swordian saga   作:佐谷莢

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 続・カルバレイスのチェリク。
 原作ミニゲーム「鬼ごっこ」再現中。


第四十八夜——夫婦喧嘩と夏の餅は犬も喰わない。親子喧嘩は……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 十数人はいるだろうか、子供たちに追いかけられてフィオレは広場を走り回った。

 待ち伏せ組と追いかけ組に分かれて仕掛けてくるかと思いきや、コグ少年は子供たちに合図を送っている。

 これは──

 くるりと進行方向を変えて、手近な木によじ登る。枝らしい枝こそないが、表面がごつごつしているので登るにはまったく問題がない。

 

「落とせ落とせー」

 

 そんなことを言いつつ数人の少年が木を揺らしにかかるものの、所詮は子供の力。フィオレを振り落とすほどの衝撃は与えられていない。

 それよりか。てっぺんまで上り、広場全体を見下ろしたフィオレは戦慄を覚えた。

 少年の指示により、ほとんどの子供が広場に散開していたのである。あれでは避けるのが難しく、そのまま逃げ回るだけではあっという間に捕まってしまうことが予想された。

 

「くっそー、降りてこーい!」

「はいはい」

 

 地団駄を踏みながらそんなことを叫ぶ少年に苦笑して、フィオレはあっさりとその身を投げた。

 ノーム、否アーステッパーとの契約こそしていないため重力制御こそできないが、それほど高くはない木の上、受身は取るのはたやすい。柔らかい砂地であることも、幸いした。

 何の予備動作もなくいきなり飛び降りたフィオレに子供たちは目を白黒させているが、それは正直どうでもいい。

 

「さて、そろそろ私はお暇します」

「えーっ、勝ち逃げかよ!」

「今回は仕事でこちらに来ました。仲間も待たせていることですし、遊び呆けるわけにはいかないんですよ」

 

 それなりに距離があるとはいえ、バルック基金オフィスに残してきた彼らの視線を感じないわけではない。

 あの幼い上司をこれ以上苛立たせないためにもそれを告げると、集まってきた子供たちは互いの顔を見合わせた。

 

「じゃあ、これからカルビオラに行く?」

「いいえ。実際に運んだと思われる関係者を探して、そのついでに武具を扱うお店を探して、それからカルビオラへ行きます」

 

 子供の証言だけではイマイチ不安である。自分たちが嘘を言っているとでも思うのか、と憤りだすかと思われたが、彼らはまたも互いの顔を見合わせた。

 代表としてなのか、コグ少年がフィオレの前へとやってくる。

 

「それならさ、俺たちの知り合いにもそのでっかい荷物を運ぶの、手伝ったおっちゃんがいるから。その人のところに連れてってやるよ」

「いいんですか? 遊ぶ時間が減りますよ」

「そんなのどーでもいいよ。それに、俺の家も武器防具屋やってるんだ。お客さん一人、ゲットだぜ!」

 

 ニカッと笑いつつ親指を立てて、また懐かしいフレーズを口にしてくれる。

 彼らの心意気を買うことにして、フィオレはすぐに戻ってくるからとバルック基金へと戻った。

 玄関をくぐるや否や、広場に面した窓へ鈴なりになっていた一同に声をかける。

 案の定、広場での会話を聞けるはずもない彼らは疑問符を浮かべた。

 

「フィオレさん、どうしたんですか? いきなり子供たちと遊びだして」

「以前知り合った顔と親睦を深めるついでに、神の眼の情報をゲットして参りました」

 

 コグの台詞が伝染したようだ。

 首を傾げるスタンを含めて、一同に事の成り行きを説明する。更にこれから証言の裏づけを取りに行くと言って、フィオレはフィリアに手招きをした。

 

「そんなわけでこれから行ってきます。つきましては、フィリアにご同行を願います」

「わたくしに?」

「神殿関係者を連れて行ったほうが相手の口も軽くなるでしょう。そして、あの子供たちの中に武器防具店を経営しているところの子もいます。クレメンテに、ちゃんとした鞘を拵えてまいりましょう」

「わたくし、別にこのままでも……」

 

 フィリアは小さな声で不服を唱えている。しかし、その声はリオンの却下によってかき消された。

 

「そういうことなら僕も行こう。場合によっては、そのまま準備を整えて移動を始める」

「じゃあ、あたしも。涼しいを通り越してなんか寒くなってきちゃった」

「俺もそろそろ、冷えてきたし……」

 

 そんなこんなで結局、全員で聞き込みをすることになる。

 バルック基金からぞろぞろ現われた一同を見て子供たちは動揺するものの、フィオレの仲介によって彼らはすぐに気を取り直した。

 

「どっちから先に行く?」

「聞き込みが先です。でっかい荷物を運んだお知り合いがいそうな場所へ案内してください」

「じゃあ港。おっちゃんは水兵だから」

 

 移動中、彼の話す「おっちゃん」についての情報を仕入れておく。

 彼の名はジェイクといい、カルバレイス出身の船乗りであるらしい。酒好きで喧嘩っ早く、よく武器屋を訪れるため、その家の子供であるコグと知り合ったそうな。

 ちなみに、以前「隻眼の歌姫」についてコグに教えたのもジェイクだと彼は言った。

 嫌な記憶を掘り起こしてしまったが、こうして他国人に冷たいカルバレイスでの情報収集がスムーズに進むのは、彼のおかげでもある。子供に変なことを吹き込んだのはそれでチャラにすることにした。

 港につき、数人の子供たち──道案内には不向きだとして、大部分の子供たちは広場に残った──と共に歩く一同はひどく目立つ。

 

「ヨソモノが子供達を誘拐している!」

「そんなんじゃねーよ!」

「ばあさん、とうとうボケちまったのか?」

 

 道中、干し魚を広げて商いをしていた老婆が騒ぎ出したが、子供達がその場で否定しているため、騒ぎにはなっていない。

 この地方の古い人間からすれば、信じがたいことなのだろうが……

 子供たちは数人がかりで周囲を見回すも、ジェイクとやらを見つけられないらしい。

 業を煮やしたコグは、近くにたむろしていた水夫の一人を捕まえた。

 

「なあ、ジェイクのおっちゃん知らねえ?」

「あいつなら、例の星に行ったぜ」

 

 誰かに刺されてお星様になったのかと思いきや、例の星とは「星空の砂漠」というコグの両親が営む武器防具屋のことらしい。

 嫌な予感がしながらもその店舗へ案内され、コグの先導で扉をくぐった。

 

「とーちゃんとーちゃん!」

「なんだ、お前か。帰ってきたなら裏口から……ん?」

 

 子供の顔を見て、それから一同の顔ぶれを見て、店主の表情が曇る。

 ある程度予想はしていたが、やはり生粋のカルバレイス人らしい。

 明らかな他国人の顔ぶれである一行を見て、彼は何事もなかったかのようにカウンター越しに子供の顔をのぞきこんだ。

 

「どうかしたのか?」

「ジェイクのおっちゃん知らない? 港で聞いたら、ここに行ったって」

「あー、もう戻っちまったよ。カトラスを新調しようかどうしようか、大分悩んでたけどな」

 

 嫌な予感的中。どうやらタイミングは最悪だったらしい。

 

「残念。すれ違ってしまいましたか」

 

 わざと聞こえるように呟けば、店主はジロリと発言者であるフィオレを睨んだ。

 先ほどまで子供に対していたものとは大幅に異なり、客というより侵入者でも見るかのような目である。

 

「なんだあんたら。ジェイクに何の用だ」

「聞きたいことがあるだけです。それとは別に、入用のものがあるのですが」

 

 冷やかしにきたわけではないことを表明するも、店主はフンとそっぽを向いて吐き捨てた。

 

「お断りだ。ヨソモノに売るものなんか、うちにはない」

「そうですか、お邪魔しました」

 

 あまりの言い草に憤る気配を見せた一同──主にスタンやルーティを手で抑えて、きびすを返す。

 しかし、それに納得しない人間が一名ばかりいた。

 

「何だよそれ! せっかく俺が連れてきたのに、なんでそういうこと言うんだよ!」

「ヨソモノがお嫌いなんでしょう」

 

 至極明朗なフィオレの言葉だったが、激昂しているコグは聞いておらず父親にくってかかっている。

 それに対して、店主の態度はなんとも素っ気ないものだった。

 

「お前が連れてきたのか」

「そうだよ!」

「こういうのを連れてくるな。客を連れてくるのはいいことだが、ヨソモノなんかに関わるんじゃない。ろくなことがないぞ」

 

 過去に何があったのやら。どうやら骨の髄まで他国人嫌いであるような父親と、まっすぐで思ったことはすぐ口に出す子供。

 このまま放っておいても、そうそう決着はつかないだろう。

 どんな決着がつくのか知りたくもないし、そこまで付き合う気もなかった。

 そこで。

 

「ちょっと外で待機していてください」

 

 父親と激しい口論を交わすコグと自身を除いて、全員を店舗の外へ出す。

 そして、店内の暗がりに左手を伸ばした。

 

「其の荒ぶる心に、安らかな深淵を」

 ♪ Toe Rey Ze Qlor Luo Toe Ze──

 

 第一音素(ファーストフォニム)「闇」に属する譜歌を謡い、口論する親子をあっという間に眠らせる。

 寂れた──否、他の客がいない店内で本当に良かった。

 健やかな寝息を立てて大の字になっているコグを揺り起こし、父親を起こしてからくるよう言いつけて外へ出る。ほどなくして、彼もまた外へと出てきた。

 

「いかがでしたか? お父様の様子は」

「うん……なんか、周り見て夢でも見てたのかなーとか何とか言ってた」

 

 誤魔化すことには成功したらしい。しかし、コグの顔色は悪い。

 

「ごめん。父ちゃんが他国人嫌いなのは知ってたけど、あんなこと言うとは思わなかったんだ。お客さんには愛想いいし……」

「あなたが気にすることではありません。それよりかジェイドとかいう人のところへ」

「ジェイクな。でも俺、恥ずかしいよ。親が友達の悪口言うなんて」

 

 子供は親の背中を見て育つものらしい、と聞き及んでいた。彼の場合、彼の父は立派な反面教師だったということか。

 ある程度予想できたことだ。事前に確認を取らなかったフィオレにも責任はある。

 理不尽な事柄に対して耐性のないスタンたちへ事前に打ち合わせをしておかなかったことも災いした。ともあれ、彼の悔恨は悪いことではない。

 

「なら、あなたはああいう大人にならないでください。それまでに何があったとしても、生まれや育ちで人を差別するような人間にならないと心に決めてくださるなら、これから先嫌な思いをする人間は減るでしょうから」

「言われなくったってならねーよ、あんな分からず屋なんかに」

 

 どうやら気を取り直してくれたらしい彼に再び案内を頼んで、フィリアを見やった。

 あれから武器の携帯に慣れたらしく、もう足取りがふらついたりはしていない。

 

「そんなわけで、鞘の新調はもう少し後になりそうです。外から来た船乗りには優しそうな、港の店を探してみましょうか」

「は、はい……」

「ところでフィオレねーちゃん、武器屋に何の用事だったんだ? 武器の新調か?」

「仲間の武器の、鞘の調達です。今は間に合わせですが、これではあまりにも難なので」

 

 無邪気に尋ねるコグ少年に、フィリアの持つクレメンテの鞘を示す。

 彼は鞘というより筒状の袋に近いそれを見て、ぷっ、と吹き出した。

 

「何だこれ。だっさ!」

「な、失礼な……!」

「素人が間に合わせで作ったものです。正直なのはいいことですが、感想は勘弁してください」

 

 珍しく額に青筋を浮かべたフィリアをなだめて、フィオレは苦笑した。

 やはり子供は子供、素直一直線である。落ち込んでいた彼に笑顔をもたらしてくれた辺りは、役に立ったといえよう。

 フィオレの言い分に納得したのか、彼はそれ以上鞘の外見には触れなかった。

 

「鞘の新調かあ。俺は他の武器屋のことはよく知らないけど、ジェイクのおっちゃんなら何か教えてくれるんじゃないかな」

「聞き込みが先ですけれどもね」

 

 再び港、船着場を中心に子供たちはうろちょろと歩いて回る。

 そして今度は、子供の一人が甲高い声を上げた。

 

「いたよー!」

 

 カリンの声に集えば、港の端で一人の男がたそがれていた。

 特徴的な水兵服に、頭部をすっぽりと覆うバンダナ。一見するとその辺の船乗りと違いがわからないが、初対面であるフィオレにはわからない特徴があるのだろう。

 ジェイクなる人物は、子供たちの呼びかけに対して気さくに反応している。

 

「あ? お前らか。何か用か?」

「ちょっと前にさ、でっかい荷物をカルビオラに運んだろ? その時のことをこのねーちゃんたちが聞きたいんだってさ」

 

 何も言わずとも説明されてしまった。あながち間違っていないから、あなどれない。

 ジェイクは一目で他国人とわかる一同を見やり、そしてコグに示されたフィオレを見てヒュイッ、と口笛を吹いた。

 

「こいつは偉い別嬪さんだな。セインガルドで有名な『隻眼の歌姫』によく似てる気がするが、俺に何か用かい?」

「似てるんじゃなくて「初めまして、お伺いしたいことがあります。最近、セインガルドから運ばれてきた巨大な積荷をご存知でしょうか」

 

 何か言いかけるコグの口を物理的に塞ぎ、事務的に尋ねる。彼は存外、素直に首肯した。

 

「ああ、知ってるよ。何でも神殿に奉納される神像だとか何とか。あんなにでかいものを国外から運び込むなんて、非効率なこと考えるねえ」

「──間違いないな」

 

 細かいことを根堀葉掘り聞き出し、カルビオラにある神殿へ運び込まれたことが断定される。

 神官服を着たフィリアもいたことで、彼の中では巡礼の旅の類だと思われたらしい。フィリアがそれを聞かれて、曖昧に言葉を濁していた。

 

「巡礼の旅か、なんかかい?」

「え、ええ、まあ。そんなところですわ」

「気をつけていきなよ。最近はこの辺も、あんまり治安はよくないからねえ」

「はい、ありがとうございます」

 

 首尾よく聞き込みを終えたかと思われた、次の瞬間。

 

「ありがとな、おっちゃん。それじゃあ──」

「ちょっと待て、あんたら。せっかく教えてやったのに、礼のひとつもでないのかい?」

 

 このまま誤魔化せるかと思っていたが、世の中そう甘くはないらしい。一同のほとんどがその図々しい物言いに眉をひそめ、子供たちが不安そうに両者の顔色を伺う中。

 フィオレはひとつ咳払いをした。

 

「それもそうですね。では、情報料として何をお望みですか?」

「隻眼の歌姫の生歌がいいな。俺は彼女のファンでね」

 

 ニヤニヤ笑っている辺り、どうやらわかってて言っているらしい。嘆息して、フィオレは応じることにした。

 

「ここで、ですか?」

「どこだって構わないぜ。慣れない気候で本調子じゃないなら、セインガルドに戻ってくれてもいい」

「そんな暇はありません。だそうですので、皆は報告と準備に回ってください」

 

 外套の中で背中に手を回し、シストルを取り出す。その傍ら一同に指示を出すも、一同はおろか子供たちすら動こうとしない。

 

「リオーン、行かないのか?」

「お前らこそ、足を動かさないか」

「意地張っちゃって。フィオレの歌を聴きたいんでしょ?」

「そういうルーティさんも、微動だにしていませんわ」

「フィリアもな。私は聴きたいから、構わないが」

 

 港の片隅で、二桁にわたる人間が固まったまま動かない。これではカルバレイスでなくとも、奇異の視線にさらされること請け合いだろう。

 時間の有効な使い方を諦めたフィオレは、手近な木箱に腰掛けた。

 

「リクエストはありますか? 三曲までなら応じます」

「なら、『海の蒼 空の青』と、『箒星』と……」

 

 どこぞの船長とは違い、ジェイクは本物であるらしい。フィオレの顔どころか、フィオレ自作曲のタイトルまですらすら挙げた。

 軽く調弦を済ませて、深呼吸を繰り返す。軽く眼を伏せて、フィオレは脳裏の旋律をなぞり始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 船旅での移動中、暇なときに嗜んでいたせいか。ろくな発声練習もしていないわりにミスもなかった『ジェイクへの礼』を終える。

 ジェイク、一同、子供たち以上に拍手が多かったのは聞かなかったことにして、フィオレは外套の中にシストルを仕舞った。

 

「──情報提供、ありがとうございました」

 

 腰掛けていた木箱から立ち上がり、再びジェイクに対して頭を下げる。

 拍手にかき消されてほとんど聞こえていなかっただろうが、その態度からフィオレが何を言ったのか悟ったのだろう。

 

「いやあ、久々に聴いたがよかった。記念にサインして……」

「お断りします」

「じゃあ握手を「嫌です」

 

 誰から頼まれても断ることにしているのだ。これ以上時間を割くつもりはない。そのまま立ち去ろうとして、フィオレはとあることを思い出した。

 

「そうだ。友人の剣の鞘を新調したいんです。『星屑の砂漠』以外で、他国人に優しく腕のいい武器屋をご存知ではありませんか?」

「あ、ああそうか。コグの案内で行ったんだな? あそこは輪にかけて地元贔屓だからな……よし。そういうことなら、俺が紹介してやるよ」

 

 約束を取り付けたところで、子供たちに重ねて礼を言う。

 バルックへの報告とカルビオラに向かうべく準備を代表でリオンに頼み、フィオレはフィリアを伴って一同と別れた。

 ジェイクの先導で、武器屋へ向かう矢先のこと。

 

「フィオレねーちゃん、頼みがあるんだ!!」

 

 ついてきたコグ少年が、何やら瞳をきらきらさせつつこんなことをほざいた。

 

「頼み?」

「うん。俺と握手して!」

 

 満面の笑みを浮かべて、両手を突き出され。フィオレはさっ、と両手を後ろ手にやった。

 

「……理由をお聞きしても?」

「ねーちゃんと握手した手でジェイクのおっちゃんと握手したら、ホウシュウくれるんだって!」

 

 子供に何を依頼しているんだ。

 コグを警戒しつつ、先導しながらちらちらこちらを伺うジェイクにくってかかろうとして、もにもにと手に柔らかい感触が走る。

 

「へっ?」

 

 ちらと見やったその先には。

 

「よしっ、ナイスだ、カリン!」

「えへへ、フィオレおねえちゃんの気を引いてくれてありがと、おにいちゃん」

 

 にこにこと無邪気な笑みを浮かべるカリンが、後ろに回したフィオレの手を思う存分撫でくり倒している。

 ふと、その笑みが消えて、少女は不思議そうにフィオレを見上げた。

 

「ねえ、おねえちゃん。ここだけがすごくカタイけど、どうしたの?」

 

 当たり前である。カリンが指すのは左手の甲──乳白色のレンズが張り付いたその場所だ。

 

「カタイ?」

「……裏拳用にちょっと仕込んでいるだけです。こんな風に、使うんですよっ!」

 

 早速とばかりカリンの手を握りにきたジェイクに裏拳を入れ、少女の手には水筒の中身をぶちまけ、きっちり拭う。

 ジェイクから報酬を貰い損ねてがっかりしている二人には先ほど渡す予定だった情報料の50ガルドを握らせ、悶絶するジェイクにおろおろしていたフィリアに、グミを渡すよう促して。

 すったもんだの挙句、無事クレメンテの鞘を手に入れた二人はバルック基金へと戻り、一同と無事に合流している。

 その時点ですでに日は落ちていたため、カルビオラへの出発は明け方へと延期された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





サイン拒否は、悪用防止と自分の名前の綴りをちょいちょい間違えるのを自覚しているので「自分の名前間違えてるダッセ」と言われたくないため。異世界出身だからしょうがないね。
握手を拒むのは、もちろん左手甲のレンズの存在を気取られないため。あと、たとえ片手であっても手が塞がった状態で見知らぬ他人との接触を嫌がる傾向にあります。咄嗟の対処ができないという理由。
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