swordian saga   作:佐谷莢

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 inアルメイダ。作中の「シストル」はシターンの仏語読みです。
 シタールとは別物ですよ? 


無職彷徨編
第七夜・出会い——またしても、人ではないけど


 

 

 

 

 

 

 

 慌しくストレイライズ神殿を出て近郊の森を抜けたフィオレは、とある村に立ち寄った。

 斜面を利用した多層構造の村で、巡礼者向けなのか、宿屋や露天商がそれなりに立ち並んでいる。

 適当に宿を選び、簡素な部屋の中。フィオレは外套を椅子にひっかけ、寝台に寝転がった。

 白布で作った眼帯を毟り取り、ぺいっと放る。眼帯はひらひらと宙を舞いながら、下ろした荷袋の上にだらしなく広がった。

 久しぶりに両眼を使って、すぐに目蓋を下ろす。

 しん、とした部屋の中、外のざわめきがどこか遠かった。

 ふと、腰に差したままの存在に気付いて手探りで外す。

 手入れの成果として、こ汚い木刀から威風堂々たる異国風の片刃剣へ変身を遂げた紫電は、当たり前だが大人しくフィオレの手の中に収まっていた。

 ここへ至るまで紫電の活躍は目覚ましく、違法スレスレながらいい買い物をした、とつくづく思う。

 フィオレとて、普通の剣が使えないわけではない。普通の剣と言っても形の違いから重さ、サイズの違いまで千差万別だが、基本的な扱い方は体に叩き込まれている。

 それでも、メジャーな両刃、肉厚の剣はフィオレにとって重い。格下の相手ならともかく、互角、格上の相手に対して合わない装備は、つけこまれる隙を提供しているようなものだ。

 紫電は、かつて所持していた家宝の血桜に並ぶ良刀だとフィオレは評価している。

 さて愛すべき新武器の手入れをしなければと起き上がって──手入れ用の布を、誤って寸断してしまったことを思い出した。

 普通の布ではいけないわけではないが、手入れ専用の布であることが望ましいし、フィオレに余計な布地の持ち合わせなどない。

 更に神殿前で最低限仕入れた携帯食料も底をつきかけているし、レンズもそれなりに溜まっている。

 ストレイライズ神殿からこの村までは、おざなりだが街道が敷かれていた。だが、これからもそうとは限らないから方位磁石もほしいところだ。

 贅沢を言うなら、財布がほしい。

 仕入れるべきものを仕入れるべく、フィオレは放ったばかりの眼帯をつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 施錠を確認して、宿を後にする。

 そこでフィオレはよろず屋のおやじに、生涯初めてレンズを換金してもらった。幸いにもそこで手入れ用の布、方位磁石、適度な携帯食料、簡易ソーイングキットの入手に成功する。よろず屋の名は伊達ではなかった。

 問題は財布だが、適当な巾着袋でもよし、どうしてもなければ適当な布を買って自分で縫ってしまえばいい。

 軽い気持ちで、フィオレは露天商の立ち並ぶ通りをふらふらと出歩いた。

 小さな村だけあって『活気溢れた』とは形容しがたいが、それでも巡礼者だろうか。通る人々が絶えることはない。

 とある露天にて、良さそうな巾着を見つけ、どうしようかと立ち止まり、ひたすら眺めていた矢先。

 品物が置かれた布の端に、ふと気になるものを見つけた。

 雫型、あるいは涙滴型の共鳴胴に長い棹が取り付けられており、二本の弦が対になった計十二弦の演奏弦が張られた、弦楽器と思しき物体である。

 幼い頃、似たような楽器を興味本位でいじったことがあるのだが、似ているようで似ていなかった。

 基本的な構造は同じであるものの、件の楽器はもっと太っていた──共鳴胴が洋梨を半分に割ったような形だったはずである。

 

「あのー……」

「なんだい、買うのかい?」

「それはまあ置いといて。この楽器ってリュートですか? 随分痩せてますけど」

 

 店番をしている老女は、先ほどから店のまん前で突っ立っていたフィオレを胡散臭げに見上げてきた。

 買うのか買わないのか、はっきりしろと言わんばかりに目を眇めていたが、フィオレの問いに一応答えている。

 

「これはリュートの仲間、マンドリンなんかと一緒に派生したシストルという楽器だよ。あたしがあんたくらいの頃はこれで歌って、小銭を稼いだもんさ」

「へえ……」

 

 老女の許可をもらって、楽器を手にとった。

 軽く爪弾いてみれば、調弦は甘いものの、まずまず音は合っている。

 全体的に古びた感じは否めないが、がらくたというわけではない。

 

「なんだい、あんた。素人じゃないね」

「リュートに触ったことがあるだけで、れっきとした素人です」

 

 形は違えど、演奏をするという感覚が懐かしい。

 フィオレがそれなりに手馴れた手つきで奏でるのを見て何を思ったのか、老女はひとつ提案を持ち出した。

 

「どうだい。それ、買わないかい?」

「は?」

「買うならこの巾着と専用ケース、交換用の弦をつけてあげるよ」

 

 老女が提示したのは、先ほどまでフィオレが熱心に見ていた赤い巾着袋、紐でまとめられ専用のケースに入った何種類かの弦、手製と思われる布と革製の持ち運び用ケースに500ガルドという値段。

 ちなみにこの金額は、フィオレのとった宿で換算すれば約四日分に相当する。

 中古の楽器どころか普通の楽器すら、標準価格のわからないフィオレだったが──

 

「いいんですか? 売り物ですらないのに」

 

 そう。この楽器に値札はついていない。

 おそらく老女が、弾かなくなった今でも若き日の思い出として手入れを怠らず、傍に置いておくほど大切にしておいたものだろう。

 それを見ず知らずの旅人に売るとはどういう了見か。

 老女はおだやかな微笑を浮かべて、首を真横に振っている。

 

「いいんだよ。あんたが弾いているところ見たら、まだ現役なのに私と一緒に隠居させるのは可哀想になっちゃってねえ。時々でいいから弾いてあげておくれ」

 

 ……それとなく、強制的に購入させられそうなのは気のせいだろうか。

 老女の笑顔には何も含みあるものはないのに、ついつい疑ってしまうフィオレンシア・ネビリム27歳の午後だった。

 とはいえ、この楽器が気に入らないわけではない。フィオレはあっさり500ガルドを支払った。

 用を果たしたということでもう宿に戻ってもよかったのだが、宿でこの楽器をいじれば騒音迷惑となるだろう。

 フィオレは老女の承諾を貰って、露天の隣に座りこんだ。

 まずすべきは調弦だが、一度演奏した方が全体的に弦の様子を把握できるだろう。

 どうせここは、ざわめき絶えぬ大通り。フィオレひとりが多少騒いだところで問題はないはず。

 ボイストレーニングなどはしていないが、それでも譜歌を使っていたのだ。

 音程をしくじれば譜歌は発動しないのだから、そこいらの陶器が割れるようなことはないだろう。

 数度の深呼吸を繰り返して、フィオレはシストルを奏で始めた。

 

 

 

 ♪ Toe Rey Ze Qlor Luo Toe Ze

 Qlor Luo Ze Toe Luo Rey Nu Luo Ze

 

 Va Rey Ze Toe, Nu Toe Luo Toe Qlor

 Luo Rey Qlor Luo Ze Rey Va Ze Rey

 

 Va Nu Va Rey, Va Nu Va Ze Rey

 Qlor Luo Qlor Nu Toe Rey Qlor Luo Ze Rey Va

 

 Rey Va Nu Qlor Toe Rey Rey──

 

 

 

 

 やはり、なんとなく音がずれている感じがする。これは音叉を手に入れて、しっかり調弦したほうがいい。

 結論付けてから、フィオレは伏せがちだった顔を上げた。

 

「!?」

 

 そして、硬直を余儀なくされる。

 現在フィオレの眼前には、十数人クラスで人が集まっていた。

 大人から子供まで、地元のわんぱくそうな子供もいれば、巡礼者らしき一団も垣間見える。

 ──演奏中、何となくざわめきが増えたような気はしていた。

 巡礼者の集団が新たに村へ到着したか、くらいにしか考えていなかったのだが、これは一体どういうことなのか。

 苦情を言うためにこれだけ集めてしまうほど、自分の歌声は聞くに堪えないものなのか。

 

「ちょいとあんた」

 

 かつてない衝撃を覚えて、そんなことをぐるぐる考えていたフィオレの思考を正気づかせたのは、あの老女の声だった。

 

「ただ歌っただけじゃだめよ。こうしなきゃ」

 

 言って、フィオレの前に底の深い器らしき物を置く。

 木製のボウルに見えるのだが、次の瞬間。

 

 ちゃりん

 

 誰が投げ入れたのか、ガルド硬貨がボウルの中に収まる。

 それを皮切りに、拍手とガルド硬貨がぽんぽんと飛んできた。

 

「……えーと。これは……」

「こっちじゃね、弾き手や歌い手の技量を評価したガルドを投げてから拍手ってのが一般的なんだよ。皆あんたの歌を評価したくてガルドを持ってたのに、入れ物がないからどうしようか、立ち往生してたんだ」

 

 それを尋ねたのは、ボウルに硬貨が溜まり、これ以上フィオレが歌いそうにないと判断した聴衆が散っていった後のことである。

 老女は、当初の無表情がまったくうかがえない、ほくほくとした笑顔でボウルの中のガルドを数え終わった。

 フィオレに財布を出すよう要求し、「全部で百七ガルドね」とわざわざ換金してくれたらしく、小銭ではなく百ガルド硬貨と七枚の一ガルド硬貨を入れてくれる。

 

「それにしてもあんた、なかなかいい声を持っているじゃないか。明日もここで歌わないかい?」

 

 なぜここまで親切なのか。

 どうもフィオレが偶発的に行った路上ライブのおかげで集客数が増し、結果として彼女が売っていた小物もかなり売れたからのようである。

 それを物語るように、露天の品物はずいぶん少なくなっていた。

 丁重に断れば、彼女は残念そうな顔を隠さないものの、それ以上は何も言わない。

 

「それにしても、珍しい歌だね。何を言ってるのかさっぱりわからないのに、耳に心地よかったよ。どこの歌なんだい?」

「……オリジナル、です」

 

 誰の、とは言わない。

 上機嫌の老女と別れて、帰途につく。

 宿へ帰りついたフィオレはというと、共同の風呂に浸かって体の埃を落とし、早々部屋へ引き上げていた。

 来たばかりと違い、今すぐ眠ってしまいたいくらいの疲労が彼女にのしかかる。

 ──考えてみれば、疲れているのは当たり前だ。

 このところ、修練や勉強をしていたとはいえ、だらだら過ごしていた神殿を出て、気を張っては魔物と交戦、路上演奏など久しぶりのこと、慣れないこと続きなのだから。

 机に置かれたシストルを取って、フィオレは小さく息を吐いた。

 楽器の演奏も、意味のない単なる歌唱も、本当に久々である。そこそこガルドが稼げることもわかったし、これからは多少、嗜んでみようか。

 そんなことを考えながら、フィオレは刀身が黒く塗られた短刀を取り出した。

 鞘を払い、シストルの胴の裏にがりがりと紋様にも似た文字──フォニスコモンマルキスを刻む。

 嗜むと決めたはいいが、持ち歩くとなると両手が塞がれてしまうのだ。それでは咄嗟に刀が抜けない。

 専用ケースとやらで背負うには少々取り回しに難があるため、コンタミネーションを使って体に収納しておこうという魂胆である。

 件の若年寄がどうしていたかは知らないが、フィオレは対象に特殊なフォニスコモンマルキスを刻んでいた。こうすればフィオレにとって、かなり負担が軽くなるのである。

 負担が軽い分、彼女は棒手裏剣、笹の葉型手裏剣、更にあの魔剣を収納しているわけだが、今回はそこに弦楽器が加わるのだ。

 流石にこれ以上収納物を増やしたら、フィオレの体に変調をきたすだろうと予想できるため、今回が打ち止めだろうが。

 そもそもこの世界で、物質を音素(フォニム)と元素により分ける儀式が成功するのかも危うい。

 することなすことが始めての世界、神殿に滞在時と継続して『ダメでもともと。なら試してみよう』の精神がフィオレに染み付きつつあった。

 

「──求めるは汝。我が血、我が肉、我が力たれ」

 

 活性化した音素(フォニム)の流れに合わせ、彫ったフォニスコモンマルキスが明滅する。

 シストルを音素(フォニム)と元素の組み合わさった塊にした後、収納場所と決めた背中へ近づけた。間違えて腹に収納しようものなら、すでに収められている魔剣と元素同士がフィオレの体の中で反発しあい、無事ではいられないだろう。

 問題のシストルは、何事もなくむき出しの背中へ収められた。

 幾度か繰り返し、コンタミネーションが正常に働いていることを確認する。

 ──ふと、フィオレは鏡で自分の背中を見た。

 古傷、加えて数種類もの人体強化譜陣が刻まれていたはずの背中は、まっさらなキャンパスのように白い。

 

「……」

 

 大きく嘆息をして、フィオレはそのまま寝台に寝転がった。

 はしたない上に行儀は悪いが、今の彼女はかなりやさぐれている。

 これまで自分の生きてきた証がないことに対する喪失感、古傷はともかく肉体強化の譜陣がなくなっているのに、これまでと遜色なく戦うことができることへの疑問。

 むしろ例の疾患が失せた、あるいはなりをひそめているために体が軽い。

 余命幾ヶ月と宣告されていた身、現在健康であることはきっと喜ぶべきことなのだろうが、どうしても手放しで喜ぶことはできなかった。

 ──達のこともあるが、問題を追及すれば、ここはどこなのか、世界レベルの疑問に及んでしまう。まさしく八方塞がりだ

 唯一の突破口は、神殿の地下で接触した思念体の言葉である。

 フィオレを『来訪者』と呼び、切々と願いを訴えた思念体。契約者となって星の守護者──精霊と思しき存在と契約を交わせと。そうすればフィオレの疑問に答えると、思念体は言っていた。

 

 つまりこれからは、守護者を探さなければならない。ノーヒントで。アテもなく。

 

 通常、そういった存在を各地の村や街の人間に尋ね回ったところで当たる確立は大いに低い。宗教色の強い地域なら、触れただけで余所者などあっけなく排除、あるいは弾圧される。

 従って古い資料などを検索するのが安全で正確な情報を得る可能性も高いのだが、そういった資料が大量に保管されているであろう知識の塔はストレイライズ神殿のすぐ隣。知らん顔で戻ることはできない。

 嘆息をつき、もうかなりよれよれになってしまったサラシを胸部に巻きつけ、フィリアからもらった地図を開いてみた。

 この村の名はアルメイダ。一番近くにあるのがダリルシェイドなる、ここセインガルド地方の首都である。

 南西にはハーメンツというアルメイダと規模は変わらない──しかし、神殿のお膝元とも言えるアルメイダと違って余所者は目立つ、閉鎖的な村だと思って差し支えないだろう。

 そこから更に南へ進めば極寒にして常雪の大地、ファンダリアだ。

 関所的な意味合いを兼ねてだろうか、セインガルドとファンダリアを区分けするようにジェノスという街があり、南下すれば首都ハイデルベルグ、更に南下すれば港町スノーフリアが存在する。

 とりあえず、探索は現在地でもある第一大陸から始めるべきだ。

 現地で情報を集めるにしても初めに雪国で頑張るか、気候の安定しているであろうセインガルドに逗留し、路銀を稼ぎつつ一般的で社会的な常識を身につけるべきか。

 第二大陸だの、第三大陸だの、只今鎖国中だとかフィリアに習ったアクアヴェイルとかいう島国密集地域は当然ながら後回しだ。

 さてどうしたものかと悩むうち、本格的に眠くなってきた。

 寝台に潜り込んで考え続ける間にも、夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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