swordian saga   作:佐谷莢

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 ジルクリスト邸。仄かにデレるリオンに過去のこともあって、たじたじしているだけ。


第二十三夜——少年は成長という名の階段を上る

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食の席にて。

 マリアン手製のラタトゥイユ──野菜を摂っているとは思えないほど丁寧に煮込まれた代物──に舌鼓を打っていたフィオレは、どことなく心ここにあらずといった風情のリオンに話かけた。

 

「リオン。あなたに何も用事がないのなら、午後に以前と同じことをしたいと思います。何かご都合ありますか」

 

 フィオレに声をかけられ、リオンはびくりと体を震わせるものの、即答はない。先ほどのことを引きずっているのだろうか。

 何かを言いかけては口ごもる、奇妙なリオンの仕草を観察して数秒後。

 珍しく食事の席で帯剣していたリオンは、シャルティエの柄を軽く撫でたかと思うと、いきなり立ち上がった。

 表向きはただ平然と、内心ではなんだなんだと冷や汗かいて見守る中、彼は覚悟を決めたような顔つきでつかつかとフィオレのもとへ歩み寄ってくる。

 そして彼は、フィオレのすぐ傍で立ち止まり……大きく頭を下げた。

 

「お願いします。僕に剣術を教えてください」

 

 直後。がたごとっ、と音を立つ。

 そのことにいぶかしがったリオンが、顔を上げた先に見たのは、椅子を蹴倒して全力で引いているフィオレだった。

 それでいて、その表情は不吉な現象でも目の当たりにしたかのように、引きつっている。

 

「リオンが、こんな殊勝な態度で教えを乞うなんて……明日は世界の黄昏でしょうか」

「どういう意味だ!」

「それだけありえない事象だと思った、私の本音という解釈でお願いします」

 

 兎にも角にも、フィオレは落ち着きを取り戻すかのように椅子を戻した。

 よほど焦ったのか、前髪の隙間からじわりと滲む汗が見える。

 

「ええと……剣術指南の件ですね。わかりました、承りましょう。もともとそのために雇われている身です」

 

 そこで一度、フィオレは言葉を切った。

 思考を巡らせるように黙り込み、それほど時を空けず再び口を開く。

 

「最終的には私の腕を越えていただきますので、その自覚を持ってください。内容としては、実戦形式でお教えすることになると思いますので、それなりの覚悟を求めます」

「わかりました」

 

 一瞬間を置くものの、リオンは従順に頷いてみせた。それを見て、フィオレは再び顔を引きつらせている。

 その視線に耐えられなくなったリオンは、気まずげにボソリと呟いた。

 

「……なんだ。僕が敬語を使っちゃおかしいか」

「陛下やヒューゴ様という、目上の人間に向かってあなたが言うのは何の問題もないのですが。私に向けられるとやはり、違和感ありまくりです。むしろどちらさまなんですか」

「本当に失礼な奴だな……!」

「言動については謝罪します。ですが、指南のことといい、その敬語といい、一体何があったんですか?」

 

 この時点でフィオレが危惧していたのは、フィオレの戦いぶりを初めて目にしたであろうヒューゴ氏に、はっきりと剣術指南を乞え、と命ぜられたのではないか、ということである。

 態度に反抗的なものが見られないものの、もし真相がそうだったとしたら。ヒューゴ氏を折檻……もとい、全力で「誠意ある話し合い」を求める必要があるからだ。

 途端に目をそらし口ごもるリオンに、もしや、という疑念が渦巻く。

 そんなフィオレの疑いを綺麗さっぱり取り払ったのは、妙に楽しげなシャルティエの声だった。

 

『フィオレ。坊ちゃんがヒューゴ様に無理強いされてる、とか思ってない?』

『思っています。そうなんですか?』

「シャル!」

 

 焦ったように声を荒げたリオンが、何やら顔を真っ赤にしながら剣帯を外しにかかる。シャルティエを鞘ごと外してフィオレに押し付けると、リオンは足早に広間を出て行った。

 残されたのは、驚いたようにリオンの背を見送るマリアンと、フィオレ、その手に押し付けられたシャルティエである。

 

「……ご馳走様でした。おいしかったです」

 

 広間で話を聞く気になれず、マリアンに止められながら使用済み食器をキッチンへ片付けて、フィオレは私室へと戻った。

 私室へ一歩入るなり、シャルティエが上ずったような声を上げる。

 

『わあ、坊ちゃんより先にフィオレの部屋へ入っちゃった♪』

『どうしてそこで、リオンが出てくるのか、甚だ疑問ですが……』

 

 埃避けに、わざわざ借りてきたシーツで覆った寝台に腰を下ろした。

 改めて、シャルティエの話を聞くことにする。

 

『それで、お教えくださるのですか? リオンのあの態度のこと』

『ふふふ、聞きたい?』

 

 もったいつけるような彼の言葉に、奇妙な不安を覚えつつも肯定した。

 すると。

 

『じゃあ、念話のこと教えて? そうしたら、教えてあげるよ。坊ちゃんの、トップシークレットv』

「……」

 

 シャルティエを携えたまま、無言で立ち上がる。

 窓辺へ歩み寄り、乱暴に開けた窓からシャルティエを──

 

『うわーあああ、ちょっと待ったー! いや、待ってください! お願い、キレた坊ちゃんみたいな真似しないでプリーズ!』

 

 振りかぶって。シャルティエの懇願に心を動かされたわけではないが、放り投げるのはやめておく。

 フィオレは呆れた眼でシャルティエのコアクリスタルを見下ろした。

 

『リオンの入れ知恵ですか、それともあなたの独断ですか。答えによっては、リオンには無理やりオトナの階段を登ってもらいますけど』

『な、何をするつもりさ! そんなんじゃないよ、ちょっとした僕のお茶目だよ!』

『そうですか。では、あなたをばらっばらに分解することにします。覚悟なさい』

『いやああっ! 助けて坊ちゃあーん!!』

 

 嘘をついている可能性はなきにしもあらずだが──

 疑ったところで事実はわかるまい。ここは信じておくことにする。

 

『ま、冗談は置いといてですね。念話というのは、チャネリング現象のことを指します。精神同士を特殊な方法で接続し、精神感応の応用のような形で意思を交わらせることが可能になるんです。と言ってもこれはオマケみたいなもので、真骨頂としては精神を交えた相手の目を借りたり、その気になれば相手の体を自在に操ることも可能なんですね』

『……へ?』

 

 どうしてもリオンの変化の理由が知りたかったわけではないが、別にこれを隠し通さねばならない理由はない。いい加減面倒くさくなったフィオレはそう説明した。

 話を促した当の本人は、意外さにだろうか、戸惑いを隠せていない。

 

『え、えーと『私は条件を満たしましたよ。さあ、教えてください』

 

 促され、シャルティエはおずおずと語りだした。

 

『知っての通り、坊ちゃんも僕も、手合わせに同席したわけだけど。君の戦いぶりを見て、坊ちゃんかなり君のこと見直したらしいんだよ。見直したというか、こう……影響受けたような感じ?』

『それは困りましたね。私のようになってしまうのはいただけませんよ』

『だけど、あのくらいの年の男の子って、いいな、って思ったものに影響されやすいんだよ。あんな風になりたい、って。で、余りある実力を持ちながら礼儀正しく、それでいて自分の非は素直に認めて潔く頭下げる君の姿は、見事坊ちゃんの心にクリティカルヒットしちゃったわけだよ。僕だって素直にカッコいい、って思ったし』

 

 ……どうも、詳細が過ぎる。これは彼の想像ではなかろうか? 

 いぶかしげなフィオレの様子に気付かぬまま、シャルティエは話を続けた。

 

『それだけじゃない。純粋に、君の戦いを見て憧れちゃったんだよ。君が坊ちゃんと手合わせしたときは、まるでそんなことなかったけど。他人と戦ってるところ見て、初めて巧さがわかったっていうか──純粋な腕力そのものに自信がない坊ちゃんだからこそ、参考に値する戦い方だったと思う』

『……おだてたところで、私の機嫌は直りませんよ』

『そんなんじゃないよ! 今までヒューゴ様が連れてきた指南役の連中は、単なる形だけのお座敷剣法とか、でっかい剣を力任せに振るうだけとかの奴が多かったから。僕も一緒になってついいびり出しちゃったけど、君になら任せたい、って思うし』

 

 一体どうやっていびったんだろう、という純粋な疑問は話が逸れるからさておき。フィオレはシャルティエを抱えて立ち上がった。

 

『私には、それがあなたの想像でしかない気がして、ならないのですが。ともかく参考にはなりました。お手数をおかけしましたね』

 

 そのまままっすぐ、リオンの私室へと赴く。ノックを三回ほどすれば、すぐに部屋の主が顔を出した。

 その顔は無愛想でありながら、どこか頬が色づいているようにも見える。

 

「シャルティエの話したことが、彼の想像の域を出ないことを強く望みます」

 

 シャルティエを差し出しながら、フィオレは開口一番、それを告げた。

 

「あなた自身がどのような意図を持って、私から何を学ぼうとするのか。それはまあどうでもいいんですが、昨日より遥かに苦しい目に遭うことだけは確実です。それをお忘れにならないように。それでは、普段お使いの武具、防具の類があるならそれも持参して、中庭へ来てください」

 

 一方的に要求を突きつけ、きびすを返す。その足で中庭へ向かいながら、フィオレは唇を噛んだ。

 ──自己満足に等しい贖罪のため、自立を促すと共に自らを憎ませようと育てた少年のことが、脳裏をよぎる。

 憎むべき人間を憎ませようとした。たった、それだけのことだったのに。フィオレは失敗した。

 気づけば少年は、憎しみを向けられる手頃な立場にある対象に憎悪を燃やしていたのだ。本来なら、フィオレに向けられるべき憎しみをたぎらせて。

 結果として考えるならば、そこまで悪い結果だと考えてはいない。人間的に成長するきっかけになった、という見方すらできる。

 フィオレが問題としているのはその過程だ。

 途中まで、彼は順当にフィオレを恨んで、憎んで、殺したいと思っていたはずなのだ。

 一体何をどう間違えて、そうではなくなってしまったのか。それがフィオレにはわからない。

 彼女にとって、少年の存在は負い目だった。どんなに謝っても償っても、けして許されざるべき罪だったはずなのだ。

 フィオレは未だ、気付いていない。

 彼女が少年に対し、自分を憎ませようと企んだ。そのことを知られ、更にその真意を少年に知られたからこそ、企みは瓦解したのだということを。

 リオンに対して、そんな負い目こそないものの。フィオレは不安に駆られていた。

 ただ剣術を教えるだけだ。いつか企んだようなこともする必要はない。私情を絡めることなく、淡々と教えればいいだけのはずなのだ。リオンが自分を憎んでいればやりやすくなるだろう、とフィオレが勝手に思うだけで、そう仕向けることが必然ではないのに。

 頭ではわかっているのに、心が動揺するのは、素直でない少年に剣術を指南するという、以前の状況と酷似しているからなのだろうか。

 そうこうしている間に、フィオレは中庭へたどり着いていた。

 吹き抜ける風の中、壁に立てかけられていた竹箒を手に取り、深呼吸をする。

 何を怖がっているのか。あの時とは、状況が似ているだけだ。こと剣術指南に関して、フィオレが余計なことをする必要はない。

 ただ、ヒューゴ氏から正当に解雇されるため、ひたすら彼を鍛えればいいだけの話である。

 考えてみれば、おかしな話だった。過ぎた話を蒸し返して、状況の酷似に不安がって。いつからこんな、神経質になってしまったのか。

 リオンが何を思おうと彼の勝手だ。フィオレはフィオレの目的のために動けばいい。誰も彼もを利用して、知るべき事実を探せばいい。

 そこまで考えて、ふと気付く。

 知り合いの青年を思い出すからなのか。類希な原石だからか、それとも別の理由なのか。

 リオン・マグナスを名乗るあの少年に、いつの間にかフィオレは入れ込んでいたのだ。

 彼が素直になったことに対して、こんなにも動揺してしまうほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





※ラタトゥイユとはフランス南部プロヴァンス地方、ニースの野菜煮込み料理だそうです。
 玉ねぎ、ナス、ピーマン、ズッキーニといった夏野菜をにんにくとオリーブ油で炒めて、トマトを加え、オレガノ、バジル、タイムなどの香草とワインで煮込んだものだそうですが、見事に野菜オンリーですね。
 こんな代物をリオンに食わせるなんてマリアンすごいなあ。
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