swordian saga   作:佐谷莢

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 ダリルシェイド。
 神の眼を追うために、ごたごたしています。
 フィオレは称号「ドラゴンスレイヤー」をすでに取得していました(過去形)


第四十三夜——隻眼の歌姫、本領発揮?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のこと、一同はようやくダリルシェイドへと到着した。

 一刻も早く国王とヒューゴ氏に報告しようとするリオンに、フィオレはこんな提案をしている。

 

「どうせ彼らは神の眼を取り戻せ、と告げるだけでしょう。ならば、ダリルシェイドを離れる段階になってから報告に行ったほうがいいと思います。謁見申請は手間取りますし」

「……まあ、いいだろう」

「でも、どうやって神の眼の行方を探るんですか?」

「待ってください。それについては、わたくしに心当たりがあります」

 

 リオンがその意見を受諾したところで、スタンがそれを尋ねる。

 フィオレがそれに答えるよりも早く、フィリアに一同の視線が集まった。

 

「心当たりって?」

「最近、グレバムは頻繁にカルバレイスの神殿と連絡を取っていました。騒ぎの起きる前日にも、四頭立ての大きな幌つき馬車を手配していましたから、きっと……」

「カルバレイス……なら、足は船ですね。近隣でそんな巨大なものを積み込める船が接岸できるのは、ダリルシェイド港だけです」

「よし。手分けして港で聞き込むぞ」

 

 ──数刻後。予定の時間に集合した一同は、得た情報の照合を行っていた。

 カルバレイスへ向かうルートの途中にある魔の暗礁、なる海域で巨大な怪物が見られたこと。そのため、現在カルバレイスに向かう船はすべて停船しているとのこと。

 そして──

 つい最近、巨大な石像らしきものを搬入した業者がおり、異常なまでに積荷に気を配っていたということ。

 

「それよ!」

「それ、誰から聞いたんですか、マリーさん?」

 

 マリーの案内により、暇そうにたむろしていた船員のもとへと赴く。

 詳しい話を聞いてみると、その船はカルバレイスのチェリク港に向かったらしい。危険だと忠告したらしいが、なんでもその海域は時間をかけて迂回するため、平気だと該当船の乗組員は答えていたという。

 それならば。

 

「カルバレイスへ船を出してはいただけませんか?」

「今は無理だよ。怪物騒ぎがあってから、カルバレイスへは出れずじまいさ」

「そこを何とか……」

 

 スタンが食い下がるものの、船員は相手にしてくれない。しかし、ここであまりにしつこくするとへそを曲げてしまう危険性がある。

 ここは一旦引いて、国王に直談判しようと提案しかけたその時。

 フィオレは思わず吹き出すところだった。

 

「どうしても、っていうなら、隻眼の歌姫を連れてくるんだな」

「隻眼の……歌姫?」

「どっかで聞いたような……」

 

 これまで神殿の外に出たことがないフィリアはもちろん知らず、捕縛された際初めてその名を耳にしたスタンはよく覚えていない。マリーは特に何を言うでもなく、静観していた。

 対照的に、黒髪コンビは薄笑いすら浮かべている。

 妙に似ているのは気のせいか。

 

「へぇ~、なんで?」

「ウチの船長が大ファンなんだよ。それに、隻眼の歌姫の正体は、初の女性客員剣士にして『ドラゴンスレイヤー』なんて言われてるらしいじゃないか。魔の暗礁に出る怪物はドラゴンに酷似しているらしいから、襲われたら退治してもらえるだろ?」

「ど、どらごん、すれいやぁ?」

 

 ストレス発散中の自分どころか、客員剣士としての自分にも珍妙な二つ名がつけられていることを知り、フィオレは思わず声を上げた。

 その発言についての詳細を求めれば、ルーティは訳知り顔で答えている。

 

「だってあんた、ちょっと前にひとつの集落を滅ぼそうとしてたレイクドラゴンってのをブッ倒したんでしょ? 公式発表では七将軍に率いられしセインガルド軍の勝利、ってことになってるけど、登用されたばっかりの客員剣士が活路を開いたって」

『確かに、少し前にもファンダリアでスノードラゴンと呼ばれた白竜をほとんど自力で倒していたな。レイクドラゴン云々はさておいても、フィオレにそれだけの力があることは確かだ』

 

 ディムロスが余計なことを言ってルーティたちを唖然とさせるものの、まったくもってその通りである。

 しかし、冗談ではない。

 幸い船員はその「隻眼の歌姫」の顔は知らないようだ。さっさと退散するに限る。

 

「そ、それじゃあ、どうしようもないですねっ。出直しましょうかっ」

「何言ってんのよ。隻眼の歌姫ならここにいるじゃ……もが「彼は私の顔を知らないようですし、こういうときこそ権力の使い時でしょう」

 

 余計なことを言い出したルーティの口を物理的に塞ぎ、その耳元にひっそり囁いた。

 ぶっちゃけた話、「私は隻眼の歌姫です。だから言うこと聞きなさい」などと抜かす図々しい真似をしたくない。そもそも、隻眼の歌姫などと名乗った覚えはないのだから。

 しかし。敵は一人ではなかった。

 

「おい。船長とやらはどこにいる?」

「そこの船の甲板さ。交渉するなら呼んできてやるよ」

 

 面白いことになるとでも思ったのだろうか。彼は素早くその場を離れ、瞬く間に船長を連れてきた。

 その行動力ときたら、リオンに批難を浴びせる余裕さえない。

 

「丁度よかったわ。こっちにいるのが、隻眼の歌姫にして客員剣士のフィオレンシアよ。同乗するから、カルバレイスまで船を出してくれない?」

 

 しかし。連れてこられた船長は、指し示されたフィオレを見るなり鼻で笑った。肩をすくめて、呆れたように首を振っている。

 

「おいおい、冗談はよせ。確かに隻眼だが、彼女はドラゴンスレイヤーと呼ばれるような女傑だぞ。こんなほそっこくて貧相なわけがない」

 

 その暴言に、フィオレはむしろ安堵を覚えた。ファンと船員が言っていた割には、顔は知らないらしい。

 これ幸いと退散しようと一同に眼を向けて。フィオレはルーティにずいずいと迫られた。

 

「何安心してるのよ! あんた、騙り呼ばわりされて悔しくないわけ?」

「全然。そもそも『隻眼の歌姫』なる二つ名は私が名乗ったわけではありませんから。そういった意味では、私とて騙りになります」

 

 船長が頷かないなら仕方ない。堂々と、権力行使を訴えることができる。

 しかし、そう上手く事が運ぶことはなかった。

 

「あー、もう! 屁理屈こねてないで歌っちゃいなさいってば、ほらほら」

「あ」

 

 何を思ったのか、いきなりルーティは傍の木箱に飛び乗ったかと思うとフィオレを引っ張り上げてしまった。

 そのままよく通る声で、とんでもないことを言い始める。

 

「さーさーさー、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。隻眼の歌姫が、出張ライブを開くわよ!」

「ちょっと、ルーティ!」

 

 隻眼の歌姫、と聞いて、港が瞬く間にざわめき始めた。中にはフィオレの顔を知っている者がいるらしく、どんどん人が集まってくる。

 

「どうするんです、これ」

「いいじゃない。海の男って結構迷信深いのよ? 昔の船乗りはね、男を惑わす人魚対策に吟遊詩人を絶対船に乗せてたくらいなんだから。それにあたしも、一度はちゃんと聞いてみたかったし」

 

 彼女の場合、ライブによってどれだけのガルドが集まるのかしか興味がない気がするが。しかし、ここで謡うことを拒否しても遅い気がする。

 嘆息して、フィオレはシストルを取り出した。

 

「な!? どこに持ってたのよそんなの」

「さてねえ」

 

 フィオレがシストルを取り出した時点で、集まった聴衆は一斉に拍手を始めている。軽く調律をし、指慣らしにかき鳴らす頃、賑やかだったはずの港は静寂に包まれた。

 潮風の吹きつける音、規則的に寄せては返る波の音が響くのみ。

 

「ルーティ、降りた方がいい」

 

 マリーの手招きに従い、彼女はそっと木箱から降りた。同時にフィオレも、木箱に腰かける。

 ひょいと足を組んで、シストルの位置を安定させて。フィオレは周囲の激変に狼狽している船長へと話しかけた。

 

「何かリクエストあります? これを聴いたら、カルバレイスまで船を出してくれると断言してくださるような」

「え、あ「ありませんか。では、好きにさせていただきましょう」

 

 丁度、出来上がったばかりの曲がある。アルメイダの村で突発的に出来上がった旋律に、歌詞を重ねただけのものが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 余韻を響かせて、シストルの音が波間に消える。構えていたシストルを降ろして、フィオレは小さく息をついた。

 

「──ご静聴、ありがとうございます」

 

 呟くようにそれを告げた瞬間。

 抑圧されていた空気が一斉に開放されたような、そんな歓声と共に拍手が沸き起こる。そういえば忘れていたと、キャスケットを取り出して裏返すと、待っていましたとばかりに四方八方から小銭が飛んできた。

 当然、ルーティは歓声を上げてキャスケットから零れたガルドを素早く集めている。

 

「ルーティ、それはフィオレさんにって投げられたものだろ」

「わーかってるわよ、そんなこと。けどやっぱり都会だけはあるわね。気前が全然違うし、何よりフィオレの知名度が違うわ」

 

 拍手をしながらもスタンはルーティを注意し、しかしルーティにやめる様子はない。

 

「フィオレさんて、歌がとっても上手なのですね……」

「うん。噂以上だ」

 

 うっとりしているフィリアに、マリーは生真面目に同意している。表向き何の反応もないリオンに目配せをして、フィオレは木箱から降り立った。その際、シストルは素早く背中に隠している。

 目配せの意味を悟った彼は、くるりと船長に向き直った。

 

「身の証は立てた。何か問題でもあるか」

「い、いや……しかし本当なのか? 彼女が、ドラゴンスレイヤーというのは」

「ドラゴンスレイヤーかどうかはさておきですね」

 

 度肝を抜かれたような顔で、しかし再びフィオレの姿を見て不安を隠さない船長に、フィオレ自身が交渉を試みる。

 

「もし、件の海域で怪物とやらが出たら、私たちが何とかします。詳しいお話はできませんが、事は一刻を争うのです。断るのなら遠慮なく断ってください。別の船を探します」

 

 遠回しに「とっとと答えろ」「こっちは急いでるんだ」「変わりはいくらでもいるんだからな」と連ねて、返事を迫る。

 

「そういうことなら……出してやってもいい。ただし「交渉成立ですね。後日、国王陛下から何らかの形で報奨が与えられることでしょう」

 

 当初鼻で笑った名残か、妙に上から目線で何か条件をつけようとする船長の言葉など聞かず、フィオレはそのまままくしたてた。

 

「つきましては今日中に出航したいので、半日差し上げましょう。その時間でカルバレイス行きの準備を整えてください」

「半日!?」

「では、よろしくお願いします。ああ、半日より早くても構いませんよ。早ければ早いほど喜ばしい。準備が整ったら、オベロン社総帥ジルクリスト邸までご一報ください」

 

 反論の余地などもちろん与えない。

 言うだけ言って船長の所有する船の名を確認したフィオレは、一同を引き連れてさっさとその場を後にした。

 

「フィオレンシア様、今度こそサインを……!」

「握手してくださーい!」

 

 その声を背にしたフィオレは、無論わき目も降らずに駆け出している。

 リオンにひそりと一言囁き、フィオレは独り、速度を上げた。といっても、単純に足運びの速さを変えたわけではない。

 木箱の乱立する港内、素早く手近な木箱の上に飛び乗り、人ごみを避けて城下町への移動を図ったのである。

 ただし、目立つことこの上ない。

 

「フィオレさん!?」

『随分人気があるのだな、あいつは……』

「追う必要はない。こっちだ」

 

 木箱から露天の屋根へ、俊敏にして派手な移動をおっぱじめたフィオレに、フィリアが声を上げる。

 そのままフィオレを追いかけかねない彼らを率いて、リオンはゆっくりと港の出口に向かい始めた。

 

「一体どうなってるんだよ?」

「どうもこうもない。『隻眼の歌姫』の追っかけを撒くためにあいつがよくやることだ。王城門で落ち合おうと言っていたから、そっちへ行くぞ」

 

 ルーティが声を張り上げ始めてからフィオレが謡い終えるまで、密度が異常に上がっていた港からあっという間に人がいなくなる。

 移動がしやすくなった港から城下町へ、そして王城前までたどり着いた一同よりも先に、フィオレは佇んでいた。

 ただし、先ほどまでガルドの詰まっていたキャスケットをしっかりと被っているために、表情は判然としない。きゅ、と一文字に結ばれた形のいい口元が覗くのみだ。

 一同の姿を確認したフィオレが、ひょいとキャスケットを取り払う。片方だけの瞳は、少なくとも機嫌が良さそうには見えなかった。

 

「毎度のことながら、面倒ごとを起こすのは一流だな」

「あなたは口だけは達者ですね。早く腕前のほうも達者になってください」

 

 もはや恒例となりつつあるリオンの嫌味をあっさりといなす。そしてフィオレはリオンに一瞥もくれず、ある人物と向き直った。

 

「ルーティ。真面目な話をひとつ、いいですか?」

「へ? 何?」

「何じゃありません。私を『隻眼の歌姫』だの、『ドラゴンスレイヤー』なる客員剣士だの、吹聴するような真似は今後一切しないでください」

 

 至極真面目、否真剣な表情で、ルーティに言い含める。結局キャスケットから零れたガルドを懐に入れてしまったルーティは、口を尖らせて反発した。

 

「えー、なんでよ」

「ひとつ、私は『隻眼の歌姫』なんてこっ恥ずかしい二つ名を名乗った覚えはありません。『隻眼の歌姫』と言われて該当する人間であることは認めますが、それを触れて回ることでもないでしょう。ふたつ、私はこれまでに客員剣士見習いとしてもそれなりのことをしてきました。どこでどんな風に影響があるのかわからないのに、厄介ごとの種を振りまきたくないんです。みっつ、これは最大の理由なんですが……私たちは人を追っているんですよ? いちいち騒ぎになるようなことをしでかしてどうするんですか」

 

 理路整然と諭されて、ルーティに反論はない。つまらなさそうにしているが、理解していることは伺える。

 しかし、ルーティがそれを承諾するよりも早く。

 

「それについては同感だ。今回はあの船長を納得させるための方便として見送ったが、今度ガルド目当てにそんなことをしてみろ。その前に黙らせてやる」

 

 額冠(ティアラ)──発信機付囚人監視装置の操作盤をちらつかせつつリオンが脅せば、彼女は振り払うかのように首を振って承知した。

 

「あー、もー、わかったわよ! 二人して言わなくったって、あたしだってあれはちょっとまずかったかな、くらいは思ったってば」

「ちょっとではありませんが、ご理解頂けたなら結構です」

 

 騒ぎすぎて衛兵たちから胡散臭い目で見送られつつも、リオンとフィオレによる顔パスで謁見の手続きを取る。

 ほどなくして、一同は謁見の間へ踏み入ることを許された。壇上では、セインガルド国王がまんじりともせず一同を見下ろしている。

 

「よくぞ戻ったな」

 

 落ち着いている風を装ってはいるが、見覚えのない同行者が一人増えていることに頓着していない辺り、内心は相当不安定なのではないかと思わせた。

 そんな国王の胸の内を知ってか知らずか、リオンは淡々と神殿で起こった出来事を報告している。明らかになった事実を前に狼狽する国王にフィリアを紹介し、彼女は切々と上司の行いを告白した。

 

「なんということだ……」

 

 憂うように天を仰いだ国王は、すぐさま神の眼の奪還──フィオレが想像した通りの指令を下す。間髪いれず、リオンは次なる報告をした。

 

「その件につきましては、神の眼が偽装され、カルバレイスへ持ち出されたという情報を手に入れました。船の確保も完了しておりますゆえ、準備が出来次第出発したく思います」

「ふむ、そうか。実に見事な手際だ、褒めて遣わそう」

「ありがたき幸せ」

「何手柄を独り占めしてるのよ。その提案も船の確保も、ほとんどフィオレがしたんでしょうが」

 

 感心したような国王に、リオンはただ頭を垂れて礼を言う。

 余計なことは何一つ言わないリオンに、ルーティが聞こえるような声音で文句を垂れた。

 

「ルーティ、お静かに。部下の手柄は上司の手柄なんですよ」

「……時に陛下。フィオレンシアの客員剣士剥奪に関する審議の結果は、如何様な結果になりましたか?」

 

 ルーティのぼやきを黙殺し、リオンは珍しくフィオレについての質問をしている。

 そういえば出発前にそんなこともあったなあ、と他人事のようにフィオレは思った。

 

「フィオレンシアの処遇だが、客員剣士見習いとしてリオン・マグナスの監督下において行動することを命ずる」

「かしこまりました。現状維持ですね」

「うむ。審議の結果、護送の任をこなした実績と飛行竜の消失を許したその失策の責任を相殺させることが決定した。ただしこの任務を見事達成すれば、そなたは一人の客員剣士として認められることになる」

 

 認めないでいいです、そんなもの。

 もともと国王に忠誠など誓っていないフィオレにははた迷惑な話だが、今は怪しまれることなく神の眼が追えることをよしとする。

 

「つきましては、協力者のご紹介を……」

 

 船籍と船長のことを告げてさりげなく報奨をねだり、一同は速やかに王城から引き上げた。そのまま、ジルクリスト邸へ向かうことにする。

 

「それで、あのヒューゴっておっさんに報告終えたらどうすんの?」

「協力要請をした船……シャルンホルスト号でしたか。出発準備完了の一報が届くまで、待機ですね」

 

 一言で待機といっても、これからカルバレイスへ向かうとわかっているのだ。それなりの準備を整える必要がある。

 その旨を彼女らに伝えれば、ルーティは明らかに何かを企んでいる笑みを浮かべた。

 

「そっかー、準備かー。そうよね、色々準備しなきゃねー……必要経費請求しなきゃ」

「罪人にそんなもの出せるわけが……」

「そのたくましさは多分、称えるべきだと思います。出してもらえるかは不明ですが」

 

 そんなことを言い合っている間に、ジルクリスト邸に到着する。一直線に向かった書斎の扉の向こうに、ヒューゴ氏は佇んでいた。

 

「戻ったか。して、首尾はどうだ?」

「神の眼はグレバムという大司祭によって、神殿より持ち去られた後でした」

「そうか……やはりな」

 

 ここで、フィオレは奇妙な違和感に囚われた。

 セインガルド国王はあれだけ動揺して見せたというのに、この落ち着きよう。神の眼に対してそれほど危機感を抱いていないのか、まるで知っていたかのような反応である。

 もっとも、彼は神殿にて異変が発生していたという情報は掴んでいたのだ。ある程度予想していたとしても、不思議ではないのだが……

 しかし、フィオレ以外はヒューゴ氏の発言に、これと言って不審は覚えていないらしい。

 

「申し訳ありません! わたくしの力が及ばないばかりに、このような事態に……」

 

 フィリアなどは、事前からヒューゴ氏が何者なのかを聞いているとはいえ、馬鹿正直に頭を下げている。

 もちろん、ヒューゴ氏は不思議そうに彼女の紹介を求めた。

 

「ん? リオン、そちらのお美しいお嬢さんはどなたかな?」

「フィリア・フィリス。グレバムの女だった司祭です」

 

 ガン! 

 

 ──リオンが何を思ってそう言ったのかは、一切わからない。嫌味のつもりで言ったのかもしれないし、あるいは本気でそう思っていたのかもしれない。

 しかし、それらをフィオレが思ったのは右手が衝撃と痛みを訴え、リオンが声にならない呻きを上げて頭を押さえたあとだった。

 

「何を……!」

「何大真面目な顔で笑えねぇ冗談こいてやが……じゃなくて。殴ったことは謝りましょう。でも、その手の冗談は嫌いです」

 

 完全な不意打ちで拳を振り抜いたため、リオンは涙目になっている。変な殴り方をしたせいで痛めた拳をさすりつつ謝るものの、生理的に潤んだ彼の目は明らかに脅えていた。

 いけない。落ち着かなければ。

 小さく深呼吸をして、食いしばっていた顎の力を緩める。

 過去同じような侮辱を吐かれたことがある、というだけで過剰反応するなど、幼稚もいいところだ。

 

「──フィリアはグレバムの元部下だそうです。責任を感じて、協力を申し出てくださいました」

「な……何はともあれ、よろしくお願いしますよ。フィリアさん」

 

 フィリアが頷いたのを確認し、ヒューゴ氏は一同を見回した。その際、一瞬だけフィオレに寄せられた視線がどことなく怯んでいるのは気のせいか。

 気のせいだとしても、彼から嫌忌の念を抱かれることは悪いことではない。むしろ、喜ばしいことだ。

 

「諸君らは神の眼の発見に全力を尽くしてくれたまえ」

「それにつきましては、すでに港で情報を手に入れました。神の眼はカルバレイスへ運ばれたようです」

「何、カルバレイスだと?」

「はい。陛下へは報告済み、すでにカルバレイスへ向かうための足は確保いたしました。後は船の出発準備完了の報告を待つのみです」

 

 カルバレイスへ移送されたとの情報については、至って普通の反応である。このまま国王と同じくリオンの手際を褒めるかと思われたが。

 彼はそうすることをせず、唇の端を歪めてフィオレを見やった。

 

「随分と手際がいいな。さてはフィオレ君の入れ知恵か」

「入れ知恵とはまた人聞きの悪い。まるで私が悪いことをしたみたいではありませんか」

「どうせ陛下にもリオンがそう報告したのだろう。そしてリオンの評価は上がる……と。部下の鑑だな、君は」

 

 流石はリオン父。嫌味のレベルもハンパではない。どうやって見抜いたのかは知らないが……

 ふと、フィオレはあることを思い出した。

 

「そうだ、ヒューゴ様。イレーヌ女史とお会いしてきましたが、変なことを吹き込まないでください。誤解をしておいででしたよ」

 

 今更のようにノイシュタット支部長と面会を済ませてきたことを報告する。すると、ヒューゴ氏は軽く眉を上げてフィオレを見た。

 

「私の後添えの方が良かったかね?」

「てめぇ顎かち割られてぇのか──ではなくて。笑えない冗談ですね。二度と言えないよう、顎を砕いて差し上げましょうか?」

「き、君も真顔で冗談を言うべきではないだろう。報告がなかったので、てっきり飛行竜の位置を自力で突き止めたのかと思っていたぞ」

「護送のことでバタバタしていましたし、あなたはおかんむりでしたし」

 

 当時を思い出してチクリと嫌味を吐くが、ヒューゴ氏はまったく気にしていない。むしろ、目を細めて奇妙な形に唇を歪め……とんでもない一言を放った。

 

「何を言うんだね。あんなに熱烈に抱き合っていたというのに」

「覗いていたのはあなたですか。いい趣味してますね。もとい。いつのことかは存じませんが、それこそ巨大な誤解というものです」

 

 報告のために、リオンとフィオレが一同の前に出ていたことが唯一の幸いである。

 二人が何を話しているのか、気付いたらしいリオンは絶句して耳を赤くしており、フィオレは咄嗟に切り返したものの、棒読みじみてしまったことは否めない。

 ヒューゴ氏はやれやれと肩をすくめたが、それ以上その話題に触れることはなかった。

 

「いいか、必ず取り戻すのだぞ。神の眼の奪還なくしての帰還はかなわぬと思え」

「わかりました。取り戻せなかったら失踪しますので、よろしくお願いします」

「いいか、必ずや戻ってこい。神の眼の奪還は任務であるからして、今の君たちにはもはや義務と化しつつある。わかったな」

「……は、仰せのままに」

 

 神の眼が奪還できなかった、という理由でそのまま行方をくらませばいいのでは、と思い始めたフィオレに、ヒューゴ氏が釘を刺す。

 一方で、リオンはそんなやりとりなど気にすることなく、生真面目な返答をしていた。

 

「マリアンも、お前の無事な帰りを待っているぞ」

「──はい、必ずや神の眼を持ちかえってご覧にいれます」

 

 一瞬、逡巡の間があったことをヒューゴ氏は気付いただろうか。

 彼としてはマリアンのことをちらつかせて、モチベーションを上げたつもりなのだろうが……

 あの晩以降、リオンはマリアンに対して以前までのような無邪気な心で接していない。それまで人目をはばかりながらも気兼ねなく甘え、心を許していたのに、かなり余所余所しくなってしまった。

 確かにその態度の変化は、思春期に差しかかった少年の素直になれない様のように見えなくもないが……

 

「そうそう。これからカルバレイスへ行くんだから、支度金くらいは経費で出してちょうだいよね」

 

 ルーティのその一言で、我に返る。

 厳正なる話し合いの結果、リオン、フィオレは各自所持金で、残り四名はヒューゴ氏のポケットマネーで旅支度を整えることになった。

 

「カルバレイスは、砂漠地帯が大陸を占める酷暑の地と聞きますわ」

「じゃあ、麦藁帽子は必須ね。熱中症で倒れたらたまったもんじゃないわ」

 

 ……その最中の会話から、妙な気楽さがうかがえたのは頼もしいと思えばいいのか、不安に思うべきか。

 観光旅行ではない、と店内で怒り出したリオンを宥めつつも、フィオレは嬉々として猫耳つきのフードを広げているマリーを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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