原作主人公スタンと力を合わせて、襲撃され墜ちゆく飛行竜より大脱出の巻。
主人公に引き続き、この物語のキーパーソン。
安置されていた神殿より移送され、倉庫でお眠り遊ばせていたソーディアン・ディムロス、堂々見参!
あの青年が隠れていた場所がソーディアンの安置されているすぐ近くの倉庫と聞かされたら、艦長の過剰反応も致し方ない。
ソーディアンの有無を確かめ、何事も起こっていないことを確認して、フィオレはかび臭い倉庫を後にした。
発見当初の状態維持とはいえ、鎖に固定しただけで覆いもかけないとは無用心すぎるのではないかと思ったが、口出しできることではない。
とにかくもう一度見回りをせんとフィオレが艦内を歩き回っていた、そのとき。
突如として、耳障りな警報が鳴り響いた。
不審者が発見されたが、取り押さえられず救援を呼ぶための警報……かと思ったが、どうも違和感がある。
その場に立ち止まったフィオレは、左手に手をやると、シルフィスティアに語りかけた。
『シルフィスティア。私の眼になってください』
『はいはーい』
閉じた目蓋の裏側に、巨大な飛行竜の全貌が見える。
しかし、どうも様子がおかしい。
飛行竜の周りに、奇妙な点々が見え隠れするのだ。
雲ではない、それをじっと見据えれば……その正体は、雲霞の如き大量の魔物だった。
よく見ればコウモリに似た魔物が人型の魔物をぶら下げ、次々と飛行竜に乗り込んでいる。飛行竜が推進力を跳ね上げ加速しようと、振り払えるのはほんの一部だ。
船員総勢で退治しようにも撃退しようにも、あまりに絶望的過ぎる数だった。
『──ありがとうございます』
シルフィスティアに礼を言ってすぐさま通常の視覚を取り返す。そしてフィオレは、一目散に倉庫を目指した。
この艦のこと、船員たちのことを思えば、管制室へ向かって応戦を諦めさせ、避難を促すのが正しい。
ただしフィオレは艦長ではないし、任務のこともあった。今すぐソーディアンを回収し、それから管制室へ向かう。
管制室より倉庫の方が近い、フィオレの居場所からすれば、それが一番合理的な判断だった。
階段を駆け下り、後は道なりに進めば途中に倉庫がある。
すでに侵入を果たしていた魔物を躊躇なく斬り捨て、進んでいた最中のこと。
不意に前方から何者かがやってくる気配を感じ取り、フィオレはその場に立ち止まった。
魔物が待ち伏せをしないとも限らない。足音があるということは人型の魔物か、気配を消して待つこと、刹那。
「うわぁっ!」
「……あれ?」
予想通り、相手は角を曲がってこちらへやってきた。
そこへ紫電を突き出せば容易に狩れると思った相手は、悲鳴を上げつつもそれを回避している。
そう。鳴き声ではなく、悲鳴。
現われたのは、金色の蓬髪をなびかせた、密航者の青年だった。
甲板にいたはずにつき、もはや生存は絶望的だろう、とさっくりあきらめていたフィオレではあったが、どうにか生き延びたらしい。
初めて出会った生存者に、それを労おうかと今一度彼を見て。
フィオレは自分の顔がまともに強張るのを感じた。そして──ほぼ反射的に、青年へ紫電を突きつける。
「な……」
青年が実は、魔物だった。その正体を見破った──からではない。
彼のその手には、先ほど見回ったとき確かに安置されていた、ソーディアン・ディムロスが握られていたからだ。
連想してこの青年が元凶、あの大量の魔物を呼び寄せたのでは、と脳裏をかすめるものの、決め付けるのは早計だ。
一瞬たりとも気を抜かず、フィオレは青年に対して尋問を試みた。
青年は何が何やらわからない様子で、とりあえず両手をあげている。
「ちょ、ちょっと……」
「斬り捨てられたくなかったら、素直に答えなさい」
紫電の切っ先をゆるゆると下げ、フィオレは腕を伸ばして青年の首筋に手を当てた。
びくっ、と震えた瞳をまじまじと見据える。
嘘を言えば脈は乱れ、視線は泳ぎ気味になるはずだ。
「あなたはその剣が目的だったのですか?」
「ち、違う! さっきも言った通り、俺は……」
「弁解はいりません。ならば何故その剣を持っているのですか」
「か、甲板で掃除をしてたら、魔物に襲われて……武器がなきゃ戦えないから、予備の武器はないか探していたら、倉庫でこれを見つけて……」
青年の瞳は揺らがない。脈も、血の流れこそ速まるものの、乱れはない。
嘘は言っていなさそう、だ。しかし、このままにはしておけない。
「事情はわかりました。でも、その剣を持って帰らないと私の首がすっ飛びますので、返還を要求します。応じないなら実力を行使しますので、覚悟なさってください」
そう言って手を伸ばしたその瞬間。
フィオレは再び身体を強張らせた。
『スタン、お前は私のマスターだ。それを告げて堂々としていろ!』
芯の通った、張りのある男の声が脳裏に響く。
その声に対し、スタンは声をひそめるでもなく剣に顔を向けた。
「あのな。そんなこと言って、納得してもらえるわけが……」
『この女がソーディアンを知っているというなら、それなりの知識もあるはずだ。そしてそれを証明する手段もある。さあ』
おそらくこれが、ディムロスの声なのだろう。
覚醒したということは、彼にマスターが現われたという証であり、そのディムロスと対話するスタンは……マスターに選ばれた、のだろう。
彼と会話を可能としていることが、確かな証だった。
「あ……あの。俺……」
ディムロスに促され、スタンはおずおずとそれを伝えようとする。
そんなことをされても時間の無駄につき、フィオレは新たな譲歩案を提示した。
「あくまで手放さないというのなら、同道を申し入れます。ただし、逃亡の意思ありと判断した場合は問答無用で強奪しますので、留意してください。お返事は?」
「え? えーと……」
『私を──剣を渡さないというなら、一緒に来いと言っているんだ。ただし、逃げようとすれば剣を奪うと言っている』
「わ、わかった。ついていくよ」
「よろしい」
ディムロスの通訳で内容を理解したらしいスタンは、こくこくと頷いている。
ソーディアンを取ってくるだけのつもりだったのに、随分時間をくってしまった。
「私はフィオレ……と申します。あなたは?」
「スタンです。スタン・エルロン」
「スタン。今から船首へ行って、それから甲板にある脱出ポットで避難します。道中魔物と遭遇することが想定されますので、死にたくなければ気を抜かないでください」
ソーディアンさえ無事なら、どっちでもいいんだけどね。
薄情な本音は胸の内で呟き、ディムロスを携えたスタンを伴って艦内の移動を始める。
階段を上がった途端、それまで船員の死骸を弄繰り回していた魔物たちが一斉に向かってきたものの、思いの他早く決着はついた。スタンはソーディアンマスターになった直後であるにも関わらず、ディムロスの言に頷きながらその特性を大いに生かし、時折炎を剣身に宿して怯ませ、戦いを優位に進めたから、である。
それにはあえて触れずに、無駄な戦闘はできないと、スタンをせかして管制室へと急ぐ。
道中何度も交戦を強いられ、どうにか管制室へとたどり着いた。
『こちらダリルシェイド管制局! 飛行竜、ルミナ=ドラコニス、応答せよ!』
先ほどからそんな通信が船首全体に響き渡っているのだが、誰一人としてそれに応じようとはしない。
何故ならすでに、船首にいた人間すべてが事切れていたからだ。
当然ながら、辺りは血まみれ、血臭が満ちている。
「ひ、ひどい……」
「入り口を見張ってください。魔物が押し入ってこないように」
スタンに出入り口の守護を頼み、計器に倒れこむようにしている船員を床に寝かせる。
繰り返される通信に答えるべく、フィオレは通信用のスイッチを押し込んだ。
「こちらルミナ=ドラコニス。ファンダリア上空を航行中、大量の魔物の襲撃を受けて損傷。詳細は不明。修復及び航行続行は不可能と思われるため、これより離脱します。最悪でも例のものは投げ落としますので、回収に来てください。場所は……」
「危ない!」
スタンの警告を受け、フィオレは咄嗟にその場から飛びのいた。
通信機は魔物が投擲した斧に破壊され、バチバチと悲鳴を上げている。
見やれば鉄製の扉は壊され、集まってきた魔物たちが入り口に詰まっていた。
今はまだいいが、なだれ込まれたら全滅は必至だ。
「下がってください!」
押すな、というように背後の魔物に文句を言っているような人型の魔物を、一刀のもとに仕留める。
無造作に血飛沫を払い、二体、三体と屠っていくものの、ジリ貧もいいところだった。
「フィ、フィオレさん。何か手伝えることは……」
譜術を使えば一網打尽だろうが、あまり消耗したくないのが本音だ。さりとて単純にスタンに代わってもらったところで状況は同じ。
フィオレは眼前に飛び出してきた魔物の翼を斬り落とすと、スタンを招き寄せた。
「さっきみたいに、ディ……ソーディアンの刀身を、晶術で熱することはできますか?」
「できるか、ディムロス?」
『造作も無い』
「できるなら、そうしてください。強行突破します」
もう、時間がない。
半分映らないモニターから、どんどん飛行竜が地上へ墜ちていくのがわかる。
船員たちに避難指示を出せなかったのは痛かった。ソーディアン確保が先決だったとはいえ、後悔が残る。
久々に味わった後悔は、苦い血の味がした。
スタンの意思か、ディムロスの力か。
ソーディアンの刀身が赤く煌いたと同時に、二人は入り口めがけて突貫した。
これ幸いと襲いかかってきた魔物たちは、主に表面積のあるソーディアンに触れて、一時的な退避を余儀なくされている。
「先導します。走って!」
そのまま甲板まで駆ければ、脱出ポッドを備えた甲板──スタンが掃除をしていたのか、破砕したデッキブラシの転がる甲板へとたどり着いた。
膨大な数の船員を要する飛行竜には、備えられている脱出ポッドも半端な量ではない。
しかし、その大半が面白半分にだろう、魔物に破壊され、黒い煙を上げている。
まだ無事に見えるポッドの前に、一人の船員が立ちはだかっていた。
早く逃げればいいものを、船員は何故かポッドに乗り込む気配を見せない。
「あいつ……!」
複数の魔物に囲まれ、次第に船員は疲弊していく。
スタンとフィオレによる救援は間に合わず、やがてコウモリ型の魔物に食いつかれ、ばったりと倒れ伏した。
船員の断末魔に、表情のないはずの魔物が笑っている。そんな気がした。
「畜生っ!」
船員に駆け寄り声をかけるも、すでに反応はない。
歯を食いしばってうなだれるスタンを置いて、フィオレは彼が護っていたポッドに近寄った。
健闘あってか、作動は可能のようである。
スタンを呼んで脱出を図る……つもりだったフィオレはしかし、大きく肩を落とした。
我慢の限界だったのだろう。彼は肩を怒らせて艦内へ戻ろうとしている。
『スタン、脱出しろ。本当に墜ちるぞ!』
「いいや、俺は戦う! あいつらを叩きのめすんだ! ディムロス、俺に力を!」
あまつさえディムロスに止められるも、怒りで頭に血が上ったか、聞く耳を持っていない。
望み通り置き去りにしてやろうかと思ったが、ソーディアンのことを考えると、そんなわけにもいかなかった。
『ええぃ、この……!』
「自殺願望がおありならどうぞ。ただ、どうしてもそうしたいならソーディアンは置いていってください」
魔物がこないか、周囲を見回す。
台詞を寸断されたディムロスはご立腹のようだが、フィオレに声は聞こえないと判断してか、特にこれといった文句もない。
「今更遺体のひとつやふたつ、増えたところで誰も気にはしませんが……死出の旅路にソーディアンは不要でしょう」
手を伸ばせば、当たり前のようにスタンは後退さった。
武器なしで艦内へ戻ること、すなわち死に直結することは、彼も理解していることらしい。
それでも踏ん切りはつかないらしく、スタンは顔を歪めてフィオレに迫った。
「フィオレさんは悔しくないんですか! 罪もない人たちが、一方的に殺されて……!」
──まぶしい。
先ほどまでとまったく変わらない太陽の日差しが直射されているわけではない。
理想を、正直な想いを、あからさまに吐露できるこの青年が、フィオレにはまぶしくてまっすぐ見つめることができなかった。
「すみません。私が弱くて」
「……!」
視線をそらして、押し殺すようになってしまったこの言葉に彼は何を思ったのか、絶句している。
構わず、フィオレは続けることにした。
「仮に魔物を全滅させることができたとしても、それはあなたの自己満足であって死者への供養にはなりません。魔物を一匹でも道連れにして、あなたも死者の列に加わるんですか? それはあなたの自由ですが、ソーディアンを付き合わせることは私が許しません」
「だ、だけど……」
「先ほど申し上げた通り、私の仕事はそのソーディアンをダリルシェイドまで護送し、しかるべき場所に提出すること。そのマスターが現われたことに関しては想定外ですが、私の一存で判断できることではありません。あなたが何の目的でセインガルドへ赴こうとしているのかはわかりませんが、ソーディアンを手放さないと言うのなら同行を求めます。それができないのなら、今すぐにソーディアンを渡してください」
再度手を伸ばせば、彼は再三の返還要求に応じることなく、肩を落とした。
「……わかった。脱出する」
「ご協力感謝します」
『スタン、急いでくれ。あまり時間がなさそうだ』
ディムロスの言葉にも従い、彼は素直に脱出ポッドへ近づいた。
そこへ。
剣呑な唸り声が、後方より聞こえる。
説得に時間をかけすぎたか。艦内から人型の魔物が現われて、次から次へと甲板へ飛び出してきた。
「くっ……」
「気持ちはわかりますが、こらえてください」
現われた魔物を一々倒していては、脱出なぞ夢のまた夢だ。
今にも斬りかかりそうなスタンの袖を引き、素早く脱出ポッドへと乗り込む。
そこへ、魔物が投擲した斧が飛来した。
「そこのレバーを引いて! 早く!」
「こ、これ?」
幸いにもポッドは素早く出入り口を閉ざして自動発射されている。
しかし、レールの設置された尻尾を伝っての滑空時、フィオレは耳障りな異音を感じ取っていた。
あまり考えたくないが、あのタイミングからして投げられた斧がポッドに被弾した、と考えるほうが冷静な判断だ。
つまり、それが意味するのは。
そこで、フィオレは苦しげに息を吐いた。
「スタン……重いから、どいてください」
「へ? あ、あわわっ! すいません!」
乗り込む時、急いで引っ張ったのが悪かったのか。
巻き込むように転倒し、自分に覆いかぶさるようになっているスタンをどかせて、起き上がる。
顔を真っ赤にしている青年は、無害そうなので放置しておくことにした。
マニュアルに従い簡易計器を作動させるも、設置されたモニターは目障りな砂嵐をえんえんと映し続けている。
それが示すものとは。
「……大変残念なお知らせがあります」
「へ?」
「ただいま絶賛墜落中です」
厳かに告げられた衝撃の事実に、スタンは一瞬呆けてから大騒ぎを始めた。
「つっ、つつつ墜落中って!?」
「さっき何か被弾したみたいですけど、まずいところを傷つけられてしまったようですね。内部から操作して軟着陸させる代物なのに動かないし、そもそも外の様子すらわからないし……」
フィオレは物憂げに吐息を零している。
彼はおそるおそると言った様子で遠くない将来を尋ねた。
「じゃあ、このままじゃ……」
「地面に叩きつけられて、潰れます」
「つ、潰れ……!」
遂げる最期が同じなら、艦内に残って魔物の殲滅に当たっていたほうがマシだったと言い出しかねない。
そんなことを叫んだところで、状況は何も変わらないのだが。
「ディムロス、何とかならないのかよ!?」
『無茶を抜かすな』
「まあ、おそらく真下は一面の雪原ですから、大量に積もった雪の上か木々か、あるいは湖とかに落ちることを祈りましょうか。後は、保護姿勢をとってジッとしていることくらい……」
フィオレの指示に従い、頭をかばうような姿勢をとってスタンは大人しくしている。
作動するかもわからないが、一応パラシュート開閉装置のボタンを押し込み、フィオレは左手の甲に手をやった。
本来なら大地の守護者に重力を和らげてくれるよう頼むところだが、残念ながらアーステッパーとはお目にかかったことすらない。
『シルフィスティア。このポッドに宿ることはできませんか? いつぞやの箒のように』
『無理。そんな重いの、持ち上げられない』
『持ち上げろなんて言いません、湖上への誘導とかはできませんか? あと、早急に私達を風で包んでいただきたいのですが』
『わかった、やってみる……けど』
イマイチ歯切れの悪い守護者に、それでも力を借り。フィオレは悪あがきを試みることにした。
正式な手順でポッドを動かすことは諦め、どこか一箇所でも動かないかなあと適当に動かしてみる。
どこかひとつでも推進力が働かないか試み、逆噴射ができないかと計器を弄くり、その末に僅かながら、モニターを再生させることに成功した。
そうしてフィオレは、ポッドが凄まじい勢いで降下していること、あと数秒もしないうちに湖に着水するだろうということを知り、咄嗟に身体を丸めた。
Q:シルフィスティア(湖に落ちるよう誘導するなら、なんでアクアリムスに声かけないんだろ……?)
A:墜落死を回避しようと焦っていて、そこまで考えが及んでいない。人間焦ると、通常の半分も頭が動かなくなってしまうものです。