カルバレイス。
バルック及び現地の子供達との再会。
乾燥した暑いところでは極端な薄着をしておいて、日差しを遮るコートみたいなものを羽織ると効果的だとどこかで聞き及びました。
実際のところは砂漠を旅する予定の方、試してみてくだせえ。
第四十七夜——極寒極暑の交差する地にて~嬉しくない再会と嬉しい再会
事実を知らないフィオレが己の未熟さに悔やんでのた打ち回り、それを新種の奇病ではないかと心配したフィリアが船医を呼んでこようとしたため、押し留めようとして勢い余って押し倒した日の正午。
ついに彼らを乗せたシャルンホルスト号はカルバレイス地方に到着した。
「それで、滞在期間はどれくらいになる?」
「私たちが戻ってくるまで、です」
苦情は一切聞かないまま、下船する。
一応船上で任務内容を大雑把に説明、乗船前にセインガルド国王からの勅命状を渡しておいたからには置き去りということはないだろう。前もってヒューゴ氏から請求、二つ返事で支給された支度金も預けてあることだし。
やがて下船準備を終えた各々が、搭乗口付近にて集合する。
ルーティと共に下船してきた猫耳フード付き外套を羽織るマリーは、待っていたフィオレを見るなり怪訝そうな顔つきになった。
「フィオレ、その格好はどうしたんだ? 変装か?」
「酷暑対策です」
「暑さ対策って、見てるこっちが暑くなるんだけど……」
熱射病対策の麦藁帽子を被り、常時軽装備の彼女でも、慣れない暑さに汗をにじませている。
比例して、フィオレの外見は確かに暑苦しかった。
大きめのキャスケットで頭部はおろか、顔の半分も隠れており、ゆったりとした袖のない砂色の外套で身体を覆って、一切肌を見せていない。まるで極寒の地を旅する姿である。
これには、最後に下船してきたスタンも同意した。
「そうですよフィオレさん。暑くないんですか?」
「全然」
「嘘ばっかり。絶対この下は、汗をかきまくって……な!?」
外套の袷をつまみ、ぺらんとめくったルーティだったが、次の瞬間顔色を変えている。その手を慌てて離したかと思うと、切羽詰った調子でフィオレに言い募った。
「ちょっと! もうちょっとなんとかなんないの!?」
「なりません」
当のフィオレは涼しい顔のまま。動じる気配は一切ない。
「フィリア! あんたフィオレと同室だったから、この下の格好どんなのか知ってるでしょ! なんとか言ってやりなさい!」
突然自分に矛先が向けられ、しばしおろおろしていたフィリアだったが、やがて意を決して彼女と向き合った。
「ルーティさんの格好とそう変わらないと思います」
「そーゆーことじゃなくてぇ!」
「どういう格好なのかな……」
しかし、スタンがぽつりとそれを口にした途端。フィリアは態度を豹変させてスタンに言い含めた。
「す、スタンさん!? ダメですよ、めくってみようとか、そんなことを考えては!」
「へ!?」
「いけません、そんな破廉恥な……! 何をお考えなのです、汚らわしい!」
だんだん収拾がつかなくなってきたところで、一同の入国手続きをしてきたリオンの姿を見つける。
騒ぎが起こったことの発覚を嫌って、フィオレは興奮状態のフィリアを落ち着かせ、何事もなかったように装った。
『ただいま~。あれフィオレ、どうしたのその格好?』
「酷暑対策に薄着をして、日焼け対策に外套羽織ったんですよ」
「シャル、そんなことはどうでもいいだろう。それよりもバルック基金に行くぞ。今回の騒ぎに関して協力を取り付けに行く」
ダリルシェイド港よりは活気のない港を通り抜け、市街に到達する。
地元の人間とは一線を画している一同に自然と視線は集中した。
「なんか俺たち、すごく目立ってるような……」
「カルバレイスの人々は、他国人を嫌う傾向にありますから」
それは何故かを尋ねるスタンに、フィリアがカルバレイス地方の特徴を語る。
以前訪れる機会を得た際、それについては把握していたフィオレが聞き流していると、フィリアの話を横から聞いていたらしいルーティが大声で感想を言った。
「何よそれ、単なる逆恨みじゃない。自分たちで喧嘩売っといて、それが原因で差別されたからって異国嫌いになるなんて……」
「それはルーティが、カルバレイスの人間じゃないから言えることですよ」
セインガルドと極度に異なる気候のせいか、好意的とは程遠い視線を向けられていることがストレスになっているのだろうか。
明らかに機嫌のよくないルーティをいさめれば、彼女はフィオレに噛み付いた。
「どうしてよ。それにあの戦争からどれだけ経ってると思ってるのよ。未だにそんな大昔のことを引きずるなんて」
「それはカルバレイス人も思ったことだと思います。大昔のことなのに。今の自分たちが起こしたことではないのに。どうして未だに迫害され、差別されなければならないのかとね」
「別にあたしが差別したわけじゃ……」
「彼らにとって、異国の人間は先祖たちをこの土地に押し込めた人々の子孫です。その認識に、国も個人もありません。今しがたあなたが『自分たち』と言ってカルバレイスの人々すべてを指したようにね」
結局のところ、どっちもどっちと言ったところか。個人どころか国家レベルで取り掛かったとしても、早々簡単に解決できる問題ではない。
過去は過去、個人は個人と、各々が開き直らなければどうにもならない話だ。どちらにも非があるこの問題、関わる必要も関わる価値もなかった。
不平を綺麗に言いくるめられたルーティといえば、返す言葉もなく膨れている。
「……あたし、あんたのそういう理屈っぽいところキライ」
「私は、そんな風に拗ねるルーティが大変愛しいです」
真顔でそう返せば、彼女は膨れっ面をやめてぶー、と吹き出した。
ほとんど重なって、シャルティエが『ぶー』と吹き出す声も聞こえる。
「あたし、そんなシュミないわよ!」
「奇遇ですね。私にもありません」
「貴様らいい加減にしないか!」
そろそろ定番になりつつあるリオンの怒鳴り声で話題が強制的に終了され、一同はいつかフィオレとリオンの歩いた道を通って広場に到達する。
周囲の民家とは大分趣の異なる建物から、空気読めない感がひしひしと漂ってきた。
あの時とは違う時間帯だからか、子供たちの姿はない。
慣れた手つきでノッカーを鳴らし、正規の手順を踏んでバルック本人への面会を求める。あっさりと通された先で、マリーが心底くつろいだ様子で伸びをした。
「涼しいな。生き返ったようだ」
「そうよねー。なかなか気が利くじゃない」
「客が来たからつけたわけではなさそうですがね、レンズ式空調機」
でなければ、建物に残った暖気が多少なりとも感じられるはずだ。以前訪問した際は寒いくらいだったが、現在の格好は直接風が当たらないため、問題はない。
それまで汗だくだったスタンも、性質上動きやすさとは無縁な神官服を着込んだフィリアも、心地良さそうに吐息をついている。
家政婦によって通された先に、いつか見た顔はいた。
「よく来てくれたな、お二人さん。半年ぶりになるか」
「ご無沙汰しております。お変わりはありませんか」
「ああ。フィオレ君も、その美貌に変わりはないな」
半年程度で劣化していたら、病気か何かを疑うべきだ。
差し出してもいない手を取られそうになり、素早く身を翻す。
滞在時に知ったことだが、彼は礼儀を重んじる余り、過剰なスキンシップを取りたがる傾向にあるようだ。そんな輩と好んで接触したくはないが、仕事は仕事。
つれないフィオレの態度に苦笑をしつつも、彼はくるりと一同を見回している。
「それにしても、今日は随分大所帯だな」
「気にするほどの連中じゃない」
さっさと本題に入ろうとしてなのか、リオンにとっては何気ない一言だった。
しかしその素っ気なさが、ないがしろにされた印象を一同に与えている。
「そんな言い方ってあるかよ!」
「ふん。お世辞を言ってどうなるものでもない」
スタンは怒るものの、本当の事──スタンたちが此度の任務に協力している理由を言わないだけマシである。
彼らの心象をよくしよう、との配慮ではなく、明らかに事態を混乱させないためだけではあるが、その辺りは評価すべきだ。
「えーと。彼らは今回の任務において、セインガルド国家及びヒューゴ様、ついでに私から協力を求められた協力者たちです」
「フィオレさんから?」
「フィリアには一応、頼むつもりでいましたので」
正確には「事情を聞くだけのつもりだった」だが。
時間の無駄だとでも言いたげなリオンを無視して、一同の紹介をする。最後にスタンの紹介をした後、彼もまた自己紹介をした。
「バルック・ソングラム。オベロン社カルバレイス方面支部長などという、身に余る職務を拝命している。以後よろしく」
うぜぇ。
眉ひとつ動かすことなく、フィオレはそう思った。スタンなどは生真面目に頭を下げているが。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ほう……まだ若いのに、いい目をしている。荒削りだが、今後が楽しみというところだな」
「バルック、そのくらいにしてくれ。のぼせあがるだけ……「ああ、バルックさんもそう思いますか?」
リオンの言葉を遮って、バルックの言葉を肯定する。
途端に眉間に筋を入れたリオンを省みることなく、「君もかね?」と尋ねるバルックに、フィオレはにこやかに返答した。
「私は実際に彼の剣を見ていますから。大雑把で、ガサツで、猪突猛進過ぎるところに眼を瞑れば、悪くないと思っていますよ」
これがフィオレの、スタンに対する正直な評価である。
実際体格や体力などはフィオレどころかリオンより恵まれているし、筋力などリオンはともかくフィオレとは比べるべくもない。素質は十二分にあるのだ。ただ、経験値が足りな過ぎるだけで。
リオンはといえば、納得して眉間の皺を消している。
「ほほう。リオンの剣術指南役であるフィオレ君にそこまで言わしめるとは」
「おや、ご存知でしたか」
「以前受け取った総帥の封書の、近況報告面でね。信じられないだろうが、リオンに同行している女性は彼の剣術指南役だと」
また余計なことを。ある意味当然のこととは知りながら、再びヒューゴに辟易の念を覚えたそのとき。
「バルック。悪いが今日は、こんなくだらない話をしにきたわけじゃない」
ようやっと、リオンが本題を切り出した。
何か変わったことはないかと尋ねる彼に、バルックは事務机の前へ戻ると、散乱していた書類を引っ掻き回し始めた。
「そうだな……フィッツガルドのイレーヌから報告があった程度だ。なんでもレンズの運搬船が、謎の武装船団から頻繁に襲撃されているらしい」
「謎の武装船団?」
「レンズの運搬船? レンズ製品の運搬船、ではなくてですか」
「ああ、そうだ」
彼はリオンとフィオレの、違う質問両方を肯定している。報告書らしい書類を斜め読みしながらも、あまり役に立たない情報を提供してくれた。
「正体はまったくつかめていないが、明らかに我が社のレンズが狙われているようだ」
「変わった武装船団ですね。製品に加工する前のレンズを奪っているんですか」
極端な話、魔物を殺害した際出現するレンズはオベロン社がすべて買い取ってくれる。逆を言えば、オベロン社しかレンズをガルドに変換できる場所はない。
レンズの加工、製品化に関してもオベロン社がすべてを担っているため、大量のレンズが手に入ったところでオベロン社に提供しなければガルドにはならない。
実際にそんなことをすれば、オベロン社に対して何者が大量レンズ強奪に関わったのか、諸手を上げてアピールしているようなものだ。そんなことをして何の利益になるのか。
フィオレが首をひねっている間にもリオンは質問を重ねた。
「なるほど。神の眼については、何か聞いていないか?」
「神の眼!?」
その単語を口にした途端。それまで朗らかに一同の応対をしていた彼は、様子を一変させた。神の眼がどれだけ危険性を帯びているものか、知っている者の反応である。
レンズを扱う会社の幹部だけあって勉強しているのか、それともこのオフィスに溢れる本が証明する通り、知識人であるだけなのか。
いずれにせよ、フィオレには奇妙な光景に映った。
「おいおい、よしてくれ。悪い冗談だ」
「冗談なんかじゃない。神の眼が、グレバムという大司祭の手に渡った。奴はこっちへ向かったんだ」
「そんな話は聞かないが……」
当たり前である。聞いていたら聞いていたで問題があった。
「あなたの記憶の限りで、このチェリクから巨大な荷物が搬送されたことはありませんか?」
「一応これから調べるが、確か数日前にカルビオラ行きの乗合馬車が貸切にされたことがあったな。関係者以外に船乗り連中が何人も手伝いに借り出されていたようだから、君たちはそっちをあたってみてくれ」
「わかりました」
「頼んだぞ」
「ああ、そうだ……こちらに滞在するなら、このオフィスを自由に使ってくれ。使用人たちには通達しておく」
バルックの申し出に甘えることにして、一同は港へ戻るべく移動を始めようとした。
しかし。
「またあの灼熱地獄に戻らなきゃいけないのね……」
ルーティはひどく憂鬱そうに外へ続く扉を眺めている。
一同がカルバレイスの地を踏んだのは正午だ。これから、一日の中で最もきつい日差しが注がれる時間である。
ルーティの言葉に苦笑いしながらも、フィオレが外を見やった時。暑さのあまり歪んで見える広場の中で、いくつかの人影を見つけた。
以前来たときのことを思い出し、一計を講じる。
「皆、ちょっと休んでていいですよ」
「え? いいんですか?」
「何を勝手なことを……」
「眼の届くところにいます。少し時間がかかると思いますので」
そう言って。フィオレは一人、バルック基金の外へと出た。
むわっ、とした熱気が身体を包み込むものの、普段の制服よりは暑さを感じない。
そのまま広場へ歩いていくと、いくつかの人影──数人の子供たちが、フィオレの姿に気付いた。
「あっ、外国人だ!」
「でも、あれって……」
駆け寄ってきた子供たちを見下ろし、帽子を取る。そのまま無駄にうやうやしい一礼をして、フィオレは彼らに微笑みかけた。
「こんにちは。この眼帯に、覚えはありますか?」
「やっぱり! 隻眼のねーちゃんだ!」
数人だと思っていた子供たちは、現在集合中であったらしい。
どんどん集まってきた彼らに、フィオレは自分がここにいる理由を話して聞かせた。
「そんなわけで、でーっかい荷物に覚えはありませんか? 大人たちが総出で運び出さなければならないような、見上げるほどの」
「でっかい荷物かあ……」
子供たちがわいわい話し合うのを、フィオレはただ黙って見ていた。
せかしたところで正確な情報は手に入らないし、そもそも彼らから有益な情報が得られると確信して尋ねたわけではない。ただ、見ず知らずの人間よりは素直に話してくれるんでなかろうか、という希望的観測から接触を試みただけである。
しかし。フィオレの予想を遥かに超えて、遅れてやってきた子供の一人が挙手をした。
「──知ってるよ。少し前に、カルビオラに運んだから」
「は……運んだのですか!? 具体的に言うと、直径六メートル程度の代物なんですが」
「リョウのパパ、乗合馬車の元締めやってるからな」
「セインガルドの神官が、カルバレイスの神殿に巨大な荷物を搬送すると言っていたからね。頂くものはきちんと頂いたよ。その辺り、父に抜かりはない」
グッジョブである、リョウパパ。
道徳的にはさておいて、敵の資金が減るのはよいことである。
「そういえば、僕も見た……」
「あたしも、あたしも!」
その一言を皮切りに、次々と子供たちの証言を手に入れる。少々幼い子供の証言も混じっていたため確証は得られないが、かなり重要なヒントであることは間違いない。
そろそろ切り上げようと、フィオレはごそごそ懐を探った。
「ありがとうございました。貴重な情報のお礼に、情報料を差し上げましょう」
しかし、子供たちの表情に喜びはない。不思議に思いつつも財布を取り出した、その時。
「たー!」
突進を仕掛けられ、避けることで意識をそらされた際に財布をひったくられる。
瞬く間に駆け出す一人の少年を素早く見つけ、フィオレもまた駆け出した。
フィオレとて、この事態をまったく予想していなかったわけではない。流石に財布を狙われるとは思わなかったが、場合が場合である。真面目に取り返すことにした。
密集する子供たちをすり抜け、一人駆ける少年を追う。外套をはためかせ、
そのまま持ち上げて、捕獲する。
少年──コグは、二、三度足をばたつかせてから素直に財布を渡してきた。
「くっそー! 前より早くなってないか!?」
「あなたも素早くなってますよ。それで、今度は私がドロボーになるんですか?」
コグ少年が瞬きを繰り返した後で、ニッ、と笑う。
悪戯好きな印象に拍車をかける八重歯が、日に焼けた肌と相まって何とも子供らしかった。
「みんな! 今度はねーちゃん追っかけるぞ!」