swordian saga   作:佐谷莢

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 アルメイダ近辺。お初となる守護者=精霊結晶との接触。
 本来デスティニー2にてお目見えする精霊結晶・シルフィスティアさんにお越しいただきました。


第八夜・接触——どちらさま?

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねえねえねえ』

 

 そんな声が聞こえた。

 あの時と同じ、妙にあやふやで、それが音かどうかもよくわからない声。

 意識する感覚も同じだった。

 眼を開けるどころか、自分が存在するのかさえ意識できない世界の中で、声が続く。

 

『ねーねーねーねー。返事してよぅ』

 

 どこか子供じみた話し方。フィオレの知る風の意識集合体・シルフに酷似していた。

 

『しる、ふ?』

『あー。やっと応えてくれたぁ』

 

 突如、土から顔を出したばかりの新芽にも似た緑の色を宿した光が、一点に集中する。

 その中から現れたのは、金の髪をふたつにくくる、愛らしい少女の姿だった。

 背には翅脈の透ける四対の薄い羽を備え、まるで物語の中で描かれる気ままな小妖精(ピクシー)にも似た可憐さを有している。

 先ほどの光と同じ色をした小人が着るような可愛らしい衣装をまとい、同色の羽つき帽子をちょこんと載せていた。

 

『あなたは?』

『初めまして! ボク、シルフィスティア! この星の風を司る者なの。よろしくー!』

 

 テンション高い。

 どこか子供じみた、どころではない。子供そのものの話し方である。口調はともかく、見た目も声の質も少女のものだが。

 第三音素意識集合体・シルフが言っていたように、風を司る者ということは存在が風そのものということであり、姿かたちも精神も、自由自在だということだろうか。

 

『そーゆーこと! で、キミが彼女に選ばれた来訪者なの?』

 

 ……!? 

 

『彼女に選ばれた? どういうことですか』

『あ。え~っと……来訪者、だよね? ボクたちと契約する』

 

 気色ばんで問いただせば、シルフィスティアは途端にしどろもどろと話をそらした。

 彼女の存在も疑問の範疇である今、好機である。

 

『誤魔化さないでください。それに彼女というのは、私に接触した存在のことですか』

『あ、う~、え~っと……』

『言いよどむということは、私に隠しておかなければならないことなんですね?』

 

 矢継ぎ早に言葉でたたみかけるフィオレに対し、両手を伸ばして「待った」というポーズをするシルフィスティアに、守護者としての威厳は欠片もない。

 元からそんなものは存在しない、という可能性はさておいて。

 

『隠しておかなきゃいけないことなんてないよぅ。ただ、ボクたちはキミと契約を交わすたび、ひとつだけ質問に答えていいことになってるの。地水火風光闇、すべての守護者と契約を交わして、初めてすべての質問に答える許可が出る。ボクに聞くことは、本当にそれでいいの?』

 

 今度はフィオレが黙る番だった。

 おそらく、彼女と呼ばれたあの思念体がすべての守護者と契約させようと、そんなことを通達したのだろうが……

 つまり彼女は守護者を総括して意思を伝え、それを頷かせるだけの力を持っているということだ。それだけ守護者より高位な存在である可能性が高い。

 

『どうせ今答えることはできないから、考えといてね。ボクはそこから南西の方角にいる。詳細はか……そのレンズで探知できるから。それじゃ!』

「待っ……」

 

 伸ばした手の先は虚空。

 すぐそばの窓から差し込む光は朝日のもの、遠くからは小鳥のさえずり。

 フィオレは寝台に横たわったまま、天井に向かって手を伸ばしていた。

 

「……」

 

 夢にしてはかなりリアル、どころか、少女──シルフィスティアの声が未だ耳の奥に木霊している。

 

『そこから南西の方角』

『レンズで探知』

 

 寝るときも欠かさず巻きつけてある布を外してみた。

 乳白色のレンズは、何を知らせるでもなく沈黙している。

 そこはかとない不安を感じないでもないが、せっかくご招待を受けたのだ。応じない手はない。

 次なる目的地へと旅立つべく、フィオレはシーツを蹴って起き上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 路銀節約のため、ロールパンにチーズというわびしい朝食を齧りつつアルメイダを出立する。

 えんえんと続く美しい砂浜を横目に見ながら、海岸線沿いを南東に下っていけば、やがて大きな街が見えてきた。

 おそらくあれが、ダリルシェイドだ。

 内陸に足を向ければ、地図にはない湖が遠目に見える。

 周囲は見通しのいい草原で、道らしい道はない。

 ただ、車輪の跡と、フィオレの知らない動物の足型と思しき跡がそれなりに見受けられる。辻馬車の類だと思われるが、何の動物を使っているのか、その跡は奇妙な楕円だった。

 地図を片手に、西へ進んでいく。

 やがて正午に差し掛かった頃。巨大な湖の付近にさしかかった、そのとき。

 

「……!」

 

 左手に、奇妙な感覚を覚える。

 人っ気のない湖周囲、手甲を外せば張り付いたレンズはあの黎明の光を放っていた。

 レンズに意識を集中させて、疼きの根源を探れば──北にそびえる山脈が、最も怪しいように感じられた。

 山の天気は変わりやすい。

 どこまで進まされることになるのかはわからないが、慎重に行こうと、フィオレは昼飯代わりの乾パンを口の中に放り込んだ。

 ふもとへ近づくにつれ、疼きはどんどん熱さへと変わっていく。

 ひょっとしたらもう近いのかも、と思っていたフィオレの眼前が、突如として急変した。

 

「!」

『ようこそ、ボクの聖域へ』

 

 ボロボロの小さな橋が、谷底から吹き上げる強風にさらされている。

 先ほどまで山脈のふもとを目指していたはずのフィオレは、いつのまにか山頂付近らしき桟橋の手前に移動していた。

 幻なのか、それとも実際に転移したのか。

 その場にしゃがみこみ、自分の踏みしめる大地に触れて。立ち上がり、不規則に駆け抜ける風に腕を差し伸べ。

 それでフィオレの結論は出た。

 

「なるほど。あなたがここへご招待くださったようですね」

『ちぇ、あんまり驚いてなーい。せっかくサプライズで迎えにきたのにぃ』

「与太話はけっこう。早速お尋ねしますが……あの思念体は歪む世界をどうにかしたい、と言っていましたね。それと私があなた方と契約を交わすことと、どんな関係があるのですか?」

 

 守護者だのなんだの言っていたが、属性を司っている以上フィオレの認識は精霊でしかない。

 ならば彼らの世界のことは、彼ら、あるいはこの世界の人間がどうにかすべきではないのか。

 フィオレの問いに、シルフィスティアはしばし黙りこくり、そして姿を見せた。

 その愛らしい顔の眉間には、見事な皺が寄っている。

 

『……言いたいことはわかってる。世界が歪むとわかっていて、それを正したいと思っているならボクたちがどうにかするべきだ、ってことでしょ?』

 

 首肯するフィオレを見下ろして、それまで己の羽でふわふわ漂っていたシルフィスティアは彼女の眼前へ降り立った。

 目線は、フィオレよりもかなり下だ。

 

『彼女も説明したと思うけど、ボクらは人を通じてしか、この世界に干渉できないの。下手に手を出したら、自然界に働く力の均衡が崩れて大災害が起こっちゃう』

「なら、私である意味は? 私を選定した、その意味は?」

『……それ、質問ふたつめにならない?』

「私が尋ねたのは、あなた方の願いと契約をかわすことの関係です。どうして私でないといけないのか、を尋ねているんです」

 

 かなり無理のあるこじつけで何としても情報を引き出しにかかるフィオレの必死さに、シルフィスティアは「ま、仕方がないか」と割り切った。

 

『キミにしてみれば、聞きたいことなんて山ほどあるだろうし……キミを選定したのはね、他に的確な人間がいなかったからなの』

「的確な人間って、資格が必要なんですか?」

『もちろん! だってさ、変に野心旺盛な人間にボクらの力を使われてみて? この世界、あっという間にめちゃくちゃにされちゃう。聖職者とか、心根が清いだけってのもダメ。体も心も強くなきゃ、ボクらの力を制御しきれないよ』

『それはわかります。でも……私の心根は特別清くないし、強いという評価も疑問だらけなのですが』

 

 実に情けない気持ちで、しかし彼女にとって純然たる事実を告げるフィオレに、シルフィスティアは小さく首を傾けている。

 

『それに関しては、一定の水準に達してる、って考えてくれればいいよ。今のキミには何を言っても無駄そうだし……でも、いくらなんでもそれは過小評価だと思うな』

 

 シルフィスティアの呟きを受けて。後半に、フィオレの興味がひっかかった。

 

「過小評価って、あなたは私が今まで何をしてきたのか、どうやって生きてきたのか、知っているんですか?」

『おっとぉ! それは関係ないよね』

 

 流石に屁理屈をこねるわけにもいかず、黙る。

 シルフィスティアは心なしか勝ち誇ったように、話題を急転換させた。

 

『話に戻るね? 願いと契約のことだけど……ボク達は、歪む定めにあるこの世界をどうにか正したい。その望みを叶えるために、キミを──あえて言い方を悪くするけど、キミを利用する。ボクたちを使役するにふさわしい資格を備えているから。キミなら、きっと事実を見据えてくれるから。その代わり、ボクらは契約の際キミの疑問に答え、以降はキミの力になるよ。何でも言うことを聞く、のは難しいけど。でもボクらは、キミがボクらの願いを叶えてくれると、それだけの力があると確信してるから契約を望むの。キミが何よりも欲しがっている情報をエサにね』

 

 自嘲的な響きを残して沈黙したシルフィスティアに、フィオレは容赦なく皮肉をぶつけている。

 ここまであちらの本音をぶっちゃけられたのだ。ここで建前を抜かすのは精神衛生上よくない。

 

「精霊とも……星の守護者ともあろうものが、随分せせこましい手段を使うんですね。たかだか人間に対して」

『……否定はしないよ。でも、それだけこっちが真剣で、切羽詰まってるんだってことは理解してほしいかな』

 

 その言葉を最後に、沈黙が漂う。

 谷間を行きかう風は激しさを増し、更につり橋を揺らした。

 やがて。口火を切ったのは、フィオレである。

 

「汝らの意に沿う」

 

 うつむきがちだったシルフィスティアの顔が上がる。

 風を司る守護者が見たのは、凛々しく目元を引き締め、誓いの言葉を唱えるフィオレの姿だった。

 

「汝らの願いがため、我にその加護を……我に力が、貸し与えられんことを。願わくば契約が、無事に果たされんことを──」

『その心がある限り、ボクはあなたの友であり続けるよ。あなたに変わらない風の加護があらんことを』

 

 シルフィスティアの差し出された手に合わせて、フィオレは左で握手に応じた。

 重なった手を軸に不可視の力場が発生し、シルフィスティアの姿が除々に薄れていく。

 その姿は光の粒子へと姿を変え、左手に張り付いたレンズに、吸い込まれていった。

 

『契約終了! これからヨロシクね、フィオレ!』

 

 シルフィスティアの調子は、まったく変わっていない。

 ただし彼女が意思を発する際、レンズは美草色に染まっている。

 

『ちなみにボクの本体、この谷底のどこかにあるからボク自身は基本ここから動かないよ。力そのものと幻の姿だけ貸すんで、そこんとこヨロシク!』

『……幾度よろしく、を繰り返せば気が済むんですか』

 

 契約は済んだからもういいだろうと、チャネリング──念話に切り替えた。

 彼女は多少驚いたように沈黙したものの、今度は笑いを含んでいるような声音が聞こえてくる。

 

『……へぇ~、精神感応の応用で念話なんて、やるね。さすがボクらのご主人様! それじゃあ、用事があったらいつでも呼んでね~』

 

 その言葉を皮切りに、景色が一変した。

 気付けばボロボロのつり橋が消え失せ、巨大な山脈が眼前にそびえるふもとに立っている。

 左手のレンズに触れ、手甲で隠してから太陽の位置を見上げれば──思いのほか時間が立っていた。

 このままハーメンツへ行くか、ダリルシェイドへ戻るか。

 地図を眺めて検討することしばし。

 ダリルシェイドより遥か東には、小規模のようだが村がある。

 そこを探索してからハーメンツを経由し雪国へ行こうと、フィオレは来た道を戻り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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