swordian saga   作:佐谷莢

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 inノイシュタット。
 もちろんこんなイベント、原作にはないわけですが。
 原作開始のオープニングイベントとして「貧富の差が激しい」「桜が咲き誇る」「闘技場がある」この街の紹介をば。
 特別ゲストとして、本来の登場は大分先。
 原作ではスタンとのデートイベントが用意されている「イレーヌ・レンブラント」さんにお越しいただきました。
 彼女は第十夜、第十六夜にてちらっと現れた「シャイン・レンブラント」さんの娘さんです。
 べ、別にデートイベント自体ばっさりカット予定だからって、出番増やしてあげたわけじゃないんだからねっ! (笑)


第二十八夜——錆びた歯車の、きしむ音

 

 

 

 

 

 

 

 

 暖かな風が、ふんわりと吹き抜ける。

 あおられた木々の枝からはらりと離れ、花びらはあっという間に空へ吸い込まれていった。

 桜の木の下には、死体が埋められている。だからこそ、こんなにも淡い桃色の花が咲く。

 いくらなんでも迷信に違いない言葉だが、これが本当だとしたら、この例えにも間違いはないはずだ。

 この街は、まるで桜の木だと。

 

 

 

 ノイシュタット港を経て、フィッツガルド大陸最大の都市に至る。

 

「フィッツガルドの最果て、天地戦争時代終了直後に建立したと思われる神殿にて新たなソーディアンが発掘された。正式名称はソーディアン・ディムロス。伝承によれば地上軍中将を努めたディムロス・ティンバーの人格が投影されているという」

 

 表向きは、神殿内より発見された発掘物の警護。

 真の任務はソーディアン本体の護衛という面倒な仕事にして、初の単独任務を請けることになったフィオレは第三大陸へと上陸した。

 ソーディアン発見の知らせを経て飛行竜の派遣が決まった際は、フィオレにも船員同様搭乗が許されている。

 しかし、それはあくまで護衛役という任務中の話。

 更にヒューゴ氏からオベロン社のノイシュタット支部長と面会しろと命令されているため、派遣が決まって調整されている飛行竜よりも早く船で移動してきたのだ。

 最も、調整さえ終われば飛行竜は半日でセインガルドからフィッツガルドへ移動できる。飛行竜はとっくに現場へ到着しているだろう。

 何を思って重要であるはずの任務ついでに支部長と会え、などと抜かしてきたのか。

 今の今まで疑問に思っていたことだが……もしかしたらこの光景を見せようとしてのことかもしれない。

 そんなことを思うほどに、目前の光景は奇妙なものだった。

 もう何日も着たきり雀なのだろう。よれよれの衣服を身にまとった少女が一人、裸足のまま桜の花びらが舞う公園を彷徨っている。

 否、彷徨ではない。少女は細い片腕に小さなカゴを携えており、その中には小さな野の花が摘まれていた。

 貧困にあえぐ中、少しでも生活に華やぎや慰めを求めて摘んできたわけでもなく、食用でもないらしい。

 何故なら。

 

「お花……買ってください、お花……」

 

 少女はか細い声で、公園で呑気にくつろぐ人々に呼びかけていたからだ。

 大人たちはそれに哀れみの視線を向けるでも、気まずそうに視線をそらすでもない。

 たまに応じる声はといえば、聞くに堪えないものばかり。

 

「ごめんなさいねえ。家にはそんな、みずぼらしいものを飾るところはないの」

 

 つばの広い白い帽子、上質な絹の手袋をつけ、羽扇子を広げた「貴婦人」のつもりらしい中年女が嘲笑を浮かべている。

 驚いたことに、少女へ同情の視線を向ける者は皆無だった。

 良くても目をそらし、その姿を視界に入れまいとするくらいだ。

 中には臭いから近寄るな、と大声で罵倒する大の大人までいる。

 大人げないとフィオレが呆れている最中、事件は起きた。

 

「……何ジロジロみてるんだよ、貧乏人!」

 

 やっと幼児が少年らしくなってきたような、生意気盛りの鼻がかった怒声が飛ぶ。

 見やればそれは、氷菓子片手に花売りの少女を睨む、富裕層と思しき少年だった。

 彼が持つのはおそらく、フィッツガルドの特産……と言っては少々おこがましい、アイスキャンデーだろう。

 氷菓子を販売する屋台傍のベンチを陣取り、そのすぐ隣には姉と思われる少女の姿もあった。

 どちらも件の氷菓子をしがんでおり、身なりもよく、金持ちに育てられた子供と言った風情で、間違っても良家の子女ではない。

 あの氷菓子そのものの値段は知らないが、食うや食わずの毎日で日々食べることさえままならない少女には高嶺の花なのだろう。

 それ故、ついじっと見つめてしまったのではないかと容易に推測できた。

 当の少女といえば、慌てて目をそらしている。

 

「大体、なんで貧乏人がここにいるんだよ、目障りだなあ!」

「やめなさい、見苦しいわよ」

 

 癇癪を起こした子供のように、座ったまま地団駄を踏む弟をたしなめたのは隣の姉だ。

 しかしそれは、少女をかばおうとしてのことではない。

 

「貧乏人相手に目くじらたてるなんて、優雅じゃないわ」

 

 そう言って少女をけなす姉であったが、不満そうに頬を膨らませる弟を見て、考えを改めたらしい。

 なぜなら。

 

「けど、姉さま……」

「こうすればいいわ。ほら!」

 

 何を思ったのか、身奇麗な少女は食べかけの氷菓子を花売りの少女めがけて放り投げた。

 否、放るのとは違う。

 投げつけるようにしたせいか、氷菓子はあっという間に地面を転がり、砂まみれになって少女の眼前へとたどり着いた。

 

「同じのを買ってらっしゃい」

「は、はい……」

 

 そして傍に佇む家政婦(メイド)と思しき服装の女性へ横柄に言いつけ、視線を花売りの少女へと向ける。

 

「ああら、どうしたの? 食べたかったんじゃないの、それ?」

 

 少女は小さな手を握りしめたまま立ち尽くし、凍りついたままだ。

 その目はどこか、責めるように二人へ向けられている。

 

「そんなに欲しいなら、走ればよかったのにね。犬みたいに」

「まったく生意気だなあ。貧乏人のくせに気取るなよ!」

 

 少女が黙っていることをいいことに、身奇麗な少年は足元に転がっていた石を拾い上げた。

 

「あっち行け! 公園から出て行けよ、貧乏人!」

「公園じゃないわ、この街からよ。ああいうのがいると、迷惑なのよね」

 

 ついには二人がかりで石を投げ始めた姉弟を前に、花売りの少女は必死で逃げ惑う。

 それでも見て見ぬ振りを続ける住人たちを目の当たりにして、フィオレは足元に転がってきたものを拾い上げた。

 投擲された石が、ベンチに激突する。

 

「わぁっ!」

 

 自分のすぐ横を掠めてベンチに被弾した石を見、花売りの少女が投げ返してきたのかと睨んだ少年の姉の目は当然のように丸くなった。

 少女は頭を抱えてうずくまっており、到底そんなことができる状態ではない。

 その代わり、そんな少女の傍には見知らぬ旅装の人間が立っていれば、困惑するしかないだろう。

 しかし、その旅装の人間が数個の小石を手のひらに転がしていることを見て取った姉は、即座に眦を吊り上げた。

 

「何するのよ! いきなり石なんか投げて、危ないじゃない!」

「危ないとわかっているなら、何で人に石なんか投げるんですか」

 

 すっかり脅えてしまっている少女をかばうように移動しながら、小石を足元に捨てる。

 

「てっきりこの街では人に石を投げる風習があるのかと、つい参加してしまいましたよ」

「そんなわけないでしょ、頭おかしいんじゃないの!?」

「──そのままそっくり返しますよ。食べ物は投げるわ、きいきいうるさいわ、人に平然と石を投げる野蛮人風情が」

 

 驚いたことに、フィオレが何を言ったのか彼らは正確に理解したらしい。

 野蛮人呼ばわりされて、二人は顔を真っ赤にして怒っている。

 

「誰が野蛮人ですって!? 私たちは代々フィッツガルドで……」

「ボス猿のもとで育ったんですか? 道理で猿に似てると思ったら、子孫なんですね」

「さ……! そんなわけないじゃない! 私たちのお父様は偉いの、貴族なの。この街でいっちばん偉いのよ!」

 

 それがどうしたと突っ込みたいのは山々だが、大の大人である自分がこんな、年端もいかない子供相手にムキになってはいけない。

 そんなわけで、そこではなく違うところをなるたけ優しく突っ込もうと、心に決めたフィオレだった。

 

「ほほー。そこまで言うからにはさぞや立派なキゾクのお父様なのでしょうねえ」

「あ、当たり前でしょ!」

「でも教育には失敗した、と。ま、こんな片田舎でふんぞり返ってるキゾク崩れの成金じゃあ、仕方なさそうですね」

「な、何ですってぇ!」

 

 親を、身内をけなされて怒らない人間はあまりいない。

 自身も身内を想う心を持つからこそ、意味があると信じている悪口雑言を使う。

 

「違うんですか? 貴族という生き物は幼少より貴族としてふさわしい知性なり品性なりを身につけるため、日夜習い事に明け暮れているはずです。真っ昼間っからこんなところで菓子かじってる余裕も、人に石投げつけるような卑しさもあるわけないんですよ。誇り高い貴族ならね」

「そ、それは……」

 

 もともと、無理のある理屈だ。

 少し方向性を変えて品性の話にすりかえれば、姉弟はあっという間に口ごもった。

 これが少し大きくなると「それがどうした」と開き直って意見のゴリ押しをしてくるようになる。

 それをしないということは、未だ彼らは幼いということの証だ。

 最も、だからこそ──矯正の余地があるから、フィオレは彼らと会話をしているのだが。

 

「金で身なりというか、みてくれだけを整えた有象無象が成金でなくてなんですか。貴族という言葉を調べて、出直してきてください」

「うっ……うるさいわね。庶民のくせに、私たちにお説教なんて!」

 

 正論を言われる、あるいは図星を突かれると怒り出すのは人間共通である。そして彼らは、沸点すら低いようだった。

 新たな氷菓子を買ってきた家政婦(メイド)の制止を振り切り、姉が再び石を拾い上げる。

 怒らせすぎたかと、これ以上の話し合いは見込めないものとしてフィオレが少女を保護しようとした、そのとき。

 

「やめなさい!」

 

 それまで誰一人としてこの事態への介入を避けていた中、凛とした女性の声が響き渡った。

 見やれば、公園の入り口には肩を怒らせた一人の女性がこちらへ向かってくる。

 小奇麗な身なりからして、姉弟と同じ上流階級だ。

 淡いラベンダー色の長髪にフィオレのコンプレックスを刺激するような妙齢の美女ではあるが、その柳眉は険しい。

 女性の姿を確認したその瞬間、姉弟の態度は一変した。

 

「まずい……イレーヌ様だわ」

「姉さま、逃げよう!」

 

 止める暇もあらばこそ、姉弟は石を投げ捨てるなり一目散に逃げ出した。

 氷菓子を握ったままだった家政婦(メイド)らしき女性は、しばし悩んだ後で溶けかけの氷菓子を近くのゴミ箱へ放り、姉弟の後に続いている。

 

「お怪我は、ありませんか?」

「う、うん。大丈夫。ありがとう、助けてくれて」

「目障りでしたので、つい介入してしまいました」

 

 姉弟が去ったのを見届け、頭を抱えてうずくまっていた少女を助け起こす。

 転がっていたカゴを持たせると、少女はペコリと頭を下げた。

 少なくとも、あの姉弟よりは礼節を知っているようだ。

 そこへ。

 

「ミコ、大丈夫? 何もされてない?」

 

 女性が、遅ればせながら少女に駆け寄る。

 少女と目線を合わせるために膝をついており、高価そうなスカートはたちまち砂にまみれたが、彼女は何ら気にしていない。

 

「大丈夫です、イレーヌ様。何でもありません」

 

 ──少女が明らかな嘘をついたと同時に、その名前にひっかかりを覚える。

 イレーヌ……とは、どこかで聞いたような。

 

「そう、良かった」

 

 一方で、イレーヌと呼ばれた女性は少女の嘘に気付くことなく、ほぅっと胸を撫で下ろしている。

 しばし黙って二人のやりとりを眺めていたフィオレだったが、唐突にぽん、と手を叩いた。

 ──良かった。これでこの、胸糞が悪くなるような街から早々におさらばできる。

 

「イレーヌ・レンブラントさんですか?」

 

 彼女と少女の会話が途切れたところで狙って話しかければ、少々いぶかしげな肯定が帰ってきた。

 フィオレとしては、いぶかしげだろうが何だろうが、本物でさえあればそれでいい。

 

「お初にお目にかかります。セインガルド王国客員剣士見習い、フィオレンシアです。ヒューゴ様からハトが届いているかと思いますが……」

「客員剣士……! あなたが、リオン君の!?」

 

 剣術指南役と言いたいのか、部下兼同僚と言いたいのか。

 彼女が何に対して驚いているのか詳細はわからないが、おそらくその辺りだろう。

 適当に肯定しようとして、フィオレは危うく踏みとどまった。

 

「ヒューゴ様から伺っているわ。リオン君の……婚約者だと」

「それは明らかに悪意を孕んだ悪質な冗談なので、認識を改めてください。お願いします」

「え……でも」

「異論は聞きません。私はリオンの婚約者とかではないです。ともあれ、私がこれからどこへ行けばいいのか教えてください」

 

 あの野郎、帰ったら一発殴る。物理的には無理でも、そのくらいの恥かかせてやる。

 そんな後ろ向きな決意を胸に秘め、用件を聞き出そうと試みた。

 意地の悪いことに、フィオレが面倒くさがって支部長との面会をサボろうとする光景が目に浮かんだのか、ヒューゴ氏はフィッツガルドより先の行程は支部長から聞け、と言い放ったためである。

 しかし、そこで思わぬ障害が立ち塞がった。

 

「お姉ちゃん、どこかへ行っちゃうの?」

「もともとこちらへは仕事の都合で立ち寄っただけですので」

 

 あどけない瞳を向けてくる花売りの少女に対し、事務的に答えれば、少女はたちまち悲しそうに顔を歪めた。

 

「助けてくれた、お礼……」

「別に要りません。助けたくて助けたわけではなし、結果的にあなたが恩義を感じているだけです」

「……?」

 

 秘技、屁理屈をこねて煙に巻く。

 意図的に難しくなった話をどうにか理解しようと少女が困惑していることをいいことに、再びイレーヌへ視線を戻す。

 彼女はどこか呆れたように、二人を交互に見つけていた。

 

「して、イレーヌ女史。例の場所の詳細を……」

「確かに私は、ヒューゴ様からその言付けを受け取っているわ。けれど、報告によると作業はあまりはかどっていないみたいなの。そう急ぐ必要はないと思うわ」

「それはあなたの勝手な判断だと思います」

 

 首を傾げる少女を横目に、イレーヌが意味ありげな言葉を紡ぐ。

 嫌な予感に、フィオレは彼女の認識を否定した。

 しかし、それに怯むような人間では、到底オベロン社フィッツガルド支部長など務まらないらしい。

 

「いいえ。ちゃんと現場責任者から報告を受けているわ。あなたも長旅で疲れているでしょうし、是非この街でゆっくりしていってください。私はこれから会議があるので、目的地については夕方、ここへ来てくれればいいわ。ねえミコ、その間このお姉さんにノイシュタットを案内してあげて?」

 

 よどみなく、まるで芝居で決められた台詞を口にするかのように紡がれた言葉に反論するよりも早く、イレーヌは花売りの少女に目配せを送っている。

 ミコというらしい少女は、パッと顔を明るくさせ……すぐにしょんぼりと下を向いた。

 

「でも、あたし、これを売らないと……」

 

 ──イレーヌの策略に乗せられるようでシャクだが、ここでこれ幸いと彼女たちと別れるのは得策でない。

 ひとつため息をついて、フィオレは財布を取り出した。

 チラとカゴを覗けば、小さな花が幾束も入っている。

 

「いくらですか?」

「え? ひ、ひとつ五ガルド……」

 

 少女の手からやんわりとカゴを取り、いくつ入っているのか確認をしてから、相応のガルドをカゴに入れて少女に返す。

 持ちきれないほどの花を抱えてその場に座り込むと、フィオレはその場で加工を始めた。

 

「えーと。確かここをこうして……」

 

 なにぶん大昔の記憶であるため多少うろ覚えな部分はあるが、それでも指が覚えていたらしい。

 花同士の茎を連結させるようにして作った首飾りを、少女の首にかけてやる。

 

「あ、ありがとう……」

「花を売るなら、こうした方がまだ売れると思いますよー」

 

 そして余った花で作った花冠を、イレーヌの頭に乗せる。

 まさか自分に来るとは思わなかったらしい。

 まともに面食らっているイレーヌの顔を見て、ミコは声を上げて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが中央の広場でね、あっちへ行くと闘技場があるの!」

 

 ミコに手を引かれ、ノイシュタット観光は続く。

 闘技場の入場及び観戦は有料だということで外観だけを見て、街の様々な場所を練り歩いた。

 できればイレーヌの住所を教えてもらいたかったのだが、あの身なりにして事前に聞いていた肩書きから察するに、一般庶民ではないだろう。案内をしてもらうのは憚られる。

 第三大陸最大の都市、と称されるわりに、ノイシュタットは狭く感じられた。

 そして、こうして観光目的で街を歩けば、やはりよく見えてくるものがある。

 街の構造は、はっきりと上下に分かれていた。地形の問題だけではない。

 上段に富裕層、下段に貧民層とあからさまに住居が区分されているのだ。

 どこの街にもスラム──貧民窟は存在するものだが、ここはハンパではない。

 何しろ、街全体がそれほど大規模でないことに加えて、上段と下段に分かれていることから、推して知るべしと言ったところか。

 そろそろ日が傾く頃、紹介してもらったミコたちの知り合い達と共に、待ち合わせ場所の公園へと赴く。

 イレーヌの姿はない。彼らを招き寄せてアイスキャンデーを振舞えば、彼らはおずおずと、しかししっかりとそれぞれ食べてみたい味を挙げ連ねた。

 

「タダではあげません。お礼を言った子にだけあげます」

 

 そしてフィオレも初挑戦したわけだが……砂糖水に色と香りをつけて凍らせたら、こんな風になるのではないかと思うばかりである。

 何度も食べたいと思うものではない。

 

「でも、いいの? こんなに沢山……」

「観光案内のお礼、ということにしておきましょうか」

 

 幸い、アイスキャンデー自体はそれほど高くはなかった。最も、安価でもなかったが。

 食べ終わったアイスキャンデーの棒に「あたり」と彫られていることに気付き、どうしようか悩んで末に荷の中へ放り込む。

 ミコにあげてもよかったが、そうそう食べられないものをもう一度だけ、というのは酷だ。下手をすれば犯罪者にしてしまう。

 

「さて、私はここでイレーヌさんを待ちます。皆さんはお先にどうぞ」

 

 その言葉で、それぞれのねぐらへ帰っていく彼らの背中を見つつ、フィオレはシストルを取り出した。

 六分咲き──満開ではない桜の木が、落日に照らされ黄金の色に染め上げられる。

 

 

 

♪ 今でない時、ここでない場所

 桜は一本咲いていた

 その頃桜はどこまでも 真白の花を咲かせていた──

 

 

 

 何か定まったルーツがあるわけではない。「桜の木の下には死体が埋まっている」という迷信にちなんではいる。

 

 

 

 

♪「白は私たちの色だ。桜は泥棒だ」

 天をたゆたう雲が言う

 その雲が降らす雪もそれを言う

 風も土も水も 太陽さえも 皆それを信じてしまった

 桜は何も言わずに 黙って一人で立っていた

 

♪ 桜は悪者にされた

 桜の周囲だけ風はやみ 水はどんどん干上がってしまった。

「泥棒をやめれば、また恵みをあげる」

 桜はただじっと耐えるしかなかった

 どうすれば色を得られるのか 知る由はなかったから

 

♪ 道に迷った旅人が、桜のもとに現われた

 旅人は足を縺れさせるようにして桜の根元に倒れこんだ

 赤い雫が土に染み込む──

「そうだ。この人から、色を貰おう」

 そう考えたのは お腹が一杯になってからのことだった

 

♪ 雫は土を 根を 幹を通って花を咲かせた

 赤い雫の気配を ほんの僅かに残した……

 淡い桃色の 花だった

 

 

 

 特に意味はない。暇つぶしの即興だった。ところが。

 ほうっ、と大勢の人間が息をつくような音を聞き、それまで桜の木と向かい合っていたフィオレはくるりと振り返った。

 そして、いつかも味わった驚愕に包み込まれる。

 そこには、公園で思い思いくつろいでいたと思われる人々と、帰ったはずである子供たちが並んでいたのだ。

 

「……えーっと」

「フィオレお姉ちゃん、『隻眼の歌姫』だったの?」

 

 反応に困ったフィオレを更に困らせたのは、目をきらきらさせた少女の一言である。

 そう呼ばれているのは事実だが、そう呼ばれることは不本意だ。否定をしようとして。

 

「確かに、眼帯してるもんな」

「だったら教えてくれればよかったのに」

「リクエストしたら歌ってくれるかな?」

 

 なしくずしにそういうことにされてしまった。まあ、間違いではないのだが。

 子供たちの言葉はもちろん周囲の人々にも勿論届いており、「隻眼の歌姫!?」「王都で有名な、あの……」という囁きが広がっていく。

 失礼な言い草だが、こんな辺境の地にまでこの名が広がっているとは思いもしなかった。

 なんにせよ、このまま黙ってイレーヌを待つことはできそうにない。

 フィオレは長々と息を吐いて、シストルを手に取った。

 フィオレに歌唱続行の意思あり、と判断した聴衆が、口々にリクエストをさえずる。

 結局イレーヌが現われるまで、フィオレはリクエストに応えたり、握手やらサインやらを訴えられては却下したりを繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう……そんなことが」

 

 夜。

 ようやっとやってきたイレーヌに招待された、彼女の住まいにして邸宅、その大広間での夕食にて。

 昼の詳細を求めたイレーヌは、何故か感極まったように口を閉ざした。

 お抱え料理人による夕餉はすでに済ませており、向かい合って座る二人には香茶と珍しい茶菓子が供されている。

 ティーカップを包み込むように持ち、しばし黙していたイレーヌは、丁度茶菓子を口にしたフィオレをまっすぐ見つめた。

 

「ねえ、フィオレさん。あなたはこの街を見て、どう思ったの?」

「桜みたいな街だと思いました」

 

 その返事を聞き、イレーヌはどこか思わしげに瞳を伏せている。

 その表情から、彼女が誤解していることは容易に推測できた。

 

「桜……確かにこの街は、咲き誇る桜のように華美だわ。でも」

「おや不思議なことを。死者の養分を吸い上げて咲く花が、毛虫にうじゃうじゃたかられる花が、どうして華美なだけなんですか」

 

 新たな茶菓子を手に取ったフィオレを、イレーヌは驚いたように見つめている。

 オレンジの風味が効いたクッキーをしっかりと堪能し、フィオレは香茶を一口すすった。

 

「観光して、はっきりわかりました。この街には中流階層がいない。あなたのような上流と、あの子達のような下流にはっきり分かれてしまっている。この街には市長に当たるような方はいないんですか?」

「……はっきりと肩書きを持つ人間はいないわ。ここは自治区だから、街の有力者たちが自発的に……」

「あー、なるほど。だからこんな異常事態がまかり通っているわけですね」

 

 この言葉、フィオレにはけして他意はない。

 対外的にはセインガルドの属国であるこの地が、ある種の無法状態であることを異常だと感じたわけだが。そこに王国の人間が介入していないのなら納得がいく。

 

「……それは、どういう意味かしら?」

「割と大きな、しかも大陸ひとつを代表する街だから、セインガルドの人間が派遣されて管理しているのかと思いました。でもそうではないから、この状態を維持しておけるんですね、と言う意味です」

 

 感情がなくなった声に殊更反応は見せず、フィオレはカップをソーサーに戻した。

 何のことはない。ちょっと力を持っている一個人が、いかんせんひとつの街を管理するなどたやすいことではないのだ。

 表面上の治安が保たれていることを考慮すれば、まだいい方なのかもしれない。

 煙を巻かれた形のイレーヌは、ふぅっと息を吐いた。

 

「……この街は、異常よ」

「そうですね」

「本来行われるべき流通が、一部の人々の私腹に収まっている……このままでいいわけがないわ」

「もし変えたいと思っていらっしゃるなら、全体的な意識改革が必要ですね」

 

 彼女が何を悩んでいるのかは知らないが、そんな話を真面目に展開する意図はない。

 本当に適当に返しただけのフィオレの言葉だったが、イレーヌは何故か反応を見せた。

 

「……意識、改革」

「大人はともかくとして、あんな子供にまで差別意識が根付いていることを考えれば、まずは私塾を開いて倫理のお勉強から始めたほうがいいんじゃないですか?」

「差別意識……それを、改革」

「そうですよ。子供とはいえ人に石ころ投げつけるなんて、未開の原人じゃないんですから。割と親の顔見てみたい……」

 

 そこでふと、フィオレは顔を上げた。

 ただの談笑だったはずが、イレーヌは何やら思いにふけっている。

 自分の言葉をそのまま鵜呑みにされても困ると、フィオレは話題を変えることにした。

 

「ところで、明日私が向かうべき場所のことなのですが」

 

 携帯していた地図帳を広げて適当な質問をすれば、イレーヌは思案をやめて笑顔で応じてくれた。

 ノイシュタットの、夜が更ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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