swordian saga   作:佐谷莢

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 トーンの山小屋付近。
 スタン&ウッドロウとは別行動中、契約を試みます。
 今回は──
 自宅の近所で迷子になれる、更にはケヤキとお話できちゃう(自称)ませた言い草、小難しい四字熟語を使いたがりな大人に憧れちゃうお年頃。
 後のパーティ参入可能キャラクター、チェルシー・トーンがちらっとお目見えです。


第三十二夜——銀世界の中心で、契約を叫ぶ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♪ Rey Va Nu Qlor Toe Rey Rey──

 

 最後の一節を謡いきり、大きく息をつく。

 雪に音が吸い込まれてしまったが如く、響いたはずの譜歌はあっさりと散った。

 反応がないのを見て、ここではなかったかとレンズを確認しようとして。

 

「っ!」

 

 手甲に手をかけた瞬間、フィオレは強烈な立ちくらみに襲われた。視界が真っ暗に染まり、平衡感覚が突如として狂う。

 その場に座り込み、それらが収まるのを待つこと、しばし。

 一瞬にして、フィオレの周囲は吹雪の吹き荒れる豪雪地帯となっていた。

 眼前に広がっていた静謐な湖は姿を消し、代わりに小さな祠が立っている。

 その向こうに垣間見える光景は地上のものだ。

 つまりここは、ファンダリアのどこかの山頂なのか。

 

『よくぞ参られた』

 

 威厳に満ちた声が響いた途端、荒れ狂っていた吹雪はすんなりと収まった。

 見やれば祠の中から、直視することも耐えがたい光そのものが姿を現す。

 今までの守護者と同じく、光は徐々に人の形を取った。

 現われたのは、金色の鎧をまとう有翼の女性の姿だ。

 キリッと引き締まった双眸と広がる白い翼、揺るぎない表情から気高さと同時に近寄りがたい雰囲気を覚える。

 それよりも何よりも。

 今しがた聞いた声を、フィオレは以前にも聞いたことがあった。

 

「あなたが、ソルブライトですか?」

『さよう、この世界を満たす光の統括者。私は守護者の一柱として、来訪者フィオレンシア・ネビリムとの契約を望む』

「契約に際してお尋ねします。『彼女』とは、何者なのですか?」

 

 ──以前フィオレは、フランブレイブとの契約に際してとある質問をぶつけてみた。

 内容は、「何故自分はここに存在しているのか」

 アクアリムスの質問で、ここが自分の生きてきた世界とはまったく異なる場所だということはおぼろげではあるが理解はした。

 しかし、それならば異世界の住人たる自分を、彼らは一体どうやって呼んだというのだろうか。

 フランブレイブの答えは、至極単純だった。

 いわく、「彼女の仕業だ」と。フィオレの召喚は彼女が行ったことであり、その詳細はわからないという返事だった。

 フランブレイブがこの調子なら、他の守護者に聞いたところで満足のいく答えは得られないだろう。

 そう思ったフィオレは、「彼女」と呼ばれる存在の正体を探ることにしたのだ。

 果たして、答えは──

 

『彼女は、我ら守護者を束ねし統括者。人の言葉で指すならば、神そのもの』

 

 この答えを聞き、フィオレは正直落胆していた。

 彼女がそのような存在であることは薄々わかっていた。

 しかし、フィオレとていい年を重ねた大人なのだ。

 相手が神だからといって身にかかった理不尽すべてを納得できない。

 だが、これはフィオレの尋ね方も悪かったと反省するべきだろう。

 

「汝らの意に沿う」

 

 自らの羽を使って浮遊していたソルブライトが、地面へと降り立つ。

 伸ばされたその手を取って、フィオレは誓いを言葉にした。

 

「汝らの願いがため、我にその加護を。我に力が貸し与えられんことを。願わくば契約が、無事に果たされんことを」

『その瞳の輝きが曇らぬ限り、汝への協力は惜しまない。輝ける祝福は、常に汝の道を示すだろう』

 

 契約の証である握手らしき行為の末、ソルブライトは光の粒子となって左手のレンズに吸い込まれていった。

 手甲を外せば、真昼の太陽にも似た色がレンズに宿っている。

 

「これから、よろしくお願いしますね」

『承知した』

 

 再び、視界は暗転した。

 眼前の光景は、氷が割れて流氷の漂う湖のものへと変化している。

 これといった障害もなく、無事契約を交わし終えたフィオレはチェルシーなる少女を探そうと、シルフィスティアに呼びかけた。

 

『シルフィスティア。もう一度お願いできますか?』

『おっけー!』

 

 こうも呼び出されてはたまったものではないだろうに、彼女の声からそんなものは微塵にも感じられない。

 その心の広さに感謝をしながら、フィオレはゆったりと両眼を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ウッドロウと共に裏山へチェルシー探しを行っていたスタンはというと。

 

「へーっくしょい!」

 

 豪快なクシャミを連発していた。

 対するウッドロウは微笑ましげに眺めているだけで、くしゃみはおろか、鼻をすするようなことすらしない。

 

「ウッドロウさん、こんなに寒いのによく平気ですね……」

「私は生まれも育ちも雪国だからね。今日は暖かいくらいだよ」

「俺には十分寒いです……へーっくしゅ!」

 

 クシャミついでに鼻を垂らすハメになってしまい、近くの雪をかき集めて鼻をかむ。

 今の彼には死ぬほど冷たかったが、近くに水場がない以上手鼻をすれば、ディムロスが怒り狂うことは確実である。

 明らかに雪国慣れしていないスタンに苦笑いをしながら、ウッドロウはさりげなく質問をした。

 

「時に……先ほどは聞き損ねたのだが、何故あのようなことになったんだい?」

「実は乗っていた飛行竜が魔物に襲われて、フィオレさんと一緒に脱出したんです」

 

 フィオレの名を口に出した途端、脱出ポッドに乗り込んだ直後の出来事を思い出して、スタンは顔を熱くした。

 けしてわざとではないとはいえ、彼女を押し倒すようにしてしまった際の感触は、未だ残っている。細身であっても、女性特有の柔らかさはこれまでの彼には知り得ないものだった。

 僅かに鼻をくすぐった柑橘系の香りは、食欲よりも心臓の鼓動を早めている。

 しかし、そんなスタンの異変などウッドロウにとっては瑣末時であったらしい。

 否、彼によりもたらされた情報に驚愕しすぎて、気付けなかったと称するが正しいか。

 

「飛行竜が襲われただと? それは本当か?」

「は、はあ……」

「そうか……それは大変な目に遭ったな」

 

 それまで飄々としていた人間が急に語気を荒げたのだ。その様子にスタンは驚くものの、彼はすぐに我を取り戻したらしい。思わしげではあるものの、その苦労を労った。

 フィオレは、彼を一般人だと言っていた。確かにあっさりと事の成り行きを話してくれたが、謎はつきない。

 よほどのことがなければ使われない、飛行竜の航行。

 スタンの持つ、ソーディアン……その形状からおそらく、炎を司るディムロス。

 客員剣士の存在と、何故か同乗していた一般人。

 更にスタンの証言と、二人の置かれていた状況を推察して、ウッドロウは結論を出した。

 極秘任務……おそらくソーディアンの発見を受けて護送を命じられたフィオレが、何かしらの理由で乗り合わせたスタンと知り合い、何らかの経緯を経て推定ディムロスは、スタンをマスターと定めたのだろう。そうでなければ、一般人であるスタンが飛行竜に乗っていた説明がつかない。

 持ち前の放浪癖で民草の生活を知っていても、スタンが密航者であることまでは考えが至らないウッドロウであった。

 残る謎といえば。

 

「しかし、飛行竜が襲われるなどと……珍しいことがあるものだな」

「そうなんですか?」

「レンズで凶暴化したとはいえ、彼らはもともと野生の動物だ。自分たちより巨大で強そうな存在に襲いかかることはまずない」

「確かに……野生の狼なんかも、家畜とか羊とかしか狙わないですね。犬や人には滅多に姿を見せないし」

「ほう。君の実家は牧場を経営しているのかい?」

「牧場ってほど大きくはないんですけど……」

 

 そのまま話題はスタンの出身の話になり、道中和やかな雰囲気が続く。

 その最中にも二人はチェルシーを探して歩いていたのだが、人影はおろか魔物すら現れない。

 

「……妙だな」

「そうなんですか?」

「静か過ぎる。この辺りには凶暴な魔物が多く生息しているのだが……」

 

 手持ち無沙汰にスタンがディムロスの柄に触れた、そのとき。

 がさがさと音を立てて、茂みが割れる。

 飛び出してきたのは大型の熊と、獰猛な目つきをした兎型の魔物だった。

 

「!」

 

 瞬時に各々の武器を構えた二人だったが、何故か魔物は襲いかかってこない。それどころか、二人を無視してあさっての方向へと逃げ去っていく。

 

「え……」

「どういうことだ? まるであれは、何かから逃げているような……」

 

 呆然とその背中を見送る二人をすり抜けて、数匹の魔物や動物が駆け去った。

 更に、事態が呑み込めない二人に追い討ちをかけるように。

 

「きゃあああっ!」

 

 少女の姦しい悲鳴が、辺りに木霊した。

 その声量からして、ここから程近い。

 

「今のって、まさか……!」

「行こう、スタン君。彼女に何かあっては、先生に申し訳が立たない」

 

 頷きあい、二人は雪の道を駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、フィオレもまた道ならぬ道を走っていた。

 ただし、一人ではない。

 

「何ですかあれはどちら様ですかあなたはとりあえず降ろしてくださぁーいっ!」

「無理です」

 

 桜色の髪に、小型の弓矢。

 この寒空の下、軽装備にも程がある薄着でケヤキの巨木の下に座り込んでいた少女が大声で喚く。

 そう、シルフィスティアの視界を通じて見つけた少女は、フィオレが駆けつけた際、魔物に襲われていた。

 そこを助ければよかったのだが、巻き添えを出さずに倒すのは無理だと判断したフィオレは、少女を肩に担いで撤退していたのである。

 ただの動物型の魔物やその群れであれば、片付けるのも造作もないことだったのだが……

 少女の悲鳴と苦情を無視して、ちらと後ろを顧みる。

 積もった雪を蹴立て、林立する木々をなぎ倒して二人を追ってくるのは、白銀の鱗をまとう巨大なドラゴンだった。

 いつぞや倒した湖竜(レイクドラゴン)と見かけこそ違うが、何やら頭の痛くなる念話でのたまっていることは確かである。

 残念なことに湖竜(レイクドラゴン)よりも微弱なものであるため、少女が頭痛を訴えることもない代わり、フィオレには意味のある言葉として理解することもできない。

 ドラゴンの巨体では狭すぎる道を通っているために距離は稼いでいるが、このままではフィオレの体力が尽きる。

 せめて、どこか広い場所で仕掛けたいものだが……

 担いだ少女が喜色の声を上げたのは、そのときだった。

 

「あっ、ウッドロウ様!」

「どこですか?」

 

 少女が瞳を輝かせて見つめる方向には、確かにウッドロウ本人と並走するスタンがいる。

 迷うことなく、フィオレは茂みを割って二人の前に飛び出した。

 

「フィオレさん!?」

「二人とも、ちょうどいいところに」

 

 二人の前に姿を現すのと同時に、強引に担ぎ上げた少女を降ろす。

 

「ウッドロウ様! こんなところで会えるなんて欣喜雀躍の極みですぅ!」

「チェルシー!?」

「やっぱりこの子だったんですね。急を要していたので問答無用で連れてきてしまいましたが」

 

 人違いでないことにほっとして、すぐに表情を引き締めたフィオレは来た道を、そして今いる場所を見やった。

 先ほどまでフィオレが疾走していた道よりは広い。十分とはいえないが、いくらかマシだ。

 

「何があったんですか?」

「追いかけられています。お腹が空いているんでしょう」

 

 スタンの質問に適当に答えつつ、紫電の柄を握る。

 フィオレが睨む先を見て、二人もまた状況を悟っていた。

 

「あ、あれって……」

雪竜(スノードラゴン)か! こんな人里近くで現われるとは……!」

 

 なぎ倒される木々の悲鳴が徐々に近づいてくる。

 雪竜(スノードラゴン)がここまでやってくるのにまだ時間があると察したフィオレは、紫電の柄から手を離してスタンを見た。

 

「スタン。ディムロスを貸し……渡してください」

「え? でも……」

「すぐにお貸ししますから」

 

 貸してくれと言いそうになって、自分の立場を思い出す。今は彼にソーディアンを貸与している形なのだ。それを忘れてはいけない。

 おずおずと差し出されたディムロスの柄を持ち、フィオレはコアクリスタルに左の手をかざした。

 ──驚いたことに、フィオレが求めた第五音素(フィフスフォニム)は一瞬にして集まっている。

 きっと手甲の下のレンズは、朱色に染まっていることだろう。

 流石はソーディアン。内包されている晶力がハンパではない。

 

「炎帝に仕えし汝の吐息は、たぎる溶岩の灼熱を越え、かくて全てを滅ぼさん──サラマンド・フィアフルフレア!」

 

 一瞬にして展開した譜陣が太い足で爆走する雪竜(スノードラゴン)の真下に出現した。

 大地から吹き出した火炎がドラゴンを取り巻き、白銀の鱗が一瞬にして真紅に染め上げられる。

 普通だったら、木々に炎が燃え移って森林火災を誘発させてしまうところ、幸いここは雪国。積もった雪が即座に炎を消している。

 

『な⁉︎』

「こ、これは……!」

「ウッドロウ様、いきなり火が!」

「うわー! ディムロス、お前そんなこともできるのか?」

『あれは「はい、どうぞ」

 

 何かを言いかけたディムロスの声を黙殺して、フィオレは再びスタンにディムロスを手渡した。

 突如炎に包まれたドラゴンは悲鳴を上げながら、のた打ち回るようにして身体を冷やしている。

 

「さて、それじゃあその子を連れて避難してください。どうにかしてみますので」

 

 返事も待たず、フィオレは今度こそ紫電の柄を握って突貫した。

 隙だらけの雪竜(スノードラゴン)に接敵し、鱗の隙間から内側の柔らかな組織に刃をこじ入れる。

 無論、相手が大人しくそれを受けてくれたわけではない。

 不意に感じた火傷以外の痛みからフィオレの存在を感知し、爪を振りかざしてくるものの。その大振りな挙動から軌道を読んだフィオレはすんなり回避している。

 

「スタン君、チェルシーを連れて離れていてくれ。私は彼女の援護をしよう」

「あ、それなら俺も……」

 

 弓を取り出し矢を番えるウッドロウに対し、スタンもまたディムロスを構える。

 しかし、彼は首を振って前線を指した。

 

「下手に近づくのは危険だ。最も、彼女と同じことができるなら話は別だが……」

 

 順調に攻撃を仕掛けるフィオレに対して、起き上がった雪竜(スノードラゴン)は周囲を飛び回る蝿を叩き落すような勢いで暴れている。

 しかし、まとわりつくように戦うフィオレには一切届いていない。

 一見、ただ軽やかに戦うフィオレではあったが。足を取られがちなはずの雪上を、まるで普通の地面であるかのように駆けるあの動きがどれほどのものであるのか。それがわからないスタンではなかった。

 

『スタン、後衛で晶術を使え! 私はただの剣ではないのだぞ』

「じゃあ、フィオレさんが使ってたのを……」

『あれは無理だ。今のお前が使える晶術を使うぞ』

 

 粛々と引き下がったスタンではあったが、ディムロスの助言を聞いて晶術の詠唱を始めている。

 

「ウッドロウ様、私もお手伝いします!」

「チェルシーの腕は確かだが、その小さな弓では鱗を貫けない」

「じゃあ鱗じゃないところを狙います。えい!」

 

 弓匠の孫である彼女は、確かにその名に恥じない射を披露した。

 ウッドロウが止める間もなく、彼女は携えていた矢を見事、雪竜(スノードラゴン)の片目に命中させていたのである。

 

「ガアアアッ!」

 

 当然、雪竜(スノードラゴン)は大いに怒り狂った。

 咆哮を重ねながらがむしゃらに腕を、尻尾を、長い首を振り回し、太い足で地団駄を踏む。

 攻撃のパターンが読めなくなったフィオレが躊躇した途端、持ち前の嗅覚で雪竜(スノードラゴン)はフィオレに飛びかかった。

 

「っとぉ!」

 

 まるで熱烈な抱擁を求めるかのように、その巨体を生かした倒れこみを、飛び込み様前転をするように回避する。そこへ、スタンの放った火球が雪竜の頭部へ命中した。

 実に素晴らしい追い討ちなのだが、当の本人はどこかつまらなさそうに手にした剣を見やっている。

 

「なあディムロス。なんかショボいぞ」

『ショボい言うな! あれさえ見ていなければ、お前にとっては十分驚天動地だろう!』

「きょうてん……?」

『ひどく驚く、という意味だ!』

 

 身体があれば、おそらく顔を真っ赤にして言い募るだろうディムロスとスタンの漫才はさておいて。くったりしている尻尾を伝い雪竜(スノードラゴン)の背中を駆け上がる。

 ウッドロウが弓で気を引いているうちに、フィオレは首の辺りまで駆け上がると紫電を逆手に持ち、力いっぱい突き刺した。

 そしてそのまま、肉の繊維に合わせて引き裂くように、飛び降りる。

 

「……!」

 

 喉を裂かれたがために、断末魔さえもない。首が千切れかけた雪竜は、無言で大地に倒れこんだ。

 残っていた雪が血に染まるよりも前に、巨体が発光する。そして、湖竜(レイクドラゴン)を撃破した際のように、大量のレンズが転がった。

 雪と泥にまみれた己と、返り血がこびりつく紫電を見やり。フィオレは大きくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

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