皆……俺のことはいい。それより早く、こいつを』

「グレバム!」

 

 ソーディアン達の挨拶もそこそこ、姿を見つけたフィリアが誰よりも早く走り出す。クレメンテを構え、臨戦体勢こそ整えているがその声は震えていた。

 その言葉に、男はゆっくりとこちらを振り向く。

 後ろへ撫でつけた髪に、余裕綽々の笑みすら浮かんだ倣岸不遜な態度。

 間違いなく、本人であった。

 

「よくぞここまで来た、と言いたいところだが……残念だったな。貴様らの命運もここまでだ」

「それは貴様に向けられるべき言葉だ。よくも散々手間をかけさせてくれたな」

 

 すでにシャルティエを手にしたリオンが鋭くグレバムを睨めつける。

 その視線すらも鼻で笑うグレバムの背後には。

 直径六メートル級、世界最大サイズのレンズ『神の眼』が、鎮座していた。

 

「笑わせる。ソーディアン使い如きが、この神の眼の威力を己が身で知るがよい」

「そうはいかん! 我が父の仇、取らせてもらう」

「ほう、できるかな?」

 

 嫌みったらしいその笑みが、ウッドロウのみならず一同の神経を逆撫でする。

 そこへ、凛とした声が飛び込んできた。

 

「これ以上、あなたの好きにはさせませんわ!」

「おとなしく石になっていればいいものを……むざむざ殺されに来たか」

 

 どうせ石になり続けていれば死ぬというのに、ふざけたことを抜かしてくれる。

 ともかく、逃げる気がないのは幸いなことだ。彼はやる気満々で、イクティノスを振りかざした。

 

「まとめて片付けてくれるわ!」

「皆、散るんだ!」

 

 通常ならば、フィオレもこのやりとりに参加し、相手を愚弄侮蔑挑発することで怒りを引き出し、少しでも戦いを有利にしようと努力しただろう。

 今回それをしなかったのは、これが最後の戦いになるだろうと、だから真剣に戦おうなどと思ったからではない。

 全ては、身も心も包み込むような、奇妙な高揚感のせいだった。

 以前フィオレは、神の眼を前に失神したことがある。

 状況が状況だったし、再び同じことが起こるとは思っていなかったが、この妙にふわふわした感覚は何なのか。

 これは……やりすぎて、しまうかもしれない。

 

「フィオレ!? 何をボーッとして」

「どうした。神の眼を前に、心でもうばわ「……うるさいなぁ、もー」

 

 唯一臨戦態勢に入らず、また隙だらけに見えるフィオレに目をつけたのだろう。

 イクティノス片手に迫るグレバムを眺めながら、フィオレはおもむろに片手を突き出した。

 左手の甲に張り付いたレンズが、イクティノスのコアクリスタルに宿った力を搾取しにかかる。

 

「サイクロ「天空を踊りし雨の友、紫電の槌を振り下ろせ」

 

 まるで寝言でも呟いているかのような簡略詠唱だったが、それでも術はきちんと発動した。

 本来詠唱とは、そこいらに漂う小さなエネルギーを相手に影響を及ぼすほどに収束させる役割を持つ。術名を口にするのは、その名を呼ぶことで発動を促すのだ。

 だが、ここにはそもそも巨大なエネルギーの塊である神の眼がある。

 小さなエネルギーをかき集め、収束させる必要がない。そのため、簡略詠唱でも十分威力を見込めるのだ。

 しかし。発生した雷撃の嵐は違わずグレバムを包み込むも、神の眼が輝いたと同時に雷撃はかき消えた。

 

「なんだ、今のは? 子供だましにも程がある」

「馬鹿な!」

 

 以前、レイクドラゴンをも撃退した雷がいとも簡単にかき消され、リオンは切れ長の瞳に驚愕を宿している。

 フィオレはそれらに構うことなく、次なる譜術の発動を準備していた。

 今のは、イクティノスに宿っていた第三音素(サードフォニム)を搾取して発生させたものだ。

 しかし、これだけ捜し求めた神の眼が傍にあると、その在り様が手に取るように伝わってくる。

 神の眼は、通常レンズと同じく全ての属性エネルギーを内包していた。

 しかも非常に豊富であるため、おそらくグレバムはイクティノスを介し、神の眼の力を直接戦闘に用いているのだろう。

 でなければ、それまで追っ手から逃げ回っていた理由がない。

 

 ──それなら、何故真っ先にイクティノスがあるファンダリアを襲わなかった? 

 

 平時ならばすぐに浮かぶ疑問だが、今のフィオレにはそこまで考える意識がない。

 曲がりなりにも戦闘中であること、そして。

 

「炎帝に仕えし汝、その吐息にて彼奴を滅ぼせ」

 

 神の眼よりレンズを介して術を発動させるも、どうもフィオレは集中ができなかった。

 これまで生きてきて、フィオレはほとんど酔う、という感覚を知らない。薬を初めとする毒のほとんどを受け付けないフィオレの体質は、アルコールの副作用とも無縁なのだ。

 ただ、まったく知らないわけではない。数少ないその酩酊体験と、今の状態はかなり近かった。

 気分だけの問題で、勿論身体能力に影響が出るわけがないのだが。

 グレバムの足元に譜陣が展開し、発生した火炎の渦がやはりグレバムを取り囲む。

 ところが、それは一瞬にして鎮火され、何の痛痒も与えていなかった。

 

「スノードラゴンすら焦がした炎を、消しただと……!?」

「──なるほど。カラクリは、それですか」

 

 最早見間違いようもない。

 グレバムが二度に渡ってフィオレの「手品」を無効化したその事実に一同が衝撃を禁じえない中、フィオレは淡々とその理由を突き止めていた。

 今しがたの攻撃も、先程の攻撃も。

 発動し、直撃する瞬間、神の眼が一際強く輝いている。

 それに気を取られてグレバム自体がどうしていたかはわからないが、ともかく神の眼が関係しているのは間違いないだろう。

 

「となると、晶術も無効化されそうですね」

「行きます、ストーム!」

 

 試してみるとばかりに、フィリアがクレメンテを掲げる。

 しかし、グレバムがイクティノスを一閃したかと思うと、轟風はぴたりとやんでしまった。

 

「……イクティノス、もしや自分の司る晶術を無効化できるのでしょうか? だとしたら、皆より高性能ですね……」

『それは一応皆できるよ! 自分の属性の晶術なんて滅多に向けられないから、披露できないだけ!』

 

 一方でグレバムは神の眼を自由自在に操り、イクティノスの巻き起こす風でウッドロウの矢を弾きながら、スタンやリオンと斬り結んでいる。

 当然、ルーティやフィリアの晶術は神の眼によって無効化されていた。

 

「くっくっく、少しは楽しませてくれるか。だが所詮はその程度、神の眼の真の力の前では赤子同然よ!」

「……よくもまあ、借り物の力でそこまで驕れるものですね」

 

 借り物の力だからこそ、溺れていることにも気付かず勝ち誇っているのか。

 あくまで自分が格上だと高らかに叫ぶグレバムに、フィオレはげんなりと呟いた。

 そんな呟きなぞもちろん耳に入れず、真の力を味わえ、とか叫ぶグレバムの隙をついてこっそりとチャネリングを発動させる。

 対象は、神の眼だ。神の眼に意思がなければもちろん無駄なことなのだが、以前フィリアが言っていた俗説を真っ向から否定した覚えはない。

 

『少々大人しくしてもらえませんか? 私たちはそこの、ぶんぶん五月蝿いコバエを取り押さえたいのです』

『……アーステッパーは?』

 

 意識を通じさせようと試みるも、その返事はない。

 その代わり、思いもよらない意志が発せられた。

 

『みんないる。みんないるけど、あとひとり。かわすことができたなら、その時は……』

 

 その時は、何だというのか。

 戦闘中であることを完全に忘れ去っていたフィオレが、意思疎通を成立させようと本格的に集中しようとしたところで。

 

『ぐあぁっ!』

『イクティノス!』

『あの男、コアクリスタルに神の眼の力を注いでおるのか! そのようなことをして、コアクリスタルが耐えられるはずが……』

 

 コアクリスタルどころか、所持者たるグレバムも耐えられるものではないだろう。

 このまま自滅を狙うのも手かもしれないが、貴重なソーディアンを対価にせこい犯罪者を仕留めるのは割に合わない気がする。

 

「時の狭間にて揺蕩(たゆと)う者よ、奏でし調べに祝福を!」

 ♪ Rey Va Nu Qlor Toe Rey Rey──

「な、なんだ⁉︎」

 

【第七音素譜歌】静なる時縛り(タイムストップ・バインド)

 ほんの僅かな時ではあるが、神の眼が無機物である以上、取り巻く時の凍結は可能だ。

 一瞬にしてエネルギー供給を断たれたグレバムが、何が起こったのかわからずただ立ちすくむ。

 そこで初めて、フィオレは接敵した。

 

「ぎゃあああああっ!」

 

 振り抜いた紫電にまとわりつく雫を払い、絶叫と共に法衣を緋色に染める男を蹴倒す。

 力の抜けた手からイクティノスが滑り落ち、甲高い音を立てて床に転がった。

 左胸からわき腹にかけてざっくり裂かれたグレバムが、悲鳴の余韻を引いて背後の神の眼に激突する。

 そこで──時の凍結による縛りが消えた。

 それまでエネルギー供給を要求されていた神の眼に判断力などなく、求めに応じて供給を続ける。

 イクティノスのコアクリスタルがあった、グレバムの右手へ。

 

「やめろ! ……くそ、制御が……!」

 

 イクティノスを失くした今、彼がどのようにして戦闘にこの力を活用するのか見ものだ。

 最早そんなことはありえないとわかっていながら、視線が外せない。

 そんなグレバムの最期は。

 それまで追っ手から逃げ回っていた狡い輩にふさわしいであろう、哀れなものだった。

 

「馬鹿な……この、わだじがあぁっ!」

 

 まるで内側からの圧力に体が堪えられなくなったような、異様な音がする。

 それに伴いグレバムの発声も異常と化し、嫌な予感に駆られたフィオレはフィリアへと駆け寄った。

 

「スタン、ルーティを!」

「はい!」

 

 おそらくフィリアは、スタンに来てもらったほうが喜んだだろうが、フィオレの方が近くにいたのだ。背に腹は変えられない。

 異様な音を聞き、予兆を感じ取っていたのだろうか。

 すでにグレバムを見つめ、身体を強張らせていたフィリアを抱きとめるかのように、その視界を我が身で覆う。

 同じようにスタンが、固まりかけていたルーティへ駆け寄ったその時。それは起こった。

 

「ご……は……!」

 

 異様な音は一度に留まらず、やがてグレバムが人の形から程遠くなる。

 エネルギー供給は止まず、際限なくそれが続けられた結果。

 

「……!」

 

 ぱんっ、と。ありえない音を立てて、グレバムなる人間は死んだ。

 びちゃびちゃと何かが撒き散らされ、特徴的な汚臭が辺りを漂い、誰もが顔を背ける中。

 いきなりフィオレの眼前が、蒼一色に染められた。

 

「……ウッドロウ、フィリアをお願いします」

「どうするつもりだ」

「これを、彼女らに見せるつもりはありません」

 

 耳を塞いでカタカタ震えるフィリアをウッドロウに託し、フィオレはふらりと左の手を掲げた。

 ──今は己の体内にしか存在しないはずの第七音素(セブンスフォニム)を使っても、消耗した感じがしない。

 おそらくは、神の眼にどの属性にも当てはまらないはずのこのエネルギーも内包されているのだろう。

 

「奏でられし音素よ。紡がれし元素よ。穢れた魂を浄化し、万象への帰属を赦さん──」

 

 掲げた手に仄かな光が宿った。

 フィオレを中心に展開した譜陣が大きく膨れ上がり、臓物をぶちまげるどころか胃や腸の内容物にまでまみれた屍に及ぶ。

 

「ディスラプトーム」

 

 灯した光を譜陣に押し当てれば、譜陣の隅々まで光は満ち溢れ。

 誰もの視覚を、奪い取った。

 ──かちこちと、時計の動く音がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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