swordian saga   作:佐谷莢

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 副題:原作中空気な七将軍達にこそっと出番を。
 ダリルシェイドの片隅にて、時間軸は「番外──evil eye」直後のお話。
 
 称号「うわばみでザル」は健在の模様です。


番外──He that will do no ill, must do nothing that belongs thereto. (悪事をすまいと思う者は、悪事と思われることをしてはならない)

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、来たな」

「……あなたですか。この怪文書の差出人は。いえ、あなた方、ですか」

 

 そう言って、フィオレは手にしていた封書をぐしゃりと握りつぶした。

 

 

 

 

 ことの始まりは夕方のこと。

 王城での出来事を、騙り屋の戯言を脳裏から振り払うべく街頭での歌唱を終えて帰ってきたフィオレに、困り顔のマリアンから封書が渡された。

 

「くれぐれも、フィオレさんに手渡すように、と……」

 

 買い物中いきなりそれを渡してきたのはエプロンドレスに買い物籠を下げた女性で、その様子から貴族に仕える家政婦(メイド)ではないかと思われたという。

 よもやあの茶番を仕組んだ貴族──名前なんか覚える気もない──の差し金かと、フィオレは持ちうる武装すべてを所持してこの場所に赴いた。

 待ち受けていたのは、七将軍の一部──アスクス・エリオット、アシュレイ・ダグ、ミライナ・シルレル、ブルーム・イスアード。比較的若い組だった。

 あの貴族の関与は、杳として知れない。しかし、この面子ならば呼び出した目的は、おそらく。

 指定された場所である、繁華街の喧騒から離れた路地裏のバーの前。

 到達した時点でアスクスから声をかけられて、冒頭に至る。

 彼らの姿を認めた途端、すわお礼参りかと臨戦態勢に入ったフィオレを見て、アシュレイは怪訝そうに眉をしかめている。

 

「おい。えらく殺気立っているようだが、何て言って呼び出したんだよ」

「お前の秘密を知っている。バラされたくなければ、指定の場所へ来い。この封書にはそう記されていました」

 

 刺々しく言い放ち、彼女は握りつぶした封書をそのままアシュレイへ放り投げた。

 丸めた紙を投げつけられた形の彼がくしゃくしゃになった中身を改めている間にも、フィオレの視線は一同の挙動を油断無く見据えたままだ。

 ともあれ、彼らの言動から封書の仕掛け人がアスクスである、と断定したらしい。

 

「あなたが私の何をご存知なのか、それは聞かないことにします。いつぞやの雪辱に、囲んで袋叩きにするおつもりですか」

「いや、そういうわけじゃ「今宵の紫電は血に飢えています。喧嘩なら、言い値で買って差し上げますよ。お釣りは、あなたの首でよろしいですね」

 

 アスクスの言葉などほとんど聞かず、鯉口が鳴り、藍色の瞳に剣呑な光が宿る。

 いつになく好戦的なその態度に驚きを隠すことなく、アスクスは両手を突き出して牽制した。

 

「待て、待てってば。そういうつもりで呼び出したんじゃねえよ」

「じゃあどういうおつもりで? 冗談でも笑えませんが」

「なんだよ、変にイライラしやがって。あの日か?」

 

 火に油が注がれた。

 こんなくだらない挑発に怒髪天をつきたくなる己の今の短気さに辟易しながら、瞬時に沸騰した心を宥める。

 フィオレが何かするより前に、頬を赤くしたミライナが、アスクスのこめかみを愛剣の柄頭で殴りつけていたからだ。

 

「いきなりなにすんだよ!」

「このゲスが、何を抜かす! これだから下品な傭兵上がりは……!」

「ミライナ、落ち着け。アスクス、言葉が過ぎるぞ。そしてフィオレンシアは帰ろうとしないでくれ」

 

 痴話喧嘩に発展しかねない二人を抑え、どさくさに紛れて帰ろうとしたフィオレを制したのはイスアードだった。

 一応はその言葉を聞きいれ、黙して彼を見やるフィオレだったが。次なる言葉に眉をひそめている。

 

「立ち話もなんだ。中へ……」

「私は立ち話で結構です。そんなに長いお話をなさるつもりですか」

 

 フィオレにしてみれば、敵陣の真っ只中へノコノコと踏み入るようなものだ。躊躇う以前の話である。

 その内心は察知したようで、促したイスアードはあっさりと引き下がった。

 

「……アスクスがあなたにとって不愉快な方法で呼び出したことを謝罪しよう。必ず呼び出してみせると言った彼を信用したこちらの落ち度だった」

 

 彼が頭を下げるのを見て、それを抑えるようにしながらアスクスが「……悪かったよ」とバツが悪そうにしている。

 存外素直に謝られて、フィオレは困惑していた。

 イスアードの話は続く。

 

「それとは別に。あなたの身元に関するかもしれない情報を提供したいと思う。ジルクリスト総帥から聞いていると言うなら、話はここで仕舞いになる。騒がせたお詫びに一杯おごらせてくれ、という話になるが」

「あの屑……もとい。ヒューゴ様から?」

 

 瞳から剣呑な光が消えて、困惑の色が深くなる。

 まるで口を滑らせたかのように口元を押さえる所作から、彼女がけしてヒューゴと関係良好でないことを如実に示していた。

 

「……案外、仲悪いのな」

 

 アシュレイの呟きなど耳に入れずに、フィオレは何事もなかったかのように振舞っている。

 

「いえ、それらしい話は存じ上げません。しかしそれなら、こんな回りくどいことしなくても」

「ジルクリスト総帥を通じて話を通してもらおうとしたのだが、必要ないと門前払いされた。やはり、総帥の独断だったか」

 

 イスアードからアポイントがあったなど、聞いたこともない。フィオレに話を通すよりも早く、雇い主判断をしたヒューゴが却下したのだと思われる。

 ただ、現在のフィオレはヒューゴに身柄を預けているような状態だ。彼の体裁に応じてフィオレの行動が管理されるのはある意味必然で、そんな背景を考えれば、勝手なことを、と腹を立てる意味はない。

 

「そう……でしたか。わかりました」

 

 もしこれが奸計の内だったとしても、武装のすべては未だ手の内。必ずや切り抜けてみせる。

 しかし願わくば、これらを行使しない事態を望みながら、フィオレはイスアードの背中に続いてバーに入った。

 

「──いらっしゃい」

「邪魔をする。五人だ」

 

 薄暗く落ち着いた雰囲気の中。

 顔なじみなのか、七将軍の面々が入ってきても動じないマスターは、にこやかに「奥のテーブルへ」と応じた。

 繁華街にある酒場のような喧騒はなく、代わりに室内の端に据えられたピアノから、しっとりとした音色が響いてくる。

 雰囲気に呑まれるでもなく、室内の詳細を事細かに窺っていたフィオレは、示された上座を固辞して下座の末席──入り口に一番近い席を陣取った。

 

「さてと。何呑みます?」

 

 着席するなり、イスアード達から何を注文するのかを聞き出したフィオレは、マスターに促されてやってきたバーテンドレスにつらつらとそれらを申し付けた。

 

「お客様は……」

「とりあえず水ください。後で注文します」

「おいおい、常識ねえなあ。それとも呑めないのか?」

「このお話だけはどうしても素面でお聞きしたいのです。駄目なら、そうですね……カルヴァドスのポム・プリゾニエールを瓶ごと。ないならアクアビットのリニエをストレートでお願いします」

 

 ──正直、一度剣を交えただけ、あるいは何となく共闘したようが気がする程度の、殆ど知らない連中と酒を飲むなど抵抗はある。

 ヒューゴ氏の晩酌に付き合っているのは、実益と仕事の一環──ヒューゴ氏への唯一のご機嫌取り──であると解釈しているからだ。

 しかしそれはそれとして、イスアードが話そうとしていることには興味がある。

 間違いなくフィオレの身の上とは係わり合いの無いことだが、ヒューゴ氏が知っていてフィオレに意図的に寄越そうとしなかった情報とは、果たして。

 

「──あなたは、私がアクアヴェイルの出身であることをご存知だろうか」

「はい、伺っております」

 

 幸いにもイスアードは、つまらない前置きなどは挟まずに、彼の知るエレノア・リンドウについて包み隠さず話してくれた。

 

「エレノア・リンドウ……以前陛下が、覚えはないかと訊ねてきた名ですね」

「ああ。エレノア様本人ではないにしても、あなたには血脈の縁があるのかもしれない。私はエレノア様と直接の知り合いではなかったから、ご家族の詳細はわからないのだが」

 

 アクアヴェイル、エレノア・リンドウ。これはいいことを聞いた。

 縁も所縁もないことはわかりきっているが、しかし。

 いつかこれを下地にして、アクアヴェイルへ行く、と言い張れる機会がくるかもしれない! 

 国交なきアクアヴェイルへ行くにあたって、カルバレイスと違い、見習いとはいえ客員剣士の地位は足枷となるだろう。

 今の立場が煩わしくなった時にでも、きっと有効活用できるはずだ。思った以上に有益な情報である。

 あまりよくは思っていないだろうフィオレにわざわざ情報提供してくれたイスアードに、彼女は大きく頭を下げた。

 

「貴重な情報を、ありがとうございました」

「何か、思い出したりはせぬか?」

「それは何とも。でも、アクアヴェイルに関してはもう少し積極的に調べてみたいと思います」

 

 気遣わしげなミライナに軽く会釈して、立ち上がる。

 情報を隠していたヒューゴは業腹だが、折檻などしている時間が惜しい。

 即刻、アクアヴェイルにいるかもしれない守護者に検討をつけて、来るべき日に備えなければ──! 

 決意も新たに出て行こうとしたフィオレを止めたのは、運ばれてきたアルコールを口にしつつ、やり取りを見守っていたアシュレイだった。

 

「おいちょっと待て。聞くだけ聞いてさようならは、ちょっと虫が良すぎるんじゃないか?」

 

 そっちが呼びつけたくせに何言ってんだこいつ。

 この本音をそのまま口にすれば、いさかい発生は必至。フィオレは大人の対応を努めた。

 

「情報料をご希望でしょうか? あいにく今手持ちが心許なくてですね、今度のお給料日にでも……」

「人の話聞いてくれよ。俺達、お前に大敗したろ」

 

 腕試しの話だろうか。その話はフィオレにとっても不愉快だった話である。

 これまでアシュレイが茶々しか入れてこなかったこともあり、フィオレは意地悪く返していた。

 

「負け犬の遠吠えですか。吼えたら吼えただけ恥をかくのはあなたですよ」

「ぬかせ。お前に勝負を申し込む。腕試しじゃなく、飲み比べで、だ」

 

 飲み比べ。

 その単語を聞きつけて、フィオレは己の口元が歪むのを抑えられなかった。

 イスアードの話で冷えたはずの頭が、若干茹だってしまったのだろう。しかしもう、とめられない。

 

「マスター。在庫で一番度数がきついお酒を二本ください」

 

 一応用意してくれたカルヴァドス一瓶とアクアビットのストレートを確保しつつ、それを頼む。

 マスターは突拍子もないフィオレの頼みを、なんら動じることなく頷いてくれた。

 

「飲み比べなら、御代は負けた方に請求させてもらうよ」

 

 どこか面白そうにそう言って、バーボンを二本カウンターに置く。

 四つの薔薇がラベルに描かれた意匠の一本をテーブル──アシュレイの眼前に置き、もう一本は所持していた棒手裏剣を突き刺して栓を引っこ抜いた。

 乱暴に開けたせいで内側に落ちたコルクの欠片も厭わず、そのまま口をつけて、煽る。

 

「おい、ちょっ」

 

 度肝を抜かれたらしいアシュレイ、あんぐりと口をあけてその光景に見入る一同を余所に、フィオレは瓶の中身を綺麗に飲み干してしまった。

 コルクの欠片を含んでしまったようで、舌先にはりついたそれを親指になすりつけている。

 それを手巾でふき取って、空になった瓶をテーブルへと置いた。

 

「呑まないんですか?」

 

 いくつかのグラスを携えたまま固まっているバーテンドレスからコルクスクリューを拝借し、アシュレイの眼前に置いたバーボンを懇切丁寧に開栓してみせる。

 その音で我に返ったらしいイスアードが、空瓶を手にとって静かに戦慄した。

 

「……度数が、43度なんだが」

「そうですね。強いお酒をお願いしたのですから、それくらいは」

「そ、そなた大丈夫なのか!? そんな強い酒を一息で飲み干すなど、体に悪いぞ!」

「ご心配なく。飲み比べでしたよね。さあどうぞ」

 

 唖然とする一同に眼もくれず、まるで水でも飲むかのようにくい、とアクアビット──ジャガイモの蒸留酒が入ったグラスを空ける。

 ポム・プリゾニエール──丸々一個の林檎が瓶の中に納まったカルヴァドスを開栓しようとして、その口元が笑みの形を作った。

 

「飲み比べをご所望ということは、それなりに自信がお有りなんですよね。同じことしろとは言いませんし、一対一とも明言していませんから。よろしければ皆さんでどうぞ」

 

 つまるところフィオレは、勝負が飲み比べになったところで多対一はかまわないと言う。

 林檎の蒸留酒であるカルヴァドスをまるで林檎ジュースでも飲むかのような気軽さで嗜む辺り、まだまだ余裕が伺えた。

 香りを楽しみつつ「手が止まってますよー」と煽る辺り、バーボン──フォアローゼズを前に戸惑うアシュレイらを肴にしている風情だ。

 それに気づいたアシュレイは、気を取り直したようにマスターへくってかかった。

 

「おい、マスター! 仕込みだよな、そうだと言ってくれよ!」

「いや、私は何も……そちらのお嬢さんと会ったのは今が初めてだし、むしろアシュレイさん「なあ嘘だろ、手品だよな? 俺は信じねえぞ、バーボン一気飲みしてケロッとしてる小娘……ンなもんいたらバケモンじゃねーか!」

 

 入り口に一番近い席を強引に陣取ってよかった。

 カルヴァドスを楽しんでいたフィオレが、急に立ち上がる。

 瓶ごとその場を離れた彼女は、奥まったテーブルから離席して、カウンターの端の椅子に座り込んだ。

 

「席料払います。酔っ払いに絡まれるとせっかくのお酒がまずくなってしまいますので」

「おいこら、俺はまだ酔ってな「飲み比べの最中です。酔ってないならそちらをどうぞ。降伏ならいつでも受け付けます」

 

 もはやアシュレイに一瞥することもなく、フィオレは「何かつまめるものください」とマスターに頼んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小皿の上に、角切りの林檎がころころと転がる。

 ポム・プリゾニエールを順調に飲み干し、残るは瓶入りの林檎を前にして。

 紫電による居合いで瓶の上部を寸断したフィオレは中の林檎を取り出そうとして、マスターに止められた。

 

「手が汚れてしまいますよ。よろしければお切りしますが」

「フィオレンシア。私も食べてみたいのだが、いいだろうか」

 

 テーブルから離れてやってきたミライナにかまわないと返答し、一口大に切ってもらった林檎を差し出す。

 

「思ったより食感が瑞々しいな……」

「意外とぶにっとしていないものですね。林檎本来の旨味とか色々アルコールに取られて、お酒の味しかしないようですが。あなたもいかがですか?」

「いいんですか? ありがとうございます」

 

 食べたことがないようで、興味津々に覗き込んできたバーテンドレスにも勧め、ついでにどうかとマスターにも差し出す。

 その足でフィオレは、そのままバーボンを片付けているはずの彼らの元へ歩み寄った。

 

「よろしければお口直しにどうぞ」

「……ああ、ありがとう」

 

 テーブルの中央には四本の薔薇が描かれた瓶が直立しており、中身は四分の一にまで減っていた。

 フィオレの感覚でいえば残り一口程度だ。しかし、それを囲む周りの面々はといえば。

 

「Zzz……」

 

 アスクスはすでに突っ伏していびきをかいており、イスアードは特にこれといった変調もなく、フィオレが持ってきたサイコロ状の林檎に手を伸ばしている。

 アシュレイは虚ろな目でひたすら中身入りのグラスを攪拌しており、ミライナに至っては瓶に見向きもせず、「場末の酒場じゃあるまいし、ここで寝るな」とアスクスを起こしにかかっていた。

 

「もう呑まれないのですか? あなたはまだまだ平気そうですが」

「これはアシュレイが仕掛けた勝負だ。ミライナも不参加を表明したし、私も援護するつもりはない。アスクスは下戸だから、人数の内には入らないだろう」

 

 驚いたことに、瓶の中身はほとんどアシュレイの胃袋に収まっているらしい。

 グラスを空けて息を荒げるアシュレイは、ここでようやくフィオレの姿を視界に入れたようだ。

 大きくため息をついて、半眼で絡んできた。

 

「お前……苦手なことはねーのかよ」

「苦手なこと? そうですね……街行く人と何人キスして回れるか、という勝負でしたら、私は諸手を挙げて降伏しますが」

「あほか!」

 

 見知らぬ人間との過度なスキンシップ。

 フィオレにしてみれば、割と本気で告げた苦手科目なのだが、からかわれたとでも勘違いしたのだろうか。

 彼は椅子を蹴倒して騒々しく立ち上がり……抜剣した。

 

「!」

「アシュレイ!」

「抜けよ! お前だってそのつもりで来たんだろ! あんな無茶な呑み方でバカみてえに大酒あおって、足腰立つはずがねえ。こないだの雪辱戦だ!」

 

 足腰立っていないのはアシュレイの方である。足取りが怪しいのは、周囲が薄暗いから、だけではないはずだ。顔は酔いと怒りで相当赤くなっているし、何より言動が完全に酔っ払いのそれだった。

 しかし、これを言葉で収めるのは難しい。何せ彼が切っ先を向けるのはフィオレ自身。

 傍観者として理性ある相手を手八丁口八丁で煙に巻くならいざ知らず、絡まれている当人が酔っ払いを論破して、矛を収めさせるのは至難の業である。火に油を注いで収拾のつかない事態になるのが関の山だ。

 ──少し、頭を冷やしてもらおう。

 

「どうやら、引くに引けないようですね。ここではお店に迷惑です。表に出てください」

「上等だ! 兄さんの前で恥かかせやがって、覚悟しやがれ!」

 

 うるせぇそんなもんてめーの実力不足が原因だ他人のせいにすんじゃねーよ未熟者。

 

 毒づくのは胸中だけに留める。何せ相手は店内で武器を手にした酔っ払い。下手に怒らせて暴れさせるわけにはいかない。

 肩を怒らせて、アシュレイが店外へと出て行く。

 その背中を見送って、フィオレは粛々と席に戻った。

 

「フィオレンシア?」

 

 本当に席料を払って確保したカウンターの席を再び陣取る彼女に、イスアードが声をかける。

 よもや本当に足腰が立たないのかと心配するミライナだったが、フィオレによる返答を聞いて彼女は呆れていた。

 

「は? なんで私まで出て行かないといけないんですか? 迷惑だから表に出て頭を冷やしてきてください、と言ったつもりでした。私も多少お酒入ってますので、色々言いそびれたような気がしますが」

 

 とどのつまりはアシュレイを舌先三寸で締め出しただけで、勝負に応じる気なんかさらさらない。

 言外にフィオレはそう言ってのけた。

 そうこうしている内に、アシュレイはもちろん戻ってきている。

 あまり頭を冷やしたようにも見えないが、彼の前を何故かフィンレイが先行していた。眉間に皺が寄っている辺り、あまりご機嫌麗しくは見えない。

 大将軍の登場を目にして緊張が走っているらしい七将軍らなどおかまいなしに、アシュレイが怒り心頭といった様子で叫ぶ。

 

「おい! てめえ、フィオレンシア! 表へ出ろと言いながらてめえは何をやってんだ!」

「黙れ酔っ払い騒ぐな。さっきのは頭を冷やせと言い忘れました、すいません。あと、こんばんは。お疲れ様です、大将軍」

 

 最早たちの悪い酔っ払いとあまり変わらないアシュレイには一喝してから謝って、大将軍には一応挨拶をしておく。

 客員剣士見習いとしても、上司リオンに恥をかかせないほうがいいと席を立ち、粛々と会釈した。

 アシュレイが手にしていた剣は現在フィンレイが鞘ごと手にしている。その様相から察して、おそらく彼は。

 

「軍服をお召しということは、お仕事の最中か見回りでしょうか。それとも、挙動不審なアシュレイ将軍が通報されたから、お越しになられたんですか?」

「お前なっ! ヒトとしてやっていいことと悪いことがあるだろ!」

 

 フィンレイがここにいる理由を尋ねるも、顔を真っ赤にしたアシュレイに遮られる。

 剣は没収されているし、万一暴れられても彼との境にはフィンレイが立っているから大丈夫かと、フィオレは応戦を試みた。

 

「アシュレイ将軍によれば私は化け物らしいので、ヒトとしての倫理なんか知らなくていいですよね」

「バケモン言ったのはお前の腹の中だけだ!」

「フィンレイ将軍。弟さんが私を腹黒扱いしてくるんですが無視してよろしいですか。不敬罪で逮捕とかされません?」

「に、兄さんは関係ないだろ! 卑怯だぞ、このカタ「口を慎め」

 

 ここでようやく、口を挟む余地が出来たフィンレイによってアシュレイが黙る。

 騒然としていた店内がようやく落ち着きを取り戻し、どうなることか、とハラハラした様子で手を組んでいたピアニストがマスターによって促され、ピアノの音色が戻ってきた。

 

「何があったのかを説明してくれ」

 

 フィオレは即座にアスクスを見やったが、彼はミライナに肩を揺さぶられながらも爆睡している。

 イスアードは目をそらして黙しているし、アシュレイは何も言おうとしない。

 たっぷりとした沈黙が積もるより前に、フィオレが口を開いた。

 

「私が彼らに……お招き、頂きまして。イスアード将軍がエレノアさんのことを教えてくださったんですよ。ついでにアシュレイ将軍が以前の雪辱戦ということで、私に飲み比べを申し込んできました」

「アシュレイが抜剣したまま、剣呑な様子で周辺をうろうろしていたのは?」

「そんなのご本人に聞いてくださいよ、そこにいらっしゃるのですから。酔いに任せて喚き散らしている模様ですので迷惑千万です。お引き取りいただけると、平和的に済むのですが」

 

 アスクスの呼び出しが原因で、フィオレから喧嘩をふっかけそうになったことは伏せておく。

 これは昼間のことで頭に血が上っていたフィオレの落ち度だ。

 あの出来事がなければもう少し冷静に──否。そもそもこんな呼び出しには応じなかっただろうが。

 しかし。

 

「お前だってこれ見てやる気満々だったじゃねーか!」

 

 アシュレイは未だに持っていた封書を掲げて出して、無言のままフィンレイに取り上げられていた。

 文書を一瞥したフィンレイが、あまり機嫌の良くなさそうな目で一同を睥睨する。

 

「……イスアード。フィオレンシアの言が事実だとして、何故このような文面なのだ? フィオレンシアを脅して呼び出したように見えるが」

「それは……」

 

 すべての元凶は未だ夢の中。イスアードに答えられるわけもない。

 ふと、文面の内容を思い出したフィオレは、アスクスの突っ伏すテーブルへ近寄った。

 ミライナに了解を貰ってから、アスクスの背中に氷を一欠片、放り込む。

 

「うおっ!?」

 

 結果として、彼は即座に目を醒ましてくれた。

 爽やかな目覚めからは程遠いかもしれないが、こればかりはどうしようもない。

 

「おはようございます、アスクス将軍。起き抜けで申し訳ありませんが、私の秘密ってなんですか?」

 

 飛び跳ねるように起き上がり、身を揉むようにして背中から氷を取り出したアスクスは、元凶であるフィオレを睨みながら眼帯を指した。

 

「その目。潰れてるわけじゃねえんだろ?」

「……確かに。潰れてはいませんね」

「大将が話しているところを聞いたんだ。お前の眼帯は虚仮威(こけおど)しだってな」

 

 虚仮威(こけおど)し。底の見え透いたおどし。実質はないのに、外見だけは立派に見せかけることにもいう。鹿威(ししおど)しとは関係ない。

 いわく、大将軍が王女殿下と庭園にて雑談中、フィオレの話になった際の一会話らしいが。そんなことはどうだっていい。

 

「あなたにお前呼ばわりされる謂れはありませんが、それは否定しません。教えてくださってありがとうございます」

 

 つまるところ、偶然にも大将軍も一枚噛んでいたということになるのか。

 このとき同時に、フィオレは心から安堵していた。

 彼らはフィオレの左右の眼の色が違うことを、虹彩異色症(オッドアイ)であることを知らない。

 あの貴族の関与がないことを、はっきりと悟って。

 

「……この文面になったのは、少なからず大将軍が関わってらっしゃる、ということですね」

 

 ここでアスクスがようやくフィンレイがいることに気づいてあたふたしているようだが、フィオレの知ったことではない。

 言外に、呼び出されたのはあんたのせいだ、と抜かされて、フィンレイもまたうっすら焦っている。

 

「あ、いや、それは」

虚仮威(こけおど)しねえ……ああいえ、なんでもありませんよ。リオン様の尊敬するお方にして、未来の国王陛下の所行に物申すなど、そんな恐れ多い」

「その「文面の件はこれでよろしいですね。そろそろ私はお暇させていただきます」

 

 唐突に懐中時計を取り出したフィオレは、再度イスアードに「情報提供ありがとうございました」と礼を述べる。

 気分を害したのか、とミライナは問うが、フィオレは首を振って否定した。

 

「実は私には門限が制定されておりまして、不用意な夜間外出は控えろと言い渡されています。今回は床についたふりをして出てきましたので、発覚する前に戻ろうかと」

 

 口ではそう言っているものの、一方的に言い放ち、さっさと勘定をすませようとする辺り、不機嫌なのは明白である。

 しかし、迷惑料を含めて払おうとしたフィオレを制したのは、刃傷沙汰になりかけたにも関わらず、苦笑を湛えただけのマスターだった。

 

「いやあ、アシュレイさんがこんな悪酔いしてるところなんか初めて見たよ。いろいろ事情があるんだろうが、悪い人じゃないんだ。飲み比べもお嬢さんの勝ちのようだし、御代はアシュレイさん持ちということで」

「そうだな。マスター、迷惑料を含めてきっちり請求してくれ」

 

 アシュレイ本人は何か言いたそうにしているが、フィンレイはそう言って弟の言い分を黙殺している。

 少々気は引けるが、ここは言い分を呑もうと、フィオレは財布を懐に収めた。

 

「……話は変わるが。幾度かジルクリスト総帥を通して手合わせを申し入れているのに、悉く断る理由を聞きたい」

「ヒューゴ様の都合が悪いから、でしょうね。そのお話が私のところまで来たことがありませんので」

 

 そういえば、以前そんな話をしたような気がする。フィンレイとの手合わせはフィオレにとっても修練になるから、話が来たなら断るつもりはなかった。しかし音沙汰がないことから、やはり大将軍は忙しいのだろうな、と少し残念に思っていたのだが。

 

「なに?」

「エレノア・リンドウさんのことも隠したくて、イスアード将軍からのアポイントも勝手に蹴っていたようですし。でもまあ、ヒューゴ様にも事情はお有りでしょうから。私の方からその辺りの改善を申し入れることはできませんが、次回の……合同演習、でしたか。あれの立ち入り見学を許可頂ければ、その時にでも」

 

 これには即答ができないようで、検討する、との返事をもらう。

 どのみちしばらく先のこと。実現しようが妨害されようが、どちらでもいい。

 

「それでは、私はこれで」

「弟が迷惑をかけた。ジルクリスト邸まで送っ「いえ結構です。婚約者が心を痛めるような行動はお控えあそばせ、将軍閣下」

 

 突如として冷え切った声音が、氷点下まで下がった視線がフィンレイに突き刺さる。

 豹変といっても過言ではない様子の変化に、彼らが戸惑いを見せるより早く。

 

「失礼します」

 

 硬くかしこまった物言いを残して、フィオレはバーから退散した。

 常闇にただ一点、白々と輝く天空のクロワッサンを見上げて、酒臭い息をつきつつ、キャスケット帽を深くかぶる。

 フィンレイとフィオレが、夜中に二人で歩いていた、などと。王女殿下の耳に入らないこともないだろうに。

 

「どうしてこう、恋人が傷つくとか思わないんだろ」

 

 男と女では根底から感性が違う。そんなことはわかりきっているし、説いたところで理解が及ぶとも思えない。

 しかし、嫉妬深いと噂に高い王女殿下の恋人と、二人きりで深夜の街中を歩くなど、ごめん被る。

 真偽も詳細も不明だが──ある夜、泥酔して動けなくなってしまった街娘を見回り中の大将軍が保護。自宅まで運んで送り届けたところ、その目撃証言だけで勘違いした王女がひと悶着起こし、いざこざを経て街娘一家は、ダリルシェイドからクレスタへ移住したと聞いている。

 西瓜畑の中で靴紐を直すべきではないように、林檎の木の下で帽子を被りなおすべきではないように、疑われるこうどうはなるべく避けたい。

 王族(えらいひと)から不興を買うと、ロクなことにならないのだから。

 

「……戻ろ」

 

 周囲に怪しい影、もしくは絡んできそうな酔っ払いがたむろしていないことを確認して、速やかに帰路につく。

 このところ頻繁に発生するようになった成長痛で、痛みに耐えかねた際はフィオレが就寝中であっても、頭を下げてまで按摩をねだるようになってしまった少年が、空っぽの寝台を見つけて騒いでいませんように、と、流れ星に願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

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