swordian saga   作:佐谷莢

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 続・ノイシュタット。今度は皆でお出かけを。
 倉庫をまるまるひとつ貸してもらったことで、フィオレはイレーヌの着せ替え人形を甘んじて受け入れています。
 そんなわけで、フィオレは二度目のドレスアップ回(笑)


第六十四夜——休日は終わらない。なんて素敵な(ハズの)一言

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バティスタの位置を示す発信機は、相変わらずアクアヴェイルへ向かっている。

 イレーヌと共にレンブラント邸へと戻ったフィオレはリオンとの協議の末、これ以上軌道が変わらないようならばアクアヴェイルへの出征を彼女に提案することを決定した。

 

「そんなわけだ。イレーヌの機嫌を取ってこい」

「これ以上何をやれとおっしゃるのですか。明日はあなたが頑張ってくださいよ」

 

 協議を終えたフィオレが疲れた、と主張するように長椅子へ身を横たえる。

 咎められるかと思ったが、そこから昨夜の出来事を穿り返されると思ったのか。リオンはそれを横目で見ただけで何を言うこともなかった。

 

「僕に何をやれというんだ。女同士、何をすればイレーヌが喜ぶかくらいは想像できるだろう」

「明日は子供たちに配るんだって、焼き菓子作ってたみたいですから。そのお手伝いに行ってくればいいでしょう。ついでに子供同士、遊んでらっしゃいな」

「いきなりそんなことを言い出したら怪しまれるだろうが。あと僕は子供じゃない」

「私がやったって怪しまれますって。機嫌取りなんて下心携えていれば余計に。大丈夫、十分子供ですよ。そうやってムキになるあたりが」

「お前はイレーヌと知り合って日が浅いんだ。子供好きを装えば不自然さは隠せる。現にここの子供と顔見知りなんだろう? 僕とそう変わらないくせに大人ぶるな。そっちのほうが子供じゃないか」

「子供は嫌いです。あなたのようなひねくれているのは余計に」

「……喧嘩売ってるのか」

「おや、ようやくひねくれていることを自覚し始めましたか。大変よろしい傾向です」

 

 無言でシャルティエを手にしたリオンを見やり、フィオレも軽やかに起き上がる。

 視線を張りつけたまま同じように各々の得物を掴む二人を交互に見て、イレーヌは大仰なため息をついた。

 

「二人とも。そういう悪巧みは、私がいないところでするものじゃないかしら……」

「まあそんなわけですから。明後日には出港できるように手配してほしいのですが」

 

 二人が協議をしていたのはどちらかにあてがわれている私室などではなく、他のメンバーも集う広間である。

 夕餉を終えた食後のこと、ふとフィオレがバティスタの動向について切り出した。全員に通達するついでのように、こんな話の流れが出来上がったのである。

 

「つ……つまり、アクアヴェイルへ行くことは確定なんですか?」

「発信機から考えられる移動速度を考えると、明日の夕日が沈む頃、彼はアクアヴェイル入りします。今から進行方向が変われば、話は別ですが……可能性は低いでしょうね」

 

 食後に出されたデザートを食べていたスタンの質問に答えつつ、フィオレは占領していた長椅子から立ち上がった。

 その最中にも、剣呑な表情を浮かべるリオンから眼を離していない。

 

「それでどうなんだ、イレーヌ。どうしても嫌だと言うなら、陛下の勅命状かそれに準ずるものをこいつに取りに行かせる必要があるんだが」

「わかった、わかったわ。だからそんな無茶は言わないで頂戴」

 

 ノイシュタットからダリルシェイド間には定期船が出ているとはいえ、実際にそんなことをすれば、かなりの時間のロスになる。

 だが、時間のロスを気にしてここまで使ってきたセインガルド船籍の船を使うほど、リオンは愚かではない。

 それがわかっていてのことだろう。イレーヌは両手を挙げて降参でもするかのように頷いた。

 内心でほっと息をついたフィオレではあったが……次なる一言に、再び背筋に寒気が走る。

 

「そ・の・か・わ・り。今度は皆にお願いがあるの♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。イレーヌから提示された条件とは、「みんなで出かけないか」ということだった。

 詳細としては、闘技場観戦や公園まで出張っての花見など、一同の気分転換には最適な内容である。

 昨日彼女の趣味に付き合ったフィオレの様子から不安になっていた一同は、胸を撫で下ろして玄関へと集合した。

 ところが。

 

「あれ? フィオレがいないわね。どうしたのかしら」

「あいつなら、さっきイレーヌに引っ張られてどこかの部屋に……」

「お待たせ~」

 

 薄情なリオンが彼女の行方を知らせるより先に、上機嫌なイレーヌが玄関に現われた。

 にこにこ笑顔のイレーヌは階段を下りようとして、くるりと後ろを向く。

 

「そう恥ずかしがらないで、すっごく似合ってるから」

「あの、そういう問題じゃないんですけど……」

 

 階段の暗がりから、フィオレの声がした。

 それに構うことなく、イレーヌは後ろから押すように、彼女と共に階段を下りる。

 そして現われたのは──

 

「イレーヌさん、押さないで。足元が安定しなくて危な……」

 

 布製の段々──フリルが幾重にも施された裾が翻る。

 露草色を基調とし、たっぷりとした袖に細かなレースがふんだんにあしらわれた意匠のドレスをまとったフィオレが、よろめきながら現われた。

 普段は無造作にまとめられている髪はイレーヌによって形よく結い上げられ、両腕は無骨な手甲でなく柔らかな絹の手袋で覆われている。

 首周りこそきちりと覆われているが、まるでその場所で布地を使い果たしたかのように背中はむきだしだ。

 ──殻を剥かれた甲殻類の気持ちがわかるような気がする。

 耳たぶには星型のイヤリングが揺れ、更に眼帯がまるでお洒落のためにつけているかのような派手なものへと変化している。

 自分の化粧技術でどのような傷があろうと隠してみせる、と息巻くイレーヌをなだめるのに飽きたフィオレが「そろそろ怒っていいですよね?」と脅しをかけ、急遽彼女が用意したのがこれだ。

 だからといって、履き慣れないハイヒールの着用を許してしまったのは失敗だったかもしれない。

 

「あっ」

 

 咄嗟に突き出した足の先に段はなく、見事に踏み外す。

 こりゃやばい、と咄嗟に身を固くしたフィオレは、次の瞬間誰かに抱き留められた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「ええ。ありがとうございます」

 

 見上げれば、空色の瞳がフィオレを見下ろしている。にこ、と微笑んで一歩後ろへ下がると、彼もまた三歩ほど距離を取った。

 その顔が色づいていることに頓着しないまま、無意識に絹の手袋の位置を整える。

 

「素敵ですわ、フィオレさん!」

「……どうも。私はこの格好のせいで、階段から転がり落ちるところだったのですがね」

「フィリアさんもそう思うでしょ? 一度会った時からお人形さんみたいな子だったから、一度着飾った姿を見たくて!」

 

 等身大木彫り人形の着せ替えでもしていればいい。

 きゃいきゃいはしゃぐ彼女らを見て、フィオレは本気でそう思った。

 

「うーん……でもこれは確かに。美人局(つつもたせ)とかやったらうまくいきそうね!」

『男役がいないじゃない。あなたがやるの?』

「似合ってるぞ、フィオレ」

 

 ルーティたちは内輪もめを始め、マリーは興味津々にフィオレが身につけている小物の観察を始めている。

 男性陣はといえば、実に様々な反応をしていた。

 すでにリオンは件の記念式典にて着飾ったフィオレの姿を知っている。それはシャルティエとて同様だ。しかし、スタンや他のソーディアンたちは違った。

 

『ほほぉ……これはまた。いいのう。若い娘が着飾るというのは』

『おいスタン。貴様どこを見ているんだ!?』

「いや……フィオレさん。思ったより胸あるんだなーって」

 

 ぽろっ、と零れたスタンの呟き。そこでシャルティエがいきなり騒ぎ始めた。

 

『あっ!? スタン、まさか今のでフィオレの胸に触った!? そういえば今抑えてないよね?』

『む? 抑えるとは何のことじゃ、シャルティエ』

『フィオレね、実はかなりグラマーだったりするんだけど。邪魔だから、って普段布をぐるぐる巻いて揺れないように抑えてるんだよ。でも今結構膨らんでるから、多分……』

「シャルティエ! あなたなんでそんなこと知ってるんですか!」

 

 突如としてサラシのことをばらされ、思わず声に出して怒鳴る。すると、彼は飄々とこんなことをのたまった。

 

『あっ、やっぱりそうなんだ。フィオレ、寝てる時よく胸の辺り触ってるんだよね。気になって観察してたら、服の上から何か引っ張ってるみたいだったから、それで』

 

 確かに目が覚めたとき、サラシが解けているときが何回かあったが……無意識に解いていたということなのか。

 思わぬ事実が衝撃的で、フィオレはスタンに胸を触られたかもしれないという疑惑をすっかり頭から飛んでいた。

 幸い、今のやりとりはフィリアと一緒にはしゃいでいるイレーヌには届いていない。

 

「さ、まずは闘技場へ行きましょう」

 

 ようやくイレーヌの一言が入り、一同はぞろぞろと闘技場へと向かった。

 闘技場へと向かう道には多くの観客、観光客が立ち寄るものの、イレーヌは特別席のチケットをすでに確保していたため、チケットショップは通過。

 

「男達の熱き力と技の祭典、ノイシュタット闘技場へようこそ!」

 

 上半身裸である必要は皆無であるはずの、もぎりの男にチケットの半券を奪われる。

 イレーヌがそうしたように、フィオレもチケットを差し出した。

 ところが。

 

「む……」

 

 男はチケットではなく、フィオレを凝視している。

 イレーヌにされたものとはいえ、やはり化粧が濃ゆすぎたかと、チケットを男の顔の前で振った。

 

「……はっ! ち、チケットを拝見……うむ。ごゆっくりどうぞ」

 

 妙にうやうやしい手つきでチケットを破かれ、一同の中で最後尾にいたフィオレが闘技場内へと進む。

 その様子を見ていたらしいイレーヌは、妙にニコニコしながらリオンを見た。

 

「やっぱりフィオレちゃん、モテモテね。ねえリオン君、今のフィオレちゃんはどう思う?」

「別に。見かけがいいのは元からで、今はお前の見立てで着飾ってるから目立つんだろ」

 

 流石リオン。さりげなくイレーヌの機嫌を取ろうとする姿勢──褒めることを忘れていない。

 しかし彼女は、喜ぶどころか腑に落ちない顔でフィオレに話しかけてきた。

 

「変ねえ……リオン君のことだからきっとドキマギすると思っていたのに。いつの間にかオトナになっちゃったのかしら?」

「以前、セインガルド建国式典で私の正装を見たことがありますからね。特に目新しいものではないのでしょう」

 

 そんな事実を彼女に話せば、イレーヌは落胆を隠さず物珍しげに周囲を見回していた一堂へ闘技場の案内を始めている。よほどリオンの表情が変わったところを見たかったのだろう。

 

「さ、もう始まる頃だわ。観客席へ行きましょう」

 

 そう言って、彼女は一般席へと大移動を始めた群集に背を向けて係員の配置されている大扉へと向かった。

 一人一人のチケットを見て、特別観覧席の客だと確認した係員が大扉を開く。闘技場を囲み見下ろすような形の観客席は、ダリルシェイド郊外の野外演習場ととてもよく似ていた。案外設計は同じなのかもしれない。

 それは特別席もまた同じで、対岸の一般席は人がごった返し立ち見せざるをえない状況だが、特別席の椅子ひとつひとつはゆったりとしている上に人数そのものが少ない。

 ここの上流階級の人間はこういった見世物を野蛮と思うのか、あまり訪れていないのだろうということがわかった。

 やがて闘技場内でファンファーレが鳴り響く。拡声器でも使っているのだろう、妙に響く司会の合図と共に、試合が始まった。

 挑戦者同士が各々の得物を構えて、派手に激突する。

 確かにきちんと見ていれば血湧き肉踊る、力と技の祭典だろう。しかし、フィオレはその催しをほとんど眠って見過ごしていた。

 思った以上に椅子は大きくて柔らかく身体を預けるに最適だったし、最近あまり眠っていなかった上、特に昨夜は精神的に磨り減っている。

 無駄な礼装を身にまとっているためリラックスこそできなかったが、フィオレには貴重な休息だった。

 

「もっと強え奴はいねえのか?」

 

 突如としてそんなダミ声が鼓膜を刺激する。闘技場を見下ろすと中央で挑戦者をのしたコングマンが盛大な高笑いを上げていた。

 それまでチャンピオンとなるべく代表者となった挑戦者が現チャンピオンと戦い、敗北に喫したのだろう。

 そこで、司会者の茶々が入った。

 

「強い、強い! 流石は我らがチャンピオン、歯牙にもかけない! 先日細腕の美女に喧嘩を売られた挙句、一方的にやられたなどという噂が信じられない勇姿だ! やはりあれは、アンチチャンピオン派によるデマだったか!?」

 

 コングマンの高笑いが一気に尻すぼみになる。すでに噂になっていたか、観客達に一切の動揺はない。しかし、彼女は知らなかったようだ。

 

「あの怪物に勝った女性!? 信じられないわ、いないでしょそんな人」

『良かったねフィオレ。細腕の美女だってさ』

 

 いらないことを呟くシャルティエのコアクリスタルを中指で弾く。

 コングマンが現われ始めた頃からだろう。前に座る中年男性の後ろにおどおどと隠れるように、フィリアが身をすくめていた。

 

「もう出ましょうか。見つかっても厄介ですし」

「! そ、そうですわね、行きましょう!」

「え? 誰に見つかるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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