swordian saga   作:佐谷莢

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第二十五夜——称号取得「セインガルド客員剣士見習い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒューゴ氏から手渡されたものを見て、フィオレは首を傾げた。

 形状は、少々大きめのループタイである。

 地金は銀。中央にでかでかと、どこかで見たような十字の紋章が彫られており、名のある職人が手がけでもしたのだろうか。緻密にして繊細な意匠だった。

 まるでその彫刻を保護するかのように、水晶らしき透明な鉱石が張りつけられている。

 

「これは何ですか?」

「これは……その、なんだ。これを身につけていれば王城への出入りが許される。伝え忘れていたのだが、国王陛下から君に登城命令が出ているのだよ」

「……えー」

 

 フィオレは心底嫌そうに眉をしかめた。

 

「昨日の今日で、一体何の用事がおありなのですか?」

「うむ……まあ、それは行けばわかるだろう。くれぐれも遅刻したりすっぽかしたりしないように」

「ヒューゴ様はいらっしゃらないので?」

 

 遅刻にすっぽかすなということは、すなわちそういうことなのか。

 それを尋ねると、予想に反して彼は首を横に振った。

 

「いや、私も同席はする」

「では、別にこれは必要ありませんね。昨日はヒューゴ様同伴という形で入城できたことですし」

「実は緊急の用事が入っていてな。謁見の時間には間に合いそうにもないので、遅刻という形で出席する。リオンも同席させるが、生憎客員剣士という身分だけでは同伴者の入城はできない。事情を話したら、これを身につけさせるように、との達しがきたのだよ」

「首輪つけられてるみたいで、嫌なんですけど」

「……く、首に巻くのが嫌なら、提示という形を取り給え」

 

 そんなやりとりの後、フィオレはリオンに伴われて王城まで来ている。

 直前でループタイを取り出し、「よろしいですか?」と一声かけて、フィオレは無事城門を通過した。

 取り出したループタイを仕舞うべく、城門の内側で立ち止まる。

 そのフィオレに、門番担当の兵士らしき会話が届いた。

 

「なあ、陛下はまた客員剣士を招いたのか?」

「あの坊主に続いて今度は小娘……? 客員剣士ってのはいつから年齢制限がついたんだ?」

 

 ……また? 

 何やら、聞き捨てならない台詞がちらほらと聞こえる。

 詳細を聞こうかとフィオレが彼らに声をかけようとしたそのとき。

 

「おい、何をぐずぐずしている」

 

 いつになく足の遅いフィオレに、少し苛立ったようなリオンの声に引き戻される。

 

「お先にどうぞ。何やら彼らが気になることを……」

「後にしろ。陛下を待たせるつもりか」

 

 後ろ髪……正確には被服を掴まれてだが、フィオレは謁見の間直前まで連行された。

 その頃にはもう流石に諦め、引っ張られてよれた袖を直している。

 

「リオン。服を引っ張るのはやめていただきたいのですが」

「嫌ならもう少し真面目な態度を取るんだな。それこそ、ここへ訪れたばかりのときのように」

 

 どことなくツンケンとフィオレをいなしながら、彼は謁見の間に繋がる兵士に、取次ぎを頼んだ。

 ほどなくして、二人は揃って謁見の間へと足を踏み入れることになる。

 並んだ玉座に王女の姿はなく、内務大臣や文官といった側近たちの姿もない。

 あるのは国王陛下本人、そして七将軍全員と大将軍一人という面々だった。一体何の用だというのだろうか。

 玉座の数段下付近でリオンが立ち止まり、一礼する。その隣でフィオレは跪き、頭を垂れた。

 客員剣士であるリオンと同じように振舞うには、たぶん位が足りないだろう。

 

「国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく。して、本日は何用でございましょうか」

「うむ。用件に入る前に──以降かしこまる必要はない。立ち上がり、(こうべ)を上げるがよい」

 

 国王のそんな言葉を受け、フィオレは内心でいぶかしがりながらも従った。

 通常、このような場で目上の人間と眼を合わせるのは無礼に当たるが、頭を下げずに眼を合わせないのは、かなり失礼な気がする。フィオレはきちんと眼を向けることにした。

 幸い、真っ直ぐな視線を寄越されても咎められる素振りはない。むしろ満足げに頷いてすらいる。

 ところが、国王がフィオレの姿を見やって数秒後。彼は眉をひそめて質してきた。

 現在のフィオレは昨日と変わらぬ姿。服装を咎められる謂れはないはずだが……

 

「フィオレンシアよ。お主、どのようにして王城へ入った? ヒューゴに渡すよう言付けたものが見当たらぬが」

「それでしたら、こちらに」

 

 懐から取り出したループタイをかざして見せる。それを見て、王はますます戸惑ったように眉をひそめた。

 

「何故身に着けない? よもや気に入らぬと申すか」

 

 ええその通りです。首輪みたいで嫌だから、とは答えない。

 王族の不興はもう、出来る限り買わない。

 

「──戦いに身をおくものとして、首に何かを下げておくことはできるだけ避けたいと思っています」

 

 チョーカーのように、文字通り首輪じみているものならまだいい。

 以前身に付けていたロケットペンダントのように、服の下に仕舞えるものも許容範囲だが。

 このループタイのように提示しなければならず、且つゆとりがあるものでは、敵に掴まれる、何かにひっかけるなど事故が懸念されるわけだ。

 それで首が絞まるような、間抜けな事態に進んで陥りたくはない。

 それを切々と訴えるも、何故か横槍が入れられた。

 

「昨日の戦いぶりじゃあ、そんなドジ踏みそうにもなかったけどな」

「お褒め頂き大変光栄です。でも基本的に私は、組み付かれたら負けるんですよ」

 

 リーン将軍の茶々を聞き流して、そんな訳です、としめくくる。

 渋い顔をしている王の脇を見て、フィオレはループタイの留め具に何が刻んであったのかに気づいた。

 どこかで見たと思ったら、あの彫刻はセインガルドのシンボルマークだったのである。

 一方で王は、言い分に納得はしたらしい。それ以上咎めだてする風情はなかった。

 しかし。

 

「して、ヒューゴからの言伝は聞いておろうな? その返事を聞かせてもらいたい」

「……?」

 

 ヒューゴ氏からの、言伝。

 いぶかしがって記憶を検索するも、そんなことを言われた記憶はない。

 フィオレは即座に反論した。

 

「そのような言伝に覚えはありません」

「なんと。忘れたと申すのか?」

「そうではなく、ヒューゴ様からそれらしいお言葉を受けておりません。今一度、言伝の内容を繰り返していただけませんでしょうか」

 

 聞いた聞かないの問題よりも、先に言伝の内容を聞いておく。

 この手の問題はこじれると厄介なため、早めに流しておくのが鉄則だ。

 幸いにも国王は、その話題について追及しようとしなかった。

 

「ヒューゴの奴は何を……まあいい。フィオレンシア、そちを客員剣士に招こうと「謹んでご辞退申し上げます」

 

 国王に皆まで言わせることもなく、フィオレは早々に辞退を表明している。

 今のがあまり褒められた態度でないことは承知の上だ。しかし、ことこの件に関して答えは決まりきっている。

 不思議なことに、国王は渋い顔をするだけで無礼を咎めようとはしていない。あるいは、無礼を咎めたところで無意味と思っているのか。

 

「……理由を聞こう」

「第一に。私はすでにヒューゴ様に雇われております。雇用主を二人にすることはできません。もしもヒューゴ様がそれを承知で命ぜられるならば、契約書を破棄していただく必要があります」

 

 ピン、と背筋を伸ばしたまま、フィオレは次なる理由を淡々と述べた。

 

「第二に、私が記憶障害と診断された身である、ということをご考慮願いたく思います。記憶喪失であった人間は保有する記憶を取り戻した瞬間、記憶を失くしていた間の記憶をすべて失うという事例が報告されているんです。私がそうならないとも限りません」

 

 忠誠どころか、よく知りもしない人間にただ仕えるなんざ御免被る。

 ヒューゴ氏には自分がしたことの責任と、それなりの利益が見込めたから、あえて配下と成り下がったのだ。

 それ以上でもそれ以下でもないのに。

 

「加えて。私はあなた様にとって何処の馬の骨とも知れぬ輩でしょう。出身地も、己の素性も、何一つ明かせぬ人間に、そのような地位を与えてもよろしいのですか?」

 

 言外に、たとえ思い出したところでそれを伝える気がないことを表明しておく。

 そもそも記憶障害が偽りなのだから、思い出すことなど何もないが。

 

「以上のことから、私に客員剣士という待遇は、もったいなきお言葉に存じます。身分不相応であると、お考え頂きたい」

 

 本心を欠片も見せず、彼女は辞退理由を丁寧に並べている。

 意外にもまともな理由を聞かされた国王が、反論することも叶わず黙り込んだ、そのとき。

 

「まあ、待ちたまえ。そう結論を急ぐことはなかろう」

 

 重厚にして渋みのある落ち着いた声が、謁見の間に響き渡る。

 背後を窺えば、そこには不遜な笑みをたたえた壮年男性──ヒューゴ・ジルクリストが立っていた。

 

「ヒューゴよ。そなたはフィオレンシアに儂からの言伝を伝えなかったのか?」

「まこと申し訳ありませぬ、陛下。客員剣士についてそれとなく尋ねたところ、あまりにも絶望的な返事をよこしたもので……」

 

 そういえば再び晩酌の席に招かれた際、フィオレが客員剣士になったらリオンをしのぐ活躍ができるだろう、とかいう例え話をされた記憶がある。

 そのときフィオレは「何が悲しくてそんなことをしなければならないのか」とか、「この国に所属する気はない」「ただ偉いというだけの人間に仕えたくなんかない」と適当なことを返したのだが、あの流れで国王からの言付けなど話せる状態ではなかった。

 場の雰囲気の問題ではない。ヒューゴ氏は話を進める前にまたも潰れてしまったのである。

 先天的に弱いのか、フィオレのペースに付き合っていたせいなのか。

 ではどうするのだ、と言いたげな王を他所に、ヒューゴ氏はフィオレに向かい直った。

 

「どうしても私を客員剣士にしたいのでしたら、契約書を──」

「いや、君の気持ちを尊重しよう。その件について無理強いはせんよ」

 

 燃やせ、と告げようとして彼から発せられた言葉に、フィオレは意外さを覚えている。

 口を噤んで、彼の次なる言葉を待った。

 

「代わりにと言ってはなんだが、客員剣士見習い──リオンの部下としてはどうかね」

「み、見習い? リオンの部下?」

「そうだ。とはいえ、表面的なものではあるがな。客員剣士に許されるだけの権限は渡そう。その代わり、客員剣士として行動する際はリオンの指示に従ってもらう。これならば陛下のご意向に従い、君は主を二人にする必要はない。リオンの上司は私なのだからな」

 

 何だかややこしい上に騙されているような気がしないわけでもないが、国王の顔色はまるで名案を聞いたように明るい。

 ここはヒューゴ氏の手前、ご機嫌取りをしておいた方が得策か。

 フィオレは短く了承の意を返した。

 

「──ときに、フィオレンシアよ」

 

 国王はどこか視線を泳がせながら、再びフィオレに質問を始めた。

 

「そなた、エレノア・リンドウなる者を知らぬか?」

 

 いきなり場に緊張が走ったような気がする。

 どうしてイスアード将軍が軽く喉を上下させたのか、首を傾げながらもフィオレは即答した。

 

「いいえ、存じ上げません」

「そうか……」

 

 そして漂う落胆の空気。

 フィオレ本人としては戸惑うしかないのだが、他に誰一人として同じような状態の人間はいない。

 全員グルだと考えるのが自然だが、それを口に出したところでどうにもならないだろう。

 

「──ご用件がお済みでしたら、私はこれで」

 

 もともと落ち着かない謁見の雰囲気が更に重くなったのを感じて居づらくなり、退出を告げようとして。

 

「いや、客員剣士──見習い就任早々ではあるが、二人に七将軍との合同任務を申し付ける。そのためにリオンに同伴してもらったのだ」

 

 遮られた。

 ……何か釈然としないものを感じないでもないが、仕事は仕事だ。話を聞くことにする。

 

「実は、このダリルシェイドとハーメンツの境にある……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まさかの部下扱い。剣の師にして配下とは、これ如何に。
称号、ぞくぞくゲット中です。多分、いや間違いなくまだまだ増えます。
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