swordian saga   作:佐谷莢

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 ストレイライズ神殿、大聖堂付近にて。バティスタと喧嘩して、勝ちました(過去形)
 眼が覚めてから初めての、まともな戦闘でもあります。



第四夜・勃発——前兆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィオレが神殿に滞在するようになって、三十日──フィオレの感覚では半月、ここの暦に合わせるなら一ヶ月が経過した。

 購入した刀は、フィオレによって丹念に手入れされ『紫電』と刻まれた銘が発見できたほどである。刀身の美麗さから名づけられたことがよくわかる銘だった。おそらく名の知れた刀匠の作品なのだろうが、それを探る術は今のところない。

 この頃、フィオレはフィリアによる詰め込み教育で、どうにか一般の書物を解読することができるようになっていた。

 そろそろ、神殿を去る頃合である。

 日常生活に支障がないほどの一般常識を得たから、というのもあるが……

 

「よお。フィオレじゃねえか」

 

 フィリアが作成した書類を届ける最中、背中に声がかけられる。

 内心で嫌な顔をしつつも振り向けば、そこには鍛錬帰りであるらしいバティスタが立っていた。

 司祭であるバティスタとは、フィオレが神殿に世話になることになってから早々、フィリアから紹介されている。

 そのときから「記憶喪失のわりに、名前は覚えているんだな」などと嫌味を言われているために、フィオレはあまりいい印象を持っていない。

 その男が何のつもりなのか、積極的にフィオレと接するようになっていたのだ。

 記憶喪失を疑っているわけではない、「そろそろ出て行け」と言わんばかりの圧をかけるでもない。

 ただの好奇心やその他による興味なら、フィオレもあまり気にしなかっただろう。好奇心や興味で近寄ってくる人間など、珍しくもなんともない。珍しいのは『記憶喪失』であるフィオレ本人だ。

 だが、バティスタから興味や好奇心といったものは感じられない。

 何というか、明確な目的のもと、フィオレのことを探っているような感覚なのである。

 日常会話など、ふと口を滑らせて変に勘ぐられても嫌なので、あまり接触しないようにしていたのだが……

 

「お使いか?」

「フィリアから、アイルツ司教に届けるよう言付かっております」

「そりゃ奇遇だな。俺も司教様に用事がある」

 

 なんと、同道を共にすることになってしまった。

 長い廊下を連れ立って歩くうち、バティスタが唐突に口を開く。

 

「こないだお前らに絡んだ行商人、揉めに揉めた挙句、許可証取り上げられちまったらしいぜ」

「……そうですか」

 

 言わずもがな、フィオレに刀を売り、フィリアに抱きついた武器商人のことだ。

 あれから彼に接触はおろか、何かを聞かれるということもなかったが、そういうことになっていたとは。

 

「可哀想なことをしてしまいましたね」

「んん? そうなのか」

「原因はどうあれ、結果としてそのようなことになってしまったのは、残念なことです」

 

 彼がいれば、紫電の出所を特定できたかもしれないのだから。

 それでなくてもフィオレが悪知恵を働かせなければ、彼は今も神殿の周囲で商いに精を出していたはずだ。

 彼の自業自得であることは、明白であったが。

 

「そういやぁよ、その眼。まだ治らねえのか?」

 

 いきなりの話題転換に、少々戸惑いつつも片手で眼帯に触れる。

 現在フィオレは、医療用ではなく手製の白布で作った眼帯を身につけていた。

 この眼では、否応なく目立つ。

 以前から好奇の目で見られることに嫌気が差していた彼女は、ここではみだりにひけらかすまいと常に眼帯をつけるよう心がけていた。

 この質問について、答えることはひとつだ。

 

「けっこう、目立ちますから」

 

 何が、とは、あえて言わない。

 その答えに、しばらく口を閉ざしたバティスタだったが、やがて気を取り直したように彼はまたもや口を開いた。

 

「んでだ。例の話なんだが……」

「その件に関しては、すでに決着がついているはずです」

「まあそう言うなって。何もわからねぇままここから追い出されても困るだろ?」

「ええ、困ります。ですから今、フィリアより一般常識を教わっているんです」

 

 例の話、とは極めて単純である。

 彼は、フィオレに僧兵となってアタモニ神の信徒にならないか、と勧誘しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の起こりは、これより以前──揉め事を起こして二、三日たったある日のことである。

 紫電のことを通じてフィオレには戦いの心得があると知ったとき、フィリアは鍛錬場で体を動かしてみないか、と彼女に持ちかけたのだ。いわく、体力作りに外をふらふら出歩くより危険は少ない、とのこと。

 たとえ不意打ちであったとしても、神殿周囲に生息する魔物にやられるほど衰弱していない現在だが、仮にも自分の心配をしている人間に対してそれをそのまま言うのは憚られた。

 その提案を受け、鍛錬場へと赴いた際。フィオレはそこで、バティスタと試合をすることになった。

 きっかけは、それまで鍛錬場に足を踏み入れたことのなかったフィリアがバティスタの姿を見つけ、鍛錬場使用の許可を願ったことにある。

 その頃彼はフィオレに対してかなり懐疑的であり、胡散臭そうな眼でじろじろ見られた上、また救護室に入り浸りたいのか、とせせら笑われた。

 外見で判断する人間はけして少なくない。まして男尊女卑の思想がうかがえる人間なら、尚更である。

 それを踏まえて、言葉を発した。

 

『余所者に使う資格はない、と言うなら仕方ありませんね。どのみち、フィリアの同僚殿を衆人環視の前で叩きのめすわけにも行きませんし』

 

 この言葉が効を奏し、バティスタの神経を思いのほか逆撫でている。

 

『上等だ。二度とそんな口、利けないようにしてやる!』

 

 激怒した彼は木刀をフィオレに投げつけ、鍛錬場の試合用舞台へ上がるように言い渡した。

 もちろん、日頃のフィリアに対する態度から、女性を軽視する傾向にあるこの男を怒らせ、やる気にさせるために投げつけた言葉である。

 魔物や野盗相手では余裕であったが、長年特殊な疾患に悩まされ続けてきた彼女にとって、発作の再発が一番の心配の種だった。

 ここは思い切り体を動かして、今一度発作に耐えられるかどうかを試したいところである。

 あの発作を自分から、わざわざ味わいたいとは思わない。しかし、もしものことを考えると、重大な場面で発作に耐え切れず、失神でもしてしまったそのときはもう眼にも当てられない。

 いくらバティスタが怒り心頭の状態でも、あくまで試合だ。最悪、とどめを刺される前に周囲の人間から止められることだろう。

 幸いなことに、この試合の規定では相手が降参を告げるか、審判が止めに入るか、相手を舞台外──場外に出すことで試合は終了する。

 フィオレは木刀を下段に構えて佇み、バティスタは修練用の鉤手甲のようなものを装着し、軽く腰を落としている。軽く爪先立ちになっているあたり、フットワークに自信がありそうだ。

 もっともフィオレとて、防御は紙切れ並み、回避は羽虫並みのつもりなのだが。

 

『シッ!』

 

 先手必勝とばかり、機先を制したのはバティスタだった。

 一番の目的が打たれることであるフィオレが相手につき、当然である。

 横薙ぎの一撃を体をそらして避け、続く上段蹴りをしゃがんで回避。そのまま振り下ろされた踵落としが脳天を直撃する前に、フィオレは軸足の脛を突いてバティスタを悶絶させた。

 簡単にバランスを崩した彼はばったりと倒れ、うんうん唸りだす。

 

『……大丈夫ですか?』

『ってっ、ってっ、てめえぇ……』

 

 なかなか起き上がろうとしないバティスタに追撃することもなく、とりあえずフィオレは話しかけてみた。

 痛むらしい脛を撫で擦りつつ、うっすらと涙目でフィオレを睨みつけている。

 ……あまり見ていたいものではないが、眼を離して隙を突かれるのも癪だ。

 

『だから防具をつければよかったのに』

『うるせぇ! てめえですらつけてねえんだ、男の俺がつけられるか!』

 

 試合では防具の使用も許可されているが、普段通り戦うためにフィオレはそれを辞退した。

 それを目の当たりにしたバティスタも、同じように防具なしで試合に臨んだのだ。

 ようやく立ち上がったバティスタだが、闘志は失われていない。

 ──ここからは、難しくなる。

 何せバティスタに打たせる場所は決まっているのだ。そこへ攻撃するよう、仕向けなければならない。

 上段からの振り下ろしを紙一重で避け、そのままカウンターで腹に突きを見舞う。

 狙った一撃を打たせる前に、多少でも攻撃しなければ不自然だ。

 これ以上余計な負傷をさせないために、十分手心を加えた一撃にした、つもりだった。

 ところが。

 

『ぐへっ』

 

 木刀の先端は面白いように鳩尾へ埋まってしまい、彼はもんどりうって転倒しかかった。そしてどうにか踏みとどまる。

 心情的には「まだ倒れるな」と支えてやりたいところだが、仮にも対戦相手である。そして、彼はどうやらフィオレより年上らしい。近寄ることさえためらわれる。

 思いもよらなかったこの事態を目の当たりにしてフィオレが脱力している間に、彼はどうにか立ち直った。

 

『ふ……くっくっくっ。この野郎……涼しい顔で見下しやがって。女だからと甘い顔した俺が間違っていた。もう一度救護室送りにしてやる!』

 

 誰が涼しい顔をした。アンタがいつ甘い顔をした。という突っ込みはさておき、ちょっと予定は狂ったがこの気迫を利用しない手はない。

 左右からの攻撃を木刀で弾き、体勢を崩したところで追撃ではなく、背後を取りにかかる。

 そのまま脳天に唐竹割りの一撃を加えたくなるほど、無防備な姿ではあったが耐えなければならない。

 木刀を下げ、歯を食いしばる。

 待ち望んだ瞬間は、思いの他早く訪れた。

 凄まじい勢いで首を振ったバティスタが、フィオレの立ち位置を掴んだのである。

 

『このっ!』

 

 放たれた裏拳は、正確にフィオレの胸を打った。

 ところが。

 

『……?』

 

 ……苦しく、ない。

 今までと同じように、はずみで発作が襲ってくると思っていたのだが、その兆候がまったくない。

 そういえば、目覚める以前まで常時体を支配していた倦怠感が、このところまったく影をひそめていた。

 まさか、眠っている間に完治したのか。

 随分前に余命宣告を受けたことさえ忘れて、フィオレは完全に舞い上がった。

 

『何をにやついてやがるっ!』

 

 顔に出てしまっていたのか、バティスタが吼え、飛びかかってくる。

 緩む唇を引き締めて、フィオレは木刀を握り直した──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果、彼女はバティスタを場外へ叩き落した。それに至るまで、かなり時間をかけたために体力が尽き、衰えていた体が悲鳴を上げている。

 それでも、発作の気配は微塵として感じられなかった。

 勝利にではなく、判明した事実に高揚していたフィオレは、その後彼に何があったのかを知らない。

 ただわかっていることは、試合を終えて翌日。

 彼は急に物腰柔らかな態度となっていきなり「僧兵にならないか」と切り出したことだ。

 

「そもそも、私は女神アタモニを信仰していません。そんな人間が僧兵になるなど、許されるわけがないではありませんか」

「別に僧兵は信者ばかりじゃねえぜ。孤児だから神殿に預けられて、成り行きでそのままここで働いている奴だっている。なあに、一生ここで働けとは言わねえよ。僧兵ならそれなりに給金も張るから、ここを出て行く前に路銀を溜めるもの手だと思わねえか?」

「その提案が間違っているとは思いませんが、私がここに滞在することでそれなりに消費されるものがあるはずです。フィリアは気付いていないようですが、私の存在はけして歓迎されていません。あなたが知らないわけでもないでしょうに」

「そりゃお前がフィリアの手伝いするだけでただ飯食らってるからだろうが。僧兵として働くなら、誰も文句はねえよ」

 

 バティスタはいつになくしつこかった。

 普段なら「用事があるから」とでも何とでも言ってさっさと立ち去るのだが、今はそれができない。

 ついに、フィオレは相手を怒らせることにした。

 いけ好かない相手とはいえ、フィリアの同僚相手にあまりしたいことではなかったが、この話題から逃れられるならなんだっていい。

 

「あなたも変わり者ですね。自分を負かした人間に、そんな親切を言うなんて」

 

 どうせ怒り出すだろうと思って意図的に口にしなかった、試合のことを口に出す。

 しかし、意外なことに彼はわずかに沈黙しただけで、激情の気配をうかがわせることはなかった。

 それどころか。

 

「お前がここに残るのは、俺にとっても都合がいいんだよ……いつかぜってー泣かしてやるからな」

 

 つまり再戦を望んでいるという、もっともらしい理屈をこねる始末。

 さてどうしたものかと首をひねった矢先。

 

「──」

 

 書類を抱える手が、ひどく疼いた。

 正確には左手の甲、正体不明のレンズが張り付いている場所である。

 これまで隠してきたため誰に見咎められることもなく、またフィオレも誰かにこのことを話すつもりはなかった。

 現在は、眼帯と一緒に作った布製の手甲で覆っている。

 発作の代わりとばかり、神殿の中を歩いていて時折襲われた現象だが、それはほぼ一瞬のこと。

 気付いたときには、左手の奇妙な感覚など、綺麗に失せている。

 

「おや、フィオレくんにバティスタではないか」

 

 横合いからの声に反応すれば、そこには経典を抱えているアイルツ司教の姿があった。

 出てきた方向を見る限り、大聖堂に行っていたらしい。

 すかさず、フィオレは一歩進んで頭を下げた。

 

「こんにちは、アイルツ司教。フィリア司祭から書類を預かっております」

「ああ、ご苦労様。フィリアにも、そう伝えておくれ」

「わかりました」

 

 再び一礼し、ついでにバティスタへも目礼を行う。

 そしてフィオレは素早くその場を後にした。

 廊下の角を曲がり、誰もいないことを確かめてからそっと手甲を外す。

 そして彼女は息を呑んだ。

 乳白色だったレンズが、黎明の光を放っている。

 しかしそれは僅かな間、光はあっという間に弱まり、もとの乳白色に戻っていった。

 ……一体何に反応したのだろう。

 気味の悪さをそこはかとなく覚えつつ、来た廊下を見やる。

 今まで環境の激変に適応するのが精一杯で放置してきたが、そろそろこのレンズと向き合うべきかも知れない。

 とりあえず、彼女はフィリアに届けたことを伝えるべく、きびすを返した。

 

「フィリア、アイルツ司教がご苦労様、と」

「助かりましたわ、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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