領主奥方に恩を売り、ジョニーに嫌な顔させて城内攻略中。
レンズが排出された頃。フィオレは真下に舟があることを確認した。
鉤爪を引っ掛けて縄を垂らし、眼帯を元通りつける。
縄をギュウギュウ言わせて一番に上がってきたのは、フィオレの帽子を頭に載せたスタンだった。
「はい、お疲れ様」
帽子をつつがなく回収、上から彼を引き上げて次に昇ってきたリオンを引っ張る。
それを繰り返し、最後にジョニーが上がってきたのを確認して、フィオレはくるりときびすを返した。
「おいおい、俺は引き上げてくれないのかい?」
「いい年こいた大人が甘ったれないでください」
一応、ジョニーは触っても平気な部類ではあるのだが。どさくさに紛れてどこか触る、あるいは帽子を取られそうで嫌だ。
縄梯子とはいえ、城壁を登るという慣れない作業はさぞや困難だっただろう。早くも疲労困憊状態のフィリアを休ませて城内を確認する。
見たところ巡回の兵士はいないようだが、油断は禁物だ。
「……ん?」
「どうかしたんですか、フィオレさん?」
「何か聞こえませんか? すすり泣きみたいなものが……」
耳を澄ませるフィオレ同様、一同は口を閉じて聴覚を鋭敏化させる。すると。
……シクシク……
「!」
「な、なんでこんなトコですすり泣きが」
「ま、ま、まさか、ゆ、ゆうれ……」
「落ち着いてください。どうして肉体のない幽霊に泣くことができるんですか」
パニックを起こしかけたフィリアをなだめて、数ある小部屋をひとつずつ確認していく。
ほとんどの小部屋がただの倉庫でしかない中、中央に位置する小部屋の中に問題の泣き声が聞こえてきた。
「どなたかいらっしゃるので?」
それまで調べた小部屋とは違い、中央に位置する小部屋には外側から頑丈な鍵がかけられている。おそらく誰かが閉じ込められているのだろうと踏んだのだ。
声をかけられてか、すすり泣きがやむ。しばらくして、掠れた女性の声が聞こえてきた。
「……誰? そこにいるのは……」
「! その声、リアーナか!?」
声を聞き、ジョニーが扉を蹴破らん勢いで駆け寄ってくる。
この反応、もしや。
「息子は娘だったのですか?」
「そんなわけないだろう! こんな時に全力でとぼけたことを抜かすな!」
フィオレとしては、次期領主は異常事態に直面して現実逃避し、その際もうひとつの人格が目覚めて女性になりきっているのではないかと思ったのだが……久々にリオンから叱責を受けた。
「次期領主殿ではないのですか?」
「彼女はその次期領主の奥方だ。粗相がないようにしてくれないかベイビー」
リオンのように感情をあらわにこそしないが、ジョニーはジョニーで額に四つ角を浮かべている。
笑顔ではあるが、逆に怖い。
今のやりとりでフィリアが脅えから解放されたようなので万々歳だが、これ以上自分の株を下げる前に針金を取り出した。
「ちょっと待っててくださいね──」
「?」
扉の前に跪き、南京錠を手に取る。
ジョニーが不思議そうに見下ろす最中、それほど複雑な構造でもない南京錠はあっさりと開いた。
カキン、と小気味良い音を立てた南京錠を放り投げて、扉を開く。
「こんばんは、次期領主奥方」
扉を開き、驚きに目を見張っているジョニーの背中をつつく。それで我に返ったらしい彼は、するりと扉の中に身体を滑り込ませた。
それまで周囲の警戒をしていた一同もまた、扉へと近づく。
中にいたのは泣きはらした目が痛々しいものの、整った顔立ちの小柄な女性だった。
「よっ、リアーナ。元気にしてたかい?」
「あなた一体、どうやってここまで……」
「なぁに、外からちょいとね」
必要でなさそうな会話はすべて聞き流し、周囲に警戒する。何せ、ここは牢獄でもなんでもない、物置部屋ばかりの一角なのだ。
彼女が監禁されていたこの部屋も、物置部屋に急遽寝具と用足し壷を置いた程度のもの。罠の匂いがぷんぷんする。
「……この城の中も、随分と変わり果ててしまいました」
「変わってないのは外観だけか。ここまでくると悪趣味だな」
大工連中云々はジョニーの気のせいではなかったか。ジョニーの案内がなくなったのは痛いが、まあまあすんなり忍び込めただけで満足しておこう。
「ジョニー、あの人を……」
「ああ、任せときな。フェイトは必ず助けてみせる」
嗚呼、言ってしまった。
決定的なその一言を聞いて、フィオレは小さく嘆息した。
「あーあ。言っちゃった」
そのまま言葉を続けようとしたジョニーが、一同がフィオレを見やる。
ゆっくりと動き出したフィオレの手は、懐に潜り込んでいた。
「そういうことを軽々言ってくださるから……こちらの仕事が増えるのですが、ねっ!」
弾かれたように抜かれた漆黒の刃──懐刀が、そのまま壁へと吸い込まれていく。
そのまま根元まで刃をつき立てられた壁は、なんとも不気味なうめき声を発した。
「きゃっ……!」
「はい、お静かに」
悲鳴をあげかけたリアーナなる女性の口を塞ぐ。きびすを返して、フィオレは悠々小部屋から出た。
おもむろに突き刺した壁側を覗き込めば、そこにいたのは黒装束をまとった二人組である。
片方は耳から頭へ刃に貫かれ絶命しており、もう片方は背中を見せている最中だった。
先程の会話を聞いていたであろう黒装束を、フィオレが逃がす筈もなく。
「……まあ、あの会話がなくたって。私たちの侵入を知ったなら、こうするより他ないのですが」
放った棒手裏剣が黒装束の足に突き刺さる。
そこをすかさず接敵したフィオレは、何があったとばかり駆け寄ってきた一同の目の前で黒装束に致命的な一太刀を浴びせた。てらてらと不気味に光を弾く紫電を一振り、まとわりつく血糊を振り払う。
そのまま納刀する最中、フィオレは確かに見た。
家宝を人殺しに使われ、嫌そうに顔を歪ませるジョニーの顔を。
「急ぎましょうか。またああいう手合いにこられても面倒です」
小さく頷いたジョニーがきびすを返し、リアーナのいる小部屋へと顔をのぞかせる。
それに続いて再び小部屋に侵入したフィオレは、事務的に短刀を回収した。
「じゃあ、あんたはここで大人しくしてるんだぜ」
「はい……」
憔悴しきっている様子だが、今夜中に片をつければ同じこと。
一礼をしてフィオレが退室し、ジョニーはそのまま扉を閉めた。
「んじゃ、そろそろ行くとしようか」
「ええ。一気に勝負をつけましょう」
決意もあらわに、スタンが頷く。そのまま城内を移動しかけて、ふとジョニーがフィオレの傍にやってきた。
「ところで、お前さんが紫電を手に入れた経緯を聞いてもいいかい?」
「──50ガルドで買いました。購入場所はストレイライズ神殿前の露天商、流れの武器商人が木刀として私に売りつけてきましてね。それ以上のことは知りません」
値段を聞いてだろうか、木刀扱いを聞いてなのか。ジョニーは言葉をなくして、偏頭痛を起こしたかのようにこめかみを押さえている。
確かにフィオレとて、以前所有していた家宝がそのような扱いをされれば、同じような気分になったかもしれないが……
彼の機嫌を直すためにも、フィオレは言葉を続けた。
「返還しろとおっしゃるなら応じないでもありません。ただ、そのお話は少なくともバティスタをどうにかしてからにしてくださいね」
「確かに親父や兄貴たちは返してほしいと言うだろうが……大王倒した後でないと意味がねえんだわ。戻ってきたところで、ティベリウスが貸せ、寄越せってうっるせーだろうからな」
すべては、このアクアヴェイルでの戦いを終わらせてからということか。
道なりに進んでいけば、おそらくモリュウ領の大工総出使って施したであろう仕掛け満載の廊下があらわとなる。
室内だというのに至るところに水路が流れ、足場が意図的に外され一直線に進めない。
そこいらに設置されたバルブを操って水の流れを止め、放置された簡易型の足場を動かさない限り先に進めないという面倒くさい仕掛けである。
「用意周到なことだ。忌々しい」
「もしわかっていたとしたら、こんなわかりやすい仕掛けにはしないでしょう。ということは、兵士たちかバティスタの運動不足解消用コースなのでは?」
わけのわからない推測を挟んでリオンから睨まれながらも、うっとおしい仕掛けをやり過ごしては先へ先へと進む。
そんな単純な仕掛けばかりであれば、まったく問題なかったのだが。
「この扉、開かないですよ? 鍵穴もないみたいだし……」
「多分、そこの水車と連動しているんだと思います。水を流しましょうか」
「そんなことしなくても、手で回しちゃえばいいんじゃ」
「最後に手で回していた奴はどうやって扉をくぐるんだ」
仕掛けは、先へ進むたびに複雑化していく。
その度に自作の地図と睨みあいながらバルブが設置された場所へと戻るのが、とんでもない時間のロスだった。
それでも、まだ救いはある。
「略図を作ってよかったですわ。また探していたら手間ですもの」
「ええ。誰かさんの記憶力に頼らなくて正解でした」
視線の先には、そんなことも覚えていられないのか、とせせら笑った某客員剣士様がいた。
だが、設置場所がいくつもある上にどこの水路に繋がっているものか推測しなければならないことが判明して以降、積極的に略図作成に協力している。
略図に頼り、水車を動かして扉を開く。進んだその先に、とある部屋へ出た。
中央の壇上にはピアノに似た鍵盤楽器が設置され、奥にはまた扉がある。
当然のように、扉は押しても引いても開かなかった。鍵穴もない。
「今度は水車もないし……」
「どう考えてもあのピアノもどきが怪しいのですが」
くるりと振り返り、壇上を見やる。そしてフィオレは眼を見開いた。
壇上にはすでにジョニーが、ピアノもどきと対峙するかのように指をポキポキ鳴らしている。
「オルガンとはシャレてるねえ。どれ、一曲披露するか」
「おい、そんな暇は……」
確かにない。
しかし、リオンの一言など気にも留めず、彼はそのままオルガンとやらに指をかけた。
定められた旋律が緩やかに奏でられ──眼前の扉が開いた。
「あん?」
ピタリ、とジョニーの手が止まったところで、扉は音を立てて閉まる。
再び彼が手を動かし始めるも、扉は動かない。
「……失礼」
オルガンを弾けば扉が開く、という単純な仕掛けではないらしい。壇上を上がり、ジョニーの隣から腕を伸ばして慎重に鍵盤に触れる。
ついでに、このオルガンとかいうピアノもどきの性能も調べた。ピアノと形こそ似ているが、作りが違うらしくひとつの鍵盤を押してもずっと同じ音が響く。
鍵盤を指一本で押しても、扉は開かない。
ただの和音を弾いても、反応はなし。
様々な試みを繰り返して、フィオレはふむ、と頷いた。
「どうも、ちゃんとした曲を演奏しないと開かないみたいです。しかも一度弾いた曲は効果なし……ところでジョニー、鍵盤楽器で演奏できる曲数はおいくつで?」
「そうだな。ざっと三十ってところか」
微妙な数字である。
しかもそれが、フィオレにとってあの短く感じた歌ばかりだとしたら……それが尽きてしまえばジ・エンドだ。
この先が袋小路なら一向に構わないところ、どこに通じているかわからない以上不安だらけである。
それならば、判断はひとつだ。
「私とジョニーが残りましょう。皆は先に進んでください」
あの仕掛け、本当にどうやって作ったものなのか……もともとあったものではないと思うのですが。
水(水車)を流せば扉が開く、もそうですが、オルガンを鳴らせば扉が開くという構造も気になります。
ゲームプレイ時もわかりませんでしたが、今もやっぱりわかりません(ファンタジーに突っ込み禁止)でも、やろうと思えば工学的には何とかなりそう(笑)