全国のリオンファン、お待たせしました! 待望の、リオンデレッデレ回でーっす(笑)
バティスタの逃亡を見届け、レンブラント邸へ戻る。
しかし、もちろん邸宅の至るところには施錠がなされており、どこから侵入したものかとフィオレは頭を悩ませた。
開錠そのものは、少し時間をかければどうにかなる。が、フィオレの開錠技術にはひとつの問題があった。
それは、少しやり方を間違えると錠そのものを故障させてしまい、本来の鍵が使えなくなるという問題である。
カルバレイスの神殿などでは別に壊したところで気にしなかったが、流石に協力者の家の鍵を破壊するのは、ためらわれる。
修理費など請求されても文句は言えないし、好んでそんなものを引き受けたくなかった。
「──とうっ」
とりあえず閉ざされていた門を乗り越え、庭へと侵入する。幸い、レンブラント邸には門番や番犬はおらず、楽々と侵入することができた。
イレーヌの好意により、一同は二階の客室を個別に提供してもらっている。
他の仲間を起こすのは気が引けるが、事情を知るリオンならばまあ、大丈夫だろう。
邸宅周辺に生える樹木を登り、ベランダ伝いに一部屋ずつ窓際の寝台の中身を覗きにかかった。三つ目にして、ようやく黒髪の少年を見つける。
正直ルーティとリオンの区別がつかず悩んだが、立てかけられていたソーディアンを見てどうにか判断がついた。
しかし、こんなことなら自分にあてがわれた個室のベランダか窓の鍵を開けておけばよかったと今更思う。しかし、忘れてしまったものは仕方ない。
コツコツ、と硝子を叩いて音を出すものの、リオンに反応はなかった。普段眠りの浅い彼にしては珍しいことだが、昼間のこともあって疲れているのだろう。
マスターが就寝時の際は機能を一時的に停止し、睡眠と同じような状態に移行しているというソーディアン──シャルティエに念話を使った。
『シャルティエ。起きてください』
『……フィオレ?』
幸い彼はすぐに目覚めたらしく、保護シャッターを開いてコアクリスタルを覗かせている。
『やあ、おかえり』
『ただいま戻りました。つきましては、リオン様に仔細をご報告差し上げたいのですが』
『ああ、起こせって? 時間かかると思うから、ちょっと待っててね』
シャルティエの言葉を不思議に思いながら、とにかく起こしてもらおうと彼の奮闘ぶりを見学する。
『坊ちゃん、起きてください。坊ちゃん!』
普段、シャルティエがこんな風に呼びかけることはない。そんなことをせずともリオンは早起きだし、眠っていたとしても異常を感知して目を覚ます事の方が多い。
硝子をつつく音には気付かずとも、シャルティエの声はどうにか、彼の深層意識に届いたようだ。
身じろぎをした後、ゆっくりとリオンは寝台から起き上がった。
『ベランダを開けてください。フィオレが帰ってきました』
最悪の寝起きなのだろうか。やけに緩慢な動作で寝台から降り、ぼんやりとした目でシャルティエを見て、ベランダに視線を移す。
佇むフィオレに驚いた様子もなく、彼は粛々と閂を外した。
そして、ベランダの戸を開けてフィオレを招き入れる。
「!?」
「……さむい」
てっきり開けるだけ開けてさっさと寝台に戻るかと思いきや、紳士だ。
驚愕し、固まるフィオレの袖を引いて入室させる。このところ、触れるどころか接近も嫌がっていた彼がどういうことなのか。
驚くべき事態はまだ終わらない。
「……リオン?」
「……」
フィオレの袖を掴んで部屋に引き入れたかと思うと、彼はそのままフィオレにしがみついてきたのだ。抱きしめるのではなく、幼子がするようにしがみつく。
寝ぼけて母親に甘える年齢まで退行しているのかと思ったが、確かリオンは母親そのものに甘えたことがないはずだ。そして彼の母に似ているのはマリアンで、フィオレではなかったはず。
マリアンと間違えているのか、フィオレだとわかっているのか。
どの道これでは、報告をしたところで夜が明けたら忘れられている可能性が高い。
倉庫の天井裏に張り込んだせいで、体のあちこちが痛かったフィオレは報告を諦めて、さっさと休むことにした。
「起こして悪うございましたね。報告は明日にします。部屋に戻るので、離してくださいませんか」
「いやだ」
即答。しかも、しがみつく腕に力がこもったような気がする。嘆息して、フィオレは初めて室内に特有の香りが漂っている事に気付いた。
ヒューゴ氏との晩酌後に気付く、馥郁たる移り香……アルコールの匂い。
「リオン、あなた酔ってるんですか?」
『好きで飲んだわけじゃないよ。イレーヌが武装船団を壊滅させたお祝いー、ってことで夕飯豪華にしてくれたんだよね』
「はあ」
とにかくこのままでは疲れると、リオンに腕を回して寝台に腰掛ける。彼は嬉々としてフィオレの膝の上に乗り込んだ。
「いいにおい……」
そりゃそうだろう。天井裏に潜り込んで全体的に埃っぽいとはいえ、フィオレは香水を常用しているのだから。
フィオレはそのままシャルティエの話に耳を傾けた。
「……それで?」
『うーん……完璧子供に戻ってるなあ。あ、それでね? なんか知らないけど倉庫での出来事、見てたみたいなんだよ。フィリアを除く全員』
「倉庫での……?」
『ほら、尋問ひと段落させて、君が坊ちゃんに指環をつけさせたでしょ。それをずっと握ってたじゃない』
何となく人の気配を感じていたために行ったことだったが、確かに功を奏したらしい。しかしこれは、リオンにとっては災難なだけだっただろう。
『ルーティが面白がって問い詰めて、坊ちゃんは孤軍奮闘でその話題から逃げまくって。で、何故かそこから飲み比べに突入。ルーティは坊ちゃんを酔わせて口を軽くさせようとしたみたいだけど、自分も飲みまくったからね。結局二人して撃沈しちゃった』
それでどうにか寝室へ戻り、夜中に起こされてこうなったというわけか。
明日、二日酔いにならないことを祈る。
「さすが姉弟。似たもの同士ということですか」
『似たもの同士っていうか、同族嫌悪っていうか……ところでフィオレ』
苦笑と共にそれを零せば、シャルティエは同意する素振りを見せてその件にクギを刺してきた。
『そのこと、黙っておいてよね。坊ちゃんなりの考えがあって、隠してるんだからさ』
「言われなくとも。それはいつか、リオン自身が明かさなければいけないことです。野暮な真似はしませんよ」
気付けば膝の上で寝息を立てているリオンをそっと引き剥がしにかかる。
しかし、浅かったようだ。ぱちりと目を開いて、恨みがましげにフィオレを見た。
「……行っちゃやだ」
「また私と同衾したいんですか?」
からかい混じりにそれを告げるも、彼は何のためらいもなく頷いている。
何をされるわけでもないだろうが……されたところで彼を半殺しの憂き目に合わせるだけだが、それでもフィオレの中にはためらいがあった。
幼いという認識はあれど、少女に見紛う美少年であろうと、リオンが男であることに間違いはないのだ。そのことは、指導する立場の者としてしっかり把握している。
「私がマリアンでないことはわかっていますね?」
「そんなの、見ればわかる」
「……じゃあ、何で」
こうなったらとことん問い詰める。答えられないなら、実力行使をするまでだ。
ほんのりと頬を紅色に染めた少年は僅かに逡巡しながらも、それを口にした。
「……聞きたいことが、あるんだ」
「はい」
「フィオレが結婚したのは、どんな男だったんだ?」
顔が眼に見えて強張る。それだけははっきりとわかった。絶句するフィオレに気付くことなく、リオンの質問は続く。
「その指環、結婚指環なのか? 相手と、自分の……だから渡せないのか?」
「違う!」
そんなわけがない。本物は、とうの昔に手放したのだから。
思いの他荒い声になってしまったことに自分で驚いて、フィオレは小さく咳払いをした。
「え、ええっと、どんな人か、って……そうですね」
フィオレすら驚いたというのに、リオンが驚かない道理はない。
シャルティエともども驚愕を隠さず視線だけは外さないリオンから眼をそらし、誤魔化すようにまくしたてた。
「優しくて、真っ直ぐで、強い信念を持った、正義感がとても強い人でした。でも同時に不器用な人でしたね。何かと誤解されやすかったので……」
『でもその指環、同じデザインだったよね。ペアリングなんじゃ』
「私は質問に答えました! もう寝ますから、じゃ!」
顔が熱い。
それ以上、過去のことに触れられるのがどうしても耐えられなかったフィオレは、顔を背けて立ち上がろうとした。
もはやリオンが何を抜かそうと、聞く耳を持たない。彼を膝から降ろそうと腕に力を込め……リオンを一目見て、力が抜ける。
紫闇の色持つ切れ長の瞳はこれ以上ないくらい潤み、あまつさえ目尻から一筋、二筋と透明な雫が零れている。
端整な顔立ちをくしゃくしゃに歪めて、リオンはぽつりと呟いた。
「……行かないで」
「……!」
「傍に、いて」
フィオレは動かない。
頷くべきではない。首を振って、拒否をし、部屋から出て行くべきだ。
これ以上この少年とは親密にはならないと、自分に戒めたのだから。
必ず訪れる別れに悲しむのは少年ではなく、フィオレ本人なのだから。
するべきことはこれ以上ないくらいはっきりしている。それなのに。心の底からわきあがってくる、この感情は……
かつて恋をした時さえも、こんな感情は知らない。抱いたことはない。無理やり似たような事例を探すなら、かつての弟子と接している時だろうか──
かつて母になり損ねた彼女が、正式に抱くことのなかったこの感情。母性愛という名がついていることを、彼女はまだ知らない。
女性が本能として備えているその感情に、理性が太刀打ちできるわけがなかった。
「……泣かないで」
嗚咽を零す少年の頬をつたう涙を拭う。
その顔を胸へ押し付けるように抱きしめて、あやした。
「傍にいます。ここにいますから」
嗚咽の止まらない少年を抱きしめたまま寝台に横たわり、慈しみをこめて頭を撫でる。彼はフィオレをじっと見つめた後で、安心したように目を閉じた。
まもなく、すぅすぅと健やかな寝息が聞こえてくる。その寝顔を見て、フィオレは心底から息をついた。
『さしものフィオレも、泣く子にはかなわない?』
『いや、焦りました。まさか泣かせてしまうとは……』
涙の跡が残る頬を撫で、シャルティエのからかいが含まれたその言葉に苦笑する。
そして、フィオレは唐突に我に返った。
リオンが無事に寝付いたのはいいが、現在フィオレもシーツの中。彼と身体を密着させていることもあり、どうあってもリオンに気づかれず脱出は不可能だ。
そのことは、シャルティエも腹が立つほど承知していたらしい。
『さ、どうやって戻る? いっそ坊ちゃんも連れてく?』
『……もういいです』
諦めて、そのまま楽な姿勢になる。リオンはしがみついたまま、自分は腕を枕にするような形だ。
『あれ、ねえ、ホントに眠っちゃうの? 坊ちゃんの色香に負けて、がばっ! とかやったりしないの?』
『私に少年を襲うような性癖はありません。あなたの目の前で何をしろとおっしゃるのですか』
『いいんだよ、僕のことは気にしなくても。気にしてくれるのは、すごく嬉しいけどさ。そんな君にだったら、安心して坊ちゃんを任せられるよ』
『いや、任されても責任取れませんよ』
『大丈夫だよ、一発やっちゃえば何とでも……あ、いや。えーと、結ばれちゃえばオールオッケーだよこういうのは』
『何にもオッケーな要素がないです。動物じゃないんですから。仮に恋愛するなら、肉体ではなく精神的なものからお付き合いを始めるべきですよ』
いつまでも小うるさいシャルティエのおしゃべりを聞き流し、眼をつむる。
リオンの寝息は、どんな子守唄よりもフィオレに安心感を与えた。
『……フィオレはフィオレで、寝つきいいなあ』