swordian saga   作:佐谷莢

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 ハーメンツ~ダリルシェイド。
 色々と手を回し、お縄となったスタン達+リオン&シャルティエの後を追うように王城へ。
 客員剣士見習いを辞めようと画策して……


第三十七夜——下準備、そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿へ戻ろうとしたフィオレだったが、かけられた声に足を止めた。

 

「フィオレさん、俺たちどうなるんですか?」

「罪人の行き着く先はひとつに決まっている。せいぜい首を洗って待っているんだな……最期の時を」

 

 フィオレが答えるよりも前に、軽く前髪を払ったリオンがさらりと不吉な言葉を紡ぐ。

 その言葉で真っ青になったスタンだったが、彼はそのまま兵士によって無理やり馬車に積み込まれていた。

 

「罪人って……おい、待てよ!」

「ちょっと、変なところ触んじゃないわよ! お金取るわよ!」

 

 スタンの言葉はともかく、ルーティの言葉は聞き流せない。

 リオンの咎めを無視して幌をめくれば、ルーティは縛られたまま兵士を足蹴にしている真っ最中だった。

 

「たとえ犯罪者であろうと、取り押さえるための過度な暴行は控えてくださいね。一応彼らは私の知り合いですから、もみ消しはさせませんよ」

 

 見張り役の兵士に、そして現場責任者であろう隊長格の男に言いつければ、彼らは不満そうな様子を隠さないものの、了承はしている。

 もっとも、彼女は転んでもただでは起きない性格だ。万が一そんなことが起ころうものなら、フィオレに助けを求めるまでもなく、相手から賠償金をむしりとるだろうが。

 

「いいか、神殿が近いからって寄り道なんかするなよ。お前が生きていたことはまぎれもなく僥倖なんだ。さっさと戻ってこい!」

 

 一体何に怒っているのやら、そんなカリカリしたお小言を残して。リオンを含む兵士たちが、捕縛した三人を幌馬車に押し込め、ハーメンツを去った頃。

 フィオレはやすらぎ館へ戻ることなく、村を見下ろせる小高い丘の上の屋敷へと足を運んだ。

 その最中。旅業中と思われる男性二人の会話を耳に挟む。

 

「聞いたか? ストレイライズ神殿の様子が最近おかしいらしいな」

「ああ。聞くところによると、魔物に襲われて全滅したらしいな。周辺はシーンとしてるんだってよ」

「一体何が起こってるんだか……」

 

 ストレイライズ神殿と聞き、真っ先にフィオレが思い出したのは鮮やかな新緑色のおさげに、愛らしい丸眼鏡の女性司祭のことだった。

 今すぐに向かいたい。

 しかし、その衝動に従えばスタンたちの首が危うい。

 若干の不安を覚えながらも、フィオレは立派な扉の精緻な彫刻──熊の顔を象ったノッカーを掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セインガルド首都、ダリルシェイド。

 すぐそばに城下町を構える王城の、薄暗い地下にて。

 ダリルシェイドに到着したあと、三人は速やかに地下牢へと放り込まれた。

 スタンのぼやきに過剰反応したルーティが逆切れに近い調子で喚き散らし、それがうるさいと看守が怒鳴りつける。

 壁を隔てた諍いが一段落した、そのときのこと。

 看守がばたばたと走る音、それに伴って数人の歩く足音が聞こえる。

 それからすぐに、彼ら三人は牢獄から出された。

 

「どこに連れてくつもり?」

「陛下の御前だ」

 

 処刑場か裁判所か、そのあたりを覚悟していたのだろうか。

 答えを聞いたルーティは、更なる情報を得んと看守につっかかった。

 

「はぁ? 一体何が始まるってのよ」

「答える義務はない」

「何それ。使えないわねえ」

 

 知らないのか、知っていて答えないのか。

 看守は彼女の挑発に感情を動かすことなく、彼らを衛兵に引き渡した。

 数人の衛兵に伴われ、城内を移動する。

 三人がたどり着いた先は確かに、セインガルド国王のおわす謁見の間だった。

 正面には国王の座す玉座があり、数段下には彼の腹心たる七将軍たちが並んでいる。

 その傍らには、見慣れぬ中年男性と、付き従うようにして立つ客員剣士リオン・マグナスの姿もあった。

 しかし、フィオレの姿はどこにもない。

 彼女の姿を求めて、スタンはぐるりと周囲を見渡した。

 降伏勧告を無視したこともわかっている。どうにかしてほしいなどと、頼むのもおこがましい。

 ただ、無性に彼女の顔が見たかった。

 

「フィオレさん……」

「陛下の御前だ。慎め」

 

 せめて知った顔であり彼女の上司だというリオンに所在を尋ねようとスタンが声をあげようとするものの、衛兵に小突かれ黙る。

 その隣では、ルーティが変わらぬ調子で口を開いていた。

 

「王様じきじきに、何の用かしら?」

「自分がしたことを、よく思い出してみることだな」

「あら、あたしが何かした? 皆目見当もつかないわ。ねぇ、スタン?」

「え、え?」

 

 衛兵がスタン同様、無礼な態度を戒めようとして、国王の言葉にそれをやめる。

 しかし、厳格なその言葉にもルーティはどこ吹く風だった。果ては隣にいるスタンに話を振って、体よく誤魔化そうとする始末だ。

 当然、普段家臣たちにかしずかれている国王に、そんな無礼な態度の耐性があるわけがなく。

 

「このたわけ者めが!」

 

 国王の一喝に、謁見の間の空気はピン、と張り詰めた。

 

「王国管理の神殿を荒らし、あまつさえ街で暴れまわるなど言語道断! 覚悟は出来ておろうな!」

「そ、そんなあ……」

 

 確かにスタンとしては、前者は知らなかったこと、後者は仕掛けられたから応戦したまでのことだ。腑に落ちないのもしょうがない。

 とにかくこのままでは、三人の処刑が決定してしまう。

 フィオレはすたすたと謁見の間へと近づいた。

 兵士が何事かを言いつつ押し留めようとしてくるが、それを聞く耳はない。

 

「お待ちくださ「審議の最中、ご無礼をお許しください」

 

 視界の片隅では、ヒューゴ氏が何やら進言しようとしていたらしい。

 わかってはいたが、これから行うことで頭がいっぱいだったフィオレは気にせず、その言葉をブッた切った。

 当然、いきなり謁見の間に現われたフィオレに視線が集中する。

 

「おお、フィオレンシアか! よくぞ戻った」

「ご無沙汰しております。国王陛下」

 

 普段呼ばれない限りは登城することがなかったフィオレの姿に、国王はしっかりと気を取られていた。

 その横でヒューゴ氏が、発言を切られた不快さを隠しながらもフィオレを見ている。

 

「フィオレさん……」

 

 スタンも、ルーティも、マリーも見ていることはわかっていた。

 しかし視線は向けない。

 彼らに構っている余裕はなく、フィオレは一直線に御前へと足を運ぶ。

 そのまま彼らに背を向けて、フィオレは姿勢を低くした。

 否。

 跪くを通り越して、その場に平伏し、額をほとんど絨毯につけるようにする。

 屈辱的だとは思わない。

 フィオレなりの、誠意の表れだった。

 

「フィオレンシア、何を……」

「飛行竜の件、大変申し訳ありませんでした。陛下の期待を裏切り、おめおめと生きて戻って参りました……」

 

 ドライデン将軍の狼狽する声、周囲に控える七将軍たちのざわめきにかき消されないよう、それでいて反省の念が消えない声音で謝罪を申し入れる。

 

「し、しかし、そなたはソーディアンを無事持ち帰ってきたではないか。飛行竜の件は不幸であったが、その責は艦長にあってそなたにはない。よってその謝罪は筋違いでは……」

「いいえ。確かに私の任務はソーディアンを無事護送することでした。しかし、飛行竜で失われた命を護りきれなかったことは、私が至らなかった結果でもあるのです。ご遺族の方々の感情からしても、一人生きて戻ったことは許されることではありません」

 

 ここで故意に、額を絨毯にすりつける。

 次に顔を上げたそのとき、フィオレの額は赤くなっているはずだ。

 少々マヌケだが、それだけ謝罪の意志が強いことが伝わればそれでいい。

 

「……よって。この責任を取るべく、私は客員剣士を辞めます」

 

 誰もがついてきていないだろうこの展開に、何より国王自身がついてくる前に。粛々とつけていたループタイを外してその場に置く。

 

「今までお世話になりました……御前を失礼いたします」

「ま、待て! そなたの言い分はわかった。しかし、責任を取って辞めるなどと、乱暴な……」

「ご心配なさらずとも、私の代わりなどいくらでもいます。そこにいるソーディアンマスターたちのように」

 

 立ち去ろうとする寸前、止めに入った言葉は、フィオレは思い描いていた通りの展開を紡いだ。

 ここで始めて、スタンたちの傍で立ち止まり、彼らを指し示す。

 

「何?」

「詳しい経緯は報告書に残しておきますが、こちらの青年はソーディアン・ディムロスに選ばれた新たなマスターでございます」

 

 おそらく今、初めて明かされた事実なのだろう。

 国王陛下を含む一同は、ざわつきながらもスタンを見ては周囲と囁きを交わしている。

 それよりも何よりも。国王は予想とは違うことに驚いていた。

 

「ソーディアンは……そなたではなく、どこの馬の骨ともわからぬその男を選んだというのか!」

「陛下、それをおっしゃるなら私とて条件は同じです」

 

 そのあたりはむしろ、出身がはっきりしている──身元がわかっているスタンのほうが圧倒的に優勢だ。

 予定にはなかった台詞をつい口走ってしまい、フィオレはこほんと咳をした。

 ──フィオレがソーディアンの声を聞けると知っていて、ディムロスと引き合わせ。ソーディアン・マスターに仕立てることでこの国に縛る気だったのかと、ヒューゴに詰め寄ったところで話が逸れるだけ。

 

「古の大戦にて、英雄と呼ばれた人格の持ち主たちが認めた者たちを、安易に処断してしまってもよろしいのですか? 失礼ながら先ほどのご発言は、いささか誤解があるものと思います」

 

 これぞ、フィオレが考えていた筋書きである。

 辞めることをまず始めに持ってきて、それを言われたら感情論で切り返し。更にうまいことスタンたちのことを引き合いに出して、とりあえず即処刑という事態だけは避ける。

 後は、彼らが立ち回ることだ。

 

「なんと?」

「王国管理の神殿……とおっしゃられましたが。私が見た限りあの神殿に兵士の常駐はなく、ほとんど無人の様子でございました。兵士はといえば、ジェノスからやってきた兵士数人がちらりと巡回し、そのままジェノスへと帰っていく所存です。あれでは王国が管理しているなどと、一般庶民には到底わかりかねます。現にジェノスの住民たちに聞き込みましたところ、国はあの神殿をいつまで放置しておく気なのかと、首を傾げておりました」

 

 嘘はついていない。

 住民全員ではないが、フィオレが夜中のうちに酒場で聞き込んだ限りでは、あの廃墟がセインガルドで管理されているものだと、誰も知らなかった。

 故にフィオレも、兵士が巡回していたのは単に野盗の根城になっていないか、見回っているだけかと思っていたのだが……

 

「ドライデンよ、どういうことだ」

「ほ、報告書にはそのようなこと、何も……」

 

 おそらく神殿が荒らされたという報告で、常駐していた兵士たちをなぎ倒して宝を強奪していった、というような説明がなされたのだろう。

 話の違いすぎに彼もまた、動揺を隠していない。

 

「ただ、彼らが神殿に侵入し、あらゆる障害を突破して宝を持ち去ったことに関しては間違いなく事実です。その後で知り合ったとは言え、私にも落ち度がありました。そこで」

 

 フィオレは、これまで外衣の中に隠していたものを取り出した。

 棒状の、古めかしく地味だが意匠の凝った杖──

 

「そ、それはあの神殿に奉納されていた!」

「責任もって、回収して参りました。どうぞお納めください」

 

 ドライデンに渡し、彼を経由して国王の手に渡る。

 どうせすぐ侍従に預けてしまうだろうから意味はなかろうが、形式の問題だ。

 

「確かに、贋物ではないな。そなたこれをどこで……」

「申し訳ありませんが、お話できません。そして街中での乱闘の件ですが、これは一重に捕縛部隊の落ち度だと思われます」

 

 リオンたちと別れて以降、ルーティの商談相手だったウォルト氏と面会し、持ち帰ってきたのである。

 当初彼はシラを切っていたが、それならこれまでの嫌疑等の取調べも兼ねて王国の査察部隊にお越しいただく、と通告したところ、彼は快く返還に応じてくれた。

 最も、それは今回の件に限らず、過去の商談がバレたら危ないからだろうが……

 何にせよ、そんな裏話を披露するには時間がもったいない。

 幸い、国王はフィオレの話題そらしにそのままついてきてくれた。

 

「捕縛部隊の……?」

「今回は無事済んだものの、もし彼らが本当の凶悪な犯罪集団だったなら、住民に被害が出ていたでしょう。何故なら捕縛部隊は、彼らの泊まっていた宿に直接乗り込んだのですから。こういった場合、目標が郊外まで出たところを確保するのが定石なのに、今回は何故か村のど真ん中で降伏勧告を行っておりました。これは明らかに失策です。誰であれ、いきなり武器を向けられたら応戦するしか己は守れません。私だってそうします」

 

 ──ここまでは順調である。

 今のところ、フィオレの予想を大きく裏切る展開はない。

 このまま一気に話をつけてしまおうと、フィオレは再び口を開いた。

 

「以上のことから、彼ら三人をただ処分するのはあまりに早計かと思います。セインガルドの兵士とも互角に渡り合える腕があるのですから、罪の分だけこき使うのはいかがでしょうか? 最も、これ以上は客員剣士見習いを辞める身ゆえ、口出しできる立場にございませんが……」

「待て、フィオレンシアよ。責任を取って辞める、と言うお主の言葉こそ早計だ」

 

 再び辞任を示唆すれば、今度はドライデン将軍が口を出してきた。

 叶うなら国王とサシで話をつけたかったが、この場合は仕方がないだろう。

 

「その通りだ。客員剣士を辞めるなどと、ヒューゴも看過はできぬだろう」

「陛下のおっしゃられる通りだ、フィオレ君。それを決めるのは君ではなく「そんなことはありません」

 

 国王から話を振られ、ヒューゴ氏がもったいつけたようにフィオレの説得を始めた。

 しかし、そんなものを素直に受け入れるフィオレではない。

 

「そもそも私は正規の客員剣士ではなく、ただの見習いだったのですから。正規の客員剣士となる昇格試験のため、私にはソーディアン護送の単独任務を課されました。それがこの結果です。このような失態を犯して、あなたの顔にも泥を塗ってしまった。本当にすみません。せめてもの、私に取れる責任は、今の地位をお返しすることだけです」

 

 事実でしかないその言葉をつらつらとつきつけられ、ヒューゴ氏が黙る。

 これで反論がでないようなら、フィオレの完全勝利だ。

 後は、ジルクリスト邸でヒューゴ氏と直接交渉をし、目的を完遂するべく動けばいい。

 誰もが言葉を失い、フィオレが勝利の確信をした、そのとき。

 

「……フィオレ」

 

 不意にその名を呼び、一同の視線を集めた者。

 それは、これまでヒューゴ氏の傍に控え、黙って事の成り行きを見ていたリオンだった。

 

「何ですか、リオン……様?」

「さっきから聞いていれば、無茶な話を次から次へと……一体何があった?」

 

 ──親が親なら息子も息子か。親子揃ってロクなことをしない。

 このことは、できるだけ国王その他に聞かせたくなかったのだが……

 

「何があった、とは?」

「……今のお前は、妙に気が急いているように見える。何か不測の事態が発生したから飛行竜の件にかこつけて、客員剣士をやめたがっているようにしか見えないぞ」

 

 まったくもってその通りである。

 これだから突発的な状況に流されない冷静な奴は、と内心歯軋りをしていると、不意にシャルティエの声が聞こえてきた。

 

『ねえフィオレ、一体何があったの? 僕たちそれなりに付き合いあったと思うけど、今までそんなに焦ってるような君は見たことなかった。僕らには、手伝えないこと?』

『……焦っていることは認めましょう。手伝えるか否かは、わかりかねます』

 

 念話でそれだけを答えて、小さく息をつく。

 そしてフィオレは、覚悟を決めた。

 

「実は道中、ストレイライズ神殿にて異常が発生していると聞きました。魔物の襲撃に遭い、全滅したと……神殿にはお世話になっておりますゆえ、心配なのです。一刻も早く、噂の真偽を確かめたく思います」

 

 そのためにヒューゴ氏と長期休暇、あるいは契約破棄の交渉をしたかったのだが……フィオレはそのままそういった目論見があることを白状する羽目になった。

 そんな勝手な話を持ち出されて、憤慨するかと思いきや、かの総帥は思わしげに顎へ手をやっているだけだ。

 そして、思いもよらない一言が飛び出した。

 

「奇遇だな。私もそれを、陛下に進言しようとしていたところなのだよ」

「……?」

「先ほど、君の登場であえなくご破算となったがな」

 

 何の話だか、さっぱり検討がつかない。

 フィオレが戸惑っている間に、ヒューゴ氏は国王へと進言を始めていた。

 

「改めて提案いたしましょう。彼らを、客員剣士フィオレンシアと共にストレイライズ神殿に派遣しては」

 

 ということは、ヒューゴ氏も神殿の異常に気づいていたということか。

 あるいは、ダリルシェイドにはとっくにそういった報告が寄せられていて、誰を派遣させるのか思案中だったか……

 渡りに船とはこのことである。しかし。

 

「ヒューゴ様、私は……」

「君の意見はわかったが、しばらくその件は保留だ。君が神殿から戻ってきた頃、審議も終わっているだろう」

 

 反論はいくらでもあるが、今は神殿の方が先だ。

 神殿行きが確定したことで、満足しておくことにする。

 

「しかし、それは今し方任務を終えたばかりの彼女には酷です。罪人三人を監督し、あまつさえあの神殿へなどと……」

「責任者としてリオンをつけましょう。そして、囚人監視用に作らせたこの装置を取り付けさえすれば、逃げる心配はありません」

 

 イスアードの言葉を即座に却下し、ヒューゴ氏は衛兵にスタンを抑えるよう言いつけた。

 何をするつもりなのか、おもむろに取り出した額冠(ティアラ)らしきものをスタンの額に無理やり取り付ける。

 

「ふむ。これでもう、縄を解いても大丈夫でしょう」

 

 言うとおりに、衛兵が彼の縄を解く。

 一応警戒のためか、衛兵に取り押さえられたスタンを指しつつ、ヒューゴ氏は説明を始めた。

 

「さて、この装置は遠隔操作によって激しい電撃を発生させることができます。それでは、お目にかけましょう」

 

 手元にある小型レーダーの取り付けられている操作盤を起動させる。

 瞬間。

 

「うわぁっ!」

 

 バチバチッ、という電撃特有の異音と共に、スタンが悲鳴を上げてその場にぶっ倒れた。

 

「「スタン!」」

 

 二人分の悲鳴は関係なかろうが、ヒューゴ氏はすぐに電源をオフにしている。

 倒れたスタンの容態を見てみるが、幸いにも外傷はないし、痺れが残っているようでもないらしい。

 つまり、人体に対してかなり強力な電撃なのだろう。

 電流とは弱ければ弱いほど体内を駆け巡り、強ければ強いほど体の表面にはじかれるものである。

 

「今は加減をしていますが、無理やりに外そうとすれば、致死量の電流が発生します」

「なるほど、逃走を試みた時にはその装置で抑制するのだな」

「その通りです。監視役が二人もいれば、十分かと」

 

 納得している素振りを見せるものの、しかし国王はどこか逡巡していた。

 その様子にいち早く気付いたのは、やはりこの人である。

 

「何かわけがあるようですな? ですが、黙っておいでではわかりかねます」

「わかった……皆の者、ここでの事は他言無用だ。ヒューゴよ、神の眼の名を聞いたことはあるな?」

 

 ヒューゴ氏の言葉も最もだと思ったのか、国王は存外あっさりと事情を話し始めた。

 それにしても、神の眼とは……

 

「あの、古の伝説の天地戦争における最終兵器ですな」

「そうじゃ。それがストレイライズ神殿の地下に安置されておる」

 

 ──ストレイライズ神殿の地下に、安置されている!? 

 ヒューゴ氏がなんかわざとらしく尋ね返しているようだが、そんなことはどうでもよかった。

 ということは、フィオレが一度垣間見た、ご神体と聞いたアレが……まさか。

 声が掠れていることはわかっていたが、聞かずにはいれなかった。

 

「その……神の眼とやらは、どのような、代物なので?」

「直径六メートル、これまで確認されている中で最大級の大きさを誇るレンズだ」

 

 レンズと聞いてルーティが瞳を輝かせたような気がするが、ささやかなことである。

 間違いない。

 フィオレが守護者と契約するきっかけを作った、あれが神の眼だ。

 今の今までまったく気にしていなかったが、違う意味でも胸騒ぎがしてきた。

 フィオレの異変など一切気付かれることなく、話は進んでいく。

 

「ちょっと、そこのおっさん。神の眼だか悪の眼だか知らないけど、ちゃんと報酬をくれるんでしょうね? そうでなきゃ、こんなのやってられないわよ!」

 

 額冠(ティアラ)を取り付けられ、ようやく捕縛の縄から解放されたルーティは、ヒューゴ氏に報酬は出ないのか、と迫っていた。

 流石に国王にそれを要求するのはためらわれたらしい。

 

「おい、お前、罪人の分際で! 口を慎め!」

「何よ!」

 

 すかさずリオンがたしなめるも、こうなったルーティが黙るとも思えない。

 応じようとしたリオンだが、他ならぬヒューゴ氏に押し留められている。

 

「元気のいいお嬢さんだな。命だけでは報酬が足りないというらしいが……ルーティ君、だったね? 今は約束できないが、成功報酬ということでは?」

 

 ──ヒューゴ氏からルーティの名を聞いて、ひとつ思い出したことがある。

 確か彼は、以前酔いつぶれた際にその名前を呼んだ。

 すまないとか何とか抜かしていた気がするが、名前が同じだけの偶然だろうか? 

 フィオレの疑惑をよそに、やはり話はどんどん進んでいく。

 

「君たちが見事に任務をやり遂げたなら、私の方から報奨金を出すことにしよう。それだけ責任の重い任務だ。何か励みがなければ、やる気も起きないだろう。陛下。それでかまいませんかな?」

 

 ヒューゴ氏の問いに、国王はさらりと肯定する。

 自分の懐が痛まないからか、それともヒューゴ氏の言うことをいちいち最もだと思っているからなのか。

 

「決まりだ。後で私の屋敷まで来なさい。君らに渡しておくものがある。私の屋敷はダリルシェイドで一番大きな建物だ。間違うことはあるまい」

「ヒューゴ様。一番ではありません。何番目かは知りませんが、絶対に」

 

 ここでフィオレは、かなり投げ遣りに彼の言葉を否定した。

 ヒューゴ氏は面白そうに、それは何故かを尋ねる。

 

「ダリルシェイドで一番大きい建物はこの王城でしょう。あのお屋敷も大概広うございますが、王城よりは大きくないでしょうに」

「ふっ、それもそうだ。それと……」

「まだ何かあるの?」

 

 いい加減うんざりしていたらしいルーティに、彼は自己紹介を忘れていなかった。

 

「私はオベロン社の総帥、ヒューゴ・ジルクリストだ。覚えておいてくれたまえ」

「げ、オベロン社総帥って……まさか、あのオベロン社!?」

 

 そういえば、レンズハンターである彼女にとってオベロン社は大切な顧客である。これ以降、彼女がヒューゴ氏に対して不必要な無礼を働くことはないだろう。

 何か用事でもあるのか、ヒューゴ氏が粛々とその場を辞する。

 その間に、リオンはフィオレが先ほどその場に置いたループタイを拾い上げた。

 

「これは僕が預かっておく。とはいえ、すぐ返すことになるだろうがな」

『そうだよ、フィオレ。ただでさえ今軍部は人手不足だってのに、そうそう簡単に辞めさせられるわけないじゃん』

「で、あたしたちは一体、何をやればいいのよ!」

 

 これまで一切のやりとりに口を挟めなかったルーティは、改めて依頼の内容を問いている。

 もっとも、国王を眼前にしても不機嫌さはまったく隠されていないが。

 

「お前たちには二つの任務を与える。一つは神殿の状況視察だ。大司教マートンに会って、事情を聞け。ただしマートンが不在ならば、誰でもいい」

 

 万が一、ということなのだろうが、いきなり誰でもいいとはまた乱暴な話である。状況がわからないのなら、仕方がないことだが。

 ちなみにフィオレは、マートンの顔を知らない。

 

「で、もうひとつは?」

「もし何かが起こっていた場合、全力をもって阻止することだ。手段は問わない」

「何かって、何です?」

 

 あまりに抽象的過ぎる言葉にスタンが詳細を尋ねるものの、国王の言葉はそっけない。

 

「それは現場の判断だ。その辺りはリオンの指示に従ってもらう」

「なんだってこんな子供の言うこと聞かなきゃいけないのよ。フィオレじゃ駄目なわけ?」

「じゃあルーティは、リオン様が言ったことを私が復唱すればそれでいいんですか?」

 

 ごねるルーティにそれを問えば、フィオレ本人からそんなことを言われるとは思ってもいなかっただろう彼女が沈黙する。

 苦笑して、フィオレはルーティの説得に当たった。

 

「リオン様は私の上司です。私よりも客員剣士としての経験は豊富ですし、腕も確かですから、まず心配はありませんよ」

「ふーん……それはそれは、とっても頼りになることで!」

 

 一応納得はしたようだが、リオンに嫌味を吐くことは忘れていない。

 半眼になったリオンに気付いていない国王は、確かめるように彼らへと言い渡した。

 

「神殿は王都ダリルシェイドから北東へ行った山の奥にある。ヒューゴの屋敷で旅の用意を整え次第、神殿に向かうのだ。よいな?」

「はい、わかりました」

 

 素直に答えたのはスタンだけである。

 フィオレもリオンも小さく頷いているだけ、ルーティもマリーもろくに返事をしていない。

 しかし国王はそれを咎めることなく、散会の宣言をした。

 ぱらぱらと謁見の間から人々が移動し、その中に混じるようにしてスタンたちを伴い歩く。

 やがて王城の外へと出てから、フィオレは初めてくるりと振り向いた。

 

「さて。スタンは初めてでしょうから、本来ならダリルシェイド城下町を案内してあげたいところですが、状況がそれを許しません。ヒューゴ様のお屋敷へ、参りましょうか」

「フィオレ」

 

 事務的にこれからの目的地を告げれば、何かマリーが普段と変わらぬ様子で話しかけてきた。

 しかし、妙に華美な額冠(ティアラ)のせいで微妙に真剣になりきれていない。

 

「助けてくれてありがとう、感謝する。お前の弁護がなければ、私たちはそのまま処刑されていただろう」

「……それは言わないでください。あなたたちのことを思ってしたことではありませんから」

 

 あれだけのことをすれば、フィオレが無条件に彼らを助けたように思うだろう。

 しかし真実は、フィオレのエゴによるものなのだ。

 

「っていうと……?」

「色々あるんですよ。平たく言えばあなたたちのことを、利用させていただきました。その報酬として、命だけは助かるよう便宜を計らっただけなんです」

 

 不思議そうに首を傾げるスタンに、かなりはぐらかして真実を伝える。

 しかし平たくしすぎたのか、ルーティにからかわれる始末だ。

 

「そんなこと言っちゃって。実は照れてない?」

「──事実ですよ」

 

 冷たい視線にさらされるよりはずっとマシだ。害があるわけでもなし、放置しておくことにする。

 そこへ。

 

「おい、いつまで無駄話をしているつもりだ」

「ああ、すみませんリオン様。行きましょうか」

 

 上司に冷たい声をかけられ、謝罪をしてから彼らを連れて歩き始める。

 ダリルシェイドは神殿での異変などどこ吹く風で、いつもと同じように賑わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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