swordian saga   作:佐谷莢

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 ジルクリスト邸広間~書庫。マリアンはいい人。「都合の」いい人じゃなくて、「リオンにとって」いい人。これは間違いない。
 読書=本来の目的を邪魔されて、そこはかとなくご立腹。マリアンとの会話がなければ、ガン無視で本日のイベントは終了でした。


第十六夜——そして念願の書庫へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 用意されていたサンドイッチをつまみつつ、マリアンに淹れてもらったお茶を飲む。言いつけられた仕事さえしていれば、黙っていてもご飯が出てくるとは、何と贅沢なことであろうか。

 ヒューゴ氏は仕事があるとかで明日まで屋敷には戻らず、リオンは今頃浴室だろう。今この場で昼食を摂るのはフィオレ一人のみ。

 思いの他、簡単にリオンの実力を測ることができたわけだが、出来る出来ないに関わらず、思っていた以上にバランスが悪かった。

 もし彼が教えを請うてきたならば、まず改善すべきはそこだろう。性格からしてなさそうだが。

 この時点で、フィオレは積極的にリオンに剣術を指南してやるつもりはない。目の前に転がる原石を磨くよりは、自分の都合を優先させるべきだと思っているからだ。

 興味がないわけではないが、客員剣士として招かれるだけあって、それなりの実力は有している。フィオレよりは実力も経験もなかっただけで、けして弱いというわけではない。

 言動から察して己の腕に誇りを持っているようだし、フィオレに負かされたことをさぞや屈辱的に思っているだろうが、その思いは時として人を大きく成長させもすれば極端に歪みもさせる。彼がどちらに行こうと、あまり興味はなかった。むしろ、彼自身よりは彼の愛剣に至極興味がある。

 シャルティエといったか、あの曲刀。一連の言動から鑑みるに、少なくとも視覚を備えている人格があの球状の飾り──日車草色のレンズに宿っているらしいが、一体どんな仕組みなのだろう。

 件の物語「ソーディアンサーガ」の記述を思い起こしてみる。そもそも、ソーディアンはとある戦争を終結させるために作られた剣型対人兵器で、所有者となる兵士の人格をコアクリスタルと呼ばれるものに「投射」し、知能を持ち言語を操ることが可能となった。

 この時点でコアクリスタルが何なのか、はっきりと描写はされていなかった気がする。

 ユニットがどうとか、そんなことも書いてあったような気がするのだが……いかんせん記憶が古すぎて、思い出せない。

 

「……あの、フィオレさん」

 

 マスタードがぴりりと効いた、ローストビーフの豪勢なサンドイッチをもふもふやりつつ、声の主を見やる。

 現在、フィオレの給仕をしているのは彼女一人であるからして、マリアン以外に他の人間はいない。

 口の中のものを飲み下し、たっぷり何秒か後に、フィオレはやっと返事をした。

 

「何か?」

「先ほどのお荷物は、お部屋に届けさせておきました。後ほど中身をお確かめください」

 

 はーい、と気の抜けた返事をして、席を立つ。午後はいよいよ、ヒューゴ氏の言っていた資料を見せてもらおうと思っていたところだ。

 広間へ向かう最中見つけたレンブラント老に、すでに話は通してある。昼食後、鍵を受け取る約束なのだ。

 

「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「あ……あの!」

 

 そのまま出ていこうとして、呼び止められる。くるりと振り向けば、盆を抱えるようにして立つマリアンの姿があるだけだ。

 まだ何か告げるべきことがあるのだろうか。

 

「リオン様の……ことなのですが」

「彼がどうかしましたか」

「その、共に行動をされて、ある種の奇行を目にされたかと思います。ご自分の剣に話しかけられたり、至極冷酷な言葉をかけられたり、と……」

 

 前者は間違いなく奇行だが、後者は単に性格的なものではないかとフィオレは思っている。否定することはしないが。

 

「ええ、ありましたね」

「精神的な病を患らわれているわけではないのです。一種のその、癖というか。ですからどうか、そのことに偏見を覚えないでください。あの方は一度機嫌を損ねると、抑えがきかないところがございますので……」

 

 しどろもどろと語るマリアンに、フィオレは内心微笑ましさを覚えていた。

 何のことかと思いきや、主人の息子……否、彼女はリオンの世話役を命じられていると言っていたから、主人そのものか。

 そのフォローを語るとは、主人思いというか、何というか。家政婦(メイド)の鏡と言えば聞こえはいい。しかし、フィオレの中ではある種の邪推が渦を巻いていた。

 

「ご忠告ありがとうございます。そのことでしたら多少見聞きしておりますゆえ、どうかご心配なさられぬよう」

「は、はい……」

「そんな注意喚起してしまうほど、彼のことが心配ですか?」

 

 敬語を向けられることに慣れていないのだろうか。

 どこか戸惑ったように頷く彼女に、悪戯心と好奇心を持って尋ねる。

 マリアンはわずかな沈黙を挟んで、再び首肯した。

 

「あの方は、自ら進んで孤独であろうとしています。奇行であったり、わざと他者を排除されるような言動を取って、反感を買ったり……お傍で見ていて、時に痛々しくなるほどに。本当はとても素直で優しい子なのです」

 

 少年の言動の端々が痛々しいのは同意しよう。しかし、素直で優しい、ときたか。あれのどこにそんな要素があっただろうか? 

 確かに、彼女にしか見せないその面を間近で見ていたら、そう思うのも仕方ない気もするが。

 

「……失礼を承知でお尋ねします。それはあなただけなのでは?」

「そんなことはありません」

 

 一瞬の間も置かず否定したマリアンを見て、どこかがっかりするような気分に陥る。

 リオンがマリアンに対して、特別な心を持っていることは明らかだ。でなければ、街中で絡まれている自分の家の家政婦(メイド)を目にして、あそこまで頭に血を上らせないだろう。

 もともとフェミニストじみた性格なのかと思いきや、なかなか冷静冷酷冷徹にして冷めた少年なのだ。

 その彼が、マリアンを前にしたときだけは意識して引き締めている眼が和らげている。普段の突き放すような態度が、一転して年相応のものとなる。それが親愛なのか愛情なのか、それはまだわからない。

 思春期の少年という偏見だけで考えれば、可能性が高いのは後者だが。しかし、彼の心が向けられた当の本人には、あまり伝わっていないらしい。

 

「今までにも、リオン様に正統な剣術を、と思われたヒューゴ様は、何人もの指南役を雇われました。しかし全員、リオン様の態度に問題があると言って、ご辞退されてしまったのです」

「新しい指南役である私に、彼を理解してもらいたい、と?」

「お願いしたく思います。これ以上あの子……いえ、リオン様には孤独であってほしくないのです。私のようなものがリオン様の心配など、出すぎた真似であることはわかっていますが」

 

 いい人だー。

 フィオレは掛け値なしでそう思った。とはいえ、安易に頷くような、軽率な真似はできないが。

 

「お話はよくわかりました」

「では……!」

「少なくとも、あなたがどれだけ彼のことを想っておられるのか。新参者である私がどれだけ彼を理解できるのか、それは未知数なのですが。ヒューゴ様より雇われている以上は、精いっぱい努めさせていただきたく思いますよ」

 

 今度こそ、きびすを返して広間を出る。彼女はその足で、レンブラント老が待つと言っていた鍵の保管場所──管理室へと赴いた。

 もちろん初めて赴く場所ではあるが、レンブラント当人から道順を聞いているため、問題はない。同時に、道順を辿る最中でどこに何があるのかを把握していく。

 どちらかといえば挙動不審につき、目撃した数人の家政婦(メイド)がヒソヒソと立ち話を始めるものの、気にしないことにした。ここで言い訳なぞ始めたらなお怪しい。

 そんなこんなで、管理室へとたどり着く。そこは窓のない小部屋で、各部屋の鍵が硝子ケースの中で厳重に保管されていた。

 

「これが、書庫の鍵でございます」

 

 古びてはいるがよく手入れされた、大きな鍵が手渡される。

 鈍色に光るそれの頭には檸檬色のリボンが通されており、大きさのせいかずっしりと重い。

 

「ありがとうございます」

「それと、こちらがお部屋にあった金庫の鍵、こちらがキャビネットの鍵です。部屋には毎日メイドが掃除に入りますが、そういった他者に触られては困るものの保管にお使いくださいませ」

 

 それぞれ、金色の鍵と銀色の鍵が渡される。

 部屋に鍵がついていないことから、荷袋などは机の引き出しを外したその奥へ放り込んでおいたが、これからはあの箪笥型の保管箱へ入れろということか。

 ただ、彼のすぐ近くにマザーキーらしき鍵があるのが気になる。依存はしないほうがよさそうだ。

 ともかく、礼を言ってまず自室へ戻る。机の上にふたつの小包が置かれており、掃除はすでに済んでいるのか、乱れていたはずの寝台は整えられ、シーツも交換されていた。

 ただ──仕掛けておいたあるモノまでなくなっているのが気がかりだ。それは、机の引き出しに挟んでおいたフィオレ自身の髪である。

 掃除をするだけならおそらく触れられないはずだが、仕掛けておいた髪は影も形も見当たらない。

 幸いなことに、もともとカラだった引き出しに動物の死骸が詰まっていたとかそういったこともなく、すべての引き出しを外して初めて取り出せる位置に放り込んでおいた荷袋も無事だったが、楽観はできなかった。

 ともかく、荷物を整理するのは後にして、小包類はそのまま、机の奥に荷袋を再度放り込む。

 それからやっと、彼女は書庫に赴きその扉を開いたのだった。

 部屋自体はおろか、立ち並ぶ本棚の規模は広く、書物保護のためか、分厚いカーテンが下ろされている。

 知識の塔に比べればもちろん劣るが、民間の学者が保有する量としては異常とも思える蔵書量だった。ぐるりと回ってみれば、それなりに整頓されていることがわかる。

 歴史、地理、考古学、伝承──他にも様々なものが収められているものの、優先するべきはそのあたりだ。

 カーテンを引っ張り、書物に影響がないような位置で日光を取り入れる。薄暗い書庫に明かりが差し込んだところで、選んだ本を手にとった、その時。

 コンコンッ、と性急なノックがしたかと思うと、唐突に扉が開いた。

 

「ここにいたか」

 

 聞こえたのは、変声期を過ぎた少年の心地よい低音である。声の質からリオンであることは明らかだったが、今のフィオレに断言はできない。

 何故なら彼女の目はすでに、見開きの頁へと張り付いていたからだ。

 

「何か御用でも?」

「大有りだ。貴様に再戦を申し込む。僕が勝ったら、念話のことを白状してもらうぞ」

「……」

 

 のぞかせた藍色の瞳で頁を追いながら、フィオレは長々とため息をついた。

 突っ込みどころが多すぎて、どれから指摘したものかと悩む。

 

「おい、聞いているのか!?」

「うるせぇなわめくんじゃねーよ。耳に障る」

『!』

 

 かぶり続けていた猫が取れて、ドスの聞いた声音でつい本音が飛び出した。

 驚きで絶句しているらしいリオンに向けて、一応説明を述べておく。

 

「失礼。言い忘れていましたが、私は普段猫をかぶっています。ふとした瞬間に猫は逃げますが、気にしないでください」

「そ、そういう問題か……」

「そういう問題です。で、再戦についてなのですが」

 

 手にした書物の頁が進み、細い指先が羊皮紙を撫でた。今に至るまで、フィオレの瞳は一度たりともリオンを映さない。

 

「あなたは先ほどの条件で──攻撃をしない私に、勝利するおつもりですか」

「!」

 

 動揺の気配を察するに、彼は念話のことを聞きだすつもりで言ったらしいが、彼が言ったのはそういうことだ。

 先ほどあしらわれ続け、なおその屈辱を繰り返すつもりなのだろうか。

 

「そ──それは……」

「どうして私が先ほどの条件を出して手合わせを望んだのか、わかりますか? あなたの実力を測るためであって、その前に昏倒されても困るからです」

 

 ぺらり、とまた頁がめくられる。文字の羅列を追いつつも、フィオレの意識はしっかりとリオンに向けられていた。

 黙りこくってしまった少年に、重ねて言葉を突きつける。

 

「そんなことも考えられないくらい、念話のことを知りたいという気持ちはわかりました。ですが、再戦を望むのなら条件を変えさせていただきます。それでも?」

「……その条件が、あまりに常軌を逸脱したものでないのなら」

 

 そこで初めて、フィオレはリオンの姿を認めた。

 藍色の瞳には、僅かながら驚きと、珍しいものでも見るような意味合いが見て取れる。

 

「なんだ、その眼は」

「生まれつきです。難しい言葉をご存知だなと思いまして」

「……お前、僕を馬鹿にしているのか?」

「そう聞こえたならば謝罪します。あくまで正直な感想ですが」

 

 開いていた本を閉じ、フィオレは少し考えるような仕草をしてから、条件を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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