swordian saga   作:佐谷莢

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 inシデン領。アクアヴェイル編の始まり始まり。
 まずは情報収集をしたいところですが、変に聞き込みをすると余所者感丸出しで目立ちます。
 目立たないように……と思っていたのが一転、フィオレの気まぐれで大変なことに。
 あ、ちなみに原作ではぷらぷらしていたおじいちゃんが暇だったのか、現在シデン領の様子をぺらっぺらしゃべってくれますよ。
 よく見れば格好から余所者だとわかるはずなのに、怪しいと思わなかったのですかね?(笑)
 


第六十九夜——明鏡止水~やってることは猫助け

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午後を少し過ぎた辺り。ジルクリスト邸にいた頃なら優雅にお茶でも嗜んでいたであろう頃合に、一同はシデン領へたどり着いた。

 風精の視界を借りて見下ろした際は水路が張り巡らされている、と思っていたが、実際に見てみるとまた違う。

 水路というよりは建物の周囲を堀で囲ってあるかのような風情だ。従って、街中は徒歩で行き交う人々に溢れている。

 

「……文献で見た通りですわ。とても特殊なお洋服なのですね」

「変わった建物よねえ。扉にノブがないし、動かすと壁の中に埋まるみたい」

「細い路地が多いな。迷いそうだ」

 

 案の定、仲間たちは見たこともない異文化に触れて好奇心を隠していない。

 マリーに至っては近くの食事処に立ち寄りかけて、ルーティに引き戻されている。

 

「お前ら、あんまりきょろきょろするな。よそ者だということが丸判りだろう」

「観光は後です。行きましょうか」

 

 この人数で歩き回るのは、きっと目立つだろう。だが、勝手のわからない異国で別行動を取るのも不安だ。

 風精の視界を思い起こし、フィオレはゆっくりと歩き始めた。

 

「どこへ行こうっての?」

「シデン領領主邸です。私のアテが外れていなければ、とある情報が得られるはず」

 

 大通りを抜けて進んでいくうち、一際大きく赴きも雅な建造物が見えてくる。

 あれを目指しているんだと一同に知らせれば、リオンが胡散臭そうに鼻を鳴らした。

 

「まさか、乗り込むつもりじゃないだろうな」

「まさか」

 

 そもそもフィオレが目的としているのは、人ではない。

 リオンの疑いを軽くあしらうも、フィオレはこの時点で若干の不安を抱えていた。

 やはり連れの風体がこの地の人々のものではないからだろうか。行く人来る人からの視線をやけに感じるのだ。

 鎖国中の異国への密入国という負い目で過敏になっているのならいいのだが、現に周囲を見回すとそそくさと視線を逸らして過ぎていく人々が多い。

 やはりフィオレではなくて、フィリアの神官服をどうにかしたほうがよかったのか。それとも先程の挙動不審が尾を引いているだけなのか……

 腰に提げた紫電のせいだけではないことは確かだ。何故なら紫電の鞘は、余りのサラシを巻きつけてしまったのだから。

 気にしてもどうしようもないことだけは確かである。実害があるまで、フィオレは放置しておくことにした。

 顔を上げて一直線にシデン領領主邸へ近づく。そこでフィオレは、特徴的な声を聞いた。

 

「スタン、ちょっと」

 

 おもむろに一本の大木の下へ歩み寄ると、いきなりどうしたのかと言わんばかりの一同をさておいてスタンを呼ぶ。

 やってきたスタンの腕を掴んだかと思うと、ぐいぐいとある位置へ誘導した。

 

「な、な、何ですか」

「ちょっと踏ん張っててください。間違ってもよろけたりしないでくださいね」

 

 できる限り動かないようにきつく念を押す。そしてフィオレは、いきなりスタンの背中を登り始めた。

 

「ちょ、ちょっとフィオレさ……」

「理由ですか? 樹上を見てくださればそれで」

 

 指差されて、スタンがひょいと上を見上げる。

 彼の視線、彼女の指の先、更に樹上から張り出た一本の枝の先に一匹の子猫がいた。細い枝先は子猫の体重でたわみ、子猫は恐怖で体がすくんでいるのか微動だにしない。

 少し離れたところでは子供が、子猫の名らしきものを呼んでは降りてくるよう呼びかけている。

 やがてスタンの背中を登りきったフィオレは、彼の両肩に自分の足を乗せていた。

 無論のこと、編み上げの長靴(ブーツ)は脱いで薄手のレギンスに包まれた足である。バランスよく直立したフィオレは、真上の枝に手を伸ばしてスタンに告げた。

 

「足を肩幅に開いて、衝撃に備えて下さい。今から跳びますから」

「わかりました」

 

 できるだけ膝を曲げて、文字通りスタンを踏み台に跳ぶ。伸ばした手のほんの僅か先にあった枝を両手で掴み、そのまま懸垂の要領でフィオレは首尾よく枝に乗った。

 真下ではスタンが跳躍の衝撃を受けてバランスを崩しており、リオンが呆れたように見上げている。

 大道芸か何かと勘違いでもしたのか、人が集まってきているようだが、今更後には引けない。

 今フィオレが立つ枝から、子猫のいる枝までは上下にかなりの距離がある。

 指先と足先で小さな取っ掛かりを探し、梢まで登ると子猫がフィオレの存在に気付いた。

 ここで警戒させてしまっては元も子もない。フィオレは口元を押さえて小さく咳をすると、声帯模写を披露した。

 無論その模写は、下で子猫を呼ぶ子供の声などではない。親猫が子猫を呼ぶ時に使うものだ。

 

【…………】

 

 ぴくん、と子猫が反応する。そのまま寄ってくるかと思われたが、子猫はその場に留まったままだ。迎えに来てもらえるとでも思っているのだろうか。

 子猫がいるだけでたわむ枝など、フィオレが行けば当然折れる。再びフィオレは声帯模写を行使した。

 何度か呼びかけて、ようやく子猫がそろそろと前足を動かし始める。

 フィオレはと言えば子猫を刺激しないためにか、その様子を視界の端で見守るだけだ。猫は眼を合わせると敵認定をしがちなため、である。やがて子猫が、フィオレの腕が届くところまでやってきた。

 あと一歩近寄ってきたら首根っこ掴んで捕獲しようと企んでいた、そのとき。

 何やら羽ばたきが聞こえたかと思うと、突如現われた漆黒の鳥が子猫に襲いかかった。

 確か鴉という種類だ。いきなり現われたということは、近くに巣があって卵を温めていたのかもしれない。

 脳裏の違う場所で冷静にそんなことを考えたフィオレが、バランスを崩して足を踏み外した子猫に手を伸ばす。

 結果、フィオレも樹上から落下した。

 

「危ない!」

 

 子猫が片手にしがみついていることを確認してから、落下中目星をつけた枝めがけて足を伸ばし、膝裏を引っ掛ける。

 膝裏に鈍痛を覚えはしたものの、地面へ激突するのは免れた。ただし手が子猫で埋まっている今、宙ぶらりんの現在は頭に血が上るし身動きが取れない。

 さあどうしようかなと考える内にふと下を見ると、そこにはスタンが顔色を青くして待機していた。

 

「スタン。そこにいられるとあなたが危険なのですが」

「今危ないのはフィオレさんの方です!」

「落下した人間の危険性は隕石にも匹敵します。最悪、圧死しますよ」

「でも……!」

 

 そうこうしているうちに、逆さのまま抱えていた子猫が暴れ始める。

 しっかり捕まえていたつもりだったのだが、異常な状況に耐えられなかったのか。フィオレの手から逃げ出したかと思うと、袂の中に入り込んでしまった。

 ともあれ、これで両手が使える。もし子猫が何かの拍子で零れてしまったとしても、スタンが受け止めてくれるだろう。

 しかし、膝裏を枝に引っ掛けたまま起き上がるのは人体の構造上不可能だ。そこで、フィオレはわざと、ひっかけていた足を伸ばした。

 随分増えてしまった野次馬たちから悲鳴が上がる。頭から地面へ落下しながら、フィオレは冷静にすぐそばの幹を蹴った。

 首尾よく適当な枝を掴んで停止、幹を伝ってするすると降りていく。地面にたどり着く頃、ブーツを携えたフィリアが涙目で迎えてくれた。

 

「もう、どうしていつもそう無茶ばかりするのですか! 見ているこちらはハラハラしましたわ!」

「フィリアの言う通りですよ。そりゃ悪いことじゃないけど」

 

 見なければ万事解決だ、と抜かすフィオレにスタンも加わって抗議、リオンなどは半眼で鼻を鳴らしている。

 

「お前のお節介のせいでこんな騒ぎになってるぞ。どうするんだ」

「実害が出なければ気にすることじゃありませんよ」

 

 長靴(ブーツ)を履き、目を白黒させて事の成り行きを見守っていた子猫の飼い主と思しき子供に歩み寄る。

 未だに懐から出てこない子猫の首裏の皮を掴んで引きずり出すと、少年は嬉々として手を伸ばしてきた。

 

「アッシュ!」

「……躾は、子猫のうちからきちんとしておいたほうがいいですよ」

 

 明るい灰色の子猫だから、その名も致し方ない。懐かしいその名に苦笑を零し、くるりときびすを返す。

 寄り道を一同に詫び、集まっている野次馬をものともせずに歩き出したところで、とある会話が気になった。

 

「──なあ、あの娘エレノア様に似てないか?」

「──似てるな。もっともあんな眼帯はしていなかったし、眼の色も御髪の色も違うようだが……」

 

 野次馬をかき分けるようにしながら、時折仲間達がちゃんとついてきているかを確かめながら記憶を検索する。

 アクアヴェイルのエレノアといえば、以前イスアード将軍が「何の参考にもならないかもしれない」という前提のもと話してくれた亡き人物名にあったはずだ。

 確か、本名エレノア・リンドウ。モリュウ領領主子息の恋人だか何だかだった気がする。

 それが何故だか、トウケイ、という領の領主にして現アクアヴェイル公国を束ねる大王とかいう人物に嫁がされてどうたらこうたら、ということと、そのエレノアなる女性がフィオレに酷似している、程度までは聞いたはずだ。

 彼女自身とは馴染みが薄いはずのシデンの住人がそんなことを囁くとはどういうことか。それほどまでに彼女は、ここアクアヴェイルにおいて有名な人間なのか……

 となると、フィオレが素顔を晒しているだけで目立つということになる。それは少々歓迎できない。

 自意識過剰かもしれないが、用心は重ねるものだ。フィオレは歩きながら荷袋を漁った。

 取り出したのは、大きめのキャスケットである。以前ダリルシェイドで購入したもので、サイズが合わないために目元をすっぽり覆えるものだ。

 アクアヴェイル風の衣装では違和感があるだろうが、顔を自然に隠せるものなどこれくらいしかない。

 ところが、フィオレの目論見とは真逆の方向で動き出そうとしている人々がいた。

 

「ねえ! 今の連中、あんたが誰かに似てるとか言ってたわよ!」

「ひょっとして、記憶喪失になる前のフィオレさんを知ってるのかも……」

「それは一大事ですわ。早急にその方々を呼び止めましょう!」

 

 俄然色めく彼らにまずは落ち着くよう言い渡し、有無を言わさず場所を移動する。

 存外彼らは素直についてくるが、文句を垂れるのは忘れていない。

 

「どうしてですか? それにその帽子……」

「彼らが話していた女性については、イスアード将軍──セインガルド七将軍の一人にしてアクアヴェイルより招聘された方から多少のことは伺っています。その人はもう、お亡くなりになられているそうですよ」

 

 彼から知りえた情報を、包み隠さず打ち明ける。今現在、彼女は故人なのだ。噂が立つ程度ならまだしも、近親者、血縁との接触だけは避けなければならない。

 彼女のことに関してはリオンも聞き及んでいたらしく、眉間に皺を寄せて確かめてきた。

 

「お前、本当にそのエレノアとかいう女じゃないだろうな」

「違うと言っているのに。いつになくしつこいですね」

『フィオレ、坊ちゃんの身になって考えてみて? 頼りになる剣の師が一転、虫も殺せないようなお嬢様になっちゃったらやっぱり困るよ。まあその時はなんだかんだ言いつつ坊ちゃんが護ってくれるだろうから、そんな坊ちゃんの勇姿に君が惚れてくれればそれもアリだと僕は思うけど』

「……じゃ。その時は精々、護っていただきましょうか」

 

 シャルティエの妄想垂れ流しを適当にあしらい、一同はフィオレの先導のもと、ようやく領主邸前へと訪れた。

 人の行き交いが一段と激しい大通り、フィオレの望んだものは眼前の巨大な掲示板に掲げられている。

 

「あったあった」

「何あれ? 随分見難いわねえ……」

 

 ルーティがぼやくのも無理はない。掲示板の文は縦書きで、横書きが基本の大陸ではなかなかお目にかかれるものではないだろう。

 かくいうフィオレも、こちらの文字に慣れきっているわけでもないため、縦書きでなくても読みにくい。

 眼を細めながら一生懸命黙読していると、横からスタンが内容を音読してくれた。

 

「えーと、先の出来事に起因し、モリュウ並びにトウケイの定期船、及び漁船の出港の無期限停止をアルツール・シデンの名において命ずる……これって」

「参りましたね。これでは個別交渉の余地もないではありませんか」

 

 港が静かだったということは、何か異変が生じたのだろうと思っていた。

 しかし、領主の命令として発布されているのでは、手の出しようがない。

 

「先の出来事ということは、きっと何かあったのでしょう。バティスタと何か関わりがあるのでしょうか……」

「ねーちゃんたち。モリュウの新領主のこと知ってるのか?」

 

 不意に声をかけられ、更に何かが足の周りにまとわりつく。見下ろせばそれは小さな毛玉で、よくよく見てみると和毛も柔らかな子猫だ。

 そして、内輪での話し合いが十分に聞こえる距離に見覚えのある少年が立っていた。

 まずいことに、スタンがそれに反応してしまっている。

 

「モリュウの新りょ……う」

「ああ、どこかで見たと思ったら先ほどの猫とその飼い主ではありませんか。何か御用ですか?」

 

 過剰反応しかけたスタンの額冠(ティアラ)に微弱電流を発生させて黙らせ、ずずいと前へ出る。

 スタンが急に黙ったことに首を傾げた少年だったが、反応したフィオレによって気を取り直したようだ。

 

「何って、アッシュを助けてくれたお礼、言ってなかったからさ。ねーちゃんたちさっさと行っちまうし」

「そうですか、急いでいましたもので。ちょっと腰を落ち着けたいので、お礼をする気があるならどこかいいところ知りませんか?」

 

 バティスタがモリュウの新領主という話は気になるが、下手なことを口走れば子供とて怪しむだろう。どのように切り出すのか、考えをまとめる必要がある。

 そういうことならと、少年は子猫を呼び寄せて案内を始めたのだ。

 領主邸前を離れて大通りを歩く。方角からして港寄りだろうか、同じ通りをえんえんと歩いた先。

 少年は赤い敷物が敷かれた特徴的な長椅子が設置されている甘味処へ躊躇なく足を踏み入れた。

 

「いらっしゃい。食事かい、宿泊かい……って、お前。帰ってくるときは裏口を使えって言ってるのに、この子は」

「お客さん連れてきたんだよ。適当に座っててくれな。すぐ準備するから」

 

 母親への挨拶もそこそこ、少年は子猫を伴わず店の奥へと姿を消している。

 一方母親は、少年の連れてきたフィオレたちにようやく気付いたらしい。

 

「ああ、いらっしゃい。何人だい?」

「六人です。ところで、部屋の方に空きはありますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




猫とはいえ、アッシュが地面に叩きつけられるところを見たくなかった様子。
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