「swordian saga」シリーズ始まって以来、話数にして何と四十四話目にして。
Tales of Destiny、主人公スタン・エルロン。満を辞してのご登場です!
第二十九夜——油がたらり、流れてつたう
厳重に梱包されたソーディアンが、飛行竜に積み込まれていく。
ノイシュタットから遠く離れた辺境の地、半ば風化しかかっていた神殿に、ソーディアンは安置されていたらしい。
イレーヌが言っていた通り作業は難航しており、フィオレより数日早く到着していたハズの飛行竜には、未だ発掘物は積みきれていないと聞いたときは驚いた。
今回の発見は秘密裏に事を進めねばならず、そのため安易に人員を増やせないとあっては、納得するしかない。
考古物の扱いなど、素人に毛が生えた程度であるフィオレは手伝うことなく、周囲の警戒に当たっていた。
それまで警備に当たっていた飛行竜の船員たちを力仕事の手伝いに行かせたため、問題はない。人手が多少ではあるが、増えた分だけ作業効率は上がるはず。
どの程度進んだのか、一度確認に戻ろうと、飛行竜が鎮座した遺跡前へと行こうとして。
珍客が現われた。
「あのー!」
背後から声をかけられ、振り返る。そこに立っていたのは、作業員でも船員でもなく、一人の青年だった。
獅子の鬣を思わせる金の蓬髪を無造作に流した、軽鎧の剣士風である。
漂う気配は柔らかく、白い軽鎧はどこまでも白い。
身のこなしからして素人ではないが、駆け出しといったところだろうか。
「何か?」
「あの、あれって飛行竜ですよね? セインガルド王国の……」
「その通りですが」
──この時点で、フィオレの意識は緊張せざるをえなくなった。
飛行竜がセインガルド王国の所有する天地戦争の遺産であることは、割と有名なことだろう。それはいい。
問題は、この青年が堂々と姿を見せて、何を企んでいるかということだ。
単なる興味本位ならそれでいいのだが、言葉巧みにフィオレから情報を引き出そうとするのならば──警戒をしなくてはいけない。
盗みを働くのに素顔を晒してしまっては危険も跳ね上がるものだが、そう思わせておいて逆に安心させる手口なのかもしれないのだから。
しかし。
「セインガルドに行くなら、俺も連れて行ってほしいんです!」
訴えを聞き、意味を理解し。フィオレは思わず青年を凝視した。
どちらかといえば丸みを帯びた空色の瞳、それなりに端整で純朴な顔立ち。
無邪気な瞳には困惑が、日焼けした頬はうっすらと赤みが差しているが、そんなことはどうでもいい。
……まさか、承諾を得て飛行竜に乗り込み、騒ぎを起こしてドサクサのうちに強奪を企んでいるのだろうか。それとも本気で、セインガルドへ行きたいだけなのか。
現在のフィオレの顔を他者が見れば、十中八九「鳩が豆鉄砲を受けた」ような顔と評するだろう。
青年の腹の内やらおつむの問題を考慮しつつも、フィオレは純粋に驚かされた。
しかし、いつまでも固まっていられない。
「……私の一存では、お答えできません」
そう言って、フィオレは飛行竜のすぐ傍に建てられた仮設天幕を指した。
「あそこに、飛行竜の艦長殿がおられます。乗船許可なら直接交渉をどうぞ。くれぐれも荷物にまぎれて密航なんかしないように」
乗船許可が出る可能性など零に近いが、それでも自らの一存で追い返すのは忍びない。
戸惑いながらも礼を言って去っていく青年を他所に、フィオレは作業現場である遺跡の入り口へと歩んでいった。
──この後の再会も、起きるべくして起こった悲劇も。
今は、誰も知らない。
飛行竜がフィッツガルドの地を離れて以降、不審者がいないか、おかしなものはないか。フィオレが頻繁に艦内をくまなく歩き回っていた、その頃。
倉庫で居眠りをしていた青年──密航者は、寝ぼけ眼をこすりつつも己の置かれた状況を知りつつあった。
「艦長!」
「何事だ、騒々しい」
身を潜めていた倉庫から連れ出され、一際大きな扉をくぐる。
その先に、艦長と呼ばれた人物は革張りの椅子を陣取っていた。
「怪しい奴を発見しました。下の倉庫に隠れていまして……」
「何! 倉庫に隠れていただと!?」
倉庫、という言葉を聞いた瞬間。艦長は椅子を蹴立てて立ち上がった。
尋常ならざるその様子に密航者どころか船員すら動揺を見せる中、艦長はその空気に気付いた様子はない。
「あの客員剣士は何をしている!」
「不審物がないか艦内を見回るので、倉庫の中を確認してほしいと我々に頼まれまして。そこでこいつを発見しました」
「ふん……おい、お前! 何者だ」
明らかな興奮と、不機嫌さを漂わせて居丈高に問い質す艦長に、密航者の青年は大いに怯えていた。
「え、えと……」
「ほら、名前は?」
何者かと聞かれて何とも答えようがないと察したのか、彼を連行してきた船員の一人がまずそれを聞く。
「あ、あの……スタン・エルロンっていいます……」
「で、どこから来たんだ?」
「フィッツガルドのリーネ村からです……」
尋問の最中、スタンと名乗る密航者が武装していることに気付いた船員が武装を解除させるも、艦長の機嫌は良くならない。
それどころか、不機嫌が募っているようにも見える。
「それで、どうしてこの飛行竜に乗ったんだ!」
「俺、セインガルドへ行きたかったんです」
しかし艦長は、まったく聞く耳を持っていない。
それどころか激昂して、机を力任せに叩く始末だ。
「ウソをつくな! アイツを奪いに来たんだろ! さあ、本当の事を言え!」
「本当に、セインガルドに行きたかっただけなんです。信じてください」
「あくまでもシラを切ろうってんなら、こっちにも考えがある」
密航者の、密航者らしからぬささやかな主張を聞いてもなお、艦長は納得しなかった。
それどころか。
「おい、体に直接聞いてやれ! 何がなんでも吐かせろ!」
「わかりました!」
実力行使を命じる始末である。
飛行竜とはいえ、基本的に船員とは体格や腕力を求められるものである。加えて、艦長の命令には基本的に逆らえない。
二人の船員も一瞬戸惑ったものの、すぐに気をとりなおして青年を取り囲んだ。
(やられる!)
帯剣していた祖父のお古の剣は没収されている。
まとう軽鎧はあくまで急所を守るためのもので、すべての外傷から身を守ってくれるわけではない。
だからといって嘘をつくなどと考えにも及ばず、彼が覚悟を決めて歯を食いしばった、そのとき。
ちょっとやそっとの悲鳴など聞こえそうにもない扉からノックが響き、即座に開かれた。
現われたのは、白布の眼帯で片目を覆い、腰に細身の長刀を提げた細身の女性──フィオレである。
その出で立ちと、羊毛より遥かに白く、静かな色の髪には青年にも覚えがあった。
「あ、あの時の──」
「これはこれは。客員剣士にしてこの艦の護衛を任された身でありながら、私の部下が不審者を連れてくるとは何事ですかな?」
スタンの言葉を遮り、艦長は嫌味ったらしく皮肉を吐いている。
フィオレはその言葉に一瞬眉を動かすものの、それ以外表情を動かすことはなかった。
ただ。
「この艦の護衛? そんなものを任された覚えはございませんね。あと、私は客員剣士見習いです」
淡々と反論を述べている。
その涼しげな声音は、先ほどまで極度の興奮状態であった艦長に冷や水を浴びせるかのように、どこまでも理性的だった。
「私は、この艦に積まれたモノを護るよう仰せつかっているだけです。結果としてこの艦も護らなければいけないというだけですので、お忘れになりませんよう」
あっさりと艦長を黙らせた上で、彼女は初めてスタンを見やった。
否、視界に入れた、と言ったほうが正しいのかもしれない。
「またお会いしましたね。くれぐれも荷物にまぎれるな、と注意したつもりでしたが……」
しかしその眼差しは真冬の海を思わせる冷たさで、その声音も冷ややかなものである。
艦長と同じく冷や水を浴びせられた気分になったスタンは、それでもしどろもどろと言い訳を始めようとした。
「あ、いや、その……」
「ま、今となってはどうでもいいです」
うなだれるスタンから目を離し、艦長ではなく手近な船員に事の成り行きを説明させる。
真顔で一言一句を聞いていたフィオレであったが、どこか頭痛がしたように頭へ手をやると、再びスタンを見やった。
その瞳からは冷ややかさが消え、隠してもいない呆れが見え隠れしている。
「それでは、お間抜けな密航者さんにはダリルシェイドに到着するまでの時間、雑用を……甲板掃除でもしていただきましょうか。見張りをつけて。無事この艦がダリルシェイドに到着したら、無罪放免ということで」
「無罪放免!?」
その単語に、過剰なまでに反応したのは言わずもがな艦長だった。
「たかだか密航如き、可愛いものではありませんか。何も盗っていないのでしょう?」
「そんな作り話をあっさり信じるなどと……!」
「作り話と決め付けているのは疑心暗鬼になっているあなただけです。申し訳ありませんが、明らかな物証があるか現行犯でないと、窃盗罪での捕縛はできません」
「しかし……!」
「それに、甲板掃除なら不審な動きを見たと思った瞬間、突き落とせますし。後腐れがないでしょう、その方が。できないなら私がやりますんで、呼んでください」
さらりと放たれた物騒な一言に、青年はおろか、船員までも絶句させられる。
そんな彼らの心情など知ったことではないとばかりに、フィオレは「さて」と呟いた。
「密航者の件はこれでよろしいですね。私は見回りに戻ります。それでは」
きびすを返し、さっさと艦長室を後にする。後には一陣の風が残るのみだ。
それまでどこか気圧されていて、ろくに反論もできなかった艦長は、彼女の姿がなくなった途端、蹴倒した革張りの椅子を自分で起こし始めた。
「危機感の足りない……これだから女子供は」
椅子に腰かけ文句を垂れる艦長を背に、フィオレからスタンの身柄を渡された船員は、粛々と艦長室を後にした。
直後、ほうっと息を吐き出す。
「しかし、君も災難だね。こんな時に密航するなんてツイてないよ」
「どういう事です?」
艦長の目がなくなったからなのか、初めからただの密航者だと思っていたのか。スタンの目付け役を言い渡された船員は、気軽に彼へ話しかけた。
その気持ちに甘えてか、それとも天然なのか。スタンは無邪気に説明を求めている。
「言ってたろ? 大事な物を運んでるって。そのせいでみんなピリピリしてるんだよ」
「そ、そうですか……」
おそらく艦長の剣幕を思い出してだろう。スタンは曖昧に同意を示した。
暴力を振るわれそうになり、まるで止めに入ったかのように乱入してきた女性の存在を思い出す。
「そういえば、あの子は誰ですか? 艦長さんも、口出しできないみたいでしたけど……」
「ああ、あのお嬢ちゃんは客員剣士だよ。本人も言ってたけど、この艦の輸送品を狙ってきた盗人を斬り捨てるなり捕まえるなりする……まあ、早い話が護衛さ」
「あんな女の子が、ですか!?」
それを聞き、スタンは自分の常識をひっくり返されたが如く仰天した。
その気持ちはわかると言いたげに、船員は驚くことなく頷いている。
「まあ、珍しいよね。あんなに若くて綺麗な子が……最も、昔と違って今は、有能な人間なら例え子供でも重用するらしいからね。珍しがってもいられないよ」
「へえー……」
そこで彼は、今しがた聞いた聞き慣れない単語の意味を尋ねることにした。
「ところで、客員剣士って何ですか?」
「簡単に言えば、王国軍に所属する傭兵みたいなものかな。正規の兵士ではないけれど、その腕を見込まれて王様直々に招かれた特殊な身分なんだよ。兵士よりは上で、将軍よりは下だったかな」
「そうなんですか……」
「さ、そろそろ行こうか」
子供でも少女でも、腕を認められれば国に仕えることができる。
自分の目的のために、できれば彼女から詳しい話を聞きたいと、彼は呑気にもそれを思った。