ソーディアンってどうやって使ってるんだろう? 考察した結果が下記。
ラクダを使って砂漠横断中、正体不明の何かに襲われています。
かつての第二大陸、カルバレイスは熱帯性砂漠気候に属している。
フィオレは過去訪れた経験から知っていたが、火山を多く有していることもさながら、平均気温は高くて降水量が極端に少ない。
なるほど、地元の人間が「監獄島」などと呼ぶ理由もわかる。もとは特権階級であったかつての天上人たちも、ここへ移送された直後はひどく苦労したことだろう。
生活自体がそれなりに安定している現在とて、とても豊かには見えないのだから。
『……しかし、どことなく罪悪感を覚えんでもないのう』
「クレメンテ?」
新たな鞘に収められたものの、フィリアの熱烈な希望によりフィオレが作成した刺繍入りの肩紐で持ち運ばれるクレメンテは、ぼそりと呟いた。
『戦後処理の際、思いの他多かった天上方の捕虜たちを隔離することは、地上軍上層部……儂らが決定したことじゃ』
「ということは、ディムロスたちもご存知で?」
しかし、身体があれば当人はかぶりをふっていたことだろう。
『いや、我々はとある理由により、早期に凍結されたからな……唯一クレメンテだけは、再び目覚めた際当時の状況を知る者がいないのは困る、と言い張っていたが』
『年寄りの冷や水とかなんとか、散々言われてたけどねー』
『それはさておき、じゃ。当時は無用な争いを避けるため、良かれとして行ったことじゃが……まさか千年後、このような事態に陥っているとはのう』
「悔やむだけなら誰でもできます」
沈んだ声音を発するクレメンテに、フィオレはわざわざ冷たい一言を浴びせた。
念話を使わない会話につき、ソーディアンの声が聞こえる一同は非難の視線をフィオレに向けている。
「そんな言い方……」
「勝戦国と敗戦国の区分けをすることがそんなにいけないことですか? 戦争終了後じゃ、人材足りないわ、物資足りないわで捕虜を養う余裕なんかなかったでしょう。非があるのはあなた方が守った地上を引き継いだ人々だと思います。勝った側であることをいいことに、差別と迫害を何百年と重ねてしまったのですから」
『……なぐさめてくれとるのかの?』
「私は思ったことを言っているだけです『慰めが欲しけりゃご自身のマスターにお願いしてください』
妙に意外そうなクレメンテの声音が癪に障って、フィオレは砂を蹴るように足を踏み出した。
──そう。現在一同は、カルバレイス地方に広がる砂漠を横断中なのだ。
幸いなことに、この砂漠には日差しを凌げる大規模なオアシスが数箇所存在する。予定通り歩くことができるなら、日中の厳しい日差しを長時間耐えることも、夜中の厳しい寒さに耐えて行軍することも避けることができるのだ。
ただし、それができるのはよほどこの地を旅することに慣れた熟練者でしかないと、バルックは教えてくれた。
そのため、数頭のラクダで移動する乗合馬車が存在する。しかしこの乗合馬車は、地元民等と同乗しなければならないので、他国人が利用するとよくトラブルが起こるのだという。
さりとて、二頭立ての荷台を借りるのは他国人料金につき、かなり割高だ。
そこで、親が乗合馬車の元締めであるリョウ少年は、一同に秘策を授けてくれた。
「うわっ!」
先を行くスタンが、突如として悲鳴をあげる。すわ魔物の襲撃かと辺りを見回しても、そんな気配はない。
「スタン、如何しましたか?」
「こいつ、またヨダレを吐き出して……」
まつげが長く半開きの瞳に、ユーモラスな顔つき。
背中に瘤と一同の荷物を負うこの四足の生き物は、少人数で砂漠越えをする際、貸し出されるラクダである。
馬車は高いがラクダならそれほどかからず、数頭借りて大体のペース配分を考えれば、自分たちのペースでカルビオラにたどり着ける、と入れ知恵してくれたのだ。
本来他国人には適用されないサービスだがリョウ少年の口利きで、彼の父親は一同に三頭のラクダの貸与を認めてくれた。荷物を常に持ち歩かず済むし、いざとなれば二人一組のタンデムで移動が可能である。
更にラクダは常に同じルートを歩くため、カルビオラまで最短距離で誘導してくれる。
「あたしなんて口の中カラカラだってのに、よくツバなんか吐き出せるわね」
「無駄話をする余裕があるならまだまだいけるだろう」
少し前に水筒の水が切れた、と騒いだルーティがラクダの生理現象にまでケチをつけ始め、それにリオンが言わなくていいコメントを発する。
また騒ぎ始めた二人を投げ遣りに仲裁して、フィオレはふとルーティの腰に下がっているアトワイトへ眼をやった。
「そういえばルーティ、アトワイトで飲料水を抽出することはできないんですか?」
「へ?」
「ほら、大気中の水分を凝固させるとか、アイスニードルの応用で氷の塊を出すとか」
フィオレにとっては何気ない一言だったのだが、ルーティはしばらくポカンとした後で苦笑いを浮かべている。
「何言ってんの。ソーディアンにそんな、便利な機能ついてるわけ……」
「アトワイト。できないんですか?」
『可能よ。通常プログラムされている晶術をそのまま使うのではなく、アレンジして具現化できればね』
「やっぱり。前にディムロスの刀身にただ炎を宿す、という芸当をしてもらいましたから、やりようによっては……とは思っていましたが」
一人納得するフィオレではあったが、当人にとってはそれどころではない。
「何ですってぇ! どうしてそんな重要なこと黙ってたのよ!? それさえ知ってたら、こんな重たい水筒なんか、わざわざ買ったりしなかったのに……!」
『ソーディアンに頼りすぎるのはどうかと思うわ。それに、慣れないことして疲れた挙句、移動ができなければ皆に迷惑がかかるでしょう』
ドケチ根性を発揮するルーティに、マスターを思いやり尚且つ正論を放つアトワイト。勝者は比べるべくもない。
こんなやりとりは日常茶飯事なのか、それともこれがルーティたる所以か。彼女はすぐに気を取り直した。
「まあいいわ。やってみるから、やり方教えて」
『具体的なやり方はないわ。さっき言ったとおり、既存の晶術をアレンジするというマスターの技量がものを言うの。さ、頑張って』
「面倒くさいわね……」
歩きながらも試行錯誤を重ねているルーティだが、なかなか上手く事は運ばない。
ついに業を煮やした彼女は、何を思ったのかアトワイトをフィオレへ突き出した。
「ねえフィオレ。ちょっとアトワイト使って、晶術使って」
「……へ?」
「あたし、アトワイトを使いたての頃加減がわからなくて、アイスニードル使うつもりが氷の塊降らせたことがあるのよね」
つまり、フィオレにわざと晶術を失敗させて氷を手に入れるつもりか。果たして声が聞こえるというだけの、マスター以外の人間に晶術は発動可能なのか。
受け取ったアトワイトにそれを尋ねるも、彼女の返事はさばさばしたものだった。
『さあ……私も前のマスターとルーティにしか使われたことないから、わからないわ。いい実験になるし、何よりあの子が納得しないから、試してみましょう』
いいのかそんなんで、と内心思いつつ、フィオレもまた好奇心を刺激されている。
懐刀を持つように逆手で握って、おもむろに尋ねた。
「さて、それじゃあ晶術とはどのように発動させるものなのですか?」
『まずはソーディアンとの一体化よ。私を持つ手を意識して、ソーディアンを体の一部だと思って』
言われるままに柄を軽く握りなおし、意識的に力を抜く。
すると、どこかが繋がったような感触と共に、ソーディアンを持っているという感覚が消えた。直後、まるで流し込まれるかのように何らかの情報が脳裏をよぎる。
しかし、それは束の間のこと。記憶として留まるよりも早く、情報はあっという間に霧散している。
『フィオレ……あなた、本当に小器用ね』
『な、何のことですか?』
『思いのほか、すんなりと一体化したわ。今のあなたの視界を私も借りることができるのだけれど、とても筋がいいわよ』
ほめられてもあまり嬉しくない時は、なんと返したものか。
次なるアトワイトの指示はというと、これからプログラムされた晶術の起動を試みるため、彼女と共に詠唱しろ、とのこと。
なるほど、プログラムされた晶術の起動をソーディアン自身が行う辺り、個人の知性と意思を宿した意味が見え隠れしている。
おそらく晶術というのは、元祖とされた譜術と同じく複雑な代物なのだろう。
譜術は時代と共に簡略化されたが、晶術はソーディアンというデバイスを用いて発動しやすくさせたのだろう、と予想できた。
譜術は簡略化の結果、威力の減少に繋がったが、ソーディアンはひとつの人格が起動にのみ労力を注ぐため、実質は一人の人間が手間暇かけて発動させているようなものだ。威力低下はありえないだろう。
そして
『飛来せよ氷柱。我が敵を貫け』
「アイスニードル」
何となく仕組みを理解したフィオレが、アトワイトの詠唱に従って氷矢を出現させる。ところが。
「え!?」
何もない虚空に向かって放たれた氷柱は、砂の大地につき刺さって動きを停止する。
それだけならば、まったく問題なかったのだが……
「アトワイト、あんた新しい晶術でも思いついたの?」
『それにしてもこのような術、アトワイトに組み込まれていたかのう』
放たれた氷柱は家屋の柱ほどの大きさもあり、その十数本と通常ルーティの用いるものと明らかに格が違っていた。
「えーと……」
『ルーティ、望み通り氷が出たわよ。これを砕いて水筒に入れれば、水に不足しないと思うわ』
戸惑うフィオレを他所に、アトワイトは淡々とマスターに所望の品の出現を報告している。
「アトワイト?」
『昔のあなたと同じよ。加減ができなくて肥大化させちゃったんだわ。とはいえ、普通の氷と変わらないから水分補給に問題はないわよ』
彼女自身から何の問題もなかったことを告げられ、一同は嬉々として発生した氷柱を砕きにかかった。
リオンさえも参加する中、未だ水筒に余裕のあるフィオレは手の中のアトワイトを見下ろす。
『……ホントですか?』
【嘘は言っていないわ。最も、ソーディアンは資質のあるどの人間が使っても同じ効果を発揮するわけじゃない。持ち主の素養によっては、基礎の術でも威力は大幅に異なる……この辺りで察してくれると嬉しいわ】
ルーティに聴かれまいとして、だろう。アトワイトによる特殊通信に、フィオレは耳鳴りを我慢して頷いた。
そうして、氷を砕こうしてかとアイスピックはないかと道具袋を漁るルーティに、アトワイトを返そうとして。
足が動かなくなった。
「!」
ソーディアンを扱ったことによる疲弊ではない、砂漠横断による疲労でもない。
何かに足を捕まれたのだと察知した瞬間、フィオレは思わず持っていたアトワイトを足元に突き刺した。
砂を刺したような感覚はなく、確かな手ごたえが返ってくる。
『フィオレ、アトワイト、気をつけて。その辺になんか潜ってるよ!』
「今頃そんなこと言われても困ります」
シャルティエの警告に突っ込み、まずその場から離れようとして。深々と突き刺さったアトワイトの刀身を引き抜こうとしたそのときに、足元がおぼつかなくなる。
咄嗟に平衡感覚を取り戻そうとして、フィオレは自分の身体が軽くなるのを感じた。
否、軽くなるのとは違う。浮き上がった、が正しい。
「フィオレさん!」
叫ぶスタンの声が遠い。
それもそのはず、フィオレはアトワイトもろとも大空を舞っていた。
足を掴んだ何者かをアトワイトを刺して、それを振り払おうとする力が強すぎて吹き飛ばされた──そんなところだろう。
滞空中、飛ばされた勢いを利用して身体を捻り、無傷で着地する。思いの他吹き飛ばされたようで、柱ほどあった氷柱はアトワイトよりも小さく見えた。
【二人とも無事か!】
【私もフィオレも大丈夫よ。けれど、今のは一体……】
ソーディアン二名による会話の最中にも、フィオレの足を掴んだと思しき何者かは砂地から姿を現した。
「……また、面妖な」
フィオレが思わずそう呟いたのも、仕方がない。
全長は見上げても視界に収まりきらないほど──これまで相対してきたドラゴン達と遜色なく、造詣も同じものを思わせる程度。
それでありながら、手足らしいものはどこにもなく、まるで
鯰のヒゲを思わせるそれの片方の先端が千切れているということは、まさかあれでフィオレの足を掴んだというのだろうか。
『ク……ククク……ミ……ゾ、ホ……』
そして、
相変わらず、何かを言っているのはわかるが、意味がさっぱりわからない。そもそも、単語の切れ端しか聞こえない。
そういえば以前、シャルティエにあの謎の念話解読を依頼したところ、彼はあっさりとそれをやってのけた。念話を行うに当たって譜業で多少範囲を広げているとはいえ、人間の可聴音域とソーディアンの可聴音域はかなり違うようである。
アトワイトにそれを頼もうとして、しかしそれは彼女の警告によって遮られた。
『ぼやぼやしないで、くるわよ!』
そんなことは百も承知である。
何事かを喚きながら迫りくる砂竜からかなりの余裕をもって逃れ、フィオレはアトワイトを携えたまま抜刀した。
砂竜はそのまま地表を滑ることなく、吸い込まれるかのように地中へ潜り込んでいく。追って尾の辺りを斬りつけるも、見事に弾かれた。
鱗らしいものがないくせに、頑丈な皮膚である。
『アトワイト、あれが何を言っているのかわかりますか?』
『え? 「見つけたぞ、保持者」と言っていたような……』
保持者。またその単語が出てきた。
まさかフィオレが手の甲に宿している、このレンズの保持者と言っているのだろうか。特別に持ち歩かざるをえない代物などこれくらいだが、断定はしかねる。
それを言うなら紫電もそうだ。そして、フィオレがこの世界に招かれる前まで携帯していたものも、条件に当てはまる。
そんなことを思いながらも、フィオレは一同と合流するために移動を始めた。
しかし。
『来るわ!』
独特の地鳴りで気配を察知したフィオレと同じく、アトワイトの警告が脳裏に響く。
大急ぎでその場から離れると、真下から砂竜が大口を開いて姿を現した。
「ん?」
そこで、フィオレはとあることに気付いた。
砂竜の眼球があるべき場所に、それはない。顔の造りは竜なのだが、本来目があるべき場所は何もなく、はっきり言って不気味だった。
その代わりといってはなんだが、周囲をふんふんと嗅ぎまわるような真似をして、フィオレの位置を掴んでいる。
再び仕掛けられた突進を回避しながら今度は胴の一部を斬りつけるも、結果は同じだった。
「どうやら、私の武器では歯が立たないようですね」
現在は仕舞っている魔剣なら、まだ重さで殴るように攻撃できるかもしれないが、アトワイトの前でそれはためらわれる。
奥の手はいくつも用意しておくべきものだが、それは好きな時にいくらでも使っていいわけではない。
ならば。
紫電を鞘に収め、アトワイトを持ち替える。
「そなたが涙を流すとき群がりし愚者は、白に染め上げられし世界の果てを知る」
コアクリスタルに左手をかざし、瞬く間に集まった
「セルキーネス・インブレイズエンド!」
肉眼で確認できるほどの冷気が集結したかと思うと、周囲一体が凍りつく。
本来対象を氷漬けにし、そのまま氷塊の杭で串刺しにする術がこのような効果を発揮したということは、術に囚われるよりも早く地中へ逃げたのだろう。
今度こそ、とフィオレが再び集中を始めた、そのとき。
『……他には何が使えるの?』
「アトワイト?」
『シャルティエやディムロスから、聞いたのだけれど。その気になれば、あなたは……晶術に類似した技を使えると聞いているわ』
「何が使えるって」
『え?』
「何が使えるって、聞いたんですか」
集中を乱された不快さを隠そうとしないまま、フィオレは投げ遣りに聞き返した。
なぜか答えようとしないアトワイトに対し、不審に思いつつも言葉を続ける。
「ドラゴンを負傷させる程度のもの……おそらくあなたは、高出力の雷や立ち上る炎柱を私が発生させたと聞いたのだと思います。違いますか?」
『そ……その通りよ』
「そんなもの、熱砂の中に住んでるような生き物に効くと思いますか?」
『いいえ』
「それが答えです」
そこまで答えて、ふと先ほどの質問を思い出す。
何が使える、というのはフィオレが使って見せた属性について尋ねたのだが、アトワイトは『晶術に類似した技』について揶揄されたとでも思ったのだろうか。そうでなければ、あそこで黙り込んだ理由などない。
言葉足らずで誤解させてしまったのかどうかを確認しようとフィオレが口を開こうとしたところで、アトワイトの言葉に寸止めされた。
『そうね……砂地に生息するような生き物なら、水属性の晶術が有効と考えるべきだわ。フィオレ、あなたの手品ではなくて私を使うつもりはない?』
「提案自体は喜んで受け入れますが、あなたは治癒や補助メインのソーディアンであって、攻性晶術は不得手なのでは?」
『確かに、かの天地戦争で私に望まれた役割はそれだったわ。敵地に乗り込んだ際は皆の負傷も激しくて、攻撃に参加する余裕なんかなかった。それでも、皆無ではないの。ルーティにはまだ扱えないけれど、あなたなら発動できるかもしれない』
ソーディアンの晶術発動に関する、マスターの条件を激しく聞きたい。
そんな思いに駆られながら、フィオレは承諾を示した。
やがて砂煙が発生し、再び蚯蚓じみたドラゴンが姿を現す。しかし全長のほとんどが砂地に潜ったままだ。一度は全長を見せたというのに、それは何故か。
その理由を考えついた直後、フィオレは集中するのをやめて全力でその場から飛びのいた。
『フィオレ!?』
「いくらなんでも、熱砂に埋められたら問答無用で死にます」
それまでフィオレが立っていた場所から、砂竜の尾が勢いよく飛び出す。
顔の部分だけ地表に出し、それで気を引きつつフィオレの位置を探り出して、尾で捕らえる腹か。
見かけによらず、なかなか頭の回る生き物である。
『チィ……! チョ……マカト』
『「ちぃ、ちょこまかと」だそうよ』
「それが人間の利点ですから」
軽口を叩きながらも、事態の進展にフィオレは頭を悩ませた。
アトワイトを使うには意識的に集中する必要がある。それにはしばらく無防備にならざるをえない。そうするには、相手の隙を作る必要がある。
隙を作るとなると、目潰しが一番効果的だが。どうやら相手の視力は退化しているか、あるいは初めから視覚を備えていないようだ。
ならば視覚に代わる、相手の優れた器官を直接攻撃する必要があるのだが……
妙案を思いついたフィオレは、すぐさま実行に移した。
『フィオレ、何をしてるの!? 一旦逃げて、皆と合流したほうが……!』
「どうしても勝機を見出せなければ、その案を採用します」
逃げるどころか砂竜の顔と胴体の一部が生えている地点へ駆け寄りつつ、尾の追跡を避けていく。
巨大な顔が眼前に迫ったところで、隠し持っていたあるものを取り出した。
チェリクを出る際、その珍しさからぼったくりだとわかっていても購入した──ドリアン。
熟れたそれを食べようとすれば独特の臭気で涙すら出ると知ったフィオレは、好奇心から非常事態の水分補給、という名目で一番熟れていないものを選んできたのである。
それでもフィオレの知識が正しければ、今の時点でも中身を取り出せばとんでもない臭気が発生するはず。そして、いくら固い棘に覆われているといっても所詮は果物。
砂地の高速移動に耐える竜の皮膚より固いわけがない。
「それ!」
思い切り振りかぶり、投げつけた。棒手裏剣のような適度な重さもない、加えて投げにくいドリアンは放物線を描いてドラゴンへと迫る。
本当は激突の勢いで割るような形にしたかったのだが、憂う必要はなかった。
なぜなら砂竜は、眼前に舞ったそれを邪魔だといわんばかりに、髭らしきもので打ち払ったからである。
鞭のようにしなったそれに耐えられるわけもなく、ドリアンはまっぷたつどころか四散した。
『ギャアッ!』
どうでもいいが、悲鳴がはっきり聞こえるのは意味を成さない音だからなのだろうか。原型を留めない元ドリアンは、しっかりとドラゴンの顔にかかっている。
投げつけた時点でそれなりに距離を取ったフィオレの鼻にもその臭いが届いているということは、浴びたあちらは鋭敏な嗅覚が災いして、さぞや大変なことだろう。
もはやフィオレのことなど忘れたかのように、全長を砂丘へ投げ出して七転八倒する砂竜の動きに注意しながらも、フィオレはアトワイトを構えた。
『あなた、ドリアンなんてどこに隠し持ってたの!?』
「細かいことは気にしない」
手放した際、自動的に切り離されていたアトワイトとの一体化を試みる。
アトワイトというソーディアンを持っている感覚が消え、それを確認した彼女の詠唱が脳裏に響いた。
『祈りを捧げるは母なる海。地上の災禍を嘆き悲しみ、その涙はすべてを押し流す』
精神力の使用、と称するが正解か。アトワイトのコアクリスタルが鮮やかに輝けば輝くほど、気力がごっそり取られるような感覚に陥る。
その脱力感に耐えながら、フィオレは最後の一文を詠唱しきった。
「タイダル、ウェイブ!」
唱え終えた途端、周囲が蒼一色に染まる。かすかに聞こえた潮騒は直後耳元で聞こえ、穏やかだったはずの波は一瞬にして白い牙を剥いた。
未だに嗅覚への刺激でのた打ち回る砂竜に、発生した津波形の衝撃が余すところなく直撃する。
その一撃だけで、決着はついた。もともと水とは無関係な生態だったのだろう。津波の飛沫に触れただけで、砂竜の皮膚はただれたような状態になっていた。
それが津波サイズで押しつぶされるようになったのだから、たまらない。
砂竜の巨大、否、長大な体躯が直視に耐えない状態となって絶命した。
ルーティが狂喜乱舞しそうな大量のレンズが出現するその様を眺めつつ、座り込む。
『やったわね……』
「そですね」
『久々に使ったけれど……』
云々かんぬん何かを抜かすアトワイトの声など適当に流して、フィオレは力なくその場で横になった。
けだるさを少しでも緩和させるため無意識に行ったことだったが、きつい日差しにも関わらず睡魔の誘惑が迫りくる。
ころころと転がってきた何かを手にしたまま、フィオレはあっさりと、その誘惑に身を委ねた。
「きゃー! 何このレンズの山! いっただきぃ!」
「……うるせー」