swordian saga   作:佐谷莢

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 海底洞窟にて、VSリオン。

 ここでまさかの、十七夜のへんてこなマリアンの正体が露見します! 
 ……と、言えるほど露見してないけど。


第百十一夜——奏でるは、鍔迫り合う剣の調べ~きみがまもりたいのは、ほんとうに、それ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャルティエを構えたリオンが、視界一杯に迫る。

 何の仕込みもないただの突進に対して、リオンはもちろんシャルティエを突き出した。

 狙い通りだ。

 突進に対しては斬りかかるより剣先を突き出したほうが相手に与えられる負傷の度合いが根本的に異なる。

 もともとリオンはそれを知っていたし、フィオレもまたそう言った。

 狙いすまして突き出されたそれを、刀身と平衡に突き出した手の甲で横に払う。

 

「なっ!」

 

 リオンが驚愕をあらわにするものの、理屈はそこまで驚くべきことではない。

 刃に対して垂直の先にあるものが斬れるのであって、平衡の位置なら角度さえ気をつければ、鉄の棒切れとそこまで大差ないのだから。

 切っ先を気にするあまり刃を真下に向けられて、更にシャルティエは片刃なのだ。これで皮膚を切るようなことはない。

 素手でシャルティエを払いのけ、そのままリオンの二の腕を捕まえる。

 即座に振りほどこうとする、その力に逆らわないまま足払いをかけた。

 

「!?」

 

 唐突に平衡を奪われ、転倒防止に意識をやったリオンから、まんまとシャルティエを奪う。

 続いて奪われたシャルティエに気をやった彼に投げ技を仕掛け、脇に転がしてから。フィオレはシャルティエを手に再び走った。

 何故なら。

 

「ちい!」

 

 リオンが転がされたのを見て、ヒューゴ氏が舌打ちをする。

 その瞬間、彼が何を投擲したのかを知ったからだ。

 投擲されたもの──エナジーブレットが、階段手前の地面めがけて落ちていく。

 その間際、駆け寄ったフィオレが刃をつきたてて無効化することに成功した。

 地面に突き刺さったシャルティエをそのまま、今度こそ紫電の柄に手を添える。

 投擲をしたまま固まるヒューゴ氏の表情を見やりながら階段を駆け上がり、マリアンもレンブラント老も無視して紫電を振るった。

 刹那。

 

 カィンッ! 

 

 殺害を試みるつもりなど毛頭ない。

 刃の背で殴るように振るわれた紫電が奇妙な音を立てて弾かれる。

 ヒューゴ氏の脳天を狙った一撃だったが、彼の盾にでもなるかのように、そこには黒々とした硬質の盾が存在していた。

 気絶を促すならば狙いやすいのは、鳩尾か首筋だ。

 だが、今は生きた盾となりえそうな人材が二人もいる。

 そのため少々危険だが、相手の今後の人生は気にしない方向で、脳天を狙った。

 頭を防護するため人を盾とするには、人物の後ろにしゃがむか、自分の頭の位置にまで人体を引き寄せなければならない。

 ヒューゴが戦いに秀でた人間ならまだしも、素人にそんな予備動作を与えるほど時間の余裕はなかったはず。

 そして、人の盾なら感覚はもっと生々しいものであるはずだった。

 

 改めて盾を見る。

 

 黒い艶すら帯びたそれはまるで、「厨房の黒い悪魔」が備えた硬質の外殻じみていた。

 こんなものを持っていたなら初めから警戒したのにと、ヒューゴ氏を見て……気付く。

 彼は、その手に何も持っていなかった。

 黒い硬質の盾は人が手で掲げているものではなく、横合いから伸びてヒューゴ氏を守ったのである。

 では、どこから伸びて……

 盾の発生源を眼で追って。フィオレは紫電を携えたまま眼をこすった。

 

「?」

 

 レンブラント老も、マリアンも、無手だ。武装どころか、身を守るようなものすら持っていない。

 ただ。

 マリアンは、同性も羨むような艶々とした漆黒の黒髪を持っている。

 リオンが彼女を母代わりとしてすんなり受け入れたのも、多分この黒髪が大きな役割を果たしていただろう。

 その黒髪が逆立ち、ヘッドドレスは外れて落ちて、まるで意志を持っているかのようにうねっている。

 

「!」

 

 そう。硬質な盾の正体は、マリアンの髪だった。

 髪の毛、特に女性のものは見かけに反して非常に強靭であるというのは有名な事実だ。

 だからといって、髪の毛が人一人分集まっただけでは刃を弾くに至らない。

 そもそも、ヒトの髪の毛は自由自在にうねりもしないし硬くもならず、ましてや動くなどともってのほか。

 

「な、な、な……!」

「滑稽だな。君がこれを見て混乱するのかね? 余韻の奇跡を披露し、万人に衝撃と混乱を与えておきながら」

 

 言われてみればそんな気がしないでもないが、知っているはずの人間の髪がいきなり動き出したのだ。

 驚き混乱する以外にどうしようもない。

 これをリオンが見ても冷静なままでいられるのかと思いきや、彼はようやく起き上がっている真っ最中だった。

 それまで盾の形をしていた髪がうねり、今度は曲刀じみた形へ変異する。

 たかだか髪と思えど、硬質化を可能としたのだ。形を変えただけで殺傷能力を備えたところで不思議はない。

 迫るソレから逃れて階段を飛び降りたところで、階上のヒューゴは言った。

 

「さて、行こうか。じゃじゃ馬一匹に構い続けてもいられん」

 

 言葉こそ余裕たっぷりではあるが、その実足取りは実にそそくさとしている。

 階下のリオンを省みるでもなく、三人は階段を昇りきった先へと姿を消した。

 無理やり連れて行かれるでもなく、自分から足を動かした辺り“マリアン”はおろか、レンブラント老もグルなのだろう。

 彼らが行く背中を見送るでもなく、シャルティエを回収したリオンは、フィオレただ一人に視線を向けている。

 その、悲壮にして決意をにじませた瞳が。

 今までの稽古にない緊張感と、彼の周囲にのみ漂う緊迫感が。

 どうしても、場違いな笑いを誘ってしまった。

 

「……何が可笑しい!」

「あなたって、本っ当に可哀想な子だったんですね。今更ながら、理解しました」

 

 マリアンそっくりの髪の毛お化けを人質に取られていいように扱われていたと知れば、彼はどれだけ嘆くだろうか。

 紫電をその手に持ったまま、どうしても抑えきれない笑みが零れて溢れる。

 許されるなら、腹を抱えて笑いたかった。

 少年の愚かさを、滑稽さを笑っていることに気付いてしまったのか。

 リオンは即座にシャルティエを構えなおしている。

 

「侮辱のつもりか……! お前の挑発なんか散々耳にしている。僕には、効かんぞ」

「──可哀想なのは境遇だけじゃなくて、おつむの方もですか。マリアンと離されて正気を失っていると考えたいものですが」

 

 ぎりっ、とリオンが音を立てて歯を食いしばる。

 手に取るようにわかってしまう少年の激情へ更に燃料投下するべく、フィオレは言葉を続けた。

 多分この方が、彼には戦いやすい。

 大方の事情は理解したし、感じた矛盾点に関してはこれから聞き出す。

 聞き出せるかどうかは、別として。

 

「にしても……あなたはまだ頭が回る方だと思っていましたが、解せませんね。どうして今、マリアンを連れて逃げなかったのです? 実力行使をし、今の地位を捨て己の一生を犠牲にすれば、彼女の命は保証されたでしょうに」

「計画の詳細を知らない、お前にはわかるまい。どうにもならないことなんて、世の中にはいくらでもあるんだ!」

 

 それは確かに。反論のしようもない、一種の真実だ。

 ということは、彼女を連れてヒューゴの元を飛び出したとしても、命の保証は出来かねること。

 多くのオベロン社社員を置き去りにし、神の眼を盗んだヒューゴが今更築き上げた地位──企業総帥や国王に口利きすらできる、その立場を使ってのことではないだろう。

 思いつくのは新天地創造の類だが、何にせよもうリオンと話し合う余地はない。

 

『坊ちゃん、本当に……』

「余計なおしゃべりはやめろ、シャルッ!」

 

 フィオレが考え事をしている間に、リオンはシャルティエを構えての特攻に走った。

 話し合う余地がないなら、激情を煽るだけだ。

 

「──そういえば、以前あなたは言っていましたね。マリアンに笑っていてほしいと。彼女が存在さえしていれば、何も望まないと」

 

 今度はリオンが迫ってくる。

 突き出されたシャルティエを弾き、弾かれたその場から翻る切っ先をいち早く払いのけて。

 フィオレは言葉を続けた。

 

「彼女が何をすれば喜び、あなたの望む笑顔を浮かべるのか。まったくわからなかったわけではないでしょう? どうして、あなたが笑顔にしてあげないんですか?」

 

 彼の望みは、フィオレと名乗る以前に彼女自身が抱いていた望みだ。

 対象こそ違うが、フィオレもまた一人の人間の笑顔を、その安寧を、心から望んだ。

 そして、彼が笑顔でいられるようにと、苦手だったはずの隠し事をいくつも重ねている。

 

「可哀想に。やっぱり怖かったんですね。自分の想いをぶつける前に、拒否されてしまうことを恐れて。現状維持を努めたまま、マリアンを餌に父親の傀儡を続けた。そして今、あなたは一人で、私と戦っている」

「っ、うるさいっ! 黙れ、この……!」

「私のやり方はご存じでしょうに。無理ですよ、そんなの」

 

 次々と繰り出される連撃、爪竜連牙斬がフィオレを襲うも、口撃が効いているらしく普段のキレはない。

 心の動揺がそのまま、剣筋にも出てきていた。

 その心の弱さを、フィオレは今心から安堵している。

 普段リオンが敵と認識した相手にぶつかる調子でこられては、手加減はできなかっただろうから。

 彼らのやりとりで背景を知れたこと。それが今、フィオレを救っていた。

 

「大切なたった一人を守るため、世界中を敵に回した。その意思は賞賛に値しますけど……あなたがいなくなったら、誰が彼女を守るので?」

「……ヒューゴが約束したさ。彼女の命だけは、必ず保証すると!」

「あなたが死んだら、そんな約束を守る意味はなくなりますね。またいいように弄ばれるだけでは?」

「……!」

 

 今のフィオレとて、この少年を本気で殺す気になどなれない。もう教え子を手にかけたくなどはない。

 だからこそ、フィオレは戦いの手を緩めて口撃を多用していた。

 リオンのやる気を殺ぐために、あわよくば彼を懐柔するために。

 あの夜を、完全に忘れたわけではないだろう。

 手荒く当時の記憶を穿り出され、リオンの顔色が悪くなる。

 

「……だったら」

 

 戦う手を唐突に休めて。彼は、初めてうつむいた。

 シャルティエを握る手は、フィオレの髪のように白くなっている。

 

「どうすればよかったというんだ。お前に何もかも話し、助けを乞えばよかったとでもいうのか? お前なんかに、好き勝手で気ままで、胡散臭くて鼻持ちならないお前に──!」

「……信用できない、が抜けてますよ」

 

 そこまで悪口雑言が出てくるなら、これが一番初めに来てもよかったのに。

 心情をそのまま出してしまうリオンがひどく愛しくて、フィオレは場違いな笑みを浮かべた。

 

「可愛いなあ、リオンは。敵にそんなこと話すなんて、愚か過ぎて逆に愛しい」

「!」

「そんなこと訴えられたら、敵として見れないではありませんか。これは、私の心を惑わす罠ですか?」

 

 再び上がったリオンの顔は、その手と同じく白くなっている。

 揺れる紫闇の瞳を見据えて、フィオレは淡々と言葉を返した。

 

「私なりに導き出した回答はありますが、もう過ぎたことですしね。それで、マリアンの為にがんばるのはもうやめですか?」

 

 揺れていた紫闇の瞳が、すっと細まる。

 今のリオンにできること、すべきことは、フィオレを討ってヒューゴ達に続くこと。

 だからフィオレは全力で、彼の行動を妨害している。

 おそらくそれが、やっと理解できたのだろう。彼は言葉なくして、戦いを仕掛けてきた。

 

「魔神剣!」

 

 通常、剣の一振りで発生する一条の衝撃が一息遅れて二条となり迫る。

 サイドステップでそれを避けた先、リオンはすでに詠唱を終えていた。

 

『開け、冥界の門。招き寄せるは魔を統べし者、そなたの槍に貫かれし愚者を誘え!』

「デモンズランス!」

 

 晶術特化型ソーディアンであるクレメンテを除き、他のソーディアンは大体己の司る属性の晶術しか発現はできない。

 しかし、唯一地と闇の属性晶術を扱うシャルティエは、ついに魔神の振りかざす槍すら使用した。

 巨大な魔神の残像が現われ、術者の命に従い魔神は暗黒の槍を射ち出す──

 

「母なる抱擁に、覚えるは安寧」

 ♪ Qlor Luo Ze Toe Luo Rey Nu Luo Ze──

 

 大地に膝をつき、左手を岩肌へ押し付けて譜陣を展開する。

 飛来した暗黒の槍は結界によって阻まれ、あえなく消滅した。

 

「まだだ! 飛燕連脚──」

「空を舞いし龍、地を駆けし虎。我が望みしは、頑健たる汝らの牙」

 

 地を蹴り、そのままフィオレへ蹴打を放つリオンが飛び込んでくるのを見越して、フィオレは紫電を何もない地面へ振り下ろした。

 地面に触れた切っ先を中心に譜陣が展開し、牙を模した衝撃波が天……天井へ上っていく。

 

「零式・竜虎滅牙斬!」

 

 飛燕連脚を放つべく、地を離れていたリオンに避ける術はない。

 あっという間に巻き込まれた彼は、そのまま弾かれて地面を転がった。この隙を逃す手はない。

 そのまま接敵し、倒れた彼に追撃の一手を加えようとして。

 

「くっ!」

 

 転がったまま、シャルティエを振るった一撃がフィオレに迫る。

 それを紫電で払い、がら空きの胴に当身を入れようと──

 

「っ!」

 

 ずん、と。重たい衝撃が、胸に突き刺さった。

 ぐ、と込みあがるものが口いっぱいに広がり、抑える間もなく飛び出したそれは真紅の色をしていて。

 固まるフィオレに、リオンが動き出す。

 立ち上がったリオンは、手に持った小剣にそのままちからがこもり

 

「……!」

 

 シャルティエを手放して、小剣を両手で握る少年が眼前にいる。

 その少年に、フィオレは抜き身で握っていた紫電を一閃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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