実は彼には固有名がありません。リメイク(PS2)発売のときに新しく設定されるかと思いきや、まさかのノーネーム継続。
PS時代からファンダリアの現国王様にはイザーク・ケルヴィンという立派な名前があるのに……おいたわしや(笑)
翌日のこと。ヒューゴ氏、リオンと共に登城したフィオレだったが、急遽ヒューゴ氏の提案で、時間差による謁見をすることになった。
おそらく事情を説明する際、フィオレがいては都合の悪いことがあるのだろう。彼の創作に興味がないフィオレにとっては、どうでもいいことだった。
お呼び出しは、思いの他早く来た。謁見の間からヒューゴ氏が呼ぶのを聞いて、粛々と足を進めていく。
初めて足を踏み入れる謁見の間は、知っているものより規模が小さかった。真正面の数段上がった場所にセインガルド国家の象徴らしきマークが掲げられ、その前に玉座がふたつほど並んでいる。
誰かが、鋭く息を呑むような、そんな音がした。
向かって右に、ヒューゴ氏から何を吹き込まれたのか、それともこれが地なのか、厳しい表情のセインガルド王。左は……噂に聞く王女であろうか。
王妃は病に臥せっていると聞くし、王に愛妾や後宮の類はいないと聞く。見受けられる年齢からして、間違いないだろう。
玉座の両脇には、驚いたことに七将軍に大将軍を合わせた計八名が待機していた。玉座の正面から少し脇にずれた位置にジルクリスト父子が立っており、フィオレが来るのをただ黙って待っている。
「お初にお眼にかかります。ただいまご紹介に預かりました、フィオレンシア・ネビリムと申します。どうぞお見知りおきを──」
玉座へと上がる段の手前で跪き、深く頭を垂れる。
剣帯に固定してある紫電が、床に当たってこつり、と鳴った。
途端、セインガルド王のいぶかしげな視線がフィオレへと注がれる。
未だ頭を垂れているフィオレには、彼がどういった顔をしているかはわからないが、確かに視線は感じられた。
「ヒューゴから大方の話は聞いた。そなたが、此度リオン・マグナスの剣術指南役を引き受けし者か?」
「はい。相違ありません」
どういった話をしたのかは知らないが、とりあえず否定はできない。
ゆっくりと肯定を示せば、王はますます混乱した様子でフィオレを見下ろした。
「やはり解せぬ。儂には、この者が客員剣士の指南役に相当するとはどうしても思えぬ」
「本人を前に言うのも何だけどさー、俺にはミステリアスな美少女にしか見えないかな。あんまり凄腕には見えないよ」
王の言葉を肯定したのは、リーン将軍である。それを皮切りに、控えていた側近たちまでもが口を開いた。
「あのリオン殿を片手であしらったなど、信じがたい……」
「彼もまだ若い。あの見目に気をとられたのではないのか?」
「それに、あの髪。あの髪色は、ファンダリア王家の血脈に酷似している。よもや隣国の
好き勝手な憶測が、さざなみのように広がっていく。それらを静めるかのように、ヒューゴ氏が発言した。
「戸惑われるのはもっとものことにございます、陛下」
コツコツ、という足音が近づいてきて、ヒューゴ氏はフィオレの傍らに移動している。足音がひとつでないことを考えると、リオンも同様なのだろう。
「リオンとて若輩の身、御身に客員剣士の招聘を提案した際はひどく戸惑われたことを私は忘れていません。どうか彼女も同じように試されることを望みます。さすれば、事実が見えてくるでしょう」
先ほど側近が呟いたことを聞いていないわけではないはずだ。それなのにフィオレの素性について何一つ聞いてくるところがない辺り、王はヒューゴ氏の説明に納得しているのだろう。
それだけヒューゴ氏の話術は優れているのか、あるいは国王が、それだけヒューゴ氏を信頼しているのか……噂を聞く限りは微妙なところだ。
国王は、ヒューゴ氏の提案を聞いて控える将軍たちに目をやった。
「手合わせ、か。なるほど面白い。確かに、外見からは測ることのあたわぬ実力が見えもしよう」
「お望みとあらば、リオンとの再戦をご覧にいれ……」
「待たれよ、総帥」
ここぞとばかり、何故か提案を始めたヒューゴ氏の言葉を、白髪の豊かな壮年……ドライデン将軍が制止した。
「失礼だが、リオン殿との手合わせでは八百長の疑いがある。リオン殿の際と同じく、七将軍との手合わせがふさわしいでしょう」
……その言葉を聞いて、フィオレがヒューゴ氏のささやかな謀を察している。
リオンとの再戦は、彼が本気で望んだことではない。フィオレを七将軍と手合わせさせるべく、わざと提案したようだ。
それを証明するように、視線だけで見上げたヒューゴ氏の口元は、わずかに歪んでいる。
そのヒューゴ氏が、不意に彼女を見下ろした。
「なるほど、そうお疑いならば好きにすればよろしい。時にフィオレ君、七将軍の方々との手合わせならば、どなたとの手合わせを希望するね?」
「どなたでも、殺してもいいのなら何人でも」
この不遜としか取りようがない発言に、謁見の間は再びざわめきに包まれている。
七将軍の面々は一様に絶句し、側近たちは「身の程をわきまえぬ小娘……」だの、「命が要らないのか」だの、「自分の言っていることがわかっているのか」だの、やはり好き勝手な言葉が飛び交った。
ヒューゴ氏がどんな顔をしているのかはわからないし、知ろうとも思わないが、そろそろ発言してもいい頃だろう。
垂れていた頭を敢然と上げ、対面する一同を視線だけで見渡す。片方のみ覗く藍色の眼に見据えられ、ざわめきはほどなく自然に消滅した。
「不躾と知りながら申し上げましょう。このような局面、第一印象において不利益を被っているのは他ならぬ私です。リオンの名誉のため、ヒューゴ様の目が節穴ではないと証明するためにも、陛下の納得に足る結果を出したく思います。どうぞ遠慮なく、手合わせに基づく条件を提示なさってください」
しぃん、と場が静まり返る。フィオレの突拍子もない言葉、しかしその眼差しを突きつけられた国王はしばし沈黙し……「よかろう」と告げた。
「ならば、これからそなたには七将軍全員との手合わせを行ってもらおう。結果次第では大将軍との手合わせも所望する。無論のこと勝利を求めるが、戦闘が不可能である状態、あるいは流血が認められた時点で手合わせは中止だ」
驚いたのは、当の将軍たちと側近たちだ。傍らのリオンも、表向き変化はないが、驚愕の念が伝わってくる。
『フィオレ、大丈夫なの!? あの人たち全員と手合わせなんて……!』
『まあ、見ていてください』
シャルティエの心配も他所に、フィオレは泰然としていた。
「陛下、我々全員との手合わせとは……」
「儂は求められた条件を述べたまでだ。よもや異論はあるまいな?」
大言壮語の代償を払わせるが国王の意図だろう。しかしフィオレとて、何も考えずに発言したわけではない。
「御意にございます」
国王の冷たい眼差しを正面から受け止め、フィオレは再び頭を垂れた。
とはいえ謁見の間で試合をするわけにはいかない。一同は、城内の中庭へと移動した。
当初は戸惑っていた七将軍たちも、移動する最中で覚悟は決まったのか、皆一様に真面目な顔をしている。
しかし、移動中姿を消していたフィオレが現われたのを目にして、やはり一様に眉を顰めた。
口火を切ったのは、ヒューゴ氏である。
「……フィオレ君。それはなんだね」
「モップです」
そう。それは、城内の掃除をしていた
何の愚行かと見守る一同の前で、フィオレは雑巾の部位を外し、長柄だけにしている。
「……お前。まさかそれで試合をしようなどとは思っていないな」
「他の何に使えというのですか。雑巾を振り回さないだけマシだと思ってもらいたいですね」
「ふざけるな!」
国王の手前だろうか。発言を極力控えていたリオンが、ここへ来て爆発した。七将軍を初めとするその他面々も、大いに頷いている。
「七将軍の方々に失礼だと思わんのか、貴様は! 腰のものは飾りか、そっちを使えばいいだろう!」
「こっちを使わないなんて言いませんが、基本はこのモップで」
「お前……!」
「──それとも。七将軍の方々は、モップを振り回す小娘とは戦えないと? 勝っても自慢にならない、負けようものなら恥でしかないなら、それも仕方がありませんか」
リオンから視線を外し、嫌みったらしく大きめの声で独り言をのたまった。もちろん、それは彼らのプライドをいたく刺激している。
「安っぽい挑発だな」
その言葉を受けて進み出てきたのは、黒髪の若い男……アスクス将軍だった。
「そうでもしないと、その気になっていただけないでしょう。馬鹿にしているわけではないんですよ」
「抜かせ。挑発には乗ってやる」
乗ってやる、と口で言っている割には、かなりご立腹の様子である。
「それはそれは、ありがとうございます」
「……リオンを負かしていい気になっているなら、後悔させてやる。七将軍を舐めるな」
「あなたこそ。その発言から、彼を大いに見くびっていることがよくわかりますよ」
何はともあれ、先鋒は彼であるようだ。
少し離れた場所で勝負を見守る先ほどの顔ぶれの横で、順番を話し合っているらしい将軍たちの姿がある。
審判役を務めるのは、ルウェイン将軍だった。つまり、彼は手合わせに参加しないらしい。殊更参加してほしいと思ったわけではないが。
中庭の中央で、二人は対峙した。片や愛剣を引き抜き、片や木製の長柄を持って半身になっている。
「よろしくお願いします」
礼儀正しく頭を下げるフィオレに対し、アスクスは無言でそれを見ただけだ。先ほどの挑発を思えば、当然の態度である。
「両者、準備はよろしいな? では、始め」
短く合図がなされたそのとき、アスクスは気合も雄々しく突貫した。
所詮はモップの柄でしかない相手の武器を切断し、そのまま相手の体を捕らえようと剣を大上段に振りかぶって。
──確かあの若年寄は、こういう風にしていた。
「瞬迅槍!」
突き出されたモップの先端で顎を強かに打たれ、剣を振りかぶったままぐらりと体勢を崩す。
勢いを考慮して狙った刺突によって脳震盪を起こしたアスクスは、そのまま仰向けに倒れた。残心を終えたフィオレは、その様子を冷めた眼で見つめている。
謁見の間に続く、二度目の沈黙。開始早々決着のついてしまった勝負。沈黙に耐えかねてでもなかろうに、フィオレは嘆息をついて、ちらりと審判を見やった。
「……白目むいて倒れていらっしゃるのですが。追撃しても、よろしいですか」
あまりにも早い彼の敗北に呆然としていたルウェイン将軍が、はっと我に返り、アスクスの容態を看る。
待機していた救護兵に敗者を回収させ、ルウェイン将軍は第一番目の勝負に終わりを告げた。
「リオンを片手であしらったこと、多少現実味が帯びましたでしょう」
視界の端で、ヒューゴ氏がそんなことを王に告げているのがわかる。
対して何と答えるか、耳をそばだてるより早く、二人目の七将軍がフィオレと対峙した。
「アスクスの奴をあんだけあっさり倒すとは、やるじゃないかお嬢ちゃん」
「お褒め頂き光栄に存じます、おじさん。もとい、リーン将軍」
「おじさんじゃない、お兄さんだ!」
彼が年齢を気にしていることは、市街での情報集めでリサーチ済みである。
しかし……これではやりにくくて仕方がない。
意気揚々と剣を抜くリーンに対し、フィオレは国王に向かって発言した。
「お願いがあります国王陛下」
「……申してみよ」
「一対多数の試合を許可していただきたい」
フィオレによる、無謀にしか聞こえない提案に、一同はまたも目を白黒させた。