ひと悶着に終止符を打って、最奥へ。
人に。正確には人に類する者に手をかけたそのことを弾劾したスタンとフィリア。真っ向からそれに反論するフィオレ。両者の言い合いに、ルーティらはおろかリオンも迂闊に口を挟める雰囲気にない。マリーもまた、黙して見守っている。
それを重々承知の上で、フィオレは更なる問答を繰り出した。
「もしも、今しがたの状態に二人が陥った時。二人とも、戦いや自衛ができても、相手を殺せないのだとしたら……セインガルドに戻っていただきます」
唐突な、それでも話し運びから十分予想できた言葉に、スタンは息を呑み、フィリアは大きく目を見開いた。
「そ、そんな……」
「誰がなんと言おうと、例えリオン様が反対しても、私がそうします。人を殺す覚悟もない人間を、連れて行くことはできない」
現在、神殿の中に……敵陣に侵入していることは重々承知している。しかし、フィオレには言葉を止めることはできなかった。場合が場合でも、このことだけははっきりさせるべきだと、確信していたから。
「最終的な敵はグレバムという人間であって、魔物ではないんです。そのときに、とどめを刺すことに躊躇して隙を付け込まれるようなことがあったら、眼にも当てられません。あなたたち自身だけじゃない、こっちにもとばっちりが来ます。それだけは、避けなければならない」
当初任務を受けさせられることを嫌がっていたルーティだったら、これ幸いと便乗してきたかもしれない。
しかし、そんなおふざけを許さないほど、場の空気は緊迫していた。
「何より……私はあなたたちの死を看取りたくない。そんなことをするくらいなら、どんなそしりも聞き流します」
「同感だ。死ぬのは勝手だが、ソーディアンを敵に引き渡すようなことをしてもらっては困る」
そろそろ、進まない話を前にしてイラつき始めたのか。
これまで話の運びを看過していたリオンがフィオレの傍へやってきた。
「黙って聞いていれば、勝手なことばかり。人間だから殺すな? これのどこが人間なのかは、さておいてだな。魔物だろうと人間だろうと敵は敵だ。放置しておけば後で泣きを見るのは貴様らなんだぞ」
「あんたそれ、フィオレが言っていたのとそう変わらな「フィオレはあえてとばっちり、などと軽く言っていたがな。前衛で戦うことが多いスタンが、相手を仕留めきれずに後ろへ逃がしてしまったら、犠牲になるのは中衛の誰かだ。自分の失態で誰かが死ぬ。お前はそれで、後悔しないのか」
「それは……今のことと関係ないだろ」
「関係ないだと? お前、トドメを刺そうとしたフィオレに話しかけたな。それでフィオレがお前に気を取られ、あまつさえ奴らがフィオレに襲いかかったら、どうだ? 本当に関係ないと言い切れるのか」
これまで戦闘経験のないフィリアは仕方がないとでも考えているのか。
リオンは少なからず剣技を知り、これまでも魔物をその手で屠ってきたスタンをねちねちと責めた。
「幸いこいつはそんな間抜けではなかったがな。これから先人間と戦い、トドメをためらうような真似をしてみろ。即刻セインガルドに戻って……」
「リオン!」
自分が言い出したことだとはいえ、それはあまりに性急すぎる。
リオンがスタンを責める様を見て、自分の狭量さを見せつけられたような気がしたフィオレは、彼の口上を遮った。
「……今すぐに、答えを出さなくともいいんです。ディムロスたちや、ルーティたちにも意見を聞いてみて、じっくり考えてください。納得のいく答えを出した時……カルバレイスから出るまでに、これからどうするのかを教えてください。その間は、自衛だけしていてくれればいいので」
こうなると、戦闘時の立ち位置にも変更せざるをえない。
これまで中衛だったフィリアはそのままでいいとして、問題は前衛に置いておけないスタンをどこに移動させるかだ。
しばしリオンと話し合い、それまでしんがりだったフィオレが前衛へ、入れ替わるようにルーティを後ろに下がらせる。
ひと段落着いたところで、こんなところまで見回る必要があったのかと、フィオレが地下牢を見回していると。
「……誰か……ここから出してください……」
か細いそんな声が聞こえ、音源を探る。
手近にいたリオンを招いてそちらへ向かうと、明らかに衰弱した様子の壮年男性が鉄格子にもたれていた。身にまとった神官服からして、犯罪者には見えない。
「どうした」
「どうしたもこうしたも、大司祭を名乗る男たちに閉じ込められたのです」
詳しい話を聞き出せば、大司祭の名はグレバム、というらしい。
その男は、彼らが大聖堂で祈りを捧げていたところ、巨大な神像を持って来訪。そのまま聖堂は一味に占拠され、神官ら一同はこの地下牢に押し込められたというのだ。
少々展開が突飛だが、周囲をよく見れば鉄格子の中には同じような状態の神官たちが何人も見え隠れしている。
ちなみに、何故神殿に地下牢があるのかというと、少し前まで街で悪さを働いた犯罪者の拘留にも使用されていたとのこと。
調べた限りで統治者がおらず、半ば自治区と化していたカルビオラではせん無きことなのだろう。もっとも、今は市長がいるとかで、専門の設備が建てられ、これまで放置されていたとか何とか。通りでかび臭いと思った。
敵の戦力は少なく見積もっても三十人、それなりの徒党を組んでいるであろうことが判明し、神官は改めて出してほしいとの願いを口にする。
しかし、何故か気が立っているらしいリオンはその願いを素早く却下した。
「こいつらが、連中と仲間でない証拠はない」
「いくらなんでも、考えすぎだと思いますが……」
「出したところでどうなるんだ? ただでさえ、あの連中がお荷物になるかもしれないんだ。もう足手まといはごめんだぞ」
「ああ、それがありましたか。申し訳ありませんが、この神殿は未だ彼らの占領下にあります。そちらの決着をつけたら必ずやお迎えにあがりますので、しばしお待ちを」
ちなみに一味が持ち込んだ、巨大な神像はどこに置かれたかを知らないかと尋ね、話の流れで大聖堂に地下への通路があることが判明する。
一方その頃。
フィオレがリオンを連れて牢屋の奥に消えたことを確認して、ルーティはスタンを見やった。
「な、何だよ」
「さっきフィオレが言ってたでしょ。あたしたちの意見も参考にして、納得がいくまで考えろって。余計なことばっかり言うリオンは連れて行ってくれたことだし、せっかくだから足りない頭で考えてみれば?」
二人の、実にシビアな言葉に半ば放心状態となっていたスタンだったが、ルーティの言葉によって気を取り戻した。
「フィリア、あんたもよ。聞かれる前に言っとくけど、あたしはフィオレの意見の方が正しくて、あんたたちがものすごく世間知らずに感じたわ」
普段なら、その言い方のきつさによって相手の気分を損ねるだけだっただろう。しかし、スタンは、それはなぜかと尋ねるのみだった。
「殺さなきゃ、こっちが殺される。そうだと思わないのは、今まであんたたちが恵まれていたから。だからよ」
「マリーさんは?」
「私は……多分、記憶があった頃は似たような環境だったのだろうな。戦うことはすでに知っていた。その中で、人を殺すということもまた常識だった気がする」
「常識……」
これまでの人生からはかけ離れ、そしてありえないことだったのだろう。フィリアはどこか血の気が引いた様子で、軽く額に手を当てた。
「外の世界は、わたくしが思っていた以上に不潔で、野蛮な場所だったのですね……」
フィリアの言葉は聞かなかったことにして、スタンはソーディアンたちにも水を向けている。
「ディムロスや、クレメンテはどうなんだよ」
現在剣に人格を宿しているとはいえ、彼らは軍人だ。軍人の思考からしても、ルーティと同意見であることは間違いない。
しかし、彼らの言葉は流石、天地戦争の英雄と称されるべきものだった。
『倫理的に即して言うなら、間違いなくお前の言っていることは正しい。フィオレが言っていることは異常だ』
「え……!」
『じゃが、それは状況が通常のものであれば、の話じゃな。今おぬしらの置かれたこの状況は、果たして通常と言えるのかの?』
「そ、それは……」
思いもよらぬ賛同にスタンは表情を輝かせたが、続くクレメンテの言葉に絶句せざるをえない。
フィオレの言葉と同じく、それは真理の匂いがした。
『不思議なことにの。わしらが生きた時代は、フィオレの意見が正しく、スタンの言葉は身の程知らずの抜かす、理想論に過ぎんかった。相手が同じ人間であろうと、あちらはこっちを、同じ人間などとは思っておらんかったからの。しまいには味方にも、天上軍の人間は人間などではない、という認識が浸透してしまった』
「でも、それは戦争だったからでしょう? 戦争という状況において、異常は平常に、平常は異常と化すものだと言われていますわ」
フィリアの、当然と言ってしかるべき疑問を前に、しかし彼らは冷静だった。
『ふむ。フィリアにとって、この状況は戦争とは違うのかの』
「わたくしたちは、グレバムを追っているんです。グレバムから神の眼を取り戻すことは、戦争とは違います」
『戦争とは、戦い争うこと。すなわち武力によって勝敗を定めることじゃ。自己の目的を達するがため、武力を行使する闘争状態とも言える。昨今では大規模になったそれを戦争と証するらしいが、それは大きな誤りじゃよ』
『残念ながら状況は異常そのもの。リオンもフィオレも、一切の常識や良心を捨てる覚悟だろうな』
しかし、二人はなかなか納得する素振りを見せない。ここでふと、ディムロスが自分自身を喩えに出している。
『ならば尋ねよう。私は天地戦争において王を護らんと立ち塞がる何人もの兵士を斬り、血飛沫を浴びながら天上王と対峙した。そして、ソーディアンチーム……数人がかりで天上王を殺害した。お前は私を、人殺しだと罵るか?』
「そんなことしないよ。だって、戦争だったんだろ? それに、先に仕掛けてきたのはあっちだったって言うじゃないか。そのまま放っておくことなんてできなかったし、必要なことだったんじゃ……」
『先に仕掛けられた戦い。放置はできず、必要なこと。それで人殺しを看過されるべきと考えるなら、お前にフィオレを批難する資格はない。フィオレもまた、それを理由として戦っている。いや……戦友を護るためでもあるのか』
フィオレがあえて言わなかった、人殺しの正当化。ともすれば言い訳のように感じるが、それはどこまでも事実でしかなかった。
今度こそ絶句したスタンに追い討ちをかけるかのように、クレメンテがぼそりと呟きを発している。
『しかし、驚いたの。てっきり、甘ったれたことを言うなとばかりに二人をなじり、考えを無理やり改めさせるもんかとはらはらしとったが……実に冷静に諭し、更に選択権を与えたとは』
『おそらくフィオレも、スタンの言い分が正しいと心の底で思っているのでしょう。だけど目の前の現実を前に、それを嫌々歪めている。あなたたちの指摘は、さぞや彼女の心をえぐったことでしょうね……』
人の身体があるならば、沈痛な表情を浮かべただろう。アトワイトの独り言によって、両者は一様にはっと息を呑んだ。
そこへ。
地下牢の床を歩く音が重なって、一同のもとへ姿を現した。
「お待たせしました。どうもこの神殿は、グレバム一味によって乗っ取られているようですね」
淡い灯明に照らされ、奥の牢屋に赴いていた二人が帰還する。
場の微妙な空気に軽く首を傾げながら、フィオレは言葉を続けた。
「今しがた、本物の神官たちが閉じ込められているのを確認しました。どうも聖堂にいるようなので、これから向かいます」
「う、うん、ご苦労様。それで、また手探りで進むの?」
「いえ。見回りの神官は片付けましたし、あまりにも非効率なので明かりを用意します。ちょっと待っててくださいね」
もとよりそのつもりだったのか、背負っていた荷袋から携帯用のカンテラを取り出して手早く明かりを灯す。
四角いカンテラのシェードを降ろして進行方向だけを照らすようにし、それを掲げるようにしながらフィオレは立ち上がった。
「では、行きましょうか……って、スタン、フィリア。どうかしましたか?」
明かりをつけてはっきり見えるのは、どこか沈んでいるように見える二人の表情だ。
これまでの経緯など一切知らないフィオレは、あ、と小さく声を上げた。
「ひょっとして、この臭いで気持ち悪くなってしまいましたか? それなら早く行きましょう。上の方が空気は澄んでいるはずですから……」
「違うんです!」
世間知らずな二人の言葉で傷ついただろうに、それをおくびにも出さない。
それどころか彼らを気遣うフィオレの言葉に耐えられなくなったように、スタンは大声を上げて言葉を遮った。
いきなり切羽詰ったような声を出されて、眼を白黒させているフィオレにつかつかと近寄り、スタンは勢いよく頭を下げている。
「すみません、フィオレさん。俺、なんか勘違いしてたみたいです」
あまつさえ謝られ、わけのわからないフィオレに駄目押しが続く。
「ごめんなさい……わたくし、フィオレさんのお気持ちも考えず、自分の感情を優先させてしまって……」
震えるようなフィリアの声が、地下の牢屋にしんしんと響く。
眼鏡の奥のつぶらな瞳から涙すら浮かんでいるのを見て、フィオレはぎょっとしたように二人を交互に見た。
「……あの、それってさっきの、人を殺すか殺さないかという話ですか……?」
二人がこっくり頷くのを見て、それから二人とリオンを除く一同を見やる。
「……何を言ったんですか」
「あたしもマリーも、自分の考えを言っただけよ。とどめを刺したのはアトワイトたちね」
『間違ったことは言っていないわ』
『うむ』
流石にこれだけでは、何を吹き込まれたかはわからない。うなだれる二人に、とりあえずフィオレは最重要事項をつきつけた。
「えーと。反省だけならサルにもできます。私がほしいのは謝罪でなくて、あなたたちの出した結論です。その様子ですとまだ決まっていな……」
「いいえ。わたくしは、戦います!」
「俺もです。もう覚悟は決めました」
少々潤んでいるとはいえ、きっぱりと言い切ったフィリアの眼。
迷いを断ち切ったような、どこか清々しくもあるスタンの眼。
それを聞いて、それを見て。フィオレは提げていたカンテラをスタンに渡した。
「隊列を戻しましょう。リオン様、構いませんね?」
「もともとはお前が言い出したことだからな。元に戻すなら、反対はしない」
大聖堂がどこにあるのかは、すでにリオンが閉じ込められていた神官から聞きだしている。前衛の人間にナビゲートしつつ、一同は難なく大聖堂へと到着した。
しかし。
「真っ暗だ……」
大聖堂は同じく闇に包まれており、更に気配を感じない。
カンテラのシェードを全開にして周囲を確認するも、何かがいる気配はなかった。
「ここには誰もいないみたいだけど」
「本当に隠し部屋があるなら、やつらはそっちだろう」
「そうだな。入り口を探してみよう」
そうと決まれば明かりの確保だ。ステンドグラスや窓にかかっていたカーテンを取り払い、聖堂の全体的な視界を向上させる。そして、それらしい仕掛けを見つければいい。
それをリオンが指摘し、一同がその準備に取り掛かったとき。フィオレは一人、祭壇の周囲を探っていた。
以前嗜んだカルバレイスに関する文献の知識が正しければ、フィオレの予想も当たっているはずである。
カンテラの明かりに頼りつつ、ストレイラズ神殿とそう変わらないデザインの祭壇をごそごそ探っていると、指が何かの突起に触れた。それをぐっ、と押し込む。
すると、足元が震えるほどの地響きが発生し、見る見るうちに足元の床が動いてぽっかりと、地下への入り口が現われた。
まずは光源確保と動いていた一同からは、微妙な雰囲気が形成されつつある。
気まずい沈黙に包まれていた中、それを破ったのはリオンだった。
「セインガルドの神殿と同じ仕掛けとはな……馬鹿にしているのか!」
「誰をですか。真面目に答えさせていただくと、この神殿は当時のカルビオラ市長がセインガルドとの貿易を望んだ際、交換条件として建てさせたものなんですよ」
憤慨しながらやってきたリオンをなだめるためにもそんな説明をすれば、意外なことにスタンが食いついてくる。
「へえー。貿易って、何をですか?」
「毛織物が中心らしいですね。今考えると神の眼用緊急時の隠し場所確保が目的だったのでしょうが、いちいち新しい仕掛けなんか考案するのは手間で、同じ仕掛けでないといざというときに混乱するからでは?」
リオンからの返事はない。何をぴりぴりしているのかさっぱりわからないが、今はそれどころではなかった。
このときすでに、フィオレは神の眼がここには存在しない可能性を視野に入れている。なぜなら、フィオレの手の甲に張り付いたレンズは、一向にそれらしい反応を示さないからだ。
ストレイライズ神殿では、大聖堂に近づいただけで反応していた。つまりそれだけ含有エネルギーが凄まじく、故に感じ取りやすいのだろう。それが今、ここへ来ても一切反応しない。
とにかく事実を見極めるのが先だ。
再びカンテラの四方あるシェードを三つ下ろし、進行方向だけを照らすようにする。そのまま地下へ足を踏み入れた先に、いつか見た光景が広がっていた。
神の眼がすっぽり収まる巨大な台座、その周囲を囲う水路、たゆたう清水。
ストレイライズ神殿にて強奪されたあとの光景とは一線を画した、ただ神の眼が存在しない保管場所がそこにある。
「ここは……」
「神の眼があった部屋、そっくりじゃないか」
フィリアの呟きの後で、スタンがそれを呟いた瞬間。部屋全体に明かりが灯った。
「そこで何をしている!」
そんな一喝が飛んだかと思うと、バタバタと人が駆けてくる音がする。
台座に近寄る階段の下には、神官服をまとう僧兵と思しき人間が数人、それを従えて豪奢な法衣を着た中年男が一同を睨んでいた。
唯一の出入り口には、同じように数人の僧兵が詰めている。袋のネズミ、という単語がフィオレの脳裏をよぎった。
「ネズミが紛れ込んでいたか。まさか、こんな所までかぎつけてくるとは……」
「ええ。あんまり香ばしいのでついついここまで。あまりに入りやすかったので、幾度罠ではないかと怪しんだことか。その様子ですと単なるうっかりだったみたいですね」
「だが、残念だったな。お前らが探しているモノは、もうここにはないのだ」
フィオレの一言に中年男は青筋を浮かべるものの、見ればわかることを告げている。
これが嫌味のつもりなのだろうか。この饒舌ぶりでは、やり方によってこちらの得たい情報を得ることも可能そうである。
「ということは、やはり神の眼はこの神殿にあったのですね」
「その通り。だが、グレバム様の手によって再び運び出されたのだ」
「ふむ。ではあなた方はグレバムの一味であると……」
「やはりグレバムが、ここにいたのですね!」
グレバムがいたという明らかになった事実を前に、フィリアが前へと出た。彼女を目にして、一人の神官が指を向ける。
「む、貴様は昼間の女だな。怪しいとは思っていたが、やはりニセ司祭であったか!」
「こんな小娘が司祭なわけがないとは思っていたが……」
「ニセモノはあなたたちの方ですわ! 正体を現しなさい!」
それは彼らを、見回りをしていた僧兵たちと同じようなものだと思っているのか。あるいは本気で神官ではない──自分と同職の人間でないと思っているのか。それはわかりかねる。
しかし、神官たちを戸惑わせ、怒らせるには十分だった。
「ニ、ニセモノだとっ! 我々はれっきとした神官だ!」
「ならば何故、悪事を働いたグレバムに加担するのです! 悪事は罪であり、この世のすべての所業は神が一切お見通しなのですよ!」
「我らはグレバム様の思想に、神の眼が世界を制する、という言葉に恭順を示したまでだ」
「──ふっ、あはははっ」
白熱する、同じ宗教に身を置いた人間同士の口論に、馬鹿にするような笑声を放つ者がいた。
誰であろう、フィオレである。
一息で真剣な空気を破壊された一同としては、黙って彼女を見やるくらいしかできない。
「世界征服ぅ? いい大人が何を妄想してるんですか、恥ずかしい。今時そんなこと、五歳の子供でも憧れませんよ」
「ふっ、精々嘲るがいい。何しろ我々には……「あーっはははは。莫迦だ、莫迦がいるー」
「指差して笑うな! いいか、我々には神の眼があるのだ。大いなる神の力の前では、人間なぞ無力……」
「おやおや不思議なことを。『人間』が何抜かしてらっしゃるんですか?」
「我々は愚民どもとは違う。言うなれば、神の寵愛を受けた選ばれし存在「うわあ恥ずかしい。寵愛だって。あんなこと真顔で抜かしてますよ、あのおっさん。生きてて恥ずかしくないんですかね?」
「人の話は最後まで聞け!」
実は結構生真面目な人間なのかもしれない。こんなおちょくりで、顔を真っ赤にして怒っているのだから。
この状態ならばそれなりに情報が得られるだろうと、フィオレはそろそろ真面目になることにした。
「で、追っ手を恐れて神の眼をまたもや持ち出し、こそこそ逃げ出したグレバムは今どこに?」
「あの方ならば、貴様らなぞ手も届かぬような地へ行かれた。我々はただ、待てばいいのだ。グレバム様のモンスター軍団が、世界を席巻していくのをな」
ここが勝負どころである。フィオレはわざとらしいまで大げさに、声を張り上げた。
「もんすたーぐんだんん!?」
「そうだ」
勢い余って棒読みになってしまったが、中年男は気にしていない。
それどころかその反応に気をよくしたのかにやり、と笑ってぺらぺら話し出す。
「モンスターの命の源が何か知っているな? そう、レンズだよ」
答えてもいないのに、彼のおしゃべりは止まらない。その間、フィオレは真剣に耳を傾けていた。
「オベロン社の輸送船を襲ってレンズを奪い、それを材料にモンスターを生産する」
『そんな技術、現代に残っているはずがなかろう!』
クレメンテの言う通りである。しかし、技術はなくとも神の眼を使用することによって、それが可能だとしたら?
一同の表情を見て何を思ったのか、中年男は忍び笑いを洩らしている。
「くっくっくっ……そうなれば後は時間の問題だ。弱体化した国々を、グレバム様が神の眼の力で制圧していくのだ」
一応これは、神の眼で魔物を生産しそれを使役→国に喧嘩を仕掛け疲弊させ→そして国獲り→全部の国を獲って世界征服完了! という流れなのだろうか。
短絡過ぎるにもほどがあるが……彼は十分なほど、情報を吐いてくれた。一方で、リオンはやれやれと頭を振っている。
「驚きだな。フィッツガルドでレンズ輸送船を襲っていたのが、グレバムだったとは」
「大国セインガルドへのレンズ供給を妨害する。それだけでも意義はある。更に奪ったレンズはモンスターの生産に使われるのだ。一石二鳥とはまさにこのことよ」
「……真偽はさておいて、有益な情報が手に入りました。後で検討しましょう」
ぼそ、と隣のリオンに囁き、彼が軽く頷いたところで、中年男はパチン、と指を鳴らした。
控えていた僧兵たちが、一斉に各々の武具を構える。
「おしゃべりはここまでだ。グレバム様の邪魔をさせるわけにはいかぬのでな」
つまりそれは、控えさせた僧兵たちをこちらへ大挙させるつもりか。むざむざそんなものを待つ義理もなく、フィオレは言葉もなく紫電を抜き放った。
そのまま肩の辺りで床と平行するように構える動作に移り、そして。
「轟破炎武槍!」
練り上げた剣気が真紅の輝きを放ち、切っ先から一直線に放出される。
突っ込んできた僧兵群を真っ向から散らしたところで、戦いの火蓋が切って落とされた。
「魔神剣!」
立ち位置が相手より高所であることを利用し、リオンはその場から地を走る衝撃破を発生させている。
ひとつ遅れて前衛組が突出し、彼らが僧兵と切り結ぶ間に中衛の二人は詠唱を終わらせていた。
『老、参ります!』
『おう! ──立ち昇れ白塵。氷精の舞、その目に焼きつけよ!』
「「アイストーネード!」」
打ち合わせておいたのか、ルーティとフィリア──アトワイトとクレメンテがほぼ同時に同じ晶術を起動する。突如として吹き荒れた凍てつく嵐は僧兵らを凍えさせ、その隙をスタンやマリーが逃すはずもなく。
戦いは、圧倒的なまでの優勢なまま終わりを告げた。
「ふん、ザコどもが」
「でも、あんな強襲されたらあたしだって耐え切る自信ないわよ……」
「余裕ぶってべらべらくっちゃべってるからいけないんですよ。相手の注意を引いている間に、他者に不意討ちさせるくらい、子供にだってできるのに」
「だが、おかげで行き先は決まったな」
それにしても、幸運だった。彼ら全員がレンズを摂取していたのなら、暗視が可能だったはずだ。
それをせずにわざわざ明かりをつけてこちらに視界を提供してくれたということは、暗視ができない人間が少なからずいたということ。
フィオレの予想としては、あの豪奢な法衣の中年男ではないかと思っている。
誰一人としてそれに気付いた様子はないが、言ったところで無闇な混乱を招くだけだ。余計な十字架を背負ってほしいとも思わない。
真実をそっと胸に秘め、フィオレはもと来た道を戻り始めた。
「おい、どこへ行くんだ」
「閉じ込められた神官たちを解放しませんと」
人による人殺しは、許容されるべきではない。
無用な殺戮も、血を血で洗う凄惨な争いごとも、叶うならば避けるべきである。
ただし正論が通るのは、対話で解決できるのは、平和な世界の
そうでなくなったその時、人は
すなわち武力による闘争を、選択してしまうものなのだろう。
我々は言葉も心も通じない相手を同じ人と認識はしないから。