swordian saga   作:佐谷莢

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 副題:原作中空気な七将軍達にもそっと出番を。
※作中の地名・集落・魔物等々はすべて原作には存在しません。
 


客員剣士見習い編
客員剣士見習い初任務~メコリア湖に潜む巨大水竜の謎に迫る! 前編


 

 

 

 

「ダリルシェイドとハーメンツの境にあるメコリア湖に、ドラゴンが棲みついたとの通報があった。ドラゴンは湖畔の集落に『災禍を免れたくば、純潔の花嫁を差し出せ』と要求しているのだという。事実関係を確認し、早急に事態を収拾せよ」

 

 すでに生物学者を擁した調査隊を現地に派遣してあるのだという。彼らからの報告を聞き、討伐に向けて対応しろということだ。

 七将軍と、彼らを束ねる大将軍が謁見の間にいたのは、この任務命令も兼ねていたかららしい。

 何か質問は、というところで、フィオレはひょいと、挙手をした。

 

「何だね? ドラゴンについての詳細は後々説明するが……」

「討伐、捕獲、村人あるいは花嫁の安全。どれを優先しますか?」

 

 フィンレイの揶揄じみた言葉には取り合わず、優先順位を尋ねてみる。

 討伐が優先されるなら被害を厭わずに済むし、捕獲なら生きてさえいればいいのか、あるいは五体満足の状態で引きずってくる必要があるかを確認する必要がある。

 その質問に、国王はしばし沈黙した上で回答を出した。

 

「……一に村人らの安全、二に討伐、三に捕獲だ。討伐も捕獲も叶わぬなら、撃退という選択肢も考えよ」

「かしこまりました」

 

 となれば、後はそのドラゴンの詳細と地形を考えて戦術を組み立て……いや、リオンの命令に従えとあったから、それに逸脱しない程度に行動するべきか。

 近隣住民の避難を考慮だの、兵士の編成だの、七将軍たちから二、三の質問が終わってから、一度解散となった。

 任務期間がどれだけ長くなるのか不明であるため、各自遠征準備をし、現地集合という形を取るらしい。

 リオンに促され、一度屋敷へと戻ったフィオレは、さして手間も要らない支度を整え、エントランスで待機していた。

 それというのも、準備が終わったらそこで待っていろというリオンの言葉があったからである。

 荷袋を足元に、壁に寄りかかって持参した書物を眺めていたその時。

 

「マリアン!」

 

 普段の調子とは明らかに異なる、リオンの明るい声音がフィオレの耳にも届く。

 何かと見やれば、フィオレのいる玄関口から奥……階段のところで、マリアンとリオンが何やかやと会話にうち興じていた。

 やりとりの詳細こそ聞かないようにしていたが、間違いない。リオンは明らかに、彼女に対して頑なな心を開いている。

 マリアンのほうは、普段フィオレやヒューゴに使うものとは大幅に異なった、まるで年の離れた弟に接するような砕けた話し方をしていた。

 彼らの立ち位置から、フィオレのいる位置は死角に当たる。

 おそらく、マリアンは二人きりだと信じてあの話し方をしているのだろう。普段はリオンに対しても格式ばった敬語なのだ。

 やがて彼らは会話に終止符を打った。マリアンは階段を上がり、リオンはエントランスに足を踏み入れる。

 そこで彼は明らかに、フィオレの姿を見て戸惑った。

 ──甘酸っぱ過ぎて、からかう気にもなりゃしない。

 パタン、と書物を閉じ、荷袋へ押し込む。

 それを担ぎ上げようとして、リオンのほうから何かが飛んできた。

 

「……これは?」

 

 片手で受け止めたそれは、丁寧に梱包された厚みのある三角形である。

 柔らかさからしてサンドイッチっぽいが……

 

「マリアンが僕たちに作ってくれた弁当だ。食べてすぐ移動するのは体に悪いから、現地で食べればいいと」

「食べ物を投げないでください」

 

 これだから金持ちの坊ちゃんは、と呆れつつ、ひょい、と上階を見やれば。マリアンは柔らかくはにかみながら会釈をしている。

 その曇りなき笑顔を見て、フィオレはこれで幾度目かもわからない違和感を覚えていた。

 リオンへのわいせつ疑惑から幾度となく顔を合わせているが、まるで彼女はそんなことなど無かったかのように振舞っている。

 演技であるならばそれでも構わないのだが、まったく演技に見えないのが問題だった。どこぞのブラックロリータのように裏表が激しいだけか、とそれとなく観察していたが、そんな気配はまるでない。

 まるで、あのときのマリアンが別人だったと思わせるほどに。

 そんな疑いはさておいて。

 

「ありがとうございます、マリアン。行ってきます」

「行ってらっしゃいませ。お二方の帰還をお持ち申し上げております」

 

 ひらり、と手を振り、外へと出る。

 そのまま街の外へ出ようとして、リオンに止められた。

 

「時間短縮に馬を使う。ヒューゴ様所有の馬は軍の厩舎に預けてあるから、そっちへ行くぞ」

 

 馬と聞いて、一度虚空を見上げて。

 フィオレは、ぽん、と手を打った。

 

「あれですか。あの茶色い四本足に尖った耳で面長の」

「ああ、あれだ。言っておくが戯れる暇はない。大人しく僕の後ろに座っているんだな」

 

 どうやら相乗りはさせてくれるらしい。フィオレとしては徒歩でついてくるよう、強制されるのかと思ったのだが。

 そんなことを不用意に口にして、本当にそうされても困るため、余計な口は噤んでおいた。

 リオンの先導で、厩舎とやらへたどり着く。

 家畜臭独特の匂い漂うそこは建物と広場が一体となった場所で、すでに何人かの七将軍たちが馬の調整を行っていた。

 

「リオン。馬の足の裏についている金具は何ですか?」

『あれは蹄鉄だよ。馬の蹄の底に装着して、蹄の摩滅、損傷、あと滑るのを防ぐんだ』

 

 リオンに尋ねたつもりだが、なぜかシャルティエの声が脳裏に響く。

 彼が知らないと見越して、フォローに回ったのだろうか。

 

『ありがとうございます、シャルティエ……あっ』

『どうしたの、忘れ物?』

「失礼しました、リオン様。今のあなたは私の上司でしたね」

 

 すっかり忘れ去っていたし、ヒューゴ氏も表面的なことだと言っていたが、ケジメは必要だ。

 突如、父親と同じ様付けをされたリオンには表向き何の反応もない。無視しているのか、別に文句はないのか。

 そうこうしている間に、調教師らしき初老の男性が、一頭の馬を引き出してきた。

 

「……わぁ」

 

 フィオレがこんな感嘆を零したのは、初めて馬を間近で見たから……ではない。

 初めて市街で眼にした馬よりも遥かに、眼前の馬は巨大だった。

 フィオレの知る馬には、役割に応じて違う種類があてがわれる。軍馬、輓馬、荷馬などが一般的だ。

 おそらくこちらの馬も同じで、以前見たのは荷馬、今眼前で悠然としているのが軍馬なのだろう。大きさだけでなく、筋骨隆々としていて見るからに逞しい。

 

「おい、ぼけっと突っ立ってるんじゃない。邪魔だ」

 

 リオンに注意を喚起され、慌てて巨大な黒鹿毛から離れようとした。すると。

 

「ほう。君は馬が珍しいのかい?」

 

 近寄ってきたのは、銀灰色の髪をひとつにくくったフィンレイ・ダグだった。

 先ほどの軍服姿に肩当てや胸当てなど、動きを阻害することがない軽鎧を身につけている。

 

「珍しいです。私の記憶にこのような生き物はいないので」

「なら、私の愛馬に少し乗ってみるか? いきなり遠乗りはつらいだろう」

「いいんですか?」

 

 なんとこの黒鹿毛は彼の愛馬で、しかも試乗させてくれるらしい。

 フィンレイは、昨日の敵意など微塵にも感じさせない顔で頷いた。

 

「君、彼女を乗せて「じゃあ、ちょっと失礼しますね」

 

 世話人の男性が馬具を取り付けるや否や、フィオレは黒鹿毛の鼻面を軽く撫で、ひょいっ、と乗っかっている。

 黒鹿毛は慌てたように身動きし鼻を鳴らすも、フィオレが軽く手綱を引いただけで、すぐに落ち着いてしまった。

 

「……た、鬣には触らないようにしてくれ。そいつはそこを引っ張られるのが嫌いなんだ」

「タテガミってどれのことですか?」

「「!」」

「鬣は首の後ろに生えている毛のことだ」

「このふさふさした毛のことですね。了解です」

 

 轡、鐙、鞍──乗馬において必須の馬具に、フィオレが見たことのないものはない。一応裸の馬を御する術は持っているが、こちらの馬にそれが通じるとは限らないのだ。

 用心しいしい、フィオレは黒鹿毛に歩き出すよう、動作での指示をした。少し間をおいて、黒鹿毛はゆっくりと歩き出す。

 その行き先を広場に向け、広場を周回させるよう仕向け、常歩、速足、駈足からの踏歩変換、襲歩……全力で走らせた。

 馬を御する技術も、こちらの馬にほぼ通じる。そのことを確認して、フィオレは速度を緩めさせ、厩舎のほうへと行き先を向けた。

 その途中、尻尾を動かすことはできないかと合図を送ってみる。

 通常馬を御するのに使わないが、斥候などに赴いた馬が、後方に向かって尻尾でサインを送るという技術だ。

 流石に、まるで髪のようにふさふさした尻尾を動かすことは出来ないのか。戸惑うように鼻を鳴らされただけで、応じてはくれなかったが。

 黒鹿毛を操り、飼い主のところへと辿りつく。

 少し離れた場所で身軽に飛び降りると、フィオレは黒鹿毛をフィンレイのもとへ引いていった。

 

「ありがとうございます。とても参考になりました」

 

 驚きに眼を見張っているフィンレイに、ではなく、初老の調教師に手綱を渡してリオンのもとへと向かう。その時。

 

「──ちょっといいかな?」

 

 淡い金髪に甘いマスク、白を基調とした七将軍の証である軍服をまとう男が立ち塞がる。

 ロベルト・リーン将軍を前に、フィオレはあくまで事務的に尋ねた。

 

「何か?」

「いやあ、小さなことなんだけどさ……」

 

 人懐っこい、悪く言えば軽薄な笑みを浮かべながらフィオレに近づく。

 反射的に下がろうと後方に意識をやっていたフィオレは、その瞬間、すべての動きが凍りついた。

 

「昨日の手合わせで、ここんとこ怪我してなかったか?」

 

 彼は、フィオレの右手を掴んでその指先を軽くなぞったのである。

 ──全身がどうしようもなく総毛だったのを、フィオレは確かに感じ取っていた。

 

「っ!」

 

 悲鳴をどうにか呑み込めたものの、反射的な動きだけはどうしようもない。

 誤魔化しようもないほど身震いしたフィオレは、思い切り手荒くその手を振り払った。

 予想だにしなかった反応だったのだろう。リーンは驚きをあらわにしている。

 刹那、自分の手を取り戻したフィオレは胸元で抱きしめるようにしてから、すぐに顔を上げた。

 

「ご、ごめんなさい。少し、驚いて」

「あ、ああ……」

「怪我のことですけど、あれは手品なんです。本当に怪我をしていたわけではありません。お騒がせしました」

 

 十分なほどに頭を下げてきびすを返し、その場を離れるようにリオンの傍へと歩んでいく。

 彼はフィオレの反応をいぶかしがっていたものの、驚いたような、呆れたような調子で小さく息を吐いた。

 

「どうかしたのか? また猫が逃げたか」

「……まあ、そのようなものです」

 

 この言葉に嘘はない。事実、フィオレはあの瞬間、素の自分を隠していなかった。

 今頃になって膝が震えるような感じになっているし、額にはじんわりと汗が浮かんでいる。異性恐怖症──自身より年配の男性限定──はフィオレの努力不足もあって、治る兆しは無い。

 ヒューゴ氏所有の馬も、先ほどの黒鹿毛には及ばないが、軍馬らしく大きな葦毛だった。

 専属の馬飼によって馬具数種を取り付けられ、仕上げとばかり馬櫛でたてがみを手入れされている。

 手布で汗を拭き、さあ出発というところで。

 

「もう一頭用意できますが、いかがなさいますか?」

 

 当初、フィオレが乗馬できないという前提のもと、一頭の用意しかしていなかった馬飼の男性がそんな提案をしてきた。

 リオンを見やれば、彼は実に不満そうな顔で見返してくる。

 

「……何故僕を見る」

「この件に関してはあなたの指示に従ったほうがよさそうだと思いまして」

 

 この厩舎に預けられている軍馬は、すべてヒューゴ氏の所有だということもあるのだ。下手に貸してくれと言って、何かあった時に言い訳はできない。

 かくしてリオンは首を、真横に振った。

 

「確かに手綱の捌き方はなかなかのものだったがな。慣れないことをさせて目的地に到着してから使い物にならないでは、目にも当てられん」

 

 なんとも小憎らしい物言いではあるが、子供はこのくらい生意気なのがちょうどいい。

 多少の疲労もあって、フィオレは黙認することにした。

 

『とか何とか言っちゃって。フィオレ、拗ねることないよ。こう見えて坊ちゃん、優しいときは優しいからね!』

「シャル!」

 

 押し殺した声で叱責し、少々赤くなった顔がフィオレを睨む。

 それまで厩舎の壁にもたれていたフィオレは、弾みをつけて立ち上がった。

 

「勘違いするなよ。別に僕は、お前の心配なんか……」

「はい、そうですね。じゃあ参りましょうか。二人乗りでは、遅くもなるでしょうし」

 

 見やれば、パラパラと七将軍の面々が部下を引き連れて出立している。

 自分の言い分が無視された形の少年は、これ以上言っても墓穴を掘るだけと悟ったか、何も言ってこなかった。

 荷袋を鞍の後ろにつけ、リオンの背中に張り付くようにして乗る。

 

『……将軍に手を握られるのはダメで、坊ちゃんと密着するのはいいの?』

『お子様ですからね』

 

 本人に聞かれたらかなりの確立で怒り出す言葉に、シャルティエはただ吹き出すしかなかった。

 

「お前ら! 何をコソコソくっちゃべってるんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リオンとの相乗りで早駆けすること、少し。

 二人はメコリア湖湖畔に位置する、メコリアの集落──現地入りを果たしていた。

 殊更語ることはしなかったが、つい最近フィオレが風の守護者と接触すべく歩いた街道は程近い。

 リオンの姿を見て出迎えた兵士に馬を預け、その際一人の兵士が、急遽セインガルド王国軍の詰め所として接収した集落の集会所に案内を申し出る。

 彼らの態度は、至極丁重なものだった。

 リオンの活躍に起因してか、客員剣士という地位がフィオレの思う以上に高いのか。いずれにしても、フィオレにとってはあまり好ましいことではない。

 到着した途端、彼らは年若い客員剣士と相乗りするフィオレの姿を気に留めていた。気にするなというほうが難しいだろう、フィオレの姿には特徴がありすぎる。

 現在の状況を尋ねるリオンに、それは調査隊の人間から聞いた方が早いと兵士は返し、そのまま道中沈黙が続いているのだが。

 とうとう耐え切れなくなったのか。兵士はリオンの後ろにつき従って歩くフィオレに視線を寄越した。

 

「……時に、リオン様。こちらの女性は?」

「客員剣士見習いだ。自分の身は自分で護らせるから、気にしないでいい」

 

 彼としては、兵士はフィオレを護衛対象として見るべきか否かを問われたと思ったのだろう。その返答は簡潔にして素っ気ない。

 何か言いたげにこそしているが口を噤んでいる兵士に、フィオレは口を開いた。

 

「お初にお目にかかります。客員剣士見習いにしてリオン様の部下、フィオレンシアです。以後お見知りおきを」

「あっ、いや。これはどうもご丁寧に」

 

 軽く目礼をすれば、兵士はしどろもどろとただ頭を下げ返している。彼にしてみればそれで十分だったのか、それ以上は何も尋ねられず、ただ足を動かすのみとなった。

 やがて、兵士に先導されて二人は集落の中央辺り──周囲の民家に比べて大きめの建物に案内される。

 両開きの扉の向こうにはそれなりに広い空間が広がっており、何人もの兵士たちが忙しく動き回っていた。

 その奥に据えられた黒板前で、七将軍の面々が新たに到着した二人を迎えている。

 

「よう、来たなお二人さん」

 

 開口一番、からかうような調子で声をかけたのはリーンだった。

 

「遅刻してしまいましたか?」

「いんや。まだミライナちゃんにアスクス、ドライデンの爺さんが来ないんだ。待機しててくれよ」

 

 示された椅子に腰掛け、黒板に書かれた文字を追う。

 そこには、ドラゴンについての生態、特徴、主な弱点などがおざなりに書かれていた。

 

「作戦会議は三名の到着をもって行う。それまで、各自これに目を通してもらいたい」

「──だ、そうだ。長くなるから、楽にしていてくれ」

 

 フィンレイの言葉に伴い、イスアードがフィオレをちらちら見ながら言う。

 室内での外衣着用は、彼にとって目障りに映るのだろうか。

 外衣を外し、椅子の背に引っ掛け。フィオレは懐から、厚みのある三角形を取り出した。

 

「……ここで食う気か?」

「いつ何が起こるかわからないんです。有事の際使い物にならないのでは、目にも当てられないのでしょう?」

 

 腹が減ったという本音をオブラートに包み、早駆けで少々形の崩れたサンドイッチに齧りつく。

 ぷりっぷりのシュリンプを咀嚼しつつも、黒板に書かれた文字に眼を走らせて、フィオレは内心で驚いていた。

 フィオレの知るドラゴンという種族と、生態や特徴、弱点など大幅に異なる点はない。

 突き詰めて調べればきっと異なる点を見つけることができるだろうが、フィオレの知るドラゴンとここでの実物はそう変わらないようだ。

 黒板の文字を舐めるように追っていくと、不意に隣でがさがさという音が聞こえた。

 見やれば、リオンもまたサンドイッチの包みを広げている。彼はフィオレの視線に気付いて、ジロリと視線を寄越した。

 

「……なんだ。言いたいことがあるならはっきり言え」

「思うことは多々ありますが、言いたいことは特にありませんね」

 

 含みのあるフィオレの言葉につっかかるリオンを無視して、再び黒板へ眼を戻す。

 湖に潜伏できることから水棲である可能性が高いこと、目撃証言から大きさは民家ほどもあるということを確認し、更に逆鱗についての箇所に眼を通していると。

 突如、カァンカァンカァン、と半鐘らしき金物を叩くような音が響き渡った。

 

「今のは?」

「警鐘の音と聞いたな。何かあったときに鳴らされるものらしいが、まさか……」

 

 アシュレイの質問に、ルウェインがいぶかしみながらも答える。

 それを聞き、フィオレはサンドイッチを口に押し込み、外衣を羽織って外へ出た。

 周囲を見回せば、常駐していた兵士は湖畔方向へと集まっていき、それまで出歩いていた地元の人々が、慌てて民家へと避難していく。

 フィオレと入れ替わりにやってきた兵士が、息を切らせながらも扉を開いて入って行った。どうせ何かが起こった、という報告だろう。

 しかしフィオレは、そんなものを悠長に聞いてはいられない。

 もむもむと口を動かしながら兵士の集まっていく方向へと足を向ければ、集落からほんの少し離れた湖畔の船着場へとたどり着く。

 そこに至るまでに、湖から身を乗り出すようにしているドラゴンの姿はつぶさにわかった。

 水面から首だけを出している状態なので、全長はわからない。しかしその首は非常に長く、頭が垂れているところが狗尾草(エノコログサ)を思わせた。

 その身を覆う鱗は水の色をしており、水棲ではないかと考えられている理由に納得がいく。

 船着場から離れて少しの、波打ち際。

 手出しこそしていないが、取り巻くように待機する兵士の間をすり抜けて現場へたどり着けば、そこにはドラゴンと対峙する先客がいた。

 ミライナ、アスクス、ドライデン。

 三者三様、到着したばかりなのか。騎乗した状態で剣を引き抜き、ドラゴンを睨んでいる。

 上陸阻止、あるいは攻撃され次第、応戦する構えなのだろうが、彼らはドラゴンがブレス──特殊な吐息攻撃を仕掛けてきたとき、どうやって回避する気なのだろうか。あんな風に馬を並べてしまっては、咄嗟の回避も難しいはずだが……

 想定される惨劇を防ぐべく、紫電は抜かずに傍観に徹しておく。

 フィオレからは後頭部しか見えないが、三人とてただ黙ってドラゴンを威嚇しているわけではあるまい。

 そのとき。

 

「状況は!?」

「あ、アスクス将軍、ミライナ将軍、ドライデン将軍のご到着時、突如湖からドラゴンが姿を現しました。お三方はすぐさま戦闘の準備に入られましたが、ドラゴンには何の反応もなく……」

 

 フィンレイの言葉に、一兵卒にしか過ぎない青年の、緊張した声が聞こえる。

 詰め所の彼らも来たらしいということがわかったところで、ついにドラゴンは動き出した。

 ちらりちらりと煩わしげに動かしていた、縦に虹彩の入っている瞳。それが自分に向かって立ち向かう気満々に見える三人に、釘付けとなる。

 ドラゴンの首が大きく反り返り、その口ががばり、と開くのを見て、フィオレはその場にしゃがみこんだ。

 左の手で足元の地面に触れる。

 

「母なる抱擁に、覚えるは安寧──」

 ♪ Qlor Luo Ze Toe Luo Rey Nu Luo Ze──

 

 しならせた首がばね仕掛けのように元の位置へと戻り、反動で吐き出すかのようなブレスが三人に襲いかかる。

 やっとその動作が何を示すのか、気付いた彼らが逃げようとして、互いの馬を接触させた。

 発生した譜陣がそんな彼らを包み込み、ブレスを正面から散らしていく。

 ふと、煙のようなブレスが半透明のドームから流れて、湖の淵に触れた。

 淵は見る見るうちに凍りつき、更に散らしたブレスの影響か、気温が一気に低下していく。

 

「なるほど。触れれば壊死しそうな冷却ブレス、吐くんですか」

「何を呑気な」

 

 足音と共に、リオンが傍へとやってきた。

 そろそろ強制的に解除されてしまう半透明のドームは、幸いなことにブレスが途切れてから、その姿を霧散させる。

 

「あれの正体を尋ねに来たんですか?」

「手品なんだろう。そのことはいい、どうにかして撃退することはできないのか」

「……」

 

 まず脳裏に浮かんだ案を、とりあえず口に出した。

 

「仮に、あれの腹が減っていると仮定しましょう。そこいらの民家から童女を徴収して与えれば、湖が真っ赤に染まって撃退できると思います」

「却下だ」

 

 そろそろフィオレの軽口に耐性がついてきたのだろうか、彼の返事は素っ気ない。

 少々寂しい気分に浸りながらも、次回策を検討する。

 まず、何故ドラゴンは姿を見せたのか。

 腹が減っているのか、ここいらに人が増え、騒がしいからか、あるいは大量の人間の匂いに誘われたか。そういえば、現われたドラゴンは花嫁を……

 ふと一案を思いついたフィオレは、湖の淵へと足を運んだ。

 周囲の兵士や七将軍が注視する中、フィオレはドラゴンに臆することなく淵に踏み入り、湖の中まで進んでいく。

 

「おい、お前何を……!」

「何か御用ですか」

 

 足を膝まで湖に浸からせ、フィオレは首をもたげたドラゴンの眼前で話しかけた。

 ドラゴンに人語で語りかける。その行為に周囲がどよめく中、フィオレは話しかけるのをやめない。

 

「花嫁を寄越せ、などと言う頭脳があるくらいです。私の言葉くらい、理解できるでしょう? 何の御用ですか、お腹でも空いたんですか?」

 

 ふしゅるる、とドラゴンの、吐息を洩らすような音が間近で聞こえる。

 いつでも逃げ出せるよう警戒を怠らないフィオレは、不意に不快な耳鳴りがするのを感じた。

 

「っ!?」

『……キ……カ。コンセ……オ……カ……ヒ……ミノ、ホジ……ャ……』

 

 背後で呻きを上げながら、ばたばたと人の倒れていく音がする。

 振り返りたいが、この状態においてドラゴンから眼を離すことができるほど、フィオレの肝は太くない。

 かなり聞き取りにくい上に、砂を噛むような雑音が混ざっているが、どうやら念話の類であるらしい。

 たとえ素養がなくとも、他者の意識へ強制的にねじ込んでいるため、全員に聞こえる代償として、誰かが呻いて倒れているのだろうか。

 その荒っぽさが、素養を持ち曲がりなりにも念話を習得しているフィオレにも、悪影響として耳鳴りがするのだと思われる。

 

『……ク、クククッ。ウ、マソウ、ダ』

『フィオレ、逃げて! 食べられちゃうよ!』

 

 途切れ途切れでさっぱりわからないが、最後の一文だけは理解できた。

 シャルティエの警告を聞くまでもなく、フィオレはその場の離脱を図っている。

 

『ニガ、サヌ!』

 

 フィオレが駆け出すのを見るや否や、ドラゴンはヒレのように平べったい前足を持ち上げ、水面を激しく叩いた。

 膝まである水が大きくうねり、フィオレの足を鈍らせる──つもりだったのだろうが。

 

「とうっ」

 

 水面が叩かれた瞬間、フィオレは陸に向かって飛び込むようにヘッドスライディングを試みた。

 結果、全身ずぶ濡れとなった代償に無事、陸地へと到達している。

 しかし、そこで広がる光景は思いのほか、フィオレを脱力させてくれた。

 兵士、七将軍は全滅。野次馬だろうか、遠巻きの地元住民も倒れ伏している。

 どうにか立っているのは長老らしき杖をついた老人と、シャルティエを抜こうとして頭を抱えているリオンのみ。

 フィオレでさえ不快な耳鳴りが止まらないこの念話、先天的な素養のある人間でなければ、耐えられるものではなかろうが……

 そんなどうでもいいことを考えつつ、フィオレは虚空へ左手を差し伸べた。

 吹き抜ける風から晶力を引き寄せ、練り上げていく。

 

「天空を踊りし雨の友よ。我が敵をその眼で見据え、紫電の槌を振り下ろさん……」

 

 詠唱と共に、フィオレの足元で譜陣が展開された。

 譜陣は詠唱が進むにつれてその輝きを増し、ロゼット状に開かれてフィオレを覆わんばかりに眩くなっていく。

 ドラゴンが大口開けて迫るその一瞬、フィオレは術を解き放った。

 

「インディグネイト・ヴォルテックス!」

 

 突如としてドラゴンの周囲に譜陣が展開し、召喚された雷雲が一斉に帯電を始める。

 うろたえたように動きを止めたその隙を、フィオレは見逃さなかった。

 本来は雷の嵐が対象を四方八方から嬲り倒すも、湖への影響を考えてそれはなしにしておく。

 代わり、放たれない雷性エネルギーを上空へと詰め込んだ。

 やがて溜め込まれたそれがフィオレの意志に応え、槌を振るうが如く対象へと降り注ぐ。

 大口を開けた、ドラゴンの口の中へ。

 

『ギャアアアアアアッ!』

 

 妙に鮮明な悲鳴が、フィオレの脳裏にも直撃する。

 彼女自身は眉をしかめるだけで済んだものの、どうにか荒っぽい念話に耐えていたリオンは、ついに足元を危うくさせた。

 

『ああっ、坊ちゃん! 気を確かに!』

 

 ドラゴンから眼を離さず、リオンの体を支えてやる。

 気休め程度にしかならないだろうと思いつつも、フィオレは自分の身につけていた銀環を、少年の細い指へ押し込んだ。

 念話をする上で重要な接続器官(コネクタ)を代用できるこの指環ならば、多少は苦しみが緩和されると思ったのだが……

 指に落とし込まれたその瞬間、リオンは苦悶の表情から一転、夢から醒めたような顔つきになって自分の足で立った。彼は不思議そうに自分の変調を確認している。

 その激変ぶりを見て、フィオレは小さく感嘆を洩らした。

 

「……なるほど。素養はそれなりに備えているんですね」

 

 口腔を通して内蔵に雷を注ぎ込まれ、黒い煙を吐きながらドラゴンはゆっくりと沈んでいく。

 それを見届け、フィオレはリオンの指から銀環を抜き取った。

 何か言いたげなリオンを制して、フィオレは銀環を中指に着けている。

 

「さて。彼らを起こしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兵士たちが、湖に沈んだはずのドラゴンの死骸を潜水で探す。

 その光景を、フィオレは膝を抱えるようにしながら眺めていた。とはいえ、好きで眺めているわけではない。

 当初、ドラゴンを沈めた張本人としてフィオレも捜索に参加しようとした。そのつもりで湖に近寄ったところ、リオンに止められたのだ。

 口答えしたところを上官命令で待機を命じられ、フィオレは半眼になりつつもその指示に従った。

 

『そうむくれないで。坊ちゃんだって、悪気があって待機命令出したわけじゃないんだよ? あくまで、客員剣士と兵士の違いを明確にするため……』

『仕留めたかどうかわからないから、この眼で確かめたいんです。それなのに行くな、なんて言うのは横暴だと思います』

「シャル。こいつに話しかけるんじゃない」

 

 フィオレの不機嫌がうつったのか、苛立つリオンの言葉に、シャルティエはなす術もなく黙り込む。

 事態に収拾がついた後、フィオレはもちろんリオンの、七将軍たちから質問という嵐に見舞われた。

 どうやってドラゴンのブレスを防いだのか、何故フィオレは普通に動くことができたのか、ドラゴンに何をしたのか。

 更にリオンからは、銀環の正体についても厳しい言及が突きつけられている。そのすべてに対して、フィオレは事実を言わなかった。

 

「さあ。存じ上げませんし、分かっていることも、お話しできる事柄はありません」

 

 その後、現状を報告させるために呼んだ調査隊は、まず死骸の有無を確認してもらえないかと訴え出てきたため、現状の確認はその後で行われることになった。

 沈黙が、その場に静寂を呼び込む。

 会話はひたすらに無く、聞こえてくるのは兵士たちの捜索にあたってのざわめき、湖の水が風を受け、寄せては返す波が生まれる音。

 ただし、フィオレとて漫然と作業風景を眺めていたわけではない。

 

『ときにシルフィスティア。水中に潜れませんか? 私の目になってもらいたいのですが』

『ん~と、ね。できないことはないけど、疲れるよ。動けなくなるのは困るでしょ』

 

 つまり、ただ疲れるのではなくてその場から動けなくなるほど、疲労困憊状態になるということか。

 

『アクアリムスなら、簡単なんだけど』

『契約を済ませろ、ですか……あなたは、あのドラゴンが何を言っていたのか、わかりますか?』

『……わかる、よ。だけど、内容は教えられない』

 

 またか。

 シルフィスティアは急に押し殺したような声音になると、黙り込んでしまった。

 これまでにも、フィオレはジルクリスト邸の資料を独自で解析しては、シルフィスティアにヒントを求めている。

 しかし彼女は──守護者たちに性別があるのか否かはさておいて──他愛のないおしゃべりにはうち興じてくれても、守護者たちの聖域や関連する情報の確認となるとたちまち黙り込んでしまうのだ。

 フィオレ自身に関することも、苦しそうに口を噤む。

 それはシルフィスティアの意志なのか、あるいは例の彼女の意向なのか。

 契約してほしいなら、せめてどこへ行ってどうすればいいかくらい教えてほしいところなのだが。それを言わないということは、何か事情があるのだろうと勝手に勘ぐっておくことにしている。聞いたところで教えてくれるとも限らない。

 それともこのこと自体が、すでに力試しの要素に組み込まれているのか。

 普段はおしゃべり好きな彼女が黙するということは、あのドラゴンはフィオレにとって何か重要な情報を保持していたことになる。

 

 もしもあのドラゴンが生きていたとしたら、どうにか情報を引き出せないものか──

 

 フィオレは脳裏で首を振った。それは無理だ。

 自衛が理由であれ、フィオレはあのドラゴンに危害を加えている。ドラゴンの生存率を含めて、会話をするなど絶望的であろう。

 ──と。ここで初めて、フィオレはリオンから寄せられる熱視線に気付いた。

 眼だけを動かして見やれば、隣に立つ少年は作業風景ではなく、フィオレの左手を見ている。

 彼は、先ほど自分が身に着けさせられた銀環を凝視していた。もしかしたらこれが念話を可能にしているのではないかと、そんな幻想を抱いているのかもしれない。

 間違ってはいないが、それはあまりに短絡的な思考だ。

 その気になれば、確かにこの指環で素養のない人間でもシャルティエの声を聴かせられるかもしれない。

 ただし、彼が望むのは念話の発信であって、受信ではないだろう。念話の発信は感覚的な要素が多く、教えられることなどほとんどない。

 加えてこの技術はこの世界発祥のものではなく、その上フィオレ自身、念話とはこれこれこういうものだ、と断言はできないのだ。

 高かった陽が降下の一途を辿り、誰かさんの髪を髣髴とさせる夕日が湖を染め上げる。

 フィオレたちはその間ずっと作業を見守り続けていたものの、結局発見には至らなかったらしい。

 太陽が山の向こうに沈みきったそのとき、作業中断の合図が響いた。

 

「リオン様!」

 

 そこで伝令の兵士が、フィンレイから発令された詰め所への集合伝達を持ってくる。

 何でも、調査隊が現状に至るまでの報告をするらしい。

 そこまで聞いて、フィオレはくるりとリオンに向き直った。

 

「じゃあ、リオン様。行ってらっしゃいませ」

「どうしてそうなるんだ。お前も行くに決まっているだろう」

「ははは、いやだなあリオン様。面倒くさいからに決まっているではありませんか。後で重要なところだけ教えてください」

「そんなことを聞かされて誰が納得するか。うだうだ抜かしてないでさっさと来い」

 

 本当は、将軍級の人間がいる中で、ノコノコと新参者にして客員剣士とはいえ見習いが、当然のようにいるのはいかがなものか、と思ったのだが……これでリオンに強制されたという事実ができた。

 二の腕を掴まれて連行されること少し、集会所へと戻る。

 奥まった一画、黒板周囲には今度こそ七将軍と大将軍が揃っていた。

 黒板の前には、調査隊の面子らしき白衣の男が立っている。

 彼らを前にして、リオンはようやっとフィオレの腕から手を離した。

 

「遅くなりました。これが駄々をこねまして」

 

 珍しく頭を下げたリオンを見て、むくむくと悪戯心がもたげる。

 伸びをするようなフリで腕を伸ばせば、ちょうど拳の辺りで鈍い衝撃を感じた。

 突き刺さるような視線を感じてそろそろと首を元の位置へ戻せば、後頭部を押さえて睨むリオンとしっかり眼が合う。

 

「何をするんだ、貴様……!」

「よかったですね」

 

 感情大爆発五秒前という様相のリオンに、フィオレは感情の伴わない笑みを送った。

 

「私が刃物を持っていなくて」

「!」

 

 言いながら、笹の葉の形をした手裏剣がフィオレの手の中に現われる。

 気配に気付けとまではいかない。

 髪に触れるか、でなくても頭に触れた瞬間少しでも引くような素振りがあれば、拳の感覚が教えてくれただろう。それがなかったのだ。

 つまり彼は、フィオレの拳にあったあの衝撃をもって初めて、自分の後頭部に異物が迫って──正確には自分から近づいていたことを知ったということになる。

 数えていくつめかもわからない、リオンの弱点。それは周囲の気配に対して鈍感になりすぎること。

 常に気を張っていることなど、人間にできることではない。フィオレが望むのは、無意識下において異変を察知できることだ。

 気配を探るのではなく、気配の存在、その状態を認識、あるいは知覚すること。

 幼い頃から屋敷の中で暮らしてきた彼には、望むべくもなかったか。

 

「──っ」

「お待たせいたしました。これまでの状況、そして現状の報告をお願いします」

 

 フィオレの失望を感じ取ったのか。絶句した少年にそれ以上省みることなく、彼女は調査隊の人間と思しき彼らに声をかけた。

 突如現われた年若い二人に戸惑うものの、将軍たちが何も言わないことを見てか。白衣の男性が小さく咳払いする。

 

「では、これまでの状況をご説明いたします。ことの発端は……」

 

 あまりまとめられていない報告、理解しにくい学術用語が飛び交う中、フィオレは使われていない黒板に近寄り、白墨を手に取った。

 ドラゴンが現われた経緯は不明。地元の民らの証言は眉唾ものが多い。

 発見は数日前、水辺で遊んでいた娘たち数人行方不明事件が発生。捜索のため、地元の漁師らが湖に出たところ、故意に姿を見せたと思われる。

 ドラゴンは肉片付きの娘の骨と、まったく無傷の娘──ただし変わり果てた水死体を船上に放り出していったという。

 それを持ち帰って長老に報告が行ったところ、長老の脳裏に奇妙にして受け入れがたい要求が響いたらしい。

 実際には集落に住む全員に同じ要求が送られているのだが、長老を除いて誰一人正確な意味を理解した者はいなかった。

 集落としても、いきなりセインガルドそのものに泣きついたわけではない。

 傭兵を雇っての討伐はもちろんのこと、ドラゴンの専門家なる人間も招いて撃退できる可能性という可能性は追求した。

 結果は、惨敗。死体が増えただけだったという。

 花嫁を差し出さなければならない時期は刻々と迫り、もはや躊躇する暇はないと、国に助けを求めたのだ。

 そして現状へと至るらしい。

 ここで調査隊が一端言葉を切り、なぜかフィンレイ将軍が言葉を発している。

 

「先ほどは、記憶障害だということも忘れて無理な詰問を重ねて悪かった」

 

 いぶかしげに振り返ったフィオレが見たのは、気まずげにしているものの、言うべきことをきちんと語ろうと奮闘するフィンレイの姿だった。

 

「詳しいことは聞かないが、あのドラゴンがどうなったかと考えるのが妥当か、聞かせてほしい」

「……実際のところは、不明ですね。死骸は見つからないし、リオン様は探しに行かせてくれないし、今の私にはあのドラゴンが生きているのか死んでいるのかもわかりません」

 

 白墨の粉を払うようにしていた手が止まり、再び白墨を手に取る。

 先ほどまでは端に箇条書きでこれまでの経緯をまとめていたのが一転、黒板の空いているスペースを使ってフィオレは何かを描き始めた。

 

「ただし、晶術モドキを受ければ、大抵の生き物に生存は不可能です。今回現われたドラゴンは水棲だということでしたが、鱗で弾かれた上、湖の生物に影響が出ても困るだろうと思って、大口開けたところ目がけて放ったんですね」

 

 白墨が大幅に目減りし、フィオレの手が止まる。

 再び白墨を手放したフィオレが描いたもの。それは彼女に襲いかかった際、初めて全体像を見ることができた、水棲ドラゴンの全体図だった。

 全体的に小さな頭、長い首、巨体を支える四肢はひれのように平べったく、尻尾は首よりも長い。

 これはフィオレが確認していないためであるためなのか、全体図の下部にはきちんと『攻略対象予想図』と記されている。

 その図を見やって、リーン将軍がひゅう、とかすれた口笛を吹いた。

 

「巧いなあ。記憶を失う前は画家さんだったのかい?」

「さあ、どうなのでしょうね」

 

 リーンの言葉をさらりと受け流し、フィオレは払いきれなかった白墨の粉を手巾で拭き取っている。

 

「ちなみにその……晶術モドキを人間が受ければ、どうなる?」

「黒焦げになって死にます。ショック起こして死ぬかもしれませんが、絶縁体で身を覆っていれば、おそらくしのげるでしょうね」

「おそらく、というのは?」

「絶縁体を身につけた人間に撃った記憶がないので、憶測で答えています」

 

 リオンの質問に、フィオレは淡々と答えた。

 白い指先が、立体感を出すためかわずかに陰影をつけた巨体の表面を指す。

 

「私は水棲ドラゴンの生態なんてよく知りませんが、ドラゴンの鱗が強固なものである、ということくらいなら知っています。絶縁体の要素を含んでいたら困るということもあって口に──内臓へ雷撃に相当するものを見舞ったのですが、潮の流れ等がない湖で見つからないとなると、耐え切ってしまったのかもしれませんね」

 

 そこでフィオレは身を翻し、元いたリオンの傍へと戻った。

 現場に立ち会っていなかったであろう調査隊の人間が、話についていけず眼を白黒させているところに、追撃をかける。

 悪気があってやっているのではない。必要があるからやっているのだ。

 

「このように──現状の確認が済んだところで、あのドラゴンの生態や弱点等、お教えいただきたいのですが」

 

 戸惑いながらも続けられる調査隊の考察を聞きながら、フィオレはシルフィスティアに協力を求めていた。

 

『シルフィスティア。私の目になって湖周辺を巡ってください』

『了解!』

 

 視界を閉ざせば、一瞬の暗闇を破って月明かりに照らされた湖の様子が現われる。

 静寂に閉ざされた湖には、見たところでは何の異常もない。

 幻想的な風景を楽しみつつ、調査隊の考察を聞いていると。

 

「おい、寝るな」

 

 耳元でいきなり声がして、億劫そうに眼を開ける。

 ちらりと横目で見やれば、リオンが形のいい眉をひそめてフィオレを睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




忘れ去られがちですが、異性恐怖症は別に治っておりません。

しばらくは客員剣士見習いの活動記録と、その他をお送りします。
原作開始はかみんぐすーんです。よろしくお願いします。
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