「どぅるんがー」は原作準拠です。(PS版)
ここで仲間達と、ひと悶着が発生します。
街中の宿屋にて、一斉に午睡を取った一同は夜が更けるのをひたすらに待った。
酷暑対策をしていたフィオレは酷寒対策にと、外套の下に通常の制服をまとっている。これで、手をかじかませることなく戦えるというものだ。
やがて夕陽は闇を呼び、夕闇は夜を手繰り寄せる。
昼間うっすらと現われていた月が朧な光を放っているのを見て、フィオレは深々とため息をついた。
『あなたは月だわ。太陽に恋焦がれながら、それでも周囲は闇ばかり。暗黒を晴らすことは叶わず、いつまでも自分だけが輝いたまま』
いくら見知らぬ他人の吹いた出鱈目だと自分に言い聞かせても、この言葉が脳裏から離れない。何せ身に覚えがあるのだから。
周囲の闇を晴らすことができない、つまり誰も変えることができないという点に関して、フィオレは月だ。
愛した人がその人らしさを貫く、その様を変えることができずに看過した。ただ変わっていっただけなら全力でそれを止めに走り、そして最悪の事態を回避するべく、なりふり構うことなく動けただろう。
だが、行く道が開けば開くほど、その人らしいと感じずにはおれない行程を、彼の人は歩んだ。
自分が惚れたその人柄を、世界のために目的のために。そして自分のために変えることを、フィオレは無意識に拒んでいた。
月の光は太陽の光を反射して放たれるもの。けして月が、自力で光を放っているわけではない。
フィオレが月だとすれば、愛したのは太陽だ。その太陽に、昼が真っ暗になることを承知で夜昇ってほしいなどと、頼むことはできない。
目的を思うのなら、なりふりなど構うべきではなかったのに。その人らしさと目的は、天秤にかけてはいけなかったのに。秤はいつも、均等の位置を保っていた。
今更悔やんだところでどうしようもないことは百も承知だ。
それでも、滅多に振り返ることはなかったこれまでの道に想いを馳せつつ、宿屋へと戻る。
すると、思いもかけない事態がフィオレを待っていた。
「どこをほっつき歩いていたんだ。もう出るぞ」
出迎えの言葉は、不機嫌な上司の一言である。
しかしフィオレは、違う事柄に気を取られてほとんど反応していなかった。
「な……」
「フィオレさん、どうかなさいましたか?」
「スタンが、起きてる。出かける前は確かに寝てたから、後二時間は待機だと思ってたのに……!」
リオンなどは「何をくだらない」と言い出さんばかりだが、フィオレにとっては衝撃の事態である。
まさか一同が午睡を取っている間に、贋者を入れ替わったのではと馬鹿げたことを勘ぐっていた、その時。
『ああ。確かに天変地異の前触れかと、疑いたくもなるだろう』
彼の腰に下がる剣を見やって、目が覚める。
ディムロスがこう言うのならば、目の前のスタンは本物で、よほどのことがあったから起きているのだろう。
「いったいどうやって起こしたんですか?」
『リオンの電撃だ』
こんな風に聞くと、まるでリオンが電撃を放ったかのように感じるから不思議だ。
つまるところ、
確かあの
「眼を醒まさなかったから起こしたまでだ。何の問題がある」
「いいえ何も。それでは参りましょうか」
一度宿を出る前から、すでに準備はしてある。寝静まっている宿の中、ひっそりと夜の街へと繰り出す。
一部の酒場で馬鹿騒ぎをしているのを除き、街の中は静かだった。
まるで生きているのは一同だけであるような、そんな錯覚を思わせる。
「ところで気になってたんだけど。どうやって入るわけ?」
「それならお前の出番だろう」
「は?」
尋ねたつもりが自分の出番になっている。話の見えないルーティが首を傾げたその時、謎は解けた。
「鍵開けのひとつやふたつ、やってみせろ。それでも悪質レンズハンターくずれか」
「……あんた……絶対あたしを馬鹿にしてるでしょ……!」
とんでもない暴言に、もちろんルーティは怒りの炎をメラメラと燃え立たせている。
しかし、相棒たるマリーの一言によって炎は瞬く間に鎮火された。
「そうだぞ、リオン。ルーティは詐欺やぼったくり、ゆすりたかりや言いがかりをつけたことはあるが、空き巣なんかしたことはない。精々遺跡に潜り込んで、宝箱の鍵をこじ開けるのが精一杯だ」
『そうね。古い宝箱の鍵と扉の鍵では、勝手が違うと思うわ』
「ルーティの知られざる罪状追加は置いといてですね。その辺についてはすでに解決済みです。行きましょう」
不思議そうに顔を見合わせる一行を引きつれ、フィオレは事前に確認しておいた神殿の裏口へと足を運んだ。
「ここは……神殿の裏口?」
「はい。明るいうちに確認しておきました。ついでに、通行手段もね」
その言葉に、何を勘違いしたのか。スタンは意気揚々と扉に手をかけた。そして、開かぬ扉に気付く。
「あれ? 開きませんよ」
「施錠されているんでしょうね」
扉の前に座り込み、鍵穴に針金を押し込む。
暗い中手探りだけで知らない鍵を開けるのは至難の技だが、明るいうちに鍵穴を調べ、あまつさえ一度開錠を試みたフィオレには造作もない。
小さく何かが引っかかる音、確かな手ごたえを覚えたフィオレは素早く針金を抜き取った。そして、実にあっさりと扉を開ける。
『って、フィオレそれ、犯罪だよ!? なんでそんな、あっさりと……』
「何言ってるんですか。神殿に忍び込むことも不法侵入という立派な犯罪ですよ」
おそらくどころか、きっと難なく開けてみせたことに問題があるのだろう。
一同は揃って同じ表情をしていた。驚きと、そして一抹の疑いを。
「えっと、フィオレ。真面目な話、なんでそんなことできるの?」
「できるような気がしたからやってみたら、意外にあっさりと。犯罪者だったんですかねえ」
その言葉に、以前フィオレが記憶を失っているという与太話を思い出したのか。それ以上問い詰められることはなかった。
代わり。
『本当に小器用な女だな……』
「お褒め頂き光栄です」
ディムロスの感想に冗談めかしてそう答え、蝶番が鳴らないよう慎重に扉を開く。もちろん神殿内は暗く、明かりなしには歩行も難しいほど闇が立ち込めていた。
これは流石に難しいかと、フィオレが明かりを準備しようとした、そのとき。
「!」
前方から、足音が聞こえる。神殿の床を踏む、硬質で規則正しい音が、ふたつ。
フィオレは迷わず扉を閉めた。
「へ、どうしたんで……」
「シッ!」
フィオレの不審な行動に、声を出したスタンの口を物理的に塞ぐ。彼の唇がダイレクトに触れるが、そんなものに気遣う余裕などない。
やがて、扉一枚隔てた先の会話が聞こえた。
「今、扉が開いていなかったか?」
「確かめてみよう」
スタンの口から手を撤収し、全力で扉を押さえる。会話を聞いていたらしいリオンとマリーが加勢し、裏口は無事開かずの扉と化した。
「なんだ。気のせいか」
思いの他さっくり戻った二人の様子を、扉の隙間からこっそり伺う。
昼間フィリアの応対をしていた、赤と青の神官服をまとい、明かりを携えた僧兵か何かだと思っていたのだが……
ここで見逃してはまずいと、眼帯を取り払う。常備によって暗さに慣れていた緋色の眼は、はっきりと見た。
一切の明かりを持たず平然と歩く、二人の背中のシルエットを。
警備の人間だから夜目が利くとか、住居ですらある神殿の中だから目を瞑ってでも歩けるのだとか、そういう修行なのだとか、馬鹿げた理由付けが浮かんで消える。
おそらくあれは──
「ここの人間、もう人じゃなくなってるのかもしれませんね」
「え?」
ぼそりと呟かれた言葉を、聞き漏らさずに反応したのはフィリアだった。しかし、それに構うことなく今度こそ扉を開く。
そのままフィオレは歩き出した。
「行きましょう。私が先導します」
「って、こんなに暗くちゃ道わかんないでしょ? それに、どこをどう行けばいいか……」
「そこはそれ。しらみつぶしに探っていきましょう。幸いそこまで大きな神殿ではありませんし、案外大聖堂に秘密の地下通路があるかもしれませんよ」
ちらりと一同を伺い、何の反応もないことに安心して歩き始める。眼帯を外したために、視界はすこぶる快調だった。
昼間と同程度、といえば誇張だが、それでも物体の輪郭くらいはくっきりと見える。
「止まります」
その一言で、一斉に足音がやんだ。小さな、それでも全員に届くよう通る声で囁く。
「ここから先は右手の壁に手を当てて進んでください。五歩くらい歩くと通路が狭くなります。更に進むと分かれ道になるので、壁に手を当てたまま進んでください」
「わかりましたわ……」
歩き始めて、全員分の足音を確認してそのまま進んだ。すると。
一同の足音とは違う靴音が聞こえる。
目をこらせば、先ほど裏口を確認しにきたであろう二人組が歩いているのが見えた。二人組は一同に気付くことなく、左手の通路へと消えていく。
「ね、フィオレ。この壁触ったまま進めばいいの?」
「いえ。壁から手を離して、真っ直ぐ進むと壁があります。その壁を触って、左に進んでください。柱に触ったら降りる階段があるので、注意してくださいね」
ちらちらと一同を見やり、手探り状態で全員が間違いなく来るのを確認してから一人、階段を下りる。
そこは、淡い光がぽつんと灯る地下牢だった。
どうして神殿に牢屋が、と疑問に思う暇もなく、牢屋の奥から何らかの会話が聞こえる。
とにかく、少量とはいえ光のあるこの状況に警戒して眼帯をつけ、その会話を聞き取ろうと耳を澄ませたところで。
「うわ、ったっ!」
ごてん、と妙な音がする。どうやら階段を踏み外したらしい。声の質からして犯人はスタンだ。
この音と悲鳴にも気付けぬほど、二人組はマヌケではなかった。
「誰だ!」
野太い誰何をあげて、地下牢の入り口に殺到する。彼らがまず目にするのは、無様に転んだスタンではなく先行しているフィオレだ。
ここで騒がれるわけにはいかない。
「あ、ここは少し明るい……」
「烈破掌!」
駆けてきた二人が顔を出した瞬間、圧縮した闘気を開放することでまとめて吹き飛ばす。その間に、フィオレは紫電を抜き放った。
「気付かれたか……仕方があるまい」
「ったく、面倒かけさせないでよね」
フィオレの挙動で事態を知ったか、抜刀の音が次々と響く。
しかし、全部で五つあるはずのその音は、三回で止まった。
「……?」
「ちょっとスタン、フィリア。何ボケッとしてるの」
まともに吹き飛ばされて、壁に叩きつけられたために一度は倒れ伏すものの、二人は呻きながら起き上がる。
その様を視界に収めたまま見やれば、両者は武器を構えることなく呆然と、フィオレが対峙する相手を見つめた。
「え……人間、だよな。しかも丸腰の……」
「どうして問答無用で攻撃なさったのです? 野蛮ではありませんか!」
「私はもともと野蛮な人間ですよ。そして多分、あれは普通の人間ではありません」
地面に転がされた際の埃を払い、二人は完全に立ち上がった。そして、いきなり吼える。
「どぅるんがー! よくもやってくれたな。怪しい奴、死ね!」
その、奇っ怪な咆哮が上がった途端。二人は猛然と、まるで獣のように飛びかかってきた。
眼は爛々と輝き、大きく開いた口からは舌と唾液が零れている。おそらく奇妙に発達した犬歯のせいで閉じきれないのだろう。
振り上げ、鉤爪のような形になった指の先からは、鋭く尖った本物の爪が見えた。
「獅子戦吼!」
明らかな速度は上昇されているが、所詮はただの突進。
先ほどと同じように吹き飛ばせば、高々と宙を飛んでいた彼らに耐える術はなく、今度は壁に全身を打ち付けていた。
「やっぱり……レンズを飲んだようですね」
「何?」
「魔物は基本、レンズを取り込んだ動植物という認識がされています。知識の塔で保管されていた文献の中に、人間がレンズを摂ったらどうなるのかとありましたが……真実だったとはね」
暗視能力を身につけ、身体能力が急激に上昇する。それに伴って肉体も多少の変化が訪れるが、その激変に耐えうるようにか、理性や五感も麻痺するのだという。
ただ気になるのは、連中がこの場でレンズを摂取してそうなったのではなく、自分の意思で変化したことなのだが……今はそれを追及するべきではない。
先ほどと違い、無意識に防御することもできなかったのか。あるいはクリーンヒットしていたのか。
再び叩きつけられた壁の傍で悶絶する二人にとどめを刺すべく、近寄ろうとする。
しかし。
「待ってください、何するつもりですか!」
「何って、とどめを……」
切羽詰ったスタンの制止に、フィオレは立ち止まって答えるだけに留めた。
いくら痛みに転げまわっていても、敵から眼を離すのは危険だ。
「まだ何もしてないのに、レンズを飲んでもう人間じゃないから、殺すんですか」
「何もしてないだと? お前、この連中がフィオレに飛び掛かったのを見ていなかったのか」
「そうだけど、だから殺すなんて……」
「そうですわ。いきなり殺すなんて、ひどすぎます」
背後で、言い募るスタンとリオンの言い争いが勃発する。フィリアも加わったそれを聞きながら、内心でフィオレは安堵していた。
二人はとんでもない勘違いをしている。それが今、わかってよかった。
徐々にヒートアップしていく口論を背に、フィオレはどうにか身体を起こした二人に歩み寄った。そのまま、身構える隙も与えず抜き身の紫電を一閃する。
「げぐっ」
一拍遅れて、頚動脈がすぱりと裂ける。
ひ、と喉の奥から妙な音を洩らした赤服の神官もまた、同じような場所から吹き出す血潮に押されるように、ばたんと倒れた。
通気の悪い地下のこと、むせ返るような鉄錆の匂いはすぐに充満する。
「な、なんてことを……」
とさ、という音がした。フィリアが腰を抜かしたらしい。
特に省みることもせず、フィオレは血糊を落として、紫電を鞘へ収めた。
殺したその手で助け起こされるのは、彼女とて望まないはず。
「フィオレさん! どうして……!」
「あなたはひとつ、とんでもない勘違いをしている」
タンタンッ、と軽快に床を蹴る音がして、すぐ背後にひとつの気配がたどり着く。
淡いとはいえ照明が存在するこの場なら普通に動けるのだろう。振り返らずに、フィオレは言葉を続けた。
「私は、相手が魔物だから殺すんじゃない。敵だから殺すんです。魔物だろうと人間だろうと、敵であるなら容赦はしない。容赦なんて油断はできない」
「だからって、人間を殺すなんて……」
「人間だけが特別か」
「え?」
「ならあなたは、自分に斬りかかってきた人間を殺さないで、生かしておくんですか? そして、あなたが殺されるんですか? それじゃあ何の意味もないでしょう」
相手が人間であることにこだわるスタンにそこはかとなく苛々させられながら、問答は続く。
正論を言われて閉口したかと思われたスタンだったが、思わぬ援軍が現われた。
「殺さなくても、フィオレさんくらい強ければ気絶させることなんて簡単でしょう!?」
「……それこそ、とんでもない勘違いです」
張り上げられたフィリアの言葉に、とどめを刺した神官たちが完全に動かなくなったのを確認してから、フィオレは振り返った。
レンズを飲み、身体能力が向上しているのであれば、生命力も強くなっているだろうと、警戒していたのである。
口元に情けない薄ら笑いが浮かんでいることはわかっていたが、到底修正する気にはなれなかった。事実、滑稽で仕方ないのだから。
「私は強くなんてない。私が強かったら、確かに敵の命を思いやれるでしょう。命だけは助けてやりたいと、失神させた後縛ってその辺りに転がしておくくらいのことは、するかもしれない」
「だったら……」
「でも。そうやって生かしておいた敵が、仲間の手によって再び参戦してきたら。私たちの人相風体、あるいは戦い方を知って気付いた弱点を突いてきたら。敵に囲まれて危機に陥ったそのとき、新手として現われたら。私たちは、どうなりますか」
何のことはない。どれだけありえるのかもわからない、『もしも』に対する恐怖で、フィオレは敵の命を貪るように奪っているのだ。
相手を確実に葬ること。それこそが、フィオレの弱さの証。
本当に強いなら、誰一人として……自分を含め、傷つけることなく物事を解決に導けるだろう。
ただフィオレは、そんな人間を物語の中でしか知らない。自分にできるとも思えない。
そんな人間に、なりたいとも思わない。そもそも、それができる者が人間だとは思っていない。
「それらの可能性を考慮したら、そんな恐ろしいことはできない。私は相手の命よりも、目的と我が身と仲間の命のほうが大事です」
斬り捨てた二人が、レンズを排出する。そんな気配を感じながら、フィオレは小さく目蓋を伏せた。
「理解は求めません。多分その考え方こそが、人間として同族に対し抱く、『正しいもの』なのだと思います」
絶句してしまった二人からの言葉を求めることなく、フィオレは次に告げなければならない言葉を模索した。
暴力は、常に恐ろしいものだ。たとえそれが正義のためであっても。
暴力は、弱さの一つの形である。それでも。
殴っていいのは、殴られる覚悟がある奴だけ。
奪っていいのは、奪われる覚悟がある奴だけ。
殺していいのは、殺される覚悟がある奴だけ。
その覚悟が無いのならば──……