チェルシーを発見し、ついでのように
「さっきはすみませんでした」
「問答無用で担ぎ上げるなんて、あなたは人攫いですか! ……って言いたいところですけど、助けてくださったので帳消しです。ありがとうございました」
そこで、見慣れないフィオレとスタンが誰なのかをチェルシーが問う。
ウッドロウに簡単な経緯が説明され、合わせるように簡単な自己紹介が始まった。
「スタン・エルロンです。よろしく」
「フィオレと申します。以後お見知りおきを」
「弓匠アルバの孫、チェルシー・トーンと申します。僭越ながら今後ともよろしくお願いします」
こうしていると多少大人びた少女なのだが、ウッドロウと接するその姿は単なるませたガキにしか見えないから不思議だ。
「フィオレさん、『せんえつ』ってどういう意味か知ってます?」
「……でしゃばってごめんなさい、という意味合いで使う言葉です」
実年齢こそ知らないが、明らかに少女よりは長く生きていそうな青年が尋ねてくるから、余計にわけがわからなくなるわけだが。
一般常識とは異なり、生活することに直接関係のない知識──いわゆる教養は、個人の生まれによって必要かそうでないかが大きく異なる。
例えばリオンは、オベロン社御曹司という立場から幼少より、英才教育を受けたと聞いた。だから現在では、年齢にこそ似合わないが、どこに出しても恥ずかしくない品性や教養を身につけている。
飛行竜の中で聞いたスタンの出身地は確か、辺境の村であったはずだ。ならば教養どころか読み書きすらも、それほど必要としないのが常であろう。
そうやって考えていくと、この少女もどこかでそれなりの教育を受けたということになるが……
いずれにしても自分には関係のないことだ。
フィオレは考えることをやめた。
「ときにフィオレ君。先ほど君が使ったのは一体……」
「手品です。奇術でもいいですよ」
ウッドロウによる質問をさらりとかわし、雪道を歩きながらも思索にふける。
スタンと共にディムロスをダリルシェイドへ、王城へ届けるのは決定事項だ。スタンは要らないかもしれないが、ディムロスのマスターということでセットにしておこう。
むしろ、フィオレが考えているのはその後のことだった。
『……おい、フィオレとかいったな』
ソーディアンの護送という役目こそ果たしているが、飛行竜に搭乗していた船員はもれなく見殺しにしているし、飛行竜がどうなったかもわからない。
その責任を取って何をやらされることか。考えるだに面倒くさい。
ただ──昔の軍師は言った。『最大の危機こそ、最大の好機である』と。
『おい』
つまりこの失態も、見方を変えれば好機にもなる。
今でこそ客員剣士見習いなどやっているが、フィオレ自身が志願してこの職に就いた覚えはない。
もとを正せばリオンとのいさかいにおける責任を取るために、半ば成り行きでこの仕事をしていたのだ。
ならば、この機会に──
『聞こえているのだろう。返事くらいしたらどうだ、小娘!』
「おい、ディムロス……」
『考え事の最中に喚かないでいただけますかね』
うんざりとした、という意思表示を隠しもせずに、視線をスタンの腰の辺りに寄せる。
刀身の根元に埋め込まれたコアクリスタルは、朱色にピカピカ煌いていた。
『今し方使った晶術は何だ。あんなもの、私が生きていた時代にも見たことがないぞ!』
「いや、そんなこと俺に言われても……」
『だから、手品だとご説明申し上げたではありませんか。奇術でもかまいませんが』
『言い方を変えただけだろうが! そんなもので私を煙に巻けると思うな』
「えーと「ウッドロウ様、スタンさんは先ほどから何を呟いていらっしゃるのですか?」
前方をウッドロウと共に歩む少女が、不思議そうに首を傾げている。
これはまずいと、フィオレはスタンのスカーフをくいくい、と引いた。
「スタン、声をひそめてください。二人に頭が可哀想な人だと思われますから」
「うっ」
流石に精神弱者扱いは嫌なのか、一時的にスタンが黙り込む。
しかし、ディムロスの言葉は止まらない。
『チャネリングでは他者に聞こえぬか……先ほどの晶術といい、この現象といい。貴様、ただものではないな』
『いやあ、それほどでも』
『褒めているわけではない!』
「なあディムロス、お前さっきから誰に怒鳴ってるんだよ?」
先行く二人には聞こえないよう、いくらか声を潜めたスタンがディムロスに語りかける。
それでようやく、彼はフィオレへの追及の手を緩めた。
『この女に決まっているだろう』
「フィオレさんにか? どう見ても話してるようには見えないんだけど……」
『先ほどから何らかの手段を使って私と交信をしているのだ。他者には聞き取れぬ高度な技術を使ってな』
「そ、そうなんですか?」
「さぁて、どうでしょうね」
少なくとも、フィオレは念話に関して高度な技術などとは思っていない。
あれから常備するようになった指環のおかげで、フィオレ自身にはあまり負担がかからなくなった──難しくなくなったのは確かだが。
「あの、フィオレさん」
まだ何かあるのかと横目でスタンを見やり、すぐにフィオレは彼と視線を合わせた。
そうするべきだと思う程度には、真剣な眼差しがそこにあったからだ。
「……何か?」
「遅くなっちゃいましたけど、助けてくれてありがとうございました。ディムロスから聞いたんです。墜落してから、何があったのかを」
なんだそんなことか。
何を言い出すのかと内心で勘ぐっていたのが、あっさりと霧散した。
「困った時はお互い様です。私が困っていたら、今度助けてくださいね」
暮れなずむ夕日が、ゆっくりと山の向こうへ消えていく。
その様を眺めながら、フィオレはさらりと彼に告げた。
湯煙の篭もる浴室。
沸かしたての熱い湯に、井戸から汲み上げた冷水を差して適度な温度になったところで、フィオレは全身を湯船に浸けた。
無論、湯船に入る前に身体の汚れは洗い落としてある。
冷え切った体に染みとおる暖かさを噛み締めつつも、フィオレはため息をついた。
──比較的近距離で遭難だか迷子になっていたチェルシーをどうにか見つけ、戻ってきた時にはすっかり日が暮れている。
祖父と孫の漫才じみた再会の後、ジェノスを経由してセインガルドのダリルシェイドへ行くつもりだと告げたフィオレたちに、アルバは言った。
「しかし、今日はもう遅いからの。一晩泊まって、出発は明日にしたらどうじゃ?」
その言葉は、フィオレたちと共にジェノスを経由し、ファンダリアの国許──間違いなくハイデルベルグだろう。
家族の下へ戻ると言い出したウッドロウにも向けられたから、さあ大変。
「おじいちゃんもたまにはいいこと言うんですね! そうしましょうウッドロウ様、スタンさんたちもお疲れでしょうし!」
早いところディムロスをダリルシェイドに届けてしまいたかったが、実際の話、夜中に雪山を出歩くのは危険だ。ということで、その言葉に甘えることになった。
けしてチェルシーの目が、否を唱えることを許さなかったわけではない。
かつての知り合いのブラックロリータほど腹黒くはないだろう……と、思う。
ウッドロウに向けるその眼は、間違いなく恋する乙女のものだ。
微妙に恋に恋してる風情もあるが、少なくとも資産目当てという裏があるようには見えない。
そして、チェルシーの言葉があながち間違っていなかったわけではなかった。
仮にもドラゴンと一戦交えたのだ。疲れないほうがどうかしている。
そんなチェルシーの好意もあって、風呂を貸してもらった。
とはいえど、自分で金を払っての宿泊ならともかく、好意で泊めてもらった民家の風呂に長居をするつもりはない。
防水布製の手甲をつけて眼帯を巻きつける。
湯船から上がり、洗い場で付着した水滴を拭って脱衣所へと出ると。
「あ! もう上がっちゃったんですか?」
そこにはすっぽんぽんのチェルシーが立っていた。
天使の羽を模した髪飾りを外した少女は、残念そうに唇を尖らせる。
「いいお湯でしたよ」
「それはよかったんですけどぉ……ちょっと残念です」
あんな狭い浴槽に、二人は入れないだろう。
なんならウッドロウの入浴中に乱入でもすればいいのにと思っていると、チェルシーは急にフィオレをまじまじと見つめてきた。
ちなみにフィオレは、胸部に手早くサラシを巻いている。
「あのぉ、どうしてそんな風にぐるぐる巻いちゃうんですか?」
「邪魔だからです」
豊満の部類に入る胸を完全にサラシで固定する。
服を着込んでしまえば、動くだけで揺れるものはもう揺れない。
「チェルシーも、出るところが出てきたら同じことはしないといけないかもしれませんよ」
「えっ!? ど、どうしてですか?」
「ここが不必要なまでに出っ張っていると、弓を引くのに邪魔になりますから。女性のみで構成されたとある部族は、邪魔だからという理由で片方の乳房を切除してしまう風習まであったそうですよ」
「ええ~!」
驚きに固まる少女を置き去りに、フィオレは脱衣所を後にした。
事前に約束していた夕餉の手伝いをし、数刻後スタンと共にご相伴に預かることにする。
和やかな雰囲気の中、ふとアルバ老人が呟いた。
「しかし、
「ということは、あのドラゴンはこの周辺に棲んでいたわけではないのですか?」
「ファンダリアのどこそこに現れた、という噂を時折聞く程度じゃ。この辺りで見たことは一度もなかったのう」
アルバ老人が言い出したのをいいことに、根掘り葉掘りと尋ねてみる。
噂につき詳細はわからないものの、発生時期はあの
あの時よりも前だというと、フィオレがまだ神殿で記憶喪失のフリをしていた頃だろうか。
あるいは──フィオレがこの世界に招かれた、その時か。
「風の噂によれば、セインガルドにも同じようなドラゴンが出現したと聞いたが、それは本当なのかい?」
「本当ですよ。もう、退治されましたけど」
ウッドロウによる質問を、かなり省略した形で答える。
事実ではないが、嘘でもない。
この話に食いついてきたのは、スタンである。
「へえー。それってやっぱり、セインガルドの軍が?」
「ええ。そのドラゴンは湖に棲みつき、周辺集落を脅かしていたんですけどね。集落からの救援要請を経て、セインガルド軍が討伐しました」
「脅かしていたって、ドラゴンが集落を襲ったんですか? そんなことしたら、救援要請を出すより前に滅ぼされちゃいそうな気がするんですけど……」
次に尋ねてきたのはチェルシーだ。
確かに、フィオレの言い方ではそのように受け取れてしまうだろう。
「脅かしていたといっても、単に暴れたわけではないんですよ。
「知能? 頭がよかったんですか?」
「はい。そのドラゴン……仮称として
「ドラゴンがしゃべったんですか!?」
これに驚いたのが、スタンだった。
つい最近意志を持つ剣と知り合った彼では、誤解をしかねない。
「ドラゴンというひとつの種族でも、色々ありますから。人の言葉を解するほど長生きしたんでしょうね」
「乙女を差し出せって……ドラゴンが女の子要求して、どうするんですか」
「美味しく頂いたんでしょう。そもそも、湖の周辺で遊んでいた女の子たちがいなくなったのを漁師さんたちが捜していたところ、いきなりドラゴンが現れて遺体を船の上に放り出していったそうですから」
「遺体? 捕食されたのではないのかい?」
「ひとつは、女の子の骨。もうひとつは、傷ひとつない女の子の水死体だったそうです」
どうして同じ女の子なのに違うのか、イマイチわかっていないスタンが首を傾げる。
しかし他の面々には通じたらしく、チェルシーなどは大げさな過剰反応を示していた。
「ええー! それじゃあもしも、あのドラゴンに棲みつかれていたら私、生贄になっていたかもしれないんですかぁ!?」
「さあ……あのドラゴンにそんな知性があれば、暴れてわめいて私たちを追いかけ回したりしなかったと思いますけど」
真面目に答えれば、その可能性は零だ。
理由は先ほど言ったとおり、あのドラゴンに人語を解するほどの知性はなかっただろうから、である。
「本当に賢かったら、走ったりしないで空から追跡するでしょう。真上からかじりつかれたら、人間には逃げられません」
「た、確かに……」
なんにせよ、スノードラゴンを倒した今は単なる推測でしかない。
もはやそんな脅威は存在しないことを主張づけるように、フィオレは話題を変えた。
和やかな時が、過ぎていく。
「ところで、ここからジェノスまでの行程ですが……」
『ドラゴン退治』
普通に考えればとんでもない話なんですが、誰も突っ込もうとしない理由。
チェルシー:ウッドロウの戦いっぷりしか見ていないため、ウッドロウを褒め称えたり助けられたこと自体についてはお礼をいうものの、スルー。
ウッドロウ:オリキャラの過去の活躍について大まかに聞いているため、これほどのものかと驚いてはいるものの、あえて問い質すようなことはしない。
スタン:そもそもドラゴンの強さというものをよく知らないため、物語で聞くドラゴンの凄さと実際のドラゴンの有様にギャップという勘違いを覚える始末。
アルバ:弓匠と呼ばれるほどの人物につき、実は弓矢で楽にドラゴンを仕留めるほどの達人なので、それほどスゴいことだと思ってない。(多分)
そして作中誰も気づいていませんが。今回出てきたドラゴンは幼竜、ドラゴンパピーなので喋ったり飛んだりはできない。そもそも知能がまだ育っていなかった。以上。異論は認めない(笑)
チェルシーが風呂場に突撃してきたのは、オリキャラの眼帯の下がどうなっているのか。見てきてくれとウッドロウに頼まれたため。