真っ黒い腹の内は隠して、話をまとめていざモリュウ城へ乗り込みます。
水の流れによって音を出し、本来は害獣を音で脅かす役目を持つシシオドシが宿の裏庭でかぽん、と鳴る。
「さて、これで素性がどうこう言う話はなくなりました」
「それはもういい。それで、お前はどうなんだ」
「個人的な意見を言わせていただくなら、敵の根城に潜入する方法をお持ちなら提案を受け入れたく思います」
先程自分が言った言葉を取り沙汰されて、リオンが不機嫌そうにフィオレの意見を問う。
その質問に、フィオレは交換条件を取り出した。
「ご友人を助けたいとおっしゃられるくらいですから、当然手立てはお考えでしょう?」
「ああ。その点に関しては任せてくれていい。ただ、城の内部について案内はしかねるな」
どういうことなのかと尋ねれば、ジョニーは小さく肩をすくめてみせた。
「新領主が来てから、街の大工連中がごっそり連れてかれてな。昨日目の下にクマ作って戻ってきたんだ。城の作りが変わっていたところで不思議じゃないぜ」
それは残念だが、それでもモリュウについて勝手のわからない一同にとっては十分魅力的な話である。
「問題ありません。私としては、どうやってバティスタがふんぞり返っているであろうあの根城に潜入するか頭を悩ませていたところなのです。わざわざそちらから出向いてくださったことですし、是非利用したいと考えていますが」
「……歯に絹着せねえなあ。世の中にはギブアンドテイクって言葉があるってのに」
利用という単語が気に入らなかったのか、黙って話を聞いていた男が眉をしかめている。
どうでもいいにつき、放置してリオンの顔を見た。
「いかがですか?」
「……構わないと思う。だが、バティスタを倒すのが先だ。次期領主救出を優先することはできん」
「そこのところはケースバイケースです。もしバティスタを見つける前に発見できたなら、その時点で保護するべきだと考えますが」
「何故だ」
即答はできるものの、ジョニーに堂々聞かせるのはためらわれる。
おもむろにリオンの腕を掴んで部屋の隅まで連れて行くと、指環をはめさせた。
『考えてもみてください。私たちはバティスタを一度野放しにしており、尚且つ不法入国者です。できるだけ偉い方、特に次期領主には恩を売っておいたほうが、後々の交渉に差し障りが出ないかと』
「おいおい。そんなに警戒せんでも、俺はフェイトを助けられればそれでいいんだ。そっちがよほどのこと考えてなきゃ、耳は塞いどくぜ」
「大したことではないので、お気になさらず。バティスタ優先というのは賛成ですが、幸い私たちは臨機応変、と言う大変便利な言葉を知っていますので」
リオンから指環を回収し、速やかに元いた位置に戻る。
細かな話が延々と続いたせいでわかりにくかったのか、スタンが話のまとめを始めた。
「えーっと、じゃあこれからジョニーさんと協力してモリュウ城に忍び込む、でいいんですよね。途中でジョニーさんの親友を見つけたら助けて、見つからなかったらバティスタから聞きだすって感じで」
「そうなります。まあ、私としては人質や生きた盾にされる前にかいしゅ……保護しておきたいところなのですが」
「生きた盾ときたか。お前さん、面白い言い方するな」
その言い草にジョニーは失笑するものの、フィオレはあくまで真剣だった。
客員剣士たる者、あらゆる可能性を考慮し行動するべしとリオンから教わっている。
「もし、潜入中こちらの目的がバティスタ討伐だけでなく、次期領主救出を兼ねているとバレたら厄介です。あちらにとって特別に生かしていく理由がない限り、何にでも使ってくるでしょうね」
「何にでもって……戦ってる最中、ホントに盾扱いするっての?」
「バティスタとの交戦中、部下か何かに連れてこられて、目の前で指やら耳やら切り落とされるのを看過できますか? こちらの集中力は確実に殺がれることでしょう。ヒトの断末魔は聞く者の心を確実に乱します」
えげつない話に一同は困惑を隠さないものの、フィオレがバティスタの立場であったら十中八九そうする。少なくとも、それでジョニーが動けなくなることだろう。
ともあれ、起こるかどうかもわからない問題を延々話し合っていても何もならない。
「それで、あの城へ潜入する手立てとは?」
「ああ、そいつはだな……夜になってのお楽しみだ」
「え?」
フィオレとて、昼日中堂々と潜入できるとは思っていない。カルバレイスと同じく、宵闇にまぎれて行動するだろうとは思っていた。
だからこそ、時間のある今の内に概要を知っておきたかったのだが。
「ギブアンドテイクってのを忘れたのか? 情報取れるだけ取られて、先走られても困るんでな。その時まで隠させてもらうぜ」
「……わかりました」
釈然としないが、そう思うなら仕方がない。しかし、まだまだ日は高いのだ。
勝手に出歩けるのであれば、まだこれから先のことを考えて情報収集するということもできるのだが……あんな騒ぎを起こしたのだ。フィオレは勿論、他の面子も外出はするべきではない。
「夜になるまで、あなたのお部屋を使わせていただくことになります。よろしいのですか?」
「ああ、かまわんぜ。夜に備えてしっかり休んでくれや」
言葉に甘えて、一同が思い思いくつろぎ始める。
思い出したようにシャルティエの手入れを始めたリオンに、フィオレは視線を向けた。
「そうだ、リオン様。街中をうろつかない以上変装は無意味ですので、普段の格好に戻っても構わないと思います」
「……ようやくこの格好から解放されるのか」
せいせいした、と言わんばかりに素早く着物を脱ぎ、客員剣士の姿に戻る。
リオンが脱いだ着物を回収していると、シャルティエの声が聞こえた。
『フィオレは着替えないの?』
『私に男衆の眼前で下着姿になれと?』
男物と違い、女性用の着物は制服の上から着れるほどサイズに余裕がない。
ふざけたことを抜かすシャルティエを黙らせて、ルーティからも外套の返却を求める。
ジョニーの言う通り、有事に備えて休もうとして、弦楽器を奏でる音がした。
「……あなたもお休みになられたらいかがです?」
「ちょっと待ってくれねえかい、お嬢さん? こっちは洗いざらいしゃべったんだ。そちらの事情も話さねえってのは、不公平じゃないのかい?」
気持ちは察せる。しかし、自発的に伝えられる情報はあんまりない。
そんな内心は表に出さずに、言葉を選びつつも対応する。リオンにやる気はなさそうだし、他の面子に任せたら、何を漏らすかわからない。
「バティスタを追う目的がある、不審者たちという秘密では足りませんか?」
「そーゆーことじゃない。俺はまだ、あんたの名前すらも知らないんだがな」
そういえば、名前で呼び合うことはしても自己紹介はしていなかった。確かにこれは困るだろう。
「それもそうですね。今しがた、着替えた少年がリオンです。金髪の剣士風がスタン」
「そういやリオンのその格好、セインガルドで有名な客員剣士のものだな」
よくご存知である。これでまたひとつ彼に情報を与えてしまったが、これは仕方がない。
「司祭姿がフィリア、黒髪のレンズハンター風がルーティ、その隣がマリー」
「なるほど。暑そうな格好してやがるなあとは思ったが、隠しておいて正解だ。今はちょっとでも目立つと、衛兵が絡んできやがるからな」
それは何よりである。最後に自分自身を指して、フィオレはしめくくった。
「あなたが帽子のお嬢さん、と呼んではばからないのは、フィオレです。ちなみにお嬢さんと呼ばれるような歳ではございません」
「……んで? やっぱり帽子は取ってもらえないのかい?」
「ええ。人様の正視に堪えうるものではございませんので」
『さらっと大嘘を抜かすのはやめろ。スタンが真似をしたらどうする』
『そういうことを言うとますます興味を持たれるわよ。それに、正直嫌味だと思うわ』
『嘘っぱちもいいところじゃのう』
『そうそう。僕、そろそろフィオレの顔見たいな。今日雑魚寝すれば、寝返りで帽子取れるから見れると思うけど』
ソーディアンどもうるさい。そしてシャルティエは良い助言をくれたものだ。確かにその通り、対策を取らなければならない。
これで満足だろうとジョニーを見やってふと、フィオレは思いついた。
「その弦楽器、見せてもらってもいいですか?」
「ああ、構わんが……お前さんの楽器も見せてもらえないか?」
了承し、背中の楽器を取り出してジョニーの楽器を手に取る。
いきなり現われたシストルに目を見張るものの、彼は何も言わなかった。
一方、フィオレの方は弦楽器の正体自体に興味はない。
「これ、吟詠奏仕様ですか?」
「ああ」
聞き慣れない単語を聞きつけて、一同が首を傾げる。その中で、フィリアがその詳細を話して聞かせた。
「吟遊詩人の方々が諸国を旅する際、身の安全を確保するために確立した技巧のことですわ。モンスターが嫌がる音色を奏でる楽器を携えているので、よほどのことがなければ絶大な効果を発揮するとか」
「よほどのことって?」
「手負いで苛立っていたり、極度に空腹であったり……でも出くわしたその時も能力低下など効果があるそうで、昔の行商たちはこぞって吟遊詩人を雇っていたといいます」
現在は吟遊詩人の数自体が減り、旅業の護衛は傭兵やレンズハンターが請け負うものとなっている。
そのためその存在は、人々の記憶から忘れられつつあった。が、そんなことはどうでもいい。
「城で兵士と出くわしたら、使ってもらえますか?」
「そりゃかまわんが……吟詠奏はモンスターにしか効力を発揮しないぜ」
「反応する兵士もいると思います。少なくとも、街中で好き勝手していた連中の大半は、レンズを摂取しているかと」
連中の目など一切気を払っていなかったが、魔物は生物としての本能を何よりも優先させる傾向がある。
更に知能が高ければ高いほど弱者を排除する傾向にあるのだ。短気──理性が長続きしないところを考えると、その危険性は非常に高い。
それを話して聞かせ、だから魔物に能力低下を促す吟詠奏を使ってみる価値があるのだと締めくくる。
すると、ジョニーは目を丸くして拍手した。
「お前さん、なかなか切れ者だな。洞察力もある。女は感情で物を考えるもんだと思っていたが、世の中は広いな。それとも、セインガルドの女はみんなこうなのか?」
「……遠回しに莫迦にしてますよね、それ」
封建的で男尊女卑の傾向がひどい、というアクアヴェイルの風潮は知っているつもりだった。
しかし、実際それを口にする人間を目の当たりにすると閉口せざるを得ない。それが間違いでないから、尚のこと腹が立つ。
フィオレの様子を見て何かを察したらしいジョニーは、慌てて言い繕った。
「気を悪くしたなら謝る。だが、俺は本当に驚いたんだ」
「……口は災いの元だとはよく言ったものです。それ以上何か言ったところで、どうにもなりませんよ。そろそろ、仮眠を取らせていただきたいのですが」
ジョニーの楽器を返還し、シストルを回収する。
隅に積まれていた座布団を幾枚か取って、フィオレはうつ伏せに寝そべった。
イグサのほのかな香りが、郷愁の念をかきたてる。
だれかがぼうしにふれた。
それだけを知覚して、すぐ近くの人影を認め。懐の短刀を掴み、突き出す。
「うおっ!」
驚愕に染められた男性の声。リオンとは違う種類の、低音の美声だ。スタンの快活な、聞いていて元気の出る声とも違う。
この声の主は、確か。
「ん……えっと。ジョニー、でしたっけ」
帽子を被り直し、顔に巻いておいたサラシを外して口元を抑えることで欠伸を噛み殺し、突きつけていた懐刀を引いて、鞘へと戻す。
「何か、ありましたか?」
「あ、ああ……そろそろ、頃合いだと思ってな」
「わかりました。みんなを起こします」
大きく伸びをして、睡眠によって固まっているあちこちをほぐしつつ、仮眠している一同に声をかけていく。彼はおそらくフィオレのキャスケットを外そうとしたのだろうが、そのことには触れない。
夜と言うにはまだ早く、夕暮れというには少し遅い時間帯。
太陽が沈みきった直後、一同はジョニーに促されて行動を開始した。
「城に潜入する手立て、といってもそう複雑じゃない。水路を使って侵入するんだ」
「水路ってことは、小舟ですか。でも見つからずに直接舟ごと入れるところなんてあるんですか?」
「うんにゃ。こいつを使うんだよ」
ジョニーが示すのは、宿から出てきた際持ち出してきた麻袋である。外側からは中身が何なのか、想像こそつくが正体はわからなかった。
通りを見渡せば、人の姿は少ない。同時に衛兵の姿もなく、宿屋を占拠しているのか、馬鹿騒ぎがかすかに聞こえる。
そしてジョニーを先頭に向かった先は、水路に面した小さな埠頭だった。
いくつもの小舟が岸辺に揺れており、傍に立っている看板には「ぴろんボート店」と書かれている。
ぴろんといえば、シデン領にそんな名前の不思議な銅像が建っていたが……
「夜分に悪いな、おやっさん。舟を出してほしいんだが……」
「いよいよ決行の時ですか? よろしいですとも」
店主だろうか、傍に建っていた小屋を覗き込んで、ジョニーがそんな交渉をしている。
すでに話は通っていたのか、渋る様子も見せずに店主らしき壮年男性が出てきた。
「ひい、ふう……七人ですか。こりゃあ少し、大きめの舟を出しましょうかね」
「味方は多いにこしたことがねえからな」
並んでいる小舟には目もくれず、店主は姿を消したかと思うと中型ほどと思われる舟を操って器用に桟橋へ停止させている。
「この舟で城の堀の中まで行く。その後、物見台にこいつをひっかけて、めでたく潜入だ。簡単だろ?」
「理屈だけはね。その通りにできるといいですね」
更に言うなら、その物見台に見張りがいないよう祈る。
水路を静々と進む中、店主はジョニーの仲間だと信じきっているのだろう。一同へ気さくに声をかけてきた。
「しかし、いい日を選んだものだねえ。満月だから明かりに事欠かないし、城も今は手薄だしさ」
「そうなのですか?」
「ああ。昼間、港で騒ぎがあってね。自分のものになるはずだったシデン家の家宝を持っていた奴がいたらしいんだよ。それで
狙っていたわけではないが、結果オーライという奴か。これはジョニーの活躍を認めざるを得ない。
それよりか、気になることがあった。
「自分のものに、なるはずだった?」
「ああ。大昔からシデン家に伝わる、それはそれは美しい刀なんだってね。その一振りはまさに雷の如しとか。それでティベリウスが欲しがったんだが、いよいよ引き渡すって時になって盗まれたらしいよ」
「……そういや、聞き損ねてたな。後で教えてくれよ」
舟に揺られながら耳元で囁かれ、思わず背筋に寒気が走る。
わかったから耳に息を吹きかけるなと拒絶反応を示すも、ジョニーは微笑んでいるだけだ。
「お前さん、耳が弱いのか?」
「強いて言うならうなじが弱いです。ここを斬られたら生きてられない……「そうかそうか。この辺か?」
そのものズバリを返されて怯むかと思いきや、本当にうなじへ指を伸ばしてくる。
腕を掴んでスタンに向け、鎧に突き指させるも効果のほどはない。
「ねえあんたら、イチャイチャするのやめない?」
「まったくもってその通りです。ジョニー、余裕かましてないでそろそろ真面目になるべきですよ」
「はは、否定すらナシか。クールだねえ嬢ちゃん」
ルーティの言葉を受けて、フィオレも真面目におふざけをやめるよう、求める。
昼間のやりとりで素顔を見せないフィオレに興味を持ったか、それとも純粋に遊んでいるだけなのか。
寝起きの帽子ドッキリに始まり、何故かジョニーは、知り合って間もないフィオレによくちょっかいを出してくるのだ。
それに対してフィオレは邪険に扱い、触れることを許さず、時には物理的な制裁を下すも、彼はまるでめげない。
この調子では、そのうちキャスケットも剥ぎ取られてしまいそうな勢いだ。どうせバティスタと事を構える際は、そんなことに構っていられないが、先延ばしにしておきたいことではあった。
つつがなく水路を移動し、モリュウ城直前までやってくる。
城の周囲に人気は少なく、確かに昼間の騒ぎが影響していることがうかがえた。
「よしよし。予想通りだな」
「ですが、そうそう上手くは行かないようですね」
ジョニーの言葉を否定したフィオレは、振りかぶって上空を見上げている。
張り出した物見台には、二人の兵士が常駐していた。
「明かりもありませんし、誰もいないんじゃ……」
「いえ、二人ほどいるみたいです。明かりなしで警備が務まるということは、レンズを飲んでいる可能性が非常に高いです。始末しましょう」
ジョニーが持っていた麻袋を要求し、中に入っていた縄梯子を取り出す。
下から投げることを想定して鉤爪が先端に取り付けられているが……精々活用することにしよう。
「おいおい、見張りがいるんなら尚のことそいつは「スタン、これを預かっていてください」
なくすのは嫌なので、帽子をあっさり脱いでスタンに預ける。誰からも背を向けた状態で眼帯も外し、懐に押し込んだ。
そして──縄梯子を担いだまま、城壁に手をかける。
「お、おい⁉︎」
「隠密行動中です。お静かに」
幸い堀を囲む城壁は大きな岩を組んで作られたもので、足場には事欠かない。
物見台がそこまで高い位置になかったことも幸いして、フィオレはあっさりとたどり着いた。
一呼吸分だけ息をつき、一息に上がる。ここからは速やかな行動が勝利へ繋がるのだ。
「なっ!?」
突如として現われたように見える侵入者を前に、兵士は武器を構える暇もなく固まるだけだ。
ただ。
「女!? 一体どうやってここまで……!」
月明かりだけでそこまでわかったということは、レンズを飲んでいること確定である。
フィオレは迷いなく、紫電を抜き放った。
その二振りが、兵士二名からレンズを排出させる。
吟詠奏はこの話のオリジナルです。楽器で攻撃する人用の言い訳でもあります。
もちろんゲーム中は普通の人にも攻撃は可能ですが、音波攻撃と解釈すればパーティの人間もたまったものではありません。
ジョニーがセクハラ野郎と化していますが、シデン領で夜中に情報収集していたフィオレは、ジョニーが結構な女好きだと聞いているので総スルー状態。
むしろ、他面子に彼の目がいかなくてホッとしています。
その言動に内心イラッとしていますが、ジョニーは領主息子=玉体=王族に類する、と考えているため、表立って報復はしません。
また権力を笠に着られたらたまらないから。