swordian saga   作:佐谷莢

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 ノイシュタット近辺海上、武装船団の親玉との対峙。親玉は、あの人でした。


第五十九夜——望まなかった再会・転〜重要参考人の確保

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コングマンという名の局地的人型台風の後に続いて、一同は旗艦の深奥へと進んできた。

 

「さて、そろそろ終着点が見えてもよさげですけど……」

「うらあ!」

 

 派手な音を立てて、コングマンが前方の扉を蹴破る。

 そこは船長室と思しき船室で、書斎机の上には世界儀、両隣には本棚が並び、壁には海図が張りつけられている。しかしそこはもぬけのカラ。誰一人として存在しない。

 隠れているのではなく本当に誰もいないらしく、気配も何もなかった。

 

「逃げられたか?」

『いや……部屋の隅を見ろ』

 

 面倒なことになった、と一同が動揺するよりも早く、ディムロスが部屋の違和感を示唆する。彼が示した先には奇妙な装置が存在を主張しており、不可思議な明滅を放っていた。

 

「あれは……」

『昇降機ね、おそらくは緊急脱出用の。上階に通じているんじゃないかしら』

「じゃあ、この上に親玉がいるんだな!」

『とっくに逃げ出していた、っていうオチじゃないといいんだけど……』

 

 試しに部屋の中にあった羽ペンを昇降機に放り込み、罠がないかを確かめてフィオレが乗る。アトワイトの言うとおり、確かに昇降操作用の突起があった。

 意気揚々と乗ろうとして、最後にコングマンが足をかけたその時。

 ぶー。

 

「誰でぃ、決戦前に屁なんぞこきやがったのは」

「重量オーバーっぽいですね」

 

 本気か冗談かもわからないコングマンの一言に反応せず、フィオレはため息をついた。

 考えてみれば、船長専用の緊急脱出装置だとするなら、それほどの過重には耐えられないはずだ。むしろ、六人も乗れたのは運がいいほうである。

 

「仕方がありません。コングマンには後で昇降機を使っていただきましょう。幸い、操作は難しくありませんし」

「ああ⁉︎ てめえ、オレ様を置き去りにする気【すみませんコングマンさん。ちょっとだけ、待っていてください】

 

 ぶつくさ呟くコングマンに、再びフィリアの声を使ってなだめて、一同はいよいよ上階へ移動することになった。

 

「今のブザーで、間違いなくこちらの存在に感付かれたでしょう。すぐ戦闘になっても対処できるようにしてください」

 

 右の手を昇降操作盤に這わせて、フィオレはそっとリオンに、正確にはシャルティエのコアクリスタルに手をかざした。

 

「──行きます」

 

 昇る突起を押し込み、すぐに集中を始める。シャルティエでは初の試みだったが、フィオレの所望した第二音素(セカンドフォニム)──大地の元素は確かに存在していた。

 

「母なる抱擁に、覚えるは安寧──」

 ♪ Qlor Luo Ze Toe Luo Rey Nu Luo Ze──

 

 ほんの僅かな時間、狭い昇降機の中で澄んだ旋律が震えて消える。その余韻が、完全に消えるよりも前に。

 

「──()ぇっ!」

 

 突如として爆音が響き、視界は煙幕じみた煙で充満する。

 多少の振動はあれども、一同が無事だったのはフィオレの【第二音素譜歌】不可侵の聖域(フォースフィールド・サンクチュアリ)が発動したからだ。

 無論のこと、相手がそれを知るはずがなく。

 

「何!?」

 

 煙が晴れて、譜歌の効果も消滅する。

 とりあえずわかったことは、今の砲撃で昇降機が壊れたこと、船内であるにも関わらず、可動式の砲台を向けられていたということだ。

 

「ルーティ!」

「わかったわ!」

 

 あれから練習したとかで、今では瞬時に真水を発生させることができるルーティが、フィオレの意図を汲み取ってアトワイトを掲げる。

 瞬く間に砲台は水浸しとなり、乱闘には邪魔な障害物と化した。

 対峙する先に、数人の部下を従えた相手を見る。その姿を認め、フィリアが驚きもあらわにその名を叫んだ。

 

「バティスタ!?」

「フィリアか……それに、フィオレか?」

 

 フィリアのものとは用途も様式も異なる、おそらくは防具の一種であろう眼鏡。武闘派修道士のまとう神官服に身を包んだ男が、そこに立っていた。

 

「おい。こいつは何者だ?」

「私の同僚だった司祭です。フィオレさんとも、その……面識があります」

 

 フィオレを発見した当時、その場にいたことを話すのをためらったフィリアが言葉を濁す。

 

「まさかお前が追ってくるとはな。大人しく石像になっていればよかったものを!」

「そうですね。殺さず石像にして、尚且つ放置してくれたことについては、礼を言わねばなりません。おかげで私は、もう一度彼女と会えた」

「フィオレさん……」

 

 石像、という単語で当時の恐怖を思い出したのか、フィリアの顔が僅かに引きつった。そのまま、不安定なまま戦闘になだれこまれても困る。

 そう判断したフィオレは話に割り込んだ。

 

「風の噂で、どこぞの国の客員剣士に成りやがったと聞いたが……まさかグズのフィリアと一緒になって現われるとはな。女同士で気色の悪いこった」

「……あなたは、神の眼の在り処や、フィリアの上司であったグレバムなる人間の行き先をご存知ですか?」

 

 フィリアに対する暴言は記憶に留めておくだけにして、最重要事項の確認にかかる。予想通り、バティスタから有益な情報は得られなかった。

 

「どこの誰かもわからなくて、途方に暮れた挙句神殿に寄生してた女が偉くなったもん「何か、勘違いしているみたいですね」

 

 鼻で笑った彼の挑発に、耳を傾けてやる義理などない。バティスタの声を掻き消し、フィオレは事務的に告げた。

 

「私が今まで何をしていたとか、あなたがどんな罵倒をしようが、それはどうでもいいことなんです。重要なのは、あなたが神の眼……ひいてはグレバムの潜伏場所を知っているか否か。今すぐその情報を提供するなら、見逃してあげてもかまいませんよ。あなたのような捨て駒如き、それ以上の用事はありませんから」

 

 ゆっくりと、幼子に話しかけるような調子でフィオレは淡々と話しかける。穏やかなその言葉の中にまぎれた挑発を、バティスタは聞き逃さなかった。

 

「ハッ、挑発のつもりかよ。捨て駒なんぞ言われて俺が怒り出すとでも……」

「ああ、ごめんなさい。間違えました。あなたは捨て駒ではなくて、雑魚でしたね」

「……なんだと?」

「釣り用語では外道とも言います。私たちの目的は神の眼……グレバムであって、それ以外はすべて雑魚、で分類しておりますので」

 

 表面上はあくまでにこやかな、しかしその唇から紡ぎ出される言の葉たちはひとつ残らず、バティスタの挑発及び侮辱の意味に使用されている。

 バティスタはそれまでの余裕をすべて放り出し、のほほんとしているフィオレを睨んだ。

 

「てめぇ……一度俺に勝ったくらいでいい気になってるんじゃ「雑魚に勝ったくらいでいい気になんてなれません。私、弱いものいじめは好きじゃないんですよ」

 

 朗らかな言葉の端々ではなく、全体から剣山のようなトゲが突き出てはバティスタに突き刺さる。もはや、挑発合戦の勝敗は火を見るよりも明らかだった。

 怒りのあまり顔色が変わっているバティスタは、それでも最後の抵抗とばかりに口を開いた。

 

「……お前らが知りてぇことなんざ、教える義理はねえ。俺に勝ったら教えてやるよ!」

「では、絶対にあなたを殺さないようにしなくてはいけませんね。難しいと思いますが、皆頑張りましょう。人間、手足の二、三本くらいなら、千切れても死にませんから」

「てめぇっ!」

 

 とどめとばかりに、フィオレが一同をわざとらしく見渡す。その隙をついてなのか、バティスタは一直線に彼女へと詰め寄った。

 その手にはいつか見た修練用のものではなく、鉄製と思われる鉤手甲が装着されている。フィオレがその攻撃に応戦するよりも先に。

 

「させない!」

「しゃしゃり出てくんじゃねえ、小僧!」

 

 マリーと共に突出したスタンが、バティスタの鉤爪を受け止める。二人がかりの攻撃をいなしながら、バティスタは鉤手甲でフィオレを指した。

 

「お前ら、そこの隻眼の女を殺れ! そいつさえ片付ければこっちのもんだ!」

 

 狭い船室の中、バティスタの指示を受けて各々の武器を構えた神官らしき格好の数人が、フィオレに殺到する。

 その目は例を漏れずして一様に血走っていた。レンズを飲み込んだ人間が有する、特徴のひとつである。

 あの眼鏡が邪魔でわからないが、おそらくバティスタもそうなのだろう。遠目から戦いぶりを確認するに、以前より明らかに身体能力が高い。

 フィオレに負けて以降、一層修練に励んでいたようだが、技のキレやら小手先の技術程度ならまだしも、根本的な身体能力はそう簡単に上がるものではない。

 

「アシッドレイ……」

 

 とうとう晶術まで使い始めた取り巻きの一人を、リオンがシャルティエで黙らせる。

 そのまま詠唱を始めた少年を守るように切り結べば、待ちかねた声が聞こえてきた。

 

『そそり立つは剣の山。串刺しとなりて己が罪を知れ!』

「グレイブ!」

 

 見計らったところで大きく後ろへ下がれば、それを追おうとした取り巻き数人が先端の尖った石柱に貫かれる。

 百舌のはやにえ状態で吊るされた仲間に取り巻きが気を取られている間に、現役客員剣士+見習いコンビは見事取り巻きらを片付けた。

 ──四対一ならばすぐに片付くと思っていたが。どうやらマリーもスタンも剣を持たない相手は勝手が違うらしく、大苦戦を強いられている。ルーティは二人を癒すので忙しいし、今のフィリアにマリーやスタンを巻き込まず、コンスタントに晶術を打ち込むのは難しい。

 すぐに救援に向かおうとしたところ、バティスタは彼らから間合いを取ったかと思うと指笛を鳴らした。ばたん、と扉が開いたかと思うと、先ほどと同じような面子の取り巻きがあっという間に押し寄せてくる。

 どれだけ人材が残っているのか知らないが、殲滅する気もなければ、取り巻き駆除に体力を費やす暇もない。

 

「獅子戦吼!」

 

 言葉もなく襲いかかってきた取り巻きらをまとめて吹き飛ばし、フィオレはそれまでバティスタと交戦していた面子を呼んだ。

 

「こちらをお願いします。くれぐれも、晶術は使わせないように」

「わかった」

 

 そのまま一直線にバティスタへと向かう。歪んだ笑みを浮かべて迎え撃つバティスタに、紫電を振るった。

 

「りゃあっ!」

 

 無論それを大人しく受けるバティスタではなく、鉤手甲の爪で防御される。

 押し合いなどする気は毛頭なかったフィオレがあっけなく飛び退ったその時、後方のリオンが詠唱を済ませていた。

 

『つぶては空を駆け、我が敵を殴打せん!』

「ストーンブラスト!」

 

 バティスタの頭ほどもある岩がばらばらと降り注ぐ。

 以前よりも遥かによくなっているフットワークと動体視力を生かして軽々と避けていくバティスタだったが、もとよりそれを直撃させるつもりなどリオンにはない。

 

「ふっ!」

 

 鼻歌すら歌いそうな勢いで華麗に避けていたバティスタの隙をついて、懐まで潜り込む。小回りの利く懐刀を取り出して一撃加えようと見せかけ、鉤手甲を絡めとった。

 

「何っ!?」

「もらいっ!」

 

 瞬時に抜刀した紫電が、バティスタの肩を貫いて翻る。

 そのまま足へ向かった紫電は、他ならぬフィオレの手で引き戻された。

 絡め取ったと思っていた鉤手甲はあっさりと見捨てられ、バティスタは素手で殴りかかってきたのだ。その一撃を紫電で防御する。

 相手は無手、こちらは刃物。当然、痛い目を見たのはバティスタだった。

 

「ちぃ!」

「浅はかな奴だな。そんなちゃちい手が、こいつに通用するか」

 

 リオンに罵られた挙句利き手に傷を負ったバティスタだったが、どこに隠し持っていたのか予備の鉤手甲を装備している。

 短刀を懐に戻し、紫電を正眼に構えた。

 バティスタとの対峙中、リオンがすり足でやってきたあたり、今度は接近戦における手数の多さで攻め込むつもりらしい。そんな彼を見て何を思ったのか、バティスタは口元に下卑た笑みを浮かべた。

 

「噂通り、男をたぶらかすのがうまいなあ。あっちの小僧も、もう食っちまったのか?」

 

 先ほどの挑発合戦で負けたのに根に持っているのか。彼は奇妙なことを口にし出した。

 この手の挑発は、相手にしないのが一番である。が。

 

「オベロン社総帥、セインガルド国王並びに大将軍、果てはファンダリアの第一王位継承者まで……大分知れ渡ってるぜ。お前の百戦錬磨ぶりはな」

「?」

 

 バティスタの言っている意味がわからず、フィオレは混乱した。

 これまで関わってきた権力者たち、という共通点を除いて何の脈絡もない。百戦錬磨というからには、フィオレが何かをしたと彼は暗喩しているようだが……

 

「刺突爪拳!」

 

 考え事をさせて気を散らす目的だったのだろう。繰り出された攻撃を前に、フィオレの疑問はすっかり消し飛んだ。

 繰り出された術技を受け流し、今度は真一文字に紫電を振るう。

 残念ながら、斬れたのはバティスタの神官服だけだった。

 そこへ。

 

「フィリア・ボム!」

 

 それまで取り巻きを相手にしていたはずの少女が、突如としてバティスタにフラスコを投げつける。

 初めて爆薬を自力で調合してから、大分威力を軽くさせたそれをフィリアはそう呼んではばからなかった。

 威力が軽くなったといっても、爆薬は爆薬である。フラスコが割れて中身が四散した直後、バティスタは成す術なく吹き飛んだ。

 更に。

 

「ファイアボール!」

「アイスニードル!」

「フィオレさんになんてことを言うんですの! 『雷よ、迸れ!』ライトニング!」

 

 とどめにはフィリアが放つライトニング。

 殺してはいけない、という前提のもと、全員が初歩の晶術を使っているが、バティスタは大分悲惨な様子になっている。

 しかし──見かけがそうでありながら、むっくり立ち上がって衣服の埃を払う辺り、まだまだ余裕があった。

 

「フィオレさんの侮辱は、わたくしが許しません!」

「大分こいつに感化されたみてぇだな、フィリア? 男だけじゃなくて女まで毒牙にかけちまうのか。とんだいんら「黙れと言っているのがわからないか。聖職者の皮を被った下衆が」

 

 しまいにはリオンまで加わる始末。

 何のやりとりをしているのか、まったくわからないフィオレは、己を貫くことにした。

 

「さて。今更ですが、他の船はとっくに潰してあります。今降伏するなら、これ以上危害は加えませんけど」

「どうだかな。危害は加えなくても、貞操の危険があるぜ」

 

 貞操の危険。

 その言葉を聞いて、フィオレは思い切り混乱した。

 

「て、貞操? 男性で、貞操……えっと、奥さんがいらっしゃるので?」

「とぼけてるつもりかよ。純情そうな顔しやがって、その見てくれでどれだけの男をだまくらかしたんだ? 白椿姫さんよ!」

 

 最後の一言に、フィオレは遅まきながらもバティスタの皮肉に満ちた言葉を思い出す。そして、これまで投げかけられていた言葉の真意を悟った。

 

『天使の金槌よ、彼の者を遊惰に誘え!』

「ピコハン!」

 

 固まりきった空気の中、仕事を忘れていなかったのがリオンである。

 玩具の槌がバティスタの脳天を直撃した瞬間、フィオレは紫電の鞘を手に取った。

 

「ぬがっ!」

 

 紫電の刃であれば、ぱっくりと顔面が割れていただろう。

 斬り上げるように走った鞘に顎を殴打され、ぐらりとバティスタの体が揺れる。隙だらけの胴体に刺突を放てば、鞘は見事鳩尾に突き刺さった。

 

「ぐぅっ……」

 

 どう、と倒れた身体が動き出す気配はない。

 勝利を収めたことを確認して振り返るも、一同は総じて気まずそうにしている。

 そんな彼らの様子に小さく嘆息して、フィオレは第一声を発した。

 

「さて。ふん縛りましょうか。あとフィリア。誰かと一緒にコングマン、連れてきてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※フィオレは不名誉称号『白椿姫』取得しました。
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