swordian saga   作:佐谷莢

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 ジルクリスト邸にて新生活スタート。貧乏根無し草から一転、超贅沢な生活へ。
 あくまで彼女にとっては、であって、ヒューゴサイドとしてはごく普通の対応しているのですが。


ダリルシェイド滞在編
第十二夜——招くは堕落、主な原因は生活状況の一変


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、目を開く。

 その瞬間目に入ったのは、窓枠の端から昇りつつある朝日の姿だった。目をこすりながらも起き上がるが、体の下が柔らかすぎて失敗する。

 今現在フィオレが使っているのは、あまり使われていなかったであろう客室のひとつ……ではなかった。

 なんと、フィオレがヒューゴの話を受けた瞬間用意された、彼女専用の私室だという。

 部屋には埃どころかチリひとつなく、カーテンやシーツ等に黄ばみのような汚れもない。家具一切に放置されていた感も使い古しの感もなく、備え付けのソファやクッションなどにも、嫌な匂いはなかった。

 なんでも、ヒューゴ氏と酒を酌み交わしている間に彼が手配させたのだという。

 振舞われた酒類(アルコール)はかなり度が高かった。それでいて口当たりのいい蒸留酒を、ヒューゴ氏の薦めるまま彼と共に呑み進めた記憶がある。

 

「リオンは付き合いが悪い上に、酒が飲めないタチでな」

 

 こちらでは、未成年に酒飲ますのは犯罪じゃないのだろうか。

 なぜかヒューゴ氏は随分なハイペースで、つまみも摂らずに呑んでばかりいた。

 それに付き合う形でフィオレも杯を空けているのだが、彼はどんどん顔を赤くしていた気がする。

 

「うむ、君はかなり強いんだな。娘ができたみたいで嬉しいよ」

 

 脈絡がない上に実年齢を明かしてしまいたくなるコメントだったが──もうこの時点で彼は極度の酩酊状態にあり、それからいくらも立たないうちに潰れてしまっている。

 その後でこの部屋へと案内され、微酔状態にあったフィオレは疲れも手伝い、そのまま寝台に潜り込んで眠ってしまったのだ。

 そんなわけで今、部屋の状態をチェックしていたのだが。

 先ほどまでフィオレが寝こけていたのは、某王家の姫君が使っていたような天蓋付の巨大な寝台なのである。羊毛がふんだんに詰め込まれているであろう巨大枕、大量のスプリングが埋め込まれているマットと、混じりけがさっぱり見当たらない絹のシーツ。

 このような寝台、ベッドメイクしたことはあっても、使ったことは一度として、ない。

 窓際には書斎机と椅子が共に設置されており、引き出しの中には筆記用具一式が取り揃えてある。

 他に何か入っていないかと引き出しを次々に開けていくうち、コンコン、と規則正しいノックが響く。

 

「おはようございます、フィオレンシア様。よろしいでしょうか?」

 

 入るように促せば、そこには昨日、フィオレがヒューゴ氏に雇われる原因を作った張本人──マリアン・フュステルが立っていた。

 彼女のフルネームなら、リオンを運ぶ道すがら教えてもらっている。

 

「様はなしにしてもらえますか? 体裁を保ちたいなら無理にとは言いませんが。それと、長いからフィオレでお願いします」

「わ、わかりました、フィオレ……さん」

「どうも。おはようございます、何か御用ですか」

「お湯浴みの用意が整っておりますので、もしよかったら朝食前にいかがですか?」

 

 頼んだ覚えはないのだが、昨夜疲れて入る気もしなかったフィオレに気を使ってくれたのかもしれない。その心遣いに甘えて、フィオレは即決で優雅に朝風呂を浴びることにした。

 ところが。

 

「……あの、フィオレさん。お怪我をなさっているのですか?」

 

 脱衣所でささっと衣服を籠に放り込んだ後、広い湯殿に足を向けたとき。

 廊下で控えていたはずのマリアンのそんな声を聞いて、フィオレは湯殿と脱衣所を隔てる扉を少しだけ開けた。

 そこでは、かの家政婦(メイド)さんが困惑した顔で籠を見ている。

 

「いいえ、今は塞がってるはずです。血糊でもついていましたか?」

「いえ、その。これ……」

 

 扉の隙間から覗いてみれば、マリアンが手に取っていたのは、よれよれになったサラシであった。

 確かに、だいぶ幅の広い包帯に見えなくもない。

 

「ああ。それは胸に巻きつけて抑えるための布です。手頃な替えがないので洗わないでほしいのですが」

 

 マリアンがフィオレの脱いだ服に目を留めたのは、間違いなく洗濯をするためだろう。しかし今それをされると、着るものがなくなる。

 その旨告げると。

 

「それにつきましては、ヒューゴ様からこちらを身につけていただくよう仰せつかっております」

 

 ……またあのおっさんか。

 さっと湯を浴び、髪を洗って素早く身支度を整える。

 上がりたて、バスタオル一丁のまま改めてみればそれは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脱衣所を出てすぐ、控えていたマリアンの表情から意図的に目をそらし、広間へと先導してもらう。昨晩も訪れたとはいえ、来たこともない浴室からは流石に行けない。広い屋敷の廊下を歩き、広間へと辿りつく。

 そこにはすでに、ジルクリスト父子が席についていた。

 

「おはようございますおふたかた」

「ふむ」

「……」

 

 かなり気だるそうなヒューゴ氏は小さく頷き、何やら言いかけたのか、リオンは口を半開きにして硬直している。

 マリアンに促されるままに、昨日と同じ席についた途端、ヒューゴ氏が口を開いた。

 

「おはよう、フィオレ君。思った通り、とても似合っているよ」

「おほめにあずかりこうえいですよヒューゴさま」

 

 リオンが何かを言いかけ、しかし口を閉ざして食事を再開し始めている。

 フィオレが現在身につけているのは、何を隠そうこの屋敷のメイド服だった。

 マリアンの着ているものとは多少異なる、桃色のワンピースに紺色のフリル付エプロンである。

 何でも、彼女はこの屋敷の家政婦(メイド)長であるために、デザインが違うのだとか。

 

「……フィオレ君。目がまったく笑っていないのは気のせいかな?」

「いーえ。きのせいなどではございませんよヒューゴさま」

 

 うふふふっ、と微笑みかけるも、藍色の瞳はまったく緩まず。

 

「いや、なんだ。昨日のような格好で出歩かれるとやはり目立ってしまうかと配慮してな。さりとて、適当な女性の服も調達できず……」

「ねえ、ヒューゴさま」

 

 額に光るものを滲ませながら言葉を連ねるヒューゴ氏が、びくっ、と肩を震わせる。

 明後日の方角を見ていた彼が、ゆっくりと首を動かして視界に納めたフィオレは、その手に小さな何かを持っていた。

 そして紡がれたのは、意外過ぎる一言。

 

「焼き林檎、お好きですか?」

 

 その言葉の意味を、彼女以外の人間が理解する前に。

 一条の閃光が走ったかと思うと、今まで皿に盛られていた兎林檎からやたらと香ばしい香りが漂いだした。

 

「あんまりおいたが過ぎると、そこの林檎以上に焦がしますよ」

 

 フィオレの持ったフォークが伸びて、林檎の一片に突き刺す。

 その時初めて、ヒューゴ氏は兎林檎が焼き林檎になっていることに気付いた。

 先ほどとはまるで違った微笑を浮かべて即席の焼き林檎を頬張るフィオレの手には、フォークしかない。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれフィオレ君! 今のはなんだ?」

「さあ。なんでしょうね」

 

 不可思議な現象を前にしてヒューゴ氏が声を荒げるも、フィオレはそ知らぬ顔のまま。ふたつめの林檎に手を出している。

 

「今のは……晶術、か?」

 

 代わりに掠れた声を発したのは、リオンだった。

 信じられないようなものを見る目で、フィオレを見つめている。

 

「どーなんでしょー」

「誤魔化すな。今持っていたのはレンズだろう。それから保有エネルギーを引き出し、晶術を発動させた。……違うか」

 

 しばしの沈黙。

 咀嚼しつつわずかに考える素振りを見せてから、フィオレはフォークを置いてリオンに向き直った。

 

「手品です」

「……は?」

「奇術でもいいです。あなたがいかにしてその原理を推察しようと、それは自由なのですが。私から言えるのは、それだけです」

 

 リオンの眼前で何も持っていない手のひらを見せて、握りこむようにしてからコンタミネーションを発動させる。

 いつのまにか握っていた棒手裏剣を見て、彼は眼を白黒させていた。

 再び拳を握って、再度収納。何も持っていない手のひらを見せられ、彼はキツネにつままれたような顔をしていた。

 

「……その変な手袋の中……か?」

「まあ、普通はそう考えますよね」

 

 手甲を脱いでやろうかと考えて、やめる。

 今は食事の最中だ。これ以上は無作法にあたるし、それ以前にできることではなかった。

 リオンはリオンで、タネがわからずに不満そうな表情を隠せていない。

 

「しかし、君はその格好をしていてなお、それらを外そうとしないのかね?」

 

 ヒューゴ氏の指すそれら、は間違いなく眼帯を指しているだろう。あるいは布製の手甲か。

 服装どころか必須の持ち物にまでケチをつけられ、フィオレは頬を膨らませた。

 

「……別にいいではありませんか。私が何を身につけていようと」

「手甲はともかくとして、そんな歪な眼帯をしていては美しい顔が隠れてしまうだろう。そうだな……オーダーメイドで」

「いりません、つけません。別にいいです、結構です。ご子息の方がよっぽど──そうだ、隠れているが故の錯覚です」

 

 粛々と断りを入れて、香茶か珈琲かを尋ねるマリアンに前者を頼む。

 お茶の味は、知らない茶葉である上に香りがキツく、フィオレの好みとは正反対の位置に属するものだった。

 

「……そういえば、昨夜言い忘れましたが」

 

 陶製の茶器を受け皿へ戻しつつ、ヒューゴ氏に顔を向ける。

 何事かと顔を上げた彼に、フィオレはストレートな問題をぶつけた。

 

「お金がありません」

「安心したまえ。無駄遣いしないようリオンに持たせはするが、服飾関連ならば何をどれだけ買おうと君の自由だ」

 

 先ほどクビにされてもおかしくないような無礼を振舞ったにもかかわらず、えらい高待遇である。

 破格待遇はまだ終わらない。

 

「それと。君の月給のことなのだが……」

 

 何かが入った封筒をマリアン経由でフィオレに渡す。

 中に入っている羊皮紙に目を通せば、そこには雇用契約を結ぶ文面と共に、十分すぎるほどの額が記載されていた。

 

「滞在費等を差し引いた金額を記していただきたいのですが」

「それならばすでに抜いてある。その分コキ使われると考えてくれ」

「コキ使うって、私にはあなたのほしがるような知識など一切持ち合わせておりませんが」

「いや、君に頼むのは主に護衛や、危険排除等肉体労働だな。商売上様々な場所へ赴くのだが、護衛にかかる報酬が結構馬鹿にならなくてね。リオン一人では荷が重い、かといって経費惜しさに護衛を減らせば危険きわまりない」

 

 それならば許容範囲ではある。フィオレは納得して、後で提出するとの旨を伝えた。

 何故ならフィオレは未だ、文字の読み書きをすんなりとは行えないからだ。

 アルメイダを出発した朝、フィオレが齧ったものとは比較にならないほど香ばしい焼きたてのロールパンを生ハムとチーズで頂き、野菜サラダを綺麗に完食する。

 

「僕は午後から客員剣士の仕事がある。午前中は買い物に付き合ってやるから、支度をしたらエントランスに来い」

 

 席を立とうとして、ぶっきらぼうにリオンからそう言われ。

 了解の意思を示して、フィオレは広間を後にした。

 

「……さて。いくらなんでも、これで徘徊するわけには……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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