物凄い駆け足で一同より先行中。
虎の子である秘術+αをガンガン使っている辺り、冷静に見えてまったくなりふり構っていません。
すでに一同には、クレスタの北にある孤島へ行くと告げてある。
だから、彼らは王命によって港から船を使うだろう。
クレスタ外れの海岸線にて、アクアリムスの協力を得たフィオレは、シルフィスティアの視界を借りていた。
しかし今回彼女の視界を借りて見るのは、一同の様子を知るためではない。
──ヒューゴ、そしてリオンの現在位置を探るためだ。
アクアリムスによる海中移動をしながらシルフィスティアの力を借りるのは、勿論消耗する。
しかし、北の孤島についてから彼女の視界を借りつつ移動することはできない。
道連れにリオンを加えたヒューゴは閉鎖されたはずの廃工場内を練り歩き、配置した社員に命じて施設を次々と復活させていった。
今に至るまで、もちろん今も彼が神の眼を何に使うのかはわからない。
施設を復活させているということは研究目的か、あるいはフィオレの知らない神の眼の利用方法があるのか。
もしかしたら、神の眼を破壊するために持ち出したのかもしれない。
神の眼を脅威としながらも、その直接的な被害に襲われなかったセインガルド国王は一種のステータスとして見ていた可能性が高いのだ。
ウッドロウによる破壊を促す提案に拒否を示し、自分の王城の地下に封印するという発言など、そうでなければ出ない言葉である。
ヒューゴの目的が破壊であったとしても、絶対に止めなければならない。
フィオレをこの世界に召喚したのが神の眼だと、ほとんど確信した今、神の眼が破壊されたらもう帰る術を失うのだから。
『──着きました』
『ありがとう!』
海岸線に到達し、譜陣が消滅する。
水平線の向こうに小さくだがクレスタすら臨める孤島は実に小さな島だった。
海岸のすぐ傍にそびえる工場らしき建物周辺に
さて、問題はここからだ。
通常なら、オベロン社の社員がわんさかいるであろう工場内、隠密術を駆使して移動するに限る。
が、今回フィオレは先導役、後からスタン達がやってくるのだ。
彼らに道を示さねばならない以上、逐一フィオレと同じことをしろと要求しても頓挫する危険性が高い。
それならばこれがわかりやすいだろうと、フィオレは工場の正面出入り口の扉をくぐった。
幸い守衛のような人間はおらず、侵入自体は実にあっさりと成功している。更に、通路内を歩く社員の姿もなかった。
ただ、起動された工場が淡々と稼動を始めており、まるで巨大な生き物の内部を進んでいるかのような感覚すら覚える。
最後に
フィオレはそれを知っているから、必要な道を最短コースで進めばいい。
しかし、スタン達はそうもいかないだろう。
壁に巨大なラクガキでも施したいが、逆に変な誘導に使われても困る。
頭を悩ませつつも、見覚えだけはある通路を進んでいくと。
「……フィオレ君?」
唐突に名乗る名を呼ばれて、くるりと振り向く。
見やればそこには、作業服姿の社員数名がとある小部屋から通路へと出てくる最中だった。
とくにこれといった武装はない。
フィオレの名を呼んだのは、以前レンズ製品の護送をヒューゴ氏経由で請負、道中を共にした内の一人だと思われる。
確定でないのは、彼らの中で誰一人としてフィオレの記憶に留まっていないからだ。
「ああ、こんにちは」
「何故君がここに? ヒューゴ様からは何も聞いていないが……」
「そりゃそうでしょう、私は勝手に来たんですから。ヒューゴ様が神の眼をこちらへ搬送なさったと、聞きつけましてね」
嘘は一切言っていない。
あまりにも堂々としたフィオレの態度に、不法侵入者であると考えられなかったのか。
ヒューゴはどこにいるのかを尋ねたフィオレに、彼らはあっさりと行方を教えてくれた。
「ヒューゴ様なら工場地下へ赴かれたよ。神の眼を封印するための場所を確認すると」
「そうですか。では、昇降機をお使いに?」
「ああ」
つまり、昇降機がある場所を目指せばよいらしい。
礼を言い、そしてその仕事を労い。
フィオレは何事もなかったようにそのままきびすを返した。
彼らが早めに次なる目的地へ行くことを祈る。
のたのた通路を歩かれていては、やがてスタン達と鉢合わせになり無駄な争いが繰り広げられることになるだろうから……
と、そこへ。
『来たよ!』
脳裏でシルフィスティアの声が唐突に響く。
ほんの一瞬、幻覚のように眼前をよぎったのは定期船らしい中型の帆船の船長らしき人物に礼を言って続々と下船するソーディアンマスターたちの姿だった。
この距離ならば──
通路に置かれていた機材の陰に隠れて、シルフィスティアに視界を借りる。
フィオレも堂々通ってきた正面玄関の扉付近に、ひどく悪目立ちをする蝶を一羽、配置した。
聴覚だけを連動させて再び機材の陰から出て歩き出す。
これまでと同じようにただ通路を行く暇な社員などは皆無で、大体が部屋の機材に張り付き、何かの作業に没頭していた。この分なら、騒ぎ出さない限り無事通り抜けられるだろう。
しかし、あの面子にそれが可能か否かは正直分かりかねる。
スタンは驚愕をまともに表に出すし、ルーティは激情をそのまま出して発散する傾向が多く見られがちだ。
フィリアは普段こそ物静かだが、一度パニックを起こすと、多分なだめるまで際限なく騒ぐ。
唯一ウッドロウだけは冷静だろうが、彼に期待するのはそういうことではない。あの面子の手綱が取りきれるか否かだ。
少々天然が入っているが、仮にも一国の王だ。
何万といる民をまとめる立場の人間が、よもやたった三人の人間を御しきれないとは思えないが……お手並みを拝見することにしよう。
やがて、かつての工場見学者用になのだろうか。
工場内の詳細な見取り図が張りつけられた壁の前で、フィオレは彼らが空蝉に気付いたことを知った。
「──何だ、これ?」
「綺麗な蝶ですけれど、見たこともありませんわ。それに、どうしてここに留まり続けているのでしょう」
スタンの手が迫り、それまで一箇所に滞空していた空蝉がふわりと舞い上がる。
そのまま扉へ移動する蝶を見て、彼らは困惑を示した。
フィオレは聴覚のみを己の感覚と連動させたまま、先程頭の中に叩き込んだ見取り図を元にして進んでいる。
「……ついてこいっての?」
「確か、あれはフィオレ君が手品で出してみせた代物だったな。時計塔への道を探す際に使っていた」
隠して使っていたつもりだったが、見つかっていたか。
ああでもしなければ活路を見出せなかったにつき一片の後悔もないが、再会した時なんと問い詰められることやら。
ただし、その中でスタンだけは蝶の正体に頓着していなかった。
「どっちにしても早く行かないと。フィオレさんに追いつかなきゃ……!」
その心意気はとても嬉しい。
が、果たしてこの遠くもないが近くもない距離でそれが可能か否か。
フィオレが歩いたその道を、空蝉にそのまま進ませて。フィオレはフィオレで、ずんずん先を急ぐ。
御丁寧に張られていた見取り図には、昇降機としっかり書かれていた場所があった。
先程の証言もあって、隅から隅まで探さなくていいのは大変楽なことである。
時折、折り悪く社員に発見され足止めをくらうスタン達の様子を気にかけながら、フィオレはたどり着いた昇降機に乗り込んで作動を試みた。
見取り図内にて、妙に大きな区画に設置されていると思ったら……昇降機自体がとんでもなく広大だった。
足場の広さといい、規模の大きさといい。これならば積載荷重さえ気をつければ、神の眼など余裕で積み込めるだろう。
胃が浮くかのような感覚が発生し、昇降機は最下層まで一直線に下降した。
降り立ったところで、昇降機は自動的に上へ昇っていく。
それなりの速度で、それなりの時間を下り続けたということは……すでにここは海の底なのかもしれない。
水の匂いにも似た、湿った空気の中を歩けば、岩肌がむき出しになった洞窟が広がっていた。
趣としては、シデン領からモリュウ領へ移動する際、通過した海底洞窟によく似ている。
ただ、おそらくこの洞窟には通じる場所などはない。
もし洞窟が崩れたら、昇降機以外の逃げ道などないだろう、ということだ。
もしかすれば、ヒューゴの赴く先に脱出可能な何かがあるのかもしれないが。
不吉な予感を振り払い、道なりに進んでいく。
一見、自然が作り上げた洞窟のような風情だがそのくせ、様々な箇所に橋がかかっていたりと明らかに人の手が加えられている。
もともと存在していた天然の洞窟を、何らかの目論見を元にヒューゴが整備した。
そう考えるのが、一番自然だった。
空蝉の視界を確認すれば、スタン達は道にこそ迷っていないものの、侵入者と声高に叫ばれたせいで足止め排除に余年がない。
合流は当分先だろうとため息をついて、フィオレは懐を探った。
取り出したのは、フリーズダイヤ。
空蝉を使ったままシルフィスティアに視界を借りようものなら、たちまち頭の血管が爆ぜ割れることだろう。
ただでさえ、空蝉の長時間起動は頭痛がするのだ。
フリーズダイヤの消費によってフィオレ自身への負担を軽減、そして今ヒューゴ達がどこにいるのかを探ろうと試みたのである。
──目蓋の裏に映るヒューゴ氏は、手の中のモニタを凝視していた。
モニタの中には、白い点と黒い点が明滅している。
双方の位置は、それほど離れていなかった。
「故障か……? いや、念には念を入れておくべきだな」
マリアン、レンブラント老を連れて先行するヒューゴが、くるりと後ろを見やる。
彼の視線の先に佇むは、唐突に歩みを止めたリオンだった。
「どうした、リオン」
「……」
「何か言いたそうだな。私は別に構わないのだよ。お前が来てくれなくてもな」
実にねっとりとした、耳を洗いたくなるような声音がリオンどころかフィオレの鼓膜にすら違和感を持って張り付く。
嫌悪感に眉を歪めたフィオレだったが、妙な違和感に首をひねった。
「私はたとえ、一人でも遂行する。お前はここに置き去りにされ、滅びを待つだけだ」
シルフィスティアの聴覚を自分の感覚に連動させているなら、そもそも鼓膜は使っていない。
ならどうして今、鼓膜に変な感覚を覚えたのか……
「もちろん、この女もお前と同じ運命を辿ることになる。それなら本望かね?」
「汚いやり方だな」
ここで初めてリオンは口を開いた。まるで吐き捨てるような、陰鬱な怒気の込められた声音がやはり鼓膜に響く。
この時、初めてフィオレは事実に気がついた。
フィオレはこの会話を、自分の耳で実際に聞いている。
その証拠に、聴覚を借りるのをやめても会話は変わらずフィオレの耳に届いていた。
「何のためにこの女を連れてきたと思っているんだ。彼女は人質なのだよ。この女を助ける代わりに私に協力するという約束、忘れたとは言わんだろう?」
やはり彼女を人質に取られていたか。今なら力づくで取り返せないわけでもないだろうに、難儀な少年である。
シルフィスティアにおざなりな礼を述べ、フィオレは駆け出した。
急いで現場に駆けつけるより、状況をよく見極めた方が賢いとわかっていてもはやる心は抑えられない。
黙り込んだリオンに対して、マリアンの悲痛な叫びが洞窟内に反響した。
「エミリオ、やめなさい! 私はどうなっても構わない! こんな馬鹿なことに……!」
「人質は黙っているんだ。それとも、力ずくで口を塞がれないとわからないか?」
「よせ! マリアンに手を出すな!」
超個人的な意見だが、とりあえずその「馬鹿なこと」の詳細希望である。
せっかく嫌みったらしく、偶然にもマリアンが人質であることを確認したのだ。ついぽろっと言ってはくれないだろうか。
残念ながら、以降マリアンの発言はほとんど封じられてしまった。
「お前の言う通りだ。マリアンを助けてくれるなら、僕はなんでもやる」
「エミリオ……」
「ふふ、わかればいいのだよ。お前がそういう態度でいれば、彼女も死なずに済む。どうして最初から素直になれないんだ、エミリオ」
「──そもそもリオンは、素直な子じゃないでしょう。親の癖に、そんなことも知らないのですか?」
わからないなら、尋ねるしかない。
肉声が聞こえるだけあって、フィオレが駆けた先は彼らが佇むすぐ傍だった。
終着点が近いのか、それまで通ってきた洞窟とは大きく異なり、周囲に水の気配がない。
そして、彼らが今まさに上がろうとしていたのは天然の石段ではなく、地面を直接削った階段だった。
姿を現したフィオレを前に、ヒューゴ氏は驚く様子もなく鼻で笑っている。
「おや、ネズミがまぎれこんだか。いや……乗りこなし難いじゃじゃ馬か?」
「私が馬なら、あなたは虎の威を借りる狐ですね。狐の息子が虎なんて、とんだお笑い種ですが。トンビも鷹を生むらしいんで、いいんじゃないでしょうか」
てくてくと、フィオレは間合いを詰めるのではなくただ歩み寄った。
しかし彼らは、しんがりのリオンを盾にするような形でじりじりと階段を上がっていく。
そんな彼らを前にして、フィオレは小さく苦笑した。
「そんな及び腰にならないでください。あなたを討ちに来たとか、そういうわけではないんです」
「ほう? 刑期を終えたばかりの囚人が、この私に何の用だと言うんだね」
「刑期が終わったならもう囚人じゃありませんよ。聞きたいのは、事の顛末でもあなたの目的でもない。神の眼の処遇にございます」
フィオレが立ち止まったのを見て、彼らもまた足を止める。
この距離ならば安心だとでも思ったのだろう。
間合いを詰める方法など、いくらでもあるわけだが。
「神の眼の処遇だと?」
「ええ。あなたは神の眼に、何をなさるおつもりで?」
破壊、あるいは機能停止的な意味での封印ならば、誰を殺してでも止めなければならない。
目的がなんであれ、活用する気ならばまだ交渉は可能だ。
果たしてヒューゴ氏は、フィオレが最も望んだ答えを出した。
「私が目的とするのは、神の眼の有効使用だが?」
「そうですか。私の目的は、あなたが神の眼を破壊する気ならそれの制止に来たんです。そうでないのなら、別に止めませんよ」
ヒューゴの行いは止めない。
止めないが……それで婦女誘拐に脅迫という、犯罪が行われているなら見過ごすつもりはない。
もとよりその腹積もりで先を促す。
しかし、彼らはフィオレに背を向けはしなかった。
「いかがされましたか?」
「……止めないというならば、立ち去れ。ここはオベロン社の所有する私有地だ。ましてやここは機密ブロック、レンズ製品の護送程度を請け負っていた人間が立ち入っていい場所ではない」
「それを口頭で勧告、しかも総帥自ら行うということは、本当にこの付近は誰もいないのですね。なら従おうが従わまいが、私の自由ですか」
リオンやレンブラント老を見るも、彼らは黙して静観している。
総帥の命令なしに、侵入者を排除するつもりがないのだろう。
飄々とした態度で、しかし従う気配を微塵にも見せないフィオレに、ヒューゴ氏は苦笑すら洩らした。
「事の顛末も、私の目的にも興味がないと言っていなかったか?」
「言いました。興味もありません。でも、あなたが為すことによって大切に思う誰かが悲しむ要因を誘発するなら、話は別です。興味がなくとも、それを確認したいのですよ」
「……君に話すつもりはない、と私が言えば?」
「教えてください、マリアン。リオンでもレンブラントさんでもかまいませんが、ヒューゴ様は何を企んでおいでで?」
もとより彼が、余裕綽々語ってくれるのを期待していたわけではない。
この面子において被害者でしかないはずの、一番話してくれそうな彼女に頼んでみる。
果たして彼は、部外者であるフィオレの前でも人質虐待をするのか。
そんなことをした瞬間、大義名分発生により実力行使を敢行する。
「わ、私は……」
「知らないわけではないのでしょう? でなければ、リオンに協力の制止などしない」
先ほどの脅しが効いているのか、彼女は口を開こうとしない。
リオンやレンブラント老を見やって視線をそらされるあたり、何らかの事情があると見たほうがいいのか。
「では、ヒューゴ様にお尋ねしましょうか。あなたは神の眼を用いて、何をしようとなさっているので?」
「……リオン、何でもやると言ったな? 何が何でもあれを始末しろ。できないとは言わせん」
話すだけのことなのに、ここまで嫌がるということはやはり疚しい思いありか。
何であれ、これで交渉の余地はなくなった。
ヒューゴ氏がリオンに命令を下した時点で、フィオレはその場を駆け出している。
紫電を引き抜くどころか、柄に手をやらず全力疾走だ。
護衛がリオンしかいないのなら、これほどやりやすいことはない。
「いやー、やめて!」
全力で接敵を求めるフィオレに対し、リオンはシャルティエを引き抜いてその特攻に備えている。
これが半年前ならば、彼はただ驚くしかできなかっただろう。
少年は、恵まれた環境とその気概、そして授けられた素質をフルに活用して臨める限りの成長をした。
剣術指南を行った者として、可能な限りその才覚を伸ばしたつもりだ。
だから、彼の癖は全て把握している。
おかげでその構え方から、フィオレのどこを狙っているのか、いとも簡単に割り出せてしまう。
だからこそ、剣を構えた相手に単なる突進などできるのだが。
『フィオレ……』
僅かに聞き取れたシャルティエの呟きに返すことなく、フィオレはまるで猪のような突進を続けた。