swordian saga   作:佐谷莢

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 引き続き、セインガルド城地下牢獄。
 第一部と第二部の間の出来事。
 取り戻したはずの日常は、砂のお城のように崩れていく。


第百八夜——発生した異変~夜はまだ明けない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狭い牢屋の中、できることなど本当に僅かなことしかなかった。

 周囲に収監されている囚人が居ないため、静かなのはいいことだが、沈黙を堪能できたのは入れられて二十四時間程度である。

 仕方なく楽器を取り出して弄くるも、新曲が次々出来上がる頃にはすでに飽きがきていた。

 食べるものは日に三度提供され、眠る時は周囲を警戒せずともまず出ること事体ができない。

 実に遊惰で無駄な日を過ごしていたフィオレは、とある日の深夜に起き上がった。

 このままではいけない、と気付いたからではない。

 

『……シルフィスティア?』

『やっほぅ。ご機嫌いかがかなあ、フィオレ』

 

 人魂と見紛いそうになる光球が、ふよふよとフィオレの眼前に現われる。

 喚んだわけでもないのに、そこにはシルフィスティアの姿があった。

 

『な、何か用ですか』

『夜分遅くにごめーんね。ここのところフィオレ、退屈そうだったから。気分転換にサンポでもどうかなって』

『サンポって……』

 

 シルフィスティアとは違い、実体を持つフィオレに現状でそれは不可能だ。

 おそらく彼女は、自分の眷属の視界を使って外の様子でも楽しめと言っているのだろうが。

 

『必要もないのに、こんなくだらないことであなたの力を借りるなんて……』

『──ねえフィオレ。彼女の言葉を、覚えてる?』

 

 唐突に、ふわふわしていたシルフィスティアの声音が真剣みを帯びる。

 驚くフィオレに構うことなく、彼女は言葉を連ねた。

 

『ボクらは人を通じてしか、この世界に干渉できない。だからボクも、はっきりしたことは一切言えないよ。だけど、このお誘いはけしてボクの気まぐれでも、フィオレを慰めるためでもない』

 

 シルフィスティアの言葉を聞き、即座に視界を風と重ねる。

 牢屋内の寝台に横たわったまま、フィオレは月光に包まれたセインガルド城を見下ろしていた。

 月は白々と輝き、城だけでなく城下町も遍く照らしている。少なくとも、何か大きな異常が発生した感じはない。

 城の地下に封印されているという神の眼の所在を確認するも、神の眼は一ミリたりとて動いていなかった。

 飛行竜も発着所で微動だにしていないし、宝物庫に安置されたディムロスも呑気に眠っている。

 守護者自らが出向き、警告を発するくらいだ。

 きっと神の眼、あるいは世界の危機に瀕する事態を誘発しかねない事件が起ころうとしているのだと思ったが……何もないとは。

 主だった場所を全て見て回ったフィオレは、高級住宅街へ視界を移動させていた。

 これ以上何も思いつかない以上、思いつくまで適当な散策をするに限る。

 真っ先に思いついたのは、スタンが飛行竜にて帰郷した際のこと。

 彼が挨拶にやってきたのを付き添って以降、一切姿を見せない薄情な少年のことだった。

 様々な事後処理や報告書提出など、任務自体を完遂してもやることは山盛りある。だが、それでも多少の休暇はもらったはずだ。

 ただ、陣中見舞いに来たところで交わす言葉などもちろんないわけだが。

 今の時間帯なら、緊急の任務が入っていない限り私室で眠りについている。

 それがわかっていて尚、フィオレは様子を見ようとジルクリスト邸内へ視界をやった。

 ところが。

 

(……?)

 

 私室も、住み込みのメイド達の共同部屋にも、もちろんヒューゴ氏の書斎にも寝室にも。彼の姿はない。

 姿がないのは彼だけではなかった。

 屋敷の主だった場所を見て回っても、リオンの姿はおろか、ヒューゴ氏やレンブラントの姿など、寝入る[[rb:家政婦 > メイド]]や[[rb:執事 > バトラー]]の姿は見かけても、彼らの姿がない。

 どこかに出かけているのだろうかと、いぶかしがりつつも屋敷内を巡る。

 やがてフィオレの視線は、一度たりとも入ったことがなかった地下室へ赴いた。

 何故そんなところを見つけたのか。答えは単純、扉が開いていたからである。

 風の視界を借りるフィオレには明かりを掲げることなどもちろん叶わず、真っ暗闇をなけなしの夜目で眼をこらすことになる──はずが。

 僅かな明かりがついているがため、まったく問題なくその光景を目撃することとなった。

 ヒューゴ氏、レンブラント老、そしてマリアンという面々が、地下室に集っている。

 耳を借りていないにつき、話している内容はわからない。

 だが、先頭を行くヒューゴ氏は地下室に設置されたとある箇所を操作し、隠し通路の存在に驚くことなくその内部へ侵入した。

 一体彼らは何をする気なのかと、好奇心のままついていこうとして。

 

 ──ガシャンッ

 

「!」

 

 不意に聞こえた肉声に、集中が切れて閉ざしていた目が勝手に開く。

 横たわっていた寝台から飛び起き、紫電を掴んで見やった先。

 格子がはめ込まれた入り口の扉は開いており、黒い影が三つほど蠢いている。

 何かと思ってよく見れば、それは人の形をしていた。

 ここ最近、三度の飯を運んでくる牢番と、それの補佐をしている看守二人。

 

「……何の用です」

「ちっ、感づきやがったか」

「構わねえ、やっちまえ!」

 

 話し合いも何もなく、いきなり襲いかかられ。

 フィオレは迷うことなく紫電を持たない手を掲げた。

 

「烈破掌!」

「ぐはっ!」

 

 収縮した闘気の解放をもろに受け、三人がすぐ背後にあった格子に叩きつけられる。

 こんなこともあろうかと常にまとめておいた荷物をひっつかんで牢屋を飛び出し、扉を蹴り閉めた。

 

「くそ、閉められたぞ!」

「ばかめ、こっちには鍵が……」

 

 ばかはそっちである。

 牢番が鍵束を掲げて、変な体勢での開錠を試みた。

 もちろん、フィオレは相手が変な姿勢であることをいいことに、鍵束を奪い取っている。

 

「だから、何の用です」

「くそっ、人が仕事してる間にのんびりしやがって! 今なら襲えると思ったのに……!」

 

 脈絡がないので事情はさっぱりわからないが、まあ、そういうことらしい。

 閉じ込められた三人がぎゃあぎゃあ騒いでいるのを無視して、フィオレはひとつ間を挟んだ隣の牢屋へ足を踏み入れた。

 ここが牢獄内詰め所付近であるならばわかるとして、何故こんな隅っこの牢屋にいたフィオレの、のんびりしている姿が彼らの目についた挙句癪に障ったのかはわからない。

 が、それを尋ねるつもりはおろか、脱獄する気もなかった。

 気になるのは、今しがた見た光景だ。

 今の今までフィオレが収監されていた「80」の牢屋と同じく、「78」の牢屋は使用頻度が少ないのか、積もった埃で汚れている。

 それでも、じっとしていられる場所があるだけマシだ。

 ただのベンチに近い寝台に寝転がり、乱された集中を正す。

 風の守護者はフィオレの求めに応じ、視界は再び広がった。

 目蓋の裏に映し出されたのはヒューゴ邸地下室、隠し扉前だ。

 どのような操作がなされたか、扉はすでに閉じきっている。しかし、空気が通っている場所ならば障害にはなりえない。

 単なる装飾つきの壁から、風が吹く。

 ぶつかるような感覚もなく、視界が一瞬暗闇に包まれただけですぐに新たな光景が広がっていた。

 今度は視覚のみならず、聴覚も拝借している。周囲の状況は先程よりも把握しやすかった。

 先程まで音ひとつなかったのが、視界が暗闇に包まれて以降水の流れる音がする。

 街の地下に広がる水道といえば、ひとつしかない。

 

(下水道通ったんだ……ばっちいの)

 

 秘密の通路にしてはかなりありがちであるにつき、驚きよりか呆れが先立つ。

 気を取り直して追跡を試みるも、もちろん通路は湿気ている。足跡など到底追跡できそうにない。

 かといって、下水道は街中の各所に張り巡らされているのだろう。蜘蛛の巣じみた形で道は無限に広がっている。

 

『シルフィスティア。この地下水道全域を私に見せてください』

『わかった!』

 

 快い了承のもと、怒涛の如くなだれ込む情報が脳髄に激痛をもたらす。

 それに耐えて全域の把握──ダリルシェイド外へ通じる整備用通路や、興味本位で彷徨えばたちまち迷ってしまうかのような構造を理解した上で、ヒューゴらの足跡を辿る。

 地下水道のやがて行き着く先といえば、整備用の人用出入り口か、下水が放出される海だ。

 その海に面した排水場所に、何故か桟橋が設置されていた。

 造りからしておよそ急拵えとは程遠い桟橋から、今まさに中型の高速船が発進されようとしている。

 ジルクリスト一家が総出でお忍びの旅行──と言った風情は微塵にもない。

 リオンの姿はないし、それにしては大掛かり過ぎる。

 まるで、これから行方をくらませるつもりであるかのような……

 発進されようとしている高速船から、とある人間が桟橋へと出る。

 マリアンを従えた、ヒューゴだ。

 彼は桟橋へとやってきたオベロン社社員と、何事かを話し合っている。

 

「出発準備、整いました」

「ご苦労。首尾はどうだ」

「ただいま、神の眼の搬出作業中です。飛行竜の整備も整い、間もなく出立されるかと」

 

 話し合いではなかった。

 彼は、オベロン社社員の報告を聞いて満足そうに頷いている。

 しかし、それまで順調そのものと言った様子で報告を連ねていた社員は、ヒューゴ氏の次なる質問に対して口ごもった。

 

「あれはどうなっている?」

「……その……大分前に看守をけしかけるに成功した、との連絡が入ったきり途絶えています。何らかのトラブルが発生したのでないかと」

 

 社員の言葉に、ヒューゴ氏は顔色ひとつ変えることなく懐から手のひらサイズの何かを取り出している。

 それはフィオレとリオンが持っていた、額冠操作盤に張り付いていたレーダーに似たものだった。

 レーダーのモニタには二種の光──片は白、片や黒という点が明滅している。

 白の光は一点に留まり、黒の点はそこかしこを動き回っていた。

 これは……

 

「動きはないな……まあいい。細心の注意は払ったのだ。あれに計画を知る術はない。よしんば知ったところで、最早誰にも止められん」

 

 そう鼻で笑い飛ばし、ヒューゴ氏は悠々と高速船へ乗り込んでいる。

 彼らの会話から計画とやらの推測をしていたフィオレは、高速船の出発を見送った。

 ヒューゴ氏は主だった人々を連れてひっそりと逃避行。

 そして誰かが、飛行竜を使って神の眼を運び出そうとしている。そしてリオンの姿は未だにない。

 確かに計画の詳細はわからない。だが、ただ事ではないことだけは確かだった。

 

『シルフィスティア。神の眼を』

 

 再び神の眼がどうなっているのかを知るべく視界を移動させようとして、聞こえた足音に今度は自分から集中を切る。

 聞こえたのは、数人の軍靴が床を叩く足音だった。

 

「今度はどちら様ですか?」

「我々だ、フィオレ君」

 

 軍靴が止まる音、そして彼らが携えていたであろうカンテラが揺れる。

 その明かりに、暗さに慣れた眼を眇めて扉外を見やれば、そこに立っていたのは七将軍の面々だった。

 ただし勢揃いはしていない。

 いるのはアシュレイ、アスクス、ミライナ、リーンという比較的若手の面々で、どちらかといえば年かさである人々の姿はない。

 

「何用で?」

「牢番や看守らの姿が見えないと、見回りから連絡が入ってな。今は君がいるため、もしものことがあっても対応できるよう来たんだ」

「それでそなた。いつの間に移送されたのだ?」

 

 ミライナ将軍の問いに、鍵束を見せて何があったのかを説明する。

 ひとつ隣の牢屋に説明が聞こえていたのか、否定のオンパレードが放たれるものの、無視だ。

 下手に外へ出れば脱獄扱いされるだろうと考えて動かなかったのだと、説明をしめくくる。

 フィオレから鍵束を受け取り、蔑んだような眼を看守たちへ送っていたアシュレイがふう、と息をついた。

 

「賢明な判断だ。君が投獄されていることは全兵士に通達されている。混乱が起きるのは必死だ」

「それは幸いなことですが……あなた方がここに来て、神の眼はご無事で?」

「そいつなら心配無用だ。爺さん連中は流石に休んでるけどな、リオンの奴を呼んである。神の眼の奪還者なら、安心だろ?」

 

 ──やはりリオンが出張っていたか。

 一体何を企んでいたのかをミライナ将軍が尋問する最中、詳しいことはこちらで聞くとアシュレイ、アスクスが「80」の鍵を開いて捕縛する。

 その最中、フィオレは発生してしまった事態に一人、頭を悩ませていた。

 このまま飛び出して、おそらくリオンが行っているであろう神の眼搬出をどうにか止めたい。

 だが、フィオレの脱獄により兵士たちを混乱に導いてしまったらそれこそ思う壺だ。

 どさくさにまぎれて神の眼は持ち去られてしまうだろう。

 さりとて、目前の彼らに託すのはあまりに不自然だ。よしんば行ったところで、口手八丁で切り抜けられてしまう危険性もある。

 単純な実力で考えるなら、リオンはこの四人を一度に下すことはできないだろうが。

 どうしたものか……

 最良の対処が思いつかず、看守らの連行をそのまま見送ってしまう。

 こうなったら彼らがいなくなったのを見計らって、空蝉を身代わりに脱獄してやろうかと、単純で手っ取り早い手段を選ぼうかと思ったその時。

 

「将軍! アシュレイ将軍!」

 

 慌しく監獄内を駆ける足音がして、捕縛した看守らを連行する七将軍の前に小柄な兵士が現われる。

 お疲れ様です、と敬礼する彼にアスクスが何事かと尋ねれば、彼は駆け足の割にのんびりとした調子で尋ねた。

 

「リオン様の作業なのですが、自分たちは手伝わなくてもよいのですか?」

「リオン君の? いや、特に手伝う必要は……」

 

 作業、という言い方に首を傾げたのだろう。

 彼に課されたのは神の眼の警備であって、一兵士が手伝うようなものではない。

 しかし兵士は、あやふやな返事に納得の行かない様子で言葉を重ねた。

 

「そうでありますか? 神の眼の搬出は、いくら人手があっても困らな「搬出だと!?」

 

 表情こそわからないが、彼らにしてみれば寝耳に水、といった状態だろう。

 彼ら以上に、いきなり声音を荒げたアシュレイに驚く兵士などお構いもなく、彼らは荒々しく言葉を連ねた。

 

「どういうことだ。神の眼の搬出など、我々も聞いていないぞ!」

「ですがリオン様は、王城地下に神の眼を封印するというのは陛下の方便で、自分は人の寄り付かぬ孤島の地下に再封印を命ぜられている、と。それにあたって飛行竜を用いるため整備と、神の眼の搬出を始められたのですが……」

 

 最早返す言葉もなく、将軍たちは無言で駆け去った。

 それを追うように兵士も走り、フィオレはその場でシルフィスティアの視界借用を試みる。

 そしてフィオレが見たのは、発着所にて慌しい出立を果たした飛行竜と。

 何もない、神の眼の安置されていた地下の部屋であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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