swordian saga   作:佐谷莢

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 ノイシュタットにて、継続待機という名の休暇中。イレーヌに付き従ってのお買い物。
 倉庫貸与の対価を体で支払うべきとする辺り、イレーヌもなかなかしたたかですね。
 どさくさに紛れて、アクアヴェイルという外国へ潜入するにあたって、下準備を。


第六十三夜——予期せぬ休日~慌しい日常、穏やかな非日常

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィオレの眼が再び開いたのは、日が昇ろうとしているその時だった。

 リオンやシャルティエが目覚めるよりも早く彼らの部屋を出て、邸宅中を歩き回り風呂場を拝借する。

 手早く汗や埃を落としてさっぱりしてから、フィオレは何食わぬ顔で自分にあてがわれた部屋へと戻った。

 これまで仲間たちに対して一度たりとも使っていない額冠(ティアラ)管理操作盤を取り出し、レーダーの起動を試みる。赤、青の信号を放つ額冠(ティアラ)はノイシュタット内にいるが、黄の信号を放つ額冠(ティアラ)は見当たらない。

 レーダーの範囲を広げると、黄の信号はフィッツガルド領海のど真ん中にある。

 それを確認した直後のこと。

 バタバタと騒がしく廊下を駆ける音がして、忙しなく扉が叩かれた。

 

「開いてます」

 

 その返答を聞くや否や、乱暴に扉が開かれる。立っていたのは、汗だくになったスタンだった。

 

「おはようございます。珍しく早起きですね、スタン」

「それどころじゃないです、バティスタが逃げました! さっきフィリアと一緒に食事の差し入れに行ったら、扉が壊れてて……」

「そうですね」

 

 この慌てようを見る限り、リオンは彼らにこのことを話していないらしい。それも仕方ないか。

 フィオレの徹底した冷静ぶりに、スタンが言葉もなく目をテンにしている。その彼を押し退けて廊下へ出ると、すぐそこでフィリアがルーティとマリーを前に困惑していた。

 

「まさかあんた、昔のよしみで逃がしたんじゃないでしょうね!?」

「そんな、私は何もしていませんわ……」

 

 最終的にはほとんど意識を飛ばしていた人間にそれは難しい。そのやりとりを目にして、誰よりも早くスタンが飛び出した。

 

「やめろよ、ルーティ。言いがかりだ!」

「あのね、スタン。あんたがフィリアの味方だってことはよーくわかったわ。でも世の中には白黒つけなきゃいけないこともあるの!」

 

 珍しくルーティが冷静だが、ほぼ当てずっぽな辺りが彼女らしい。

 盛大な仲間割れが勃発したその瞬間、ある意味でフィオレをホッとさせる声音が割り込んだ。

 

「なんだ、朝から騒々しいぞ」

 

 現われたのは、どこか不機嫌にも見えるリオンである。軽く頭を抑えているのは二日酔いの表れか。

 そういえば、ルーティもどこか気分が悪そうに見えないことはない。

 

「聞いてよ、バティスタが逃げたのよ! それで……」

 

 フィリアが逃がした、とでも断定する気だったのか、あるいは可能性を示唆するだけか。

 ともかく続く言葉は、あっさりとリオンに断ち切られた。

 

「ああ、うまくいったんだな。昨夜の首尾はどうだった」

「上々です」

 

 何の話をしているのか、尋ねるルーティにリオンにも提案した放流作戦の概要を伝える。

 彼女は納得した素振りを見せて、それからフィリアに頭を下げた。

 

「フィリア、ごめんね。早とちりしちゃって……」

「ルーティ、早とちり」

「あー、もう。先行ってるから!」

 

 事の起こりをイレーヌに報告する、と言ったからだろう。彼女はマリーを従えて足早に食堂へと向かった。

 それに続こうとして、スタンとフィリアが足を止めているのに気付く。

 

「さあ、俺たちも行かなきゃ……」

「……わたくし、駄目ですわね。ルーティさんに疑われるような行動をしているなんて」

 

 ポツリと零したフィリアの独白を、スタンが聞き逃すことをするはずもない。

 彼に任せておけばいいだろうと、フィオレは足を止めずにその場を去った。

 

「珍しいな。お前がフィリアを放置するなんて」

「守ってるだけじゃ、その人のためにはなりませんから」

 

 たとえスタンが何を言ったとしても、それが正しいかそうでないのかを判断するのはフィリアがすることだ。

 ただでさえ、彼女はフィオレが言った言葉を、鵜呑みにする傾向にある。考えるまでもないことだが、それは恐ろしく危険な兆候だ。フィオレは彼女に、何も考えない純真なだけの人間になってほしいなどとは思わない。

 食堂手前で、彼女たちが追いついてくるのを待つ。

 それを見て何を思ったのか、リオンもその場に留まった。

 

「バティスタは、どこへ逃げたと思う?」

「レーダーでは現在フィッツガルド領海のど真ん中にいますね。ここからならカルバレイスにも、アクアヴェイルにも、セインガルドにも、名も無き小さな孤島にだって行けます。目的地が定まらず闇雲に追いかけるのは危険かと」

 

 そんなことはもちろん彼もわかっているのだろう。小さく嘆息して、取り出した操作盤をちらりと見やった。

 

「しかし、そうなると時間が余るな……」

「では、行き当たりばったりで航海しまくりますか? ミントティーばかり飲むのは飽きますよ」

 

 暗に体質のことをつついてやれば、案の定機嫌を悪くしている。眉を歪めて沈黙するリオンに、昨晩のことを思い出さないようにしながら、フィオレは努めて平常に接した。

 

「最終的な決定権はあなたにあります。好きなだけ悩んでください」

「……言われるまでもない」

 

 やがてスタンに連れられたフィリアが合流し、ようやく食堂へと足を踏み入れる。

 ルーティたちから大体の話を聞いていたらしいイレーヌは、深刻そうな憂い顔をリオンへと向けた。

 

「港から、一隻の小型輸送船が行方知れずとなっているわ。おそらく、武装船団の親玉はそれで逃亡したのでしょうね」

「ああ、そうなる。奴に行き先がわかり次第、船を貸して欲しいんだが」

「でも、親玉といえど、もう武装船団そのものはないのよ? 一から立て直せるほどの組織力はないようだし……」

 

 そういえば、彼女には神の眼に関する事柄を一切伝えていない。

 バルックの時とは状況が違い過ぎたのだから仕方がないが、ここで略奪行為の再犯性が低いからといって断念するわけにはいかない。

 

「そうもいかないんだ。あの男を野放しにすれば、神の眼の行方が永遠にわからなくなる」

「え?」

「話せば長くなりますが、少し前に神の眼が略奪されました。彼は略奪した組織の一員です。私たちはセインガルド王の密命によりそれを追って、ここまで来ました」

 

 神の眼に関する知識、その存在はイレーヌも教養の一環として存じていたことらしい。彼女は激昂したように立ち上がった。

 

「なんですって? 聞いていないわ!」

「俺たちは、奴らから神の眼を取り戻さなきゃならないんです。お願いします」

 

 スタンの懇願を聞き、リオンから滅多に聞けない台詞──「頼む」と駄目押しされて、イレーヌは小さく唸っている。

 

「……どこに逃げたのかは、わかっているの?」

「まだわからないが、アクアヴェイルである可能性も否定はできない」

「アクアヴェイル以外ならば、何の問題もないわ。でも、もしもあの国だったら……」

 

 柳眉を歪めて不吉な予感を口にするイレーヌ、辛抱強く彼女からの協力を取り付けようとするリオン。

 緊迫した空気の中、ちょいちょいとフィオレの肩をつついたのはスタンだった。

 

「アクアヴェイルって、そんなに危険なところなんですか?」

「セインガルドとは敵対関係にあります。私たちが使っていた船はセインガルド国籍ですから、運が悪ければ海軍に索敵され、領海侵犯とみなされ、問答無用で沈められるでしょうね」

 

 密かな質問に答えている最中に、リオンはイレーヌからどうにか承諾を取り付けた。

 

「もしもアクアヴェイルに逃げ込まれたら、送ることしかできないわ。本国へ戻る手段は、用意してあげられない」

「覚悟の上だ」

「とにかく、アクアヴェイルが絡んでいないことを祈るばかりだわ……」

 

 すとん、と力が抜けたようにイレーヌは椅子に座り込んでいる。残っていた報告書にざっと目を通して、彼女はふとフィオレを見やった。

 

「そうそう。倉庫を貸した交換条件に、フィオレちゃんには沢山付き合ってもらおっと」

「……その、ちゃん付けはどうにかなりませんかね」

「無駄だな。できるなら、とっくの昔に僕が実行している」

 

 気分を入れ替えるようにイレーヌの一言で朝食が始まり、フィオレは出された紅茶を一口飲んだ。

 蜂蜜とバターが添えられたパンケーキを切り分け、口へ運ぶ。出来立てであることがよくわかる、美味しさだった。

 

「それで、私は何をすればいいんですか? 趣味に付き合うとか何とか……」

「それは後でのお楽しみ♪」

 

 そう言って微笑むイレーヌだったが、何故か背筋に寒気が走る。その直感が正しいものだったとフィオレが知ったのは、そう遠くもない未来だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食後少ししてから、イレーヌに連れられノイシュタットの街を歩く。

 てっきり、以前来たときと同じように孤児の子供たちと触れ合うか、あるいは彼らに『隻眼の歌姫』として接してほしいとでも抜かすかと思っていたのだが、どうも違うらしい。

 なぜなら二人は今、間違いなく富裕層向けの通りを歩いているのだから。当然周囲は富裕層の人間たちばかり。

 

「ねえ、フィオレちゃん。お仕事用の制服じゃなくて、もっと女の子らしい服は無いの? 何なら私のを……」

「いや、いいです、持ってますんで」

 

 その中で、制服を嫌がられて普段着着用でイレーヌについてきたフィオレはかなり浮いていた。

 被服の生地に関してならば問題ないが、何せ一切の装飾品もなければ化粧の類もしていないのだ。

 だからといって、フィオレが気にしなければいけないのはただひとつしかないのだが。

 

「で、どこへ行こうと言うのですか?」

「ここよ」

 

 イレーヌが示したのは、年頃の娘たちが行き交う大型の服飾店である。

 行きつけなのか、イレーヌは慣れた様子で入店すると接客に来た店員へ何事かを告げた。店員は彼女から手渡された何かを預かると、「ではこちらへ」と戸惑うフィオレをも連れて奥へと案内する。

 通されたのは、イレーヌによって預かったカードキーによって入室可となった一般客が立ち入れないスペースで、見渡す限り大量の被服が並んでいた。

 女性物ばかりでなく、ありとあらゆる年齢向けの被服がずらりと揃えてあるのは、かなりの圧巻である。

 

「こ……ここは?」

「会員とその連れだけが立ち入り可の、ゲストルームよ。ここは一般生産品も、一流の服飾師が手がけた一点ものも揃えていてね」

「まさか趣味とは買い物で、私はそのお手伝い……?」

「正解♪ さ、これ持ってついてきて」

 

 彼女がフィオレに押し付けてきたのは、巨大なカゴでもバスケットでもない。布をかければそのまま衝立になりそうな、可動式の洋服かけである。

 そして──フィオレが再び日の目を見たのは、落ちゆくノイシュタットの夕日であった。

 ほぼ一日を彼女の買い物に費やしたことになる。

 あれからイレーヌは広いゲストルームをさんざん歩き回り、フィオレの常識からは考えられないほどの被服を選んでは確保していった。

 更に、ようやく歩き回るのをやめたと思えばゲストルームの片隅へと連れて行かれ、試着室を指差し「さ、試着してみて」などと言い出したのである。

 

「ご自分で着てみればよろしいではありませんか」

「それだと後姿とかが、わからないじゃない」

 

 そんなもの鏡で確かめればいいものを、歩く姿なども見たいとゴネる始末。

 彼女が選んだ被服すべてに袖を通し、それで厳選したものを更に彼女自身が試着を続けていたため、ここまで時間を浪費したのだと思われる。

 ただし、フィオレとて唯々諾々と従っていたわけではない。その証拠として、フィオレはイレーヌの戦利品とは別の包みを携えていた。

 きっかけはほんの些細なもの。

 購入衣装選びにげんなりしていた際、フィオレはふとある被服一式に目をとめていた。

 

「これは……」

 

 ハンガーを用いず、木彫りの人型へ着せるように展示されているそれは、セインガルドやカルバレイスとはまったく異なった趣にして異彩を放っている。正確には、ハンガーにかけられる代物ではない。

 慣れない人間が着用すれば、たちまち日常生活に支障をきたすだろう袂を備えた小袖。

 どのような体型の人間だろうと着こなせるよう腰紐で調節する類の袴。

 それらを剥がせば、細々とした小物の装着も余儀なくされるだろう。

 フィオレ本来の出身地の関係で非常に親しみ深い、俗に和装と呼ばれる特殊衣装。

 

「アクアヴェイル地方の民族衣装を参考にアレンジしたものね。デザイナーは……知らない人だわ。新人さんかしら?」

 

 取り付けられたタグを見て首を傾げるイレーヌを他所に、フィオレはとある部分に注目していた。

 アクアヴェイルなる地方が島国密集地域であること、現在のセインガルドとは冷戦に等しい状況下であることはすでに承知している。

 諸外国と距離が開いていることから、風土も文化も多少は異なるだろうということも予想はしていた。

 しかし、アレンジした民族衣装がこれとは。

 自分の額冠(ティアラ)操作盤でバティスタの行方がアクアヴェイル寄りになっていることを知ったフィオレは、その時点で逃亡先はかの地方ではないかという予想を立てていた。これでは潜入した際、今の格好がかなり悪目立ちするかもしれない。

 表向きは陳列用木彫り人形を見つめ続けるフィオレに何を思ったのか、イレーヌはその肩をぽん、と叩いた。

 

「ああ、すみません。次は……」

「フィオレちゃん。それが欲しいの?」

「へ?」

 

 視線を木彫り人形に張りつけていたことに気付いたフィオレは、慌てて首を振った。

 

「いえ、ちょっと考え事を……」

「そうならそうと言ってくれればいいのに。私の趣味に付き合ってくれたんですもの、お礼に一着プレゼントしてあげる♪」

 

 駄目だこの人、聞いてない。

 あれよあれよという間に店員を呼びつけ、木彫りの人型を丸裸にしてしまう。一応着てみろと渡され、フィオレは促されるままに袖を通した。

 

「ところでフィオレちゃん、着方はわかる? 私も一度試してみたことがあるんだけど、手順がややこしくて挫折したことが……」

 

 カーテンを開いて、イレーヌに姿を見せる。

 彼女は口を閉じてフィオレを上から下までじっくり見た後で、ほう、と嘆息を零した。

 

「そっか、着たことがあるのね。それにしてもうらやましいわ。フィオレちゃん、どんな服でも着こなしちゃうから……」

「イレーヌさんの見立てが、それだけ優れているということなのだと思いますよ」

 

 その一言に原因があるのか否かはわからないが、とにかく彼女の買い物は続いた。

 その購入物はあまりにも量が多く、店の保有する馬車を借りなければ帰れないほどである。

 包まれた被服を馬車へ積み、ほくほく笑顔のイレーヌと共に馬車へ乗り込み、数名の店員から見送られ。

 フィオレは向かいに座るイレーヌに尋ねた。

 

「それにしても、どうしてこんなに服ばっかり買い込むんです? 体がいくつあっても足りないでしょう。買い物が趣味なら食料品買ったって……」

「あら、そんなことないわ。衣装はいくつあっても嬉しいものよ。それに、私の趣味は買い物じゃなくてデザイナーの作品を見ることなの。買っているのは、気に入ったからよ」

 

 確かに彼女が購入したのは、日常生活用の平服も、どこの式典に出る予定なのだと尋ねたくなるほどの豪奢な礼服も、大量生産品ではなく一点ものばかりだった気がする。

 だから服だけではなくて、小物や装飾品も折を見てよく買うのだと、彼女はしれっと言ってのけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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