swordian saga   作:佐谷莢

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 ジルクリスト邸。前回の湖竜退治より十数日が経過しています。
 日常の一ページに、なにやら暗い影がよぎったような気がしましたが気のせいだった模様です。


番外——Murder will out(悪事は必ずばれるもの)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ない。

 机の上、ソファの上、テーブルの上、飾り棚の上、窓際、寝台の上、床の上。

 放置した可能性すべての場所を探し、フィオレはため息をついた。

 何のことはない、探しものをしていたのだ。

 本当に大切なものなら、上記の場所に放置しておくようなことはしない。それほど重要ではない、むしろ要らないものだが、いきなり消えるのは気味が悪かった。

 フィオレが探していたもの。それは、本日例によってストレス発散──噴水前で歌を謡っていたら、押し付けられた小箱だった。

 可愛らしい包みで綺麗にラッピングされたそれを、フィオレは見知らぬ若い──しかし身なりは明らかに貴族のものだった──男性から「貴女のファンです! 受け取ってください!」という言葉と共に比喩抜きで押し付けられた。

 毒針が仕込まれていたら嫌だったので受け取らなかったのだが、男性はそれに気付かず脱兎の勢いで駆け去っている。

 いつもストレス発散の場所を貸してくれる噴水の供物に捧げようかと思ったが、中身が同業者の嫌がらせで変なものだった日には仇を恩で返すこと請け合いだ。

 確認のために持ち帰ってきたのだが、リオンとの剣術指南があったため、すっかり忘れていた。

 ふと気付いて放っておいた机の上を探すも、見当たらない。

 

「これで八回目か……」

 

 面妖なことに、フィオレの私室にてどうでもいいものが紛失するのはこれが初めてではない。

 厳重に保管してあるものを紛失したことがないが、その辺に放り出しておいたものはよく消えるのだ。もう気のせいでは済ませられない段階である。

 主に、というか。これまで紛失したのはすべてフィオレに贈られたものだ。

 本日噴水前でも発生した出来事のように、ここ最近フィオレは様々な人間からよく贈り物をもらっている。

 主な差出人は、フィオレが顔どころか名前も知らないような上流社会の青年たちだ。時たま雇い主から──ヒューゴ氏の気まぐれと思われる──貰うものもあるが、大概の場合フィオレは『こんなものを渡されても困る』と言って突っ返している。

 受け取るのは、そのまま置き去りにされたもの、突っ返す暇もくれない贈り物ばかりだ。中身は宝飾品か装飾類であることが多い。

 掃除の際、ゴミと間違って廃棄されてしまった、とは考えにくかった。一見してゴミとはわからないもの……開封さえしていないものがほとんどだからである。

 つまり、考えられるのは神隠しか、ブラックホールに吸い込まれたか、怪盗レンジャーズ……レンズレッドレンズブルー、レンズグリーンレンズゴールド、レンズピンクレンズオレンジの六名から結成される泥棒集団……に盗まれでもしたか。あるいはフィオレの私室へ掃除に来た家政婦(メイド)が盗っていったか、可能性は様々だ。

 今のところ実害らしい実害はない──意図不明の贈り物が消えたところで痛くも痒くもない──が、もし事がエスカレートして実害に及ぶまでに至るのは、困る。

 さりとて、私室をわざわざ掃除してくれる家政婦(メイド)たちを悪戯に疑いたくはない。

 ソファに寝転がって考えるうち、ひとつの提案が既決される。はずみをつけて飛び起きて、フィオレはそのまま私室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もはや習慣と化しつつある、リオンとの剣術稽古中。

 

「あ!」

 

 リオンが仕掛けた刺突を捌いた瞬間、フィオレは大声を上げて彼を脱力させていた。

 

「なんだ、大声で出鼻を挫く作戦か?」

「いや、ちょっと忘れ物です。しばらくお待ちくださ──いや訂正。素振りでもして体を暖めておいてください」

 

 何か忘れたと思っていたら、私室の机の上に資料室から持ち出した書物を置きっぱなしにしてきている。

 ここ最近フィオレが自発的に気をつけているせいか盗難事件はないものの、油断をするべきではない。

 リオンを置いてエントランスに駆け込み、三段抜かしで二階へ続く階段を駆け上る。

 そのまま走って私室へ──

 その扉は、開けるまでもなく開いている。おそらく掃除をしているのだろう、となれば隠す意味がないから、持っていくのがベストか。

 

「ちょっと失礼。忘れ物を……」

 

 取りに来た、と続けようとして、フィオレは眼を見張った。

 箒とちりとりが床に転がり、はたきがその上に落ちている。

 掃除を目的とした道具すべてを手に取ることなく、女──家政婦(メイド)は、机を見下ろしていた。

 亜麻色の巻き毛をヘッドドレスでまとめた、勝気な印象のあるなかなかの美人である。年の頃は十八、九あたりか。見かけたことはあっても、名前は知らなかった。

 惜しむらくは少々つり上がり気味の目が、勝気と同時にきつめの印象を他者に与えている。垂れ気味の眼を持つフィオレとしては少しうらやましい。

 振り返った彼女の顔は、どこか呆然としていた。いや、そんなことはどうでもよろしい。

 フィオレが注視したのは、彼女の手元である。

 机を上から覗き込むようにしていた彼女の手には、フィオレがうっかり机の上に放置しておいた書物があった。

 その書物が、ひどい有様になっている。表面はインク壷をぶちまげたかのように真っ黒く染まっていた。これではもう二度と、記された文字を読むことができないだろう。

 事故でない証拠にその手にはインク壷が握られており、更に頁を引き裂こうともしていた。そもそも事故なら、もう少し不自然な体勢であるはずだ。

 フィオレによる沈黙は、わずかな時だった。

 

「何をしているのですか」

 

 眦が吊りあがっていることを承知で、家政婦(メイド)に詰め寄る。

 その気迫に押されたかのように、彼女は書物から手を離した。

 

「それは私の私物ではなく、ヒューゴ様の蔵書です。それを故意に破損させて、何のつもりですか」

「……気に入らないのよ、あんたが」

 

 敬語での詰問が悪いのか、それとも何か他の原因か。家政婦(メイド)はまるでリオンがするように鼻を鳴らすと、開き直りを始めた。

 吊り上がり気味の瞳が、挑発的に細められる。

 

「いきなり屋敷に転がり込んできて、記憶障害だか何だか知らないけど、あんな高待遇で雇われて……リオン様にまで気に入られて」

「末期ですね。あれで気に入られているように見えるとは。目医者様にかかられたほうがよろしいのではないですか?」

「うるさい! 私が触ったなんて証拠はないわ。一番怪しいのは許可を受けてまで蔵書を持ち出したあんたよ。いい気味だわ、せいぜいクビにされないよう、ひれ伏して謝ることね!」

 

 これが世に言う逆切れであろう。家政婦(メイド)は一度手放した書物を乱暴に掴んだかと思うと、フィオレに向かって投げつけた。それを受け止めている間に、その脇をすり抜けて逃走している。

 驚いたことに、駆け寄り様掃除用具を回収していた。これでは誰が書物を汚していったのか、彼女にもう一度会わない限り、フィオレには特定ができない。

 受け止めた書物を、慎重に開く。フィオレが来る以前、散々乱暴に扱われたのだろう。頁のそこかしこは破れて、インクでどろどろに汚されている。

 その場に座り込み、投げられたことで外れて散らばった頁に手を伸ばし、フィオレはひとつ、息をついた。

 

「これでクビになるのなら──ちょっと、試してみましょうかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷で働く者たちの朝は早い。

 広い屋敷の換気から始まり、各部屋のシーツ回収から洗濯、調度品の手入れ点検や買出し、時には調理の下拵えに借り出されたりもする。

 午後は各部屋の掃除に洗濯物回収からベッドメイキングなどなど、朝から晩まで息つく暇もない。

 この日も、まずは屋敷内の換気──すなわち屋敷中の窓開けから始まるはず、だったのだが。

 どういうわけか、ジルクリスト邸に雇われ、この日出勤した家政婦(メイド)、及び執事(バトラー)たちはだだっぴろいエントランスに集められていた。

 

「緊急集会だなんて、一体何があったのかしら?」

「久々だよな。この間はフィオレンシア様のことだったけど……」

 

 家政婦(メイド)執事(バトラー)たちの似たようなざわめきが、上階に現われた人物を見て一斉に静まる。

 家政婦(メイド)長マリアンを従えた彼らの雇用主、ヒューゴ・ジルクリストが現われたからだ。

 彼は上階から家政婦(メイド)たち、執事(バトラー)たちを見下ろすと、唐突に静寂を断ち切った。

 

「諸君。本日わざわざ集まってもらったのは他でもない。ある連絡を早急にする必要があったからだ」

「メアリ・アンソン。前へ出なさい」

 

 ヒューゴの視線を受け、マリアンがどこか悲しげに、その名を呼んだ。

 おずおずと進み出たのは、亜麻色の巻き毛をヘッドドレスでまとめた、勝気そうな娘である。

 彼女──メアリの姿を視界に収めたヒューゴは、まるで昼食のリクエストをするかのように、あっさりと言った。

 

「本日をもって君はクビだ。もう来なくても──いや、君は住み込みか。荷物をまとめ、実家へ戻りたまえ」

 

 宣告を受け、たっぷり沈黙が漂ったところ。

 他の家政婦(メイド)たちが、執事(バトラー)たちがざわめきだし、メアリ本人は声を震わせて抗議した。

 

「な、ど、どうしてですか! なんで、いきなり……!」

「心当たりがない、と言うのか? 恥知らずにもほどがある」

 

 主人から冷たい視線を受け、びくっ、と体を震わせる。

 心当たりがないわけではない。しかし、ここにはあの女の姿はないのだ。

 言い逃れが、絶対に出来ないわけではない。何とか訂正を、温情を──

 内心の、フィオレに対する憎悪を押し隠し。メアリは身をすくませて上目遣いに彼を見上げた。

 

「ひょ、ひょっとしてあの書物のことですか? 本当に申し訳ありません。私、必死に謝ったんですけど、土下座までしたんですけど、許してもらえなくて……」

「ほう。土下座か」

 

 いつになく、冷たいヒューゴの声がエントランスに響く。

 メアリの言い分など、カケラも信用していないことがつぶさに感じ取れた。

 その声に堪えられなくなったように、メアリはぐっと、顔を上げた。

 上階でヒューゴの傍で控えるマリアンは悲しげに瞳を伏せており、味方にはつけられそうにない。やはりヒューゴ本人の心を動かさなければ──! 

 

「フィオレンシア様がヒューゴ様に何をおっしゃられたのかはわかりません。ですが、私は誠心誠意……!」

「やめたまえ。嘘の上塗りほど見苦しいものはない。そして──彼女は書物の件に関して何も言っていない」

「え?」

「これを提出した後にただ一言、『躾がなってない』と言っただけだ」

 

 そのときヒューゴは、初めて己が手に携えていたものを掲げた。

 彼が持っていたのは、レンズ式映像記憶装置における記憶端末である。

 装置そのものに接続することで、映像、それに伴う音声の記録が可能になる代物だ。

 当然ながら非常に高価な代物だが、ここはそのレンズ製品を扱う企業総帥の豪邸である。そんなものが何台かあっても、おかしくはない。

 

「再生しろ」

 

 やってきたレンブラント老が機材をその場に下ろし、映写機を回す。まっさらで広い壁に、映像が映し出された。

 一見して、誰の部屋だかわからないほど殺風景な部屋である。角度からして取り付けられていたのは寝台の上──天蓋のところから斜め下の映像が流されていた。

 映像の端に映る事務机の上には、古びた書物が置かれている。

 そこへ扉の開く音が響き、メアリの入室が確認された。メアリは持っていた掃除道具をすべて床へ置き、いきなり事務机の引き出しを開き始めている。

 すべての引き出しの中身を覗き見、入っていた羊皮紙の束をくず入れに突っ込んだ。かと思えば、今度はクローゼットを盛大に開いている。

 彼女は胸ポケットから出した細長い何かを、入っている衣服に突き刺した。映像からして正体は針。

 それが済んだかと思えば、今度はキャビネットに、更には金庫に手を伸ばしている。ここは流石に開かないものの、彼女はしつこく努力していた。

 そしてメアリの手が、書物へとかかった。乱暴な手つきでぱらぱらとめくっていき、適当なところで開いておく。その手が迷いなく事務机に置かれていたインク壷を取ると、逆さにした。

 蔵書は黒く染まっていく。それにとどまらず、その手が頁を引き裂こうとした、そのとき。

 

『何をしているのですか』

 

 部屋の主が、姿を現した。

 角度からして表情はわからないが、その特徴はヒューゴより客人として扱え、と屋敷にて雇用されている全員に告知されたフィオレンシア・ネビリムであると断定できる。

 フィオレの表情がわからない代わりに、机を背にしたメアリの表情は事細かにわかった。

 その行いを非難するフィオレに、メアリはふてぶてしく開き直っている。仕舞いには、本を投げつけて逃げる始末だ。

 投げつけられた本を手に、私室に残されたフィオレは、丁重に資料の状態を確認していた。投げられた際に散らばった数枚を座り込んでかき集め、小さく何かを呟いている。

 くず入れに押し込まれた羊皮紙を取り出しては、一枚一枚選別し、再び引き出しへ戻していった。

 そしてフィオレが映像から消える。直後、記憶媒体の映像も終了していた。

 

「それで」

 

 沈黙がエントランスを支配する。そんな中、顔面蒼白のメアリを見下ろし、ヒューゴは呟くように言った。

 

「君がいつ、土下座などしたのかな?」

 

 その言葉を聞き、自分のしたことを明確な形で突きつけられたメアリは、しゃっくりのような悲鳴を上げている。

 しかしすぐに、彼女は深く頭を下げた。

 

「も、申し訳ございません! どうか解雇だけは、私の家には、私の稼ぎを当てにしている家族が……!」

「幸い、彼女は類希なる修復技術を備えていてね。書物こそ無事修繕されたが、君が犯した行為は許しがたい。書物のことはもちろん、あのように部屋を荒らし、服に針を仕込んだことも、だ。今後同じようなことをされても困るし、そんなことをしでかす者など私でも部屋に入れたくはない。賠償を求めないだけマシだと思ってくれ。君が汚した蔵書は、君に与えていた月給の十年分の価値があるものだ」

「こ、このようなこと、もう二度と……!」

「更に、彼女は自分の部屋に置いてあったものをいくつも紛失している。その数は八つ。その中には私から受け取ったものもあるようだ。この映像を見て、彼女はマリアンに君の部屋はどこかと尋ねている」

 

 ──そう。この映像を見た後で、フィオレはリオンに事情を説明してマリアンにつなぎを取ってもらった。

 フィオレの私室を荒らすのにひどく手際がよく大胆だったことから、もしかしたらという憶測のもと探ってみたところ。メアリの寝台の下から未開封の宝飾品が出てきたのである。

 

「結果、君の部屋からはフィオレ君宛の包装品が四つほど出てきたよ。そのうちの一つは、確かに私が彼女に与えたものも混じっていた。更に市街の質屋を何件か調べて回ったところ──君は過去四回ほど、別々の店舗に、高額の宝飾品を持ち込んだらしいな」

 

 報告書らしい羊皮紙を眺めながら、彼は相変わらず冷たい視線を投げかけていた。

 悪事を盛大に暴かれた彼女は、力尽きたようにペタン、と座り込んだ。

 

「この窃盗事件に関して、フィオレ君は特に君から賠償を求めようという考えはないらしい。だが私としては当然、泥棒を雇い続けることはできん」

「……ヒューゴ様……」

「生憎私は、ひれ伏しても土下座をされても考えを改める気はない。もう一度言おう、出て行きたまえ。皆、彼女の荷造りの手伝いを」

 

 その場にうずくまり、泣き出した家政婦(メイド)の姿をシルフィスティアの視界を通じて見ていたフィオレは、閉じていた眼を開いた。

 エントランスの光景が、途端に書庫のものへと切り替わる。

 哀れさを誘う状態ではあるが、これが現実だ。同じようなことを繰り返されても困るのが事実である。

 幸いにも今回は、フィオレの持つ技術でどうにかなるものだった。だが、常にそれで解決するとは限らない。

 ああいう手合いをいつまでも野放しにしておけば、遠からず後悔させられる日がくるのだ。

 フィオレは立ち上がり、気分転換にと天地戦争について記された書物を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 




あとがきっぽいもの。

 とある日の出来事。深い意味はあんまりない。
 屋敷の人間たちにとってフィオレがどんな存在だろうか。裏設定的な感じで考えていたら突発的に出来上がった話。
 裏設定として、メアリさんはクレスタの出身である。両親健在だが下の兄弟姉妹が九人ほどいるため出稼ぎ中。リオン坊ちゃんラブ。
 ①ガルド=⑩円らしいので、彼女のお給金は月25000ガルド。日本円にして二十五万。年収は三百万。
 つまりフィオレが読んでいた蔵書は三千万の価値が! (驚愕)

 閑話休題(そんなことはさておき)

 両想いはおろか、告白できなくたっていい。あなたのお傍でお仕えできればそれで幸せv な、日々だったはずがフィオレ出現によって崩壊。
 毎日毎日リオンの剣術指南で彼のそばに張り付いているわ、それが終わればリオンの部屋に入ってマッサージ、仕事などでも同時任務が命ぜられる場合が多い。
 嫉妬するなという方が無理な話です。でも、何かをすればそれだけのことが自分に返ってくるものだ、というお話。
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