swordian saga   作:佐谷莢

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 カルバレイス、オアシスで休憩の回。
 スタンといちゃこらして、リオンと密談して。
 




第五十夜——束の間の休息~かと思いきや。重大事実、発覚

 

 

 

 

 

 

 

 

 一同との合流時。ルーティの歓喜に満ちた甲高い歓声で眼を醒ましたフィオレだったが、彼女にアトワイトを返しても気怠さは消えなかった。

 おそらく、マスターではない人間がソーディアンを使ったことにより、極度に疲弊したのだろうとクレメンテが見解を示している。

 これ以上時間の浪費をするわけにはいかなかった一同は、体調不良中のフィオレをラクダに乗せて、一路オアシスを目指した。

 ラクダの背に揺られて睡眠を取った彼女は、目的地についたその時はすっかり英気を養っていたが、それまで行軍していた他五人はたまったものではない。

 緑溢れる広大なオアシスを見るなり、気が抜けたように座り込んでしまったルーティに、リオンの嫌味が引き金でまた騒ぎを起こす──ことはなかった。

 体格からしてあまり体力に恵まれていない彼もまた、嫌味を吐く余裕がなかったと思われる。

 力なく座り込むルーティをラクダに押し上げ、一同を誘導しつつもフィオレはそう解釈した。

 

「フィオレ、もう、大丈夫なのか?」

「ええ、おかげさまで」

 

 普段から無口なのは知っていたが、小麦色の肌に似合わず暑気が苦手らしいマリーと言葉少なに言葉を交わし、オアシスに踏み入っていく。

 泉のほとりに建っていた無人の休憩所で一同がくたばっている間に、フィオレはラクダ三頭の世話に取り掛かった。

 泉まで引いて水を飲ませ、その間に餌を詰めた袋を首にくくりつける。満足したラクダが、地面に首の袋を押し付けるようにして餌を食べ始めた。

 一同から徴収した水筒の中身を汲みかえて休憩所へ戻り、水筒を配ってから再び休憩所を出る。

 一心不乱に餌袋に首を突っ込むラクダを休憩所の隣にある厩舎へ入れ、フィオレはおもむろに外套を脱いだ。

 

「……ふいー」

 

 何を隠そう、外套の下は年を考えない、ルーティ並みの軽装備である。

 サラシとそう変わらないチューブトップ──腹部はむきだし──と、太腿丸出しのホットパンツ。

 通気性が抜群なかわりに青少年への悪影響は強そうだ。何せ、同性にも騒がれるほどのものなのだから。

 そして極めつけに、砂色の外套には耐暑用の譜陣を刺してある。第六音素(シックスフォニム)、光を動力源に第四音素(フォースフォニム)、冷気へ変換し発生させる代物だ。再びカルビオラへ行く、とわかった時点で準備していたものである。

 作製に必須である砂状の譜石は、砕いてすり潰したレンズで代用できた。フランブレイブの聖域へ行く前に何故気づけなかったのかと、己の未熟を責めるしかできない。

 ばさばさと外套をふるって、付着していた砂を払い落とす。編み上げの長靴(ブーツ)を脱いで隙間から入り込んでいた砂を落とすと、そのまま素足を泉に浸けた。

 むくみかけていた足を入念に解して、軽く足をばたつかせる。指の間をすり抜ける水の感触が心地よくて、フィオレは知らず息をついた。

 キャスケットを外してひさしについていた砂を払い、中に押し込んでおいた髪を取り出した。

 帽子で保護していたために砂こそついていないが、適当にまとめたせいかひどくよれよれになっている。櫛を取り出して丹念に梳いていると、休憩所の扉が開く音がした。

 ちらりと見やれば、そこには疲労の色濃いスタンが立っている。

 こちらを見て驚いたように顔を赤くしていることに気付いて、そういえば外套を脱いだままだったことを思い出した。

 

「もう少し休んでいても、リオンは怒らないと思いますよ」

「あ……ええと、フィオレさんがいないな、と思って」

 

 つまりそれは、休憩が必要なくなって手持ち無沙汰になったから出てきたというわけだろうか。梳いた髪をまとめて、今度はきちんとひとつに束ねる。

 生い茂った木々で殺人的な日差しは柔らかな木漏れ日と化しており、少々肌をさらしていても問題はないはずだった。しかし、今はスタンの目がある。フィオレが片手間に外套を羽織ると、彼は少々ホッとしたようにそらしていた視線を戻してきた。

 

「これからどうするんですか?」

「昨夜お話した通り、これから夕方まで小休憩ですね。ここから次のオアシスまでの距離は比較的短いから、二人一組でラクダに乗って凍えないよう注意して進むと……だから、しっかり休んだほうがいいですよ」

「ラクダかー……俺、乗ったことないんですよね。羊ならあるんですけど」

「それはそれで貴重な経験だと思います。ただ、応用としてラクダは無理そうですけどね」

 

 一応それは、事前のリサーチで組み合わせを考えてある。

 とりあえず騎手は乗馬経験のあるリオン、フィオレ、ルーティあるいはマリーだ。後はラクダの負担にならないよう、体重が偏らないようにして相乗りすればいい。

 更に、相乗りをしても騒ぎを引き起こさないような組み合わせを考える必要がある。余計ないさかいを起こしてラクダを脅えさせないためだ。

 それら要素を考えていくと。

 

「多分スタンは、私と一緒に乗ることになると思います」

 

 全体にかかる負担を考えれば、ベストなのはスタンかフィリア、どちらかが騎手を務めることである。しかし、二人とも乗馬経験がないのだからしょうがない。

 あるいはリオン、ルーティ、マリーに騎手をやってもらうとしたら、ルーティの後ろに乗るのは必然的に一行の中で最も体重のあるスタンだ。

 日頃から八割がたルーティの口火でじゃれあいの多い二人である。内容はただのじゃれあいでも、傍目から喧嘩しているように見えるほど強烈なじゃれあいでは、ラクダを誤解させかねない。

 

「私もあんまり得意ではありませんし、乗るのがラクダじゃきっと勝手が違うと思います。乗り物酔いするかもしれませんから、覚悟しといたほうがいいですよ」

「そうですか? さっきは全然、そんな感じじゃなかったような……」

「そりゃ引っ張られていたからですよ。牽引されているのと騎乗して操るのは大分違います」

 

 ぐだぐだと、どうでもいい会話を交わしながらふと、浸した足に触れるものを見る。

 透明度の高い泉の中、生息していたであろう魚がフィオレの足をツンツンとつついていた。

 少し足を動かせばすぐに逃げていくものの、少し眼を凝らせば似たような種類の魚が幾匹も泳いでいる。

 これを逃す手はない。

 

「スタン、お腹空いてませんか?」

「え? 空いてないこともないですけど」

「保存食だけじゃ味気ないですし、私はお腹が空きました。あれを釣りましょう」

 

 梳いたばかりの髪を数本抜き、それらを編んで釣り糸の強度を確保。携帯用道具袋を探り、手入れしていないせいで錆びが浮いている釣り針を取り出す。

 手近な岩をひっくり返して名前もわからない虫を釣り針に突き刺し、それを即席の釣り糸に結び付け、更に重りをくくりつけて泉へ放り投げた。

 

「て、手馴れてますね……」

「それはどうも」

 

 淑女の嗜み、とは言わない。これは旅人の嗜みであるはずだ。立ち上がり、フィオレは水中の魚の動きを見ながらくいくいと釣り糸を動かしている。そんなスタンの感想に、フィオレは生返事をせざるをえなかった。

 ただの虫が落ちてきたかのように蠢く釣り針に、一匹の魚がばくりと食いつく。

 そのまま引こうとしたフィオレをスタンが制止した。

 

「フィオレさん、まだ駄目です。釣り針を飲み込んでからでないと」

「でも、それだと虫が魚の中に収まってしまいますよ」

「内臓はあきらめましょうよ。それで逃げられて警戒心持たれたら、釣れなくなりますよ?」

 

 流石田舎育ちである。気を取り直したように立ち上がったスタンは、魚の様子をじっと見詰めてから唐突にフィオレへ合図をした。

 

「今!」

 

 釣り糸を手繰り寄せれば、しっかりとした手ごたえが返ってくる。

 暴れる魚を力づくで引き寄せて釣り上げれば、普段何を食べているのか。まるまる太った一匹の魚が元気よく身をくねらせていた。

 髪の強度を確かめ、時に数本足しながら六匹ほど釣り上げる。泉の傍で焚き火を熾し、適当に捌いてから串刺しにして塩をすり込んだ魚を焼いていると、その匂いにつられてか、休憩所にいた面々が次々とやってきた。

 そのまま早めの夕餉を摂った一同は、落陽を眺めながらラクダに乗り込み、オアシスを後にしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼間とは一転、極寒の砂丘を越えてカルビオラ寄りのオアシスにたどり着いたのは、深夜のことだった。

 オアシスに設置された休憩所は地元の人間が管理しており、使うことはできない。ラクダだけは預かってくれるというので厩舎に入れ、水場付近で熾した焚き火に見張りを立て、各々休む。

 乗りなれないラクダでの移動で昼以上に疲れたのだろう、休む一同は早々と寝息を立てていた。

 唐突に、むっくりと起き上がったフィオレを心なしか眠そうな目で見やったのは、焚き火番兼見張りのリオンである。

 

「なんだ。まだ交代の時間じゃないぞ」

「知ってます。別件で、ちょっとお話が」

 

 寝起きとは思えぬ機敏さで立ち上がったかと思うと、フィオレは無造作に薪代わりの枝切れを焚き火に放り込んだ。そして、リオンに手招きをして焚き火から離れていく。

 しばし戸惑っていたリオンだったが、やがてシャルティエを携えて立ち上がった。

 もしものことを考えてなのか。耳を澄ませるだけでは絶対に会話を聞き取れないであろう距離でありながら、一同の安否を気遣えるようフィオレは彼らの姿をじっと見つめている。

 藍色の瞳からは、普段通り何の意図も読み取れない。

 

「何の用だ」

「あなたは、本当にルーティのことを知らないんですか」

『!』

 

 質問を投げかけた瞬間、リオンの腰に提げられたシャルティエが息を呑む様がはっきりと聞こえた。

 当の本人はといえば、いぶかしげにしていた雰囲気を消すに留まっている。

 

「……何の、ことだ」

「とぼけるのはご自由ですが、それでは白状しているようなものですよ。エミリオ」

 

 しれっ、と追い討ちをかければ、彼は今度こそ固まった。紫闇の瞳には動揺が走り、月光で垣間見える表情はわかり安すぎるくらい強張っている。

 しかし、それも束の間。

 彼は瞳から動揺を追いやって、警戒もあらわにシャルティエの柄に手をやった。

 

『坊ちゃん!?』

「どこで、それを知った」

「ヒューゴ・ジルクリスト本人ならびにクリス・カトレットの遺品から……と、お答えするのが正しいでしょうね」

「!」

 

 話はこの任務どころか、ソーディアンの護衛を引き受けるより以前へさかのぼる。

 酔いつぶれたヒューゴ氏が呟いた三つの名を忘れかけた頃、フィオレは私室の事務机から一冊の日記を発見した。

 ご丁寧に記入されていたのは、「クリス・カトレット」なる人物名である。

 もともと事務机ならびに私室の持ち主だったのだろうかと、フィオレは軽い気持ちで鍵のかかったそれを開いた。

 日記帳における最初の頁は、生活こそ豊かなものではないが優しい夫に我侭を言いまくり、幸せな新婚生活にノロケまくる新妻の思いで埋め尽くされている。あまりの不愉快さに、一度は読むのを断念したくらいだ。

 しかし、後半になっていくにつれてそんな雰囲気は瓦解していく。

 娘に恵まれてしばらくのこと。夫の様子が急変していく様子が事細かに綴られていた。

 その詳細こそ、戸惑い流される妻の視点でしかないためにまったく参考にはならなかったが、決定的な一言が日記には記されている。

 

『弱いお母さんを許して。お父さんから護ってあげられない私を、あなたを孤児院へ預ける私を許して。ありし日のあの人が見つけてきた剣、アトワイト。どうか私の娘を、ルーティを守って……!』

 

『生まれてくるのはエミリィかしら、エミリオかしら。どうかあの人が、あんな恐ろしいことを言い出しませんように。この子の顔を見て、以前のあの人に戻ってくれるなら……私は何も、いらないのに』

 

 日記帳の持ち主の名、この中に記された、彼女の子供たちの名。

 ヒューゴ氏の口にしたその三名の名を持つのが誰なのかは、完全に判明した。

 ルーティ・カトレットはクリス・カトレットならびにヒューゴ・ジルクリストの実子であること。

 リオンの本名はエミリオといい、彼は正真正銘ルーティの実弟であろうことを。

 前者はともかくとして、後者は日付から逆算しての推測だった。リオンが他人の空似である可能性がなかったわけではない。

 それ故、本人にカマをかけてみたのだが──結果は上々といったところか。

 一方でリオンは、抜刀こそしないものの警戒心をあらわにフィオレに問い質した。

 

「……それを僕に聞いてどうするつもりだ」

「別に何も。自分の持つ情報がどこまで正しいのか、知りたかったんです」

 

 チリチリと、空気が震える。

 そこはかとない緊張感をむしろ楽しみながら、フィオレは小さく咳払いをした。

 

「それを確認するのに人払いをしたことで、今後の私の出方は察してください」

「……勝手にすればいい。ただし、任務に差し支えるような行動は控えろ。貴様の上司として命令する」

「仰せのままに」

 

 話はそれで終わりだと、態度で示すかのように。フィオレはすたすたとリオンの脇を過ぎて、一同のもとへ歩んでいく。

 ──無駄だと分かっている。間違いなく通用しない。それでも。

 その無防備に見える背中に、リオンは気配を殺して斬りつけた。

 

「ああ、そうだ」

「!」

 

 鋼と鋼が噛み合い、音高く空気は震えた。

 抜く手も見せず、フィオレは懐刀でシャルティエを受けている。

 フィオレは左手でごそごそと懐を探った。やがて、目当てのものを見つけたらしい。左の手を軽く柄に当てたフィオレは大きく踏み込んでリオンとの間合いを詰めた。

 鍔競り合うような対峙になったところで、フィオレは短刀を手放してリオンの手首を掴んだ。

 漆黒の刃が砂丘に転がる頃、手首をひねられたリオンもまたシャルティエを取り落としている。その手が半分開いている間に、フィオレは持っていた何かをリオンに押し付けた。

 

「あげます。敵を作りやすいあなたが少しでも生き延びることができるよう、祈っていますよ」

 

 無理やりそれをリオンに握らせて、短刀を拾い上げる。

 そのまま今度こそ、その場を後にしたフィオレの背中を眺めながら、リオンは当惑したまま手の中のものを見下ろした。

 ひとつの石から荒く削りだしたような、かろうじて人型とわかる代物──リバースドールである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





砂竜が落としたリバースドールは、リオンにあげる、と。
ヒューゴさんが呟いていたのは、「セインガルド建国記念式典~称号取得「隻眼の歌姫」~きな臭いきざし」の回ですね。
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