swordian saga   作:佐谷莢

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 物語は新たな舞台へ、inノイシュタット。
 顔見知りとは再会を果たし、新たな面子には喧嘩を売り。

※ちなみにフィオレは、ガチで子供達のことを忘れています。色々あったからね。

 あ、そうそう。この後仲間になるかもしんない人。
 あろうことかフィリアにフォーリン・ラブ@ファーストサイト(一目惚れ)しやがった筋肉達磨こと、マイティ・コングマンが登場しまーす(超なげやり)


ノイシュタット逗留編
第五十五夜——桜舞う街で~チャンピオン様がお通りだ


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すったもんだの挙句、無事ラクダを返却し、チェリクの子供たちと別れの挨拶、ついでにバルック氏にも別れを告げて。

 一同は一路、フィッツガルドへと赴いた。

 

「フィッツガルドといえば、スタンの故郷があったわね。どんなところなの?」

「どんなところと言われても、おれが知ってるのはリーネ村だけだからなあ。ノイシュタットはちょっと……」

「ノイシュタットを知らないって、じゃあどうやってセインガルド……違うわね、ファンダリアまで来たってのよ。泳いできたわけじゃないでしょ?」

 

 この会話で、図らずも飛行竜の密航をルーティにばらしてしまったスタンだったが、幸いルーティは笑い飛ばすだけで「密航者」という不名誉なあだ名はつかなかった。最も、「田舎者」も十分不名誉だが。

 カルバレイス仕様だった服装──外套を脱ぎ、極端な薄着もやめたフィオレはいつも通りの制服をまとっている。

 航海中、しきりにミントティーを嗜むリオンを横目で見つつ、以前見せた爆薬を戦闘に役立てたい、と申し出てきたフィリアに調合を教えていると、あっという間に時間は過ぎた。

 少し前にも訪れたノイシュタットは、以前となんら変わらないように見える。

 遠くに見える淡い桃色の花を咲かせた木々、賑わう闘技場、日当たりのいい閑静な住宅街と、日陰が多く暗い顔をした人々が徘徊する貧民窟。

 その姿は、本当に、以前となんら変わりない。

 

「ノイシュタットに着いたらどうするんだ?」

「イレーヌを訪ねるんだ。彼女はフィッツガルド方面の責任者だからな。レンブラントの屋敷に行けば会えるはずだ」

 

 彼女と顔なじみであるリオン、そしてついこの間彼女に面会したフィオレを先頭に港から街中へ入っていく。

 そこで、とある風景と出くわした。

 

「……そこ、どいてよ」

 

 一同も歩もうとしていた道の先、そう広くもないそこを一人の少年が立っている。

 その少年の行く手を、一組の少年少女が阻んでいた。少年少女の年齢、背丈は少年と同程度であり、また服装も似たようなものである。

 違いといえば、少年はその手に荷物を抱えていることか。

 困惑する少年に、道を塞ぐ少女が何かを含むような物言いで話しかけた。

 

「あーら。お金持ちのお坊ちゃまがわざわざ港でお買い物ねえ。まるで召使いみたーい! きゃっきゃっ!」

 

 少女の耳障りな笑い声に、隣の少年は便乗するように少女へ話しかけた。

 

「違うよぉ、お姉さま。こいつはお坊ちゃまじゃなくてみなしごなんだよ。お母様が言ってたけど、こいつら親がいなくて、お金持ちの奥様に引き取られたんだ」

 

 ……なるほど、そういうことか。

 道端で展開する、いかにもわかりやすい光景に、フィオレはそのまますたすたと歩んだ。

 弟の言葉に、姉はちらちらと少年を見やりながら、わざとらしく頷いている。

 

「ああ、そうだったっけ。どうりで私たちとは違うと思ったあ。あんたもあんたの姉さんも、なんかこうみすぼらしいのよねえ」

「そしてあなたたちは邪魔なんですよね」

 

 立ち止まることもなく歩いていたフィオレは、瞬く間にその場へとたどり着いた。

 それまで少年にしか眼中になかったのだろう。姉弟はぎょっとしたようにフィオレを見上げている。

 

「私にもそこの少年にも、そしてあなたたちにも道を通行する権利はあります。だから退くか譲るか消えるかしなさい」

「あーっ! こないだの、お説教女!」

 

 誰も、その場に残りつつ指をさせなんて言ってない。

 行儀のなってない少女を見やって、フィオレはひとつため息をついた。

 

「指を差して大口開けているとアホっぽく見えますから、やめたほうがいいですよ」

「う、うるさい! 誰がアホなのよ誰が!」

「誰がお説教女ですか。どなたとお間違えか存じ上げませんが、とにかく私が通れないではありませんか」

「嘘だ! その眼帯、人違いなんかじゃない!」

 

 なんと姉だけではなく、弟の方もフィオレを知っているらしい。

 もしかしたら、本当に面識があるのかもしれない。

 とはいえ、ここ最近で様々な出来事に直面しているのだ。些細なことなど覚えてはいられない。

 因縁をつけてきた姉弟にそれ以上関わることはやめて、フィオレはそれまで自分と姉弟に挟まれていた少年を見下ろした。

 

「地元の子ですよね? 良かったら、下の道から進む方法など……」

「……隻眼の、歌姫様?」

 

 見上げてきた少年の眼は、確かにフィオレを見知っている。

 ここにも覚えのない顔が、とめまいを覚えたフィオレだったが、咄嗟の言葉が口に出た。

 

「誰ですか、それは」

「……じゃあ、フィオレンシア様?」

「そんな風に呼ばれるいわれはありません」

「フィオレお姉ちゃん!」

 

 そう呼ばれて、ようやく記憶の糸を手繰り始める。

 飛行竜での出来事よりも前、イレーヌとの初対面よりは後、彼には姉がいるらしい……

 

「……そうだ。ご無沙汰していましたね、カルマ。イリーナは元気ですか?」

 

 以前、ミコという少女にノイシュタットの街を案内された際、紹介された彼女の友人だ。確か、リオンとそう変わらない年齢の姉イリーナを慕っていたはず。

 

「お久しぶりです。僕のこと、覚えていてくれたんですね」

「いやー、わかりませんでした。格好は違うし表情は暗いし」

 

 ちくっ、とつついてやれば、彼は酢でも呑んだような顔つきになっている。

 しかしフィオレはそれに気付いた素振りを見せず、更に話しかけた。

 

「で。なんであなたの前には障害物が立ちはだかっているのだと思いますか?」

「誰が障害物……!」

「……僕に、本当のお母様がいないから?」

 

 姉の怒鳴り声を無視して答えを促せば、彼は少々うなだれつつもそう言った。

 その言葉に、フィオレもひとつ頷く。

 

「なるほど。なら、私もそこの道を通るのは無理ですね。あきらめましょう」

「えっ?」

 

 あっけないほどにフィオレはきびすを返して、元の道を戻り始めた。

 往来で、子供といさかいを始めた彼女に一同は困惑を隠していない。

 

「ちょ、ちょっとぉ! 何なのよさっきから、通せだのやっぱやめるだの……!」

「親がいない人間を通せないのなら、私には通れません。それだけです。それでは、精々親のいない人間に対する通行障害に精出してくださいね」

 

 カルマを連れて、一同をちょいちょいと招き寄せて、すたすたと下の貧民窟に通じる道へと降りていく。

 何やら騒いでいる姉弟を省みることなく進んでいくと、後方から声がかかった。

 

「フィオレ。その子は誰なんだ?」

「ご紹介しましょう。ついこの間故あって知り合った、カルマです。好きなアイスキャンデーは……抹茶味でしたっけ? 渋いなあ、と思って覚えてたんですけど」

 

 尋ねてきたマリーにさらっ、と答えるものの、残念ながらこの程度しかしらない。

 好きなアイスキャンデーまで暴露された少年はといえば、かえって緊張がほぐれたのだろう。小さく吹き出して、少々はにかみながらも自己紹介をした。

 

「初めまして、カルマです」

「じゃあ、あのむかつくクソガキ二人とも知り合いなの? あっちは知ってたみたいだけど……」

「さあ。覚えていないので、知り合いではないとお答えしておきましょう」

 

 ルーティの質問にフィオレはそう答えるものの、あまり納得している風ではない。

 そこへ、カルマ少年の助言が入った。

 

「えっと……ミコに石をぶつけてきたとき、助けてくれたんです。ミコは、そう言ってました」

「ああ、そんなこともありましたねえ。目障りだったのでつい介入してしまったのは覚えていますが、人に石を投げるような低俗サルモドキ、私は知りませんね」

「低俗サルモドキ……」

 

 このさりげない毒舌を計算づくで浴びせられれば、たとえ大人だろうと怒りを覚えずにはいられないだろう。

 話術を使って相手の感情を操作しようと試みるフィオレを知っているだけに、一同は戦慄を覚えざるをえなかった。

 

「じゃあ、その、親がいないって言うのは……」

「そのままの意味です。二人とも、あまりいい死に方ではありませんでした」

 

 こちらは好奇心だろう。スタンにそう答えれば、ルーティが「この馬鹿、何聞いてんのよ!」と一発はたく音が聞こえる。

 その一撃は、フィオレからのものと考えてもらうことにした。

 貧民窟の大通りを賑やかに通過する彼らに、道端でうずくまっていた子供や大人が暗い目でちらり、と見てはまた伏せてしまう。

 しかし何事も起こる様子はなく、一同は再び街中の、大通りへ戻ってきた。

 ありがとう、と再び頭を下げて去るカルマと別れ、一同もまたレンブラント邸を目指す。

 本当はカルマが現在住まう家までついていって、彼らの暮らしが本当に改善されたのかどうかを知りたいのだが……リオンに怒られるよりも前に、フィオレにも優先するべき懸案はある。

 残念ながら、見送るだけにした。

 

「イレーヌお嬢様でしたら、ただいまレンズショップにいらっしゃいますが……」

 

 上がりこんでいきなり「イレーヌはどこだ」と事情も知らせずそれだけを聞くリオンに、レンブラント邸の家政婦(メイド)は困惑しつつも素直に答えている。

 困惑しているということはリオンの顔を知らない、比較的新参の家政婦(メイド)なのだろう。それにしても、もしリオンが彼女を狙うような不埒者だったら、一体どうするつもりなのだろうか。

 この場合は根掘り葉掘り事情を尋ねて、不審な点を見つけたらその時点で悲鳴のひとつでもあげて警備員を呼ぶほうが賢いのだが……そんな面倒くさいことにならなくてよかった。

 レンズショップの看板を探すこと、すぐ。

 驚いたことに、目的の看板はレンブラント邸のすぐ近くにあった。支部長だけあって、何か不測の事態が発生した場合を想定してここにレンズショップを置いたのか。あるいは単なる偶然か。

 兎にも角にもレンズショップの扉をくぐる。

 扉の正面にはカウンターが設置され、その脇のスペースにある硝子ケースの中には高価なレンズ製品が飾られていた。いかにも金持ちが好みそうな展示方法である。

 もちろんリオンはそれらに眼もくれず、まっすぐカウンターへ歩み寄った。

 

「いらっしゃいませ。この度は我がオベロン社レンズショップをご利用いただき……「イレーヌはどこにいる?」

 

 その不躾な一言に、マニュアル通りの挨拶が止まる。

 応対に出た社員の女性は、何事かと目を白黒させながらもイレーヌの役職を呼んだ。

 

「し、支部長。こちらのお客様が、支部長をと……」

「あら、リオン君じゃない。まあ、フィオレちゃんも! お久しぶりねえ」

「……ちゃん?」

 

 イレーヌは、案外すぐ近くのデスクで何やら事務作業を行っていた。

その気安さに社員の女性は動揺するものの、自分の出る幕でないことだけは悟ったらしい。すぐに姿勢を正してカウンターの立ち位置をイレーヌに譲る。

 フィオレの呟きに構うことなく、リオンはずばりと本題を告げた。

 

「輸送船が襲われていて大変らしいな」

「そうなのよ。もう、困っちゃって」

 

 バルックの言葉が事実なら相当な被害額が予想されるのだが、イレーヌはまるで「夜にお隣さんが煩くて」程度の軽さで答えている。

 それだけオベロン社が大企業なのか、あるいはイレーヌがおおらかなだけか。

 

「その話についてなら、こんなところじゃなんだから奥へどうぞ」

 

 ちょっとここをお願いね、と社員らに告げ、イレーヌはカウンターの入り口を開放した。そのまま、店の奥にある部屋へと案内される。

 おそらく会議室か何かに使っているのだろう、ここなら社員がうっかり聞いてしまうこともない。

 

「紹介が遅れたわね。フィッツガルド支部を統括しているイレーヌ・レンブラントです……ところで、そちらの方々は?」

「スタンにルーティ……フィリアとマリーだ」

「はじめまして。スタン・エルロンです」

「ルーティよ」

「フィリア・フィリスと申します」

「マリー。イレーヌ、よろしく」

 

 驚いたことに、ここではリオンが進んで一同の紹介をしている。名前だけしか紹介できていないものの、カルバレイスでの態度とは段違いだ。

 同じようないさかいを繰り返して面倒なことにしたくない、と考えた可能性は、あえて考えないでおく。

 

「ええ、よろしく。ところでリオン君、それを知っていて私を訪ねてきたというのは単なる陣中見舞いかしら? それとも、どうにかする手段を持ってきてくれたの?」

「いい作戦がある。僕たちがおとりになり、海賊どもをおびき出す。そこを一網打尽にする。どうだ、乗らないか?」

「……簡単に言ってくれるわね」

 

 本当にあっさりと、武装船団への対処を提案したリオンに、イレーヌは小さくため息をついた。

 しかしそこで否定を口にしない辺り、リオンとの親交の深さが伺える。

 

「相手はかなりの手利きよ。ここ一ヶ月で、何隻やられたと思ってるの?」

 

 この言い草も、無謀さに呆れるというよりはリオンの無茶ぶりを気にしている程度であり、本気で止めようとする気配はカケラもない。

 

「敵の親玉だけを捕らえればいい。所在さえ判れば、いくらでも手のうちようはある」

「確かにあなたたちの武勇伝はここフィッツガルドにも届いているわ。湖に棲むドラゴンを倒したくらいなら、あるいはと思うけれど……」

「けれど?」

 

 二の句を告げかねていたイレーヌだったが、フィオレの一言ですんなりと、おそらく彼女の本音を語ってくれた。

 

「でもリスクが大きすぎるわ。あなたたちに何かあったら、ヒューゴ様から叱責を受けるのは私なのよ」

「大丈夫ですよ。ヒューゴ様が、そんな人情味溢れた真似をするはずがないではありませんか」

 

 これまでフィオレの知るヒューゴ氏の性格から真顔で答えれば、イレーヌはなんとも言いがたい表情を浮かべてリオンを見やった。

 当然のことながら、リオンからの異論や苦情はない。

 

「ヒューゴ様のことなら心配しなくていい。問題は、おとり用の船を出してもらえないかどうかなんだ」

「そんなことないわ。特にフィオレちゃん。定期報告でヒューゴ様はあなたのこと、高く評価していたわよ。定期的に晩酌にも付き合ってくれていて、まるで娘ができたみたいだと……」

「酔っ払いの与太話はこの際どうでもいいです。で、いかがです?」

 

 無論、フィオレにそんなものを聞く耳は持たない。

 早々に答えを促されたイレーヌは、しばしこめかみに指を当てて考え込んだ。

 そして。

 

「……仕方ないわね。背に腹は変えられないもの」

「それじゃあ!」

「とはいっても、おとり用の船なんてすぐには用意できないわ。少し待ってもらうことになるわよ」

 

 イレーヌが船を用意する間、一同は準備を済ませて彼女の家で待機するという結論に至る。

 ほぼ恒例となった小競り合いが発生したのは、道中準備のために店頭を回ろうとした矢先のことだった。きっかけは、マリーによる「アイスキャンデー」に対する興味からである。

 フィオレがカルマ紹介の際、口にしたことによって、食べてみたいと思うマリーに味方するはスタン、ルーティ。

 いつイレーヌが準備を終えて知らせにくるかもわからないのだから、こちらも早めに準備を済ませてレンブラント邸で戦いに備え、休んでいた方がいいと言うリオン。

 そして常日頃から両者のにらみ合いにおろおろするフィリア、手出しも口出しもせずにそれを眺めるフィオレ。

 

「何よ! あたしたちはあんたの手下じゃないの、アイスキャンデー買ってくるくらい、いいじゃない!」

「手下云々の前に、今は任務中だ! 勝手な行動は控えろ!」

 

 こういった状態に陥っても、優先するべき出来事がない場合は傍観しているのだが……この怒鳴りあいは何とかならないものか。本当は早めに仲裁をするべきなのだが、それではいつまでたってもリオンの社交性の低さは改善されない。

 他人と関わることは比較的平気なのに、親しくなることは無意識に拒絶するリオンの悪癖をどうにかしようと、フィオレはあえて放置していた。

 先ほどの、イレーヌに対して一同を紹介したということは彼らを「こき使うべき罪人」から「行動、目的を共にする仲間」という認識を強めたことは間違いないだろう。

 しかし、それを表に出さないリオンと、裏を読むことを知らない彼らが仲良しこよしの関係になるのは、十年以上の時を必要とするかもしれない。

 それはさておき、往来で怒鳴りあう一同は衆人環視の注目の的だ。そろそろ納めるべきかと、フィオレがにらみ合う二人に声をかけようとした、その時。

 

「チャンピオン様のお通りだ! 全員注目!」

 

 雑踏からそんな叫びが聞こえて、自然と人ごみが割れていく。

 現われたのは、取り巻きを何人も引き連れた禿頭の巨漢だった。

 浅黒い肌に、筋骨隆々とした身体を見せ付けるかのごとく上半身は裸。腰には獅子の顔を模した幅広のベルトを巻いている。下半身はゆったりとしたズボンで覆われているものの、全身が鍛え上げられた筋肉の塊であることがよく伺えた。とりあえず、あれではろくに泳げないだろうと思われる。脂肪が極端に少ないと、人の身体は水中に浮かばない。

 誰もが道を譲る中、往来をうろついていた数人の孤児はこぞって闊歩する巨漢に群がっていった。

 

「わーい、コングマンだ!」

「チャンピオンだー!」

「よう、おめえら。今日もしぶとく生きてるな? 明日も明後日も、生き残ってみせるんだぜ!」

「「はーい!」」

 

 そういえば、前にミコから闘技場に関連してそこを牛耳るチャンピオンの話を聞いたような気がする。

 武器防具使用可の闘技場において、己の拳のみで頂上の座を掴み取り、その座に居座り、強者を束ねる存在を。

 周囲の反応が歓迎と嫌悪の半々なのは、彼が下流層側の人間だからか。

 巨漢はしばし子供たちと戯れてから、それまでの雰囲気を一変させて一行に近寄ってきた。

 間近で見ると、見上げるほどに巨大だ。

 

「街中で騒ぎを起こしている連中というのは、おめぇらか?」

「……仲間内で言い争っていただけです。他の方に迷惑をかけた覚えはございませんが」

 

 小競り合いこそ一時的に停止しているが、誰一人として応対に出ようとはしない。仕方なく、フィオレがそう告げる。

 しかし、巨漢は納得することなく大仰に首を振ってみせた。

 

「喧嘩するな、たぁ言わねえよ。だがな、わざわざノイシュタットに来て揉め事を起こすんじゃねえ」

 

 ……偶然通りかかっただけなのか、それとも誰かに通報されてしまったのだろうか。

 わからないが、これはぐうの音も出ない。そのため。

 

「……だ、そうですよ。二人とも、落ち着きましたか?」

 

 主に騒ぎの原因となっていた二人に話を振る。二人が拗ねたようにそっぽを向き、とりあえずこの場は納まったかと思われた、その時。

 

「こ……これはぁっ!」

 

 突如として、巨漢の声色が裏返る。今度は何事かと見やれば、彼は──その巨体にしては実に──素早く、彼女の元へと駆け寄った。

 そう、ことの成り行きを見守っておろおろしていた、フィリアの眼前へ。

 

「え?」

「やあ、そこの可憐な眼鏡のお嬢さん」

 

 片膝をつき、実に気障なポーズでサワヤカな笑みらしいものを浮かべている。ただ、元のつくりが強面なだけにフィリアはときめいたりはしなかった。

 自分を指差し、ただ戸惑うばかり。

 

「わ、わたくしですか!?」

「今、俺様のハートにビビッと来ましたよ。あなたこそ、俺様の理想の女性だ!」

 

 三つ編み、眼鏡、美少女、清楚な風情、それでいて神官の衣装。

 どれが彼の心にクリーンヒットしたのかは、彼のみぞ知る。もしかしたら全部かもしれないし、クレメンテと趣味が合うかもしれない。

 ただ、これまでの生活からして、あからさまなナンパなどという行為からは無縁だったのだろう。ただひたすらに戸惑うフィリアを完全に置いてけぼりにして、巨漢はぺらぺらとまくし立てた。

 

「一緒に栄養ドリンクなんてどうです? もしくはヒンズースクワットとか……」

『……しびれるような、口説き文句じゃのお』

 

 これで引っかかる女がいるなら、是非面を拝みたい。

 ただ、見かけによらず、巨漢は彼女の気を引くために上手くもない言葉を使っていて、腕づくで連れて行くような真似をする気配はなかった。

 これなら、未だ浮世離れしている面のあるフィリアにはいい社会勉強か、とフィオレが静観を貫こうと思った矢先。

 

「おい、チャンピオンがそう言ってるんだ。さっさとお供しないか!」

「きゃっ」

 

 フィリアが戸惑っているのに腹を立てた取り巻きの一人が、気をきかせてのつもりか、フィリアに迫る。

 だが、フィオレが動くよりも先に行動を起こした男がいた。

 

「おめえは黙ってろ!」

 

 フィリアを口説く、チャンピオンその人である。

 そこで、巨漢の視線からやっと解放されたフィリアが駆け寄ってきた。

 

「フィリア?」

「あ、あの……もう行きませんか?」

 

 どうやら、すでに限界を迎えていたらしい。こういったことにまったく耐性がない彼女の目は、うっすらと潤んでいる。

 自分でどうにかさせたかったが、本人がそう言うなら仕方ない。

 

「フィリアはあなたに興味がないそうです。それでは」

「待ちやがれ!」

 

 さりげなくフィリアの肩を抱き、一同にアイコンタクトを送ってこの場を離れようとする。

 しかし、それで諦める男ではなかったようだ。

 

「何ですか。しつこい男は嫌われますよ」

「おめえ、フィリアさんの肩を抱いて歩くなどうらやまし……いや、女同士で何やってやがるんだ!」

「女同士のスキンシップです。えい」

 

 何の前触れもなく、フィリアを抱きしめる。

 むぎゅ、とハグしてすぐに離すも、見せつけられた巨漢は禿頭の先まで赤くして怒鳴りつけた。

 

「ぬわぁーっ! フィリアさんといちゃつくなど、うらやまけしからん! 女ぁ、名を名乗れぇ!」

「人に名を尋ねるなら、まず自分から名乗りなさい」

「俺様を知らねえとはとんだ田舎娘だな!」

 

 一瞬せせら笑う。しかし、彼は存外素直に答えてくれた。

 

「ノイシュタット闘技場チャンピオン、マイティ・コングマンだ! さあ名乗れ!」

「なんで私が、あなたに名前なんて教えなければならないんですか。私の名前はそこまで安くありません!」

「むがあぁっ!」

 

 とうとう禿頭の先から湯気を出し始めたコングマンとやらの怒りぶりに引きながら、ルーティがつっかかってきた。

 

「怒らせてどうすんのよ!?」

「穏便に断ったところでつきまとわれる率大です。ここはきっぱり振っておきましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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