マリーを戦線離脱させたそのときから、彼女の中ではこうなることが想定済みでした。
知らない一同にとっては、たまったものではありませんけどね。
それから数時間後のこと。飛行竜は無事、セインガルドへと到達した。
飛行竜の仕組みがまったく分からないフィオレではあったが、一応管制室に赴き、着陸準備に勤しむリオンの手伝いをしている。
「……やっと来たか。さっさと手伝え」
すでに彼は激昂状態も船酔い状態も脱したようで、その様子は通常時と変わらなかった。いくらか、ぶっきらぼうな気もするが、平常運転の内だろう。
管制局職員に飛行竜を明け渡し、一同を伴って一路セインガルド城へと赴く。
リオンによる事前の根回しにより、謁見申請は驚くべき早さで通った。
久々に赴いた謁見の間には、居並ぶ七将軍、玉座のセインガルド王、その脇にヒューゴ氏が控えている。
「ただいま帰還しました」
「うむ、報告は聞き及んでおる。リオン、フィオレ、よくぞ神の眼を取り戻してくれた」
そのまま控えているつもりだったフィオレの腕をリオンが掴んで進み出れば、玉座の王は尊大に、しかし確かな労いをもって言葉を述べた。
それは、客員剣士たちに留まらない。
「スタン、ルーティ、フィリア。そなたらの働きも見事であった」
いかなる報告が王の耳に入ったか、名前の羅列にマリーの名はない。そこへ。
一同内において、唯一名を呼ばれなかったこの人が発言した。
「セインガルド王にお聞きする。その神の眼、今後はどうなされるおつもりか」
「ん? ……貴殿は、ファンダリアの!」
流石に、格好が違うとはいえセインガルドへ招いた国賓の顔は忘れていなかったか。
王は出立時に見覚えのない顔を見て顔色を変えた。
「はい。ファンダリア王イザークが子、ウッドロウと申します」
「これは失礼した。取り急ぎ、会談の場を……」
「いえ、その必要はありません。突然の訪問、どうか御容赦願います」
相手は隣国の王子ということで、何を話すにも相応の場が必要だと考えたのだろう。
早急に彼をもてなす用意を言いつけかけ、他ならぬ本人に止められた。
「既にイザークはこの世に亡く、ファンダリアは神の眼の力によって荒廃しました。もう二度と、このような過ちを繰り返すわけにはいきません」
「確かに。しかし、案ずることはない。神の眼は飛行竜からそのままこの王城地下へ移送し、封印する。未来永劫使われることはないだろう」
流石にもう、神殿へ預けられることはなくなったようだ。
しかし、ウッドロウはその言葉をそのままそっくり受け止めることはしなかった。
「その言葉、果たして信じられますかな?」
「貴殿も疑り深くあられる。では、如何様に?」
「神の眼の非使用及び、ファンダリアとの同盟を書状に認めてもらいたい」
「!」
さらりと放たれたその言葉に、フィオレは思わず声を出していた。
「まだ締結していなかったのですか。私はてっきり、この間の建国記念でもう結ばれたものだとばかり……」
「夜会の襲撃があったのでな。翌日密やかに調印を行う予定だったのだが、叶わなかったのだよ」
確かに、あんな事件の後では何事もなかったように事は運べないか。
納得し、玉座の王を見やる。彼は特に迷う素振りもなく、頷いた。
「建国記念式典の際は、大変失礼を働いた。延期されてしまった同盟締結の調印書は、こちらで用意させていただこう」
「御英断、感謝いたします」
詳しいやりとりは後に、ということで、セインガルド王はスタンを見やった。
おそらくは、この後。彼らと別れることとなるだろう。
「時にスタン。おぬしのソーディアン、ディムロスだが……その剣は我が国の調査団が発見、発掘し、輸送最中此度の騒動に至った。よって返却を願いたいのだが」
「……はい。謹んで、お返しします」
小声でディムロスに別れを告げ、彼は粛々と進み出た。
足の動かぬ王の代わりに出た侍従長に渡して、ささっと元の位置へ戻る。
「……随分聞き分けがいいな」
「飛行竜の中で、フィオレさんから聞いたんだ。だから兵士の志願も諦めて、一端帰ろうかなって」
珍しいリオンの私語に、スタンもまた御前であることがわかっているらしく小声で返す。
そこへ。
「彼らの額から
「はい」
額冠操作盤を取り出し、スタンがバンダナを外したところで
その隣では、リオンが不承不承ルーティと向き合っていた。
「お疲れ様でした」
「ありがとう、フィオレさん」
「やっと生き返った感じね……」
──飛行竜を降りたところで改めて突き飛ばした非礼を詫びたものの、スタンはどことなく視線をそらしてその謝罪を受け入れていた。
何を言おうとしていたのか、フィオレの予想通りであるのならば。何とも接しにくいのが事実だろう。
それでも今、礼を言うスタンの笑顔に曇りはない。
「さて……心苦しいがそれでも、責任を問わねばなるまい」
「責任?」
一転して、セインガルド王の表情が厳しくなる。
すわ、何事かと緊張の走る場に、その名は呼ばれた。
「客員剣士見習い、フィオレシアよ。報告に、罪人の一人をそなたの裁量で釈放したと、あった。それは真か」
「はい」
「ちょ、ちょっと待ってよ。マリーのあれは「ルーティ。もう罪人は飽きたでしょう。黙っていてください」
言外に、妙なことを口走ればまた罪人に逆戻りだと彼女を脅し。
フィオレは次なる言葉を待った。
「それが明らかなる越権行為であることを、承知しておるか?」
「はい」
「あれには、ちゃんとした理由があるじゃないですか! それなのに、なんで……」
「如何なる理由があろうと、越権行為であることに変わりはありません」
罪を逃れようとするならば、どんな屁理屈を使ってでもフィオレは逃れにかかるだろう。
それがないということは、つまり。
「上司たるリオンの許可も得ず、リオンはその場を離れていたがため対処が困難だった。責任は自分にあり……汝はそれを認めるか?」
「はい。認めます」
「フィオレさん!?」
「いちいちうっさいですよ、皆」
以前、一同が罪人として引っ立てられた際とは真逆──弁護も一切の情状酌量もすることなく、フィオレは淡々と罪を認めている。
「ウッドロウ……陛下は、そんなことしないでくださいね」
「……リオン君には言わないのかい?」
「私の上司は、常識を知る方ですので」
そのまま、静かにフィオレは玉座を見つめていた。
それまで困惑を隠さず罪状確認をしていた王は、ふうっと息をついている。
「……見習いの分際で、その行為は許しがたい。本来ならば重い罪を課すところではあるが、神の眼の奪還に協力したこと、そしてこれまでの功績を踏まえ……フィオレシア・ネフィリムに十日間の禁固を命ずる。しばし頭を冷やすがよい」
「はい」
最後の最後まで事情を話さなかったフィオレは、あっけらかんと刑罰を受け入れた。
氏名苗字とも間違っていることについては、書類を申請する際にフィオレが発生させた純粋な誤字であるため、今更否定はできない。
暴れ出すことが想定されてなのか、七将軍三人が手錠と腰紐を用いて厳重なる連行を始める。
そのげんじゅうさに嘲笑混じりの苦笑いを隠すこともせず、フィオレは実にあっさりと謁見の間を後にした。
それをしばし、ポカンと見送っていた一同ではあったが……遅ればせながらも怒りは発生している。
「見事任務を遂げた以上、こちらとしても約束していた報酬を出さねばなるまい」
「待ってください!」
何事もなかったかのように報酬の話に入るヒューゴ氏相手に、まず、くってかかったのはフィリアだった。
「何かね?」
「そのようなものを頂けるくらいならわたくしは、フィオレさんの釈放を望みますわ! 神の眼奪還にあれだけ尽力を尽くされた方がたとえ十日間でも、いいえ一瞬たりとて牢獄に押し込められるなんて納得いきません!」
「御前でキャンキャン喚くな。ヒス女に感化されたか?」
「あんたはいつまでもそう人をヒス女ヒス女と……! そういうあんたはクソガキじゃないのよ!」
拳を握って力説するフィリアをなだめにかかり、ルーティに罵倒されたリオンはぶすくれた表情を浮かべつつも冷静に事情の説明を始めた。
「あいつが得意の屁理屈も使わず、ただただ罪を受け入れるなんて変だと、一片たりとも思わなかったのか」
「でも、辞任してでも責任は自分がとおっしゃっていましたわ」
「あいつは自分から、禁固の刑に処せられることを望んだんだぞ」
「え?」
何なら後であいつに聞けばいい、と言われ。フィリアは困惑した。
内輪で話を始めてしまった一同にめげることなく、ヒューゴ氏は報酬の話を再開している。
ひと悶着こそあったものの、話は無事まとまり。
スタンのみが飛行竜にて送られることになって、彼はそれを遮った。
「あの、飛行竜の準備には時間がかかりますよね? フィオレさんにも挨拶したいんですけど」
「かまわぬ。そちらの準備が済み次第、発着所へと向かうがよい。此度の探索行、大儀であった」
静々と謁見の間を辞し、慣れない緊張感から解放されてふうと一息をつき。
スタンは素早く、一同と共に場を辞したリオンに尋ねた。
「リオン! フィオレさんはどこにいるんだ?」
「──こっちだ」
事前に、彼女がどこへ収監されるかわかっていたのだろう。リオンは迷いもなく、城内部へ足を進めた。
謁見の間に続く廊下を歩き、やがて現われた階段を下りていく。辿り着いた先は、薄暗くカビ臭い牢屋であった。
入り口付近にて常駐していた牢番が敬礼する傍から、収監されている罪人の怨嗟の声が怨念のように響く。
「こんなところにフィオレさんが閉じ込められているなんて……」
「──お疲れ様です」
改めて憤慨するフィリアを他所に、リオンは軍人式の敬礼をした。
その先に、フィオレを連行した七将軍たちが佇んでいる。
「ああ、君たちか。ウッドロウ陛下も、このようなところにご足労様です」
「気にすることはない。戦友に挨拶をしていきたいのでな」
「あれの様子はどうですか?」
リオンの質問に、七将軍たち──アシュレイ、リーン、ミライナは何ともいえない苦笑いを浮かべた。
その様子から、何か問題が発生したようには見えない。
「いやー。あのフィオレちゃんが大人しく牢屋の入るなんて、明日は槍が降るかなあ。俺はてっきり、連行中にサクッと逃げられるもんかと思っていたが」
「罪人釈放については、何も話そうとしませんでした。何か事情があるならそれを話せば、厳重注意で済んだかもしれないのに」
「事情があるからこそ、話せないかもしれないが。君たちになら何か話すかもしれない。我々の方からも陛下に陳情できるから、何か知ったら教えてほしいな」
そう言って立ち去る将軍たちの背中を見送りつつ。ルーティがぽそりと呟いた。
「なんだかんだ言って心配されてるのね。これが人徳って奴?」
「まるで僕にはないような言い草だな」
「けど、リオンがヘマやって捕まるようなイメージないよな。フィオレさんにもなかったけど……」
フィオレが幽閉されているのは、一番奥の牢屋なのだという。
そのまま道なりに進むと、他の囚人が一切いない、沈黙漂う区画へとやってきた。
「ここいらは、極悪と判断された犯罪者しか入れないようにしている。今は誰もいないから、フィオレを収監するのに丁度よかったんだろう」
「フィオレさんが極悪と判断されたわけではないのですね」
「あるいはそうかもしれんがな」
またもフィリアが憤慨しかける。
いい加減それをなだめようとスタンが口を開きかけて、固まった。
「フィ『フィリア、落ち着いて。あんまり騒ぐと、獄死した幽霊とかが出てくるかもよ』
「ゆっ、幽霊!?」
「落ち着け。どうせスタンの声真似をしたフィオレの仕業だろ」
「御名答」
くすくすとささやかな笑声に、とある牢屋を覗き込めば。
そこには悠然と紫電の手入れを行う、フィオレの姿があった。