swordian saga   作:佐谷莢

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 アクアヴェイルシデン領なう。
 甘いもの食べて、情報引き出させて、一同だけはたっぷり休ませて、いざ洞窟へ。
 



第七十夜——甘味と子猫としょっぱい洞窟

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやらここは奥の建物と連なっているらしい。体よく今夜の宿を得て、今に至る。

 ごろごろと甘えてくるアッシュ、もとい子猫に適当に構っていたところで、少年は人数分のおしぼりとお品書きを手に戻ってきた。

 

「お待たせ。何にする? おすすめは炒り胡麻の団子と栗善哉だけど」

「じゃあそのお団子を人数分と白玉善哉を五人分。あと、私にわらびもちと抹茶のセットをひとつ。とりあえずそれでお願いしますね」

 

 お品書きをざっと見て、適当に大量の注文をする。

 フィオレが予想していた通り調理関係に専門の人間を雇っているわけではないらしく、少年は母親と共に奥へと引っ込んだ。

 人払いは済ませた。これでしばらく、彼らは表に出てこない。

 

「あの、フィオレさん。わたくし、そんなに入るか……」

「食べ切れなかったら私が責任持って処理します。それよりか、これから先のことなんですがね」

 

 そんなに食べたら太る、やら自分は甘いものは苦手だ、などと各自文句を言いたい面々をこの一言で退け、声を潜める。

 

「これから、どうにかして情報を引き出して見せます。適当に合わせてください。できるだけ皆に話題が及ばないようにしますから」

「どうでもいいが、勝手に注文したんだ。代金はお前持ちだぞ」

「……うまく情報が引き出せたら、おひねりください」

 

 流石にこの人数の注文分を引き受けると懐が寂しくなる。

 目立つわけにはいかない異国の地だが、こっそりと路上演奏を試みるという選択肢も考えざるを得ない。

 さて、どう切り出したものか……

 膝に乗っていた子猫が、不思議そうに首を傾げる。子猫をつまんでマリーに手渡し、考えをまとめていると三つの団子を串に差したものが二つずつ、一同に提供された。

 炒り胡麻の餡を団子にし、更に表面にも胡麻がまぶされたものである。それをひとつずつ一同に出した少年は、最後に点てた抹茶とわらびもちをフィオレに出して、ふう、と息をついた。

 

「ありがとう。美味しいですね、これ」

「だろ? 他の店ではやってない、うちのオリジナルなんだ」

 

 どうやらまだ、残る注文の品は出来上がっていないらしい。抹茶をすすって、フィオレは情報収集を始めた。

 

「ところで、さっきモリュウの新領主がどうとか言っていましたね。モリュウの領主様はジノ様であられたはずですが」

「新領主がどうとか言ってたのはそっちだろ? ここ最近噂になってるのに、知らねーの?」

 

 当然の話運びである。団子をかじりながらこちらの話に意識を向ける面々の視線を感じつつ、フィオレは堂々と言ってのけた。

 

「実は私たち、とある方の依頼でこのシデンへ来ていました。さる事情でずっとここから離れていたんです。なので、定期船どころか漁船が出れないことも、ついさっき知ったばかりなのですよ」

「依頼? 事情?」

「仕事の話なので詳細はお話できません。あなたが知る噂で構わないので、ジノ様がご子息を無視して、そのバティスタとやらを領主にした理由をお聞かせ願いたいのですが」

 

 至極不思議そうに首を傾げる少年だったが、何やら大人の事情が絡んでいることだけは察したらしい。

 この年頃の子供は好奇心旺盛だが、それでも関わるなというニュアンスが含まれていたことを感じたのだろう。

 

「オレも詳しいこと知ってるわけじゃないけどさあ……」

「あ、そうそう。まだお支払いを済ませていませんでしたね」

 

 巾着を探って、品書きをちらりと見たフィオレは団子六人分、善哉五人分、更にわらびもちセットの代金を少年に手渡した。

 不思議なことに、少年は驚いたようにフィオレの顔──正確には目元を隠す帽子を見ている。

 

「え? い、いいよ! アッシュを助けてくれたお礼なんだから、ここは……」

「じゃあ、宿代の分は甘えましょう。それで?」

「それが……ジノ様、亡くなられたらしいんだよ。何か知らないけどバティスタとかいうのが新領主になって、モリュウは今滅茶苦茶なんだとか」

 

 だから、とばっちりを恐れてシデン候は船のやりとりを禁止しているのか。それにしてもトウケイとの定期船も禁じているというのは……

 

「今の大王は知っての通り、トウケイの領主が兼ねているんだけど。なんか、モリュウの新領主に聞いたこともないような奴が着いたのは大王の一言があってらしいんだよなあ」

「領主子息を差し置いてまで得体の知れない輩に領主を一任させた。そんな領同士のごたごたからまずは民を護るために交流を一時的に差し止めた……と、言ったところでしょうか」

「難しい話はよくわかんないけど、そんな感じなんじゃねーの」

 

 わざとややこしい言い方をしているのに、これだけ理解できれば大したものである。

 おおまかな事情はわかった。あとは、手段だけだ。

 

「しかし、困りました。私たちはすぐにでもモリュウに行かなければならないのですが」

「でも、最近モンスターがよく出るようになったとかで船とか全然出てないから、駄目なんじゃないかな。魚とか食べられなくても皆我慢してるしさあ」

 

 魚がどうとかいう問題ではないのだが、この件に関してこれ以上この少年から有益な情報は見込めないだろう。

 やがて先ほどの母親が、白玉善哉を運んできた。礼を言って彼女が持っている盆を受け取り、一同に配っていく。

 

「お茶とかもらえますか?」

「はいはい、ちょっと待ってておくれね」

 

 最後の団子を食べようとして、横から噛み付いた胡麻団子を串から引き抜き、悠々食べる。

 そうやって、最後の団子に悪戦苦闘しているスタンに食べ方を教えてから、フィリアの前をちらりと見た。

 

「……手伝わなくてもよろしそうですね」

「ええ、思いのほか美味しくて」

「まったくもー、太っちゃうじゃない。あ、あたしこの芋羊羹ての食べてみたい」

「私はこのみたらし団子というのを……」

 

 フィリアは嬉々として善哉をすすり、ルーティも文句を言いながら追加注文、更にマリーも便乗している。

 スタンも順調に食べ進め、甘いものは苦手なはずのリオンなどはすでに完食していた。少年と話をしていたフィオレが一番遅いくらいである。

 とりあえずルーティは、もう少しくらい太ってもいいような気がするが……

 つつがなく甘味を食べ終え、そのまま宿へ案内してもらう。一室に一同が集まり、会議が始まった。

 

「とりあえず、グレバム本人かその協力者がここにいるのは間違いなさそうですね。いくらなんでも、バティスタ個人の力だけでアクアヴェイル大王とこんな短期間で懇意になったわけがありませんし」

「ええ。ですが、一体何があればそのような奇妙な話になるのでしょうか」

 

 バティスタがアクアヴェイルへたどり着いたのは数日前のはずだ。

 その彼がいきなり領主様になり、さらに前領主が死亡しているなどというのは、確かに奇妙な話である。

 

「大王とかいうのに神の眼をちらつかせて、味方にしたんじゃない?」

「でなければ、もともとグレバムがアクアヴェイルと通じていたということになるな。真の敵はアクアヴェイル大王で、グレバムを使って神の眼をセインガルドから盗み出した……まったく考えられない話ではない」

 

 両方とも有り得るから困る話だ。

 とはいえ、前者は大王といってもただの小物、後者はこの地でようやく決着がつけられるからどちらでもメリットはある。

 

「それで、どうやってモリュウ領へ行くんです? 島が違うから船じゃないと行けないみたいですし」

「もう一度、フィオレの手品を使うのか?」

 

 マリーの言葉に、フィオレは首を横に振った。

 あんなに疲れることはまっぴらごめんである。というだけではない。

 

「アクアヴェイルには浅瀬が多い、と聞いていましたが、モリュウ領は半端なく多いようです。更に魔物がどうこう言っていましたから」

「じゃあどうすんのよ」

「それは、これから調べてくることです」

 

 ルーティの問いに、フィオレはすっくと立ち上がった。今しがた得た情報だけを鵜呑みに動くつもりなど毛頭ない。

 

「そんなわけで、夜になったら繁華街に足を伸ばしてきます。アクアヴェイルのより詳しい情勢やモリュウへの移動方法、仕入れてきますから」

「フィオレさん一人でですか? それならわたくしも……」

「格好が目立つから却下です。唯一許可できるのはリオンですが、そんな面倒くさいことはしたくないでしょう」

 

 名乗り出るフィリアに却下を下して、座布団にあぐらをかく和装の少年を見やる。

 彼は当然だといわんばかりに、背の低いテーブル上に置かれた御付菓子に手を伸ばした。

 

「わかってるじゃないか。さっさと行ってこい。門限を過ぎて不法侵入者扱いされるなよ」

「サイテー。あんた、フィオレ一人に仕事押し付けるわけ?」

 

 相変わらずの毒舌ぶりに、そろそろ耳障りになってきたのか、ルーティが噛み付いた。

 それをリオンが涼やかに流すよりも早く、苦笑を零す。

 

「まあまあ、ルーティ。リオン様はご自分の口下手をよくご理解していらっしゃるのですよ。それに聞き込みへ行くとご自身の見目が災いしてナンパされてしまうんです。目立つだけ目立って何も情報が得られないというのは、行かないより役に立たないので」

「……」

 

 実際のところ、リオンの聞き込みはそこまでひどくはない。

 ただ、どういうことかリオンはナンパに対してそれほど耐性を持っておらず、適当に聞き流せばいいものを、おそらく舐められていることに憤慨してだろう。猫撫で声の相手に対して声も態度も荒げることが多い。結果揉め事に繋がることはけして少なくなかった。

 故に、だったら一人のほうがまだやりやすいとフィオレは思っているのだが。

 

「……頼りにならない上司ねえ」

「期待するべきはそこではありませんから」

 

 フィオレがリオンに期待すること。

 それは戦力面でのことでも、仕事のことでもない。あらゆる意味で自立を覚えることである。信用していないわけでもないし、信頼していないわけでもないが、それでも今のリオンに頼ることなど何もない。

 何ともいえない表情の面々を残して、フィオレは帽子を被った。まずは、徹夜に備えて仮眠を取る事からである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、早朝のこと。

 アクアヴェイルの朝日が昇るのを拝みながら戻ってきたフィオレは、一同が朝食を摂り終える時までぐうすか眠っていた。

 一同が朝食を摂り終えて戻ってくる頃には起きていたものの、その腹はくうくう鳴っている。

 

「あの男の子が、フィオレさんの姿がないのを不審がっていましたけれど。まだ寝ているのだと告げたら部屋でも食べれるように、と差し入れてくださいましたわ」

「それで、聞き込みのほうはどうだったんだ」

 

 笹の葉っぱに包まれたお結びをありがたく頂戴しつつ、フィオレは聞き込みの成果を語り出した。

 

「アクアヴェイルの情勢に関して、私たちに関係するのはあの少年の言っていたことくらいですかね。バティスタの名は溢れていましたが、グレバムの名は一切上がってきませんでした」

 

 関係しなさそうな情報ならいくらでも手に入ったが、蛇足だと怒られそうなので省いておく。

 そして、肝心のモリュウへの移動方法はといえば。

 

「あんまりはっきりしない上に裏道っぽいですが、一応見つけました」

「本当ですか!?」

「街近くに、モリュウへ通じる洞窟があるらしいのです」

 

 スタンが淹れてくれた緑茶をすすり、地図帳を取り出す。

 鎖国中のアクアヴェイルの地理だからか、大まかなものしか載っていないが役に立つので文句はない。

 

「私たちが上陸した海岸とは反対方向の海岸沿いに歩けば入り口があると。問題は、潮の満ち引きで水没するかもしれないということですが……」

 

 とある酒場にて接触した老人のことを思い出す。その昔、アルツール・シデン候の元で働いていたと言う老人は教育係か何かだったようだ。三人いる若君の内の一人が大変な腕白で、モリュウ領へ通じる洞窟をよく二人で探索したがどうこういう話をえんえんと聞かせてくれた。

 

「じゃあ、ちゃっちゃと進めばそれでいいじゃない」

「問題はそれだけではないのです。人が寄り付かないせいなのか、洞窟内は水棲魔物の住処となっているんだとか。程度によっては中盤辺りで魔物に囲まれ、満ち潮の時間になっても洞窟脱出が果たせなければ……」

「なければ?」

「皆仲良く土佐衛門、水没死ですね」

 

 悲惨な死は数あれど、溺死者の遺体ほど醜いものは少ないと聞く。

 何せ、水を吸ってブクブクに膨れ上がり、尚且つ呼吸ができないという苦しみに苛まれた挙句の死に顔なのだ。綺麗なわけがない。

 そんなわけで潮の満ち引きを十分知ってから洞窟を抜けようと提案するフィオレだったが、時間がかかるためなのか賛成の声はなかった。

 

「魔物くらい、どってことないじゃない。あんたがそんな理由で慎重に行こうなんて、珍しいわね。何かあったの?」

「……嫌な予感がするんです。こういう胸騒ぎに限って、的中することが多いもので」

 

 とはいえ、ルーティの言い分も最もだ。仮眠ではあるが十分睡眠も取ったし、洞窟の規模自体はそれほど大きくはない。

 それは、地図上で示されたシデン領とモリュウ領の距離でわかることだ。大人がついているとはいえ、子供が探索できるほどだ。そこまで複雑ではないだろう。

 とにかく向かわなければ話にならない。宿を早々に引き払い、一同は足早に件の洞窟へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ちなみにこの時点で、フィオレはあんまり休んでいません。慣れない土地だけど、皆はきちんと休ませたから、なんとかなんべえとタカをくくっています。
 甘いものを食べたせいで考え方まで甘くなっている認識は、手痛いしっぺ返しとなって彼女を襲うでしょう。
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