swordian saga   作:佐谷莢

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 海底洞窟、VSリオン。
 勝負の結果は、双方が相打つものでした。
 しかし、第五十夜にてリオンに渡したものが効果発動:リオンが負った重傷はリバースドールによって肩代わりされます。
 よって、勝者はリオン。
 敗者はただ、地に伏すのみ。


第百十二夜——ついに訪れた終焉~おめでとう。さようなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、目を開く。

 無手のまま冷たい地面に頬をつけていたリオン・マグナスは、慌てて起き上がった。

 熱いと感じた首に触れるも、何の異常もない。

 どうしてシャルティエを手放してまで寝ていたのか。前後の記憶を探って。

 視界に入ったあるものに目を奪われた。

 

「あ……!」

 

 左胸から小剣を生やし、仰向けにごろん、と転がっている。

 被服の生地を貫いて人体に入り込んだ刃の隙間から、今もじわじわと緋色の雫が滲んでいた。

 

『ぼ、坊ちゃん……』

 

 シャルティエのおずおずとした呼びかけにもまるで反応せず。リオンはそれを、呆けたように見つめていた。

 解けた雪色の髪が、血溜まりに浸って赤く染まっている。

 だらんと投げ出された四肢にはまるで動く気配がない。

 髪がほつれているせいで目元が隠れてしまっているが。倒れているのはまぎれもなく、彼と剣を交わしていたフィオレであった。

 握りしめたその手には、血に濡れた紫電がある。

 淡い色彩の刃には、尋常でないほどの血糊がこびりついており、てらてらと不気味に輝いていた。

 痛いほどの沈黙を破り、リオンは思い出したように声を発している。

 

「……シャル。何が、あったんだ?」

『あ、え、ええっと。坊ちゃん、フィオレをその……刺したのは、覚えていますよね』

「ああ」

『その後、フィオレが坊ちゃんを斬ったんです。ほとんど反射的に、その、首の辺りを……それで坊ちゃん、血を吹き出しながら倒れたんですけど。患部が光ったと思ったら、いつの間にか塞がっていて……』

 

 たどたどしいシャルティエの説明を聞き、リオンは自らのズボンのポケットを探った。

 出てきたのは、いつかフィオレに押し付けられたリバースドールである。

 ただし、人の形をしていた鉱石は原型を留めていない。

 それを見てすべての事情を把握したリオンは、小さく舌打ちをした。

 

「……くそっ」

『坊ちゃん?』

「……人に勝っておきながら、何ですかその舌打ち」

 

 自分以外の肉声、それも聞きなれたその平坦な声に、リオンは竦みあがった。

 慌てて顔を上げ、驚愕に目を見開く。

 その様子からすでに死亡したと思われたフィオレが、寝そべったままリオンを見ていたのだ。

 先ほどまで、まるで力がなかった左手がゆらっと蠢き、眼の辺りにかかっていた髪を払いのける。

 間違いようもなく、藍色の眼はリオンをしっかりと映していた。

 

「な……な……な……!」

「先に聞いておきますけど、心臓を貫いた感覚はおありで?」

 

 まるで力を使い切ったかのように、蠢いた左手はぱたりと額に置かれている。

 巻かれていた包帯に指をひっかけるような仕草をし、包帯を無理やり剥がしにかかっていた。

 そのまま身に着けていた発信機付き額冠(ティアラ)を外すも、致死量の電流は流れない。

 あるいは、流れていても。フィオレにはそれが感知できないのかもしれない。

 実に弱々しい動きだが、その口調だけが本当に普段通りで。それがリオンの警戒を誘った。

 シャルティエを前方へ突き出しつつ、じりじりと近寄ってくる。

 そんな彼を見やって、フィオレは苦笑した。

 

「負けました。強くなりましたね、リオン」

「そんな言葉を、僕がし、信じるとでも……」

「なら、とどめを刺しなさい。それでヒューゴを追っかけるなり何なり……あなたの正義を、貫けばいい」

 

 はぁっ、と大きく、フィオレは息を吐いた。

 胃の奥に熱い何かが溢れるような、胸がむかむかするような、そんな感覚を振り払ってリオンを見る。

 少しでも、覚えておきたかった。自分を殺した、最初で最後の、弟子の顔を。

 ──たとえ、覚えておくことなどできなくても。

 

『フィ、フィオレ……平気、なの?』

「まさか。もうすぐお別れです。さようなら、シャルティエ」

 

 あの約束を果たしたいが、もうそんな余力はない。

 この、妙に蒼白な顔色の少年が覚えていればいいのだが……

 自覚することから逃げていた痛覚が、呼吸をするごとに存在の主張を始める。

 

「……何故戦わなかったんだ」

『坊ちゃん?』

「戦いました、よ?」

「お前、明らかに手を抜いていただろう。僕を無力化するために、動揺させることだけに専念して、挙句不意を突かれて……」

 

 ひどく遠い目──まるでフィオレの容態から目をそらすように話しかける少年に、フィオレは笑みを浮かべざるをえなかった。

 そんなことに気付くほどに、彼は成長しているのだ。

 教えた者として、これほど嬉しいことはあるだろうか。

 

「あなたが守るために戦っているのに、それを力でねじ伏せる気がしなかった。物理的排除ではない、違う方法を選択したから、そんな風に感じたんでしょう」

 

 刻が経つごとに、命の雫は失われていく。

 許容量を越えるその瞬間まで、フィオレは口を動かした。

 

「守るものが、ひとつしかないあなたの考え方は、ちょっと、うらやましかった……いや」

 

 世界と、愛する人の生きる地を存続させるために、最も愛すべき人へ剣を向けたこと。

 どんなに後悔してももう遅い、過ぎ去ったことだと言い聞かせても、心は納得しない。

 しかしもう、そのことを憂う必要はなくなる。

 考えることができなくなるだろうから。

 

「迷うことなく彼女を選べたあなたが、今更ながら妬ましい。あなたがいつか真実を知った時、その憂さを晴らすことにします」

「……真、実?」

 

 すでに痛覚は、無視ができないほどの規模をもってしてフィオレの体を蝕んでいた。

 伴って思考に必要な血液も酸素も、すでに足りていない。

 言いたいことがあるのに、何を言っているのか。フィオレにはもう、把握ができない。

 正確な意味を持った言葉が、紡げない。

 これだけは、これだけはと考えていた言葉が、言えなくなる前に。

 

「おい、フィオレ……」

「さよなら、リオン。おめでとう。私の誇り、私の、可愛、い……」

 

 突き出していたシャルティエを引き、見下ろすリオンの顔が一瞬見えて、急速に消えていく。

 否、目の前が真っ黒に塗りつぶされていく。

 リオンが何かを叫んでいる。

 シャルティエの、何かを叫ぶような声が脳裏に響くも、すでに言葉としての意味を理解できない。

 消えかけていたフィオレの感覚を呼び覚ましたのは、自分の後を辿らせていた空蝉の存在だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 和えかな燐光を放つ蒼い蝶に導かれ、昇降機を降りてたどり着いた地下洞窟をソーディアンマスター達が行く。

 

「こんなところに洞窟が……」

「あの深さからして、すでにここは海中である可能性が高いな。この洞窟が崩れたら、我々は海の藻屑と化すのか……」

 

 ウッドロウの不吉な言葉に、一行は沈黙せざるをえない。

 まるで何かを案じさせるその一言を、ルーティが振り払うかのように言葉を上げた。

 

「だ、だーいじょーぶよ! フィオレと合流できさえすれば、洞窟が崩れたって!」

「そうですわね。フィオレさんと御一緒なら、ドザエモンとやらにならずに済みますわ」

 

 それが何故なのかをもちろんウッドロウは尋ね、スタンが答える。

 以前アクアヴェイル公国に密入国を果たした際のエピソードを話している最中。

 

「……あら?」

「どうしたんだい、フィリア?」

「あの、ちょうちょが……」

 

 それまで問題なく先導を続けていた蝶が、ゆらゆらと揺らめく。

 もとより儚い蝶の姿だったが、それはまるで空気に溶けてしまうかのようにゆっくりと、姿を消した。

 

「ちょっとちょっと。消えちゃったわよ?」

「目的地がすぐそこなのか、それとも……」

「それとも?」

「あの蝶を操っていたであろうフィオレ君に、何かあったか、だ」

 

 それは、先ほどの不吉な発言よりも確実に一行へ衝撃を与えている。

 何も言わずにスタンが脚を早め、一同もそれに続く形で先を急いだ。

 

「スタン! 道、わかるの?」

「わかるわけないだろ! でも、行かない、と……」

 

 そんな折。ふと思い出し、スタンが取り出したのはフィオレから渡された額冠操作盤だった。

 フィオレが操っていた場面を思い出し、起動させて顔を上げる。

 

「……フィオレさん、この近くにいるみたいだ」

 

 いよいよもって、一同に緊張感が帯びる。それ以降、何の会話もなしに進んだ先。

 一同は共通の光景を目にすることとなった。

 雪色の髪を紅く染めたフィオレが、倒れている。

 その脇にはリオンが立っており、彼はその手に剣をふた振り、携えていた。

 一本は、ソーディアン・シャルティエ。もう一本は……懐刀だろうか、細やかな装飾も見事な小剣。

 それは刀身の根元まで(あか)く濡れており、リオンはそれを滑らかな動作でふり払っている。

 双方の剣を鞘へと収め、彼はようやく一同を見た。

 

「お前らか」

「……」

 

 誰一人、何一つ言葉を発しない。

 しかし、凍りついたようなこの沈黙は、すぐに破られることになった。

 

「いやああぁっ! フィオレさんっ!」

 

 絹を裂くようなフィリアの悲鳴に、はっ、とスタンが我に返る。

 その時にはもう、ルーティはアトワイトを片手に駆け出していた。

 

「アトワイト、お願い!」

『ええ!』

 

 即座にアトワイトのコアクリスタルが輝き、癒しの光がフィオレを包み込む。しかし。

 腹を抱えて、横向きにうずくまるような形で倒れ伏した彼女に変化はない。

 抱えた手の隙間からは今も命の雫は失われており、治癒を施したアトワイトがはっ、と息を呑んだ。

 

『こ、これは……』

「ルーティくん!」

 

 アトワイトの驚愕をさておき、ウッドロウの警告が飛ぶ。

 ルーティがふと前方を見やれば、そこにはシャルティエを振りかぶったリオンが迫っていた。

 

「ルーティ!」

「……っぱしょう」

 

 ぼそ、と聞き取りにくい声が、足元から聞こえる。

 かと思うと、ルーティ・カトレットは凄まじい勢いで後方へ跳ね飛ばされた。

 

「きゃあ!?」

「……まだ生きていたのか。ゴキブリ並の生命力だな」

「……」

 

 ルーティのことなぞそっちのけ、リオンは倒れ伏したフィオレに悪態をついた。

 ──すでに彼の顔を見ることすらできない。アトワイトの治癒が気付けになったのか、まだ意識は残っていた。

 ルーティの悲鳴とリオンの悪態から、保有する術技も発動したことがわかる。

 ひゅっ、と鋭利な刃の翻る音がした。

 じゃり、と耳元で地面を踏む音がして、直後スタンの声が洞窟内に響く。

 

「やめろリオン! お前、自分が何してるのかわかってるのか!?」

「……ああ、わかっているさ。お前らより、よほどな!」

 

 風を切る音がして、咄嗟に左腕を持ち上げた。

 その瞬間、腕が奇妙に熱いような、寒いような感覚に包まれる。

 複数の人間が地を駆ける音が響き、それに合わせてか。詠唱がはっきりと聞こえた。

 

『降り注げ岩塊。我が敵と定めし者を、母なる大地へと還さん!』

「プレス!」

 

 見たこともない聞いた事もない晶術につき、

 何がどうなったのかはわからない。

 しかし、追いついてきた一同に大事はなかったようだ。

 

『シャルティエ、貴様!』

『神の眼掠奪に……主の乱心に力を貸すとは、どういう了見じゃ!』

『何とか言ったらどうなの!?』

『……どうして、来ちゃったのさ』

 

 ディムロスの怒声に、クレメンテの詰問に、アトワイトの剣幕になんら応じることなく。

 シャルティエは誰に向けるでもない、自問を呟いた。

 

『その様子だと、フィオレを追ってきたみたいだけど。何でフィオレ、ここまで追ってこれたんだろう』

「守護者の力を用いて、と言っていたな。君たちがしたことは、すでにセインガルド国王の耳にも入っている。観念するんだ」

『観念……ね。するのはそっちの方だよ。もう僕らの力ではどうにもならない』

 

 言われるまでもない、諦観の念をシャルティエの言葉から伺い知り。

 事情がまったくわからない一同が混乱を示す中、リオンは淡々と種明かしを始めた。

 

「お前らはヒューゴに利用されていたんだよ。グレバムから神の眼を奪う、すべては計画通りだ」

「計画って……リオン、知ってて俺たちを騙したのか!?」

『裏切り者が。ソーディアンが神の眼の悪用を看過するなど!』

 

 激しい非難もどこ吹く風。

 リオンに一切の動揺はない。

 大切な何かを置き去りにしてしまったように、その瞳は空虚そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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