チェルシー及びウッドロウとはここでお別れ。
入れ替わるように。
レンズを探して東奔西走、ガルドに目がない金の亡者。
その本意を内に秘め、ソーディアン・アトワイトと共に我が道を突き進む!
「鬼のルーティ」「強欲の魔女」ルーティ・カトレット!
そんな彼女の相棒をつとめるは、料理が得意で暑いの苦手、コドモが多いデスティニー女性陣のお色気担当(……多分)。
何もかもが新鮮で楽しい、いつもにこにこ大酒豪。
どこぞのエセ記憶障害とはわけが違う、本物の記憶喪失、マリー・エージェント!
二人+一本、出番でーす!
翌朝。
一宿一飯の恩ということで、安直に現金を渡そうとして普通に断られ。代わりに、薪割りやら水汲みやら、貸与してもらった寝室や風呂の掃除やら労働をこなしているうちに、昼近くになってしまった頃。
ようやくスタンが起きてきたがために、ウッドロウを含む一同はトーン邸を後にした。
「ウッドロウ様。きっとまた、ここへお越しくださいね」
フィオレたちの出発に合わせてジェノスへ向かうウッドロウに、チェルシーはしばらく拗ねてみせている。
しかし、いつまでもそれでは子供っぽいとでも思ったのか、気を取り直したように一礼した。
「チェルシーは、一日千秋の思いでお待ち申し上げております」
「いちじつ……?」
『非常に待ち遠しい、という意味だ。一日が千回分の秋のように思える、という意でもある』
「あー、その気持ちはちょっとわかります」
スタンが『一日千秋』という単語に首を傾げ、ディムロスがしぶしぶながらも翻訳している。
でかい態度に似合わず根は親切なのか、あるいはおせっかい焼きなのかと思いつつも、フィオレはチェルシーの言葉に賛同していた。
「好きな人と共に過ごしている時間ばかりがあっという間に過ぎて、それ以外は途端にゆっくりと感じるから、不思議ですよね」
「やだ、もう、フィオレさんたらぁ。そんなにはっきり……」
「では行こうか」
一応本心を隠しているつもりなのか。チェルシーは両手を頬に当てて恥じらうものの、ウッドロウはさらりと流すばかりだ。
彼女の祖父にして自分の師匠が目の前にいるのでは、まともに相手をすることも、無碍に扱うこともできないのだろう。
「お世話になりました」
「気をつけての」
二人に見送られ、一路ジェノスへと向かう。
途中これといった障害もなく、三人は無事にジェノスの門を潜り抜けた。
過去一度だけだが、フィオレはこの街を訪れたことがある。
それを知ってか知らずか、先頭を歩いていたウッドロウはくるりと振り返り、街並みを指した。
「ここがジェノスの街だ。セインガルドへ行くなら、北の門を抜けるといい」
「色々と、お世話になりました」
確かに彼の先導がなければ、ほぼ一本道だったとはいえ、手間取ったことがあったかもしれない。
フィオレも、同様に頭を下げる。
それを見て、ウッドロウは雪焼けした顔を淡くほころばせた。
「何、気にすることはない。旅の無事を祈っているよ」
「はい。ウッドロウさんも、お元気で」
片手を挙げて、ウッドロウが背を向ける。
そのまま振り返ることもなく、彼は南の門の方向へ向かって去っていった。
その時。
『行ったな』
不意にディムロスが、ぼそりと呟く。
その言葉に、スタンはひょい、とディムロスを手に取った。
その顔は、どこか怒っているようにも見える。
「なんで一言も話さなかったんだよ」
──そう。道中、スタンは幾度かディムロスに話しかけている。
しかし彼は何を思ってか、一言たりとも返しはしなかったのだ。
あまりにフィオレが彼の追及をそらし続けるため、拗ねてスタンに八つ当たりをした──わけではない。
そもそも彼によるフィオレへの追求は、はぐらかし続けたことにつき昨日のうちから諦めさせている。
『ウッドロウという男、信用ならんぞ』
「なんでだよ。いい人じゃないか」
『聞け! あいつは我が存在に気付いていた。只者ではない』
『確かに、ただの人ではありませんけれどね』
なんせ、ファンダリア王族唯一の王太子である。民間人とはあまりにも違う立ち居振る舞いにディムロスがそう思うのも、無理はなかった。
ただ。
『私にとっては貴様も、只者ではないのだがな』
フィオレをも疑わしく思っているために、彼はなかなかそれに気付きはしないだろうが。
そういえば、ディムロスはフィオレが客員剣士見習いであることを知らない。
あれだけわかりやすく事情を説明すれば自ずと察するだろうと思っていたのに、チャネリングによる驚愕のために聞いていなかったのだろうか。
「何にしたって、あの人がいい人だってことは確かだよ」
現在この場にいない人間をいぶかしんだところで、不毛だということはわかっていたのだろう。以降、ディムロスがウッドロウについて何か言うことはなかった。
それはさておき、考えなければならないのはこれからのことだ。
まずは自分の生存報告と、ディムロス確保の報告を済ませてこなければ。
「スタン。私はちょっと用事があるので別行動を取りたいと思います。観光を兼ねてくださっても構わないので、本日の宿を確保しておいてください。隣接している酒場で合流しましょう」
「え? このまま北の門へ行かないんですか?」
「はい。トーンさんのお宅をもう少し早くに出られたのならこのままハーメンツの村まで頑張るところなのですが、もうあまり日が高くないので」
セインガルド領に入ってしまえば、多少夜中に移動したところで危険はない。
しかし、これからジェノスを出て万が一、セインガルドに入る前に日が落ちたら、任務完遂どころかまた命が危うくなる。これ以上の面倒は、正直避けたかった。
遠回しにスタンのせいだと言い放ち、宿代を持たせてディムロスもろとも放流する。
もしもフィオレに不信感を抱くディムロスがスタンに逃亡を命じたところで無駄だ。通行証を持たないスタンでは、この街から出ることはできない。
……少なくとも、正攻法では。
その足でセインガルド側の詰め所に向かい、客員剣士の証たるループタイを見せて伝書鳩の貸与を申し出る。
幸い貸してもらえることにはなったのだが、検閲が当たり前だと聞かされて、その内容に苦心した。
何故なら、生存報告だけならまだしも、こんなところで迂闊にソーディアンの名を出すことははばかられたからである。
極秘任務と言い張って検閲をパスすることも考えたが、もともと客員剣士という特別職は平の兵士にとって印象が良くない。こんなところでいさかいを起こすのも気が引ける。
悩んだ挙句に、フィオレはこんな一文をひねり出した。
『リオンたちへ。現在任務続行中です。もう二、三日で手土産持って戻ると思いますので、捜索隊は不要ですよ』
文末にフルネームを入れて、ダリルシェイドまで送ってもらう。これならば、事情を知る人々には十分だろう。
作り笑顔で詰め所を去り、道具屋を探して消耗品を買い足す。
自分では使わずとも、怪我をしやすい同行者がいるだけでいつのまにか使ってしまうのだから、その場の勢いとは恐ろしい。
あまり時間をかけたつもりはなかったが、すべて終わって外へ出るとすでに日が傾いていた。
スタンを待たせてしまったかと、急いで酒場へ向かう──が。
店内に入りくるりと周りを見回しても、金髪の青年は影も形も見当たらなかった。
「……?」
不思議に思いながらも、奥の空いている四人掛けのテーブルを陣取る。
とりあえず暖まろうとジェノスの地酒を頼んだ。しかし注文の酒が届いても、彼は現われない。
もしや迷子にでもなっているのかと、フィオレは風の守護者に呼びかけた。
『シルフィスティア。あなたの視界を貸してください』
『はいよー』
緩やかに目蓋を閉ざした後に、真上から見たジェノスの風景が映る。
どこもかしこも雪の敷き詰められた街の中。
どこを視ても彼がいないことを知り、フィオレが青くなったのはそれからまもなくのことだった。
もしや本当に、逃亡したのだろうか。
しかし、どこに、どうやって?
あの性格からして、通行証を持つ観光客から強奪したなどと考えたくはないのだが……
そのときのこと。
『ねえ、あのツンツン頭の男の子を捜してるの?』
不意に話しかけられ、フィオレはびくりと身体を強張らせた。
普段フィオレのすることに関して滅多に干渉してこない守護者──シルフィスティアに声をかけられたのだと、気づく。
『……そう、ですが』
『じゃあ、この街の周辺も見てみようか。フィオレたちが入ってきたあの門なら、出入りは自由だったでしょ?』
そういえば、先ほどからぐるぐると街中だけを見回っていた。
理由は思いつかないが、何らかの事情で外へ出たのかもしれない。
シルフィスティアに感謝を告げて、フィオレは捜索範囲を広げた。
これは風の視界を見慣れているフィオレにとっても負担の大きな作業だったが、単身街の外へ飛び出すよりも遥かに効率がいい。
『無理しないで、ゆっくり視野を広げていけばいいよ。あんまり急激に視界を広げると、頭が痛くなるでしょ?』
『確かにその通りですが、もし逃亡していたら早急に追いかけなければ……』
昼間に通ってきた道を逆戻りするように、視界を移動させていく。
何の変哲もない道が続いていく中で、突如シルフィスティアが声を上げた。
『あ! そこの右手、何かあるよ!』
シルフィスティアの意志が働き、フィオレの意思に反して視界が移動する。
木々に隠れてわかりにくいものの、確かに行き止まりだと思っていた道の先には洞穴のような空洞がぽっかりと覗いていた。
周囲の地面をよくよく見てみれば、足跡が確認できる。
ともかく一度、視野を広げようと真上から見下ろせば、すぐ近くには人の気配も感じられない廃墟──遺跡じみた建物が建っている。
視界の片隅でうろうろしているのはセインガルドから派遣された兵士だろうか、巡回を行っているようだった。
ただ常駐はしていなかったようで、彼らはすぐに遺跡から出てきた仲間と合流し、ジェノスの方角へ立ち去っていく。
『……ねえフィオレ、思ったんだけどさ』
『何ですか?』
『フランとの契約は済ませたよね? それならあの、ディムロスって人間の人格が宿ったコアクリスタルの波動を追いかけることはできると思うよ。込められた晶力はフランブレイブに属するものだし』
……そういうことはもっと早く思いついてほしかった。
一端シルフィスティアの視界を外して、フランブレイブを呼ぶ。
契約時に渋るほど瑣末時に呼ばれることを嫌がっていたため、気は進まないが状況が状況だ。
『フランブレイブ。あなたの力が大量に込められたレンズの足跡を辿ってほしいのですが』
『……わかった』
シルフィスティアとは違い、朗らかな了承こそ得られなかったものの。フランブレイブの仕事は早かった。
ただちにシルフィスティアと視界を連動させ、フランブレイブによって可視状態になったコアクリスタルの足跡を追う。
ゆらゆらとした曖昧な線は、確かにシルフィスティアによって発見した洞穴に入っていった。
そのまま追いかけようとして、フランブレイブに止められる。
『コアクリスタルが野外に出た。そのまま追いかけるよりは視野を広げた方がたやすく発見できる』
忠告に従い、再び上空から周囲を観察する。
果たして、先ほど見かけた遺跡の入り口から見慣れた金髪のツンツン頭が見受けられた。
ただし。彼一人だけではない。
(……んん?)
洞穴へと続く足跡の種類からして一人でないことは想像していたが、なぜか彼らは三人連れだった。
一人は、小麦色の肌をした大柄な女性である。
背中と腰に大小の剣を提げており、明るい色の蓬髪を馬の尻尾のように束ねていた。雪国に見合わない、妙に露出のある格好が特徴的だ。
そしてもう一人、露出ならばこちらも負けてはいない。
短い黒髪に、どちらかというと挑発的な格好をした少女である。
チェルシーといい彼女といい、若いとあまり寒さも気にならないのだろうか、同じように腹を出していた。
武装といえば、腰に提げた小剣が一振り。
何やらスタンに突っかかっているようだが、対応するスタンの様子からして気心知れた知り合いには見えない。
三人ともジェノスの方角へ歩いていくところを見ると、スタンの逃亡を手伝ったわけでも、そもそもスタンが逃亡したわけでもなさそうだが……
ともあれ、これでフランブレイブの力を借りる必要はなくなった。
『ありがとうございました、フランブレイブ。今後ともよろしくお願いします』
『……』
ふん、という文句とも呼気とも取れそうな音を残して、フランブレイブの気配はなくなった。
『どうする? 会話も聞きたい?』
『いえ、このまま監視をお願いします』
彼らの会話を聞くことは、今まで何をしていたのか推測する材料になる。しかし、聞いたことによってどこかでボロを出し、怪しまれても面倒だ。
とりあえずこのまま逃亡しないかを観察しようとして、より近くに視界を移す。
ようやく彼ら一人一人の顔を判別できるような距離になって、フィオレは不意に鼓動が早まるのを感じた。
スタンの顔を見たから、ではない。
黒髪の少女の、気の強そうな横顔が、上司兼教え子の顔と被ったのだ。
よくよく見てみれば、特徴といい顔立ちといい、似通るところはかなりある。もっとも、肉眼なら怪しまれる距離でまじまじと観察しなければ、そうは思わないだろうが……
そうこうしているうちに、三人は行きとは違う道のりを経てジェノスの門へたどり着いた。──セインガルド寄りの。
『え!? 通行証なんか必要なの!?』
『はあ? あんた何言ってんの』
表情からしてそんな会話がかわされたことが予想される。
とにかく彼が街の中へ戻ってきたことに確認して、フィオレはシルフィスティアの視界を切り離した。
『助かりました。ありがとう』
『ん! またね~』
通常の視界に戻り、フィオレは心から安堵のため息を洩らした。
先ほど運ばれてきた壷の中の地酒を、ついてきた柄杓ですくって飲む。
そこへ。
「あ~、寒い寒い。どこが空いているかしら~?」
「あ、そうだ。俺待ち合わせしてるんだよ。えーっと……」
「待ち合わせ? あんた一人旅じゃなかったの?」
複数の足音、男女のしゃべる声。
早口の少女と話す青年の声に聴き覚えがあったフィオレは、ちらりと出入り口を見やった。
そこで店内を見回していたスタンに発見される。
「遅くなってすいません。ちょっと色々あって……」
「そですね、確かに遅かったですね。ナンパしてきたんですか?」
何食わぬ顔でからかえば、彼は紅潮し、黒髪の少女が即座に反発してきた。
「違うわよ! 誰がこんなボーッとした男に引っかかるっていうの?」
「それもそうですね」
とにかく立ち話もなんだと、三人を招き寄せる。
注文を取りに来たウェイトレスに空のグラスを頼み、フィオレは立ち上がった。
「初めまして、フィオレと申します。お二方は?」
「……ルーティよ。こっちはマリー。見た目じゃわかりにくいと思うけど、レンズハンターをしているわ」
レンズハンター。
オベロン社がレンズを買い取っているため、レンズを集めて売却し生計を立てている人間の総称だが、その実情は旅の何でも屋に近い。
何故ならその昔、魔物を狩れば手に入るレンズと交換にガルドが手に入るため、レンズハンターが爆発的に増えたことがあるらしいのだ。
レンズを定価で買い取っていたら、割にあわない。
そう判断したオベロン社総帥殿は、レートを設定することでレンズの過剰供給を抑えたらしい。
そのため、レンズだけで食べていくことが難しくなった彼らは何でも屋や遺跡荒らし、時には犯罪スレスレの所業を働いて生計を立てている、というのが現状なのだという。
平たく言ってしまえば、犯罪者予備軍である可能性がかなり高い。
現にフィオレは、そんなレンズハンター崩れを若き上司と共に捕縛したことがある。
「へえ、そうなんですか」
ただ、顔色は変えない。
彼女がまっとうなレンズハンターである可能性もまた否めないし、もし犯罪者であったとしても、基本的に現行犯でなければ捕縛はできない。
それでも、そうでもなくても、極秘任務中にフィオレの身分を話す気にはなれなかったが。
「ところで、ナンパでないならどのような経緯で?」
「えっと、それがですね……」
そんなことどうでもいいじゃない、と言いたげなルーティを制し、しばしスタンの説明に耳を傾ける。
ひょんなことからマリーと知り合ったスタンは助けを求められ、ジェノスから少し離れた遺跡へと向かった。
そして遺跡の罠にかかっていたルーティを救出し、そこへ現われた野盗らしき人間を撃退したところ、礼がしたいということで共に戻ってきたという。
(……野盗……?)
顔にこそ出さなかったが、フィオレはここで激しい不安に駆られていた。
スタンが遺跡にいたと思われる時間帯、フィオレは上空から遺跡を眺めていたのだが、野盗の姿など見ていない。
遺跡から現れたのは、セインガルドから派遣されている兵士たちだけだ。
しかし、まさか兵士たちを野盗と間違えるとは思えない。
スタンとマリーが入ったと思われる、木々に隠れていた洞穴付近に人影はなかった。
つまり、兵士たちの知らない抜け穴なのだろう。
そこから出入りした可能性が、ないわけではないのだが……
「へえ、そんなことがあったんですか」
兎にも角にも、ディムロスがスタンをそそのかして逃亡を企てなくてよかった。その一言に尽きる。
店員が運んできたタンブラーを配り、フィオレは柄杓を取った。
「この寒い中、お疲れ様でした。お近づきの印に、一杯どうぞ」
壷の中の地酒をタンブラーに注ぎ、勧める。
フィオレが軽々とあおったのを見て、一同もタンブラーに口をつけた。しかし。
「うわっ」
「きっつーい……」
「うん、美味しいぞ♪」
嬉々として飲み干したのはマリーのみ、他二人は咳き込み顔をしかめている。
「お口に合いませんでしたか?」
「フィオレさん、これ、クラクラするんですけど……」
「あたしパス。マリー、飲み差しでよければあげるわよ」
無類の酒好きなのか、上機嫌のマリーにタンブラーを渡して、ふとルーティはフィオレの顔をまじまじと見つめた。
「何か?」
「気のせいかしら? あたし、あんたの顔を知ってるような気がするのよね」
「奇遇ですね。私も、あなたのお顔には見覚えがあります」
ただし本人を見かけたわけではなく、知り合いに顔が似ているだけだが。
しかし、こうして肉眼で観察すると、ますます似ているような気がする。
けして顔の造りが同じというわけではないが、髪の色や質、瞳の色まで酷似していた。
「え、何? ひょっとして、どこかで会ったことある?」
「いいえ。知り合いに似てるな、と思っただけです」
拍子抜けしたように、ルーティはなーんだ、と大仰に肩をすくめている。
あの幼い上司と被るわけではないが、彼が絶対しないであろう仕草だけになかなか新鮮だった。
「えっと……スタンとは、どういう関係?」
「つい最近知り合いました。今は、ダリルシェイドまでの同行者同士です」
恋人同士だという答えを予想していたのだろう、ルーティはまたもや拍子抜けしたらしい。
明らかに気が抜けた様子で、軽く頬杖をついた。
「なぁんだ、それならそうと早く言ってよ。こっちは痴話喧嘩に巻き込まれるかも、って身構えてたんだからね」
「それは失礼しました」
一区切りついたところで、地酒を再びあおる。
自分のタンブラーになみなみ地酒を注いだフィオレは、明らかに物欲しげな顔で壷を見つめていたマリーに柄杓を渡した。
「ところで、二人ともダリルシェイドへは何しに行くの?」
「セインガルドの兵士になりたくて」
スタンは即答するものの、フィオレはそれができない。何せこちらは客員剣士見習いであることを隠しているのだ。
黙考して、フィオレは口を開いた。
「それは言えません。あなたも、レンズハンターならわかってくださいますよね?」
その一言で、ルーティはフィオレが目論んだ通り秘密厳守の依頼を受けているとでも思ったのだろう。
軽く頷いて、あっさりと納得してしまった。
まあ、けして嘘ではないのだが。
「まあいいわ。ところでスタン、あんたのその剣見せてくれない?」
──危うくフィオレは、口に含んでいた地酒を盛大に吹き出すところだった。
スタンは躊躇しているものの、ルーティは上目遣いになって「だめ?」と可愛らしく尋ねている。
もしやこの少女、ソーディアンの存在と価値を知っているのでは……
まさか持ち主を前にして堂々と強奪はしないだろうが、事実を知られるのは危険すぎる。
「えっと……」
「スタン、ダメです。きっぱり拒否してください」
隣に座るスタンのわき腹をつついて、彼女らに聞こえない程度の声で警告する。
かくしてスタンは顔をしかめて、躊躇し続けた。
「いや、これは……その……」
「じゃあいいわ」
しかし、このままでは話が続かないとでも思ったのか。
彼女はおもむろに、腰に提げていた曲刀を引き抜いた。
そしてそれを、スタンの眼前に置く。
「この剣、持ってみて」
「これ?」
スタンが持ったその剣を見て、フィオレは知らず眼を見張った。
曲刀というほど刀身は反っておらず、大きさは小剣程度。
細身で軽そうなその意匠は、ディムロスやシャルティエと酷似した代物である。
そして彼らと同じように、刀身の根元に張り付いた球体は……
「しゃべっていいわよ、アトワイト」
『初めまして、スタンさん』
ソーディアンたる、証だった。
話しかけられたスタンは、ディムロスのことを反射的に忘れていたらしい。
「だ、誰だ!?」
マリーが不思議そうな視線を送ることにも気づかず、辺りをきょろきょろと見回している。
一方で、ルーティは確信がいったというように声をあげた。
「やっぱり! アトワイトの声が聞こえるのね!」
やっぱり、というのは……彼は別行動中に晶術を用いて戦う、あるいは彼女らの前でディムロスと会話をしたということか。
一方、一千年の時を経て戦友と再会したディムロスはというと。
『アトワイトなのか!?』
『その声は、ディムロス!?』
今更ながら戦友との再会に気付いている。
ソーディアンには視覚が搭載されていたはずなのだが、あまり機能していないようだ。それとも、ディムロスが寝起きにつきぼんやりしていただけか。
その割には、アトワイトと名乗る女声も今気づいた、というような声を上げている。
ということは、普段はあまり視覚はきちんと機能させていないのかもしれない。
「思った通りだわ! あんた、ソーディアン使いね!」
「どういうことなんだよ。説明しろよ、ディムロス」
はしゃぐルーティはそっちのけで、スタンはディムロスに説明を求めている。
その辺りはどうでもいいので適当に聞き流しながら、フィオレは今の状況を整理した。
ソーディアン・ディムロスに続いて、ソーディアン・アトワイトまで現存していたということ。
更にアトワイトはすでにマスターを定めていて、そのマスターは素性の知れないレンズハンターで……
このルーティという少女が、ソーディアンの存在と価値について重々承知である可能性が濃厚になった、ということか。
現存のソーディアンについて、公にはシャルティエとイクティノスのみが確認されている。
シャルティエのマスターはリオンであり、イクティノスはファンダリアの王族が歴代マスターを務めているらしい。
行方知れずなのはディムロスを除外してアトワイト、クレメンテ、ベルセリオスと聞いたから、彼女がアトワイトを所持しているのは把握されていないのだろう。
となれば、国によって発見された場合マスターもろとも確保される危険性がある。
しかし、こんな無防備で今までよく発見されなかったものだ。
フィオレは内心で、少女の幸運に乾杯していた。