swordian saga   作:佐谷莢

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 ダリルシェイド王城。
 セインガルド建国記念式典直後のお話。


絡みつく鎖、きしむ絆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まとったケープをなびかせ、フィオレは王城の廊下を歩いていた。

 てんやわんやのうちに祝賀会は終了し、招待客のほとんどはそそくさと家路へと着いている。

 国王、国賓、招待客の安全を確保してから会場内の事後処理を行っていると、リオンがフィンレイ将軍に連絡をしてくると、姿を消したのだ。

 会場内に兵士たちがやってきた時点で、外は鎮圧が済んでいると考えるのが普通である。フィンレイ大将が下っ端兵士のようにその辺りをふらふらしているわけがないから、待機場所はわかっているはずだ。

 それほど時間がかかることでもないのに、リオンは戻ってこない。

 ひょっとしたら王城周囲の警備に借り出されてしまったのかと、フィオレは自分で探しに行くことにした。

 

「失礼します」

 

 外へと繋がる廊下を抜け、急遽設置された王城警備本部の天幕に足を踏み入れる。

 そこにはフィンレイ将軍とアシュレイ将軍というダグ兄弟、応援なのか、アスクス将軍が机を囲んでいた。

 フィオレを一目見るなり、その表情に狼狽の色が浮かぶ。

 

「ど、どうなされました、レディ?」

「レディ、じゃないですよ。お疲れ様です、御三方」

 

 時間をかけてそれらしく結い上げた髪は、交戦の影響でほつれている。化粧も崩れているはずだ。それにもかかわらずレディ、とか言い出した辺り、招待客の一人か何かと勘違いしたのだろう。

 格好が格好だからという説もある。

 

「フィ、フィオレンシアか!?」

「他の誰に見えるというのです。酔狂でこんな眼帯つける人間はいないでしょう」

 

 顔を見合わせている三人を尻目に、フィオレはさっさと本題に入った。

 

「い、いやあ吃驚した。俺はてっきり「そんなことはさておいてですね。リオン様をお見かけしませんでしたか? フィンレイ将軍に連絡を、と告げてから姿が見えないのですが」

「……あ、ああ。リオンなら先ほど、確かに報告をしていった。表の仕事がまだ終わっていないからと、戻っていったが」

 

 戻ったということは、行き違いになってしまったのだろうか。

 礼を言って、天幕から出て行く。

 すれ違う兵士の視線を感じながらも、フィオレは足早に祝賀会会場へと向かった。

 その途中で、ふと、シルフィスティアの存在を思い出す。

 

『シルフィスティア。瑣末時で申し訳ありませんが、私の目となり耳となってください』

『いいよー。ボクはフランブレイブと違って、殺戮よりこっちのほうがいいもん♪』

『……しつこいぞ、シルフ』

 

 開いた窓の傍に立ち、フィオレは瞳を閉ざした。

 一瞬の暗闇が拓け、吹き抜ける夜風に視界を委ねる。

 フィオレが歩くより数百倍の速度で、王城の一室一室が見て取れた。

 祝賀会会場にはおらず、隻眼の歌姫に用意された控え室にもいない。

 先に帰ってしまったのかと思い始めた時、王城の奥まった一室が垣間見え──見つけた。

 漆黒の猫毛に、礼装そのものは似合っていても幼さの抜けない少年。

 紛れもないリオンは、何故か表情を強張らせて正面を見つめている。

 色を失いつつある小さな唇が、言葉を紡いだ。

 

「ヒューゴ様。それは──」

「聞こえなかったのかな、リオン」

 

 きまぐれな風をなだめて操り、部屋の全体を見て回る。

 少年の目の前に立っていたのは、フィオレの雇い主でもある彼の父だった。

 関係を隠した親子は向かい合い、一度交わされたであろう会話をもう一度、復唱している。

 その内容を盗み聞いた途端、フィオレは血相を変えて術を打ち切った。

 

『シルフィスティア、ありがとうございます』

『う、うん』

 

 守護者への感謝もそこそこ、大急ぎで現場へと向かう。

 あまり王城に寄り付かない今までが災いし、なかなか一目散に目的の場所へと行けない。

 直前の光景を頭に思い浮かべては似たような場所を探し、間違え、それを繰り返してフィオレはようやく彼らのいる一室へたどり着いた。

 ノックなどはしない。ノブを回して突入しようにも、鍵がかかっている。

 

「ええい!」

 

 髪の中に仕込んだピンを探す手間も惜しんで、フィオレは扉を蹴りつけた。この精神状態では、ピンを使っての開錠も失敗していたかもしれない。

 いくら鍛えていようと、体格自体は細身、そして体重もそこまであるわけではないフィオレの蹴りでは、扉はそう簡単には壊れない。鍵の部分を重点的に蹴り、それでようやく扉は壊れた。

 乱れた息をそのまま、押し込みをかけるかのように侵入する。

 照明はなく、月明かりの差し込む部屋の中。

 初めに眼に入ったのは、数人の男に押さえつけられ、礼装を無残に切り裂かれたリオンの姿だった。

 それを眺めるように離れたところで突っ立っていたヒューゴも、その場の人間たちも、一様に目を見張ってフィオレを注視している。

 抵抗しようとして弾かれたのか、抜き身のシャルティエが壁に突き刺さっていた。

 

「……お探し、しましたよ」

 

 そう、言おうとした。

 曲がりなりにも王城の一室を占拠して、一体何のプレイを愉しんでいるんだと。

 理性的に、この狂った状況をまず把握せんと、一同に冷や水を浴びせるべく、言葉を探して。

 フィオレの口から出てきた言葉は。

 

「ふざけんじゃねえ、この屑野郎!!」

「!」

「クソッタレが! テメエはそれでも人の親か!」

『フィ、フィオレ……!?』

「金持ちなんだからなんとでもなるだろ、適当に人雇って満たせよ、そういうのは! なんで自分のを使うんだよ、使う必要があるのかよ! こっちは欲しくて欲しくて欲しくて、気が狂うくらいだったのにっ!」

 

 ひとしきり、被っていた猫も放り捨てて、怒鳴りつける。

 まぎれもない本意──しかし過去のこと──を何も知らない他人にぶつけて、一足先に落ち着いたフィオレは、息を吐きながら油断なく周囲を見据えた。

 凍りつく一同を睥睨して、未だ押さえつけられているリオンから目を背けたくなるのをこらえて。

 

「失礼、取り乱しました。で、何妖しげなプレイに勤しんでいるんですか。そーゆーのは王城の一室ではなくて、しかるべき場所でお願いします」

「……その王城の一室を破壊しておいて、君は何を言っているのかな」

 

 どうにか驚愕を振り払ったらしく、ヒューゴ氏が押し殺したような声音で口を開く。

 リオンを取り押さえる男たちを視界に入れたまま、フィオレは彼に眼をやった。

 

「歪んだ欲望を満たそうとする変態に言われたくありません。汚らわしい」

「歪んだ欲望とは失礼な。私は、言うことを聞かない私兵に仕置きを加えているだけなのだよ」

「変態だということは認めるんですね。そんな輩を雇い主として許容していたなんて、己を恥じます。むしろ恥を知ってください、色気違い」

 

 大真面目な顔で罵倒するフィオレに、ヒューゴ氏はまともに顔を歪めて、しかし視線をそらした。

 

「……言葉遊びはその辺にしておいてもらおう」

「随分と悪趣味なおしおきですね、その理由とは?」

「私の命令を聞けないと抜かしたのでな」

 

 ということは、国賓を危機にさらした先ほどのことを言っているわけではないらしい。

 てっきりそのことかと思っていたフィオレは、思考を切り替えた。

 

「短絡的ですね。その命令の内容は?」

「君にそれを告げる義務はない。出て行きたまえ、君はリオンに更なる屈辱を与える気か?」

「元凶が何を偉そうにブツクサと呟いてやがる。寝言は寝てから言え、こないだ腹下して寝ゲロしたヒゲ」

「何?」

「なんでもありません。続けるおつもりならどうぞ。私は未成年への性的虐待を看過しませんし、ケダモノを人扱いする気もありません。むしろ、ヒトの危害を加えるケダモノは駆除しませんと」

 

 威圧的に睨みつけてくるヒューゴに、毅然とフィオレが立ち向かう。武装こそ非常に心許ないが、下がるという選択肢はない。

 いざとなれば、奥の手すべてを用いての武力行使も、今の彼女は厭わないだろう。

 膠着状態を嫌ったか、ヒューゴはちらりと視線を流した。

 視線を受けて、リオンを抑える男の一人が短剣を取り出す。

 

「そのリオンが、どうなってもいいと?」

「どうぞ」

『!』

 

 刃をリオンの頬に押し付けるのを認めて、フィオレは即答した。

 シャルティエの、息を呑むような気配が伝わってくる。

 

「これは不思議なことを言うな。救おうとするリオンが殺されるのはかまわないと?」

「これで晴れて私はクビなのですね。大変喜ばしいことでございます。下衆で姑息な雇用主とは縁が切れ、そのご子息とも永遠(とわ)にさようなら。今まで大変お世話になりました。これであなたは陛下に覚えめでたい手駒をふたつも、失うのですね。いい気味でございます。ざまあみさらせ。稀有で貴重なソーディアンマスターの手駒を喪って、素質を持つのかもしれない私には綺麗に見限られて。そこの有象無象達に何ができるのでしょうか? ああ、あなたの特殊な趣味にはお付き合いできますね。精々絡ませて愉しめば宜しいんじゃないでしょうか。さあどうしたのですか。お手々が止まっていますよ。その少年の頬を、刻まないのですか?」

「……」

 

 ヒューゴ氏は沈黙したまま、リオンの頬に刃を押し付ける男も、動こうとしない。

 硬直を余儀なくされた彼らを前に、フィオレは震える手で扇を広げて口元を隠した。

 嘲笑を隠していると、思わせるがために。

 

「彼を盾にすれば、私を従順になるとでも思ったんですか? アテが外れちゃいましたね」

「……ならば。私がリオンに何をしようと、君の関心の外ではないのか?」

「その通りです。けれど、目の前の不愉快な光景を野放しにしておく趣味はない」

「ならば今一度言おう、出て行きたまえ。それならばこれ以上、見なくて済む」

 

 ……ああ。思いの他、頭が沸騰している。

 こんなくだらない口論を断ち切ることもできないなんて──

 きびすを返して、蝶番の壊れた扉から部屋の外へと一歩出る。

 

『フィ、フィオレ!?』

「其の荒ぶる心に安らかな深淵を」

 ♪ Toe Rey Ze Qlor Luo Toe Ze──

 

 廊下に闇がわだかまっていることをいいことに、第一音素譜歌にて睡魔をけしかける。

 バタバタと人の倒れる音を聞き、フィオレは振り返った。

 部屋の中にいた人間たち全員が無防備に弛緩し、呑気な寝息を立てている。

 使ったのは、対象無差別威力数倍にした【第一音素譜歌】夢魔の子守唄(ナイトメア・ララバイ)だ。

 ヒューゴ氏はおろか、リオンも寒そうな格好でつっぷしている。

 振り払っても振り払っても浮かんでくる光景に必死で眼をそむけながら、フィオレは壁に突き刺さっていたシャルティエを手に取った。

 手に取ったと、思っていたのだが。

 

 カツンッ

 

「あ……」

 

 シャルティエは床へと投げ出された。

 差し込む月明かりに、よく手入れされた刃が輝く──

 

『さあお嬢ちゃん、あっちのねえちゃん達みたいに死にたくないだろ? 服を脱いで、四つん這いになろうな』

『ガキのくせにしっかり着込んでやがるなあ。メンドくせえ、切っちまえよ』

『おい、邪魔するなって……ああ、もったいねえ。このへたくそ、傷が付いちまったじゃねえか』

『これから傷物にするんだ、たいして変わんねえだろ』

「っ!」

 

 今はもう、跡形もない傷が痛む。

 あんなにきれいな剣ではなかった。血糊と人の脂肪がべったりと付着した、錆すら浮いていた剣だ。

 リオンの姿を見たせいだろうか、あの時の光景がこんなにも鮮明に浮かんでくる。

 

『……フィオレ?』

「……おしおき、終わりましたよね」

 

 最早念話を使うことすら厭うフィオレが、意志を放つ剣に力なく尋ねた。

 否、尋ねてなどいない。自分に言い聞かせるように、再度呟いた。

 

「終わったんだから、連れて帰ったところでかまいはしませんね」

 

 シャルティエを手に取り、鞘へおさめる。

 男たちの中で埋もれているリオンを引きずり出し、まとっていたケープで礼装を切り裂かれている少年の体を包んだ。

 壊れた、否、壊した扉についてだが、後で難癖つけられても困る。

 使えば状況は打破できても、かなり消耗するだろう。そんな風に後先のことを考えられないほど、フィオレは切迫していた。

 

「始まることも終わることも知らず、時空の狭間にて揺蕩(たゆと)うものよ。時の川をさかのぼることを許したまえ」

 

 今や自らの体にしか存在しない第七音素(セブンスフォニム)を用い、扉を中心に譜陣を描く。

 光が走るようにして完成した譜陣は、一際強く輝き──あっという間に消失した。

 輝きの中に埋没していた扉を動かせば、ひしゃげていた蝶番もへし折れていた錠も、何事もなかったかのように機能している。

 一気に重くなった体を引きずるように、フィオレは少年を背中で背負った。肩に担ぎ上げるような元気は、今のフィオレにはない。

 どうにか控え室まで戻った時。フィオレは背負っていたリオンを寝台に横たえると、そのまま膝をついてしまった。

 

『大丈夫? 顔色がすごく悪いよ……?』

「……慣れないことして、疲れちゃったんですよ。早く、リオンを屋敷へ連れて行かないと」

 

 そのためには、少しでも体にかかる負担を減らす必要がある。

 シーツをリオンとシャルティエの上にかけ、フィオレは身につけているものをすべて外した。

 日が沈む前、王城へやってきた格好──少しでも目立たぬよう、普段着として購入した衣装を身につける。

 そして、礼装や装飾類を支給されたかばんに詰め込んだ。これを引き取るのは明日でいい。

 シーツを取り上げると、リオンは変わらぬ様子で寝息を立てていた。ちょっとやそっとでは目覚めないほどに威力を高めたものだ。これは仕方ない。

 ケープを回収すると、切り裂かれた礼装の下から発達しきっていない肢体が覗く。

 その姿と、あどけない寝顔が、フィオレの心を鋭く抉った。

 数人がかりで押さえつけられ、素肌をあらわにした彼の姿が脳裏から離れない。

 もう少しフィオレの到着が遅れていれば、あれ以上のおぞましい経験がこの細い体に刻まれていたかと思うと、吐き気がした。

 ヒューゴへの怒りでも、戸惑いでも、ましてやリオンへの哀れみでもなく。

 忘却の彼方へ追いやれない過去が、フィオレの頭を沸騰させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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