swordian saga   作:佐谷莢

51 / 128
 ハーメンツ。
「四人+二本」旅、終わりました。
 そしてリオン&シャルティエ、久しぶりー。

 ごめんね、リオン。姉に勝てる弟はいないの。


第三十六夜——ハーメンツの惨劇(?)~リオンのターン!

 

 

 

 

 翌朝。

 支度をしていたフィオレの耳に、隣室の金切り声が飛び込んできた。

 

「起きなさいよ、ほらっ!」

 

 直後、何かが落ちたような音が響いて静かになる。

 しばらく話し声のようなものが聞こえてから、バタバタと忙しなく移動する音がして、それから静かになった。

 

 

 

「ところで、フィオレ。あたしたちが預けた消耗品なんかを、一度返してほしいんだけど……」

 

 昨晩そう言い出してきたということは、おそらくマリーがルーティに、フィオレの正体を話したのだ。

 否応なしにディムロスが国に献上されることか、あるいは違うことを感じてなのか。

 出足が遅くなることを承知で低血圧のスタンを起こしにかかったということは、おそらく彼とディムロスという戦力を手放したくなかったからだろう。

 このまま放置すれば逃げられる。

 それがわかっていて、フィオレがのんびりしている理由は窓の外の光景にあった。

 フィオレがいるのは二階の真ん中にあたる部屋なのだが、ただいま宿前にはセインガルド軍仕様の装備をまとった兵隊がずらずらと集結しつつある。

 十中八九、ルーティの追っ手だ。

 おそらく彼女のフルネームはルーティ・カトレット。悪質な詐欺紛いを主とする、有名なレンズハンターくずれの名だ。

 その行いは近年目に余るものとされ、治安部隊がそろそろ捕縛するべきとの検討案を出していた。

 その検討案が可決されたか、あるいはジェノスでの遺跡荒らしの件のみか。いずれにしても、彼女らはフィオレが手を下すまでもなく捕縛されることだろう。それから、今回の遠征を担当した責任者に事情を話せばいい。

 そんなわけで。

 フィオレは彼らが捕縛──あるいは遠征してきた捕縛部隊が蹴散らされるまで、高みの見物を決め込むことにしていた。

 その代わり、ルーティたちの逃亡を許しそうになった場合を想定して、すぐにでも飛び出せるよう準備だけはしておく。

 捕縛部隊がどの程度の兵士を連れてきたかわからないにつき、捕り物がどのような結果に終わるのかは、まったくの未知数だ。

 やがて階下──受付の辺りから喧騒が聞こえてきたと思うと、宿屋「やすらぎ館」の扉が荒々しく開いた。

 現われたのは、ルーティ、マリーの二人である。

 少し間をおいて、スタンが現われた。

 

「ルーティ! フィオレさんがまだ……!」

「あーもう、うっさいわね! それどころじゃないでしょ!」

 

 彼らの顔を知っていたのか、前口上も降伏勧告も何もなく「囲め!」という指示に従う兵士たちの動きに迷いはない。

 包囲網を抜けるのが無理だとわかった途端、ルーティは素早く抜剣した。

 

「こうなりゃ強行突破よ! マリー、アトワイト、ついでにスタン、いくわよ!」

「マリーさんも、ルーティを止めてください」

 

 スタンはこうも訴えるが、彼女は武器を構えて含み笑いをするばかりだ。

 

「くっくっくっ。さあ、来るなら来い!」

「ええっ!?」

 

 道中知ったことだが、マリーは交戦時において、かなり気を高ぶらせる性質にあるらしい。

 マリーの態度を挑発とみた兵士たちが、じり、と包囲網をせばめる。

 もはや止められないと悟ったのか、ソーディアンたちも諦めを口にした。

 

『仕方ないわね……』

『覚悟を決めるしかなさそうだぞ』

「くっ……」

 

 このままでは一方的にやられてしまうと判断したスタンが、決死の覚悟でディムロスを抜く。

 その態度に投降の意志なし、と判断した捕縛部隊もまた各々武器を手にし、戦いが始まった。

 ──その戦況を見て思う。これは、楽をできそうにない。

 一見互角に見える戦いだが、それは捕獲部隊の数が多いせいだ。時間が立つにつれ一人、また一人と倒れていく。

 血飛沫の量が少ないところを見ると、実力差があるゆえに手加減ができているらしい。これは喜ばしいことだ。

 彼らを殺せば、それだけ罪の重さが増す。

 やがて。

 

「あたしたちにケンカ売るには、百年早いんじゃない?」

 

 倒れ伏した兵士達を油断なく見回して、ルーティは勝ち誇ったように見下している。

 

「ええい、何をやってる。相手はたかが三人だというのに!」

 

 隊長格の装備を持つ男が不甲斐ない部下を叱咤するものの、遠巻きに見ているだけではその資格はない。

 これはそろそろ出るべきかと、フィオレが窓に手をかけた、そのとき。

 

「どけ!」

 

 横柄な少年の声がした。

 人垣を割るようにして現われたのは、黒髪に朱鷺色のマントをたなびかせた小柄な少年──リオンである。

 窓を全開にしようとして、傍観を貫く。

 彼が捕縛に向かったのなら安心、というわけではない。

 それでも十中八九成し遂げると思っているが、相手は単なる賊ではなくソーディアン使いだ。これまでその点においても優勢だった彼が、同じステータスを持つ相手ではどうなるのか。

 正直、見ものだった。

 

「あ、あなたは、リオン様ッ!」

「チッ、役立たずどもが……」

 

 十数日ぶりに見る彼は、明らかに苛ついた様子で隊長格を、倒れた兵士たちを睥睨している。

 もともと鋭かった目つきが更にきついものになっている辺り、機嫌が悪いのは明白だ。

 任務に駆り出されて、マリアンの作ったプリンでも食べ損なったのだろうか? 

 

「おい、まわりで寝ているばか者ども、とっとと起きろ。やつらは僕が片付ける」

 

 命に別状はないものとはいえ、戦闘不能の状態まで追い込まれたのだ。早々に従える命令ではない。

 荒れてるなあ、とフィオレが苦笑して見守る中、兵士たちは動ける者が自力で動けない者を助けて道をあけている。

 その道を悠然と歩いてスタンたちと対峙したリオンは、堂々と言い放った。

 

「国軍に反抗する馬鹿どもが。大人しくしていれば手荒な真似はしない。さもなくばどうなるか……わかっているだろう?」

 

 挑発にしか聞こえないが、一応降伏勧告である。念のため。

 無論、それに応じるルーティたちではなかった。

 

「ふーん。大した自信じゃないか」

「ガキは引っ込んでなさいよ!」

 

 マリーは不敵に微笑み、ルーティはまるで応じるかのような挑発を送っている。

 珍しく、リオンは怒りをあらわとしなかった。ただし。

 

「警告に従わないと言うならそれでもいい……」

 

 唇の端を皮肉げに歪め、彼は腰に下げたシャルティエを抜き放った。

 

「悪人に人権はない。実力行使だ!」

 

 そして、戦いの火蓋は切られた。

 前衛として突出したマリーの刃を、正面から受け止めることなく易々と受け流す。

 これまで攻撃を受け流されたことがあまりないのか、マリーは切り返しをしくじって大きく体勢を崩した。

 そこへつけこむようにリオンが仕掛けるも、同じく前衛を務めるスタンに邪魔をされ、一歩引く。

 そのまま二対一の剣戟が展開されるが、彼はまったく動じていなかった。

 ──マリーもスタンも、けして弱いわけではない。

 流石にレンズ拾いなどはせず、二人が負った傷を癒すルーティの手際も、悪くない。

 しかし、おそらく我流であろう二人の剣技に対して、リオンの剣術は洗練されていた。

 我流剣技は時として正統な剣術を上回る場合があるが、それは両者の実力が拮抗している場合にのみ、ありえることである。

 加えて、歴然とした対人戦にスタンがついていけなくなっている。具体的に指摘するなら、思い切りが明らかに不足していた。

 対人戦に不慣れなせいか、人を斬ることに抵抗があるのか。

 おそらく両方だ。

 

「うあっ」

 

 やがてリオンがそこを見抜いたのか、単に運が悪かったのか。柄頭でこめかみを打たれ、スタンが昏倒した。

 マリーも、ほとんど打ち合うことなく素早く斬り込んでくるリオンに対して、次第に劣勢となっていく。

 残るはルーティだが、剣による交戦術を習得していたとしても、リオンに勝るほどのものとは思えない。

 勝敗は決したかと思われた。

 が。

 

「マリー! 『プランビー』行くわよ!」

 

 後衛のルーティが指示を飛ばした途端、マリーは不思議な行動に出た。

 劣勢であるにもかかわらず、ほとんど特攻のような体当たりをリオンに仕掛けたのである。

 当然、彼はそれを避けているが……それは予想済みだったらしい。

 マリーはそのまま彼の横を駆け抜けて、大きくその場を飛びのいた。

 

「必殺、エナジーブレット!」

「!」

 

 エナジーブレット:オベロン社開発のレンズ兵器。地面に着弾後、直線状の電撃を放つ。

※魔物退治専用につき、取り扱いには注意されたし。

 

 ……いくらなんでも、魔物向けに作られた兵器を人に向けるというのは、いかがなものか。

 どこか他人事でそんなことを思いつつ、まだ傍観を続ける。

 大地を駆け抜ける雷の直撃を受けたリオンは、成す術もなく地面に突っ伏した。

 

「偉そうな口きいてるくせに、てんで弱いじゃないのよ!」

 

 動けないリオンをせせら笑いながらも、彼女はマリーとスタンの治癒を忘れていない。

 むくりと起き上がったスタンはというと、ただいま絶賛痺れ中のリオンを見て途方に暮れていた。

 

「セインガルドの兵隊を倒すなんて、俺はこれからどうすればいいんだ……」

「なーに、弱気になってんの! さ、とっとと逃げるわよ」

 

 ──もう見逃せない。

 粛々と窓を開け放ち、棒手裏剣を手に取る。

 未だ電撃を垂れ流す物騒なレンズ兵器めがけ、狙い定めて投擲した。

 結果、エナジーブレットは爆発するようにして破砕される。

 

「きゃっ」

「な、なんだ?」

 

 ようやく電撃から解放されたリオンが立ち上がる頃、フィオレは窓から地面に降り立っていた。

 身体をひねって無事着地、そのままリオンの眼前まで歩む。

 本人は隠したようだが、フィオレはしっかりと見ていた。

 鋭かったリオンの眼が、ほんの一瞬真ん丸になっていたのを。

 

「毛先が焦げてますが、大事ないようですね」

「──無事、だったのか」

 

 兵士たちの半数以上がフィオレの顔を、そして事情を知っていたらしい。

 どよどよと、周囲に動揺が広がっていく。

 

「ええ。どうに『フィオレ──ッ!!』

 

 にこやかに答えようとして、突如脳裏に響いた悲鳴じみた叫びに、フィオレはつい顔をしかめた。

 それはルーティたちも同じようで、スタンなどは反射的に耳を塞いでいる。

 

『この声は……』

『フィオレ、フィオレフィオレ! 良かったよぉ、生きてたよー! ああ、僕の祈りは天に通じたんだきゃっほーい! ねえねえ大丈夫? ちゃんと足ある?』

『シャルティエじゃないの!?』

 

 異様なテンションで喚き散らすシャルティエの声を聞き、かつての戦友たちは驚きを隠せない様子で声の主を当てた。

 

『あの、シャルティエ『んもー、すっごくすっごく心配したんだからねっ! 飛行竜は行方不明になっちゃうし。管制室に届いた最期の通信は魔物に襲われて途切れたってことで生存者は零、つまり君も死んだだろうって結論付けられたときは坊ちゃんと二人でもう絶望しまくったんだよ! でも生きてたし、怪我もないみたいだし、元気そうだから結果オーライ! 身体があったら即行抱きしめて二度と離さな「やかましい!」

 

 彼はどうやら、リオンが不機嫌になっていたことを忘れていたらしい。

 状況も何もかなぐり捨ててまくしたてたシャルティエは、主の靴底でコアクリスタルを踏みにじられるという仕置きを受けている。

 

『わああ、すいません! でも、坊ちゃんだってフィオレが生きてて安心したでしょ?』

「……ふん」

 

 その仕置きが、さほど痛手を与えていないことを知ってか、リオンはすぐに愛剣を拾い上げた。

 その目がようやく、フィオレを真正面から映す。

 

「細かいことはあとで聞く。それで、自分の失態の報告のために戻ってきたのか?」

「鳩は届いてないみたいですね。私はちゃんと、任務続行中ですよ」

 

 フィオレが見やるは、スタンが未だに握るものだ。

 交戦の最中に気付いたのだろう。リオンは理解したように頷くものの、納得には至っていない。

 それを彼が口にするよりも早く。

 

「フィオレ……あんた、そいつと知り合いなの!?」

 

 ほぼ会話に置いてきぼりだったルーティが、ようやく口を挟んだ。

 無言で肯定するフィオレに、ルーティの口調が一層厳しくなる。

 

「じゃあ、こいつらにあたしたちのことを通報したのも……」

「違います。何がきっかけでこんな騒ぎになったのか、私のほうが知りたいくらいです。ルーティ、あなたは何をしたんですか?」

 

 逆に詰問され、彼女は気圧されたように口を噤む。

 代わりに口を開いたのは、リオンだった。

 

「そんなことも知らずに行動を共にしていたのか」

「四六時中彼女らと行動を共にしていたわけではありませんのでね」

 

 答える気配のないルーティから聞き出すのはあきらめて、改めてリオンに尋ねる。

 しかし、リオンの返答は返答になっていなかった。

 

「それが知りたければ、こいつらを捕縛しろ」

「おや、もう戦えませんか?」

「……まだ痺れが残っている。動かせる兵士も少ない。逃げられる前に、確実に確保するんだ」

 

 上司たる彼からそれを命ぜられれば、今はまだ拒否をすることはできない。

 フィオレは小さく息を吐いてからくるり、と彼らに向き直った。

 

「フィ、フィオレさん……?」

「だ、そうです。大人しく降伏してくださればそれでよし。反抗、逃亡の意思があるなら力づくで従わせます。いかがしますか?」

 

 おそるおそる、と言った調子のスタンに、そしてルーティたちに淡々と降伏勧告を告げる。

 しかし、兵士はおろかリオンをも倒した彼女たちに、聞く耳はなかった。

 それどころか、これまで事実を黙っていたことに対し激昂している。

 

「あんたが軍の狗だったなんて……あたしたちを騙したのね!?」

「騙してません。黙っていただけです。私がいつ、あなたたちを謀るような嘘をついたと仰るのですか?」

 

 残念ながら、フィオレは彼らに一切虚言を吐いていない。

 ただ、事実を言わなかっただけだ。

 

「ごちゃごちゃうっさいわよ! 邪魔するようなら、容赦しないんだからね!」

「おい、ルーティ!」

 

 構えないスタンはそっちのけで、マリーとルーティが共に戦いを挑んでくる。

 マリーが前衛、ルーティが後衛……リオンと同じ手を使うつもりか。

 

「今までフィオレは、ほとんど戦うことはなかったな。だが私は、きっとお前は相当な使い手だと思っていたぞ」

「マリー! なにくっちゃべってるの、集中なさい!」

 

 ルーティの注意も聞かず、マリーは不敵な笑みを浮かべている。

 特に返す言葉もなく、フィオレは紫電の柄に手をかけた。

 

「いくぞ!」

 

 剣を掲げ仕掛けてきたマリーだったが、いかんせんフィオレはその太刀筋を見知りすぎていた。

 初撃をあっさりとかわし、彼女がたたらを踏んだところを悠々と懐にもぐりこむ。

 

「う……!」

「おやすみなさい。すぐに起こしてあげますから」

 

 紫電の柄を、鳩尾に深くめりこませる。

 前のめりに倒れこんだマリーの身体を肩で受けるようにしながら、ちらりとルーティを見た。

 

「マリー!」

 

 叫ぶルーティの手には、アトワイトではなくエナジーブレットが握られている。

 しかし、今放てばマリーを巻き込むことになるのは承知の上だろう。今すぐの投擲はない。

 肩から腕へ、脱力したマリーの頭を移動させ慎重に、しかし素早く地面に降ろす。

 フィオレがマリーから離れたのを見て取ったルーティは、ほぼやぶれかぶれにエナジーブレットを投げた。

 そこで地面に着弾するのを眺めていたら、リオンの二の舞だ。電撃を浴びれば、フィオレとてただではすまない。

 エナジーブレットが地面に辿り着くよりも先に、紫電を一閃させる。

 居合いと同じ要領で振るわれた淡紫の刃は、かのレンズ兵器をまっぷたつにしていた。

 エナジーブレットの残骸が、地面に転がる。

 

「……!」

 

 ルーティの手が、剣帯へと伸ばされる。

 アトワイトを抜く気なのだろうと判断したフィオレは、それよりも早く間合いを詰めてルーティに接敵した。

 そして──紫電の柄頭でルーティの顎を狙う。

 

「きゃあっ!」

『ルーティ!』

 

 脳が揺さぶられ、動きの止まったルーティの首筋に手刀を叩き込んだ。

 マリーと同じように意識をなくし、倒れるルーティを抱きとめて丁重に地面に寝かせる。倒れた衝撃で目を醒まされても厄介だ。ルーティを抱えたフィオレに「隙あり!」と斬りかかるような真似など、スタンはしないだろう。

 改めて、未だ棒立ちのスタンを見た。

 彼は、信じられないようなものを見たような、あるいは現実が見えていないかのような眼をしている。

 

「……」

「どうなさいますか? ちなみに、降伏するなら受け付けますよ」

 

 それ以外を受け付けるつもりはなかったのだが、スタンはゆっくりとフィオレと視線を合わせた。

 その瞳には、間違いようもない批難が浮かんでいる。

 

「……降参するのが利口なのはわかっています。だけど」

 

 殊勝な言葉とは裏腹に、彼はディムロスを構えて雄々しく叫んだ。

 

「女の子に暴力をふるったあなたを、俺は許せない!」

「そうですか。いくら怒ってくださっても結構です」

 

 女性に暴力を振るうべきではない。

 その考えは、フィオレとて賛成できる。

 しかしそれは武力を持たない一般人相手の話であって、実際に武器を持ち敵意を向けてきた相手に対して、フィオレは相手を女性とは思わない。

 ──敵として、認識するからだ。

 

『よせ、スタン! 今のお前では、逆立ちしても勝てる相手ではないぞ!』

「逆立ちなんかして勝てるわけないだろ!」

 

 そういう意味ではないのだが……面白いのであえて突っ込みはしない。

 ディムロスを構えて突進してくるスタンを真っ向から受ける素振りを見せながら、フィオレもまた足を踏み出した。

 その際突進の軌道を読み、ぎりぎり当たらない位置まですり足で移動しておく。

 

「えっ!?」

 

 そしてスタンは、盛大にフィオレの傍を走り抜けていった。

 スタンが脇を駆け抜け様、足を突き出す。

 結果、彼は足を取られてあっけなく転んだ。

 

「うわぁっ!?」

『何をしているんだ、馬鹿者!』

「確保、お願いします!」

 

 彼の手からディムロスが離れたのを見るや、フィオレはそちらを回収し、残った兵士に指示を出す。

 かくして、彼らはあっという間に御用の身となった。

 捕縛の際に目を醒ました彼女らといえば、マリーは興味深げにフィオレを見つめ、ルーティはふてくされたようにフィオレと、取り上げられたアトワイトを交互に見ている。

 

「で?」

「こいつらはジェノス付近にあるセインガルド管理下の神殿に入り込み、あまつさえ奉納されていた宝を奪って逃走した。その際、止めに入った兵士たちに負傷させてな」

 

 ……嫌な予感が当たってしまった。

 しかし、大切なのはそれだけではない。

 

「それだけですか?」

「何?」

「今回彼女達の捕縛に至ったのは、それだけが原因ですか、と尋ねています。知らないなら知らないでもかまいませんが」

 

 それだけだというのなら、まだどうにでもなる。

 悪質レンズハンターコンビに密航者。

 罰せられる理由は確かにあるが、処罰はともかく処刑は免れるだろう。

 リオンの返答は、なんとも微妙なものだった。

 

「確かに今回はその件で逮捕命令が出ている。しかし、ルーティ・カトレットといえば、悪質な詐欺紛いや遺跡荒らしの嫌疑がかかっていたはず。余罪で罪が重くなるのは明白だ」

 

 あまりいい返事ではないのだが、判断材料としては申し分ないため、よしとする。

 問題はどのような屁理屈で彼女たちの罪とフィオレの申し出を絡めていくかだが……

 そこへ。

 

「フィオレンシア様、生きておられたんですね!」

 

 歓喜と興奮の入り混じる、そんな声をかけられて我に返る。

 見やった先には、スタンたちを捕縛した、軽傷はあるものの、まだ動ける捕縛部隊の兵士たちだった。

 

「ああ、はい、何とか。お騒がせしました。色々ありまして」

 

 リオンと違い、フィオレは人間関係を殊更悪化させるような真似はしていない。

 進んで良くしようともしていないが、誰に対しても同じような態度しかとっていないため、兵士たちも気軽に話しかけてきたりはするのだ。

 こんな風に心配されるなど、夢にも思っていなかったが……

 

「そうだな、次は貴様の番だ。何が起こったのか、詳細を話せ」

「そうしたいのは山々ですが、いつまでもここに居座るのは迷惑です。場所を移しましょう」

 

 いつしか野次馬は多くなり、村人たちは遠巻きに何事があったのかを囁き合っている。

 宿場前ということもあって、迷惑極まりない。

 

「怪我人が多すぎて移動は難しいな。動ける人間が手分けして運ぶか……それとも、手品とやらを披露するか?」

 

 揶揄するようにリオンは言うものの、近くに必要なだけの第四音素(フォースフォニム)が得られそうな水場はない。

 少し歩けば池があったはずだが、そこまで行って水を汲んで帰ってきてから使うとなると、怪しまれるタネをつくることになる。

 ここは人海戦術を取ろうかと思ったそのとき、フィオレの視界に、アトワイトが飛び込んできた。

 ディムロスでもできたことを、アトワイトにできないとは思えない。

 おもむろに拾い上げ、左手をコアクリスタルにかざす。

 

『え?』

 

 ディムロスのときと同じだった。

 少し意識しただけで、必要な分の第四音素(フォースフォニム)は、一瞬にして集まっている。

 ──これなら、手元になくても発動したかもしれない。

 

「ちょっと、アトワイトに何を……」

「命よ、健やかであれ。心安らかな癒しを、あるべき姿を」

 ♪ Luo Rey Qlor Luo Ze Rey Va Ze Rey──

 

 ルーティの苦情は無視して、せっかく集めた第四音素(フォースフォニム)が散らばらないうちに集中を高め、謡う。

 まるでテーブルクロスを広げたかのように滑らかに描かれた譜陣は、負傷者全員を余すところなく包み込み、癒しの輝きが放たれた。

 

「──これで動けるようにはなったでしょう」

 

 軽く左手の甲をさするようにしながら、ふと思い出したようにアトワイトを地面に降ろす。

 動けるどころかほぼ全治した兵士たちが、粛々と撤収を始めた。

 

「……フィオレンシア、って呼ばれてたわね。あんたまさか、隻眼の歌姫……!」

「ありましたね、そんな仰々しい二つ名。私が名乗ったものではないのですが」

 

 どんな噂を聞いているのやら、ルーティは酢でも飲んだような顔つきでフィオレを見ている。

 

「確かに、噂と特徴全部当てはまるけど……! ぬかったわ、それがわかっていたらジェノスでもここでも歌わせたのに!」

「隻眼の歌姫……?」

「そーよね、あんたは知らないわよね。隻眼の歌姫っていうのは、セインガルドで評判の歌い手よ。その歌声は伝説の人魚ローレライにも勝るといわれ、噂じゃただの歌だけじゃなくて他人の傷を癒したり、眠らせたりする奇跡も起こすらしいわ。正直眉唾だったけど、本当だったのね……!」

「そこまで大したものではありませんよ。あなただって他者の負傷、癒せるではありませんか」

「あたしはアトワイトがいるからできるのよ! あんたはそうじゃないでしょうが!」

 

 フィオレにとっては、きちんとした理屈から成り立つ立派な術技である。

 奇跡扱いは文化の違いという奴だろう、多分。

 兵士たちの大半が撤収した後、いよいよ罪人の護送用馬車が届けられる。

 これまで行動を共にしていた者として、最後まで責任を取れとばかり三人の護送をリオンに言いつけられるも、フィオレは首を横に振った。

 

「申し訳ありませんが、ここで少しやらなければならないことがあります。先にダリルシェイドへ戻ってくれませんか? ディムロスとアトワイトの搬送も同じく」

「何をするというんだ」

「まだ宿代払ってないんです」

「踏み倒す気か、さっさと払ってこい!」

 

 立腹したリオンが怒鳴りつけ、ついでのように兵士たちに完全撤収を命じる。

 ちなみにこのやすらぎ館は、原則先払いツケは認めない決まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




PS版のお話になりますが、リオン戦は確定負けイベントではあります。
しかし彼に勝つ方法がありまして、それが作中ルーティの用いたエナジーブレッド作戦ですね。
アワーグラスとエナジーブレッドをできるだけ持って戦いにのぞみ、全て使う勢いでリオンに勝利できる模様。
リオンに勝利した一同は作中のようなことをのたまい、その後は悪名を轟かせた……的なモノローグを挟んでエンディング。ある意味ゲームオーバーですね、それ以上お話は進みませぬ。

これはこれで、リオン生存ルートなんですかねー。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。