swordian saga   作:佐谷莢

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 ノイシュタット港~近海。乗り込んだ敵船の中で、まさかのガールズトーク(笑)



第五十八夜——望まなかった再会・承

 

 

 

 

 

 

「待ってるだけってのも退屈だよな……」

「呑気なことを言ってられるのも奴らが襲ってこない間だけだ」

 

 一方で、船室にて襲撃を待つ一同はぐだぐだしているしかなかった。もしかしたら、相手にも罠であることを感づかれたかもしれない。

 暇に任せた後ろ向き思考によるそんな憶測をリオンが口にする頃、バタバタと廊下を駆ける音がする。

 続いて息を切らせたフィリアと、彼女を心配するコングマンの姿に一同も色めき立った。

 

「どうした?」

「襲撃です! 船の近くに砲撃されて、水平線の向こうに姿を現しましたわ!」

「あの女、フィリアさんを使いっぱしりにするなど……!」

 

 コングマンが違うところで怒りをあらわにしているが、それを気にするリオンではない。

 

「フィオレはどうしたんだ?」

「甲板に残って敵の動向を監視していますわ。わたくしには、皆さんに警告をと……」

「そうか。僕たちも行くぞ。フィリア、いざというとき詠唱ができないでは話にならん。水を一杯飲んで、一息ついてから来い」

 

 彼としては純粋に、戦いになってからのことを心配して言ったことだろう。

 フィオレが聞いていれば仲間の体調に気を使うリオンを見て、彼の成長ぶりを実感していたかもしれない。

 一同が甲板へ出ようと、階段を上がろうとしたその時。

 

「うわあああ!」

 

 何者かが、奇声を上げて階段を転がるように下りてくる。フィオレの健闘むなしく、敵の侵入を許してしまった──わけではない。

 なぜなら、その人物の正体は。

 

「……船長?」

「おい、何があったんだ」

 

 一同も顔を知る船長は腰を抜かしたような状態だった。これでは階段を下りるどころか、まともに歩行することも困難だろう。

 そんな彼の表情は、何というか──化け物でも見たような、表情だった。

 

「あ、あんたらの連れの……あの娘は一体、何者なんだ!?」

「何者って……」

「あいつが何かやらかしたのか?」

 

 リオンの問いに、船長は目を見開いたままがくがくと頷いた。

 

「やらかした、どころじゃない! あの娘は、まだ大砲すら届かない距離のある敵船に津波をけしかけたんだ!」

「……は?」

 

 あまりに荒唐無稽な話に、一同は口々にその可能性を否定する。しかし、ソーディアンたちはあえてノーコメントを貫いた。

 

「つまり……フィオレが怪しい手品を使って、相手の船を沈めたと言うのか?」

「沈めてはいないが、相手の船を海水漬けにして砲撃等の使用を不可能にした。まだ船の舳先に立って何かをしようとしてるんだ! 気味が悪い、早くやめさせてくれ!」

「やめさせろって、別にこの船を沈めようとしてるんじゃなくて、敵船に攻撃してるんだろ? なんでそんな……」

 

 スタンの呆れたような正論に、しかし船長は納得した様子を見せない。更に、こんなことまで言い出した。

 

「あんな眼帯をつけて、まさか魔眼ではないだろうな? 自由自在に津波を起こすなど、ローレライの化身か! どちらにせよ気味の悪い……まるで、かの有名な白椿姫ではないか」

「白椿姫?」

 

 これまでそんな単語は聞いたこともない一同代表、マリーがそれを尋ねる。すると船長は、まるで彼女に対する恐怖心を忘れようとするかのように語り始めた。

 

「し、知らんのか? 老婆のような白髪の、それが気にならんくらいの美女らしいんだが……男を篭絡することに長けていてな。噂によれば、あのオベロン社総帥のヒューゴ氏もその毒牙にかかり、その女を囲っているんだとか」

 

 いきなり見知った人間の名を出されて、スタンやフィリアなどはわかりやすいほどにドキマギしている。しかし、船長は気づいた様子もなく話を続けた。

 

「その美貌を利用して国王陛下まで騙しているんだとか、あの大将軍フィンレイ・ダグが誘いにのらなかったことを理由に殺したとか……いやはやとんでもない悪女だよ」

「……その悪女と、どうしてローレライが通じるんだ?」

「白椿姫は、奇妙な妖術まで使うらしい。何もないところから雷を落とすわ、瞬く間に怪我人を治しちまうとか……歌で他人を眠らせることもできるらしいな。そうやって殺した男の魂を集めるのが趣味なんだとか。もう人間じゃないんだろうよ、そこまで行くと。セインガルドは大丈夫なのかねえ?」

 

 彼は、リオンがどこの客員剣士なのか聞いていないのだろうか。あるいは今しがたの出来事が、聞いたはずの事柄を船長の脳裏から綺麗さっぱり拭ってしまったのかもしれない。

 とりあえず用事を思い出したらしい彼を放って、リオンはいち早く甲板へと上がった。

 

「あの、リオン……」

「妖術がどうのという話以外は、事実無根だ。少なくとも僕は知らない。言うまでもないことだが、あいつには洩らすなよ。女が不機嫌になると、総じて厄介だ」

 

 何かを言いかけるルーティにそう言い捨て、甲板を上がりきる。しかし一同の見た光景は、船長の驚愕がよくわかる光景そのものだった。

 

「天空を踊りし雨の友よ。我が敵をその眼で見据え、紫電の槌を振り下ろさん……」

 

 光で描かれた魔法陣を足元に展開させ、左の手を中空へ掲げたフィオレがその腕を振り下ろす。

 

「インディグネイト・ヴォルテックス!」

 

 魔法陣が消え失せ、随分近くまで来ていた敵船団付近に突如、稲光が生じた。

 敵船団は、すでに満身創痍と称するにふさわしい。突き出た砲門は一見被害がないように見えるも、使われていないことから何らかの障害が発生しているのが明白だ。

 すでに視認できる相手の甲板は、嵐にあった直後のようにずぶぬれで、魚さえ元気に跳ねていた。船長の言葉は、あながち間違いではなかったらしい。

 やがて、敵船付近で雷撃の乱舞が発生する。雷は敵船のマストを引き裂くものの、帆布に火が点くようなことはなかった。

 だらり、とありえない垂れ下がり方をしているあたり、ずぶぬれになっている──沈没していないのが奇跡なほどの規模の津波を受けたと解釈できる。

 それまで一同に背を向けていたフィオレが、くるりと振り向いた。額にうっすら汗をかいており、それなりの疲労が伺える。

 

「遅かったですね」

「お前が張り切りすぎなんだ。少しは待つということをだな……」

「待っていたら、この船が乗っ取られるだけでしたので」

 

 フィオレが示すものを見て、リオンが目を見張る。それは、甲板のいたるところに転がるレンズだった。

 その量たるや、ルーティが嬉々として拾い始めるのを、やめさせる心の余裕もない。

 

「何があったんですか?」

「もう少し接近するまでは待とうかと思っていましたが、あの旗艦を取り巻く船から鳥獣系の魔物が、他の魔物をぶら下げて襲撃してきましてね。手加減できませんでした」

 

 思い出したのは、飛行竜での惨劇だった。放置すれば、あの光景が繰り返される。

 余裕ぶって一同を待つことができず、取り巻きの船を沈めることを覚悟で全力攻撃を仕掛け、親玉がおそらく乗っているであろう旗艦だけは無力化のみにとどめた。

 結果として、幽霊船じみた三隻とそれを従えていた旗艦が眼前を漂っている。

 

「今船長に言付けました。これよりあの旗艦への接舷を試みます。これ以上やると沈めてしまうかもしれませんので、直接乗り込んで親玉を捕らえましょう」

 

 小さく息を乱して、これからの行動をすらすらと提唱する。

 普段ならば一同の不自然な態度に気付いて首を傾げただろうフィオレだったが、気付かないのか気にする余裕がないのか。それを追求することはなかった。

 

「なお、敵船内の移動中は私の代わりにコングマンに戦っていただきます。コングマンにはマリーと共に前衛を担当してもらい、スタンとリオン様にしんがりを勤めていただきましょう」

「ああ? なんで俺様がおめえの代わりなんぞ「あなたの後ろには常にフィリアが待機しています。あなたが手を抜けば、それだけ彼女を危険に晒すことになる」

「ご安心を、フィリアさん! ノイシュタットのチャンピオンであるこの俺様が、あなたを守ってみせましょう!」

 

 フィオレが戦わないと宣言した理由こそ、これまで一同が船長を相手にしていた間の時間にあるのだろう。

 そのことで、リオンが怠慢を指摘することはなかった。

 

「いいだろう。親玉と事を構えるまでには体力を回復させておけ」

「了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて船がゆるやかに動き出し、するすると旗艦の脇に密着する。船員の一人が渡し板をかけ、一同は素早く敵船へと乗り込んだ。

 乗り込んでみると、その船が受けた混乱具合がよくわかる。何しろマストや帆布の至る場所は焦げているのに、船内は水浸しなのだ。どんな嵐が来ようとも、こうなることはないだろう。

 予想以上に迎え撃ってくる船員も少なく、思い出したように魔物が飛びかかってくる程度である。

 そんな中、この男の活躍は大きかった。

 

「グレイトアッパァァァ! ロンブショルダァー!」

 

 フィオレとのストリートファイトでこの技を繰り出していれば、結果も違っただろうと思える技を次から次へと披露していく。

 素手による拳闘はマリーが行くより遥かに早く、そして交戦は終了した。一同は武器も構えずそのまま歩むことを余儀なくされている。

 

『ほっほ。流石はチャンピオンとまで呼ばれる男。豪快じゃのう』

『いやー、確かに。これはどっちかっていうとラッキーだったんじゃない?』

 

 クレメンテもシャルティエも勝手なことを言っているが、忘れてはならない事実がひとつ。

 

「そうですね。フィリア、ありがとう。あなたがこちらにいるおかげで、私たちは実に頼れる人材を味方につけたのですから」

「そうよねー。ねえ、真剣に考えてみた方がいいんじゃない? チャンピオンよチャンピオン。見かけも性格もあーだけど、お金は沢山持ってそうだし。なによりあんたにぞっこんだし」

 

 冗談交じりの言葉だったが、そんなルーティの言葉に対してもフィリアの表情は微妙の一言に尽きた。

 

「わたくしは……その。愛されることは確かに素敵なことですが、愛し愛されるのが恋愛の醍醐味だと文献にはありますわ。正式なお付き合いをするのなら、やはりそういった関係になってからでないと」

 

 もっともらしいことを言っているが、裏返すとコングマンのことを恋愛対象として見ることはできない、という意味になる。

 なんにせよ、恋愛は本人たちの自由だ。コングマンがフィリアにアプローチするのも、それをフィリアが拒絶しようと、不正解は存在しない。

 

「そうおっしゃるルーティさんは、いかがなんですか? どなたか気になるお方は……」

「あたし? あたしの恋人はガルドよ。ガルドを愛してるの!」

 

 明らかに冗談なのだが、彼女らしい。マリーも前衛に立つのは諦めたのか、いつの間にかにこにこしながら話を聞いている。

 男性二人はといえば、背後からの奇襲がないかと警戒しており、いつもなら呑気にくっちゃべってるんじゃないと怒る少年もそんな余裕はないらしい。

 

「マリーさんは?」

「私は……そういったことを思い出そうとすると、頭も胸も痛くなるんだ。きっと何かがあったんだと思う。だから、それがはっきりするまでそういった感情を覚えることはないだろう」

 

 記憶喪失である彼女にならば、ありうる話だと思う。

 普段は好奇心旺盛で、ふと気付くとどこぞでうろちょろしているマリーだが、女性としての魅力はパーティ随一だ。失ったのが忌むべき記憶でないことを願いたい。

 そして、話の流れから当然。フィオレにも、彼女は話を振ってきた。

 

「フィオレさんは、何か思い出しませんか? 殿方との、甘く切ない思い出などは……」

「私、バツイチです。だからそういうのは「えっ!」

『えええっ!』

 

 きっとそんな反応が返ってくるだろう。覚悟はしていたフィオレだが、予想の斜め上をいくような反応に少々戸惑った。

 何故なら、いち早く反応したのはスタン、次いでシャルティエだったからである。その反応の良さに、同じように驚いたであろう女性陣は固まっていた。

 

「……なんですか、その反応は」

「え、だって。バツイチってフィオレさん、結婚してたけど離婚したってことですよね……」

『その若さでバツイチって、政略結婚でもしたことあるの!? 相手が気に食わないから永遠にお別れしちゃったとか……!』

 

 永遠にお別れ。

 胸の奥に鋭い痛みを覚えながら、フィオレは違うことに腹を立てた。

 

「殺してません! 納得は、ちょっと、してもらえませんでしたが……なるようにしてそうなったというか、その」

 

 運命に立ち向かい、切り開くことができなかったから。そう言いかけて、不意によぎった懐かしい顔触れに想いを馳せる。

 たとえこの瞬間に帰ることができたとしても、堂々と会いにいくことはできない。姿をさらして会うことができなくても、一目元気な姿が見れればそれでいい。

 それでも一番見たい顔は、おそらく失われてしまっているのだろうけれど……

 

「その方のこと、あの……好き、だったのですか?」

「いいえ」

 

 考え事の最中に話しかけられ、フィオレは思い切り首を振った。

 

「愛していました。私が私である限り、身も心もその人のものでありたかったから」

 

 熱くなる頬、自然とほころぶ口元を俯いて両手で隠す。それでも隠しきれない色づいた耳を見て彼らが何を思ったのかはわからないが、一度灯してしまった想いだけはどうしようもなかった。

 ふと、フィリアが懐を探る。何を取り出したのかと思えば、彼女は数個のフラスコを取り出していた。

 そして。

 

「……わたくし、ちょっとあの船長を木っ端微塵にして参りますわ」

「はぁ!?」

 

 突如としてそんな宣言を初め、フィオレは目を点にせざるを得なかった。

 更に。

 

「いいわね。親玉とっ捕まえる前哨戦に、派手にやってきましょ」

『ルーティ……』

「止めるな、ディムロス。俺も行ってくる!」

『……もはや、何も言うまい』

「すぐに戻ってくるからな。フィオレは、ここにいてくれ」

「マリーまで……何を言っているんですか」

 

 ここまで来ておいて、彼らは何を言っているのだろうか。何故かそれに、比較的常識人たるソーディアンたちまで止めないとは。

 しかし、結果として船長木っ端微塵計画は未遂に終わった。

 

『坊ちゃん、僕たちも……』

「戯言はそこまでだ。お前ら、何のためにここまで来たのか忘れるんじゃない!」

 

 どうやら正気だったらしいリオンに一喝され、騒ぎは静まる。

 何のことだかわからずじまいだったフィオレだが、教えてくれない辺りに事情を悟ったのだろう。追求はしなかった。

 

「何をボーッとしてやがるんでぃ、おめえら!」

 

 ダミ声で怒鳴られ、ふと前方を見やる。そこでは戦闘続きのコングマンが、見事なタフネスぶりを披露して全戦全勝を納めていた。

 向かってきた魔物や人間は一掃されており、狭かった通路は見事に道が拓けている。気持ちを切り替え、労おうとしたフィオレがふと口を閉ざした。

 フィリアやスタンらしんがりの人間が眉をひそめるのも関わらず、フィリアの後ろへと回る。

 そして。

 

【お疲れ様です、コングマンさん。ここまでこれたのは、一重にあなたのおかげですわ。本当にありがとうございます】

「えっ!?」

 

 フィリアの声、口調を真似てしゃあしゃあと彼女の後ろから出てくる。一同は唖然としているものの、コングマンはまったく気にしていない。

 むしろ、それまで闘志をむきだしにしていた目には感激のあまりか、涙すら浮かんでいる。

 

「フィ、フィリアさんが、俺様に……」

 

 気持ちが言葉になっていないようだが、喜んでいるようなので問題ない。もちろん、声も口調も真似された本人は、くいくいとフィオレの袖を引っ張った。

 

「フィ、フィオレさん、先ほどといい、今といい、これは……」

「声帯模写です。ついさっきも披露したでしょう? 私のひそかな特技だったりします」

 

 しれっと流して、そのままフィリアの声で先を促す。

 新たな敵を見つけて、うおおと爆走するコングマンの背中を見送り、フィオレもまた悠々と歩き始めた。

 

「……びっくり箱みたいな人間よね、あんた」

「ならルーティは、塩と砂糖が間違われたケーキですかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※フィオレは不名誉称号『×1』取得しました。
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