swordian saga   作:佐谷莢

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 ダリルシェイド。
「月の真下の帰り道」直後のお話。


そして咲かせた、罪の花

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジルクリスト邸までリオンを送り、フィオレは再び王城へと戻ってきた。

 かばんを引き取りにきたわけではない。

 高級住宅街に王城の塀が隣接していることをいいことに、屋根を伝って侵入する。控え室の窓はリオンを背負って帰還する際に開けてあるため、ぬかりはない。

 誰一人として気付かれずに、フィオレは先ほど、彼らがひと悶着起こしていた一室へと向かった。

 譜歌の効果はとっくに切れている時間だ。

 扉を開けば、その音で目を醒ましたであろうヒューゴ氏とその配下と思われる男たちが、低く唸りながらも体を起こしている。

 

「……リオンをどこへやった」

「お家へ帰しました」

 

 腕組みをして彼らを見下ろすフィオレは、ただそれだけを短く伝えた。

 ヒューゴ氏の顔に苛立ちと、わずかな戸惑いが見て取れる。やがて立ち上がった彼は、軽い手振りで配下たちを撤収させた。

 

「それで君は、何の用なのかな? 私たちを起こすためだけに、わざわざ戻ってきたわけではあるまい」

「──普段はあなたに従順なリオンが、命令を聞かなかった。一体どんなご無体な命令なのか、お聞きしたく参上しました」

 

 本当は、知っている。

 しかしそれを、そのカラクリを彼に教えるわけにはいかない。

 ヒューゴ氏は明らかに信じていない顔で、興味深げにフィオレの顔を眺め回している。

 

「……そうだな。君の上司である客員剣士、リオン・マグナスの代理として、部下たる君に命じよう」

「何なりと」

「大将軍、フィンレイ・ダグの殺害だ」

 

 その言葉を聞き。フィオレは一呼吸の沈黙をおいて、尋ねた。

 

「一体何のために?」

「君が知ることでは──」

「フィンレイ将軍と、あなたのことはね。それで、彼にそれを言いつけた真意は何ですか。彼が将軍に対してそれなりの尊敬を抱いていることは承知の上でしょう。そんな風に反発心だけを育てて、どうするんですか」

 

 そんな質問は予想だにしていなかったのだろう。

 明らかに驚いた顔のヒューゴ氏ではあったが、そんな驚愕はすぐに霧散させている。

 

「心情面を考えればな。だが、私の手駒の中でリオンは、最もフィンレイの信頼を得ている。相応しい人材を選んだつもりだ」

「マリアンをエサに、随分思い切ったことさせようとしましたね。あなたはご子息をブタ箱へ放り込みたいのですか? リオンがしくじれば、疑いはそのままあなたへスライドされるというのに」

「……君には関係のないことだ」

 

 これである。確かに彼らは親子だ。

 目には見えないが、切っては切れない何かが、彼らを繋いでいるのだろう。

 あるいは縛り付けている、か。

 

「ああ左様でございますか。で、方法の選択と日時指定等、ご注文は?」

「これを使え」

 

 ヒューゴ氏が差し出したのは、手のひらに隠しきれるほどの小瓶だった。

 中には、透明な液体が揺れている。

 

「刃物の塗布でいいですか、布に染み込ませての吸引ですか、それとも服毒ですか?」

「気体による吸引では失敗する可能性が高い。刃物を使うなとは言わないが、それを使ってとどめを刺すことが前提だ。いいな」

 

 ──ここで頷かなければ、彼はリオンにこれを実行するよう、強制するのだろうか。

 結果がどうあれ、彼は心を病むだろう。精神に傷がついた少年に、現時点以上の向上は望めない。

 彼が弱体化してしまえば、フィオレは契約を果たせず、飼い殺しの憂き目に遭う。と。

 

「御意」

 

 リオンとフィンレイ。天秤にかけるまでもない。

 内心の打算を胸に、承諾して。

 フィオレは小瓶を受け取った。

 

 

 

 翌週のこと。祝賀会襲撃の噂に揺れるダリルシェイドに、ひとつの訃報が駆け巡る。

 セインガルド国王軍の頂点に立ち、ダリルシェイド七将軍を結成した大将軍、フィンレイ・ダグが惨殺された、と──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……将軍は当日早朝、日課とされている城下町の見回りに赴かれました。これは軍に籍を置く者、あるいは城下町にて、深夜営業の酒場などに出入りする人間であれば、誰もが知っていることです」

 

 謁見の間において、報告書を読み上げる兵士の声が響き渡る。

 ヒューゴ氏のお供として付き添いを命じられたリオンとフィオレは、彼の傍らに控えてその報告に耳を傾けていた。

 他にもミライナを除く七将軍、故フィンレイ将軍の婚約者だった王女、更に彼直属の部下数名が揃う中。ここ連日に及ぶ調査結果が、一同に知らされる。

 

「将軍のご遺体は、軍専用の厩舎付近にて発見されました。植え込みの中へ押し込まれるように放置されていたため、発見が遅くなったのはそれが原因だと考えられます」

「……して、遺体の様子は」

「将軍は、愛剣を手にしておられました。剣には血糊がこびりついており、激しい戦闘が行われたものと思われます。延髄、胸部、腹部、頚動脈に鋭利な刃物で斬りつけられた跡があり、背中に至っては十数箇所に及んでおりました。更にご遺体を調べましたところ、将軍の体からは神経系を麻痺させる毒素が検出されております」

「つまりフィンレイを襲った賊は、複数の上に毒まで使いおったということか!」

「卑劣な……!」

 

 報告を聞くにつれ、王女のすすり泣きが謁見の間に響いた。

 その隣で国王は憤然と玉座から立ち上がり、王の怒りに縮こまる兵卒に怒鳴りつけている。

 冷静に見えて、彼の内心は相当揺れているのだろう。何せ一人娘の婚約者、ひいては自らの後継者を殺されたのだから。

 故フィンレイ将軍惨殺事件の報告を終えて、兵卒は粛々とその場を辞している。

 侍女に支えられ、ここ数日ですっかりやつれた王女が同じく謁見の間を辞する中、沈黙が漂った。

 

「……まさか、大将がやられるとはな」

 

 沈黙を破ったのは、リーン将軍である。

 普段はおちゃらけた印象の強い彼だが、珍しく軽口は叩かれない。

 

「どこの卑怯者が企んだんだか。アクアヴェイルかカルバレイスか、まさかファンダリアってことはないよな?」

「おいおい。国内の人間って可能性はゼロかよ」

 

 そう発言したのは、アスクス将軍である。

 普段国王陛下に対しては似合わない丁寧な口調であるが、年上とはいえ同僚に対して口調は荒い。

 

「いくら建国記念で浮ついた雰囲気だったとしても、国境警備隊に手を抜け、なんて指示は出てないはずだ」

「とはいえ、この時期は大勢の人間が国内やダリルシェイド入りを果たしている。その中に紛れて賊が入り込んだところで気づくことができたかどうか──」

「気付けてないだろうが。実際こうして被害は出た」

「彼に反感を抱いていたダリルシェイド在住貴族や、将校たちがいなかったわけでは」

「祝賀会襲撃を企んだ組織との関連は……」

 

 謁見の間において、七将軍による喧々諤々の議論が繰り広げられそうになったそのとき。

 玉座に座る国王が、腕の一振りでそれを停止させた。

 

「──フィンレイを失い、そなたらの動揺は儂も味わっておる。しかしそれを表へと出せば、この国は更に揺れるであろう……この件において許可を出そう。七将軍全員の介入を許す」

 

 フィンレイを喪ったこととは別種の動揺が、謁見の間を揺るがした。

 とある湖畔の集落でドラゴンの猛威を最大戦力で抑えるべく、七将軍全員を派遣した時とは違う。

 それだけ王は、この事態を重く見ていることの証だった。

 

「ありがたきご決断でございます」

 

 真っ赤になった目を伏せて国王に一礼をしたのは、かの大将軍の弟であるアシュレイその人である。

 

「私は、兄をこのような卑劣な手で殺めた人間を許さない。必ずや、賊供の首をはねて見せます!」

「うむ──リオン・マグナス、そしてフィオレンシア・ネビリムよ」

 

 ふと、玉座の国王から名を呼ばれる。

 フィオレはリオンと共に控えていたヒューゴのそばを離れ、玉座の正面へ移動した。

 

「記念式典及び祝賀会での働き、足労であった。遅くはなったが、褒めて遣わそう」

「ありがたきお言葉にございます」

 

 リオンの形式的な礼に倣い、フィオレもまた頭を下げる。それを認め、国王が小さく手を振る。

 その意味を瞬時に汲み取った侍従長が、すぐ傍にあった盆を取って国王へと差し出した。

 平たい盆に載せられていたのは、見たこともない豪奢な封蝋の押された便箋だ。

 その封蝋に傷をつけることなく、封書は開かれている。

 

「今朝、ファンダリアより隻眼の歌姫宛に届いたものだ。早々に準備を申し付ける」

 

 促され、封書を改める。開いた途端、特殊な香木が放つ香りが鼻を掠めた。

 内容を確認したフィオレは、困惑気味に顔を上げている。

 

「今は……このようなものに応じている場合では、ないのでは」

 

 それは、隻眼の歌姫に是非ファンダリアにて出張公演を行ってほしい、という招待状だった。

 同封されていたのはファンダリア王族の持つ特別通行手形であり、所持していればジェノスの国境はおろか、ハイデルベルク王城の立ち入りまで許されるのだという。同行者も、また然りであるらしい。

 こんなものをセインガルド国経由で送ってきて、掠め取られたらどうするつもりだったのか。

 それだけ平和ボケしているのか、セインガルドを友好国と取っているのか、それとも侮っているだけだろうか。

 もっとも、ファンダリア王族が建国式典及び祝賀会に出席したのは、近い将来結ばれるであろう同盟締結の段取りのためという噂があるのだから、特に不思議な話でもないのだが。

 フィオレの言葉に、国王は重々しく頷いた。

 

「そなたの申す通りだ。しかし、だからと言って起こった事実そのものを伝えることもできぬ。フィンレイの逝去が知られれば、不穏分子がどのように動くやも……今だからこそ、向かってもらう」

「ヒューゴ様の承諾が得られるのであれば、なんなりと」

 

 恭しく承諾の意を示すヒューゴを見、国王は頷いている。そして彼はリオンに目を留めた。

 

「リオン・マグナスよ。そなたに『隻眼の歌姫』の護衛を命じる。本来ならば隻眼の歌姫を取り巻く情報を考慮し、十分な人員を用意したいが……現状においてそれはできぬ。そなたならば、務まるものと信じているぞ」

「はっ。客員剣士リオン・マグナス。隻眼の歌姫が警護、ここに承りました」

 

 フィンレイの訃報、二人に下された任務命令を以って、謁見は終了する。

 七将軍たちは会議室へ行くため。ヒューゴ氏の供として登城した二人は、同氏と共にジルクリスト邸へと戻るために謁見の間を辞そうとした、そのとき。

 見張りの兵士の制止を振り切って現われたのは、先ほど侍女に支えられてその場を辞した、王女の姿だった。

 その形相は蒼ざめていながら鬼気迫るものがあり、涙に潤んだ瞳は尖りきった視線をただ一人の人間に向けている。

 

「いったい何事──」

「お父様。フィンレイを殺めた不埒者の名が、わかりましたわ」

 

 表情とは裏腹に凛とした声音が、謁見の間に響き渡った。

 衝撃の走るその場を見計らったかのように、王女を取り巻くようにして数人の兵士たちが現われる。

 

「お許しください、陛下。しかし、卑劣極まりない方法で大将軍閣下を殺害した人間が、神聖なる御前にて大きな顔をしていることが許せんのです!」

 

 七将軍の誰一人として咎めだてしないということは、彼らは故フィンレイの私兵か、王女付きの兵士たちなのか。

 それはいいとして。彼ら及び王女の視線がフィオレに集中しているのは、気のせいなのかそれとも。

 

「フィオレンシア・ネビリム! ファンダリア王家が落胤にして、汚らわしい暗殺者! もはや言い逃れは聞かぬ、己が命にて、犯した罪を償うがいい!」

 

 ……気のせいではなかったらしい。

 王女を囲む兵士群は一様に腰の剣を引き抜くと、フィオレに向かって突きつけた。

 一同は、驚愕と衝撃をもってフィオレと彼らを交互に見ている。

 フィオレが知る限り、たった一人を除いて。

 わざとらしく視線を向けると、ヒューゴ氏はこれ見よがしに唇を歪めていた。

 あの夜のお返しというわけなのか、彼が王女に情報を流したのは、間違いなさげである。

 それにしても、絶妙なタイミングというかなんと言うか……

 感心するのは後でも出来る。となれば、自分でどうにかするしかない。

 そのとき。

 

「……王女殿下。客員剣士フィオレンシアが、兄上を殺害したという根拠を、お聞かせ願えますか」

 

 そう言って進み出てきたのは、目を真っ赤にしたままのアシュレイである。

 犯人の首を刎ねると宣言していた彼のこと。もしも本当にそうだと判明した日には、本当にフィオレの首を刎ねるつもりでいるのか。

 フィンレイとのつながりで彼とも親交があるのか、王女は気安く頷いている。

 

「そういった目撃情報が寄せられたのですわ。目撃者の詳細は明かせませんが、とにかくその者の証言によりますと、当日早朝の軍専用厩舎付近にて、巡回をしていたフィンレイにそこなフィオレンシアが近寄り、話しかけたというのです」

 

 驚いたことに。王女によって語られたのは、ほぼ事実そのものだった。

 見回り中のフィンレイに、散歩中を装ったフィオレが挨拶ついでに立ち話を行う。

 ところがその後フィオレの動きが止まり、いぶかしげにフィンレイが近寄ったそのとき。

 フィオレは懐に忍ばせていた短剣で、彼を刺した。自分に向けられた刃物を見てだろう、フィンレイは応戦しようと武器を抜いたが、それよりも早く、フィオレは彼の懐へ潜り込んでいたという。

 

 あばら骨を避けて、心の臓を一突き。フィンレイは大剣を手にすること以外、抵抗できなかった。

 

 やがて、フィオレにもたれるようにして倒れた大将軍と共に膝をつき、まるで看取るようにその場に留まっている。

 その後、フィンレイが完全に動かなくなったのを見て取って、彼の体をまるで数人がかりで斬りかかったように細工した。

 そして近くの植え込みを切り裂いて遺体を隠したフィオレは、何処かへ走り去ったのだという。

 

「さあ、反論はあるか? 何とか言ってみろ!」

「何とか──もとい、思い切りましたね。当時私が、どこにいたのか調べもせずに」

 

 勝ち誇ったように叫ぶ兵士を一瞥して、フィオレはアシュレイの背中を眺めながらため息をついた。

 どこでどう情報を集めたのは知らないが、頑張った方だと思う。

 王女が話したことは大体が事実だ。フィオレはそうやって、フィンレイを殺害した。

 ……ただ。

 そんな事実だけを突きつけて、どうにかなると思ったら大間違いである。

 当然のことながらそんなフィオレの心情には気付かず、兵士はただ訝しげな表情を浮かべた。

 

「何だと?」

「普通なら、そんな早朝時は自室で眠っていたと答えるものですが……私は当時、厩舎にいました」

「厩舎……つまり貴様、現場のすぐ近くにいたと認めるのだな?」

「もういい、フィオレンシア。これ以上無益な会話を続けさせるな」

 

 自分のいいようにしか受け取らない兵士に辟易してなのか、アシュレイ将軍のそばにやってきたのはアスクス将軍である。

 

「アスクス?」

「落ち着け、アシュレイ。確かにフィオレンシアは俺たちを、大将軍ともやりあった。だが、今回は違う。それは俺とリオンが証明できる」

「なんだって……」

 

 戸惑うアシュレイに背を向け、アスクスは王女にも兵士にも一瞥をくれることなく、玉座の国王と向き直った。

 

「陛下。当日早朝、フィオレンシアは軍専用の厩舎にて、リオンと共に乗馬訓練を行っておりました。私が見たのは、訓練後にベンチに座って休息をとっている彼女の姿ですが……それはこの私、アスクス・エリオットが証明します」

 

 ──凍るような沈黙が、謁見の間を支配する。

 王女にも兵士にも視線をやらず、フィオレがヒューゴ氏へと眼を向けると。

 口元の歪みはどこへやら、彼は忌々しげに薄い唇を噛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 フィンレイ・ダグ。
 ダリルシェイド七将軍を結成し、セインガルド王国軍の頂点に立つ大将軍となった人物。
 王の娘を娶り将来を約束されていたが、国王に対する発言力強化を目論むヒューゴに暗殺された。
 生涯無敗という輝かしい戦績と共に、セインガルド王国史にその名を刻む。
※ゲーム中には登場しない、設定だけが存在するキャラクター。

 と、手持ちの資料にありましたので、原作でも空気な七将軍達と共に、原作以前のエピソードに参加していただきました。
 ここで彼は、原作の史実に則りログアウトします。伴って、七将軍の出番も非常に少なくなるでしょう。
 ありがとう。君達のことは、忘れない。
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