swordian saga   作:佐谷莢

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 ダリルシェイド~カルバレイス近海。以前アクアリムスと契約した付近です。
 ヒューゴに手を握られてブルッてます。
 こらえることができるようになったあたり、異性恐怖症は治っているのか、悪化しているのか。


第四十四夜——船の旅、魔物注意報

 

 

 

 

 

 

 

 

 よほど暇だったのか、あるいは気をきかせてくれたのか。

 カルバレイスまでの航行を頼んだ大型帆船「シャルンホルスト号」は、正午を過ぎた辺りに出航準備完了の知らせをくれた。

 とうに準備を済ませていた一同は速やかに港へと移動し、いよいよ出発と相成った、その時のこと。

 

「待ちたまえ」

「あ、ヒューゴさん」

 

 バタバタしていた港に現われたのは、供を数人連れたオベロン社総帥だった。彼は一直線にフィオレへと向かってきている。

 

「何か用ですか」

「見習いとはいえ、監視役としての責務を果たせないのはいかがなものかと思ってね」

 

 差し出してきたのは、リオンが持っている額冠(ティアラ)の操作盤と、同系器の代物だ。きちんと発信機探知用のモニターまで搭載されている。

 

「一基あれば十分だと思いますが……」

「私としては、近頃不穏当な発言を繰り返す君にこそ装着してほしいと思っているのだがな」

 

 はいはい、といなしながら、仕方なく受け取ろうとしたその時。

 ほんの一瞬、指が触れたかと思うとその手をわしっ、と掴まれた。

 

「!!!」

 

 喉奥から好き勝手に飛び出そうとした悲鳴と、反射的に振りほどきそうになった衝動をどうにかこらえて、あくまで丁重に操作盤を受け取る。

 

「──ふむ」

「……わざわざお届けくださり、ありがとうございました。それでは」

 

 震えの止まらない左手を隠してきびすを返す。

 乗船してから手を見やると、未だに鳥肌が消えていない。何を思ってしたことなのか知らないが……意味不明というか、おぞましいというか。

 甲板には出ないで、船室のひとつに設えられている食堂兼休憩室で待機する。どうせ出たところで、あの顔を見たら嫌な感触を思い出すだけだ。

 

「何かお作りいたしましょうか」

 

 声をかけてくるバーテンに小さく首を振って、フィオレが今になって脂汗を浮かべつつ、震えながら端の席で寝くたばっていると。

 騒がしい、複数の足音が近づいてくる。すぐに、休憩室の扉が開かれた。

 

「あれ、フィオレさん?」

 

 予想通り。足音たちの正体は、スタンたちで相違なかった。

 何故か彼らは、一様に奇妙なものでも見たような顔をしている。

 

「どうかしたんですか?」

 

 これまで突っ伏していたから、顔に痕でもついているのだろうか。それを聞くも、一同は首を振って否定している。

 

「顔色が悪いぞ。もう船酔いか?」

「いえ。ちょっと色々ありまして……」

 

 ヒューゴ氏に手を握られて精神的負傷(トラウマ)をほじくり返された、などとは流石に言えない。そんなことをしたら、彼らは興味津々に謂れを尋ねてくることだろう。

 適当に濁して、フィオレは立ち上がった。

 

「さーて、天気でも見てきましょうかね」

 

 魔の暗礁のこともそうだが、海に魔物が出ないわけではない。その時、戦闘員が一人や二人、甲板に居ても困りはしないだろう。

 首を傾げる一同には背を向けて、休憩室を後にして階段を昇り、甲板へ出る。

 本日は晴天にして風が強く、すでにダリルシェイド港は遥か彼方だ。今のところ沿岸に沿って航行しているため見渡す限りが海、というわけではないが、明後日の方角には水平線が伸びている。

 開けた甲板にはちらほらと作業をしている船員たちはいるが、乗客が一同だけにつき閑散としていた。

 ──これなら、騒音公害にはならないだろう。船員たちが文句を言ってきたら、やめればいいだけの話である。

 フィオレは、背中からシストルを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーテンに頼み、ミントティーをしきりに口にしていたリオンは、唐突にカップをソーサーへ戻した。

 

「そろそろだな」

「へ、何が?」

 

 のんびりとした船旅に、窓の外を眺めていたスタンがそれを聞く。

 しかしリオンは返事することなく席を立った。

 

「ちょっと、何がそろそろなのよ」

「お前らには関係ない」

 

 そっけなく食堂を後にするリオンにムッとしたのか、ルーティがそのままついていく。同じくリオンの言動に興味を覚えた一同は、ぞろぞろと船内を移動していた。

 

「関係ないって……そもそも何がなのか、言ってくれなきゃわからないだろ?」

「そうよ。まずは何のことなのか説明しなさいよね」

 

 表立って意見することはなくとも、マリーもフィリアも不思議そうにしている。自分にくっついてきた一同を見回して、リオンは呆れたように鼻を鳴らした。

 

「ついてくるなとは言わないが、静かにしろ。気づかれたらそこで終わりなんだからな」

「だからー、何がなのよ」

『だから静かにってば』

 

 核心をなかなか話そうとしないリオンに業を煮やすルーティが、更に声を跳ね上げる。これはまずいとでも思ったのか、ついにシャルティエが口を出した。

 

『あなたのマスターは何をしようとしているの、シャルティエ?』

『んー、強いて言うなら盗み聞きかな?』

「シャル!」

 

 人聞きの悪い物言いに、リオンから叱責が飛ぶ。しかし、彼はしれっとスルーした。

 

『あ、お静かに坊ちゃん。えーとね、フィオレのことなんだけど、ちょっとした癖みたいなのをこないだ気付いてさ』

「癖?」

『嫌なことがあったり、気分転換がしたいときとかに、一人で歌ったりするんだよ。楽器を演奏してるだけのときもあるけど』

「それをこっそり聞くってことか? そんなことしなくても、頼めば聞かせてくれるんじゃ」

『甘い』

 

 スタンはそう言うものの、シャルティエはきっぱりそれを否定している。

 

『フィオレってほとんどリクエストとか聞かないんだよ。あれは自分が好きで歌ってるんだから、ってね。で、街中で歌う時は大体噴水の傍とか、自分の歌声が聞こえても迷惑じゃないところでやるんだよ』

「あんなに評判なのに?」

『聞くことを望まない人にとっては騒音でしかない。本当は迷惑なことなんだから配慮しなきゃいけない、っていうのがフィオレの持論。慎み深いっていうか、遠慮がちっていうか……もう少し自信持ってもいいのに』

「そうでもないな。少なくとも、僕はあいつの歌が迷惑だと話す人間を知っている」

 

 シャルティエの言葉を覆すかのようなリオンの言葉に、ルーティが驚いた。

 

「そうなの? やっぱ人それぞれなのかしら、あたしは好きだけど」

「あいつはこれまでダリルシェイドにいた吟遊詩人たちにひどく恨まれている。妬まれていると言った方が正しいな。比べ物にされた挙句、聴衆の耳が肥えたせいで、日銭を稼げなくなったとかで犯罪に走った輩が何人もいるぞ」

 

 個人的な好みの問題ですらなかったことに一同が脱力している傍から、リオンは甲板へと続く階段に腰掛けた。しばし耳を済ませてから足音を殺して甲板へと出る彼に、一同も慣れない忍び足を強いられて続く。

 しかし、その苦労はあっさりと報われた。

 階段に背を向けて、フィオレは帆船のへりに腰掛けている。奏でる楽器の詳細はわからないが、港で持っていたものと同じものだろう。

 

 ♪……

 

 フィオレは一心にシストルを奏でていた。波飛沫が船体に当たるその音に、旋律は響いて消えていく。

 それでも、必要を求められた時とは明らかに違う──伸びやかで楽しそうな、そんな雰囲気が伝わってきた。

 まるで呼応するかのように、船はすいすいと進んでいく。

 ──やがて弾き疲れたのか、フィオレは演奏をやめて大きく伸びをした。

 

「戻るぞ」

 

 盗み聞いていたことを知られないためなのか、リオンは早々に甲板を後にしている。黙ってその後に続く一同だったが、食堂へ戻る頃にはすでに口火が切られていた。

 

「でも凄かったな~。フィオレさんて強いだけじゃなくて、あんな特技も持ってるんだ」

「わたくしも、感動しました。できることならもう一度、きちんとお聞きしたいものです」

「うん。今まで聞いたどの吟遊詩人より、フィオレは巧いと思うぞ」

 

 和気藹々と──この日は何事もなく、平和に過ぎ去っていった。

 事件が起こったのは、次の日のことである。

 第二大陸の影がちらほらと見えてきたときのこと。甲板でふらふらしていたフィオレはフィリアからもらった地図と景色を比較して、いよいよ魔の暗礁にさしかかったことを把握していた。

 空の機嫌は、といえば、明らかに悪い。海の天候も読みづらいものではあるが、それでも昨日の晴天からは考えられないような曇天である。おまけに波まで荒くなってきた。

 

「この分だと、時化るかもしれません。危険ですので、船室までお戻りください」

 

 魔物との交戦ならともかく、操船に関しては知識があるだけの、完膚なきまでに素人である。

 素直に戻ろうとして、フィオレは急に船の速度が遅くなったことに気付いた。

 帆布がはためく音に頭上を見やれば、あっという間に帆が畳まれていく。風が徐々に吹き荒れていく中、時化に備えるのかと大して考えていなかったフィオレだったが、脳裏に響いた声に思わず硬直した。

 スタンが頓馬なことをしてディムロスが怒鳴るでも、ルーティが無茶をしてアトワイトに鋭く注意されるでも、シャルティエが一言余計に言ってリオンに物理的な叱責を受けて悲鳴をあげるでもない。

 

『フィオレ。何かがあなたに近づいてきます』

 

 珍しいことに、アクアリムスの警告が聞こえたのだ。珍しがっている間にも、彼女の警告は続く。

 

『何か、とは?』

『敵意は持っていないようですが、レンズの存在を感知しました』

 

 と、いうことは。ダリルシェイド港で耳にした、化け物とかいうオチなのだろうか。情報によれば海蛇みたいな首に、ドラゴンに酷似した姿だったとか……

 

『それと、あなたに近づくレンズの存在とは別に、違うレンズを海底にて感知しました。現在あなたが行動を共にする特殊レンズたちと、波長がとても似ています』

 

 特殊レンズたちということは、フィオレの左手の甲に張り付いているものではなく、ソーディアン連中のことを指しているのだろうか。

 つまりこの付近で、ソーディアンが沈んでいるとでも……

 

「ぜっ、前方に巨大生物発見! 急停止します!」

 

 見張り台に立つ船員の大声で、舳先を見やる。

 確かに何か、巨大な生物が帆船の進行を妨げるように首をもたげていた。

 アクアリムスの言うとおり、襲いかかってくる気配はないものの、船員たちにそんなことは関係ない。

 一斉に舳先から避難していく彼らを尻目に、フィオレは舳先へと向かった。舳先から身を乗り出すまでもなく、巨大生物は確認できる。

 一目見て、フィオレは奇妙な既視感を覚えた。

 まるで亀の甲羅にトゲを生やしたような、無骨にして硬そうな甲殻に、ドラゴンと称するにふさわしい造詣の首が、まるでこちらを覗き込むように鎌首をもたげている。

 

『あのー、邪魔なんで、退いてもらえません?』

 

 通じるなどとは欠片も思ってもいなかったが、ものは試しとはよく言う言葉だ。襲いかかってこない以上、手を出すのは引けたため、フィオレは念話による会話を試みた。

 そして、予想以上の成果を得ることになる。

 

『うむ。すまんがそうもいかんのじゃよ』

 

 ──声色も口調も、好々爺じみた返答が寄越される。

 フィオレの送ったメッセージに驚く様子もなく、ただ日常会話のようにさらりと返された。

 ここで驚いたら、負けた気がする。

 

『それは何故ですか?』

『ここ最近、妙な気配が現われおってのぅ。気になっておったら、ちょうど儂の好みが通りかかったんじゃ。ここはひとつ、老骨に鞭打ってアタックしてみようかと思っての』

 

 ひく、と頬が引きつりそうになった。平常心を装い、声色は変えないことにする。

 

『ほお、そうなのですか。ですがこの船に交尾を挑んでも無駄ですよ。無理やり迫るなら、どんな手段を使っても撃退させていただきますので』

『むう……いきなり話しかけてきおったかと思えば、豪快な娘さんじゃのう。じゃが、儂とて無機物の相手はご勘弁じゃ』

『では、何だというのですか』

『お前さんもえらい別嬪じゃが、儂の指名はもちっと清楚な娘さんじゃよ』

 

 何抜かしてんだこいつは。

 いい加減不毛な会話を断ち切り、相手の正体と目的を問い質そうとして。

 

「なんだ、こいつは!?」

『何故海竜がこんなところに!』

 

 船員の知らせを受けたのか、スタンたちがやってきた。念話を打ち切るも、海竜とは何なのかを聞く余裕はない。

 

『あなたたちの歯の立つ相手ではないわ』

「ンなこと言ったって、こんなところじゃ死ねないわよ! ねえフィオレ、あんたどうやってこんなの倒したの!?」

 

 正確にはこれではなく、似たような種類なのだが……それを言ったところでどうしようもない。

 とりあえず、混乱しているらしい彼女を落ち着かせてみる。

 

「襲いかかってきたなら応戦します。でも、こちらから仕掛けるのは……下手に逆上させて船を壊されでもしたら、たまったものではありません」

「その前に船壊されたらどーすんのよ! 元も子もないじゃない!」

「待ってください!」

 

 内輪でもめ始めた一同を静めたのは、フィリアだった。どこかおぼつかない足取りで舳先に乗り出し、小さく「聞こえる」と呟く。

 

「フィリア、危ない!」

「大丈夫ですわ、スタンさん……わたくしを、呼んでいる」

 

 その言葉で、フィオレは先ほどの会話を思い出した。まさかこの海竜とやら、フィリア目当てに現われたというのか。

 今のフィオレには、何も聞こえない。

 つまりあの声は現在、フィリアにのみチャネリングを使っているということなのだろうか。

 確かにチャネリング現象を完璧に操れるなら、それも可能なのだが……

 

「馬鹿なことはやめなさい!」

「フィリアは大丈夫だ。みんな一緒に行くぞ」

「マリー、何言ってんのよ!」

 

 ルーティは無茶にしか見えない行動をいさめるものの、マリーは何かを感じ取ったのか、舳先に乗り出し海竜へ向かうフィリアに続く。というよりは、フィリアのことを信じ、彼女のことを護るために全員で向かおうとしているのだろうが。

 中指につけていた銀環に触れ、どうにかフィリアが聞いているであろう声を聞けないか、と調整してみる。

 その間に、フィリアがマリーと共に首を突き出した海竜の背に乗り込んだ。いかなる構造なのか、甲羅じみた背中の一部が開いて二人を体内に導いていく。

 直後、フィオレは既視感の正体に気付いた。

 あの質感といい、雰囲気といい。あの海竜は、飛行竜に酷似しているのだ。おそらくあれに自我は存在しない。半機械、半生物の飛行竜と同じく、操り手がいるのだろう。

 しかし、一体誰が……

 ここでフィオレは、先ほどまで自分が会話を交わしていた相手のことを思い出した。

 

『……まさか、あなたの手引きですか?』

『彼女らについてくれば、わかることじゃよ』

「人が乗ったりできるなんて、飛行竜みたいだな」

「あーもー、スタンまで!」

 

 スタンも飛行竜のことを思い出してか、とにかく放っておけないとばかりに身を乗り出す。

 やぶれかぶれだとばかりにルーティが続き、残るは客員剣士の上司と部下だけとなった。

 

「お、おい、何をしているんだ。早いとこあの怪物を……」

「おい船長、二時間経っても戻ってこなかったら船を出せ。いいな」

 

 リオンは大きなため息をつきながらも、彼らの後に続いている。「とんだ疫病神だ」などとほざきつつ放っておかない辺り、一同の中で唯一敵の情報に精通した彼女を手放すわけにはいかないとでも思っているのかもしれない。

 

「そーいうことらしいです。ヨロシク」

 

 ちゃくっ、と手を立て、フィオレは幼い上司の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




他のソーディアンマスターにも聴こえない声に導かれているっぽいフィリア。
一体誰の仕業なんですかねえ(棒読み)
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