swordian saga   作:佐谷莢

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 ダリルシェイド、セインガルド建国記念式典前編。別名ドレスアップ回。
 前回のお話より大分経過しています。
 後のパーティキャラクター・ウッドロウがちらっとだけ登場。


セインガルド建国記念式典~称号取得「隻眼の歌姫」~きな臭いきざし

 

 

 

 

 

 

 

 

「セインガルド建国記念式典、ですか」

「うむ。ひと月後、我がセインガルド国建国記念日というものがあってな。昼は記念式典を行い、夜はそれに伴い祝賀会を執り行う」

「……はあ」

 

 セインガルド王城、謁見の間にて。

 リオンともども登城命令の下ったフィオレは、国王直々にそんな説明を受けていた。

 状況は以前と大幅に異なり、謁見の間には七将軍はもちろん、内務大臣など側近や、護衛の衛士たちの姿さえない。

 フィオレたちが謁見するとわかった時点で、人払いがかけられたのだ。

 一体どんな極秘任務を押し付けられるのかと思いきや、ただ一人国王の傍で控えていたヒューゴ氏から、唐突に「建国記念式典のことについてだが」と切り出されたのである。

 つまるところ、その式典に関して何か仕事を言い渡されるのだろうが……

 

「なるほど。会場警備任務ですね」

 

 実は内心、まったくもって「なるほど」などとは思っていない。そんな内容では、何故人払いなどかけるのか。

 まさかその式典の席で、後ろ暗い任務を遂行しろ、という達しでもする気か。

 例えば、どこぞの反王政貴族も参加するからこっそり暗殺、などは……

 

「それもあるのだが、フィオレンシアよ。お主に特別任務を申し付ける」

 

 予想通りである。戦々恐々としながら、その内容を聞いたフィオレは──

 

「お主には、『隻眼の歌姫』として出席してもらいたいのだ」

「…………は?」

 

 盛大な肩透かしを食らった。

『隻眼の歌姫』というのは、少し前にカルバレイス地方チェリク港町にて初めて耳にした単語である。

 何でも、ダリルシェイドの噴水前でストレス発散をするフィオレの二つ名らしいのだが、カルバレイスから帰ってきて以降積極的に情報を集めていないので、詳細は知らない。

 とりあえず、フィオレは小さく咳払いをした。

 

「……えー、質問、よろしいでしょうか」

「なんだ?」

「『隻眼の歌姫』とは、その、私のことでしょうか」

「これは妙なことを。お主以外の誰が居るというのだ?」

 

 あの二つ名は、国王にまで浸透していたのか。

 頭痛を覚えるフィオレだったが、国王はまったく気付いていない。

 

「本来ならば宮廷楽師長に一任するところ、国賓として招聘するファンダリア国王よりそのような注文が参られたのでな。ここ最近巷で話題となっていた隻眼の歌姫だったが、その正体は謎に包まれていた。調べてみたら、君だということが判明した、というわけだ」

「……ほぉ」

「もっとも、隻眼という辺りですでに見当はつけていたがね。君にあのような特技があるとは知らなかった」

「単なる趣味です。素人芸です。むしろ隠し芸です。そんなのに公式な場で謡わせる気ですか。どうなっても知りませんよ」

 

 飄々と、そんなことを重ねて抜かす雇い主を睨んでやりたい衝動を抑え、フィオレは続く国王の話に耳を傾けた。

 

「式典においては我がセインガルド国歌、そして国賓に敬意を表し、ファンダリア国歌を斉唱してもらいたい。祝賀会においては、舞踏会の前座として独唱会を行ってもらう」

「それ以外は覆面警備ですか? 来客にまぎれて、場内での」

「うむ。中でもリオン、フィオレンシア両名には国賓の警護を担当してもらう。警護対象はファンダリア国王、そして王太子殿だ。ただし、フィオレンシアはリオンのパートナーとしての参加を求めるゆえ、武器の携帯は認められん」

 

 男性であれば、儀礼用の剣ということでこっそり武器を持ち込むことはできるのだが、女性にそれは認められないだろう。

 つまりフィオレはあくまでオマケ、ほとんどリオンに任せるということか。

 

「じゃあリオン様、頑張ってくださいね」

「職務怠慢は認めん。ひと月後までに隠し持てる武器を揃えたまえ」

 

 あわよくばリオンに全責任を押し付けようとして、しっかりとヒューゴ氏のクギが打たれる。

 拒否権がないことを知っていて、フィオレは悪あがきを試みた。

 

「お恐れながら陛下。問題がございます」

「ふむ。申してみよ」

「私はセインガルド国歌を知りません」

「宮廷楽士に教授を依頼しよう」

 

 国王に聞いたはずなのだが、何故かヒューゴ氏が口を出している。

 めげることなく、フィオレは続けた。

 

「ファンダリア国歌も知りません」

「私のほうで調べておこう。君は修得に集中したまえ」

「相応の礼装……」

「まずは採寸からだな」

「つ、つまり潜入警護ということは、舞踏会にも出席しろということですね。私はそのような上流階級における作法を存じ上げませ──」

「専門の教師を見つけてある。君ほどの運動神経の持ち主ならば、ダンスのステップなぞひと月もあれば十分習得可能だろう」

 

 否定要素をことごとく封じられ、詰まったフィオレが黙する。

 そこへ国王が、満足げにヒューゴを見やった。

 

「用意周到だな、ヒューゴよ」

「お任せください。必ずや次の式典も、つつがなく終わらせて見せましょう」

 

 優雅な一礼が至極憎たらしい。が、これ以上言い訳を続けて醜態をさらすのはフィオレである。

 ここはもう黙っているしかない。

 

「先ほどフィオレンシアも申しておったが、隻眼の歌姫として招くにあたって相応の礼装はこちらで用意しよう。別室に服飾設計士(デザイナー)を待機させてある」

「……あの、警備をするにあたって支障がないよう、異装での出席は……」

「認められん。それでは潜入警護を行うリオンが目立ってしまうのでな」

 

 確かに、こういった公式な行事や夜会などは基本的に男女のペアでの参加が上流社会においてのマナーだ。

 例外が許されるのは国賓や来賓など、限られた招待客のみ。つまり男だろうと女だろうと、一人でいる時点でひどく目立ってしまう。その時点で招待客に紛れ込むことはできない。

 

「どなたか女性の協力者を……」

「適当な人材がいないからこそ、君に白羽の矢が立てられたのだ、といい加減察してくれないか」

「ミライナ将軍とかは」

「彼女は別件であと半年はダリルシェイドに戻ってこれない」

 

 やっぱりかドチクショウ。

 独唱会の詳細な内容についてはまた今度と、フィオレはヒューゴ氏らと共に謁見の間を辞した。

 リオンは客員剣士としての任務があるためここで別れたが、フィオレは特例として短いながら休暇をもらっている。

 何でも、式典当日に隻眼の歌姫として恥をかかぬよう、相応の礼儀作法も習わされるらしい。

 

「……不満そうだな」

 

 ヒューゴ氏の先導で移動する最中、かの人はぽつりとそんなことを呟いた。

 

「ええ、不満です。客員剣士見習いとしてならばともかく、なぜよくわからない二つ名を定着させられた挙句、その名で仕事をしなければならないのですか」

「自業自得だと言ったほうが、納得しやすいだろう」

「……」

 

 隻眼の歌姫と呼ばれる所以は、フィオレがダリルシェイドの街中でストレス発散を試みたことである。

 街中で目立つ行動を行い、そして有名になってしまったという点においては、確かにフィオレの自業自得だ。

 せめてもの、フィオレは不吉な皮肉を放った。

 

「噂の一人歩きが過ぎて、国賓の方々を落胆させた挙句、廻り巡って国交に亀裂が生じないことをお祈り申し上げますよ」

「ならば祈るだけでなく、君自身の努力を求めよう。その点に関して私は何の支援もできないからな」

 

 もとよりそんなもの、期待はしていない。

 殺伐とした雰囲気のまま、ヒューゴ氏によって王城の一室へと案内される。

 

「粗相はするな」

 

 その一言で、ヒューゴ氏とは別れ。フィオレはノックの後に扉を押し開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜のこと。

 フィオレは夕餉を済ませた後、最近恒例となりつつあるヒューゴ氏の晩酌に付き合っていた。

 他愛もない無駄話を交わしながらも、何年ものなのか、ラベルがかすれて読めない葡萄酒の大瓶は中身を減らしていく。

 ラベルがかすれているだけあって、相当熟成が進んだものだった。

 馥郁たる香り、芳醇な味わい。そして熟成された分だけ上乗せされる度数。

 その美味さに初めは押し頂くようにして飲んでいたフィオレだったが、ヒューゴ氏に遠慮するなと言われて以降、遠慮だけはしていない。

 

「ところで、フィオレくん」

 

 どこかろれつの回っていないヒューゴ氏の言葉を受けて、フィオレはピスタチオの殻に爪を立てつつ顔を上げた。

 ヒューゴ氏の顔はすっかり色づいており、ほろ酔いをとうに過ぎていることがよくわかる。

 

「飲みすぎですよ、ヒューゴ様」

「聖域探索は、どうなったのかね」

 

 さりげなく大瓶を遠ざけようとして、その手を掴まれる。

 ぞわ、と悪寒が走り、その感覚から逃れるために瓶を遠ざけるのは断念した。

 

「……残念ながら、ガセでした。詳細な地名がかなり合致していたから、期待はしていたのですが」

 

 嘘ではない。

 フランブレイブとの契約を済ませた後に、フィオレは持参した資料の存在を思い出して紐解いた。

 現地で手に入れた地図と記載されていた地名は合致していたが、肝心のフランブレイブの聖域だと思われる場所は大幅に異なっていたのだ。

 それに──そもそも、彼に対して契約が成功したか否かを報告する義務はない。

 

「そうか……」

 

 そんなフィオレの内心にもちろん気付くことなく、ヒューゴ氏はただ黙してグラスを煽る。

 ヒューゴ氏の瞳が一層深く揺らいだのを見て取って、ついにフィオレは立ち上がった。

 

「そろそろお開きに致しましょう。これ以上はお体に触ります」

 

 これが久々の晩酌であれば、こんなことは言わない。

 しかし、彼はここ最近になって急に晩酌のペースを増やしたのだ。

 あまり強いわけでもないのに、何か精神的に不安定になるようなことでもあったのだろうか。

 昼間における彼本人、あるいはヒューゴ氏を取り巻く近しい人々に、そんな雰囲気はまったくなかったのだが……

 

「……しかし君は、本当に強いな。私以上に飲んでいるはずなのに、まったく酔う気配がない」

 

 ほんの少しだけ残っている大瓶の中身を処理し、グラス、つまみ受けの小皿を炊事場に運んで洗浄しておく。

 晩酌の後片付けをテキパキとこなしていくフィオレを見ながらだろうか、ヒューゴ氏はそんなことを洩らした。

 

「体質です。褒められるようなことではありませんよ」

「……私にも、君のような強さがあれば、こんなことには……」

 

 もはやフィオレの言うことなど聞いてはいないらしい。ヒューゴ氏は頬杖をつくような形になって、もごもごと呟いている。

 こんなことというのは、現在の醜態を指しているのだろうか。

 寝ぼけているに近い状態でそんなことを言っているのではないかと思っていたフィオレだったが。次の、消え入るような一言が妙に耳に残った。

 

「……すまない。クリス、ルーティ……エミリ、オ」

 

 ごと、と音を立ててヒューゴ氏はテーブルに突っ伏した。見やれば頬杖は外れて、彼は寝息を立てている。

 広間を出て、目に付いた執事(バトラー)の青年に、ヒューゴ氏を私室へ運ぶよう頼んで。フィオレは自室へと戻った。

 クリス。ルーティ。エミリオ。

 いずれも人の名だと思われるのだが、聞いたことはない。リオンの母を娶る前に、何人か泣かせてきたのだろうか。

 ……エミリオは男性名のような気もするが、些細なことだろう。ヒューゴ氏の性嗜好など心底どうでもいい。

 しつらえられたソファに座り、少し前に購入したアンティークランプに炎を灯す。

 布に包んで砕いたレンズの欠片を取り出し、左手に握って炎にかざした。以前は小石を用いていたのだが、同じレンズであることによる相性の問題なのか。こちらのほうが属性を定着させやすいということに気付いたのだ。

 出来上がった親指大のハイランドルビーもどきを手のひらで転がしていると、扉が叩かれた。

 

「どちら様で?」

「僕だ」

 

 ランプを吹き消して応対に出れば、そこにいたのは普段とは違う部屋着のリオンである。

 彼がこの時間にフィオレの部屋を訪ねてくるなど、明日は雨かと思われるほどに珍しいことだった。

 

「明日雨を降らせるのはやめてほしいんですけど」

「そんな願いは空に言え。それよりお前、酒臭いぞ」

「さっきまで呑んでましたからね」

 

 そんな雑談を経て「で、何か御用ですか?」と尋ねれば、彼は急に口を濁し始めた。

 先ほどまでハキハキと皮肉を吐いていたのが嘘のよう、もごもごと、どこかで見たような物言いで話を始める。

 

「……その、今日は、修練をしたな」

「しましたね」

「それで、その……少し、筋肉が張っているような感じがするから……」

 

 この言葉で、彼が何を言わんとしているかはわかった。

 しかし、おいそれと応じてやることはできない。

 

「その程度なら眠れば自然に回復します。時間も時間ですし、無理にアレを受けなくてもいいですよ」

 

 剣術指南をする日に限り、必要があるならば次の日に支障が出ないよう続けてきた按摩。

 彼にはすこぶる好評のようだが、そろそろ日付が変わろうとしているのだ。早く床に着かなければ、明日に響く。

 まさかそれを言うために、起きていたわけでもないだろうが……

 

「別に無理なんかしてない。明日に引きずるのが嫌なだけだ。別にそのためだけに起きてたわけじゃないからな。この間お前に渡された兵法書が思ったより面白くて、読みふけっていたらこんな時間になっただけで」

「……はあ。左様でございますか」

 

 引き下がりそうにない。あきらめてリオンの部屋へ行くことにした。彼は按摩の最中によく寝入るため、自分の寝台は使いたくない。

 その途中。ふと先ほどのことを思い出して、尋ねてみる。

 

「ところでお尋ねしたいことが」

「なんだ?」

「えーと……「クリス」「ルーティ」「エミリオ」この名を聞いたことはありますか?」

 

 三名を出した途端。彼は鋭く息を呑んで立ち止まった。

 その反応からして、知らない名ではないということがよくわかる。

 それにしても、普通とは程遠いこの反応。この屋敷ではタブーとされる名だったのだろうか。

 

「……どこで、それを」

「それは言えません。他人のプライベートを暴露する趣味はないので」

 

 酔っ払ったあなたのお父様が謝罪を口ずさみつつ洩らした、とは言わない。

 地雷を踏んでしまったらしいと判断し、これ以上のことを尋ねるつもりもなかった。

 

「し、知らない。聞いたことも、ない」

「左様でございますか」

 

 後はただ、深夜であるが故に人気のない廊下を、行くのみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっという間に、ひと月は過ぎた。

 

「あ。無理です無理。他人が刃物持ってすぐ傍をうろついているのに、じっとしていろなんてコワいです。無理」

 

 式典に合わせて髪を整えろと命じられ、フィオレは全力で拒絶した。

 特別手当と一月分の給与を返上するから勘弁してくれとまで頼み込み、どうにか免除してもらうに成功している。

 とはいえ、述べたことは建前の割合も大きい。

 

「なんでそう変なところで臆病なんだ」

「臆病で結構。髪は女の命です。たとえ玄人の方であっても、見も知らぬ他人にいじくられるなんて、考えただけでも吐き気がします」

『潔癖だなあ……まあそういうの、嫌いじゃないけどね』

 

 上記騒動に加え、衣装合わせ、礼儀作法講習、カモフラージュ用舞踏の実践練習に仕込み武器の修練。

 これら全てから解放される期日とあって、嬉しくも憂鬱な一日となることは確実だ。

 セインガルドの建国記念日とあって、ここ数日は王都たる市街も、浮き足立ったような雰囲気が漂っている。昨夜などは慎ましいながらも前夜祭が催されていたところだ。

 式典自体は、以前ヒューゴ氏に連れられていった野外演習場で行われる。間を置いて夜、王城で祝賀会が開かれるらしい。

 事前の打ち合わせどおり、フィオレはジルクリスト邸私室にて式典用にあつらえられた衣装に袖を通していた。

 ローブ=モンタントと呼ばれる女性用昼式礼装……ではあるが、オーダーメイドにつき、一人でも着脱可能な仕様になっている。

 袖は手首まで、肩も背中も覆われた立て襟の大人しい礼装ではあるが、最低限着けろと指導された装飾類がわずらわしい。

 絹の手袋に持ち前の指環は必需品として、イヤリングにチョーカー、ブレスレットにウエストのくびれを強調するためのベルトチェーンなど、不用品は盛り沢山である。

 これでも随分譲歩させた。

 近頃の流行だから、とピアスを付けるためだけに耳たぶに穴を開けさせられそうになったり、礼装の丈が足首まであるため、見えるわけがないのに見せるだけがお洒落ではない、とアンクレットを追加させられそうになったり、更に常にバランスを取れ、といわんばかりにティアラを載せられそうになったりと、あの服飾設計士(デザイナー)には苦労させられている。

 衣装のデザインにおいて随分注文をつけたのだから、彼女にしてみればちょうどいい意趣返しだったのかもしれない。

 簡素なコルセットを身につけ、礼装をまとっていく。変装するだけのために身につけたはずの技術で顔に化粧を施し、最後に髪を整えた。

 髪を結っている最中、扉が叩かれる。

「どうぞ」という声で入ってきたのは、すでに礼装に身を包んだリオンの姿だった。

 

「ちょっと待っててくださいね。今終わりますから」

 

 髪を結い上げ、ティアラの代わりに支給された髪飾りを差し込む。姿見で問題ないかを確認して、改めてリオンと向き直った。

 

『……はー……』

 

 儀礼用の剣と称されているのだろう。無意味な装飾が目立つ鞘に収められたシャルティエのため息が聞こえる。

 

「ため息が出るほどガッカリしたんですか?」

『そんなわけないじゃん! そりゃあ君の事、初めて見た時からキレーな人だなあ、とか思ってたけどさ』

「それはどうもありがとうございます」

『あ、どういたしまして。じゃなくて! もう、王城で見かける貴族のご令嬢なんかメじゃないよ。ミス・ダリルシェイドなんてあったら絶対優勝しちゃうって!』

「勝手に変なコンテストを開催しないように」

 

 鼻息荒く力説するシャルティエをいなし、フィオレは彼の主人たるリオンに目を向けた。

 彼はもちろん化粧などせず、漆黒のタキシードに白のドレスシャツ、シャルティエを収めた装飾過多な鞘に豪奢な剣帯と、正式行事へ出席するに相応しい礼装をまとっている。

 

「随分注文つけて動きやすくはしましたが、やはりそちらには叶いませんね」

「あ、当たり前だろう、そんなこと……」

 

 瞬きをひとつして、彼はそんなことをしどろもどろと返した。

 声がかすれているあたり、風邪でも引いているのだろうか。

 

「こういうとき、殿方は気楽ですね。装飾類はつけなくていいし、踵も高くないし」

『そういえば、眼帯も変わってるね』

「いつものものだとヒューゴ様がうるさくてかないませんので」

 

 よく言えばシンプルな、悪く言えば無味乾燥な白布の眼帯ではなく、若草色の上質な生地に可憐な鈴蘭の刺繍が施された眼帯を身につけている。

 当初はヒューゴ氏が独断で、緻密な宝石細工があしらわれた煌びやかな眼帯を作って寄越してきたのだが、その細工のせいでかなり重たかったので、遠慮した。

 ヒューゴ氏の面子のため、夜会には着けることを約束している。

 

「そろそろ行くぞ。表に馬車を待たせてある」

「了解」

 

 一見してそうは見えない仕込み武器を手に、リオンの背中を追ってエントランスの階段を降りる最中。その姿が七五三みたいだと思ったのは、フィオレだけの秘密だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 野外演習場。

 この日のために設置されたのであろう即席の舞台上にて、フィオレはセインガルド国歌、並びにファンダリア国歌を謡い終えた。

 式典の開始から両国歌の斉唱まで、事前に知らされたプログラムから滞りも何の支障もなく進んでいる。

 これで司会者の言葉に従い、フィオレが舞台上から退場する手はずになっているのだが──なぜかその言葉がない。

 フィオレ自身には何の落ち度もないはずだ。

 司会者の言葉に従い、リオンのエスコートを受けて舞台上へ上がり、演奏に合わせた歌唱を披露したのである。

 ちなみに、エスコート役のリオンは舞台へ登る階段のところに待機中だった。

 歌唱による余韻はおろか、演奏による余韻すらとうに終了しているのだ

 聴衆たる式典の出席者たちは何の反応も示さないが、それも時間の問題である。

 何かトラブルでもあったのかと、作法をかなぐり捨てて、かすかに身じろぎをしたその時。

 

「……公賓、隻眼の歌姫による国歌斉唱でした。ありがとうございました」

 

 拡声器の使用により、よりはっきりとわかる、妙にどもったような司会者の一言で、フィオレはようやく舞台から降りることができた。

 その場で聴衆に一礼し、拍手に包まれながら五段ほどの階段を降りる。

 差し出されたリオンの手を取り、国賓席の近くに指定されている公賓席へと移動した。

 移動するその最中のこと。

 

「何かあったんですか?」

 

 あの不自然な沈黙を尋ねれば、リオンは同じように声を潜めて答えた。

 

「別に何もない。何かあったのか?」

「あったではありませんか。謡い終わっても演奏の余韻がなくなっても、あの司会者はしばらく無反応でしたよ」

「……そうか?」

 

 フィオレの予想に反して、リオンの反応は鈍い。

 時間に対する感覚のズレに、彼らとしてはあのくらいの沈黙を置くのが普通なのかもしれない、とフィオレが思い直したその時。

 

『仕方ないよ、そんなの。演奏している連中を除いて、坊ちゃんを含めてみんなフィオレの歌に聞き入っていたんだから』

 

 シャルティエの横槍が入った。

 

「特別なことはしてませんよ。普通に、丁寧に、とちらないよう、しっかりお腹から声出しただけで」

『もう、意味わかってて言ってるでしょ? 君も坊ちゃんと同じく、天から二つも三つも与えられてる人間なんだねえ』

 

 シャルティエに促され、そっと周囲の人間たちの顔を見る。

 どこか放心状態になっている人間もいれば、フィオレを興味津々に見やっては、傍の人間とひそひそ言葉を交わす人間もいた。

 最も、フィオレたちが演習場に到着したその時から、理由はわからないが視線は集めてしまっている。

 おそらく宮廷楽師ではない『隻眼の歌姫』の噂で、隻眼を装うフィオレに注目が集まったのだろうと予測した。

 

『僕たち、注目の的ですよ!』

 

 何ぞと抜かすシャルティエの言葉以降、視線を気にするのはやめたため、さっぱり気付いていなかったが。

 着席した直後から、式典の内容には眼もくれず絶えず周囲に気を配る。

 この一ヶ月、空いた時間を使って情報収集に明け暮れた結果、キナくさい情報がいくつか手に入ったのだ。

 いわく、ファンダリアとの蜜月関係が気に入らず、国賓が来るこの時期を利用して、隣国との国交断絶を狙っている集団がいるとか何とか。

 国と国とを仲たがいさせることは、結構たやすい。国賓を招いた国が粗相を働くだけで、簡単にヒビが入るのだから。

 国交断絶を狙う輩としては、例えばこの式典を中止させるだけのことをしても目的は達成に近くなる。国賓に害を及ぼすようなことがあれば尚良し。

 不審者の侵入は会場警備の人間が担当することだが、不測の事態が発生した時、フィオレたちが遅れを取ろうものなら、より重い責任が二人の肩にのしかかる。

 それだけは、何としても避けねばならない。

 ヒューゴ氏の顔に泥を塗ることなら積極的にやったって構わないが、その責任によって、セインガルドという一国家に身柄を縛られる事態だけは避けなければいけない。フィオレには、個人の目的があるのだから。

 ──などというフィオレの私情が挟まりまくった心配を他所に、式典は無事終了した。

 国賓の席から、国王と王太子が退席する。会場外において彼らを警護するのは、此度の式典と祝賀会警護の任務に当たるダグ兄弟の管轄だ。

 彼らが一歩外へ出れば、式典における潜入警護任務は終了である。

 最後まで気を抜いてはいけない。彼らを見送るまでが警護と、フィオレがこっそりと二人に視線を向けた、その時。

 

「!」

 

 運悪く王太子と目が合った。瞬きをひとつして視線を外すも、未だ視線を向けられているような気がしてたまらない。

 情報収集において、以前フィオレが初めて登城した際、囁かれた事柄も噂のひとつとして存在していた。

 髪の色が似ているという理由で、フィオレが隣国王家の落胤なのではないかという、事実無根のものである。

 現ファンダリア王には一人息子しかおらず、王妃は大分前に崩御されているらしい。

 王の血筋に連なる人間がいないわけではないが、遠縁ゆえに新雪のような髪色の持ち主は現国王、そして王太子の二人しかいないのだとか。

 つまり、落胤だとしたら現国王以外に当てはまらない。

 ……と、このように考えていくと彼がフィオレを注視する理由など、考えるだに愚かしく感じられるのは気のせいだろうか。

 やがてつつがなく彼らは退場し、ようやくフィオレは息をついた。リオンと共に『隻眼の歌姫』として退場し、馬車発着所まで目指す。

 

「……あの王太子、お前を露骨に眺め回していたな。あの噂のせいか?」

「おや。ご存知でしたか」

 

 この日に向けて特別休暇が当てられていたフィオレならばともかく、この少年はきちんと客員剣士として割り当てられた任務をこなしていた。

 そういった噂を仕入れるような暇があったとは思えないが……

 

家政婦(メイド)たちが話していた。ファンダリア王達は、お前が落胤でないかを確かめるために、『隻眼の歌姫』を指名したのではないかとな」

「それはそれは。奇妙なお話で」

 

 マリアンに聞いたわけではないらしい。

 彼はマリアンが情報の発信源だと、よく「マリア……」と言いかけて訂正する。

 

「可能性が国王陛下ご自身にしかない以上、ご自分で確認とはおかしな話です。身に覚えがあるとしても、見目や話で真偽が判明するようなことでもないのに」

「僕もそう思ったんだがな。そうでもないらしいぞ」

「え?」

『王妃が崩御されてから、今の王太子の乳母との関係がどーたらこーたらで結構つじつまが合う話だったんだよねー。ファンダリアでは密かに流行った醜聞だったらしいよ。国王との関係を噂された乳母は、ちょっと前にあった内紛に巻き込まれて、命を落としたとかで』

 

 積極的に情報収集していたフィオレではあるが、その話は聞いたことがない。

 その話について、とにかく言えることは。

 

「……人をダシに、よくもまあそんな噂が次から次へと……」

『で、フィオレ。実際はどうなの?』

「とりあえず言えるのは、私は雪国出身の人間ではありません、ということですね」

 

 確かに産みの母にしてこの名をくれた女性は雪国出身だが、それだけだ。

 じゃあこの噂は事実無根なんだね、というシャルティエと呑気なおしゃべりを興じつつ、馬車乗り場へ到着した矢先。

 ジルクリスト邸より出立した、見覚えのある馬車のすぐ近くで、人だかりが出来ていた。

 公賓とはいえ、フィオレたちは一般の招待客らとほぼ同時……しかも会話をしながら退場しているため、随分遅れてしまっている。

 人だかりの服装からして招待客、すなわち上流社会の人間たちが成しているものだと思われるが、さて、人だかりの中心には誰がいるのやら。

 人だかりの大半は、腰から下がひらひらしている。つまり、貴族の令嬢たちが中心に形成されているようだ。

 警備兵が何人か集まってはいるものの、解消には至っていない。

 

「女性が集まっているということは、人死にではなさそうですが……」

「馬車に乗ればわかることだ。行くぞ」

 

 人だかりに注目を寄せ、立ち止まる招待客の間を縫うように馬車へと向かう。

 徐々にすり抜けるのがきつくなってきた人ごみの中、どうにか馬車へとたどり着いた。

 ちらりと隣の馬車を見れば、なんと国賓送迎用の馬車である。今回の国賓と言えば、彼らしかいない。

 

「どうせ彼らとは夜にもう一度顔を合わせるんだ。観察したいとは言うなよ」

「言いませんよそんなこと。それよりか、小休憩したいです」

 

 何のつもりでジルクリスト家所有の馬車の隣でいつまでも出発しないのか、気にはなるが二人の知ったことではない。

 御者の男性に出立の準備をするようリオンが話しかけた、その時。

 不意にフィオレは彼の上着の裾を小さく引いた。

 

「なん……」

「失礼。すぐ戻りますから、黙っててくださいね」

 

 ちらりと周囲の人間を見回し、フィオレはそっと隣の馬車へと駆け寄った。

 幸いにも、馬車の傍に立っていた人物たちには気づかれていない。裾をたくし上げたかと思うと車輪に足をかけ、一気に箱型荷台の屋根部分によじ登る。

 制止の声を上げようとしたリオンだったが、次の光景に思わず言葉が詰まった。

 その両手が大きく広げられ、飛んできた何かを慎重に抱きとめる。次の瞬間に弧を描いて飛来した火矢を、なんと片手で掴んだのだ。

 それも束の間。

 その二つを持ったまま屋根から飛び下りる。唖然としているリオンのところまでやってくると、早く馬車を出すよう囁いた。

 フィオレが携えていたのは、中に妙な色の液体が入っている瓶と未だ炎を宿している火矢である。

 事態を素早く汲み取ったリオンは、彼女を荷台へと引き上げた。搭乗者を確認した御者が、手早く馬を操ってジルクリスト邸へと出発する。

 箱型の荷台の中、馬車の中とは思えないようなふかふかのソファに腰を下ろしたフィオレは、狂ったように火矢を振っていた。

 液体が入った瓶は、リオンに預けられている。

 

「……駄目ですね。液体が染み込ませてある布に着火しているせいか、消せません」

「この瓶の中身も同じものだと思うか?」

「燃えていない部分の染みが同じ色だから、可能性は高いと思います」

 

 間違っても馬車に火をつけないよう慎重に火矢を扱いながら、瓶を取り落とさないよう厳重に抱えているリオンに提案をした。

 

「この火矢はともかく、こちらの可燃性だと思われる液体が何なのか、国立研究所で解析できないでしょうか? 組織的な犯行なら、証拠の一環に繋がるやもしれません」

「……そうだな。国立研究所へ行ってくれ。屋敷へはその後だ」

 

 王城そばにある国立研究所にて事情を話し、瓶の中身の調査を依頼する。そして二人はようやく屋敷へと帰りついた。

 が、リオンはせわしなく正面の扉を開けている。

 

「僕はこれから、さっきの放火未遂を報告してくる。あれから何も起こらなかったとは限らないし、お前が国賓送迎用の馬車によじ登ったことも目撃されているだろうからな」

「それでしたら、研究所に行った後で直行を命じてくだされば……」

「今回僕が表向きに任せられているのは『隻眼の歌姫』の世話役だ。潜入警護のことを将軍達はご存知だが、下っ端は知らない。お前を伴っていけば兵士たちに怪しまれる」

 

 つまり、フィオレには待機を命じるということだ。

 いつもの客員剣士姿になったリオンが、シャルティエを伴って再び馬車へと乗り込んでいく。

 その様子を私室の窓から見送ったフィオレは、結っていた髪を解いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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