swordian saga   作:佐谷莢

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 アクアヴェイル地方、シデン領~モリュウ領を繋ぐ洞窟攻略中。
 命に関わる大怪我……いわゆる重体ですね。たとえルーティがいたとしても、これは治療し切れなかったでしょう。
 図らずも精霊結晶「闇」を司る守護者ルナシェイドと契約を交わし、しかしそれで負傷がなかったことにされるわけではありません。
 ではどうするのか。炎を操るディムロスがいるなら、こうするしかありませんね。
 


第七十三夜——鍾乳洞にて、惨劇~終局

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腹部に食いつかれ、たった一口で重要な器官が根こそぎ損傷する。

 口こそ勝手な絶叫を上げていたが、この時点でまだフィオレは正気を保っていた。

 周囲で何かが這う音がする。

 現実逃避をするような感覚で見やれば、それは卵のカラを張りつけたオーガスの幼生だった。

 大きさこそ太めのミミズより少し大きい程度だが、形はオーガスそのものである。

 ──まさか、親であるクイーンが腹を破って、中の柔らかい内臓を生まれたての幼生に食べさせる気か。

 冗談ではない。

 生まれたてだというにも関わらず、濃い血臭に誘われてか驚くほどの速さで群がってくる。

 

「は、はなる、ほうよ、うに、覚えるは、安寧……」

 ♪ Qlor Luo Ze Toe Luo Rey Nu Luo Ze……

 

 こみ上げてくる吐き気に耐え、譜歌を使う。

 吐き気に負ければ、そのまま人生が終わるだろう。

 不可侵の領域(フォースフィールド)がフィオレを中心に確立し、魔物は強制的に引き剥がされた。

 しかし、これは一時的に距離を取っただけ。

 集中が切れる、一定時間が経過すれば元の木阿弥である。

 体が熱い、燃えるように熱い。幸い痛覚は麻痺しているようだが、自覚した途端ショック死の可能性もあるだろう。

 その前に、決着をつけなければ……

 かすむ視界の中、金の蓬髪が一際鮮やかに翻る。

 白い軽鎧姿が剣を振り上げ、辺り一面に炎が溢れて、後にはミミズの干し物じみた何かがいくつも転がっていた。

 オーガスクイーンが、怒りに満ちた咆哮を轟かせ、迫り来る。

 眺めているだけではいけない。援護をしなければ。

 

「ときの、はざまに、て、たゆとうもの、よ。か、かなでし調べに、しゅく、ふくを……!」

 ♪ Rey Va Nu Qlor Toe Rey Rey……

「鳳凰天駆!」

 

 最後に見たのは、炎をまとって飛び立つ、大きな鳥の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ふと、気付く。

 体が動くどころか、眼をあける感覚すらない世界に、フィオレはたゆたっていた。

 この感覚は、知っている。

 初めて彼女と接触した、あの世界。

 息さえ必要とせず、意識だけはある……どこかで聞いたような世界。

 思考することのみが可能なこの空間にて、ひとつ思い出した。

 死後の世界が、肉体をなくして魂だけになったら、こんな風ではないかと誰かが言っていた気がする。

 死んだのかも、しれない。

 あれだけ大量に失血し、そばにはアトワイトがいなかった。

 否、完璧にアトワイトを使いこなしているわけではないらしいルーティでは、そばにいたとしても失血を食い止められないかもしれない。

 

『……来訪者』

 

 誰かが囁いた。

 彼女、ではない。

 彼女の本体と思われる神の眼が近くにあるわけでもなし、声はかなり低く、今までの体調なら聞き逃していたかもしれない。

 

『かもしれないんじゃなくて、普通に聞き逃してたよ?』

 

 聞き覚えのある声がした。

 ふと、眼前にシルフィスティアの幻が映る。

 愛らしい彼女の表情は、呆れと何かがない交ぜになっていた。

 

『せっかくルナシェイドが接触図ってきたのに、あれだもん。聞こえなかったのもしょうがないか』

 

 大譜歌を謡ったわけでもないのに、それはどういうことなのか。

 単純にルナシェイドの聖域付近まで来たから、あちらから接触を図ってきたと言うことか。

 

『謡ったでしょ? ぶつ切りだったけど』

 

 ……そういえば。

 あの戦闘では、第六音素(シックスフォニム)の譜歌を除いてすべて使っている。

 第六音素(シックスフォニム)の譜歌も、これまでの道程で一度使っていたが。

 そんなことはどうでもよかった。

 

『そうそう、契約して?』

 

 その前に、尋ねたい。

 このレンズは。左手の甲にはりついたレンズの、正体を。

 

『……神の瞳……特殊なレンズ……召喚……証……』

 

 単語ではなくて答えが聞きたかったのだが、大まかなことがわかったし尋ね返す気力もない。

 彼らと契約をする際の言葉が出てこない。まず言葉そのものが出てこない。

 とにかく、契約を交わすことの承諾をする。

 

『……その魂が在る限り、我輩はそなたと共に歩もう。優しき闇の癒しが、そなたに安らぎを与えんことを』

 

 話ができるならちゃんと話せ。

 自分の考えが丸分かりであることを承知の上で、フィオレは正直にそう思った。

 

『ルナシェイドは口下手だから。フィオレが来るまで了承用の返事を考えておいたんだってさ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィオレが、守護者二柱との接触を図っていた頃。

 見事オーガスクイーンを仕留めたスタンは、その亡骸に見向きもせず真後ろを振り返った。

 

「フィオレさん!」

 

 当然のことながら、返事はない。

 大慌てで近寄ったスタンだったが、その悲惨な容態を見て思わず身を引いた。

 しかし、それも束の間のこと。

 食い破られたせいで中身が見え隠れするのも構わず駆け寄る。

 

『待て、迂闊に触るな。破傷風を引き起こす危険がある』

「は、はしょうふう?」

『簡単に言えば、外傷から悪質な菌が入り込み中枢神経を侵す病のことだ。もしも発症すれば、それこそ助からん』

 

 心意気は立派だが、重傷の人間に無闇に触れることが必ずしもいいことではない。

 ならどうすれば、と途方に暮れるスタンに、ディムロスは活を入れた。

 

『フィオレを起こせ、どうにかして自力で傷を癒させるんだ。アトワイトがいない今、我々では精々、傷口を焼き潰して失血を停止させる程度しかできん!』

 

 考えるだに恐ろしい治療方法である。かといって揺り動かすようなこともできず、スタンはひたすら声をかけた。

 

「フィオレさん、目を開けてください!」

『フィオレ、起きるんだ! 意識を取り戻せ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さん!」

 

 ふと、耳元で誰かの声がした。

 ……音? 

 ここで、そんな感覚は……

 

『お迎えだね。苦しいと思うけど、頑張って!』

『頑張れ……』

 

 幼女のような甲高く感じる声と、至極低くて聞き取りにくい声。

 声援を送られて、フィオレは眼を開いた。

 目の前には、空色の瞳を潤ませたスタンが彼女を覗き込んでいる。

 

「あ、気付きましたか!?」

「……っ」

 

 応えようとして、えずく。

 重傷を負った腹を確かめようとして、スタンに阻まれた。

 

「触っちゃ駄目です。早くあの歌で、治さないと……」

「……ティ」

「え?」

「ルー、ティ……呼んで……。歌は……ムリ」

 

 喉も肺も無事ではあるが、何より大切な腹式呼吸が一切できないのだ。

 従って、譜歌は使えない。

 しかし、絶句したスタンに代わってディムロスが代弁してくれた。

 

『不可能だ。縄のようなものを調達してくると言って、まだ戻ってきていない』

「そ……」

 

 もはや、念話を行う余裕もない。

 苦しげに呼吸を続けるそばから、損傷した胃から逆流してきた血液を吐き出す。咳き込めば身体に負担がかかり、重傷を負っている腹に激痛が走る。身動きをすればするほど、ますます腹に負担がかかる。

 そんな悪循環を数度繰り返して、フィオレはふと尋ねた。

 

「……スタ、ン」

「何ですか? ルーティたちならまだ……」

「怪我、は?」

 

 苦しさゆえに瞳は閉ざしており、スタンの表情はわからない。

 少し間を置いて妙に平坦な「……ありません」との肯定を聞き、フィオレはほっと胸を撫で下ろした。

 

「なら、いい……です」

「よくないですっ!!」

 

 突如として、スタンの声音が荒れた。

 地面を蹴る音がして眼を開けば、スタンが息を乱してフィオレを見下ろしている。

 

「何で、そんなことが言えるんですか! 俺のせいでフィオレさんはそんな大怪我したのに、何でそんな風に笑えるんですか!? 何で……責めたり、しないんですか」

「……せめても、治らな……意味、ない」

 

 ブツ切りの、掠れた声が自分の声として発せられた。

 ひどい声だと思いながら、淡々と言葉は紡がれていく。

 

「笑って、い、るのは……私の、理想が、貫けたから」

「……理想?」

「私、は。今、護りたいものを、護れた。誰に、どんな思いをさせても、これを達成したいと、私は、常に、願っているから」

 

 何を犠牲にしても──倫理や道徳を捻じ伏せてでも叶えたい理想がある。それを一瞬でも達成することができた。それは、幸せなことだ。

 ……ただ。そんな気分に浸っていられるのもあと僅かである。

 理想を叶えた代償が、じわじわと痛覚として現われつつあるからだ。

 

「……さ、て。そろそろ、覚悟を、決めましょうか」

「?」

「やっぱり、自分で、治します。だから、この傷」

 

 破れた着物と醜くめくれた皮と、未だ滴る鮮血でひどいことになっている腹を指す。

 きっと嫌がるだろうが、今の状態ではこのくらいしか思い浮かばない。

 

「焼いて、塞いでほし、い。あとから、まとめて、治します」

 

 この状態に慣れてきたのか、徐々に口が回るようになってきた。

 これで腹さえ塞がれば、どうにか譜歌の発動が可能になるだろう。

 しかし、スタンの答えは予想通りのものだった。

 

「い、嫌にきまってます! いくら後で治すからって、フィオレさんの身体を焼くなんて……きっと物凄く痛いですよ!」

「でしょ、うね。けど、このまま、では、死にます。なんか、寒くなって、きました」

 

 嘘ではない。大量に失血したせいなのか、先ほどから体の震えが止まらないのだ。

 これ以上放置すれば、再び意識がかすむだろう。それでは譜歌を使うどころではない。意識を失って、そのまま……

 

『……致し方あるまい。腹をくくれ、スタン』

「嫌だ! なんでディムロスはそんな冷静に……」

『同じことをしたことがあるからだ。我々の生きた時代とて、ソーディアンが考案されるまで晶術などなかったからな。傷を焼いて塞ぎ、出血を止め、一命をとりとめるという手段が、なかったわけではない。……最も、身体を焼かれる苦痛に耐え切れず発狂した者も相当いたが』

 

 また余計なことを。

 発狂、という言葉を聞いて、スタンの顔色が青ざめる。

 ブルブルと首を振って、やはり彼は否定を口にした。

 

「やっぱりやめましょう。ルーティたちだってそろそろ帰ってくるはず……」

「そう、ですね」

 

 スタンの言葉が終わるよりも早く、手を伸ばす。

 がしりと掴んだのは、ディムロスの柄だった。

 

「もう、あなたには、頼まない」

 

 一息に引き抜き、剣の腹を傷口に添える。

 精神同調を試みれば、ディムロスはすんなり応じてくれた。

 

『お願いできますか、ディムロス?』

『……女ながら、見事な覚悟だ。その意思を尊重しよう』

 

 瞬く間に、鋼の刀身が熱せられる。

 生肉の焼け焦げる匂いと苦悶がまざり、熱せられた刀身はあえなく熱気を失った。

 痛みのあまり一瞬にして、フィオレが集中を失ったせいである。

 

『すみませんね。もう一度』

『……ああ』

 

 再び同じことの繰り返し。

 目の奥でチカチカと光が瞬き、生肉が焼ける匂いはひたすら香ばしい。

 吐き気さえ催してきた体調を無視して繰り返そうとしたフィオレの手を払い、スタンがディムロスを取り上げた。

 

『スタン、邪魔をするな。長引けば長引くほど、苦しむのはフィオレだぞ』

「こんなこと続けりゃいくらだって長引くに決まってるだろ!? ……俺に任せるのは嫌かもしれないけど、なるべく早く終わらせます。だから」

 

 す、と口元に篭手を外したスタンの指が添えられる。

 

「噛んでください。噛む力が弱くなったら、やめますから」

 

 それは、意識が飛ばない範囲で自分が傷の焼き潰しを実行するということか。

 その申し出に、フィオレは首を横に振った。

 

「指、では、噛み切って、しまいます。だから……」

 

 スタンの手首をくわえ、訪れる苦痛に備える。

 小さく深呼吸して、スタンは決闘でもするかのような面持ちでディムロスを構えた。

 

「……いきます」

 

 皮の、脂肪の、肉の焦げる音がひたすら続く。

 スタンの血の味を口いっぱいに味わいながら、荒っぽい治療が終わるのをフィオレはひたすら待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ぱしゃり、と水が跳ねる。

 無事に事を済ませたフィオレは、息も絶え絶えになりながら地下水の滴る滝のそばまで自分を運ぶよう、スタンに願った。

 そこで左手を地下水に遊ばせながら譜歌を奏で、自らの治癒とスタンの手首についた歯型を綺麗に消している。

 最も、軽い怪我なら瞬時に治してしまうこの譜歌であっても。フィオレが支障なく動けるようになるには相当な時間を必要とした。

 

「スタン。体洗いたいので、あっち向いていてくれます?」

 

 そう言ってスタンの頬を染めさせ、フィオレはボロボロになった着物を脱いだ。

 その最中、自分自身の第七音素(セブンスフォニム)を使って着物を修復、それを岩にひっかけて乾かしながら血糊を洗い流す。

 備えあれば憂いなし、とはよくいったものだ。でなければフィオレは、濡れ鼠のまま着物を着ることになっただろうから。

 レンズ二枚を用いて発生させた熱風を着物に吹きつけ、自分の体はジルクリスト邸からパクってきたふわふわのタオルで水気を拭き取り、手早く身につける。

 非情に清々しい気分で「もういいですよ」と声をかけると、スタンが怖々振り向いてきた。

 

「ルーティたちは、まだなんですね」

「はい。おっそいなあ……」

 

 こんな洞窟内で縄のかわりになるようなものが見つけられるとは思えない。おそらく洞窟の外に出て探しに行っているのだろう。

 スタンが見上げる、フィオレたちが落下した穴近くでフィオレも腰掛ける。

 地下水が変わらず流れていく、そんな音を聞いていてフィオレはふと口を開いた。

 

「そういえば、人間は暗闇に閉じ込められて、一定の規則で同じ音……例えば水が落ちる音なんかをえんえんと聞かされると、三日くらいで気が狂うらしいですね」

「な、なんですか突然」

「いえね。ここは暗いし、同じような地下水の流れる音がずっと続いてるし。このまま三日間くらい放置されたら、ソーディアンも狂うのかなあと」

『そうなる前に、意識も聴覚も外界から遮断しスリープモードに移行するに決まっている。我らはそうして千年の時を過ごしてきたのだからな』

 

 本当に思い付きだったにつき、それ以上会話は成り立たない。

 魔物の気配がするでもなく、じっとしていることを退屈に感じてきたフィオレがすくっ、と立ち上がった。

 

「どうしたんですか?」

「ルーティへのおみやげに、レンズでも拾っておきましょうかね、と思って」

 

 荷袋から適当な小袋を探して、そこいらに転がるレンズを拾い集めていく。

 やはりこの時間を持て余していたスタンもそれを手伝い、地面のレンズはどんどんなくなってきた。

 ふと、レンズを摘み上げたスタンがそれを見つめながら、呟いた。

 

「そういえばフィオレさん。カルバレイスで会った占い師のこと、覚えてます?」

「……ええ、まあ」

 

 何故いきなりスタンがそれを言い出したのか。それは次なる彼の台詞で明らかとなった。

 

「あの占い師が言ってたこと、おれは信じたくないんですけど。フィオレさんが月だ、っていうのは納得できるんですよ」

 

 まさか、レンズを見て思い出したのはその真円を月に連想したからだろうか。

 それが事実だとしても、フィオレにとってはどうでもいいことである。

 

「それは、私の顔が満月のように丸くなってきているという忠告ですか? 私にとっては宣戦布告ですが」

「違いますよ! 月って、すごく綺麗で穏やかな感じがするじゃないですか」

「でも月の光は、人を狂気に導くそうですよ」

「へ?」

 

 眼を点にしたスタンには悪いが、これは根拠なき有名な話である。

 言い換えれば迷信だが。

 

「そもそも、占いを信じることがまず無意味です。大概の占い師は相手の気を引くような言葉しか言いません」

 

 あんなもの、少し人間に対する観察眼を養ってその人間の望むようなことを言ってやればそれで事足りる。

 故郷を失って、目的のない放浪の最中。潜伏していたとある街にて、路銀を稼ぐためにできることを何でもやった。

 その中のひとつに、この仕事は含まれる。

 最も、預言(スコア)が存在するあの世界ではあまりに稼げないため、すぐにやめてしまったが。

 

「そうかなあ……あ、でも、大概ってことは中にはそうじゃない人もいる、ってことですよね」

「ええ。相手の気を引く目的ではなく、本当に出鱈目を抜かす人間と、あと本物が。最も、本物なんて早々お目にかかれる代物ではありませんけどね」

「でも、もしかしたら……」

「信じるも信じないもあなた次第。良識ある占い師なら、そう言ってくれます」

 

 つまりあの占い師に良識などないだろうということが伺えた。

 しかし、スタンはまだまだ納得しない。

 

「でも、結局あの後宿を教えてくれたじゃないですか」

「嘘というのは、真実を少し混ぜると信憑性を増すものなのだそうです。本当のことを言ったから、すべて事実だ、などとは限りません」

 

 スタンが両手から零しそうになっているレンズを小袋に受け止める。その時。

 

「二人ともー、生きてるー?」

 

 上から呑気な声が聞こえてきて、明らかに人里から調達してきたらしい縄が降ってくる。

 時間がかかって当然だった。

 

「お二人とも、急いでください。何だかどんどん、海水が流れ込んできている様子で……」

 

 それはつまり、満ち潮が近づいているということだろう。顔を見合わせて、フィオレは先にスタンを上らせた。両足がそれぞれの筒に収まる袴とはいえ、なにやら不安だったというのが本音である。

 垂れ下がった一本の縄にしがみついて昇ること少し、二人はどうにか帰還することに成功した。

 

「すんごい数のオーガスに囲まれてたからどうなったかと思ったけど、元気そうね」

「流石だな」

 

 スタンの顔が引きつり、ディムロスは黙りこくっている。

 元気どころか、フィオレは本気で死にかけたのだが……わざわざ申告することではない。

 そしてルーティは、あからさまな笑顔を保持したまま本題に入った。

 

「で、レンズは?」

「はい」

 

 両手で持たなければならないほどの大きさになった袋を渡し、ルーティが狂喜している間に一人そのやりとりを呆れてみていたリオンに近寄る。

 

「お手数おかけしましたね。それ貸したことで、チャラにしてください」

「……くれればチャラにしてやらんこともない」

『何か得られるものはありましたか?』

 

 どうやら、預けている間に独特の感覚は慣れたらしく頭痛を起こした素振りも見せない。

 おそらくは、シャルティエとの交信で慣れさせたのだろう。

 しかし、この短時間で念話を使うことは難しかったようだ。

 

『そのうちまた貸してあげます。今は、返してもらいますよ』

 

 逃げようとしたリオンの手を捕まえて、取り上げる。

 それを荷袋に押し込んで、フィオレは一同に先へ進むよう、促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※おまけ・スキット的な何か~


「フィオレさん……」
「こっち見たら岩を投げます。なんですか?」
「本当にすいませんでした。あのとき……」
「そうですね。久々に死ぬかと思いました。あなたの親御さんの名にかけて、もう二度と同じ過ちを繰り返さないと誓ってくださるなら水に流します」
「俺、両親いないんですけど」
「じゃ、お祖父様でも妹さんでも。私も、咄嗟のこととはいえ莫迦でした」
「え?」
「私は治療ができるんだから、あなたをあのまま盾にしてオーガスクイーンを仕留めた方が、効率的でした」
『……同感だが、結果論だ。過ぎたことをどうこう言っても仕方あるまい』
「それでも反省はするべきですよ。人間は痛い目を見て成長する生き物です。逆を言えば、失敗しなければ学習できない」
『たとえもう一度同じことがあったとしても、スタンを盾にするのはいただけないがな。噛み付かれる寸前、体をずらしただろう? 急所を避けるために』
「えっ? そうなんですか、フィオレさん」
「意識してしたことではありませんが、よく気づきましたね。古代大戦の筆頭英雄だっただけはあります」
『昔の話だ。今の時点で、同じことをスタンができるとは思えない。下手を打てば、一撃で噛み殺されていただろう』
「……」
「スタンは私よりは身体が丈夫でしょうから、そんなことはないとは思いますが。まあ、お互い精進していきましょう? それとこのことは、皆には内緒。いいですね?」
「はい……」
「ディムロスもですよー」
『わかっている。わざわざ告げることではない』
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